月警官や女官がずらりと居並ぶ中へ横島が令子に引きずられて来る。
神無の要請に従って挨拶をさせるべく令子が嫌々寝室から引きずってきたのだ。
横島が部屋にくるやいなや神無が膝をついて西洋騎士のような礼を行う。
「横島どの、しばらくぶりです」
「え、あんた誰?」
仏頂面の令子に放り出された横島がいぶかしげに首をかしげる。
それもそのはず。月では実用一点張りの戦闘服と化粧っけのない顔をさらしていたのだ。
おかげで横島は女官長である朧はともかく神無にはアプローチしなかった。
それが今は儀式用軍装を着こなし,普通に、いや装束相応の化粧をしている。
その上顔を伏せているわけだからわからなくて当然。
「一年以上経ちます故、お忘れになったかもしれません。神無です」
言い終わるや顔を上げる。
「姫も約束していた一朝有事の際の援助を――――
「神無―――!!もちろんあの日以来ずーっと忘れてんなんかないぞ!!」
顔を見るやいなや一寸前まで意識にもなかったくせにきれいに思い出し神無に駆け寄る。
そして、ひざまずいて神無の肩をさりげなく(横島主観)そっと(少し進歩)抱く。
実態はがばっと抱きついて胸の感触を楽しんでいるのだが。
(んー月の時はチチの一つも揉ませてもらってないし、どたばたしていてゆっくり話もできなかったからな」
相も変わらず思考が口から漏れていたが今回は無問題。
「イヤ,見違えるほどきれーだな。カワイイなー」
男というものをほとんど知らない神無は意表をつかれた挨拶に、ガバと抱きつかれたまま真っ赤になる。
周りの目も有るのでそっと横島を引きはがす。
その後、背筋をのばして口上を口にする。
「この度は我ら月神族の案「神無ったらなに堅苦しい挨拶してるの」
しゃちほこばって儀礼答礼をしようとした神無に苦笑しながら朧が横から口を出す。
「横島さん、お久しぶり―――。あっちが神無の部下の月警官達。こっちが私の部下の女官」
朧がざざっと指し示して紹介する。
「今みんな非番なんだけど 横島さんに挨拶したいって言うから連れてきたの」
朧に指されるまで一応整列してさざめいていた月警官と女官達が一斉に横島の方を見る。
はっきり言って美人、美少女ばかり。
「さ、みんなご挨拶を」
朧が促すものの、みな顔を見つめ合って動かない。
(挨拶ってどうすればいいのかしら?)
(郷に入らば郷に従えっていうから……)
まず一番端の一人が押し出されるようにおずおずと進み出て真っ赤になりながら
「初めまして女官の朝顔と申します」
(横島様が神無様にしたようにすればいいかしら?)
横島にがばっと抱きつく。
「あ、朝顔ちゃん」
「ハイ。よろしく」
「えと、地球に通信してたときのオペレーターで右端から2番目に座ってたコ?」
「そうです! 感激しましたです〜〜〜!!」
未曾有の英雄の目にとまっていたと言うことで朝顔、ぱっと輝く。
今までの遠慮もどこへやら続きを話したそうだったが、後ろのコの目にじゃまされておとなしく引き下がる。
また次の美少女が抱きついてきて
「夕顔です。月では間一発の所を助けて頂きました」
「あ、あの時の月警官の……」
「覚えていて下さったんですか!」
また次、
「桔梗です」
「朧ちゃんと一緒にヒーリングして貰った子だよね」
「そうです!」
また次
「竜胆です」
「竜神の装備に…」
「え? 仮面をかぶってたのに!!」
また次
「…です」
「…だね」
「!」
次
「…」
次
「‥」
次
「・」
数十人の美少女にかわるがわる抱きつかれ、顔を見つめられながらの自己紹介。
なにかしら世話になったコは全員それを指摘。
その時は仮面をかぶっていたコも多かったから、横島ならではの驚異だ。
全員にセクハラし抱きついたときの感触で覚えていた、ということは黙っていればわからない。
そのおかげでほぼ全員の月神族の目が熱くなっている。
しかし、今まであり得なかったシュチエーションに行動パターンの準備が追っつかず
横島は実はもうほとんど脳内沸騰オーバーヒートである。
一人を選んで押し倒すことすらできない。
いや横島ならずとも健全な男なら理性が飛ぶだろう。
しかし、その桃源郷も長くは続かなかった。
「ストーップ!!」
初めのうちは仕事(金)のためかと奥歯をかんで動かなかった令子が両者に割って入り引き離す。
「朧!! 神無!! 月神族はいつから美人局になったのっ!!部下なら止めなさいよっ!!」
「いや、これが地球式の挨拶かと」
神無が?ってな顔で聞き返す。
「どこかおかしいのか?」
真顔で聞き返した神無に令子ががなる。
「!! ってあんな挨拶がどこにあるってのよ!!」
「地球では抱擁する挨拶も多くあると聞いたが?」
「そうだけど日本ではしないの!! それに抱きしめたりはせん!!」
二人が問答をしてる間にも、横島、引き離された月神族達に声をかけ、
その結果,再び黒山の人いや月神族だかりになっていた。
「朝顔ちゃん、この後、暇? お茶しに行かない?」
「おちゃってなんですか?」
「雰囲気の良いところに行って、飲み物を飲んだり食べたりして親睦をはかることさっ」
「えとぉ…私もいいですか…」
「竜胆ちゃん!! 大歓迎だよ」
「私も是非!! いろんなお話聴かせてください!」
「じゃあ、文珠を覚えたときの話でもすっかな」
横島を取り囲んでキャピキャピキャラキャラとかしましい。
「ああっ! とうとう俺の時代が! 苦節18年、お袋にシバかれ、親父にバカにされ、美神さんに搾取され続けた俺にも光が」
もはやセクハラするのも忘れて恍惚の域に入っている。
「よこしまぁっ!! お前は何をしとるかっ〜〜〜〜!!」
「あら! 横島さん大人気ですねー」
令子の赤くなったり青くなったりの百面相が面白いのか、
朧が袂で口元を抑えてころころと笑い転げている。
どうやら令子の怒鳴りも周りのきゃいきゃいとはしゃぎ回る女の子に阻まれて聞こえなかったらしい。
横島、調子に乗りまくって右に朝顔、左に竜胆を抱き寄せて悦に入っている。
後ろからも桔梗がしなだれかかり、前には夕顔。他の月神族も十重二十重に取り囲んでいる。
「それでっ、それでその悪魔はどうなったのですか?」
「俺がちょいと文珠を放ると、すってーんとひっくり返って本体取り落としやがったんだ。後は本体つぶして終わりさ」
「すっごぉい!!重力が操れるのですか!」
「わはは! なんでもでっきからな! 地面をベッドのごとく柔らかくしたこともあるぞ!」
ちょっとしたアイドル状態だ。
あること無いこと口から垂れ流し、月の美少女達はそのたびに歓声を上げている。
「本当ですか!? ここでもできるんですか!」
「おうよ! 見てろ」
言うなり『柔』の文珠を地面にぶつける。
そこに膝の上に抱きかかえていた夕顔を放り投げる
「いやあん! なにするんですか!」
ぼふぅん、と夕顔の体がはねる。
「すごいですーっ! ホントにふかふか! きゃっ♪」
そこに横島が抱きついて抱きしめる。
「どうだ?」
「私も」「私も」「私も」「私も」
その横島にドンドン抱きついてきて、もーほんとに美女にもみくちゃ状態。
しかもこのねーちゃん達はぴったり肌にフィットしたコスチュームなのでその感触は裸と変わらない。
「天国や〜〜〜!! 念願のジョニーDグッド(注1)を歌うぞ!!」
生涯の目標の一つを達成した横島が感涙にむせびながらタキシードならぬ衿の大きな柄のホワイトシャツとパンタロン。
プレスリーの仮装で意外ににいい声でうなり、シャウト。
ギターはもちろんベースやドラムスの音までが霊感にビンビン響いてくる。
二つづつ韻を踏み、尻をセクシーに振りながらのシャウト。
尻をセクシーに振りながらさらにシャウト。
初めて聞くロックンロールの名曲に月神族も思わず体が動く。
シャウト!!
シャウト!!
シャウト!!
霊力も籠もったシャウトのたびに踊り出す月神族が加わり動きが大きくなってゆく。
中盤 ゴッゴッ!! ゴー、にー、ゴッゴッ!! で総立ち。
月神族達の体がリズムに乗ってして動き出す。
ゴー、にー、ゴッゴッ!!
ゴー、にー、ゴッゴッ!!
月神族達の体がリズムに乗ってして動き出す。
全員がシンクロして激しく動く。ウエーブ。動く。ウエーブ。
籠もる霊力がシャウトの毎に増加。月神族が踊り狂い唱和がさらに大きく、大きく。
シャウト!!
シャウト!!
シャウト!!
〜〜俺の名前は光に満ちるのさ!!(注1)
最後の横島の全霊力が籠もったシャウトで月神族が拍手喝采。
「わーすごいですー」
「きゃーっ!!」
「ステキ――――ッ!!」
もう、並み居る月神族が拍手喝采、押し寄せる、押し寄せる。
神無も指揮官の矜恃と義務感からか押し寄せはしないが潤んだ目で横島をじっと見ている。
「次行くぞ!!」
そこにルシオラが飛び込んでくる。
「ヨコシマ!! 急に霊力が跳ね上がったわよ! なにお……って!!!」
あり得ない光景にさすがのルシオラも硬直。
「ヨコシマが女のコに囲まれてるなんて!!」
おもわずマスターに失礼な言辞を吐くがまあ仕方ない.
肉の壁と嬌声の向こうでは歌に混ざって むひょーっとか 夢や〜〜〜大物になるんや〜〜とかいう叫び声が聞こえてくる。
「ちょっと私のヨコシマなのよ! 返しなさい! このこのこのこのッ!!」
初めてソウルを揺さぶられた月神族に四方八方から抱きつかれて肉布団状態になっている。
ぶち切れて横島を引きずり出そうとするも40cmの人形の悲しさ。月神族の肉の壁に阻まれて到達すらできない。
「美神さん!! これはどういうことよ!! なぜあなたがついててこんなことになるわけっ!!」
あきらめて令子に飛びついて胸をひっつかんでガックんガックん揺さぶる。
「知らないわよ! 横島連れてきたとたんにこうなっちゃたのよ!!」
「監督不行届よ!! 私は妄想でもこんなこと許したこと無いわよ!! なんで現実にこんなことが起こるのよ!!」
「なんで私がそこまで横島クンを監督しなくちゃならないのよ! アンタとおキヌちゃんの役目でしょ!」
「一千年ストーカーがそんなこと言っても説得力無いわよ!」
「だれがストーカーだ! 前世なら別人ってるでしょ! そっちこそ寄生虫じゃない!」
「寄生虫は搾取しまくってる美神さんでしょ!」
「セクハラの代金よ! アンタ、セクハラして貰えないからってひがむな!」
「美神さんこそ、子供の時からヨコシマにこなかけてるじゃない! ファーストキスを無理矢理幼児から奪うなんてサイテーよ!」
「なによそれは! さては横島クンの記憶無断で見たわね! どっちがストーカーよ!」
二人して周りを放り出してぎゃーぎゃーとわめき出した。
しばらくわめくも問題を思い出したルシオラ。
「私じゃ穏便に引き出すこともできないわ! 美神さんがやれないならおキヌちゃんでもシロちゃんでも呼んで!!」
「その方が横島さんの彼女の1人のルシオラさんですねーかっわいい!!」
言い合う二人が面白くてたまらないのか、朧が二人の空気など全く読めてないのか。
書類を脳内でスキャンして見当がついたらしい。
更に爆弾投下.
「犬塚さんに氷室さんも彼女でしたよね? 氷室さんが確か前に映ってた黒髪の清楚でかわいらしい方ですよね。横島さん艶福ですねー」
令子は軽口を叩いた朧をギロと睨むとルシオラの物言いどおり通信鬼を取り出す。
「ママッ! おキヌちゃんとシロにもこっちに来るように言ってくれない?
あー、と、タマモも居ればよろしく。冥子? 冥子はさすがにいいわ。
ってか絶対連れてこないで。下手したら妙神山が無くなるわよ」
どうやら、援軍をよぶことには同意したらしい。今では多勢に無勢だ。
令子が通信鬼を置くやいなや、飛び込んでくる2つの影。
「せんせーは―――って、これは何の惨状でござるか!!」
「ちょっと待ちなさいよ! 走ると小竜姫様にお仕置きされるわよ! なに?これ!? 横島!!?」
二人とも呆然として手も出せない。
そんな二人を尻目に月神族の塊にとことこと近づいたのは氷室キヌ。
ルシオラやシロタマと違いあらかじめ予想していたからか覚悟が決まっていたからか。
やかましく聞こえてくる嬌声のもとを見るやぐっとまなじりを決する。
ごくんと唾を飲み込んで一言も発さずにネクロマンサーの笛を片手に桃色遊技になりかかった柔らか地面のベッドに歩み寄る。
ピリリィィ―――ヒィィイィィイ――――――ンン
冷たい怒気を澄んだ笛の音にのせる。しばらく叩きつけるとさすがに興奮が静まり塊が解ける。
笛を止めたおキヌがざっと見渡し井桁を貼り付けた笑顔で一歩踏み出す。
ぴくり。横島を取り囲んだ月神族が一歩退く.
歩を進めるとザザッと月神族達が退いて道を開ける。
月神族が開けた一本道を 怯えた横島ににっこりと微笑みかけながら歩み寄り、おもむろに口を開く。
「横島さん」
「はひ!」
怯えて後ずさった横島に一声かけ、耳をつかむ。
ぎちうぅぅ―――――ッ
「なにをしてるんですか! なにをッ!!」
「ハヒッ! えと日本式スキンシップの方法の伝授をですね……」
力一杯耳を引っ張られてわたわたと口からでまかせ。
「300年前から日本にそんな挨拶法はありません!! 恥ずかしいからちゃんとした挨拶をしてくださいッ」
(怖っ)(さすが事務所の良心)
横島はあわあわと後ずさり。
それを見てさらに一歩横島に近づく。
「わかった! わかりました! だからそんな生ゴミを見るような目で見ないで〜〜〜ッ」
「横島さんは美神さんと同じく看板なんですからね!」
グイッ!!
さらに後じさった横島にもう一歩踏み込んで だからきちんと…と言いかけたところで、
ふにょ。
足が地面にふんわりとめり込む。
「あれっ!? きゃあっ!!」
「だーっ!!」
絹布団と化した地面に次の足も蹴躓いておキヌがバランスを崩す。
倒れかかったおキヌを慌てて横島が支えようとすると、
がし。ぶちゅ♪
抱き合って口のあたりが接続しちゃった♪
まーこーいう展開ならお約束ッスよねー♪
ちなみに事務所の面々だけでなく衆人環視。
朧は袂で顔を半分覆って真っ赤になり、神無も儀礼刀を片手に頬を染めている。
周りを囲んだ月神族も二人の顔の間をじーっと見物している。
(すっごーいい)(だいたーん)
(さすが男女の居る地域は違うわ)
(なるほどあーやるのかぁ。メモメモ)
「「……////!!」」
横島とおキヌは抱きあって唇を触れさせたままかちんこちん。
10秒
20秒
30秒
40秒
1,2,3,4。
両者、凍結時間を使い切りました。
双方アツアツの熱湯で茹で蛸。ぱっとはなれ背中合わせにうつむいて座り込んでしまう。
かーっと頬を染め一言も発しない。
令子もルシオラももちろんシロタマも一言も発せずあたりはシーンと静まりかえっている。
ぱたん。扉が間抜けな音を立てて開く。
「これこれ、みなのものなにをしているのですか?
おお、美神どのと朧に神無それにみなのものがけっこうそろってますね」
迦具夜が出てきたのだ。一千年女王だけに些細な空気などかんっぺきに無視して続ける。
「ちょうど良かった。美神どのにもお願いしたいのですが、今回の訪問には親善以外にも目的があるのです」
「どのような? 料金と内容次第でお引き受けしますが?」
これ幸いと営業モードになった令子が聞き返す。
「1つは今の騒ぎにも関係あることです。ご存じのように月神族は女性だけです。
これは先代のアルテミス様が激しく殿方を嫌われたからなんです。この女が女を生む状況をそろそろ解きたいのです」
迦具夜の言葉に月神族が一斉に頷く。その顔はみな極めて真剣だ。
「もう1つはお約束しながら果たせていない。魔族過激派の侵入の時のお返しです。
何かの時は何かしら援助させていただくつもりだったのですが。
ごらんにもなられたとは思いますが、あれから月でも戦艦、戦闘機を多数製造しておりましたが、
先の異変では間に合わず手をこまねいてしまいました。やはり遠すぎるために動けないのです。
そこでこれを受け取っていただきたいのです」
そこまで言って朧へ振り返る。
「これ朧、例の物を。事務所の方々がそろっておられるゆえ良い機会です」
「ハッ、ただ今!」
朧がおふざけモードから宮仕えモードに切り替わり即座に小箱を迦具夜に差し出す。
「月からの正式な物はもちろん人界の代表へお渡しするつもりですが、ここで受け取っていただきたい物は美神事務所へのものです」
迦具夜が開けた小箱に入っていたのは月光を凝縮したような淡い光を放つ髪飾り。
それを女王自ら手に取りまず令子に恭しく差し出す。
「先日の異変では地上の冥界チャンネルを封鎖され相当お困りだった様子。これは月の魔力の受信機です」
「へぇ。これが」
令子が手にとってしげしげと見る。
「ええ。使う方によっては無限大の受信力を保ちます。また敵の手に渡ったときはご連絡いただければ即座に送信を止めさせていただきます」
「使ってみていい?」
「もちろんです」
使い方を簡単にレクチャーして貰い髪に挿ししばらく瞑想してみる。
「確かに力が満ちてくるけど無限大って感じはしないわね」
「それは月の魔力との相性もありますので」
そういえば令子は月面でもさほど、というかわかるほどには強化されなかった。
有り体にいうと電気や竜神の装備の方が遙かに効く。
「なるほどねぇ。誰でもって訳にはいかないのね」
「魔族や神族の方ならばほぼ100%だと」
迦具夜が付け足してくれた。
「じゃルシオラかな?」
横で物欲しそうに指をくわえてみていたルシオラにぽんと渡す。
渡されたとたん物欲しぞうな顔が興味津々なマッドサイエンティストいやヲタク顔になる。
右手にドライバー、左手にラジオペンチ。
いつのまにやら髪飾りは頭に付けられずに万力に挟まれている。
それだけではない周りには正体不明の解析鬼らしいものがいっぱいでている。
「中見ていい?」
「壊してどうする!」
令子が一瞬で取り上げる。
「アンタが機械オタだって忘れてたわ!」
「やーねー。ちょっと中身に興味あっただけよ。ちゃんと元に戻すわよ」
チッとばかりに舌打ち。ほっとけばバラバラになっていたこと請け合いだ。
「ピンポイント型の受信機ですから複製しても魔力が出る訳じゃありません。興味があるならこちらをどうぞ」
迦具夜が苦笑しながら月神族用の予備機の一台を渡してくれる。
「ありがとー!!」
「帰ってからにせんかい!!」
プラモを貰った子供のごとくを嬉々として分解しようとしたところに令子のブレイクが入る。
横島に渡され髪に付けてみるが令子と良く似たもの。
横島がルシオラにも付けてみるがやはりダメ。やはり今は魔族ではなく式神なようだ。
横島がおキヌに渡したときにチトぎくしゃくしたのは愛嬌で済ませておこう。
「私らもやるの?」
次にタマモがめんどくさそうに受け取る。
もし強化されたら仕事が増えるじゃないとナインテールの根元に付けると結構な魔力が流れ込んでくる。
それに合わせてちょっと見かけが変わる。
「わー似合ってますよ」「いいんじゃない?」
「おー足も長くなったでござるな」
「タマモも大きくなれば美人だな。洗濯板がそこそこ盛り上がってるじゃないか」
見かけスレンダーな女子大生と言った風情になったタマモに横島がちょっかい。
「タマモ。降りたらデートに付き合わんか? おわちッ!」
「冗談は顔だけにして。美神さんこんなの付けてたら襲われるわ。私、要らない」
軽口を叩いた横島に一発狐火を投げつけて髪飾りをシロに放る。
ルシオラもげいんとマスターの頭をぶったたく。
「きっとアンタの方がいいわよ。人狼は月の加護を受けてるんでしょ?」
「拙者に髪飾り等という軟弱な物を付けろというのでござるか?」
シロがブツブツつぶやきながら装着。とたんに溢れる力。瞑想など必要もなかった。
「うぉッ!! 力が! 力がみなぎってくるでござる!!」
かはっ
あまりの強烈な魔力にシロが膝をつく。
「おいっ大丈夫か!! シロ!」
ルシオラとタマモの攻撃コンボから蘇った横島がおもわず抱えてやる。
「だ、大丈夫でござる。気分は……すごくいいでござる!!」
顔を上げ横島を見上げる。そのとたんに
「うぉっ!! シロッお前ッ」
間近でシロの胸元を上からのぞき込んでしまった横島が鼻を押さえてのけぞる。その指の間から鮮血。
そう、いつか見た物。
「美神さん以上のシリチチフトモモ―――――!?!」
立ち上がったシロは野性的かつ肉感的なまさに美女。
引き締まった腹は縦に割れ、胸には薄いが強力な筋肉。その上に豊満な双丘が乗っている。
「……これが拙者?」
シロが自分の手を呆然と眺める。すらと長い指に凶暴な爪。
その美しさを野性的にフォローする毛なみ。
しかも、その右手には霊波でできた大弓。一口で言えばアルテミス形態である。
「さすがはフェンリルの後裔。決まりね。シロ、それは一応アンタに預けとくわ」
「かじけたない! 迦具夜どの! 美神どの! すごいでござる!!」
軟弱だとか言っていたのはどこへやら。
大弓をしまい霊波刀を展開してみる。
凄まじい。
白い炎を纏い付かせた物質化した長剣が出る。
シロがゆっくりと壁に向かって振ってみる。
ズドッ!
三日月型の太刀風が壁を吹っ飛ばしてしまう。
「「キャッ!?」」
「ちょっと部屋の中では止めなさい!」
あまりの威力と爆風に近くにいたものが逃げまどい、シロも慌てて刀を納める。
「申し訳ござらん! ここまで威力があるとは…」
さらにサイキックソーサーを出すともはや薄い皿ではなく分厚い大楯である。
手の甲の方に発現すればギリシアの重装歩兵のように上半身がすっぽり覆われる。
「……バカ犬とはとても思えないわね」
「たぶん使い続けると例の幽体痛が出るわよ。ほどほどにしときなさい」
令子がシロに注意を促す。
「わかったでござる。アルテミスいや迦具夜様! これが使いこなせるように鍛えるでござる!」
「わたくしもお合いする方がいて安心しました」
シロは迦具夜に礼を言った後、素直に髪飾りをはずそうとして にや。と笑って止める。
「その前に……」
くるりと向き直ったその視線の先には横島。
いつもの済んだ目ではなく野生の娼婦のような視線。
ぞく、と背筋に寒気が走った令子やおキヌ、ルシオラにも止める隙はなかった。
「先生…っ」
ガシ!っと抱きついてその胸を横島に押しつける。
アルテミスなシロを見ていいかげん目を血走らせていた横島はたまらない。
「よ、よせ!! いや止めるな! いややっぱり止めてくれ! おっぱいが顔に! 乳首がぁああ〜〜〜っ! お前ブラジャーないのか〜〜〜っ!」
じたばた不可解な動きを続ける横島をガッシと抱え込んで離さない。
「もう大人でござる。もう ろりじゃないろりじゃないって言わなくてもいいんでござるよ」
言いながら横島の耳にふっと息を吹きかける。
「変身しとるだけだろうが! ああぁっ!! 理性がぶっ壊れる〜〜!!! これはシロ! シロなんだ!!
決して美神さん以上の爆乳美女じゃなくっていや爆乳なんだが黒木メイでも鯛川なほでもなくって! ゆさゆさするんじゃない!
もっと密着した方が嬉しい、俺は何を言ってるんだ!!」
半ば錯乱状態になった横島の耳元でシロがねっとりと囁きかける。
「ふっふっふっ! せんせーもう浮気はしないでござるな?」
「浮気?! 何のことだ?! 俺にはさっぱりわからんぞ!??」
「でははっきり言うでござる。ルシオラどのを生むのは拙者でござるよ。なに心配しなくとも犬神一族は多産ゆえ子供もちゃあんと生むでござる」
「いっ!?」
驚いて錯乱を停止した横島のあごに手を掛けてクイッと上を向かせる。
冷や汗を流しながら横目で覗くとその手には剃刀のように研ぎ澄まされた爪と甲を覆う剛毛。
その爪でちょんちょんと首筋を突いているのだ。
「ひえぇぇえっ?! ムグッ!」
「先生は拙者のものでござる! おキヌどのや美神どのは巣の仲間でござるからな。百歩譲って我慢するでござるが……」
横島のを塞いだ口を離すとしなだれかかり凶暴な犬歯を覗かせて耳を甘咬み。
「さっきみたいに事務所の外のおなごに手を出したら噛み殺すでござるよ? まずはおなごをそれから先生も……」
青くなったり赤くなったり鼻血を吹き出させたりする横島と
それに絡むシロをおもしろがって見ていたタマモにとって聞き捨てならぬ一言。
「……そこな犬っころ。私まで巻き込むな。勝手に私を横島の妾にするんじゃない」
「巣で最も色気のない女狐は心配しなくとも…でござる」
「何ですって」
‘色気のない女狐’が火炎放射をかまそうとするがそれを令子が片手で制する。
「ハイそこまで!」
制した手を返すやシロの髪飾りを取り上げてしまう。
とたんに女子中学生に戻るシロ。
しばらくきょとんとしていたがはたと我に帰った。
「えと。拙者何を口走ってたんでござるかっ?!」
自分が口にしていた凄まじい内容を思い出して思わず真っ赤っ赤。
「先生!! 拙者は先生をモノにしようなどと、いえ大好きなのでござるが!!」
令子とおキヌへの言葉を思い出して今度は真っ青になる。
かおを交互に見ながらわたわたとしだした言い訳にもなってない言い訳。
「それに美神どのやおキヌどのを妾にするなどという不遜な心はかけらも持っておりませぬゆえ!!」
「……やっぱりバカ犬…」
それを見ていたタマモが肩をすくめてつぶやく。
「あ〜。死ぬかと思った。マジで」
一方横島は鼻から血をダクダクと垂れ流し、荒い息をついて両腕を地面に付けて座り込んでしまっている。
本日はジェットコースターのように心臓が急降下と急上昇を繰り返したもはやシロの言い訳など耳に入らぬほど。
令子は目の幅涙で言い訳するシロの頭を片手でがっちり押さえたまま。
振り向きもせずに髪飾りをつまんでじろじろ見ている。
「すごい副作用ね。月の魔力は女を狂わせるとは言うけれど」
「そうでござる! 決して拙者の…」
最初は物わかりの良い顔でにっこりと。
頭を押さえる手は慈母が撫でているようだ。
「アンタの奥底に秘めた願望はよーくわかったわ。シロ」
「違うんでござる〜〜〜!!」
だんだんこめかみに井桁が浮かび眉が逆立ってくる。
シロのこめかみに五本の指が食い込み出す
「どうなるかはよくわかったから、押さえ込めるように修行しなさい。今度私の前で同じような醜態を晒したら」
「違う―――!!」
その口調は噴火寸前。常ならば横島にしか向けられないモノ。
睫が逆立ちシロの頭蓋がギシリ、と悲鳴を上げる。
「鞭でなめして補身湯 注2 にするわよ!」
令子が言霊にのせて放ったのは木につるされ、鞭でぶん殴られ、皮を剥がれ、トウガラシを摺り込まれて大鍋で煮られるイメージ。
「ギャイッ」
一声悲鳴を放った後、尻尾を丸めて部屋の隅に逃げ込んで出てこない。
その全身は怒られた子犬のごとくぷるぷる震えている。
そこで改めて迦具夜の方に営業スマイルで向き直る。
「うちの従業員が何度もバカを。済みません。髪飾りもお役に立てるように修行させますわ」
「今も昔もこちらでも、よい方は取り合いなのですね」
むしろ懐かしいような表情で迦具夜が微笑む。
大昔の自分を思い出しているのだろう。
一方修羅場は初めて、毒気を抜かれた神無と朧。
「イヤ、凄まじいモノを見せて貰った。さすがはあのメドーサを葬っただけある」
「美神さんの事務所の人間関係がよくわかりましたわ」
その背後で月神族がそろってコクコクと頷いている。
下手に横島に手を出すとどのような目に遭うかよっくわかったらしい。
to be continued
著作権に対する配慮不良の指摘を管理人様から頂き、換えさせていただきました。
以後気をつけたいと思います。
前のを読まれた方にはロックの部分のみ変わりました。ので読む価値があるかも?
管理人様にはお手数をおかけしましたことをお詫び申し上げます。
また、タチ様、月夜様には丁寧なコメントを2話分も失うことになって申し訳ありませんでした。
コメント内容を転記しようとも思ったのですがそれはそれで違うように思いまして止めさせていただきました。
今後もよろしくごひいきのほどをお願い申し上げます。
注1 もちろん本来はジョニーBグッド。意訳しても歌詞最後はこういう意味にはなりません。著作権回避のため。脳内で補完してください。
ETGの腕でロックの雰囲気が出せたかどうかがめちゃ不安ですが。
注2 補身湯(ポンシンタン):犬肉を使う鍋料理の一種。精気・霊力が補えるとされている。
(STJ様、誤字ご指摘ありがとうございました。全く気がついてませんでした) (ETG)