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初恋の来た道


投稿者名:UG
投稿日時:07/ 8/ 4

 ※打ち上げ花火。下から見るか?横から見るか?の続編です。
  ネタバレしますが、シロ好きの方は後書きから読む方がいいかも知れません。






 その場には昼間の熱気が微かに残っていた。
 ライトアップされたデジャブーランドのシンボル―――
 中世の城を模した建物を背景に、大輪の華が次々と咲き誇る。
 時折海辺から吹き付ける涼を含んだ風に目を細めながら、周囲の家族連れやカップルは次々に打ち上げられる花火を見上げていた。
 いつかは去ってしまう夏を少しでも心に刻みつけようとして。
 そんな夏の夜の一幕に、側らにしゃがみ込んだ少女の存在を気に留める者は皆無だった。

 「ちょっとシロ! アンタいったいどうしちゃったのよ!?」

 前日に起こったちょっとした口論。
 打ち上げ花火を下から見たらどう見えるかという言い争いは、タマモに軍配が上がっていた。 
 そのことを軽くからかおうとしたタマモは、その場にしゃがみ込み涙を流しはじめたシロに狼狽する。

 「もう、泣いてちゃ分からないでしょ! ひょっとして横島に酷いことされたの!?」

 初めて見るシロの姿に勝手が分からないタマモは、しゃがみ込んだシロの背に優しく手を回すと先程までシロと一緒にいた男の名を口にする。

 「ね、もしそうなら遠慮無く言いなさい! 速攻で追いかけて消し炭にしてやるから!!」

 「ちが・・・せんせ・・は・・・・」

 ますます激しくなる嗚咽。
 しかし、左右にふられた首が横島が酷いことをしたわけではないと物語っていた。
 シロに起こった変化が分からずタマモは途方に暮れる。
 彼女は気づくことが出来ない。
 シロの変化が自分の初恋に気づいた混乱によるものであることを・・・

 「あ、おキヌちゃん、美神さんたち見つかった!?」

 泣き崩れたシロの対処に困り果てたタマモは、美神たちを探しに行ったおキヌの帰還に安堵の表情を浮かべる。
 しかし、戻ってきたおキヌもまた、いつものおキヌでは無くなっていた。

 「シロの様子が変なのよ・・・・・・おキヌちゃん? どうしたの? 顔色が悪いわよ・・・」

 タマモの問いに応えようとはせず、おキヌはただ無言でその場に立ちつくす。
 鼓膜を揺する打ち上げ花火の音はどこか遠い世界の出来事に感じられた。








 ――――――― 初恋の来た道 ――――――――







 9月初旬
 新学期も始まり、表向きは何の変化も起きなかった様に夏は過ぎ去ろうとしていた。
 しかし犬塚シロにかけられた夏の夜の魔法は、まだ一向に解ける様子を見せてはいない。
 一時は己の感情の変化に驚き取り乱したシロだったが、今ではハッキリと自分の気持ちを理解している。

 ―――犬塚シロは横島忠夫に恋をしている

 こう思うだけで犬塚シロを取り巻く世界は劇的な変化を生じさせていた。




 「ねーシロ?」

 屋根裏部屋
 寝ぼけ眼のタマモがベッドから顔を覗かせる。
 シロは腰掛けている鏡台の鏡越しにタマモと視線を合わせた。

 「なんでござるか?」

 シロはブラシを握る手を動かしたままタマモの呼びかけに応える。

 「アンタ、最近散歩に行かないわよね」

 何のことはない疑問。
 しかし、シロはソレすらも自分の秘めた思いに直結させていた。

 「ちょ、ちょっとした心境の変化でござる」

 顔を赤らめ髪を梳かすブラシの速度をあげる。
 今まで散歩に費やしていた時間のほとんどを、シロは鏡の前で過ごしていた。
 横島を特別な異性として意識するようになったシロは、以前のように横島を散歩に誘うことが出来なくなっている。

 「アンタ最近変よ! この前みたいにピーピー泣いたと思ったら、今はニヤニヤしながら鏡を見続けてるし・・・」

 タマモは鏡台を独占しているシロの後ろから鏡を覗き込み、彼女が手にしたブラシを横取りすると髪を二三度なでつける。
 若さの、いや、素材のなせる技か、それだけで特徴的なナインテールは寝癖一つ無いまとまりを見せた。
 ブラシを置いた鏡台の上には化粧道具はおろか乳液すら見あたらない。

 「正直に言いなさい。あの日なんかあったの?」

 好奇心に輝いた目でじっと覗き込まれ、シロは大いに狼狽する。
 自分の胸に生じた感情は、ほんの少しの衝撃で壊れてしまいそうに感じられてた。
  
 「さあ、そろそろ朝食の時間でござるよ!」

 気まずい話題を避けるようにシロはそそくさと屋根裏部屋を後にする。
 タマモには悪いと思いつつ、どうしても緩んでしまう口元。
 シロは自分だけの秘密を持ったのだった。









 如何にして自分の気持ちを伝えるか?
 犬塚シロの思考は全てこの問題に費やされていた。
 空想の中では何度も横島に告白し、そしてソレはいつもハッピーな結末を向かえている。
 当然回りは見えなくなるが、そんなことは彼女にとって些末な問題だった。
 彼女にとって世の中は横島忠夫とそれ以外の成分で構築されていた。

 ―――明日こそは実行に!

 そう心に決めてはや数日
 朝の占い一つでアッサリ揺らぐ決心。
 背中を押してくれる出来事を彼女は心から望んでいた。
 そう、それがどうしようもなくベタな出来事であっても・・・





 人気の無い図書館
 70年代から抜け出たような男子学生が書架から本を取り出そうとしたとき、可憐な少女の指先とその手を触れさせる。

 「あ・・・」

 触れあう指先、見つめ合う目と目、二人は一瞬で恋に落ちていた。
 ソナタだかワルツだかシロには良くわからないBGMが、これでもかとばかりにプラズマTVから流れ出す。
 つけっぱなしにしていた某国営放送が流す、手当たり次第に買い付けた海外ドラマ。
 何の気無しに見ていたシロの手が力強く握られる。

 「こっ、コレだぁ―――――ッ!!」

 シロ、それは違うと思う・・・
 多分違うと思う。
 違うんじゃないかな・・・
 横島―――ま、ちょっと覚悟はしておけ。









 「チャンプ・・・久しぶりに来たと思ったら一体どういう風の吹き回しだい?」

 ある分野の品揃えが豊富という、非常にわかりやすい経営方針に加え女性従業員は皆無というレンタルビデオ店。
 エプロン姿の店長がチャンプと呼んだ男に幻滅の視線を向ける。
 彼が眺めている棚は、しいて言えば目当てのビデオを挟むのにしか価値を見いだされない作品のコーナーだった。
 そんなモノを必要としない漢の頂点に立つ存在。
 それ故、彼はチャンプと呼ばれていた。

 「はははっ・・・」

 彼はオオカミに狙われたシカのような引きつった笑いを浮かべると、後ろを気にしつつ差し障りのない作品へと手を伸ばす。
 すると気配を消す術を会得した猛者に慣れている店長にさえ認識出来なかった存在が、彼の指先にそっと己の指先を触れさせた。

 「あ・・・」

 たちまちバラ色に染まる頬、潤んだ目。
 そしてパタパタと振られた尻尾。
 ドラマ・・・いや、コントですら滅多にお目にかかれない光景を目にし、店長の額に青筋が浮かぶ。
 女性連れでの来店―――彼はこの店のタブーを犯していた。

 「チャンプ、出ていきたまえ・・・君は神聖な場所を汚した!」

 毅然とした態度で店長は出口を指さす。
 暖簾で区切られた店の奥からは凄まじい殺気が吹きつけられていた。
 横島忠夫―――死亡確認まであと僅か。












 「チッ、昨日は思わぬ所で邪魔が入ったでござる!」

 美神所霊事務所
 ビデオ屋から這々の体で逃げ出した横島に告白などは出来ようはずもなく、シロは再び空想の世界の住人となる。
 次なる手はどうするべきか?
 つけっぱなしのTVからは、80年代に制作されたアニメの再放送が流れていた。



 「キャー、遅刻しちゃうーッ!」

 朝の通学路
 トーストを口にくわえた女学生が大慌てで走っている。
 全速力のまま突っ込む四つ角。
 そして衝撃。

 「あ・・・」

 ぶつかった少年と見つめ合う少女。
 背景にはキラキラした何か。

 「こっ、コレだ―――ッ!」

 いや、だから・・・・・・





 「わあ、寝過ごしてしまったでござる―――っ!」

 その割には寝癖一つ無い髪をなびかせ、シロは朝の食卓に走り込む。
 作戦はバッチリ!
 いざ行かん横島の待つ四つ角へ!
 気合い充分で望んだ翌日の朝食。
 唯一の誤算は事務所の朝が、和食が多いことくらい。

 「珍しいわね。はい、シロちゃん」

 犬の絵が描かれた可愛らしい茶碗。
 オオカミと言い張り自分専用としたソレに盛られたほかほかご飯を、シロは口元をヒク付かせ眺めている。
 どう見ても無茶としか思えないシチュエーション。
 よせばいいのに朝の占いがシロの背中をそっと押した。

 『今日の恋愛運ナンバーワンは○○座のアナタ! 気になる異性と急接近!! ドーンとぶつかって行きましょう!!』

 覚悟完了とばかりに走り出したシロを見て、ちょうど入れ替わりに姿を現した美神が寝ぼけ眼を擦りながらポツリと呟く。

 「・・・Qちゃんみたい」

 その呟きをおキヌとタマモは理解できない。
 茶碗と箸を持ち全力疾走で事務所を出て行ったシロを、二人はただ呆然と見送っていた。









 「あれ? 横島君! オベントつけてドコ行くの♪」

 1限前の休み時間。
 遅れて登校してきた横島に愛子がクスリと笑いかける。

 「いや、オベントというか・・・ねえ?」

 横島の惨状に呆然としたピートが、隣りに立つタイガーに同意を求める。
 タイガーも同意とばかりにコクコクと肯いていた。
 頬に一粒のご飯粒。
 これこそが正しいオベントである。
 愛子が指先でつまみパクリと食べでもすれば、それはソレで見事なまでの青春だろう。
 しかし、目の前に立つ横島の姿は明らかに違っていた。
 ダンプにハネられたようにズタボロになった制服。
 所々すりむいた擦り傷に、体中に振りかけられたちょうどご飯茶碗一杯分の白米。
 学生カバンに空いた小さなふたつの穴は箸が突き刺さった痕か?

 「・・・・・・」

 ムスッとした様子の横島は、無言で自分の席に着くと窓の外にチラリと視線を飛ばす。
 申し訳なさそうにこちらを伺っていたシロがさっと姿を隠す所だった。
 因みにここは3階である。

 ―――昔、梅さんていたなぁ・・・

 横島はそんなことを考えていた。











 「うー、やっぱり和食は無理があったでござるか・・・」

 美神除霊事務所
 応接のソファに寝ころびながら、シロは今朝の作戦失敗を反省する。
 和食以前の問題と気づかないところが恋愛中の乙女心。
 ある意味無敵の存在だった。

 「しかし、折角の恋愛運。どこかにドーンとぶつかるいい手はないでござるか・・・」

 考えども考えども妙案は浮かばない。
 気分転換とばかりに手を伸ばした、横島が持ち込んだ漫画少年誌。
 恐ろしいコトに21世紀になった今でも伝統芸は健在だった。


 「遅刻、遅刻・・・」

 はたして今どきの高校生が遅刻くらいで走るか甚だ疑問であるが、少女はとにかく走っていた。
 減速せずに飛び込む四つ角。
 ハイ、もうお分かりですね。
 少女は男にぶつかって、転んだ拍子に見られるパンツ。
 思わず手が出る最悪の出会い。
 その後二人は再会し、見事に恋におちるのです。

 「こ、コレだーっ!!」

 いや、もう・・・・・・







 「タマモッ! 服を借りるでござる!!」

 「んー別にいいけど」

 もの凄い勢いで階段を駆け上がったシロに、タマモは雑誌から目を離さず無関心を装う。
 そのくせ背後に全神経を集中。
 背にした階段から聞こえてくるドタバタという物音に、シロがクローゼットを物色する姿を想像する。
 これまでも時々服を貸し借りすることはあったが、ちょっとした外出時に上着を借りる程度。
 シロとは基本的に服の趣味が合わない。

 ―――最近のシロは絶対におかしい

 所長の椅子でパソコンに向かい合っていた美神にチラリと視線を向けるが、美神もシロの変化が気になるのか屋根裏部屋に視線を向けている。
 目があった二人はコクリと肯き合うと、足音を忍ばせ階段下に歩み寄る。

 バタン!

 勢いよく開いたドアに、二人は一目散に定位置に戻る。
 タマモの雑誌が逆さまなのはご愛嬌。
 三時のお茶菓子をダブルクリックするよりマシである。
 お得意先から土産にもらった大分銘菓ザビエルが、美神の手の中で無残な最期を遂げようとしていた。
 不死身のお菓子と銘打たれたコピーがそこはかとなく悲しい。

 「ちよっと出かけてくるでござる!」

 「ん、いってらっしゃい」

 ドタドタと階段を下りる音に、二人はごく自然を装いそちらに視線を向ける。
 シロがチョイスした服はタマモがよく着るフレアスカート。
 ジーンズとの違いに若干の違和感を感じるものの、健康的なフトモモがタマモとは別な魅力を醸し出していた。

 ―――へえ、なかなか似合うじゃない。

 二人は内心感心しつつその後姿を見送ろうと・・・

 「ブッ!  シロちょっと待ちなさいッ!!」

 シロの後ろ姿を見た美神は大慌てで席を立つ。
 机についた右手の下で何かがグシャリとつぶれる。
 ザビエル―――死亡確認。

 「拙者、急いでいるでござる!」

 作戦への期待に大きく振れた尻尾。
 当然のことながらタマモのスカートにそれ用の穴はない。

 「ダメよ! アンタ、パンツ丸出しじゃない!!」

 「そうよ! せめてシッポの処理を考えてからにしなさい!!」

 我がことの様に慌てたタマモがシロを後ろから羽交い締めにする。
 美神もそれに加わるが、二人の力もシロの暴走を止めるには不十分だった。

 「クッ、それしきのこと、拙者これからシッポ・・・いやフラグを立てに行くでござる!!」

 ガンバってる冒険者のような台詞を吐きながら、シロはずるずると二人を引きずっていく。
 このままでは振り切られる。
 焦るタマモの耳が事務所のドアが開かれる音を捉えた。

 ―――そろそろおキヌちゃんの帰宅時刻!

 タマモは開かれようとするドアに加勢を求めた。

 「おキヌちゃん! 手を貸してッ! シロが変なのよ!!」

 「またシロが何かやったのか? っと!」

 ドアが吐き出した人影はおキヌでは無かった。
 目の前でもみ合う三人の姿に横島は面食らったような顔をする。
 全く意図せぬシチュエーションで、シロの当初の目的は果たされてしまっていた。
 横島の浮かべた表情に、途端にシロの勢いが弱まる。
 タイミングをすっかり狂わされたせいか、急に襲ってくる羞恥心。

 「○×□☆&%#・・・・・・・ッ!!」

 慌ててスカートを押さえつけると、シロは屋根裏部屋に引き籠もってしまった。

 「・・・・・・・・・」

 その様子に唖然となった美神とタマモはシロの変化の原因を理解する。
 美神はその原因となった男をジト目で睨み付けた。

 「アンタ何でここへ? 今日はオフの筈でしょ・・・」

 普段なら口にしない台詞だった。
 仕送り前や給料日前、横島は夕食をご馳走になるために何かと理由をつけて事務所を訪れるようになっている。
 美神は別段気にした風もなく、ごく当たり前にソレを受け入れていた。

 「いや、最近シロの様子がおかしかったんで・・・」

 横島らしからぬ歯切れの悪い説明。
 本当は昨日や今朝の一件を話しに来たのだったが、今の状況はそれを許さなかった。

 「おかしいのは今ので分かったわね! 悪いことは言わないから今日の所は帰りなさい」

 横島に反論の余地は無い。
 バツが悪いように頭を二三度掻くと、横島はそのまま事務所を後にした。










 翌日
 シロはあてもない散歩の後、公園のブランコでぼんやりと時間を潰していた。
 すっかり切っ掛けを失った横島への告白。
 たれさがった尻尾が彼女の気持ちを如実に表している。
 昼食も食べず事務所を出てから早数時間。
 今日の仕事が無くなった旨は美神から聞いている。
 シロは事務所に帰りたくはなかった。

 クゥ――――――

 ブランコに腰掛けたシロのお腹が微かな音をたてた。
 クヨクヨしていてもお腹は空く。
 贔屓にしている肉屋に行くことも考えたが、今日はそんな気分にはなれなかった。
 シロはブランコから飛び降りると公園の出口へと歩き出す。
 その先には下校中の中学生で賑わうコンビニがあった。



 ジュース目当てに立ち寄ろうとしたコンビニ。
 シロはガラス戸に写った自分の尻尾に僅かに表情を曇らせる。
 人狼であることを引け目に感じたことは一度もない。
 それどころか誇りでさえあった。
 しかし、仲間たちとファッション雑誌を覗き込んでる女子中学生を前に、何故か気後れを感じてしまったシロはなかなか店の中に入ることは出来ない。
 思春期にさしかかり、シロは自己と他者の差が気になり始めている。
 それは恋を知った誰もが通る道なのだろう。

 「!・・・」

 そのまま立ち去ることも考えたシロの目が、店内に陳列されたコスメの棚に釘付けとなる。
 美神が使用している物と比べれば話にならないほどの製品だったが、ソレはシロの目に自分を変えてくれる魔法のアイテムに映っていた。
 シロは犬の顔をかたどったがま口型の小銭入れを取り出すと、ゴソゴソと中身を確認し始める。
 指先に触れたのは小さく折った千円札と数枚の小銭・・・
 シロは再び店内に視線を移す。
 胸に湧き上がるほんの少しの勇気と好奇心。
 シロは思い切ったように自動ドアに向かって足を踏み出した。







 プァン!

 聞き覚えのあるクラクションに横島が立ち止まると、通りを挟んだ向こう側に美神のコブラが止まっていた。
 下校途中だった横島は、一緒にいたタイガーに別れを告げると車の間隙を縫う様にコブラを目指す。
 選択科目を沢山とっているピートとは別行動になっていた。

 「珍しいッスね」

 サングラス越しのため表情は掴みにくかったが、自分を迎えに来てくれたことは理解できる。
 横島は美神の言葉を待たず助手席に潜り込んだ。

 「この間、アンタの携帯壊しちゃったからね・・・今みたいに急に連絡とりたいとき不便でしょうがないわ」

 「急に連絡?」

 「そ、事務所には寄らず。迎えに行くのを待つようにって・・・着替えには戻るでしょ?」

 美神はそういうとコブラを横島のアパートに向けて発進させた。

 「今日の除霊は俺たちだけってヤルって訳ですね・・・」

 動き出した風景、横島は空に視線を向ける。
 明らかに夏の雲ではない雲が夏の終わりを感じさせていた。

 「今日の仕事は少し厄介なのよね・・・あんな状態のシロを連れて行く訳にはいかないから・・・」

 自分の台詞に含まれた、言い訳のようなニュアンスに美神は口元を歪ませる。
 横島を事務所に近づけないのは、シロに対する気遣いばかりではない。
 微妙に保たれたバランスを崩したくないという己のエゴも多分に含まれていた。
 そんな美神の気持ちがわかるのか、横島もそれっきり何も言わない。
 コブラの排気音だけが二人を包み込む。
 二人とも今の関係がずっと続くとは思ってはいない。
 しかし、ソレがすぐに崩れてしまうなどとも考えたことが無かった。
 そして散歩に出かけたままのシロが、横島のアパート前で彼の帰りを待っていることも・・・




 「シロ・・・・・・」

 アパートの前
 共に現れた横島と美神にシロは立ちつくしている。
 その口元には初めて買った口紅。
 お世辞にもうまく塗れていると言えないソレを、シロは横島に見せに来ていた。

 「あははっ、今日は仕事が無いと聞いたから・・・・・・お邪魔みたいでござるな」

 シロはそう言うと一度も振り返らずに走り出す。
 残された美神と横島は、その背にかける言葉を咄嗟に見つけることは出来なかった。

 「ったく、私らしくもない・・・」

 美神は自身の頭をコツンとこづく。
 横島のアパートに立ち寄ったのは、今の状況に相応しい行動では無かった。

 「だけどアンタよく今の口紅を茶化さなかったわね」

 気まずさを隠すように口にした台詞。
 もし横島がソレをした場合、血の海に沈めようとしたのは罪悪感からだった。

 「出来るワケないじゃないですか、いくら俺が鈍くても気付きますよ・・・」

 その視線に含まれるシロへの慈しみに美神の胸がチクリと痛む。
 自分でも押さえることが出来ない感情が、自己嫌悪確実の台詞を口にさせた。

 「良かったじゃない! シロって女の私から見ても素直で可愛いし、それに将来絶対美人になるわよあの子。今から付き合っておけば・・・」

 「マジで言ってんスか・・・」

 横島の言葉に美神は口を噤む。
 その口調には押さえようとしても押さえきれない感情が籠もっていた。

 「ごめんなさい・・・どうかしてるわ、私」

 美神は自己嫌悪に耐えるように、コブラのハンドルにコツリと額をぶつける。
 しばらくその姿勢でいたのは会わせる顔が無かったからだ。

 「アイツとはずっと今のままでいられると思ってました・・・」

 横島の口にした言葉に美神の背がピクリと震えた。

 「センセー、センセーってイヌみたいにジャレついてきて、妹がいれば多分こんなかなって・・・・・・もう戻れないんスかね」

 「さあ、私の時は遠くに行っちゃったから・・・」

 美神と西条のことを思い出し、横島の口元が微かに引きつる。
 その気配を察したのか、美神は慌てたように体を起こした。

 「あ、勘違いしないでね! 確かに私のアレも初恋だったけど、今は全然引きずってないから!!」

 何故か弁解がましくなる口調。
 傾きはじめた陽が、美神の顔を一層赤くしていた。

 「あの年頃の子って、お兄ちゃんみたいな存在に憧れるものなのよ・・・でもね、女の子ってすぐに成長しちゃうから。私はブランクのせいでちょっと後を引いたけど・・・」

 美神は横島とようやく目を合わせる。
 その目にはどこか祈るような光があった。

 「アンタにその気がないのなら教えてあげる。今じゃ西条のお兄ちゃんとどうにかなるなんて、とても想像できないわ・・・嫌いじゃないけどお兄ちゃんはお兄ちゃん。アンタたちもそうなれるといいわね」

 横島はオカGのオフィスでクシャミする西条の姿を想像し、思わず漏れそうになった笑いをかみ殺す。
 数年後、魅力的に成長したシロに相手にされなくなる自分の姿もそう悪いものでは無かった。
 何かを決心したように横島は助手席のドアに手をかけた。











 夕日に沈む町並み。
 道端の電柱にそっと手を添え、シロは目の前に続く道を見据えていた。
 何の変哲もない、ようやく車がすれ違えるほどの舗装道路。
 此所はシロと横島が初めて出会った場所だった。
 決してロマンチックとは言えない出会い。
 しかしシロにとって、この道は紛れもなく初恋の来た道だった。

 「あ・・・」

 シロは夕日を背にこちらに向かってくる横島の姿を目にする。
 正直、追いかけてきてくれるのではとの期待はあった。
 嬉しさにどんどん早くなる鼓動。
 しかし、それ以上に感じられた既視感にシロは思わず電柱の背に隠れてしまう。

 「あん時と一緒だな・・・」

 少し手前で立ち止まった横島が電柱の陰に笑いかける。
 静まれと命令しても押さえきれない尻尾が、ピョコピョコと電柱の陰から姿を現していた。

 「覚えていてくれたでござるか・・・」

 シロは嬉しそうに電柱の陰から姿を現す。
 あの時とは全く違う状況と心の動き。
 しかし、たった一つ変わらないものがあった。

 クゥ――――――

 微かに鳴ったお腹の音に、シロは慌てたようにお腹を押さえる。
 さっき立ち寄ったコンビニでシロは口紅しか買わなかった。
 恥ずかしさに顔を赤らめ俯くと、その頭を横島が軽くポンと叩く。
 それがあの時を意識したものと気付いたのか、シロは驚いたように顔を上げた。

 「ホントに何から何まで・・・んじゃ、牛丼でも食いに行くか!」

 輝くシロの笑顔に、横島は急いで回れ右するとあの時立ち寄った牛丼屋を目指す。
 その笑顔を見続けることは今の横島には辛すぎた。




 夕食時にまだ間があるせいか、西日の差し込む店内に客はまばらだった。
 横島は人気のないカウンターに腰掛ける。
 その横にシロがちょこんと座ると、アルバイトの店員がお冷やを二つ持ってきた。

 「並、ネギ抜きで二つ」

 手慣れた様子で注文すると横島はお冷やに手を伸ばす。

 「・・・で、いいよな?」

 コクリと肯いたシロに、店員は伝票に注文を書き込むと厨房に向かってオーダーを通した。

 「先生もタマネギ嫌いでござるからな」

 あの時食べた弁当を思い出しシロはクスリと笑う。
 思えばあの中に自分の嫌いなタマネギは入っていなかった。

 「ああ、似た者師弟ってヤツだ」

 「そう、拙者と先生の出会いは運命的だったでござるよ」

 パタパタと揺れていた尻尾がだんだんと静かになる。
 シロの緊張に水を差すようにネギ抜きの牛丼が二つ、二人の前に運ばれてきた。
 横島は箸入れから割り箸を二膳取り出すと、そのうちの一つをシロに渡す。
 お互い視線を合わせないカウンター。
 そんな位置関係がシロにほんの少しだけ勇気を与える。

 「先生・・・拙者、先生とずっと一緒にいたいでござる」

 好きですとは言えなかった。
 だからシロは自分の気持ちをオブラートに包み横島に伝える。

 「ああ、そうできるといいな・・・」

 その呟きにシロの背筋が伸びる。
 横に座る横島の顔はとても見れなかった。

 「事務所のみんなといつまでも一緒で、お前が大人になっても俺のことをセンセー、センセーって呼んでくれて・・・シロ、俺な―――」

 横島はお冷やを一口飲むと静かに、しかし、しっかりとした口調で後の言葉を続けた。



 ―――俺、好きな人がいるんだ



 その後、横島の語った言葉は正直なところ全くシロの耳に入ってこなかった。
 シロには腰掛けた丸椅子が、その軸を中心にグラグラ揺れているように感じられている。
 回転する世界。
 その揺れがようやく治まった頃、ようやくシロの脳裏に横島が語った言葉がその意味を構築し始める。

 「そうでござったか!」

 シロは目の前にあった紙ナプキンに手を伸ばしゴシゴシと自分の唇を拭う。
 この先暫くの間、シロが誰かのために紅を差すことは無いだろう。
 そして丼を手に持つと、勢いよくその中身をかき込みはじめる。
 箸を止めると泣き出してしまいそうだった。

 「ごちそうさま!」

 シロは数十秒で牛丼を平らげると、無理に笑顔を浮かべ席を立つ。

 「先生! 先生の恋がうまく行くよう、拙者陰ながら祈ってるでござるよ!!」

 シロはそう宣言すると、一度も振り返らず牛丼屋を後にした。
 残された横島は、もそもそと目の前の牛丼に箸をつけ始める。
 それは彼が口にした中で最も不味い牛丼だった。




 それからどう進んだのかは覚えていない。
 シロはいつの間にか先程横島と出会った道に戻っていた。
 さっきまでは初恋の来た道。
 そしてこれからは初恋が去った道に・・・

 「シロ・・・」

 背後からかけられた声に振り返るとタマモが立っていた。
 いつから近くにいたのかは分からないが、その表情からすると自分の失恋を知っているらしい。
 同情なんかされたくは無かった。
 シロは無理に笑顔を浮かべると、自身に起こった事の顛末を説明し始める。

 「ははっ、先生にずっと弟子でいて欲しいと言われたでござる! すごいでござろう? 先生と拙者の縁は性別すらも超えて・・・タマモ、拙者と先生はこの場所で出会ったんでござるよ!!」

 シロは両手を広げ、思い出の場所をタマモに紹介する。
 その痛々しいほどのカラ元気にタマモの胸が締め付けられた。

 「でも、拙者はどうしてもっと早くに生まれなかったんでござろうか? そうすれば弟子なんかではなく、もっと別な形で先生と・・・悔しいなあ、悔しいでござるなぁ」

 「胸、貸そうか・・・」

 「な、ナニを言って・・・・・・・・・クッ!!!」

 泣いたっていいじゃない。
 そう語りかけるタマモの微笑みに、今まで耐えていた感情が一気に吹き出す。
 シロはよろけるようにタマモの胸に抱きつくと大声で泣き出した。
 肩を震わせ、嗚咽を漏らすシロの背をタマモは優しくさすってやる。
 どれだけ長くそうしていたのか、シロが落ち着きを取り戻そうとした頃タマモは静かに語り出した。

 「シロ、私こう思うんだ。横島は本当にシロと離れたく無かったって。シロとならそれが可能だろうって・・・でも、美神さんとおキヌちゃんは・・・」


 ―――いつまでもこのままでいることは出来ない。


 自身の想像にシロは身を堅くする。
 本来、仲間が離れなくてはいけない理由など何処にも無い筈だった。
 しかし失恋を知った今、近い将来、美神事務所に訪れる別れの予感をシロは否定することが出来ない。

 「明日から散歩を再開しましょう。私も付き合ってあげるから・・・」

 タマモの言葉にシロは小さく肯く。
 ずっと一緒にいるために自分の初恋は今日終わりを告げた。
 今日は無理だろうが、明日からはきっと強く生きていける。
 タマモの胸に抱かれながら、シロは初恋にそっと別れの挨拶をした。




 ――――――― 初恋の来た道 ―――――――


            終


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