椎名作品二次創作小説投稿広場


GS冥子?

悪夢に住むもの


投稿者名:案山子師
投稿日時:07/11/18

 ゴーストスイーパー。それは巨額の富を得ることと引き換えに、多大な危険性を含んだ職業である。
 多くは語られない裏舞台の中であっても、生死をかけた戦いが常に行われている。
 ゆえに、この日彼が犠牲になったことは、GSを続ける上で、いつか起こることとなった必然なのだろう。
 白いシーツの上で死んだように眠りこける一人の青年の姿。
 常に額に巻かれている真紅のバンダナも、今ははずされている。横島はただ眠っているだけ、それだけなのだが、横島が再び目を開くことはもはや無い。
 病院だからといえば、違和感がないように見えるが、なぜか看護服を着た冥子は、無言で中うなだれている。ほかのメンバーもまた、誰一人言葉を交わそうとしない。それを見渡して、こちらは病院でありながらも、メイド服を絶対にはずさない日向が告げた。
 「何事かと呼ばれてみれば、大変なことになったものですね……文珠でナイトメアをおびき出したと思えば逆に取り憑かれるとは、それでもGSの端くれですか」
 そのあきれた言葉に、冥子の涙はすでに決壊寸前だった。
 「泣いても何も始まりませんよ」
 冷淡な言葉に、いきなり冷水をかけられた猫のように冥子の体が震えた。
 「……選択は、二つです。もう一度文珠を使ってナイトメアを呼び出すか、もしくはお嬢様の式神を使って夢の中で戦うかです。選んでください」
 提示された二つの選択肢は、どちらも多くの危険性を含んでいる。
 それに気づいたテレサは前者を選んだ。
 「もう一度ナイトメアをおびき出そう。わざわざ夢の中まで行って、敵の土俵で戦うことはない。横島から預かっていた文珠がまだ残っていたはずだ、そいつを使えば」
 「いえ、敵に同じ罠を二度仕掛けるのは危険です、ここは冥子殿の式神を使い夢に中に向かうべきかと」
 「馬鹿なことを言うなッ! たかが幽霊であるお前が、指名手配中の悪霊相手に正面から殺りあって勝てると、本当に思っているのかッ!」
 蝉丸の意見を否定して、声を荒げる。
 「同じ作戦を、しかも一度目で失敗したではござらんかッ! これ以上続けても同じことの繰り返しになるのは火を見るよりも明らかでござる。相手の土俵なれば、相手もまさかと思って油断しているはず、そこに付け入ることこそ勝機を見出せるはずッ!」
 「夢の中じゃぁ私の鋼鉄の体も、リーダーの式神も満足に戦えないんだよッ! お前だって、霊力だけの勝負じゃほとんど役に立たないだろうがッ!」
 テレサと蝉丸の会話が怒声へと変化することを、冥子はおろおろと見ていることしか出来ない。
 今にも爆発しそうな火山を目の前に、ただそこに座り込んでいるだけ。しかし、もうしばらくすれば、ぷっつんした冥子によって式神が開放され、全部なくなってしまうだろう。文字通り。
 「落ち着きなさいッ!」
 あまりにも見かねた状況になりそうだったので、日向の声が三人の精神を比較的安全ラインまで引き戻す。
 「お嬢様、あなたが選んでください。あなたはこの事務所の責任者なのです。あなたの答えが事務所の言葉なのです」
 「え〜っ……わ〜っ、わたしどうしたらいいの〜〜〜…………」
 救いを求めるように日向を見上げるが、伸ばした手は一眼で振り払われた。
 「お嬢様にもしばらく考える時間は必要でしょう。私はこれから大切な会議がありますが、お二人もしばらく頭を冷やしてきてください。お嬢様簡単なことです、あなたがしたいと思う方法を、出来ると思うことを選んでください―――それでは、失礼します」
 それだけを言うと、日向は一切振り返らずに、四人の残された部屋を後にした。
 残された冥子たち、テレサと蝉丸は真剣に冥子の顔を見つめ、
 「OK。私はリーダーの意見に従う」
 「横島殿の主ならば、我が主君も同じ、拙者も冥子殿の意見に従いましょう」
 それだけを告げるとテレサは扉より、蝉丸は壁をすり抜けてその場を跡にした。
 頼みの綱の二人が居なくなり、心細さは隠せない。だがそれゆえに、冥子は今の自分の責任について考えさせられる。
 すぐに復活し、いつも通りの声をかけてくれるのではないか?
 そんな甘い考えは、静まり返った病室の中ですぐに霧散してしまう。
 自分の判断で仲間を失うかもしれない。泣けば、事象が全て解決するということではない。
………自分にとって一番の友人といえる横島の寝顔を見ながら、冥子は狭い部屋の中で回答を迫られる。



 テレサは一人病院の屋上へ出て、自分の鋼鉄で出来た両手を見つめていた。
 「機械をなくした私に……残るものなんてあるのかな…………」
 センサーとカメラで作られた目、銃器を内包した体、その全てが悪霊と戦うためのものだ。
 では、この体を除いた私に存在の価値はあるのか、テレサの思考は今まさにそこにとどまっていた。
 いくら考えても抜け出せない思考のループ、優秀な演算子をもってしても回答を導き出すことは出来ず、壊れたパソコンのようにぼんやりと空を仰ぎながら、流れる雲の形状をなぞっていく。
 こんなことでは、たとえどちらの選択を選んだとしても、まともに戦えそうにない。
 普段は感じない体の重みを感じる。
 それが気のせいであるのか、情報処理の影響なのか、どちらと答えることは出来ない。
 いっそこのままスイッチを切って、再起動したほうが楽になれるような気がしてきた。
 今の自分よりもそのほうが満足に戦えるだろう。
 危険な結果にたどり着きそうになったとき、何の兆候もなしに背後の扉が開いた。
 「おおっ、ここに居ったか」
 時代錯誤の黒いマントを羽織った老人と、その背後には赤い髪をした自分にとってたった一人の姉妹の姿。
 「親父、姉さん、どうしてここに」
 当然の疑問が口から勝手に飛び出す。
 「いやなに、先月の研究費の明細書を今すぐ持って、ここに来るように連絡が来てのう。なんでも急な会議があるというし。まさか先月の研究費をちょろまかしたことが、ばれたのではないかと思ってひやひやしとったとこじゃよ。まあ、そんなことよりも、テレサがここに居ると聞いてせっかくじゃから来て見たんじゃ、娘の仕事風景を見るのもたまにはどうかと思ってのう」
 「テレサ・どうかしましたか? 元気・無く見えます」
 普段から親しんでいないと感情を読みとりづらいマリアと違って、テレサの感情表現は実に豊かだ。しかし、そうでなかったとしてもテレサの今の表情に元気がないことは、初めて会った人間でも察することが出来るだろう。
 「姉さん……機械の体を失った私たちに何が残ると思う?」
 テレサの言葉に、マリアは答えようとしたが、彼女のCPUを持ってもその答えをはじき出すことは出来なかった。
 何か言わなければならないと思いながらも、それが言葉となって出てこない。
 「テレサ、お前は一体何を悩んでおるんじゃ」
 二人の様子を見かねて、カオスが口を挟む。
 「………横島がナイトメアに憑かれたんだ。一度はこちらにおびき出すことが出来たけど、失敗した……。もしかしたら、夢の中で戦わなければならないかもしれない、そんな場所で私は本当に戦えるのか? そもそもこの体の中に私は本当に居るのかッ!」
 人工生命体といえるものはこの世界で、たったの二人しか居ない。
姉であるマリアと、テレサ自身。テレサが言いたいのは、今まで生きてきた自分自身も機械の体と同じように、生きているとプログラムされた情報だけで、生命といえるものがないのではないかということであった。
 過去にも前例などない。仲間が危険な場所に行こうとしているときに、自分は足手まといになるかもしれない、もしかしたらテレサはその場所に立つことすら出来ないかもしれない。
 人の役に立つために造られた自分が、まったくの役に立たず、自己の存在否定までされることは、人にとって知りえることのない苦痛であった。
 「お前は確かに生きている。人ではなく、妖でもなく、人造人間という新たな種としてこの場所に存在しているのじゃ。人間自身ですら、互いに自分たちの存在を認識しあわなければ、本当に生きているのか分からなくなるときが来る。お前が自分のことについてそこまで真剣に考えて、悩むことが出来るのは、お前がまた一つ、生命として大きく進歩したという証拠じゃ。東洋の島国には100年も経てば飯釜のひとつですら魂を持つという話があるくらいじゃ。飯釜ですら心がもてるのであって、お前たちが心を持っていないわけがない。お前たちはヨーロッパの魔王、このドクターカオスの最高傑作であり、最愛の娘じゃぞ。何も心配することはない」
 いつになく親父の姿が、立派に見えた。
 「親父……ありがとう」
 カオスの言葉に、テレサの心は少しだけ重荷を下ろすことが出来たように軽くなった。
 「なあに、ヨーロッパの魔王である。ワシに不可能という文字はないワイ。せっかくじゃ、今回はワシらもお前たちの仕事を手伝ってやろう、のうマリア」
 「YSE・ドクター・カオス」
 表情の乏しい答えであったが、二人にはそれが、とてもうれしそうな声だと感じることが出来た。
 階段を下る表情に、さっきまでの暗い翳りはない。
 なぜなら、自分たちには、血のつながり以上に強い絆があるのだから。
 「それにしても、私たちを飯釜と一緒にすることはないだろ」
 「なあに、ちょっとした言葉の文と言うものじゃよ」
 晴れ晴れとした笑顔を引き締め、テレサは横島の元へと向かった。



 (リーダーはすでに答えを出しただろうか?)
 どちらを選んでも迷いはない。出来ることを全力でやるだけだ。
テレサは、横島が眠る病室の扉を開く。
 そこにはすでに蝉丸が戻っており、病室の壁の近くにもたれるような格好でふわふわ浮かんでいた。
 「テレサ殿さっきは、カオス殿ッ、一体どうしたのでござるか!?」
 「なぁに。大事な娘のためにワシも少し手を貸そうと思ってのう(それに、小僧の精神の中で何か弱みの一つでも握っておけば、今後何かと便利じゃからなぁ)」
いつになく頼りがいのありそうなカオスの笑みを、冥子と蝉丸は初めて見た気がした。
 「リーダー、蝉丸、さっきはすまなかった」
先ほどとは様子の違うその姿に、蝉丸は飲み込んでいた言葉を再び汲み出した。
 「誤るのは拙者のほうでござる。先ほどは大人気無い事を、申し訳なかった」
 「良かった〜〜、これでみんな仲良しね〜〜」
 安堵する冥子に、いつもの平静を取り戻したテレサが尋ねる。
 「リーダー、どちらにするか選らんだのですね」
 その言葉に、真剣な表情を一瞬だけ浮かべてうなずく、
 「ハイラちゃんを使って横島君の夢の中に入りま〜〜す。みんな、ついて来てくれますか〜〜?」
 「長いこと生きてきたもんじゃが、他人の精神に入ったことはまだないからのう、久々に血が騒ぐというもんじゃ」
 「「ノー・プロブレム・問題・ありません」ない」
 「早速向かうとしましょう」
冥子は初めての決断に、全員が力強く了承してくれたことに、強い安堵を感じながら、悩みぬいた結果が正しかったと思うことにした。
 「それじゃあこれからみんなで横島君の夢の中へ入ります〜〜!! 蝉丸さんは私の霊波とシンクロしてついてきてねぇ〜〜〜」
 「承知」とうなずく蝉丸の前で、白い毛玉に角が生えたような式神がカオスの頭に飛び乗る。すると、カオスは一瞬にして夢の中へと落ちていった。
テレサ、マリアと順々に眠りをいざなっていく式神は、最後に冥子の頭の上に飛び乗った。
 「いくわよ〜〜」
 蝉丸の姿がうなずきながらすけるように消えていき、冥子も体を支える力をなくして、地面に倒れるようにして眠りへと落ちていった。
 急に静まり返ったその場所は、病院内で倒れた数人の姿は、傍目からみると、とても異様である。
 それを見越してきたかのように、鉄の摩擦が音を立てて、扉が開かれ、
 「行ったみたいですね」
 「そうみたいね〜〜〜、でも本当について行ってあげなくて良かったの〜〜〜」
 日向の横に居るのは、幽霊なのに重そうな十二一重の着物を着た、長い黒髪の幽霊、冥夜の姿だった。
 「お嬢様にとって、これはよい試練になるはずです。これからのことを考えると、いつまでも甘えを持っていられては困りますから」
 「カオスが行ってくれなかったら〜〜〜、本当はついて行くつもりだったんでしょ〜〜〜」
 地面に転がった体を起こし上げる姿を見ながら、笑顔で問いかけると、
 「さあどうでしょう……私は、あくまでメイドですから」
 小悪魔な笑みで、答えてくれた。



 横島の夢の中、そこにはあたり一面の砂漠が広がっていた。周囲に草木は生えておらず、枯れたオアシスの後のようなものが遠目に見つけられ、反対側には白塗りのアラビアンナイトに出てきそうな大きな宮殿が、その存在を誇示している。
宮殿の出入り口の前、空から人影が降ってきた。
 カオスが頭から落下すると、その上にマリアとテレサが、連続して着地してくる。
 その後ろを冥子と蝉丸が飛び降りてきた。
 「おぬしら、ちょっとは老人を労わらんかッ」
 何十トンもある機械の体が、降ってこなかっただけ幸運であったカオスだが、それでも十分つらそうだ。
四人は、それをあえて無視するように宮殿の入り口へ意識を移す。
 「ここが横島の心の中……あたり一辺はずいぶん貧相だし、宮殿もかなり無用心だなぁ」
 誰でも自由に往来できるように、巨大な扉は開きっぱなし。その奥を覗き込むようにしてテレサは、中に入ることを促す。
 五人とも、宮殿の奥で巣くっているであろう、ナイトメアのことを考えると、普段の余裕は消える。
 敵はかなり高額な賞金首なのだ、十分に気を引き締め、テレサとマリアを先頭に突入を開始した。
 一歩一歩、一人一人、門の中をくぐっていく。
 先に宮殿の敷地に入ったテレサが残りのメンバーを促す。マリア、そして冥子が門をくぐり、カオスがまさにその門をくぐろうとしたとき、
 「親父ッ! 危ないッ」
 テレサが叫び声をあげるのと、マリアが行動を開始するのは同時だった。
 マリアの右手が、力いっぱいカオスの体を門の外へと吹き飛ばす。
 突然の出来事に、吹き飛ばされたカオスは、頭のなくなった雪だるまのようにゴロンゴロンと転がっていく。
 「な〜〜っ、何がどうなったの〜〜〜ッ!」
 重量な金属の落下音を聞き、外とのつながりを遮断した格子を見ながら、おろおろと慌てふためく。
 「おのれっ、われわれを切り離すつもりでござるかッ!」
 蝉丸は格子の隙間をぬって、中へと進入できないものかと体を差し込もうとするが、普段なら出来る壁抜けも今は出来ない。
 あせる蝉丸の横で、いつの間にか復活していたカオスが格子を叩いてみるがまったく動く様子がなかった。
 「まさか、すでにナイトメアが―――」
 「NO・どうやら・違うよう・です」
 蝉丸の言葉をさえぎって、マリアは壁にかかった一枚の紙切れを指差した。
 全員が注目する中、そこには、

 『男子禁制!! 女性のみ入場可能!!』

 一瞬にして全員の精神が真っ白く染め上がった。たった今までの緊張の糸が、間抜けな音を立てて千切れていく………
 「横島殿〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
 一人の侍の声が、痛切にこだました。
 「……あの馬鹿。こんな所でも、アホなことを」
 「男子禁制じゃとッ! それじゃあワシら一体なんのためにここまで来たんじゃッ!」
 「仕方ないわ〜〜、私たちだけで先に行きましょう〜〜〜」
 一番ダメージが少なかったらしい冥子が、カオスと蝉丸に、この場所で待っているように言うと、マリアもそれに同意の意思を示して、先へと進んでいく。
 「ちょっとまてっ、ワシら本当にここまでなのかッ!」
 「せっかくここまで来たでござるにッ!」
 背後で、囚人のように格子にへばりつきながら必死に叫ぶ二人に、テレサは心からの哀れみの目を向けると、無言で歩き出した。
 
 
 
 早くも三人に減ってしまったGSチームだが、しばらく歩いていく間に、奇妙な部屋が並ぶ廊下へとたどり着いていた。
 「あ〜〜っ! 見て〜ッ、二人とも〜〜ッ。私の名前が書いてあるわ〜〜〜ッ」
 横島の記憶や思考がしまわれているらしい扉の数々。
 それらは、普通の扉のように見えるものもあるが、大半の扉は、いびつにゆがんでいたり、紫や緑、赤色など、ちぐはぐな配色で塗りたくった、いびつな形をしていた。
 扉の一枚一枚には、自分たちの名前などが書かれたプレートがかかっており、その中の一つを冥子は指差していた。
 周囲の扉と同じように、押しつぶしたこんにゃくのように、いびつにゆがんだ扉であり、その大きさは、冥子の身長よりも大きかった。
 「ココ・横島さんの・プライベート・しまってあります。あまり・触れないほうが良いです」
 楽しいおもちゃを見つけた子供のように、自分の名前が書かれていた扉に手をかけていた冥子の動きが、ビクッと止まる。
 「そ〜〜っ! そうよねぇ〜〜。でも横島クンがいつも冥子の事をどう思っているかなぁ〜〜と思って〜〜。私は別に〜〜、横島クンが心の中で本当は〜〜、どう思ってるかなんて別に気にしてないけれど〜〜〜」
 精神体の状態で汗が出るのか? という疑問も吹き飛ぶくらいに、汗を流しながら思いっきり動揺する冥子は、そのままの勢いで扉を開けてしまおうとドアノブを捻ろうとするが、
 「あ〜〜っ。やっぱりあかないわ〜〜。ねぇ〜〜、大丈夫だったでしょう〜〜〜」
 顔中を真っ赤にした顔を、鉄化面のような顔がじっと見つめる。
 「リーダ、姉さん、そんなところで遊んでないで早く行こうよ」
 言葉のなくなった二人に割って入ったテレサ。
 「そっ、そうね〜〜、そうしましょう〜〜。でも、何で、私の(名前が書いた)扉が開かなかったのかしら〜〜?」
 ひどくゆがんだ扉を一通り眺め、比較的まともそうな扉の前に立ってみる。
 『テレサ』と書かれていた扉の前に立ったテレサは、おもむろにその扉のノブに手をかけて、
 「開いた」
 驚いたことに、冥子の扉とは違い、何の抵抗も感じることなく、扉はゆっくりと開いてしまう。
 扉が開いたことに驚いたテレサは、急いで閉めようとするが、そのせいで、中の光景が目の中に飛び込んできてしまった。
 何を見てしまったのか、一瞬にして融点に達した鉄のように真っ赤に顔が染まる。
 「テレサちゃんどうしたの〜〜?」
意外な光景に興味を示した、冥子がテレサの脇から、中の様子をのぞこうとする。
 「みっ、見るな〜〜〜〜ッ!! 頼むッ! 後生だからやめてくれ〜〜〜〜ッ」
 必死に扉を閉めようとするテレサに、冥子もむきになったように中をのぞこうとする。
 「テレサちゃん一体何があったの〜〜〜?」
 「リーダーッ! お願いだから、何も聞かずに先を進もう。本当に頼むからッ!!」
 テレサと冥子がじゃれあう後ろで、マリアの腕がゆっくりと腕を伸ばす。
 そのことに気づいたテレサは、必死にそれを止めようとするが、わずかに遅かった。
 音を立てずに開いていく扉、その奥で、
 「テレサちゃんかわいいの〜〜〜〜〜ッ!!」
 「ノー・プロブレムッ!」
 目にした光景に、冥子が新品のぬいぐるみをもらったように興奮して、マリアはその光景を一瞥すると、テレサに視線を移してぐっと親指を突き出して見せた。
 「……終わった〜〜〜〜……………」
 「どうしたのテレサちゃん〜〜? とってもかわいいわよ〜〜〜」
 「テレサ・似合っている」
 「早くココを閉めてくれよ〜〜〜〜ッ」
 滝のように涙を流しながら、目の前の光景から必死に目をそらす。
 「知らなかったわ〜〜。テレサちゃんにあんな趣味が合ったなんて〜〜〜」
 「違うッ! あれは私の趣味じゃないッ!」
 全力で否定するテレサの姿に、さすがにかわいそうになってきたので、扉を閉めてあげる。
 「いつの間に横島君とあんなことを〜〜〜、」
 「だ〜か〜ら〜、私はあんなことを横島にしてやった記憶はない〜〜ッ!! 姉さんも何とかいってやってくれッ!!」
 「YES・テレサに祝福を―――――」
 「姉さん」と叫ぶテレサの姿は、もはや壊れたブリキ人形のようだ。「冗談です」と、マリアの言葉に止めをさされたのか、完全に螺子が切れたように止まってしまった。
 「おそらく・ココ・横島さんのイメージが集まる場所。周囲の人間に対して・普段どのように思っているのか・よく分かります」
 「それって〜〜〜…………」
 何かに気づいたのか冥子が言葉にためらっていると、
 「横島さんの妄想・です」
 完全に沈黙していたテレサは、隅で小さくなりながら不気味な笑い声を上げる。
 「―――横島………悪夢から覚めても、貴様に平穏が訪れると思うなよ……………」
 「テレサちゃん〜〜……なんだか怖いの〜〜〜〜」
 頭の左右に付いたアンテナが、まるで鬼の角のように見えた光景であった。
 「二人ともさっさと行くよ」
 さっきまで、えさを取り上げられた小動物のような面影だったが、いまそこに居るのは野生の獣。サバンナに生きる弱肉を狩る、一匹の覇者であった。
 


 深層意識へと向かう三人娘がそんなことをしゃべっていたころ、宮殿の外では、カオスと蝉丸が、暇をもてあましながら空を眺めていた。
 「暇じゃの〜〜〜」
 「そのようでございますねぇ〜〜〜」
 外見年齢より、30年くらい老けた様子の二人は、格子に背中を預けて、することもなく無意味な会話を延々と繰り返していた。
 「わしら一体何をしにココまで来たんじゃろうなぁ〜〜」
 「はぁ〜〜〜」
 三人が去った後も、何とか宮殿の内部に侵入できる方法はないかと探し回ったのであるが、そのようなもの、まったく見つけられず、これ以上は無意味だと悟ったのか、先ほどからこの調子なのだ。
 「まさか、この格子を破壊して進むわけにもいかんしのう」
 振り返って、無駄だと知りつつも、格子を強く押してみるが、やはり開くどころか一ミリも動きはしない。
 「横島殿〜〜〜〜〜ッ!! 開けてください〜〜〜〜ッ!!」
 これで何度目になるか、蝉丸が叫び声を上げる。
カオスは、そんなことで開くのならとっくに開いているじゃろう、という目でそれを眺めている。
 そんなことを続けて空しくなってきたのか、再び空を眺めながら彼女らの帰りを待つ。
 「横島殿〜〜〜〜………」
 「あきらめるしかないの〜〜」
 再び格子に背を預けて、無意味な時間を過ごすのかと思ったとき、二人は、格子の奥で何かが動くのを見た。
 暗がりのそこに見えたのは、華奢な女性のようであった。
 そのシルエットは、だんだんとこちらに近づいてきて、
 「おぬし一体どうして―――?」
 カオスが疑問を述べようとするよりも早く、今までまったく動くことのなかった格子が、重い体を持ち上げ始めた。
 今度はカオスたちが近づいても、格子はそれを阻もうとしない。
 二人は、横島の中に招かれたのだった。
 


 両者互いの状況を知らぬ中、とうとう冥子達は、横島の深層心理にたどり着いた。
 長い螺旋階段を下りた先に待っていたのは、真に青い泉が湧き出す、体育館ほどの広さを持った空間であった。
 周囲にテトラポッドのような岩が積まれた広場。
 「ココが横島君の心の奥〜〜……」
 あたりの気配を探りながらつぶやく冥子の横で、テレサが高らかに叫ぶ。
 「おいっ! この馬面野郎ッ!! ここに居ることは分かってるんだッ!! さっさと出てきたらどうだッ!!!」
 ありったけの声で、宣戦布告を叫ぶ。
 「ブヒヒヒッ!! なかなか面白い能力を持っているようじゃない。人間が夢の中へ、僕を倒しに来るなんて」
 人間の顔を馬の顔にそげ変えた姿。現れた悪魔はまさしくそのような姿であった。漆黒の体に鋭いつめ、人間の足と異なったかかとには、とげのような突起が付いている。
 テレサとマリアが、冥子を守るように前衛に飛び出して構える。
 「さっきは油断したけど、今度は絶対にお前を倒すッ」
 「YES・横島さんの夢・返して・もらいます」
 「なんだかさっき見たときと顔ぶれが違っているようじゃない。まあいいけど、せっかくだからこいつの力を試してみようじゃない」
 人を舐めきった態度で、ナイトメアがつぶやくと、その脇に一瞬の光が生まれて、小さなシルエットが現れた。
 「何だ、アイツは!?」
 「横島さんの・影法師・確立・99.89パーセント」
 青白いピエロのような顔には、縦線が両目の中心を垂直に一本ずつ通って描かれて、人形のように小さい二頭身の体。袴姿には不釣合いの、悪魔の角の先に、ボンボンをつけたような布製の帽子。両手にはなぜか扇子を広げて持っていた。
 「この子、形はふざけてるけれど、かなり強いわよ」
 「ケケッ」と不気味に笑った横島の影法師は、ナイトメアの声にこたえるように、虚ろな瞳ながらも、こちらに向かって飛び掛ってきた。
 「来るよッ! 姉さんッ!」
 テレサは右へ、マリアは左へと、その言葉を合図に回避を図る。
 それを見た影法師は、右へ逃げたテレサの後を追うように方向を転換すると同時に、マリアに向かって手にしていた扇を片方だけ投げつけた。
 扇はまるで自分が鳥であるかのように、風を切りながらマリアに向かって飛来する。
 右手でそれを払いのけようとするが、普段からは想像も出来ないくらい簡単に、マリアの体は大きな衝撃と共に吹き飛ばされた。
 それを目にしていたテレサの頭は、姉を吹き飛ばされた怒りにより一瞬で沸騰する。
 考えなしに突っ込んでくる影法師に向かって、カウンターを使って殴りかかろうとするが、「捉えた」と思ったとき、吹き飛ばされていたのはテレサのほうであった。
 テレサのほうが明らかにリーチで言えば分があったはずだが、影法師の扇が一瞬にして三倍近くも大きく伸びたのだ。
 「ぐはっ…何なんだあれは………」
 大地に転がるテレサの前には、扇に霊力をまとわり付かせて、霊剣のように扱う影法師が、きちがいのようにこちらを見下していた。
 「テレサちゃんとマリアちゃんは〜〜、基本的な霊力の差で〜〜、横島君にかなわないんだわ〜〜〜。まってて〜〜、私も今すぐに〜〜〜」
 普段では考えられないこの光景は、純粋な霊力の差によるものであった。
テレサとマリアは、霊力だけ言えば他のGS達と比べると圧倒的に低いのだ。それを機械の体による怪力と、さまざまな追加機能で補っているのである。
 それに気づいた冥子は、自分が行かなければならないことを思い、急いで駆け出すが、
「あんたにはこいつをあげるわ。た〜〜ぷりと、遊んでもらうのがいいんじゃない?」
 「な〜〜っ、なんなの〜〜、これわ〜〜〜〜〜っ!」
 太ったガマ蛙を二足歩行にして、前足を極細に、さらにとげの生えた尻尾をはやした、どこから見ても、不気味な化け物である。頭の上には、影法師と同じ帽子が乗っかり、腐った鯖のような目で、冥子を見下ろす。身長はおよそ、冥子の三倍。 どのように贔屓目に見たとしても、冥子に分があるとは言いがたい。
 「おもしろいでしょう。この子の力の源、煩悩なの。それを倒したら、この子の霊力は二度と戻ってこないわよ……倒せるものならねぇ」
 勝利を確信したその顔は、まさに悪魔顔であった。
 ヒキガエルをひき潰したような叫び声が響いて、貧弱なその腕を大きく振り下ろす。
 「ハイラちゃん〜〜〜ッ!!」
 力任せに振り下ろされる腕に対して、足元のハイラが、立ち向かい全身で体当たりを試みる。
 激しい霊力の火花が散って、ハイラの体が冥子に向かってはじかれてきた。
 飛んできたボールを受け取るようにして、ハイラを抱きかかえる冥子だが、体制を崩して後ろに尻餅をつきながら倒れる。
 その様子とは正反対に、わずかに体をよろめかしただけの煩悩は、再び上空から冥子に向かってその手を鞭のように振り下ろした。
 「いやぁああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 地面を転がりながら必死にその攻撃をかわす。
ハイラが手の中からこぼれて、再び煩悩に立ち向かい、体毛を毛ばりのように飛ばす。
 ミンチにされる牛の断末魔のような声が響いて、煩悩は涙を流しながら逃げだすが、何とか立ち上がった冥子は周囲の視界がゆがんだ気がした。
 「だめだわ〜〜っ、ハイラちゃんやめて〜〜〜! 攻撃すると横島君が死んじゃう〜〜〜」
 「ブッヒヒヒ! せっかく夢の中まできたのに無様な姿じゃない? せっかくだから、お前たちの夢もボクがもらってあげようじゃない。胎児のように安らかにじっとしているだけでいい!! 自分で夢を見る必要さえない!! これこそ本当の安心、開放じゃない!!」
 「勝手なことをいうなッ!!」
 ナイトメアの勝手な言い分に、テレサは怒りの色を濃くするが、影法師を相手に防戦一方であった。
 影法師の振り回す霊剣は、剣術とはいえないほど稚拙なものであったが、巨大な霊力差があるテレサにとっては脅威である。
 例えるなら、チェーンソーを持った子供を相手に、素手でそれをとめようとするものである。
 しかも、相手を傷つけずにそれを行うことは、まさに至難の業。
 上から下へ、下から上へ、右から左と無秩序に霊剣を振り回し、テレサは何とか体をそらして、刃をよけていくが背後へ追い詰められているのは確実だ。
 そしてそれは、マリアにとっても同じこと。普段の怪力ではなく、普通の女子高生と同じくらいの力しか発揮できないマリアの体は、空を縦横無尽に翔る扇によってじわじわと傷ついていく。
 いまや霊波を鳥羽のようにして纏い、自由自在に空を駆け抜けては、急降下でマリアの体を引き裂いていく。
 体を引き裂きながら駆け抜けると、マリアの手の届かない上空まで退避する。
 苦し紛れにマリアは、右手のロケットアームを伸ばそうと試みるが何も起こらない。むしろそのときに出来た隙を突いて、マリアの太ももが大きく引き裂かれる。
 「―――ッ」
 普段見せないような苦痛の表情をマリアが見せた。
 真正面から飛んでくる扇を、手のひらで叩くようにして、右方向にいなすが、その手に激痛が走る。火の粉を素手で払うような、電気に素手で触れるような痛み。
 「生意気なこと言ってもそろそろ限界じゃない? 早く楽にしてあげましょうか?」
 自分はまったく傷つかずに、大切なものどうして戦わせるナイトメアの態度に、三人の中の怒りが気力を呼び戻す。
 「姉さんッ!」
 テレサは、マリアと扇の位置を確認すると一気に駆け出した。
 それを追いかけるように影法師が走る。
 マリアに向かって、上空から滑空するようにして扇が空を下り降りる……二人の体が交差し、テレサが駆け抜けた。
 痛みに耐えながら、マリアは全力で扇を殴り飛ばす。
 強引に軌道を変えられて、すぐに自由に飛ぶことが出来ないのか、扇はテレサのほうへと飛んでいく。
 一瞬、それを確認するために視線をそらしたテレサに向かって、影法師は横薙ぎに大きく霊剣を振り払う、大きすぎるモーションだがそれを食らえば、胴体が真っ二つになることもありえる。
 刃の軌道を掠るぎりぎりのところまで身体を落として、頭上で刀を空振りさせる。
 体を完全に身体に触れないところまで通り過ぎた隙を突いて、両腕で影法師の腕を掴むと、そのまま巴投げの要領で、こちらに向かってくる扇に向かって投げ飛ばした。
 体制を崩された影法師は、受身を取ることも出来ず、扇の操作も間に合わなかったのかようで、高速飛来する霊体に見事衝突した。
激しく火花が散った後には、ボロボロになった姿で目を回す、無残な影法師。
 自分自身で自分を傷つけたのだから大丈夫だろうと思い、テレサとマリアは、影法師がおとなしくなったのを見て、大地を強く蹴りつける。
 目指すのは、元凶となっているナイトメア。
 守るものの居ない無防備な今ならば。そう思った二人は、空中でマリアとテレサの体が同じ軌道を描きながらナイトメアに向かって落ちていく。
 「「ツイン・GS・キックッ!!」」
 姉妹の一寸の狂いもないとび蹴りが、ナイトメアの体に襲い掛かる。
 油断しきっていたナイトメアは、避けることが出来ずに蹴りをまともに受けてしまった。
 「……やったか!?」
 逃れることの出来ない完全なタイミングであったが、
 「テレサ・危ないッ!!!」
 確実に決まったと思った蹴りだったが、よく見るとナイトメアの両手が、それぞれの足をしっかりと掴んでいたッ。
 「危ないじゃなぁ〜い。ちょっとあせっちゃったわ。で・も・あなたたち、霊力不足じゃない?」
 手を交差させて、それぞれの足を止めていた。
 まさか、完全にふさがれるとは思わず二人ともなすすべがない。
 おもちゃのように振り回されて、そのまま地面にたたきつける軌道で投げ飛ばされる。 
「くそっ! まったく手も足も出ないなんて」
 「………ッ」
 悔しそうに歯を食いしばる二人、ナイトメアはそれを見ながらゆっくりと近づいてくる。
 今以上の打開策を出すことは難しい。
なにせまったく攻撃が効かないのだから、残る希望は冥子のみだが、テレサが冥子のほうへ視線を移すと、今にも泣きそうな表情で必死に煩悩の攻撃をよけ続けていた。
 「いぁあ〜〜〜〜っ! こっちにこないでぇ〜〜〜〜〜っ!」
 あの鈍い冥子が、紙一重で攻撃をかわしていられるのは、生命の本能がなせる技なのだろうか。
 しかし普段からなれていない戦い方に、攻撃をよけたわいいが、ついにその場で足を引っ掛けて、盛大に転がってしまう。
 しかも運が悪いことにハイラを巻き込んでしまったので、転げることによるダメージはなかったものの、煩悩からの攻撃を防ぐすべをなくしてしまったのだ。
 「冥子・さん・危ないッ」
 マリアが起き上がり、助けに行こうとするが、到底間に合いそうもない。
再び起き上がった横島の影法師が立ちはだかる。
 煩悩の威圧感から一歩も動けなくなった冥子は、おびえた子羊のように、震えながらやせこげたその腕が振り下ろされる様を見つめていた。
 「リーダーッ! 逃げてッ」
 マリアとテレサは背中合わせに前後の敵をにらみつける。両手の扇に霊力を纏わせた影法師と、手のひらを突き出して夢をのっとろうとするナイトメア。
 三人に向かってそれぞれの攻撃が放たれる―――。

 「待ちなさいッ! ナイトメアッ!!」
 
 窮地に陥った者達にとってそれは、女神の声にも等しかった。
 振り下ろされる煩悩の腕を飛来してきた日本刀が峰で打ち払い、それと時を同じくして、螺旋階段の方向から放たれた快光線がナイトメアに向かって降り注ぐ。
 「何なのッ、ここにきたのはあんた達三人だけじゃないのッ!」
 テレサの精神をのっとろうとしていたナイトメアは、手を急いで引っ込めると、迫り来る快光線を避けるために大きく後ろへ飛び跳ねた。
 「はっ! はっ! はっ! 最古の吸血鬼さえ追い詰めたこのワシから逃げられると思っておるのかッ!!」
 逃げた先を狙って、お腹に描かれた六亡星の魔方陣から連続して快光線を発射するカオス。
そして、最後に姿を現したのは……普段のドレス姿に身体を包んだ冥子姿だった。
 姿形、それはどこから見ても冥子であった。胸を見ても、腰を見ても、横島なら必ず断言してくれるだろう。唯一の違い、それは彼女の表情が、今までに見たことのないほどの怒りを宿していることだろう。
 カオスの快光線に追いかけられる中、ドレス姿の冥子が、駆け出していた。右手からは目をつぶりたくなるほどの閃光が明滅する。
 「私の横島に手を出すな〜〜〜〜〜ッ!!!」
 「なんだか知らないけれど、あいつ、やっ、やばいんじゃないっ!? 影法師〜ッ、アイツをとめなさいッ!」
 マリアたちに向かわせていた影法師を、突然現れた二人目の冥子に向かわせる。
 にやけた笑いを浮かべながら、霊剣を大きく振り上げて突っ込んでいく。
 二人目はそれを見てもまったく引く様子はない。
 「マリア、テレサッ! 霊視回路を10秒間の強制停止じゃッ!!」
 「冥子殿、少々ご無礼を」
 鋼鉄の姉妹は、よく分からなかったが、カオスの言ったとおりに、全ての視覚センサーを停止させる。
 蝉丸はそれに続くようにして、冥子の目を手で押さえつけた。
 一瞬の間をおいて、二人目の攻撃が影法師へと繰り出され、
 「横島……早く正気に戻りなさいッ!!」
 全ての視界を真っ白に染め上げる閃光を放ちながら、横島のどてっ腹に、二人目のこぶしが沈み込む。同時に敵の視力をも全て奪い去った。
ナイトメアと煩悩の二人は、両目を押さえつけ、闇雲に動き回りながらのた打ち回る。
 「なっ、なんなのっ! あいつ一体。それよりも、目がッ、目がッ」
 光が晴れると、地面に倒れた影法師を抱き起こそうとする、二人目の姿があった。
 体中の痛みを絶えながら、影法師はその身を起こして顔を上げる。
最初に瞳に映ったのは、いつも見慣れている冥子の姿だが、
 「横島。大丈夫?」
 「………冥、子……さ・ん? おっ、俺は一体何を! てっ、この体は一体なんじゃぁ〜〜ッ!!」
 見慣れない影法師の身体にあわてふため、自分の身体と目の前の冥子を交互に見比べる。
 「ナイトメア、横島の夢は取り戻したわ。次はあんたの番よ」
 怒りの笑みを浮かべたまま二人目が宣言したところで、横島も自分に起こった出来事を思い出した。
 「そうやッ! 俺はあいつの除霊に失敗して」
 「あなたも大丈夫?」
 おとなしくなった煩悩の前に座り込んでいた冥子に二人目が手を差し出す。
 「……私〜〜…………?」
 その問いかけに、二人目は意味深い笑みで答えた。
 「さて、それじゃあ―――」
 ようやく視力が戻ってきたナイトメアに向かって二人目が、
 「横島を傷つけた報いは重いわよ」
 「よくもやってくれたなッ! 貴様なんぞ地獄への特急列車に乗せてくれるわッ!!」
 影法師となった横島の後ろで、煩悩がうんうんとその言葉にうなずいている。
 「これでもくらいなさい〜〜〜ッ!」
 二人目の手から強力な霊波が放たれ、影法師が両手に持っていた扇を手裏剣のように飛ばす。さらに、止めだといわんばかりに、煩悩の巨大な身体がナイトメアにダイブした。
 「ブヒヒヒ〜〜〜〜〜〜ッ!! いやぁああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
 黒焦げになったナイトメアの身体は、不細工な断末魔を上げながら、煩悩に押しつぶされていく。
 それが高額賞金をかけられていた悪霊、ナイトメアの最後の姿だった。

 「私の目的のために、それまで横島は絶対に死なせはしない………」

 二人目がつぶやいたその言葉は、勝利に酔いしれる他のメンバーの耳に入ることはなかった。
 仲間の帰還を喜ぶ姿を見ながら、誰に告げることもなく二人目の姿は消えていく。
 それと同じくして、横島達の意識も現世へと移されていく。
 

 


 「姉さん〜〜、次これ一緒に歌おう〜〜」
 無事現世へと帰還した面々が、最初に行ったことは、三日間眠り続けたブランクを埋めるためにカラオケ屋に行くことだった。
 それほどの長い時間がたったとは思えなかったのだが、帰ってみると丸々三日は眠り続けていたのである。
 「でも〜〜〜、横島君が無事で本当に良かったわ〜〜〜〜」
 「横島忠夫、冥子さんを残して簡単にくたばりませんよ」
 たわいない会話、それがどれだけ重要なものなのか冥子は自覚した。
大切なものを失うかもしれないという恐怖と、それを乗り越えるための強さ。
初めて心から望んだ強さ。それを手にする理由は、この日常をいつまでも永続させるため。

 

 
 「そういえば〜〜、あのときの私っていったいなんだったのかしら〜〜〜」
 冥子の疑問に答えたのは、隣で店のメニューを片っ端から片付けていたカオスであった、
 「おそらく、小僧自身がナイトメアに襲われたときに、自分の霊力の一部を切り離したものだろう。しかし、無意識に行ったために明確なイメージができず、自分にとって一番近く頼りになる者の姿を借りて出てきたのではないじゃろうか?」
 「それって〜〜、私が横島君に頼りにされているってこと〜〜〜?」
 「そういうことじゃろうな。まあ、本人もあまり自覚してはおらんようじゃが」
 冥子は、今までで一番うれしそうな表情を見せた。
 
 
 「テレサ〜〜ッ! 次は一緒にこの曲を〜〜」
 歌い終わったテレサに横島が近づき、そして殴られる。
 「そういえば。あんた…普段私をあんな目で見ていたのかッ!!」
 妄想の扉でのことを思い出したテレサは、横島に詰め寄る。


 「そういえば可愛かったわ〜〜〜、テレサちゃんの〜〜〜、メイド服〜〜〜」


 たわいない談笑とともに、今日もまた時は過ぎていく。


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