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復活

空からお月様が落ちてきた(2)


投稿者名:ETG
投稿日時:07/ 9/17

ここは妙神山応接室の卓袱台。

「ではよろしくお願いします」

小竜姫が美智恵と西条にふかぶかと頭を下げ、書類、機材一式を引き渡す。

「ここのところずっと、本来関係ない人間の方を巻き込んで申し訳ありません。
 今回は先方の強い希望でして」

美智恵も、それに引き続き西条も急いで頭を――小竜姫よりもさらに深く下げる。
「小竜姫様、どうぞ頭を上げて下さい。人間に降りかかった厄災は人間が振り払うべき物です。
 神族や魔族の方々に力を貸していただけるだけでも有り難いという物です」

それを聞いた小竜姫が、自分と神族の力不足を感じるのかさらに深く頭を下げる。
美智恵は言葉と行動はともかく、平然としているが、西条の方は小竜姫の神気もあってかなり緊張気味だ。
人界の山神あたりならともかく、神界の神様から土下座されれば普通はそうだろう。

「少なくとも小竜姫様の責任ではありません」
思わず西条が口を挟んでしまう。



――――まてー、まつでちゅ〜〜――――



美智恵はそれを咎めもフォローもせずに数鬼の通信鬼を一鬼ずつ操作して、動作を確かめている。
「では、何かあれば、これで神界に連絡が取れると」

「ハイ、まずは私が。非常事態になれば老師いえハヌマンやそれ以上の神族も。
 今回も、私のような管理人ではなく、少なくともここの長のハヌマンがお相手すべきのなのですが・・・・・」

ここ数百年、ハヌマン級の高位神(高位魔も)はみだりに人界への直接干渉が出来ない。ここへ顔を出すことすら、だ。
一定の条件を満たした修業の時のみ直接人間と接触できる。
それですら滅多になく、横島と雪之丞、それに令子が妙神山では初めてだったのだ。

余談だが高位魔はベリアルの件でもわかるように相当力が制限される‘契約’を結んでやっと人界へ力を及ぼせる.
少し前,エミが呼び出したベールゼブブも力を振るうどころか魔法陣より出ることはできなかったのだ。



――――いいかげん観念するでござるよー!――――



もともと、人界への介入を最小限に止め、アシュタロス事変のような陰謀や事故を防ぐための物だが、
それだけでは防げないことが、今回思い知らされた。
で、人界の組織的な要請があったときは、力を振るえるように制度の改正が行われたのだ。

美智恵と西条が受け取ったのはそれ専用の通信鬼で、今回の月神族訪問の間だけ、と言う意味ではない。
これを通じて連絡を密にすることにより、陰謀などの兆候を事前に察知するとともに、
連絡の一元化により神族魔族の抜け駆け人界干渉を防ぐ。

「これで、魔族へ直通通信鬼にもなる」
美智恵が動作を確かめ終わるのを見たワルキューレが、1枚の呪符を通信鬼に喰わせる。

「実際には、日本には魔族拠点がないので、まずは妙神山のジークに通じることになる。
 ジーク以外にも、ここをこう操作すれば私、これで情報長官スクルド直通になる・・・・」
(注:スクルドは拙SSでは1話目のみに登場。ワルキューレの上司。メカフェチロリキャラにあらず)

ワルキューレが操作して示しつつ、実際に通じるかどうかをチェックする。

「あ、スクルド様、機鬼チェックであります。
 はっ、以後、この回線は日本のGSの長への直通となります」

ワルキューレが見えない相手に最敬礼したのち、回線を切断する。



――――横島! いいかげんつかまりなさいよ!――――



「同じ操作を、神族モードで行えば、私、ハヌマン、観音菩薩になります」
小竜姫が付け加える。

観音菩薩、正式には観世音菩薩もしくは観自在菩薩。

その千眼にてこの世を自在に観、その千手にて諸物を救う。
故に大慈大悲の千眼千手観音とも讃えられる。

いきとし生きる物の未来を刈り取るスクルドとは正に一対をなす、神界の情報長官である。
あらゆる物をありのまま見ることが出来ることから、世界的に有名な光学機器メーカーの社名ともなった。

ヒャクメ、小竜姫、ハヌマンの上に立ち、ハヌマンが頭の上がらない数少ない一人でもある。


あといろいろ詰めていると、今までも途切れ途切れ聞こえていた楽しそうな声が近づいてくる。



「まつでござる―――――っ!!」
「おっまちなさ〜〜いっ!!」
「待つでちゅ〜〜っ!!」

「待てと言われて待つバカがおるか――――!!」
ドタバタとバカ一匹が逃げ回りそれを追いかける嬌声?が数人分。


「小竜姫様、あの騒ぎは?」
聞くまでもないことだが、西条がしかめっ面をしながら一応質問する。

「毎度毎度のことなんですが、横島さんが定期検診の土偶羅さんのチェックを嫌がりまして」
小竜姫がため息をついている。

横島はルシオラを式神としながら魂を修復しているので、その進捗状況をヒャクメと土偶羅が定期的に検査しているのだ。

実は美智恵と西条、その定期検診に便乗してきた。

日本ではあり得ない山様でも判るように、
ここ妙神山は山ごと半分異界にあり、特に空路では凡俗のパイロットでは迷う可能性がある。
で、横島をひきずってきたルシオラに誘導して貰ったのだ。

検診は特に異常が認められたこともないので、ここのところ事務所のメンツが妙神山で集まって騒ぐ口実になってしまっている。
パピリオなどはそれが楽しみで楽しみで、皆が帰った次の日から『あと45日でちゅ〜〜』等と修業が手に付かない状態である。

しかし、チェックそのものを止めるわけにもいかないので、

「なんで中年のおっさん土偶に素っ裸で全身さわられにゃならんのだ〜〜〜〜っ!!」
「儂はふれんとチェックできんでな」

と、こうなる。

こちらは特に追いかける気もなく、炬燵で放射性廃棄物(チェルノブイリ産)入りほうじ茶を啜っている。
どーせいずれは捕まるのだ。

「ん〜〜、プルトニウム244とストロンチウム90の香りがなんともいえんわい」

目をつぶって誰に言うともなくつぶやく。
アシュタロス様に仕えていた三千年に比べればド気楽なお仕事なのだ。
見せ物でも見るような雰囲気で捕り物を見ている。

「ヒャクメの時は服着たままやないか〜〜〜!! ヒャクメにならいいけどおっさんはイヤ〜〜〜っ!!」
「私は素っ裸の横島さんなど触りたくはないのね〜〜〜」

自分の湯飲みを持って、部屋に入ってきたヒャクメが間髪を入れずに言い返し、よっこらしょとばかりに座る。
隣室で式神符状態のルシオラのチェックを終わらせ、お仕事終わり、である。
分析は土偶羅のデータがそろえばジークと一緒にやってくれるであろう。

書類の受け渡しが終わった美智恵もその横でほうじ茶を啜っている。
ちなみにこのほうじ茶は、おキヌお気に入りの静岡産を妙神山に奉納したものである。
言うまでもなく物騒なものは土偶羅用以外入っていない。

「せんせー!! ちゃんと見て貰わないとルシオラどのにもしものことがあったらどうするでござるか〜〜!!」
「ヒャクメには見て貰ったわっ!!」
「拙者の予防接種はきっちり受けさせるくせに、自分は逃げるでござるか!!」
「小竜姫様、せめてワルキューレがやってくれるなら受けるわ!!
 なんで土偶羅とジークなんだ!! 美少女揃いなのにサービス悪過ぎじゃ!!」

言い争う隙にシロの反対側から回り込んだパピリオが横島を射程に捕らえる。


「土偶羅様は、ああ見えても超一流の情報処理能力があるんでちゅ〜〜〜!!
 ペスのような『見るだけ』で肝心な所『は』見落とす『役立たず』だけにルシオラちゃんをまかせるでちゅか〜〜〜」

「ひ、ひどいのね〜〜。それに私はペスじゃないのね〜〜」
「うむ、パピリオはよくわかっておる! しかし、ああ見えて、とはどういういみじゃ?」
ヒャクメは思わず涙ぐみ、土偶羅はさもありなん、当然、とばかりに胸を張る。

「へぇ、役立たずのペス、という自覚はあるんだ?」
これは、部屋の入り口で壁にもたれて見物中の令子のお言葉。

「美神さんまでひどいのね〜〜!! 平安京でアシュタロスを出し抜いて助けたげたのは私なのね〜〜〜」
「そのせいでアシュタロスに捨てられて狙われるハメんなったんでしょっ!!」
「おかげで世界が改変されなくて済んだのね〜。ああっ!! 私ってまさにジェームスボンド?
 あらゆる行動が世のためになるのね〜!!!」
「ド厚かましいのも、ここまで来ると見事ね。やってることはラ▽キーマン以下よ」

外野の喧噪には目もくれず、
霊波砲数十発で牽制した後、パピリオ、強化コンクリート壁をもぶち抜く、超加速並のタックル。

もちろん横島は華麗に、いや鰈に床にへばりついて避ける。
パピリオが連続霊波砲で掃射するも、横島、はい回って避ける。

這い回るその姿、まさにカレイというよりは人の箒を避けるアブラムシの如し。

「どわぁぁぁ〜〜〜っ!! 俺を殺す気か〜〜〜!!」

「部屋の中で霊波砲をうつ人がいますか〜っ!!」←小竜姫
「手加減してるでちゅ!! ほとんど光だけでちゅ!」

それでも、当たればたいていの人間は失神ではすまないだろう。
大きめの霊波砲を間一髪避けた、横島のどてっ腹を真横から突っ込んできたワーウルフの鋭い爪が抉る。

「クッ!! また空振りでござるか!!」
「シロ!! チッとは手加減せんかい!!」
「手加減したら捕まらないでござる!! それにここならお腹に穴が開いても死なないでござるよ!!」
「だからといってそのバカでっかい霊波刀はなんじゃ〜〜〜っ」
「美神どのに貰った霊力でござる!! くらえっ!!」

刃渡り2mはあろうかという霊波刀をブン回すが、成果は髪の毛数本とデニムジャケットの裾のみ。
飛び退いた横島、四方から幻影を伴いつつ突進してくるタマモの火の玉にサイキックソーサーをなげつける。

幻影に惑わされず、全ての火の玉が一枚のサイキックソーサーに見事に切り裂かれて粉砕される。

火玉に気を取られていると見たパピリオが再び突進するが、

「あら〜〜、横島クンの身のこなしもスゴイわね〜。へぇ、あのスピードのパピリオのつっこみを避けると」
「シロちゃんも人狼とはいえ、あの若さですごいスピードなのね――」
「あの妖狐の火力とコントロールもなかなかだな。生まれて数年とは思えん」
「令子ちゃんの指導が良い、てことなのかな? あっおしい!! もう少しで横島クンのアタマが刈れたのに!!」
「ぱ、パピリオちゃん!! ダメーッ!! いくら横島さんでも頭はダメ!!」
「ほー、だんだん捕まるまで時間がながくなるのう。前はパピリオが出てくるとすぐ捕まっとったがな」

みな完全に観戦モードだが、責任ある管理人はそうはいかない。

「4人とも止めなさーいいっ!! 修業場の中で走り回ってはいけません!!」


小竜姫が警告するも、誰一人停まらない。

「グヌヌッ! ヨコシマ、いや、ポチの分際でわたしからこう何回もすり抜けまちゅか!?」

しびれを切らし、とうとう片手を挙げ眷属を呼び寄せる。

ヨコシマ一人に眷属を使うなどパピリオのプライドがゆるちまちぇんが、
「逃げ回るポチがいけないんでちゅよ!! ルシオラちゃんのために往生するでちゅ!!」

「パピリオっ! 修行場の中に眷属を入れるなとなんどいったら・・・・・・」

それまではため息をつきながらも、口しか出さなかった小竜姫が慌てて止めに入る。
が、立ち上がるよりも先に蝶の集団。


ぐおおおおぉぉぉっ!


白い蝶のはずなのに真っ黒にしか見えない数がなだれ込む。
その風で、卓袱台の上の湯飲みやらヤモリの黒焼きやらミカンやら

「パピリオ!! 回りもみんかい!!」土偶羅やらが、部屋中に舞う。

回りの非難ごうごうは右から左へ、というか全く耳にも届いていない。

「今日はルシオラちゃんに助けて貰えないでちゅよ!!」

勝利を確信したパピリオが首輪を取り出す。

『ポチ』に二重線を引いて『ヨコシマ』、さらにマジックで真っ黒に消して
『くそニィ』に書き換えてある由緒正しい首輪だ。
妙神山検診のたびにフル稼働している。

「痛くないでちゅからね〜〜!! おとなしくするでちゅ!!」

はじめは土偶羅に言われても使うのを嫌がっていたが、
近頃はとりあえずこれをどうやってつけるか、
否、どう一緒に戯れるかを一週間前から考え込んでいたりする。


「わはは、パピリオ甘いぞ! 蜂蜜よりまだ甘いわぁっ!!」

横島、応接間から居室へ出ると、どんな勝算があるのか、
なだれくる蝶の群れを真正面から見据え、自信たっぷりに言い切る。


その両手が光る。


「へぇ? 何かしらね〜」これは興味津々の美智恵。しかし自分の湯飲みはしっかり握って離さない。
その横で西条が鞄ごと吹き飛ばされ掛かった本日の書類を慌てて押さえている。



「サイキックWEB!!」



ハンズオブグローリーの指が伸び、次々に枝分かれしながら広がってゆく。
一呼吸もしないうちに部屋中に金色に光る蜘蛛の巣が張り巡らされ、横島の手から離れる。

天井、床、家具と言わずに糸が張り付く。
その上で細い糸一本一本が蜘蛛の巣からさらに分かれ綿毛のようになってゆく。

そこに応接間の一つしかない出入り口から突っ込んできた蝶の群れ。

糸の一本一本が動き、一匹づつ絡め取り捕らえてゆく。

「あ――――っ 眷属達が〜〜〜っ」

「わははっ!! みたか! 群れれば強いが低級霊に毛の生えたほどのお前の眷属など一匹一匹バラバラに捕らえれ―――」

ばし、バシ、ミシっ
嫌な音がそこらから聞こえてくる。



ミリ、ミリリリ、



バリバリバリ、ズシーン!



サイキックWEBに張り付いた蝶達の勢いに耐えかねて、家具や掛け軸などが・・・・・あ、あれは鴨居の一部では。
今度は守り切れなかった鞄の書類を西条が必死にかき集めている。

「や、やべっ!!」
「お義兄ちゃんのせいでちゅ! パピリオのせいじゃないでちゅ〜〜っ!!」

二人とも仲良く並んで移動ベクトルを反転。



「パピリオーッ!! 横島さん!!」

ひっくり返った長持ちから飛び出した自分の襦袢を、超加速で拾って慌てて押し込むと、小竜姫が神剣を抜きはなつ。
アタマからは湯気ならず、龍気が渦巻いて見事な放電現象を起こしている。

その怒気に横島、パピリオに続いて乱入しようとしていた、
シロとタマモが慌てて襖の後ろに隠れる。


それを見ていた美智恵が、小声で近くの壁にもたれて立っていた娘に命令する。
「令子、令子。何とかしなさい。あんたの所の従業員でしょ」

「ったくしょうがないわねー。いつまでもガキなんだから」

目の前を蝶の群れが通り過ぎても、腕一つ動かさなかった令子が、
ぶつくさいいながら、めんどくさそーに壁から離れる。


よっこらせっと。


「横島ぁ―――っ!! そこを動くなぁっ!!」



いきなり浴びせられた、全霊力を込めた怒声。
骨のズイまで染み込んだ条件反射で一瞬行動が停まる。

そこを


ぽくっ


小竜姫の神剣峰打ち。



あとは・・・・
「パピリオ・・・、覚悟はできてますね。こちらへきなさいね?」

やさしーい笑顔で振り向いた小竜姫を見たパピリオ。
サイキックWEBが消え自由になった眷属の目眩ましに隠れて逃げようとするが、

「ええっ!? け、眷属達が動かないでちゅ!?」
それどころかパピリオの周りを取り囲んでいた眷属が修行場の外へ飛び去ってゆく。

澄んだ笛の音が聞こえてくる。

「パピリオちゃん、おいたはだめですよ?」
「げ、人間に眷属を奪われたでちゅか!!?」

ありえない事実に呆然とするパピリオ。井桁を三つ四つ貼り付けた小竜姫の笑顔が迫る。
「そんなことでは、アシュタロス公も浮かばれませんよ?」

観念したパピリオにズイと大目玉を向いた顔を近づけ、
「横島さんにもおキヌちゃんにも負けるとは魔族としては恥ずかしいですね。
 霊圧が数十分の一のなんですよ!! 体術も霊波の操作も隙だらけだという証拠です!!
 明日から、修行をワンランク上げます!!」

「う〜〜〜っ、これは夢でちゅ!! ほんとは暖ったかいお布団の中にいるでちゅ〜〜〜っ!!!」

気を失った横島ともがくパピリオの襟首をつかんだ小竜姫。
やっと仕事が出来るわいとばかりに後ろをついて行く土偶羅。

途中で目を覚ました横島の首にはしっかりパピリオの首輪が装着され、そこをがっちり掴まれている。

「裸に磔でおっさん土偶に大股開きで尻の穴まで覗かれるのはいやなんや〜〜〜」
「だれがいつケツ穴まで覗いた!! 磔なのは毎度毎度暴れるせいじゃ!!」
「小竜姫はお仕置きも修業も過激すぎるでちゅ〜〜〜!! サド、ヒス、脳みそ筋肉、えせカマトト〜〜〜!!」

じたばたもがく二人をずーるずると引きずって小竜姫が部屋から姿をけす。




「ほえぇゃ〜〜〜。さすがにパピリオの眷属盗るのはきついです〜」
4人が部屋から姿を消すやいなや、おキヌがぺたんと座り込む。

「美神さんに目一杯霊力を貰ってたのをぜーんぶ使っちゃいました。
 小竜姫様がパピリオちゃんをすぐに威圧してくれなかったらもーダメな所でしたぁ」

「ハイ、おキヌちゃん、ごくろーさん」
令子が小竜姫特製ヤモリの黒焼き妙神山風ごまだれ付き、を手渡す。


おキヌと令子はヤモリの黒焼きを咥えた後、ヒャクメをちらちら見ながらアイコンタクトを交わしている。

(おキヌちゃん、心眼使ったんでしょ?)
(どうでした? ヒャクメ様にばれてないでしょうか?)

霊力が何十倍も差があるので、心眼で霊波の隙を探さなければ、奪うどころか干渉も出来ない。

(大丈夫よ。捕り物に気を取られてたから。あんな一瞬じゃ気が付いてなさそうよ)

「おキヌちゃんどうしたのね〜〜〜? 私の顔に何か付いてる?」

ヒャクメ、肘をついてお茶を啜りながら、
やけ具合はこれがよさそうなのね〜〜、と無駄に能力を使って、お供えの新米かき餅をつついている。
彼女も今の嵐に、自分の湯飲みと火鉢とかき餅は護ったらしい。
妙神山の冬は早い。下界は秋でも完全に冬である

「ほっぺに、ヤモリのタレが。い、いえヒャクメ様はもう検査を終わらせたんですよね? いかがでした?」

おキヌがしどろもどろで適当な話の接ぎ穂を探し出すが、ヒャクメは全く気にしていない・

「二人とも特に異常ないのね――」

右頬のタレを拭きながら、とーぜんとばかりにのーんびりと答えを返す。

「それはよかったです!」
「今の128目にパワーアップした私が何か見逃すなんてあり得ないのね――」
「そ、そうよねヒャクメ! 電磁波まで全部見えるんだもんね」
「衛星放送の暗号映像から、魂の色どころか模様まで見えるのね―」

――――おキヌちゃんはヒャクメの心眼をガメています。その結果ヒャクメは127目です。拙SS:前衛・後衛 上、参照――――


おキヌと令子が顔を見合わせてため息をついているが、
さすがはヒャクメさま。
なーんにも気がついちゃいないようだ。

ホントに見逃してないのかしら?


そこに、ジークから検査結果の説明を聞き終わったルシオラが出てくる。
一同を見渡すと、一番気になる人がいない。
卓袱台にちょん、と飛び乗ると、

「えと、ヨコシマは?」
「今、小竜姫にパピリオ共々引きずられていったわ」
「え、まだ終わってないの?」
「今日は、いつもにまして徹底的に逃げ回ってね。おかげで部屋がこの様よ」

令子があごで応接間付近を指し示す。

「ま、パピリオの眷属、まとめて捕獲って言う面白い物が見れたけど、あんのバカ相変わらず詰めが甘くって」

言われて回りを見ると震度5の地震に襲われたかのような部屋。

「ヨコシマとパピリオがしたの!?」
「それ以外誰がやるのよ」

聞いてあわてて後かたづけを始めようとしたルシオラを
帰ってきた小竜姫が制止する。

「あとで、パピリオと横島さんにさせますから」
「でも・・・・」
「それが教育というものです」
「あ、それならそこのバカ犬とばか狐にも手伝わせるわ」

「うう、狼でござるぅ」「ば、バカは犬だけよー」

令子が首根っこ捕まえて手伝わせようとするのを軽く微笑んで止める。
天女もかくやというような透き通った笑みである。

「いえ、お仕置きも兼ねてますので」

そう言うと皆を応接間から出して、卓袱台にそっと口づけする。
卓袱台を愛するがごとく、慈しむがごとく。

「……我、竜神の一族小竜姫なり…、そなたこの部屋に入る者を祓い、打ち破らんことを…………!!」

しばらくすると卓袱台にギロリと目が開く。
『・・・・承知。小竜姫様の命に従いてこの部屋を護らん………』

「これで、卓袱台は部屋に入る者を無差別に攻撃します。危ないから近寄らないで下さいね」

一流のGS達に警告し、にっこりと笑って振り返る。

「…………どのくらいの強さなの?」

卓袱台のただごとでない霊圧に令子がおそるおそる聞いてみる。
令子がおそるおそる、である。


「そうですね。この卓袱台は・・・・ん、魔族化した勘九郎さんぐらいですね」

うそだ、ぜぇったいに嘘だ。この霊圧はそんなもんではない。
小竜姫は何倍とか何百倍も“ぐらい”ですますにちがいない。

さらに、落ちた鴨居の彫刻、湯飲みや座布団、畳、と竜気を与えて眷属化してゆく。

「スピードが速いのもいりますよね」

挙げ句の果てにはお箸や鉛筆、耳かきのたぐいまで。
その数、約350。

ここ、本願たる妙神山では小竜姫の神通力はきわめて強大である。


「相変わらず、小竜姫のお仕置きは過激なのね〜〜〜」
「――――二人とも死にませんよね」
呆れヒャクメに心配顔のおキヌ。

「気を失った者には攻撃しませんし、肉体に大きなダメージはありません。
 あ、そうそう、文珠も封じないといけませんね」


さらっと言うと、部屋の入り口とふすまに文珠封じ、パピリオ眷属封じの呪文をさらさらっと書き上げる。

「用意が良いわね」
自分のその場でのシバキとは桁違いの“おしおき”に、さすがの令子も呆れている。

「まあ、いつかこうなるとは思ってましたし、ここは修業所ですし」

いいながら、掃除道具を放り込み、
続けて弁当を10食分くらい、1リットルほどの蜂蜜の小樽10個を放り込む。
それくらいは掛かると言うことなのだろう。

しかもそれにまで竜気を与えて逃げ回るようにいいつける。

竜気のおかげで捕まるまでは冷たくもならず、
もちろん腐りもしないという涙が出るほど有り難いご配慮。

「加速空間にしときますから、すぐです」
「それって、終わるまで助けるつもりはないってことですか?」
「ここの修業所は生き残って力を得るか、死ぬかってところです」
「本当に死なないんですか!!」
「ただのお仕置きですし、二人で協力し合えば一日以内で終わるでしょう」

「魔族情報部の懲罰房より過激なのは確かだな」
ワルキューレもちょっと呆れている。

シロタマに至ってはただただ抱き合ってふるえるのみ。
もう少しで自分たちもくらうところだったのだ。

「・・・・もちろん私も入っちゃダメなんですよね?」

ルシオラがおずおずと聞いてみるが、


「ダメです!!」


大目玉を剥いた小竜姫にキッパリ言い切られてしまった。
「怪我しますよ!!」

式神に怪我もへったくれもないもんだとは思うが。

しばらくして土偶羅の診察が終わる。
茶の一杯も飲むヒマもなくパピリオ共々横島が部屋の前に引きずり出される。

「しょ、小竜姫様〜〜〜!! もーしません!!
 二度と妙神山で暴れません!! セクハラも覗きももーしませんから許して――――っ!!!」

検診の間中、横に括り付けられていたパピリオに『小竜姫のお仕置きがいかに過激か』を
実例付き体験談で延々と聞かされていた横島。
荒ぶる山の神の凄まじさを聞かされ、小竜姫が‘神様’であるのを再認識していた。

で、小竜姫の顔を見るなり、米つきバッタのように土下座を繰り返しながら引きずられてきたのだ。


「パピリオが死ぬ目に会うようなお仕置きをされたら、ひ弱な僕は死んでしまいます〜〜〜〜!!
 ただ働きでも奴隷でも何でもやりますから許して〜〜〜〜!!」

「小竜姫のサド〜〜!! 妙神山を出たら覚えてるでちゅよ〜〜〜〜!!!」
放り込まれる前にパピリオも暴れるが、

「中で横島さんとしっかり仲良くして、生きて帰ってくるように」

と言う言葉ともに、ぽい、と放り込まれてしまった。
勘九郎350人が待ちかまえる部屋に。


空中でじたばたもがく二人に管理人さんの微笑みで注意点を教えてゆく。

「お掃除もして、畳は固く絞ったぞうきんで拭いて下さい」

「ぐぇっ!!」
その固く絞った雑巾が対戦車ミサイルのごとく、空中の横島の腹を直撃する。

「ちらかった鉛筆やお箸は危ないですから気をつけて下さい」
痛みを堪能してるまもなく鉛筆や箸が突っこんでくる。その切っ先は霊波を帯び、ライトセーバーの如し。

「鴨居の上は埃を見逃しがちですから気をつけて下さい」

「わきゃ〜〜っ!!!」
横では先ほどまで床に転がっていた、鴨居の龍の彫刻がパピリオに炎のブレスを吹きかけている。

「炬燵なんかの角は結構凶器ですので移動する時はぶつけないように」
げいん!!
「自分からぶつかってくるんスッけどー!!」

色々と注意点を噛んで含めるように並べ終わると、ぱたん、と襖を閉めてしまう。
とたんに喧噪が静かになる。


小竜姫は襖から手を離さない。


「猿神様のように一瞬で、とはいきませんけど」

蓋を閉めて2分。
何か気配を感じるのだろう。

「できたようですね」

ニコと再び慈母のように微笑むとからからと襖を開ける。

10分はたったインスタントラーメンのようにぐだっと伸びた二人が背中合わせにねっころがっている。
服は破れ、そこここに焦げ目や青あざが付き、体中からほこほこと湯気が立ってできあがり。

その足元には弁当ガラと空樽がきちんと並べられ、使い終わった箸が箸袋に入っている。
もちろん鴨居は天井に,卓袱台は部屋の真ん中に。畳もぴかぴかだ。



「飯〜〜〜・・・・・・ご飯を頂けませんでしょうか」
「ハチミツ――――――砂糖水でも良いですからくだちゃい」

小竜姫をみるなり二人してきちんと正座して頭を下げる。



ボロボロの二人を尻目にひょいと部屋の中を覗き込む。
「結構結構。4日ほどで終わりましたね。部屋も元通り片づいたようですし」

次に手から出てきたのは神剣ならず、湯気の立ったすき焼きとお櫃。
それにハチミツとおぼしき香りのする壺。

たっぷりとしたそれらをピカピカに磨かれた卓袱台の上に置く。

「さ、どうぞ。これは食べたら食べただけ出てきますから」


それを聞いた令子が目を輝かせて飛びつく。

「そ、それ!! 伝説の視肉じゃないの?!!」
「ご存じでしたか」

聞いて美智恵と西条も身を乗り出してくる。
「へえ、これが」
「一つあれば一国を養えるという」

たしかに二人でガツガツ、ゴクゴクと息もつかずに食べても呑んでもみてる間に回復してゆく。
継ぎ足しもしないのに鍋の中にはいつのまでも具があるし、煮えすぎにもならない。

はじめ、すき焼きだったはずの物がいつの間にやらシチューに変わっている。
壺からは注ぐたびにハチミツ、レモネード、メイプルシロップといろいろな物が出てくる。


「何でもやるから一匹譲って!」
顔に元手タダの高級レストランチェーン!!と大書きしてある。

「ここでは地脈が集中してるので育つんです」
「え、ここで無いと育たないの?」
「日本じゃ唯一じゃないでしょうか」
「なぁんだ。つまんない」

聞いたとたんに乗り出して鍋の中を見ていた令子の顔が平常に戻る。
それを苦笑して見ながら小竜姫が付け加える。
「老師が崑崙から3匹もって帰られたんですよ。修業後の霊気の回復にはこれが一番なんです」

「しにくって何でござるか? 確かに肉ははいってるでござるが」
「大地の気を吸っていくら食べても視ている間に元に戻る食べ物で、食べる人間の欲しい物になるのよ。
 昔は肉が一番のごちそうだったから『視肉』ついたんだとおもうわ」

横島の横でお相伴(主に肉)にあずかっていたシロに令子が答えてやっている。

「いくら食べても減らないんでござるか!!」
シロが聞いたとたん目を輝かせてる。そこには肉食べ放題!!とおおがきされている。

「それは大げさですね。まあここ妙神山なら人間の5人や10人分ぐらいの食べ物にはなります」

小竜姫の言葉に令子はなーんだと座り込んでしまう。

「夏の基幹食料だったとか一国が養えるとか言うのは」
「完全に誤伝もしくは誇張ですね。皆さんも修業のおりに食べておられたのはこれですよ」
「全然気が付かなかったわ」
「その人の知るオリジナルと全く変わらない味や形になりますからね。
本体から切り取った後は殖えませんし形も変わりません。もちろん材料として料理は出来ます」
「ちょっと便利ね。いきなり来てもいつも新鮮な野菜や肉があるのが不思議だったのよ」

令子が納得顔で頷きながら、お櫃からキャビアとキングサーモン、壺からドンペリを出してつついている。

タマモや西条、美智恵、おキヌもそれぞれきつねうどんやスコッチ、にぎり寿司、饅頭と煎茶などを取り出してつつく。
皆が満足すると鍋や壺、お櫃の中は肉色のドロリとしたアメーバ状の物が蠢くのみ。

「見ない方が良かったかも・・・・・」

思わずもらすおキヌの横では横島とパピリオが仲良くもたれ合ってぐーすかと眠り込んでいた。
ろくに食べれず寝れずの数日の後、飽食すれば誰でもこうなる。

これから起こることのためにはその方がよいかもしれない。


「目が覚めれば二人とも霊格が少しあがるはずです」
いいつつ、小竜姫が二人をそっと抱き起こして別室の布団に入れてやる。



二人が布団で安らかな寝息をたて始めしばらくしたころ、
妙神山の中庭に静かにファイナルアプローチをしてきたのは、岩で出来た空を飛ぶ舟の群れ。

1人のり、カヌーのような小型の1人乗り『天ノ鳥舟』十艘と、縦横高さその10倍はありそうなまん丸いお盆のような『天ノ鏡舟』一隻。




そう、月神族のおなりである。



to be continued


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