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山の上と下

27 その前に 交錯する思惑と想い・中編


投稿者名:よりみち
投稿日時:07/10/20

主な登場人物 2

犬塚志狼(シロ)
 人狼の少女で十代前半。消息を絶った父を捜しにオロチ岳に至る。人狼としての身体能力を含め優れた剣士としての資質を持つ。

犬塚万作 志狼の父。
 人狼としても相当に高い能力の持ち主だが死津喪比女に破れ”僕”とされた。ここまでの経緯である程度その呪縛からは逃れたものの死津喪比女に捕らえられている。

田丸 ご隠居を追ってきた一団の実質的なリーダー。
 ”腕”と判断力に優れる他、霊力も優れ管狐など式神を使える。その”力”から死津喪比女の”僕”とされることに。

大河(の)寅吉
 二十代前半の大男。オロチ岳麓の宿場(氷室神社近辺)を縄張りとするヤクザ(兼自警団)『寅吉一家』の親分。”神隠し”の解決を智恵に依頼。

”一文字”摩利
 二十代前半、寅吉の妻。寅吉と『一家』を支える。”僕”であった万作相手に善戦するも重傷を負う。



27 その前に 交錯する思惑と想い・中編

 ご隠居が横島の腕を掴み加江/おキヌの傍から引き離すと入れ替わり得物を構えた智恵、涼、シロが取り囲む。

  それぞれ並の妖怪なら瞬殺できる力を持つ三人に取り囲まれながらも加江の姿を持つ”何者”かにあわてる様子はない。
 それぞれの値踏みをするように辺りをゆっくりと見回す。

 苛立った智恵は破魔札をいつでも投げつけられる態勢で、
「何か取り憑いたようだけど、すぐにその体から出なさい! さもなくば‥‥」

「あわてるではない! 心配せずとも用が済めばすぐにでも去るわ」
  ”何者”かはここでの主人であるかのような尊大な物言いで遮る。
「それに体を使うことについては二人の了承を得てのこと。他より文句をつけられる謂われはない」

「まさか?!」智恵は我が耳を疑う。
「なら、そのことを確かめさせて。佐々木様、おキヌちゃん、どちらでもいいから”出して”ちょうだい」

「よかろう」と恩着せがましい一言。

「智恵様、おキヌです。今の話は本当です。”美神”さんに関わる大切な話があるというので体を一時預けることにしました」

「れいこの!」あきらめていた娘の名前に動揺する智恵。
 それが本当なら是非にも聞きたい。しかし、
「本当に大丈夫?! 見え透いた口実で体の乗っ取り、そのまま居座るつもりかもしれないわよ」

「それはないと思います。ここに来ている死津喪比女の”力”は本当に弱いもので、そのつもりになればでいつでも追い出せます」

「ちょっと待ちな! 今、死津喪比女って言わなかったか?!」
 ご隠居が信じられないと口を挟む。誰にあっても、一番予想の果てにある名前だ。

「言いました。話があるというのは、死津喪比女、それも封印されている方‥‥」
 そこまで言ったところで邪悪さを漂わす表情に変貌。
「もうよかろう。妾の意識をお前たちの元まで届けるにも少なからぬ”力”が必要でな。どれほど続くかも判らぬし途切れれば二度と届かせることができぬかもしれぬ。いつまでもこのような入り口のやり取りに時を費やすヒマはない」

「分かったわ! 訊きたいことは山ほどあるけど、まずそちらの話を伺いましょう」
 智恵は、この場面、情報を得るため相手に主導権を与えざるを得ないと判断。それぞれに一言ありそうな面々(特にご隠居)を制する。

「ほう? なかなか事の軽重の見極めは良いようじゃな。”娘”が手こずるのも無理はないか」
 死津喪比女は演技めいた大仰さで感心する。

「無駄口をたたくヒマはないのでしょう! それより娘のことで何を話したいというの?」

  ぴしゃりと返されたことが不愉快なのか憎々しげに顔が歪む。もっとも、言い返すことは時間の無駄と、前置きすら省き、
「お前の娘は生きておる。ただし、明晩、沖天に月が掛かるまでじゃがな」

「何ですって!!」朗報に声のトーンが上がる智恵。
 付け入らせないようすぐに気持ちを引き締める。

 死津喪比女はその警戒を無用なものと軽く嗤う。
「”娘”はお前の娘の魂を己の内に取り込むつもりじゃ。そしてそれを行うための儀式は、明晩、月が沖天に掛かる時まで待たねばならぬようでな。それまで、娘は生かされているはずよ」

「明晩は満月! その儀式、我が父が関係しているのでござるか?」
 我慢しきれず口を挟むシロ。満月が人狼に深い関わりがあるのは言うまでもない。

 視線だけをシロに向ける死津喪比女。枝葉の話に興味はないといった口ぶりだが、
「人狼? あの側に倒れておった人狼の娘か。娘を殺した時、魂を輪廻に逃さぬよう留めおく結界に必要な霊力をお前の父より得るつもりよ。たぶん、そやつの命もその時に尽きるであろうな」

 今のところだが父が生きているという情報にシロは小さく安堵の息を漏らす。なお、尋ねたいことはあるが自制する。

「それにしても、やたら詳しいようだけど、長い間封印されていた割によく知っているじゃない?」
 智恵はとても信用できないと問い詰める。

「今朝になって封印に揺らぎを見つけてな。仕込みし”娘”に意識を放った折、心を同調させ得た知識よ。そうそう、お前たちのこともその際の知ったものじゃ」
 最低の説得力を持たせる必要は認めたか死津喪比女は淡々と説明する。
「それにしても、コトをお前たちに知らせようと闇雲に放った意識がお前たちの元に直接至ったのにはいささか驚かされたわ。これは妾が天に認められた証拠よな」

「そんなことはどちらでも良いけど、どうしてあんたの”娘”は私の娘の魂を必要とするの? 霊力だけならすぐにでも吸い上げられるでしょう」

「さあな、良くは解らぬ。ただ、”娘”はお前の娘の魂を取り込めば途方のない”力”を得られると思うておる」

 答えはぐらかす返事に怒りを感じる智恵、しかし今は喋るつもりのあることを聞き出すのが先決と、
「”娘”はあなたが封印を逃れるために仕込んだものなのでしょう。それが大きな”力”を持つあれば願ったりでわ。なのに、敵の私たちに邪魔をしろと言わんばかりに伝えるのはなぜ?」

「『言わんばかり』ではない、邪魔をしろと言うておる! 『理由』? 決まっておろう、妾を裏切った報いをくれてやるためよ。お前たちをけしかけ”娘”の野望を砕き滅ぼそうというのじゃ」
 死津喪比女は昂然と言い放つ。

「なるほど! 俺たちを利用しようってわけかい。なら、こっちも恩義を感じる謂われはねぇってことだな」

 嘲笑を向けるご隠居に死津喪比女は素っ気なく、
「当然だ。もとより、お前たちゴミの感謝など当てにはしておらぬ。ただ、妾への偏見でコトの軽重を誤り、せっかくの呉れてやった情報を無駄にしないでもらいたいものよ」

「分かっているさ!」嘲笑を返され憮然とするご隠居。
「それにしたって娘さんが裏切るほどに増長するってことは、その”力”、すいぶんなんだろう?」

「鋭いな、爺ぃ。あり得ぬことじゃが、今の妾以上の”力”が得られるものと思うておるわ」

「れいこちゃんの命が懸かっているのに加え、強大な妖怪が生まれる可能性。こっちに選択の余地がないってわけだ」
 ご隠居は投げやりに肩をすくめる。
「それにしても、こんな形で俺たちをしかけるところを見ると、強大な地霊って言う割にはずいぶんとやり口は姑息じゃねぇか」

「そうじゃな。こうして外に意識を送り出してはいるが、今はこれが限界。”娘”には手も足も出ぬ。お前ら如きの手を借りるのも屈辱の極みだがやむを得ぬというところか」
 死津喪比女は自嘲めいた微笑みを添えて応える。

 どこか気勢の削がれた感じのご隠居。
「ところで、そうあっさりと”娘”を見限って良いのか? せっかく封印を破るために仕込んだネタなんだろ」

「致し方あるまい。今のままでもまだ七・八百年は保つ。それだけの時間があれば封印に今以上に揺らぎが生じる事件の一つも起こるというもの。休眠に入った妾に時間はそれほど意味はない、気長に待つとするわ!」
 それは必ず起こりうる事と断言するとニヤリと嗤い、
「そろそろ、意志を送るのも疲れてきた。最後に一つ、良い知恵を授けてやろう。”娘”を倒したくば儀式が始まる時を狙うがよい」

「直前まで待てということ? それにどういう意味があるの」
 いったんは対応をご隠居に任せた形だった智恵が応える。

「妾の強みは、どのような除霊師をもってしても手を出せぬ深さ数千尺の地の奥に体を置いていることにある」
 死津喪比女はまずそう自分を説明する。
「対して、まだ幼い”娘”は人の生命力・霊力を肥やしとする関係で体を逢魔ヶ谷の洞窟に置いておるのじゃが、そこにはいざという時に備えての逃げ道−数千尺の地の奥に通じる道が用意されておる。バカ正直に仕掛けるだけでは逃がすだけに終わろう。しかし、魂を取り込む儀式は諸々の関係で外で行われる。そこを狙えば逃がすことはなく滅することができよう」

 それで必要なことを言い終えたと、意識を失ったかのようにゆらりと体が揺れ倒れようとする。それを支える横島。
 どうやら死津喪比女の意識は去ったようだ。

それを示すようにうっすら開いた目に邪悪さはない。
「ありがとう、忠さん」
 と答える口振りから今、”表”に出たのは加江だということが判る。

「えぇっと、助さん、おキヌちゃんは?」

「疲れたから少し休むって。死津喪比女の意識を受け入れたんだから当然‥‥ って、何!、何で腰を支えている手がお尻の方にずれてわさわさ動くのよ?!」

「へっ?? これは‥‥ その‥‥」しどろもどろに顔中を汗で埋める横島。
「締まった腰の線に感動した手が勝手に続くお尻の線を味わおうと動いた‥‥」

「手が勝手に動くか!」怒りを込めた拳が当然のように炸裂。
 ぶっ倒れた横島を見下ろす加江。なお、怒りは治まらないようで、
「だいたい、おキヌちゃんが休んだって言ったとたんに手が動くってどういうことよなのよ?」

「それはその‥‥ やっぱり、おキヌちゃんのお尻を触ったら犯罪じゃないかって‥‥」

「じゃっかぁしぃ! おキヌちゃんが悪くて私なら良いっていうのか!!」
 一気に跳ね上がった感情のまま、加江は答えるために上げた横島の頭を踏みつけた。



「やれやれ、襲い方まで教えてくれるとねぇ ずいぶんと”心温まる”親娘関係を見せてもらったもんだ」
 ご隠居が地面に潰れ痙攣する横島を横目に死津喪比女とのやり取りをまとめる。

「ああ、まるで心を裏長屋の溝で洗った気分だな」と椋が応える。
「しかし、むこうさんの思惑がどうであれ、やらなきゃならねぇ事が明らかになったんだからありがてぇ話さ」

「だな。明晩、満月が沖天にかかる直前、縫魔ヶ谷を急襲。れいこちゃんを助けて”娘”を滅ぼすって段取りか」

「‥‥ そんなところですか」と智恵。
 娘が助かるかもしれないというのに声に喜びはない。

「何か奥歯にモノが挟まった感じだな?」ご隠居は咎めるように尋ねる。
「そりゃあ、今の話が全部でっち上げで、鵜呑みにして動いたら罠だって可能性はある。しかし、むこうさんがわざわざこんな手の込んだ罠を張る理由もあるめぇ だいたい、罠じゃなかった時の事を考えりゃ、躊躇う理由なんかはねぇはずだぜ!」

「ご隠居、智恵さんが浮かねぇのはそんなことじゃねぇよ」

「なら、何だってんだ?!」代わって応えた涼に矛先を向ける。

「そうだなぁ」涼はわざとらしく言葉に間を取る。
「俺たちがしなきゃならない第一のことは何だと思う?」

「それはご隠居殿が言ったように、死津喪比女を滅ぼしれいこ殿を助ける。これ以外にあるとは思えぬでござるが」
 ここまで控えていたシロがご隠居の側に立つ。

「それに犬塚様の父上もでしょう」

 付け加えられた横島の一言に頭を下げ感謝を示すシロ。『どうだ?』と挑むように涼と智恵を見る。

「そうでもねぇよ」軽々と視線を受け止めた涼はにべもなく否定する。
「俺たちがまず第一にしなきゃならねぇのは”娘”が”力”を得ることを阻止することさ。”親”の恐れ具合から、話半分としても、れいこちゃんの魂を得た”娘”は相当強大な妖怪のはずだからな」

「それは言われるまでもないこと! だからこそれいこ殿を‥‥」

「なるほど! そういうことか、格さん」とご隠居の声。それは、一転して暗い。
「たしかに、そんな風に考えるとやることは変わってくるな」

「あの〜 判るように言ってもらえませんか?」
 思わせぶりな智恵、涼、ご隠居に横島は抗議する。

「つまり、その目的を第一に考えた時、れいこちゃんを助けるよりも容易な方法があるってことよ。儀式の前にれいこちゃんを俺たちの手で殺せばいいのさ」

「ご隠居様の仰る通りです」見事なまでに感情を消した智恵は軽く顎を引く。
「もちろん、母として助けられるものなら助けたくは思います。しかしそれに拘れば相手に付け入る隙を与えることに。であれば、娘の命を絶つことを第一にするのが最善の策。最悪、娘の命を絶ちさえすれば魂を輪廻に戻り、”娘”の意図を挫いたことになりましょう」

「そんな無茶苦茶な! 最初からそんな風に考え”美神”さんの命をあきらめるなんて間違ってます!!」
 あまりのことに呆然とした横島は我に返ると猛然と抗議する。

「怒るのは分かるが、智恵さんの言葉は俺達のことを考えてのことでもあるんだぜ。助けようと無理をして犠牲が大きくなることは十分に考えられるだろ」

 智恵と並ぶ主力の涼があきらめている事に横島はさらにおろおろする。

 その狼狽を鎮めるように肩に手を置くご隠居。
「智恵さんの苦渋も判ってやんなよ。相応の結果を得るためには相応の犠牲が必要。残念だがそれが世の理(ことわり)−道理って奴なのさ」
 と沈んだ声で断定する。しかし一転不敵な笑いを口元に浮かべ、
「が、同じ世に、その理を押しのけ無理を通してしまうバカもいるんだよな、これが。本物のバカがいれば、無理を通して道理を引っ込めちまうことだってできらぁ そうだろう、格さん?」

「‥‥ 格好つけたところで尻ぬぐいを俺に振るってどういう了見だよ!」
 ぼやいて見せる涼だが、こうなる展開を望んでいる節が見え隠れする。
「たしかに、そういうこともあるか。もっとも、本気で無理を通すには、本物のバカがいる話なんだがよ」

「『本物のバカ』ねぇ」ご隠居は望んだ答えと嬉しそうに繰り返す。
「オイラの見るところ、忠さん、お前さんもなかなかの本物のバカだ。どうだい、ここは一番、それを貫いて道理って奴を引っ込ませるってぇのは?」

「そ‥‥そうッスね! 俺ってバカですから、やれるかもしれないッスね」
 ご隠居の意図が判った横島の顔に明るさが戻る。

「なら、拙者も長老の言うことを聞かずに里を飛び出したバカゆえ、横島殿とご一緒させてもらうでこざるよ」
 考えるまでもないと申し出るシロ。そこに加江も『バカ』で行くことに賛意を示す。

「おやおや、俺はとんだ失言をしちまったようだな」
 軽く肩をすくめた涼は”いかにも”といった調子で嘆く。
「その責任を取るってわけじゃねぇが、バカが踊ろうって側で素面でいるのもつまらねぇ話だ。俺もバカ共の方に入れてもらうとしよう」

「やれやれ、類は友を呼ぶって本当なんだな」こちらもしらじらしく嘆息のご隠居。
「まあ、バカにかけちゃあオイラも筋金入りでね。当然、一枚噛ませてもらうぜ!」
  そう宣言した上でおもむろに智恵に向かい、
「あんたにゃ悪いが、おバカはおバカで盛り上がっちまったで勝手にやらせてもらうよ。目障りだろうが我慢してくんな」

‥‥ 急転した状況に呆然とする智恵。
 大きく数回、頭を横に振ると無言ながらも深々と礼を一つ。娘のためを思う人たちに感謝の意を示す。



『一つ話は決まったな』とご隠居。加江に向かい、
「今、おキヌちゃんはどうしている?」

‥‥ しばし内面を見る加江。
「色々と疲れていたんですね、こうしてけっこう騒がしいのに眠ったままです」

「死津喪比女の意識に含まれる障気に当てられたということもあるでしょうが、固有の魂がある体に”間借り”しているという負担もありますからね。眠っているのなら起きるまで休ませてあげましょう」
 智恵が考えたところを説明する。

「それがいいな。少しばかりおキヌちゃんにはばかりがある話をしてぇし」
 意味ありげな前置きをするご隠居。
「助さん、さっき、おキヌちゃんが死津喪比女の意識の受け皿だったような事を言ったよな?」

「ええ。全てはおキヌちゃんを通してです。死津喪比女の意識が現れたのもおキヌちゃんの心の内って感じで、その後も、おキヌちゃんが私の体を使い、そのおキヌちゃんを通して死津喪比女が喋るって形でした」

「てぇことは‥‥」もったいをつけるようにご隠居は間を空ける。
「おキヌちゃんが封印を作るための人柱になったわけだが、その魂は今も封印と繋がっているってことだな」

「それってどういうことですか?」と横島。

「死津喪比女がここに来たのは偶然とでも? まだ、封印の向こうにいる奴(やっこ)さんがここ、おキヌちゃんの元に現れたのはおキヌちゃんの魂と封印との間に何らかの繋がりがあるってことじゃねぇか。だろ、智恵さん?」

 持ち出された話に思うところがあるのか智恵の顔に困惑が過ぎる。淡々と事実だけを告げる感じで、
「この場合、魂と封印と繋がっているというよりは魂が封印の一部になっていると言った方が近いでしょう。たぶんですが、封印は人柱になった人の意志−人が人のことを想う強い意志−により維持し続けられるものと。その意味ではおキヌちゃんの魂が死んだ時に成仏しなかったのも偶然ではなく、そうした仕組みによる必然と思われます」

「『人が人のことを想う強い意志』‥‥ おキヌちゃんを見てればそれに不足しないのは判るが、それで人柱に選ばれたとしたら皮肉なものだな」
 ご隠居は加江の方を複雑な想いで見る。もちろん見ているのは加江ではなくその内に休むおキヌだが。



「智恵殿。その封印、大丈夫でござろうか?」
 封印とおキヌの関係に思うところを交換する話の最中、シロが不安気に問いを発する。
「死津喪比女の意識が届いたということは、自身も申していたように、僅かとはいえ封印に揺らぎが生まれたという事。今は、短い間、”声”を送るのが精一杯だとしても、蟻の一穴ということもあるではござらぬか?」

「そこは心配ないと思います。夜には封印は修復されるでしょうから」

  あっさりと懸念を否定されたことできょとんとするシロ。

「あくまでも推測ですが」智恵は断りを入れた上で
「今朝方に生じた封印の揺らぎというのは、おキヌちゃんが人の体に入りなおかつオロチ岳から離れたせいかと。つまり、その二点において封印とおキヌちゃんとの繋がりにわずかながらも変調が起こり、それが揺らぎとなって現れたものと思います。夜になっておキヌちゃんが外に出て元に戻れば封印の揺らぎも自ずと消え去るでしょう」

‥‥ 智恵の言葉に横島は何か大切なことを気づいた顔をする。
 そのまま(珍しく)真剣な面もちで考えに耽る。

 気になった加江が声を掛けようとした時、
「智恵様、それが本当だとするとおキヌちゃんが成仏するのって拙いッスよね?」

「『成仏』ってどういうことだい?」と隠居。

「昨夜、”美神”さんが言っていたんですが、おキヌちゃんのことを考えると、成仏させて転生できるようにするのが一番じゃないかって言うんです」

「なるほど、それで」智恵は娘が考えたこと、横島の言わんとすることを理解する。
「たしかにおキヌちゃんがただの幽霊なられいこの言う通りです。でも、ここまで判ってきたおキヌちゃんと封印の関係を考えれば、成仏してもらうわけにはいかないでしょうね」

「だよな」ご隠居は渋い顔でうなずく。
「少しの間、人の体に入ったくらいでも揺らぎが生じるとすりゃ、おキヌちゃんの魂がなくなったりすれば‥‥ それこそ蟻の一穴じゃ済まない亀裂が生じるだろうな」

「それで思うんッスが、封印のある限り成仏できない、させられないってことは、この先、おキヌちゃんは永遠に幽霊のままってことですよね。いくら死津喪比女を封じ込めておくためとはいえ酷い話と思うんッスが?」

「永久にってことはないんじゃねぇか。最後の死津喪比女の台詞からすれば、あと七・八百年で奴さんは滅びるってことだ。そうなりゃ おキヌちゃんが成仏するのに問題はないだろうぜ」
 言っては見たものの、それまでに費やされる時間を考えるとあまり救いになる話ではないと思うご隠居。

「まっ、その辺り、俺たちがここで嘆いても始まらねぇだろ」
 話を収めようとする涼だが、自身、小首を傾げ、
「智恵さん、封印を設けた奴−連中でも良いんだが−おキヌちゃんの将来をどう考えていたんだろうな? 千年がかりで死津喪比女を滅ぼす算段をつけた”凄腕”だ。滅んだ後を事をうっちゃってるとは思えねぇ おキヌちゃんの事だって何か考えている気がするんだが、どうだい?」

「と言われましても。まあ、私が施術者なら死津喪比女が滅びた後におキヌちゃんが成仏できるようにはして‥‥」
『おきますが』と続けるところの智恵だが、何か思いついたらしくしばらく考えを深めようとするように下を向き沈黙する。やがて顔を上げ、
「ご隠居様、氷室神社での話では人柱にたった娘は神になるとか?」

「ああ、そんな話だったかな。神社自体、人柱になった娘、っておキヌちゃんか、おキヌちゃんをご神体にしているはずだから、とうにおキヌちゃんは神様なんだが。しかし、そういう話っていうのは、人柱を立てる後ろめたさを誤魔化すための方便なんだろ」

「ほとんどはそうなのですが、おキヌちゃんの場合、死津喪比女が滅びた頃に本当に神様になる可能性があります」

「「「「?!」」」」息を飲み顔を見合わせる面々。驚きが大きすぎて声にならない。

「れいこが言っていたでしょう。おキヌちゃんは少しずつその存在が強くなってきたって」

「あったな、その話。このままで行くと実体を持った昼間でも平気な幽霊になるんだったよな」

「その理由ですが、おキヌちゃんが封印の一部になっているためかと。死津喪比女を閉じこめるほど封印−地脈の霊力を利用した結界でしょうが−となれば相当な霊圧をもった霊力で構成されているはず。魂がその傍らにあるとすれば自ずと影響を受けることになります」

「つまり、おキヌちゃんの魂は少しずつそうした霊力を吸収して存在を強めているてことかい?」

「はい。まず、間違いなく。そして、それがあと七・八百年それが続くとすれば、強められた魂は人の階梯を超越したものになるでしょう。その時のおキヌちゃんは輪廻に回帰することもなくこの世界に永遠性・普遍性をもって留まり、人からすれば超越的な”力”も発揮できるでしょう。人はそうした存在を”神”と呼びます」
 智恵はそう結論づけた後、少し迷うが、
「ひょっとすると千年近い時を封印の一部として過ごすおキヌちゃんへのせめてもの詫び、心遣いなのかもしれません」

「それが心遣いねぇ 『ご親切に!』てぇかお節介なこった」

「ご隠居様には気に入らないようですが、人が神になれるのは普通に素晴らしいことではありませんか? 実際、それにあこがれ厳しい修行を自らに課す人だって珍しくないわけですし」

「そりゃあ、なりたいと思っている当人が修行を積んでなったのなら目出てぇって祝ってやるよ。しかし、この場合、人柱として生きているおキヌちゃんの未来を奪った上に、今度は神様にしちまうことで人として転生する未来を奪うわけだろ。罪滅ぼしてぇなら、そんなご大層なことをしなくたっていいから、死んだ時そのままに生き返らせてみやがれってんだ!」

「”玄人”からすれば、過去に亡くなった人を肉体込みで生き返らせることの方がよほど難事なのです。それができないからの次善の策なのでしょう」

「そいつは判っているんだが。つい、おキヌちゃんを見てると、神様なんかより一人の娘として人生を全うしてもらいたいなって思っちまうんだよな」
 とうに死んだ施術者を詰っても意味はないとは判っているんだが、とご隠居。

「あの〜」と一連のやりとりの間、黙り込んでいた横島がおずおずと口を挟む。
「ちょっと考えてみたんッスが、封印に魂が必要としてそれがおキヌちゃんのじゃなければって理由はないッスよね。誰か別な魂と入れ替えても封印は保つじゃないッスか?」

「!! どさくさ紛れにとんでもないことを思いついたものね」
 大胆な発想に智恵は取りあえずそれしか言葉が浮かばない。
「たしかに理屈としては成り立ちそうね。だけど、入れ替わる魂をどうするの? その魂に今のおキヌちゃんの犠牲を求めることになるわよ」

「もちろん判ってます。だから、人様にさせようっていうコトじゃなくて、俺が代わろう話なんッス」

‥‥ さらに大胆な思いつきに今度は言葉を失う。

 他の面々も顔を見合わすことしかできない。その中で我に返ったのは、

「何を思ってそんなことを言っているの!」加江の怒りの声が響く。
「おキヌちゃんに同情するのは分かるけど、自分の魂を投げ出すのが解決だとでも?! 誰かを助けるために誰かが犠牲になる。それじゃ智恵様の考えと同じじゃない! それに師匠を助ける話はどうするつもりよ?!」

猛然とした反論に呆然とする横島。すぐに全身で嬉しさを表現すると、
「いや〜 感激だなぁぁ!! 佐々木様が俺のことを心配してくれるなんて!!  まったく思ってもみませんでした!」

「な‥‥ 何よ! 当然じゃない。いくらおキヌちゃんのためとはいえ、あっさりと命を投げ出すって言うんだから止めもするわ。それに、そんな事を考えるのは、若くして人柱になって”これから”をなくした事への同情なんでしょうけど、あなただって歳はそう変わらないじゃない。なくす”これから”は同じじゃないの」

「たしかに、助さんの言う通り、俺の”これから”を犠牲にする提案なんですよね」

 深刻そうに応える様子にも係わらず、いや、それゆえ、本能が発する警告に身構える加江。

 それが正しいことを証明するように身を沈めた横島は大きく跳躍。中空に体を投げ出しつつ、
「だから、助さん! その犠牲が少しでも小さくなるよう、俺に手取り足取りで男の”これから”を味あわせて下さぁぁい!!」

「このおバカァァ! ここにきてダイブネタに落とすんじゃなぁい!!」
 思わずメタな叫びで激怒する加江。真面目に気遣った反動もあって、抜き打ちの一撃は極北の威力をもって横島を撃墜する。

「うぅぅ‥‥」今更の不死身ぷっりで叩きつけられた地面から横島は起きあがる。直撃の衝撃で煙も立っていようかという後頭部をさすりながら、
「やっぱり、ここはこれで落とさないと原作準拠の二次‥‥」

「ええい! 何、そのメタな言い訳‥‥」
 と自分の台詞を忘れかのような台詞を言いかけたところで口ごもる。
「今のでおキヌちゃんが目を覚ますようです」

「さすがにそれだけ興奮すりゃ”内”でおちおち寝てられないか」
目一杯の苦笑のご隠居。少しだけ表情を真面目なものにすると、
「どうだい、今の話は”娘”の件が終わった後にしようじゃねぇか。しくじれば封印がどうとかなんかの話は消し飛んじまうわけだしよ」

「そうですね。それと今の話、おキヌちゃんにとっては微妙な内容ですから、封印との関わりを含めて、その時までは伏せておくと言うことでいいですよね」

ご隠居と智恵の提案はすぐさま目で確認される。そんな中、異論はありそうな横島だったが多数決に押され沈黙する。

 その直後のタイミングで加江がうなずくとおキヌが”表”に出てくる
「すみません、死津喪比女が去って気が緩んだら急に疲れがでたみたいで、眠ってしまいました」

「別に気にすることはねぇって。昨夜からの活躍を考えれば当然だよ」
 明るく応じたご隠居は一連の話を押しやるように、
「どうだい、一度、寅吉親分の元に戻ろうじゃねぇか。勝負は明日の夜となりゃ、ここで一日半過ごすのも時間の無駄だし、オイラたちがし損じた時の事も親分に伝えおかなきゃなんねぇ それにちゃんとした屋根の下、布団の中の方が準備とか休養ができるってもんだからな」




 うち揃って歩き始める一同。歩速により少しずつ間隔ができる。

 その中さりげなく涼の側に来る智恵。『怖いな』という顔をする涼を無視して、
「先ほどのバカの話ですが、そのバカとは渥美様ご自身ではありませんか?」
と他には聞き取れない低い声で糺す。

「さあねぇ」涼はわざとらしく視線を逸らせる。

 あやふやな答えにかまわず智恵はさらに低く鋭い口調で、
「それでそのバカ、本当に道理を押し切り無理を通すことができました? 私には何かしらの”道理”もあったように思われるのですが」
 
「さあ、それもどうだったか。ずいぶんと前の話だから忘れちまったよ」

 やはりあやふやに答える涼の顔に宿った暗さに気づく智恵。それを答えと受け取る。


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