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山の上と下

26 その前に 交錯する思惑と想い・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:07/ 9/16

前編『道の半ばで』あらすじ(それ以前のあらすじは21・24に掲載)

 摩利の敵討ちと妖(あやかし)を追いオロチ岳に踏み込んだれいこと横島。
 そこに現れた田丸によりれいこは捕らえられてしまう。横島も追いつめられるが、おキヌの手助けもあり逃れる。死津喪比女の元に送られたれいこ、その魂に途方もない霊力を秘めた異物が癒着していることが明らかになる。

主な登場人物 1

横島忠相 主に『忠さん』 『横島(れいこのみ)』
 霊力を持つ除霊師志望の青年(十代後半)。並はずれた煩悩の持ち主で(美しい)女性が係わると優れた判断と人間離れした耐久性/運動能力を発揮、霊力も上昇する。

”美神”れいこ 主に『れいこちゃん』 『”美神”さん(横島のみ)』
 智恵(後述)の娘(十歳前後)。除霊に関しては母親に匹敵する天才児。

キヌ(おキヌ) 主に『おキヌちゃん』
 数十年前からオロチ岳の峠に現れるようになった巫女姿の幽霊。横島を助ける。

”美神”智恵 主に『智恵(の姐)さん』
 年齢不詳(二十代後半?)、美貌の除霊師。その腕前は超一流。

ご隠居
 白髪の老人だが髪は脱色によるもので見かけよりは若い。頭の働きは鋭く博識。好奇心が旺盛で”神隠し”に興味を持ったことでこのストーリーが始まった。

涼 主に『格さん』(偽名、渥美格之進より)
 二十代後半の剣士(はやらない剣術道場主)でご隠居の護衛を請け負う。凄腕で霊力に相当する”気”も操ることができる。

加江 主に『助さん』(偽名、佐々木助三郎より)
 二十歳前後の男装の剣士(旗本の娘)で涼に同じ。涼に比べれば見劣りするが剣の腕前は一流。


26 その前に 交錯する思惑と想い・前編

「‥‥ ”根”では汲み取れぬか‥‥ とすると、娘を殺し魂を取り込む‥‥ 魂を輪廻に逃さぬようにするには‥‥ その儀式に要る霊力は犬塚の命を用いるとして、満月を‥‥
 つぶやきながら考えを纏める死津喪比女。それがおおよその形をなしたところで視線を足下に落とす。

 そこに横たわるは強烈な暗示により仮死状態となった除霊師の少女。

 その魂にはこの世のものとは思えない密度で構成された霊力塊”結晶”が癒着している。それを己のものとすれば、一気に幾千もの”花”を咲かせ国中の地脈に”根”を這わせ操ることができる。
 そうなれば、この国から自分以外の生命・霊的存在を一掃することも。さらにその勢いをもって”根”を海の向こうの地脈にも伸ばし‥‥

 この世界唯一の存在となる自分に思いを馳せた時、己の意識に侵入する意識を感じ身を震わせる。侵入から意識を守る一方で”侵入者”の正体を探る。

「まさか‥‥ 母上?!」判明した正体に驚きを隠せない。

 しかし、さほど強くもない意識が、自分の意識防壁と簡単に同調、侵入を果たしたことを思えばそれ以外に答えはない。

「その通り、妾はお前を産みし者」接触した意識−”母”が嘲笑をもって肯定する。
「それにしてもいささか驚かされたわ! 己が”娘”という分を忘れ、そのような野心を持つとはのう。よもや本気ではあるまい」

「私(わたくし)の心を見ましたか」”娘”は意識の壁をさらに強化する。

「今さら遅いな」冷たく嗤う”母”。
「疾くその”力”を解放して妾を助けよ。それこそが己に授けられし役目であり、生まれし理(ことわり)であろうが」

「ふふふふ!」”娘”は押さえ気味ながらも不敵に笑う。
「死津喪比女にとり『理』と言えるのはただ一つ。他者を滅ぼし尽くし唯一の存在となること。ならば、それを果たすのは誰であってもかまいますまい。母上以上の”力”を持つことになる私こそがそれに相応しい。そう思いませぬか?」

「その物言い、判って言っておるのか?!」

「もちろん、判っております」”娘”は重々しく肯定する。
「母上にあっては私に言葉を投げつける以外、為す術がないことを。何やらの事情で封印に隙間が生じ”声”を送っているのでしょうが、それが精一杯なのではありませんか?」

「何故そう思える?」”母”は答えることなく反問する。

「私が無事に存在しているからです。母上に”力”があれば、このような生ぬるい会話を交わすことなど有り得ぬ話でしょう」

‥‥ 沈黙がその主張の正しさを証明する。

「これ以上話すこともありますまい。母上にあっては疾く封印の奥に引き取られよ」
 己の勝利を告げるように”娘”は傲然と言い放つ。追い打つように、
「もちろん、心配なさらずとも、娘として母上をそのままにしておくつもりはありませぬ。私が”力”を得たあかつきには、真っ先に滅ぼして差し上げましょう。世にあってよい死津喪比女は一人のはずですから」



”母”の意識が退いたのを確かめた死津喪比女は田丸を呼び出す。

 しばらくして来た田丸はゆるゆるとした所作で跪く。

 直接声で、
「”僕”と眷属の全てをお前に任す! 明晩、満月が中天に懸かるまで何者もこの谷に近づけぬようにせよ。判ったな!」

「判りました」そう答えた田丸だが続けて、
「それで、主にあってはその『何者』とは何者とお考えでしょうか? 手駒に限りも有りますれば、相手が判れば無駄な備えせずに済みます」

「うむ‥‥」しばし考え込む死津喪比女。

魂を取り込む儀式の重要性を考え、田丸に守りを命じたが、あらためて言われてみれば誰がこの谷を襲うというのか?

 身動きのとれない”母”は論外として、思いつくのはあの除霊師の一党。

 しかし、ここ両日となるとどうか?
 もちろん、娘が生きていると知ればすぐにでも動くだろうが、こちらが捕らえた時点で命はないと判断しているはず。
 急いでも無駄となれば、主戦力と思われる除霊師にせよ浪人にせよ、戦い慣れしている分慎重に判断し、早々に仕掛けてくるとは考えにくい。

 では、別の相手‥‥ となるとさらに心当たりがない。ちらりと追い払った近辺の妖かし共は? と考えるが、今さら仕返しもないだろう。

 詰まることころ問題はない‥‥ はずだが、漠然とした不安は拭えない。

「相手は判らぬ。しかしどのような相手であろうと十分なように備えておけ!」

 答えにならない答えだが”僕”としての意識が不審を押さえたのか、田丸は恭しく頭を下げるとその場を退いた。




「あぁああー」
 板壁の隙間から差し込む光に目を醒ました隠居は、大きく背筋を伸ばし残った眠気を追い出す。

 ここは街道脇の朽ちかけた御堂の内、他の面々はすでに起きているらしく誰もいない。寝過ごしたことに軽く舌打ちをすると外へ。

たむろする形の智恵、涼、加江、シロを横目に深呼吸。季節柄、爽やかな空気を体中に行き渡らせるが気分は晴れない。

‘まあ、しょうがねぇ って言えば言えるんだが‥‥’と内心で深くため息をつく。
 状況は昨日の朝に比べれば大きく悪い方に傾いた形だ。

 人狼との一騎打ちになった摩利は全身打撲の重傷を負い(ちなみに摩利は乾分たちの手で屋敷に、寅吉も付き添って戻っている)、その仇討ちに先走ったれいこと横島は未だに戻ってこない。

 山に入った二人が未だ戻らないとすれば、理由は一つしかない。すなわち、返り討ちに遭ったということ。相手を考えれば、それはそのまま二人の死を意味する。



「おう! そろそろ二人を捜しに行こうぜ。怪我で動けねぇってことも考えられるんだからさ」
 ご隠居は、ことさら明るく大きな声で促す。
 むろん、そうした可能性が限りなく低いことは承知している。しかし、何かをすることで気が紛れることもある。



 黙々と用意を整えているところでシロが鼻をひくつかせる。
「こ‥‥ これは、横島殿の匂い! 横島殿がこちらに来るでござる」

 シロの向く方向を一斉に注目する面々。ややあって山から下りてくる人影が。それが一人であると分かり、いったんは明るくなりかけた空気が再び沈む。



 来たのはシロが嗅ぎ分けた通り横島だった。彼もこちらには気づいているようだが、あわてるでもなくとぼとぼと歩む。

「変ですね、『うわぁー!』とか叫んで駆けてきてもおかしくないのに。大きな怪我でも負ってるのでしょうか?」
 誰とはなしに問いかける加江。

「擦り傷、切り傷の類はあるでござるが、さほど大きな怪我はないようでござる。れいこ殿を失ったことで気力をなくしたのでは‥‥」
  血の臭いとかで無事を確認しつつ思うところを答えるシロ。強ばった表情で横島を見ている智恵に気づき語尾を濁す。

「まあ、忠さんが急いでねぇんならこっちも急ぐことはないだろ。待つことにしようや」

 ご隠居の言葉も『もっとも』と一同は待つことにする。



「良かったぁぁぁ」
 最後まで歩調を変えないままに迎えられた横島は安堵のため息をつく。その顔は憔悴に覆われてはいるが予想していた失意とかとは微妙に異なる感じだ。

「どうしたんだ?」とご隠居。
 尋ねたいことは山ほどあるが、とりあえず憔悴の理由を真っ先に知りたい。

「そのことなんですが‥‥」横島はすがるように智恵の方を向くと、
「霊の専門家としての智恵様に訊きたいことがあるんです」

『何?』という顔で応える智恵。
 横島の表情からその問いを読もうとするが見当がつかない。

「実は、俺の中におキヌちゃんが取り憑いているっていうか、入っているんです」

「おキヌちゃんが‥‥ あなたの体に」珍しく絶句の智恵。

他の面々も全く予想し得ない話に夢でも見ているのかと互いを確認する。

 その間すらじれったいと横島は、
「詳しいことは後で話しますけど、とにかく、おキヌちゃんが俺の体に入ったまま出られなくなっちゃったんです」

「‥‥ ある意味、当たり前の話でしょうね。実体のほとんどない霊や逆に執念に凝り固まったりで実体を持った霊ならともかく、おキヌちゃんのような普通の幽霊にとって日の光は強すぎるモノ、幽霊としての防衛本能が出るのを妨げているのよ」

「やっぱそんなとこッスか」自分なりの予想はあった様子の横島。
「そこを何とか出てもらう方法はありませんか? もちろん、おキヌちゃんが無事にということですけど」

「別にあわてなくてもいいんじゃない? 日が沈めば自然に体から出られるわ。体の中に別な魂があるのを嫌がるのは判るけど日暮れまで辛抱すれば済む話よ」

「別に魂があるのはかまわないんスッが‥‥ ちょっと、おキヌちゃんがいると困ることがあって‥‥」
 察してくれと口を閉ざす横島。

 全身でもじもじとする様子と不自然な内股から、ようやく全員が横島の憔悴しているわけに気づく。当人の深刻な顔もあって笑うわけにはいかないが、それぞれの顔に浮かんだ笑みは隠しきれない。

 その辺り、さすがに嫌そうな横島。それに文句を付ける余裕もないという感じで、
「おキヌちゃんはその間、目を閉じ耳を塞いでいるって言うんですけど、横にいると思うと。そりゃあ、最後はそうしてもらうしか手はないんスッが、別な方法があれば‥‥ 何かありませんか?」

『そうねぇ』軽く思案のていの智恵。
「体から体って形にすれば他の人に移れるんじゃないかしら」

「それで移れるんですか? おキヌちゃんの話だと、取り憑くには相手が眠っているとしないと無理だそうなんスッけど」

「受け入れ側が拒絶する気持ちがなければいけるはずよ。まあ、そう前例がある話じゃないから何とも言えないけど。あれこれ考えるより試すのが一番じゃない」

「では私の体へ」ずっと聞いていた加江が名乗りを上げる。
 入るとすれば人間、女性の方が良いだろうし、万が一問題が出た場合でも智恵が自由であれば何らかの手が打てる。

「佐々木様が良いのであればお願いします。横島クン、おキヌちゃんが移りやすいように‥‥」

「判ってます!! 安全に移れるよう、素肌を広く密着させ‥‥」
 言葉半ばで横島は上半身を肌脱ぎに抱きつこうとする。

 その反応は予想の内と峰に返した刀で牽制する加江。
「今、一発喰らうと、この場で○禁ってことになるけど、それでいい?」

 切っ先に押さえられたこともあるが指摘されたことが起こりうる可能性に動けない横島。

「掌と掌を合わせれば十分ですよ」苦笑以外の表情をしえない智恵。

 少なからず残念そうに横島は掌を差し出しそれに掌を添える加江。

ぴくり! 二人が震えると横島の顔が明るくなる。

「それじゃ!!」と脱兎の如く御堂の裏に走り出す。

 それを見送ったご隠居は興味津々といった感じで加江に向かい、
「助さん、幽霊を体に入れるってどんな感じなんだ?」

「特にどうということは」内面を見ようとするかのように瞳を動かす加江。
「ただ、自分の脇におキヌさんがいることはかなり現実的な印象で感じることができます。たしかに、これでは男の忠さんが落ち着けないのもうなずけます」

「今度はおキヌちゃんだが、聞こえている?」

 ご隠居の呼び掛けに加江の表情が凛々しいものから穏やかなものに変わる。当然、顔形に変化はないが、それだけでもずいぶんと印象が違って見える。

「私も別に‥‥ どちらかといえばこちらの方が良いですね。横島さんに入っていた時は、自分の股の辺りに違和感があったんですが佐々木様にはそれはありませんから」

 さらりと出された台詞に加江の意識の方が反応したのか顔が赤くなる。



 ややあって晴々とした顔で戻ってきた横島はここまでの経緯を話し始めた。



 れいこの独断専行に始まり、山に分け入ってからのあれこれ、さらに自分が意識を失った顛末へ。

「‥‥ で、気絶しちゃって危なかったところをおキヌちゃんが取り憑いて助けてくれたんです」

「自分も危ないてぇのに咄嗟にそれだけのことができるとはねぇ てぇしたもんだぜ」
 感心したご隠居はまじまじとおキヌ(といっても外見は加江だが)を見る。

 ちなみに今はその方が良いだろうと加江はおキヌに体を任せ退いている。

「そんなことないです」褒められたことにあたふたと手を振るおキヌ。
 照れ隠しなのか、あわてた感じで、
「その後、休んでもらおうと子守歌を歌っている内に自分も寝ちゃったんです。起きると日が昇っていて、体から出られないままいっしょにここまで来たんです」

『そういうことか』とうなずき合う面々。いわゆる”天然”な失策に空気が和む。

 ただ、その中にあって智恵だけは深い翳りを表情を隠せない。聞くまではあった僅かな望みが断たれたことを思えばやむをえないが。

 もちろん、この瞬間に限れば、まだ生きているかもしれない。しかし、すでに”肥やし”とされていることは間違いなく(その状態で命が半日と保たないらしいことを思えば)今さら手の打ちようもない。

「‥‥ あの時、もう少し捜していれば‥‥」

 つい漏れた智恵の言葉に涼が、
「あん時、あんたにある種の予感があったにせよ、れいこちゃんがいるとは知らなかったんだ。いつまでも敵のお膝元でうろうろするってわけにもいかねぇし、少しぐらい早く切り上げたって判断としてはまちがっちゃいねぇよ」

「ええ、それは承知しております」智恵はすぐさま苦渋を打ち消しうなずく。
 上辺だけであっても感情を露わにせず毅然と振る舞うのが玄人たる自分の振る舞いと思っている。

 その智恵に横島は自分だけ戻ってきたことを謝ろうして思い止まる。

 謝るということは、自分に失敗があってこうなったというニュアンスを含むわけだが、素人の自分が最善を尽くしたところで結末に違いはなかったはず。その意味では謝る資格すら無力の自分にないと思う。

 その心を察したらしく智恵は横島に柔らかい微笑みを向ける。
「もう済んだこと、あれこれあなたが気にすることはありませんよ。そもそも、このような終わりを迎えるのを承知で除霊師を生業にしようとしたのは娘自身ですから」

‥‥ かえって気遣う言葉をもらう横島。改めて自分の無力さを噛みしめる。



「さあ、こうなったら娘さんの弔い合戦だ! さっそく逢魔ヶ谷に乗り込もうじゃねぇか」
 それしかやることはない、と立ちあがるご隠居。

「お待ち下さい」と智恵は制する。
「私の気持ちを思ってのことでしょうが、ここは感情に任せるのは拙策。仰るようにれいこの命はない今、急ぐ必要はないわけで、ここは慎重に戦い方を練るべきと思います」

「そうだな」涼も不本意そうではあるが同意を示す。
「れいこちゃんが欠けた今、人狼のお嬢ちゃんが加わってくれたとはいえ、こっちの戦力減は否めねぇ ここで焦っちまうと討てる仇も討てなくなる」

「さすがに戦い慣れたお二人さんは冷静だな。その分、不人情にも聞こえるわけだが」
『言いたいことは判るが』と非難を滲ませるご隠居。
「しかし、慎重すぎても拙いんじゃないか? もたもたしていると”力”を回復した死津喪比女が本体の封印を破りにかかるかもしれねぇぜ」

「『本体』とか『封印』を破るとか‥‥ それって何の話ですか?」
 横島がついていけないと口を挟む。

「そういえば、忠さんからの話ばかりでこっちの話はしてなかったな」とご隠居。

 昨夜、それぞれが集めた情報−氷室神社で聞き込んだ話や逢魔ヶ谷の様子など−を交換した場に横島(それにおキヌ)がいなかったことを思い出す。

 智恵たちに向かい、
「これからを決めるのに知っていることは揃っていた方がいいだろ。忠さんとおキヌちゃんに昨夜の話しておきたいんだが良いかな」

「それは‥‥」と返事に躊躇が混じる智恵。

 難色を示したのは、ご隠居がさりげなく横島とおキヌをこれからを決める場に立ち会わせると言ったから。
 そこにいることを認めるということは、危険すぎる戦いに二人を引き込むことにも繋がってくる。

 この場から二人を宿場なりに戻すという判断こそ正しい‥‥

 そう思案が進みかけた時、こちらを真剣に見る横島とおキヌに気づく。こちらの思いを察し、その上で加わりたいという意志を無言で示している。

「‥‥ ではそういうことで。その間に戦いに限っての見通しを立てておきます」

「ああそれでいい」当然のようにうなずくご隠居。
 腰を据えて話ができるよう横島とおキヌを招き場所を移す。




「私って噴火を鎮めるための人柱だったんですか?」
 ご隠居の話におキヌは目を丸くして驚く。

「神社の縁起によれば、だがな」と前置きをした上で、
「百年ほど前、オロチ岳を中心に噴火が続き、ここいら辺りが荒れる中、山の神を鎮めるために少女が人柱に立てられたそうだ。その少女の名はキヌ、伝えられる年格好や容姿なんかから見てもまず間違いねぇ」

 加えられた説明でもピンとこないのか小首を傾げるおキヌ。

「話を聞いても何も思い出せねぇかい?」

「ええ、何も‥‥」おキヌは頭を振る。寂しげに息を漏らすと、
「それにしても私もずいぶんといい加減ですね。そんな大事な使命を受けて死んだことも覚えていないんですから」

「そんなことないって! ”美神”さんが言ってたけど、今のおキヌちゃんはまだ目が覚めていないんだって。きっとこれから色々と思い出すはずだから気にすることはないよ」

 励ましの言葉におキヌは『判りました』と横島にうなずく。

 それにうなずき返した横島は何となく良い気分のまま、
「でも変ですね。智恵様の話なんかでは噴火は死津喪比女って妖怪の仕業と思っていたんですが、ご隠居の聞いた話だと山の神様の仕業とか。それに『鎮める』じゃなくて悪さをしないように封印したんでしょ。いったいどっちが正しいんですか? 」

「まあ、強ぇえ”力”を持ったモノを神様扱いするのは珍しい話じゃねぇ。それに、真相を隠すために、死津喪比女を『山の神』、封印を『鎮める』ってことにしてしまおうって魂胆もあるようだ」

「真相を隠すってどういうことですか?」

「前に言ったように、強い妖怪が封じ込めているって話しだと善し悪しを考えず”力”に憧れる連中の興味を引くだろ、山の神云々なら、そんな連中の目を引くことも少ないって思惑だろ」

「へぇ〜 そういう風な考えもあるんですね」‘まあ、どちらでも良い’と横島。
「だとして、今、オロチ岳に死津喪比女がいるということは封印が壊れたってことスッか?」

「いや、それはないらしい。詳しいことは教えてくれなかったが、異変が起こればそれに対処するような仕組みが封印にはあるそうで、それが働いたって兆候がない以上、問題はないんだとさ」

「じゃあ、今の死津喪比女は? いったい何なんですか」

「そいつについちゃ、封印された死津喪比女が残した分身みたいなモノじゃないかっていうのがオイラたちの一致したところだ。智恵さんがこの地に来る前に集めた話じゃ、死津喪比女ってずいぶんと悪賢い奴だったらしい。それなら自分が封印された時に備えてそういう奴を仕込んでいたって不思議じゃねぇ」

「それでさっきの心配を」ようやく話が繋がってきたと横島。

「ああ。ここまで”分身”もかなり”力”をつけたようだからな。何時、そいつが封印を破りにかかっても不思議はねぇ‥‥」
『と思うんだ』と続けるつもりのご隠居が言葉を切る。おキヌから表情が消え目が虚ろになったからだ。

 同じく気づいた横島が肩を持って揺さぶるが、これといった反応を示さない。

 集まる智恵、涼、シロ。しかし、状況が判らない以上手出しはできない。

 ややあって目に生気が。それを見て身構える一同。

 なぜならその際に浮かんだ微笑みがおキヌであろうと加江であろうと作れるはずのない邪悪さを湛えていたからだ。


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