椎名作品二次創作小説投稿広場


蛇と林檎

ヨカッタネ横島(最終回)


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 7/14






自衛隊市ヶ谷駐屯地。
旧日本軍士官学校跡に建てられた駐屯地は防衛庁の拠点となっている。
その地下は、有事に際しての地下司令部を備えており、まさに首都防衛の中枢である。
一般人(自称)の老婦人と大錬金術師(自称)の老人は、その地下へと案内される。


「統幕議長のフジエダです、鬼塚さん。乱暴な手段に訴えた事はお詫びします。」

「いいえ、大体の察しはつきます。・・・オカルト方面の作戦が進行中なんですね?」


統幕議長、即ち自衛隊統合幕僚会議議長という実務レベルの自衛官トップの人間である。
温厚で優しそうな壮年男性だが、その眼光には何か潜むようであった。


「ICPOオカルトGメンは、以前より日本で何か有ると考え情報収集していました。」

「なんじゃ、官憲と軍隊が仲良しとは平和な国じゃの。」

「まあ、そこまでフレンドリーでは無いのですが、事態が事態でしたのでな。」


地下司令部にも、女錫叉除霊事務所よりも少々小さいがその分無数に壁面モニターがある。
関東の地形と、日本の地図がモニタリングされており、そこの表面のプラスチック板には
赤や白といったラインや記述が手書きで書き加えられているようになっている。
東京23区均衡には赤い点が無数に記載されていた。


「先に申し上げておきますが、そちらロボのおかげで天界の戦力に偏りが出来ました。」

「そのようですわね。それがお邪魔だったという事かしら?」

「いいえ、むしろ逆です。妙神山に集中した事により、次の一手が可能になったのですよ。」

「ははーん、わしらが動いていたのを途中で妨害せなんだのは、そういう訳なんじゃな?」

「ええ、中央情報隊及び統合情報部では、貴女がたの動きを押さえていましたよ。」


サブモニターに、無数の画像ピンナップが次々と表示される。
刺繍の入った薄肌色のハンギングパラソルの下で古いノートをにこやかに読む婆沙羅、
紺のメイド服で茶を点てるマリア、トランクス一丁で新聞を片手に食事をするカオス、
銀座地下基地の入り口の一つであるメトロ銀座線銀座駅の、無い筈の7番ホーム
地下のメドーサロボ建造ドックで工事用のヘルメットを被りロボを見上げる婆沙羅・・・


「ご協力を願おうかという意見もあったのですがね、何分そちらは・・・」

「そうですわね。私たちは民間団体で、しかもあまり国家を尊重しませんものねえ。」

「お恥ずかしい限りです。我々も少々思い上がっていたところもありましたのでな。」


日本の自衛隊は弱小で役立たずでポンコツであると思っている人が多い。
実際そうなのかもしれない。しかし、その装備や予算は既に世界でも有数である。
防衛関係予算だけなら世界第五位、人件費がトップであるという点も評価が高い。


「で、私たちが、美神さんが戦った意味というのは、有ったと仰るのですわね?」

「ええ。他では猛威を振るっている天界側が、わが国だけは動きが鈍い様ですからな。」

「ま、当然じゃな。多神教国なら神同士の戦いもある、人間も対抗手段がある、ではのう。」


道々に「道祖神」という神がいる。山々には日本固有の神の拠点である様々な神社がある。
ゲリラ戦を展開されたくない場所に、一神教主体の天界側が影響を及ぼせない神がいる。
他にも妖怪や伝説の神獣、川や沼のヌシ、神仏習合で信用の出来ない下級神、etcetc。


「ですが、それも時間の問題でしょう?自衛隊は、いえ、国は何か切り札がおありね?」

「・・・・お見通しですか。マブチ首相は既に立川流を通じて魔界側と交渉中です。」

「ほう、思い切ったのう。悪魔に身売りとは、民衆に知れたらただじゃ済まんじゃろ。」

「いえ、近々公表されますよ。政府は日米安保を放棄し、魔界と新たな世界秩序を作ります。」


豊島区と板橋区の境界に近いところに、青い点が点滅する。
そこが拡大されると木造の二階建てのアパートが大写しにされ、
少々新目の木の扉に、『魔界出張所』という看板が掛かっているのがわかる。
その画面端は、ベレー帽を被ってエプロンをかけた顔色の悪い青年軍人が敬礼している。


「異能者に対抗するのに別の異能者を・・・あんまり感心できませんわね。」

「まぁ古くからの伝統だと思ってください。ここがある限り、都内北方は神も手が出せません。」

「そうかしら?都内の仏閣では大型の神が出てくるって報告もありますでしょう?」

「計算では出現に24時間程度の準備が必要だそうです。あと8時間ほどありますな。」


今度は東京の地図が現れ、今度は黒い点が幾重にも現れる。
そしてその点は、それぞれが黒い腕を伸ばしあい、ある奇妙な図形を描き出す。


「東京に存在するのは仏閣だけではありません。そこで神社を使用し結界を作成します。」

「あら、この点って新宿都庁の心霊災害管理施設?都市伝説じゃなかったんですのね。」

「ええ。都庁を中心とした封神魔法陣を作成中です。まぁ魔界側の技術提供の賜物ですがね。」


背の高い老人は、その画面を腕を組みながら凝視していた。
たまにその表示をなぞる様に、指をチョイチョイと動かし、頭を捻る。


「おかしいのう。これじゃ23区どころかもっと内側しか守れんのではないのか?」

「・・・あなたは魔道にお詳しいようですな。」

「なんじゃ!知らんで連れてきたのか!ワシはヨーロッパの魔王と謳われた大錬金術師、ド」

「ええ、仰るとおり大手町と皇居周辺、そして都庁から臨海エリアを守る結界ですな。」

「大錬金術師、その名も、ドクター・・・・」

「まぁ!それでは、他のエリアは?いいえ、日本は、世界は?」

「あのー、ワシは、ヨーロッパで・・・・・」

「・・・限界があるのですよ。元々仏閣を基礎にして天界僧正が造った都市、これ以上はとても。」

「ワシ、ドクター・・・・」

「まぁ!なんということでしょう!仮にも国家安寧を担う軍人が、一部を優先すると言うの?」

「カオ・・・・」

「しかたがありませんな。天下国家の一大事、優先順がどうしても出来てしまうのです。」

「ス・・・」

「恥を知りなさい!諦めて良い物と良くない物があるでしょうに!この税金泥棒!」

「おーい・・・・」

「我々だって苦渋の決断なのです!耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、魔界の介入を・・・」

「いつだって軍人の身勝手な決断が国を不幸にするのですよ!それが何故判りませんの!」


そして、蚊帳の外に放り出された長身の老人は、上半身をはだける。
胸の肌に書かれた魔法陣が、稲光を発し周囲の機材を吹き飛ばした。
言い争っていた壮年の軍人と老婦人はやっと、その存在を思い出した。


「いいかげんにせんかい!要は天界をギャフンと言わせればいいんじゃろうが!」

「・・・・いや、まぁ簡単に言うとそうなんだが・・・えーと、カヲルさんでしたかな?」

「カオスじゃ!・・・魔界回廊と陣を使えば、ギャフンどころかギニャーくらい造作もないわ!」

「まあ!ギニャーまで!・・・カオスさん、あなた一体何者なの?」

「だーかーらー!大錬金術師、その名もドクターカオスじゃ!なんだと思ってたんじゃ!」

「いえ、その、悪のマッドサイエンティストだとばっかり・・・」

「おお、奇遇ですな。内調でもおマッドさんだと結論しておりましたな。」

「魔道もメカも何でもゴザレじゃよ!ワシが主役じゃないのが不思議なくらいじゃわい!」


モニター傍にあった黒のポスターカラーを奪い、床にすらすらと何かを書き始めるカオス。
婆沙羅とフジエダはその模様をひたすら眺めていた。
どうやら幾何学模様を組み合わせた図形と、その説明のようだ。


「どーじゃ!こうすればどんな結果になるか、わかるじゃろ!」

「・・・・・・・ここ、ヒヨコに似ていません?」

「そうですな。そうそう私の実家は鶏を飼ってましてな。雛というのは可愛いもんですな。」

「あのフワフワした手触り、愛しさとは何なのか、小さいながら考えさせられますわね。」

「ぬおおおおおお!何故魔法陣でヒヨコ談義かー!誰かオカルト判る奴を連れてこんかー!」







一方、魔界ではパレードのメインである悪魔王の詔が妨害され、不振人物が乱入。
そのニュースは各家庭にも流れていた。

顔色の悪い七三分けの少し小太りの男性悪魔と、同じく泣きそうなほど垂れ目の女性悪魔が
通常の報道番組であるはずの『ニュースMAKAI』の番組内容を変更して実況している。
本来なら深夜枠のニュース番組であるが、このチャンネルのニュースで人気が高いため
急遽集合がかけられたようだ。元々少し眠げな堕貴川嬢が更にぽやっとしている。


<緊急特番!戦勝パレードにテロ?!実況生中継!>

「堕貴川クリステルです。通常の番組の予定を変更して臨時特番をお伝えしております。」

「魔津元マサヤです。魔王を襲ったテロ犯と思われる人物は依然立て篭もってるようです。」


画面は切り替わる。大型の昆虫型妖魔をバックに、少々初々しい女性悪魔が立っている。
手に持つマイクも、あまり慣れていないせいか、ぎこちなく曲がっている。


「大死魔さん、現在の状況はどうですか?」

『ご、獄立競技場前から大死魔ユカリがお伝えします。現在は軍による封鎖で競技場は
まったく近寄れない状態です。時折競技場関係者や軍関係者の往来はありますが、
外から見るところでは、一応の平静は保っているようです。』

「何か新しい情報はありますか?」

『時折雨のぱらつく天気の予報は外れ、快晴となってはおりますが、今は雲も見えはじめ・・・
・・・はい、え?新しい情報ですか?現在は、特に、えと、特にありません!』

「ありがとうございます。引き続き何かありましたらよろしくおねがいします。」

「さて、続いては上空にベルゼバブさんが飛んでいます。上空のベルゼバブさん?」


画面はさらに切り替わる。画面の右下端には、番組名のテロップも入っている。
大量の撮影機材を抱えたハエ形の悪魔が、少し鈍い動きで大回りに旋回を繰り返している。
その画像は、どうやら並行飛行している別の飛行魔族がいるようだった。


『上空のベルゼバブだ。・・・人間が2匹と人形が一つ、魔王に接触してるようだな。』

「魔王に直接人間が接触ですか。何か武器のようなものは見えますか?」

『今のところ、魔王秘書官が人間と交渉してるようだが・・・ここからじゃ見えん。』

「わかりました、では引き続き何かありましたらお願いします。」

『いや、俺、中継とか言われても、これでも魔界の実力者・・・なんで、その、こんな・・・』


目の前の撮影機材のひとつに、スタジオの女性悪魔の顔が映る。
泣きそうな目元が、魔界の君主とも言われる大悪魔の瞳を射抜く。


『(ポッ)・・・・以上、獄民の味方ベルゼバブがお送りしました・・・』



御茶の間では、ここ何千年も起きてない魔界の大事件に興味津々だった。
最近の台所事情の悪化など、不満も多い。1マイトがとうとう142地獄円まで上がり、
霊力自動車で通勤しているサラリーマン家庭には大きな負担になっている。
魔界に棲む者達は、何か予感めいたものを感じていた。
日常を打破する何かが起きる、そんな予感を。





「で?あなたが横島忠夫なのは判りました。そちらの人間の女性は・・・・」

「いーや!まだ判ってない!秘書のおねーさん!もっと互いに深く判りあいま・・・・ごぼあ!」

「あんたは黙ってなさい!私は美神令子。・・・メドーサの友人よ。」

「メドーサ?・・・はて、魔族にそのようなものが居た記録はないようですが・・・」


美神に鉄拳制裁され倒れていた我らが主人公を踏みつけ、悪魔が殺到する。
そこで、魔界高官席から禍々しい悪魔の歴々が、人間の元に走り寄ってきた。
その眼は魔王を襲った不埒な犯罪者を討伐!という感じではどうも無さそうだ。


「おい貴様、メドちゃんと知り合いなのか!」

「メドちゃん人界におったんか!道理で魔界第6軍の情報部でもわからんと思ったわ!」

「おい、抜け駆けをしていたのか!貴様、メドさんの交渉権は入札と決めたではないか!」

「ええい、ヒヒジジイのアスモデウスなんぞにメドちゃんを渡せるとおもうてか!」

「なんだと!約束を守らん悪魔は最低だぞ!だから元天使野郎は信用できんのだ!」

「うっせい!・・・人間よ、島国の支配権くらいならくれてやる!メドちゃんの事を・・・」


わいわいと騒ぐ悪魔たちの喧騒に呆気にとられていた美神であったが、
何かを思いついたのか、挙げていた手を下げ、ぴしりとポーズを取る。
・・・我らが主人公の上で。


「教えてあげるわよ!メドーサはね・・・大竜姫っていう天の神様と戦闘中よ!」


その一言で、あれだけ五月蠅かった魔界の高官たちが沈黙する。
大竜姫の事は、流石に魔界の高官だけに知っているのだろう。
誰もが、先程の勢いなど忘れたかのように、下がってしまう。


「ま、こんなこったろうと思ったけど。いこ、横島クン。そこのあんた、私を帰してもらえない?」

「・・・なんで私に?」

「あんたがここじゃ一番偉いんでしょ?」

「私はただの秘書官に過ぎん。・・・・・・・一番偉いのは、あのお方だ。」


魔界秘書官が指し示す先。
それは、両手の中指と薬指を丸めたまま目を回してうずくまっている、角の生えた悪魔。
先程マリアのヒップアタックを受けて昏倒したままの状態である。


「しかたありませんね、まったく。・・・陛下、失礼します。」

「ふぎゃあああああ!ちょ、秘書官!ワイを殺す気かい!」

「大丈夫です。魔王である貴方が死亡した場合の法整備は済んでおります。」


秘書官のピンヒールで背中を嫌というほど踏みつけられた魔王は、
不承不承にゆっくりと起き上がる。
その視線に、美神の顔が映る。


「・・・なんやわれ。誰に対してメンチ切っとんねん。おお?!」

「めんち?生憎あたし方言には詳しくないのよね。標準語で話してもらえる?」

「なんやとこらー!関西なめとったらあかんぞー!関西弁はなー、魂の言葉なんじゃい!」

「ええぞーええぞー!イケイケ標準語なんぞクソくらえじゃー!」

「お、さっきのソウルガイやないか!・・・なんで女の下敷きになっとんねん。」

「実はカクカクシカジカ・・・」


カクカクシカジカについての薀蓄は既に語っているのでここでは行わない。
横島忠夫の身の上話を、魔王も膝を抱えて、しゃがみながら聞き入る。


「なんや、部下で後輩の女に頭が上がらんのかいな・・・その気持ち判るで・・・」

「そーなんスよ!なんか頭が上がらない事が運命みたいに感じられるくらいで・・・」

「運命なー。うーむ・・・・・・せや、前世が人間にはギョーサンあるやん!」

「前世?あの、生まれ変わりとかいう奴?」

「せやせや!もしかしたら、あのメンタをギャフン言わせとる前世があるかも知れへんで!」

「ま、マジっすか!」

「その前世の記録さえあれば、ブイブイ言わせる手もあるっちゅううわけや!」

「ヒャホーイ!さ、魔王さま!早くその前世を!」


ここまでで美神の反論が一つも混ざっていない。そう、この時彼女は横島の上から消えていた。
彼女は彼女で、実はとある作戦行動に出ていた。
壇上の端で、おぞましい魔界の貴族や権力者たちが、円陣を組み座り込んでいる。


『えっと、これがメドーサのピンナップでしょー、でねー、これが雪山の記念写真・・・』

『おお、美神殿、これは我輩が買い取ろう!雪山と白い蛇の組み合わせがなんとも・・・』

『ではわしはこのピンナップを!・・・できれば水着とかも欲しいんじゃがの・・・』

『水着はないわよ。もうちょっと連載が続いてればねー。・・・じゃ、これなんかどう?』

『うぉ!これはカットジーンズ!またむっちりとしたラインがたまらん!俺はこれを!』

『貴様FCにも加入しておらんくせに!そこでワシのターン!』

『FCなぞ貴様が勝手に作っただけじゃないか!速攻魔法、大人買い!』

『うふふ、まいどありー!』


美神の足元には数々の兵鬼や魔界銃器がうず高く積まれている。
中には金塊を提示した魔界貴族もいたが、美神はにべもなく断った。
全て武器、全て兵器。それが彼女の出した条件だった。




「うーむ、この前世も女が死によるようやな・・・これもあかん・・・」

「ええー、そんなに俺の前世って・・・」

「うーむ、悲しくなるくらい・・・お前・・・あの女の手下の前世が多いねんなー。」

「そ、そんな気がしてたんスよね。へへへ・・・」

「ちょっと優位かとおもた前世もあったんやけどな、すぐ死によるねん。困ったもんやな。」

「でもでも、まだ残ってるんでしょ?俺の前世!」

「あんな、それがもうそろそろネタ切れなんや・・・ん?」


正座をしている横島のひたいに手を当てて前世を探っていた魔王。
その表情が一瞬曇った。不思議そうに覗き込む横島。


「ど、どうスか?もしかして、とうとう?」

「あ、いや、なんやお前、霊基トラップ持ちなんか?」

「はぁ?なんスかそれ。」

「うーん、人間には説明が難しいのう。・・・前世の記録に罠が仕掛けられとるちゅう事や。」

「なんでまた!俺なんにも知らないっスよ!」

「そらそやろな。何十世代も前の前世記録やからな。覚えてる人間なんか気味悪いわ。」

「でも、そこに俺の隠された超モテモテ前世があるかも!よろしくプリーズ!」


自分の認めた魂の友が眼を輝かせて待っている。
角の生えた親友は、腕を組みながら難しい顔をして思案する。
そして、決意が固まったのか、横島の肩をがっしりとつかんだ。


「ヨコシマ、お前野菜は好きか。」

「野菜?・・・野菜より肉かなー。」

「ふんふん、肉な。・・・あとな、TSってどう思うねん。」

「TS?なんスかそれ?GSだったら知ってるけど。」

「TSには抵抗無しと。あとな、果物は?果物も嫌いなん?」

「え?果物は好きだけど・・・いったいなにを・・・・」

「気にせんとき。最後の質問や。イの字はどうや?」

「イボ痔?そんなん好きな奴おるかー!」

「なるほどのー。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よっしゃ、魔王大魔術、どーん!」


気の抜けた声が魔王の口から響くと、横島と魔王が煙に包まれる。
煙が晴れると、美少女に変身した横島と魔王の姿が有った。
共に扇情的なプロポーションが服を破らんとせんばかりに主張している。


「な、なんじゃこりゃー!いったいなにがー!」

「なんやって、ヨコシマが希望したんやないか。」

「言ってる意味がさっぱりわからんわー!」

「うーん、人間界でも使われとる用語のはずやがな。ま、ええわ。」

「勝手に納得するなー!何をするだー!」


美少女魔王は、その細い手で美少女横島の顎を支える。
その瞳は、うっとりと潤み、互いの姿を映し出していた。


「な、なんだこの雰囲気・・・・ま、まさか!」

「霊基トラップはな、ワイのキスでしか外せんねん。安心せい、魔界じゃよくあることや。」

「いやじゃー!おうちかえるー!たすけてメドーサぁぁぁぁ!」

「最初だけや、最初だけ我慢しとき・・・めくるめく魔界の美酒をやな・・・」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!最終回でこんなオチあるかー!」


その薄紅色の二つの果実が、ふるふると期待を込めて引き寄せられる。
吐息さえ、その出会いを祝福する舞台装置の如く・・・・・


「いい加減にせんかー!二人ともー!」

「・・・陛下、特別公務員暴行凌虐致傷罪は重罪です。」


美神の拳が横島の脳天に炸裂し、魔王の頭骸を秘書官が鷲掴みにした。
まるで宇宙意思に導かれた様に、すぐに煙が発生し二人は元の姿に戻る。


「み“、み”か“み”さ“ぁ”−ん“」

「うは、本気で泣いてるんだ・・・ちょっと目を離してて悪かったわよ。」

「ち、わいは全然アリやったんやがな。」

「アリなワケあるかい!そんな思いしてまで前世知りたくないわー!」


美神にすがりつき、本気で顔を青褪めて怒る我らが主人公。
胡坐をかき、胸元のポケットから煙草を取り出す魔王。


「・・・先程のお話ですが、霊基トラップの解除全般でしたら私もできますが。」

「なんやて?そんなん初耳やで。おまえ特種とはいえ中級やろがい、大丈夫なんか?」

「魔界CanCamの今月の特集が『彼の事を調べちゃえ♪はじめての霊基解析』でした。」


悪魔には、下級、中級、上級の段階がある。更に上には魔王級があるがほとんど居ない。
それぞれの段階には一種、二種、特種と更に分類される。下級一種は教習さえ受ければ
成人悪魔のほとんどが取得できる資格であるが、人間の魂を奪い運ぶ資格を持つ二種、
兵鬼や妖塞などの妖魔を操る資格を持つ特殊は、狭き門である。

女性軍人のV大尉(仮名)が中級一種、夢に入り込み魂を奪う悪魔N氏(仮名)が下級二種、
某魔界大公爵A氏(仮名)は魔王級特殊、部下の三人娘が上級特種、といった具合である。


「魔界CanCamあなどれんのう。つーか、秘書官、オマエその歳で、まだCanCam・・・」

「・・・・・・。」

「な、なんでもないがな。そないに怖い顔せんでも。・・・じゃ、まかせるわ。」

「畏まりました、陛下。・・・ヨコシマ殿、失礼する。」


美神の腰をしっかりと掴んでいた横島をあっさり引き剥がすと、
秘書官悪魔は、何のためらいもなく横島の頭を掴み、唇に舌を強引に割り込ませた。
数秒固まっていた二人だが、秘書官悪魔の頭が急に爆発音と共に煙に包まれる。


「・・・・けほ。・・・・成功です。霊基トラップ解除しました。」

「・・・・・はっ!お、おねーさん、も、もしかしてオニーサンなんてことは・・・・」

「良くわかりましたね。」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!鬼―!悪魔ー!俺の純潔返せー!」

「冗談です。私は女性悪魔として生産されてから男性型にはなっておりません。」

「た、たちの悪い冗談ゆーなー!・・・って、そうだと判ってればもっと味わうんだったー!」


ぶんぶんと頭を振りながら煩悩のままに血の涙を流す横島。
そんな彼を弄んだ秘書官悪魔は何も気に留めないかのように
魔王の前で片膝を突いて報告をしていた。


「陛下、最下層の霊基情報が出ました。」

「どや、モテモテ超人前世だったかいな?」

「いいえ・・・それが、その・・・どうやら植物のようです。」

「なんや、植物に意識なんぞ有るわけないやろ。精霊ちゃうんか。」

「精霊ではありません。陛下、私がその程度の事を気がつかないとでも?」

「・・・ゆーてみただけや。で、どんな植物や。意識のある植物いうんは。」

「それが、林檎の実のようなのですが、どうにも見た目と違い新種のようです。」


秘書官が手の平に出した、白く光るエネルギー球に手を触れる魔王。
首をかしげながら、その中身を見るうちに表情が変わる。
ニンマリという擬音が聞こえるかのような笑顔。


「ヨコシマ、お前確かメドーサの知り合いやったな。レコか?」

「レコって・・・いや、俺は、確かにメドーサは好きだけど・・・・」

「そうよ!横島クンはメドーサの旦那よ!それであたしは愛人!」

「「「「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええ!」」」」」」」


叫び声を上げた魔界の高官たちが、床に手を着き、がっくりと膝を折る。
一気に老け込んでしまった者も多い。精神体である彼らは、気持ち次第で魂が変化する。
それでもピンナップは大事に持っているあたりに、業の深さがうかがえる。


「うっさいのー。そっかー、メドーサの連れかー。うは、そっか、そうやったんか!」

「陛下、メドーサという名前の情報がありません。共有していただけませんか。」

「秘書官、オマエ魔族検索しかしてないやろ。全体で検索をかけんかい。」

「畏れながら魔族のデータベースしか搭載しなかったのは、陛下のようですが。」

「しゃあないのう。パンクしそうになったら手ェ上げるんやで。」


角の生えた魔王が、秘書官の緩くウェーブする耳の前に下がった邪魔な毛を掻き分ける。
肉付きの薄い整った耳が現れると、魔王は彼女の耳の中に舌を強引に入れる。
美神は横島の目をとっさに手で塞ぎ、目の前の光景を凝視した。

だが、美神と読者と規約違反を怯える作者の危惧(?)とは裏腹に、
そこで抜ける際の水音を残して行為は終了した。


「・・・・こんなもんやな。秘書官、耳の穴まで掃除しとるんか。マメやなー。」

「今日は公式行事ですし当然です。・・・メドーサ、情報確認しました。」

「み、美神さん?なぜ俺の目を隠すんスか!」

「え?いや、なんとなく横島クンには見せるとまずいかなーと。」


少々頬を紅く染めた秘書官は、ゆっくりと瞳を閉じる。
耳の奥の違和感が拭えないのか、薬指で耳をなでたりしている。
一分は経っただろうか、彼女の目は再び開いた。


「検索完了。メドーサ・・・南欧の蛇神・・・出身中東・・・ユグドラシル?!・・・陛下、これは!」

「せや、原初の蛇や。なるほどのー、アホどもが年甲斐もなくオッカケに走るのも判るわな。」


アホども、もとい、魔界の最高幹部たちは、相変わらず壇上の隅で落ち込んで固まっていた。
FCの存続とか、人妻でもとか、むしろ女将でとか、アホに磨きをかけている。


「ちょ、ちょっと!原初の蛇って!メドーサってそんなに古いの?」

「知ってるんスか美神さん。その、残暑のベビーって。」

「馬鹿、原初の蛇よ!生命の樹に絡みつく世界で初めての蛇よ!・・・本当なら、カバラが実証されるのよ!」


カバラとは、神秘を考証して証明しようという考えである。
判りやすく言うと、アニメを本気で現実の一部分と整合させようとする設定。
どこのアニメ掲示板でもそういう濃いのは大抵何人か居るのはご存知のとおりだ。
度が過ぎるとガンダムセンチネルとかトンデモなものを作り出したりする。


「じゃあ、メドーサがワクワクした横島クンは・・・・」

「ですね。」

「うはははは!おもろなってキタでぇ!」


笑顔を崩さないまま、魔王は、かいていた胡坐を解き立ち上がる。
そして背筋を伸ばし、詔勅の祭壇へと歩いていく。

壇上の騒動から、急にマイクに向かう魔王に、注目が集まった。

先程の素の表情のちょっとおちゃめな関西人の顔ではない。
威厳の中に微かな優しさを演出した表向きの顔だ。
カリスマを義務付けられた、民衆の代表の顔である。


「あー!私は魔界第一の権力者にして魔王のサタンである。会場の軍人、そして獄民諸君、
私はある決断をした。皆が従うかどうかはそれぞれが判断して欲しい。強制はしない。」


少し緊張した表情の魔王が、何かを呟いている。
2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71・・・
どうやら落ち着いたのか、観衆の前で大きく腕を振り上げ、語りはじめる。


「一握りの神が天界どころか人間界まで支配をして2000年、魔界に棲む我々が
自由を要求して、何度天界の神どもに踏みにじられたかを、思い起こすがいい!
魔界の掲げる、霊魂の自由のための戦いを、宇宙意思が見捨てるわけは無い!
人間界では、諸君らに霊力を与える人間は神により死にたえるそうだ。何故か!
人間は滅びる。諸君らは人対神の戦争を対岸の火と見過ごしているのではないか?
しかし、それは重大な過ちである!天界は唯一の霊力供給源の人間界を汚してまで
我侭を通そうとしている。我々はその愚かしさを天界のエリート共に教えねばならんのだ!
人間達は、諸君らの甘い考えを目覚めさせるために、死ぬ!戦いはこれからである!
我々の軍備はますます復興しつつある。天界の神どもとて恐れるものではあるまい。
諸君の父も母も祖先も、神々の無思慮で傲慢な内部抗争の前に死んでいったのだ!
この悲しみも怒りも忘れてはならない!それを人間は死を以って我々に示してくれた!
我々は今、この怒りを結集し、天界に叩きつけて初めて真の勝利を得ることが出来る!
この勝利こそ、先の大戦ラグナレク戦死者全てへの最大の慰めとなるのだ!

獄民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ獄民!魔界は諸君等の力を欲しているのだ!
ジーク・サタン!!」


壇上で手を振り上げる魔王。やがて、観客席からぽつぽつと声が上がる。
やがてそれはうねりとなり、巨大な声の波となって観客席を包み込んでいく。
整然と並び、微動だに許されないはずの軍人達でさえ、興奮に叫びを上げる。


『サーターン!サーターン!サーターン!サーターン!サーターン!サーターン!』


競技場が、町並みの人々が、家庭で料理をしていた奥さんが、ゲームをしていた少年が、
魔界の全ての悪魔が、その魔王の決意を聴き、そして賛同した。
演説は、魔界の住民の抑圧された闘争本能を呼び起こしたのだ。



「・・・・・陛下、よくそこまで人間界のゲームを憶えてましたね。」

「去年の歳暮で天界の9席のサルがくれたんや。奴の薦めるゲームはむっちゃオモロイで。」


魔王はそのまま、我らが主人公の元に楽しげな足取りで歩み寄ってゆく。
ぽかんとしている17歳の青年に、その顔をぐいと近づけた。
その顔は笑顔だが、瞳の奥には真摯な意思があった。




「蛇と林檎や。」

「は?」

「昔な、蛇は林檎に恋をしたそうや。
でもな、蛇は自分が醜いおもてな、
人間の女に林檎を譲ったそうや。」

「・・・・。」

「ま、それがイブになり天地創造が始まるっちゅう訳やが、蛇は、どう思うたか。」

「・・・・・・。」

「蛇かて恋はする。それに蛇は魔界の象徴でもあるんや。ワイはな、蛇に加担しよ思う。」

「・・・・・・・・・・・。」

「ワイは、蛇の純愛を支持するで!ヨコシマ、おまえ宇宙の反逆者になる気あるか?」

「なる。・・・あの乳が、俺のもんになるなら!」

「おっしゃ!よーゆうた!秘書官、魔界軍は全部出動させるで!準備はどれくらいや!」

「準備は済んでおります。全部隊発進まで15分。」

「なんや、手回し良過ぎるでほんま。」

「付き合い長いですから。」


魔界軍の基地から、次々と妖塞が碇を上げる。
基地にサイレンが鳴り響き、サーチライトと共に、飛行魔族が整然と飛び立つ。
競技場の部隊も同様で、数分の後に競技場には壇上の魔王たちを除いて誰も居なくなった。


「さて、ワイらも出発や。ヨコシマ、覚悟はええか?」

「・・・美神さん、俺・・・・」

「しっかりしなさい!男の子でしょ!・・・横島クン、メドーサ好きなんでしょ?」

「うん、俺、メドーサの事は好きだ!・・・・・でも。」


横島の唇に、赤いルージュを引いた唇が重なる。
初めてのときとは違う、情熱的なキス。
肉感のある口唇が、互いに申し合わせたかのように複雑な動きで絡み合う。
本人達には永遠かと思われる交わりも、やがて離れる。


「・・・あんたね、あたしをガッカリさせないでよね。」

「え?」

「あたしもメドーサが好きよ。もしかしたら、あたしはイブだったのかもね。」

「美神さん・・・」

「やめやめ!これから決戦よ!今のだって充分ヤバイ死亡フラグなんだからね!」

「あとはステーキ残したら間違いなく死亡やな。よし、準備はええようやな!」


魔王の手が水平に振られる。
競技場が地響きを上げて崩れだす。
その下から、艶のあるキチン質のような表面が浮かび上がる。


「うはは、見さらせ、これぞ魔界一の移動妖塞、魔界旗艦大ゼスパーゼじゃ!」

「うわー、ゼスパーゼって、またマニアックなところ引っ張ってきたわねー!」

「『大』ゼスパーゼや!大がつくから別モンや!・・・しかし、ねーちゃんも随分やなホンマ。」

「し、知らないわよ!あたしはヤマト世代じゃないんだから!」

「知っとんやんか!・・・むぅ!またしてもワイにツッコミを・・・これだから人間ってやつは!」

「陛下、SSの引用はいろいろ問題です。それに早くしないと最後尾ですよ。看板持ちますか?」

「出遅れたらかなわんな。よっしゃ!全員搭乗!目標、妙神山!」


『大』ゼスパーゼ号が発進する。美神を、横島を、魔王を、秘書官を乗せて。
世界の運命を救う為かどうかは少々ギモンだが。





OFF会という言葉を皆様ご存知だろうか。
OFF LINE MEETING、これをOFF会と呼ぶ。
匿名掲示板で無責任な発言をする事が普通な2007年現在には希少だが、
固定ハンドルとネット上の責任がまだ残存していた1999年当時は比較的多かった。

荒らし等のトラブルに対処する為に運営者が会合を開いたことが始まりである。
ただ、その用途は多様化の一途を辿る。旅行や遠足、散歩や飲み会、ゲームなどなど。
ネット上の友人がリアルの友人になる、そんな幻想が生きていた時代でもあった。

だが、勿論OFFLINEであれば、それはOFF会である。
友を救う、そんな目的のものであっても、OFFはOFFなのである。




「吉野家池袋北口店・・・・ここでござるな・・・・」


異様な風貌の少女が牛丼チェーン吉野家に入った。
黒いスーツ、白のYシャツ、黒ネクタイ、黒いサングラス、黒革靴。
髪の毛だけが露出しているが額から頭頂にかけて鮮やかな赤、その他は白。


「らっしぇまセーイ!」

「・・・・拙者、『大盛肉だくギョク』でござる。」

「ニクダク?ギョク?生卵スか?」

「ギョクはギョクでござる!店員どの、そんなことも判らぬとは、恥を知るでござる!
『肉が多めで、そのかわりねぎが少なめ、素人にはお勧めできない諸刃の剣。さらにたまご』でござる!」

「・・・・大盛肉だく、後卵入りまぇースっ!」


異様な風貌の少女が牛丼チェーン吉野家に入った。
黒いスーツ、白のYシャツ、黒ネクタイ、黒いサングラス、黒革靴。
髪の毛だけが露出しているが額から頭頂にかけて鮮やかな赤、その他は白。


「二階席になります。ごゆっくりどうぞー。なんなんだ?・・・らっしぇまセーイ!」

「あ、あたし、『大盛肉だくギョク』ね。あと油揚げある?」

「それは豆腐屋っス。・・・大盛肉だく、ツゴウふたチョー!卵ツゴーふたつ入りまぇースっ!」

「二階席になります。ごゆっくりどうぞー。なんなんだ??・・・らっしぇまセーイ!」

「わらわは『大盛肉だくギョク』を注文するぞえ。あと、HB101はあるかえ?」

「それは園芸店っス。・・・大盛肉だく、ツゴウさんチョー!卵ツゴーみっつ入りまぇースっ!」

「二階席になります。ごゆっくりどうぞー。なんなんだ???・・・らっしぇまセーイ!」


黒服で同じ注文をする者たちが次々と二階席に吸い込まれていく。
店員の疑問符はとうとう20を越え、店舗開設以来の『玉子売り切れ』の札が出された。
それでも即座に牛丼は出てくるあたり、練度の高さで業界最高を誇る吉野家である。


「いやー、これで全員でござるかな。ん?おキヌどのは?」

「遅くなりましたー。・・・ごめんなさい、どうしても服は着れなくって・・・・」


右手でかろうじてサングラスを押さえながら、左手で牛丼を持った巫女装束の神が現れる。
死津喪比女の隣までふよふよと漂うと、ようやく席に着く。


「なんだかすごく忙しいみたいで、待たされちゃいました。えへ。」

「おキヌどの、・・・・・・それは?」

「大盛つゆだくです。そうそう親子連れの猫又さんたちが来てたんで、お話しちゃいました!」

「お、おキヌどの!武士は殺伐と、そして肉だくでござるよ!」

「えー?でも、『かーちゃん、おいら特盛頼んじゃうぞー!』とか言ってるんですよ?」


小一時間ほど歓談が続く。
OFF会の醍醐味、それは雑談である。
日ごろヴァーチャルな交流をしている仲間同士、積もる話は積もりすぎるほどある。


「なんじゃ、お前たち皆、ご近所さんだったのかえ?」

「びっくりでござる。わざわざ東京まで来ることなかったでござるな。」


金毛の妖狐、人狼、美少女巫女幽霊、その姉役の花の妖精、他いろいろ。
実はほとんどが人骨温泉周辺の妖怪たちであった。

さもありなん、竜脈地脈と呼ばれるエネルギーは何処にも均等に流れている訳ではない。
北から南にかけて、日本の中心部を背骨のように縦断しているのである。
そして、某蛇神がかなりの力技で竜脈をいじったせいで、
莫大な霊力の噴出地帯となったのだ。


「まったくガキねー。いちいち突っかかってきてさ。」

「拙者ガキではござらん!それにタマモのほうがちんちくりんでござろう!」

「しょうがないでしょ、最近目覚めたばっかりなんだから。それに将来は傾城の美女だし?」

「平成のペドでござるか?・・・・なるほど、拙者もそう呼ぶでござる。」

「だれがペドよ!このバカ犬ー!」


霊力の流入は、妖怪や精霊たちにはダイレクトに成長を促進する。
封印されていた妖怪が復活したり、子供の人狼が成長してしまったり、
雪女が何故か熱血してしまったり(?)と、枚挙に暇がない。
ただ、元気すぎる子供妖怪の暴れっぷりは、店員に追い出される理由としては充分すぎた。
黒服の男女がぞろぞろと牛丼屋を後にする。


「うーむ、殺伐としてれば、もうすこし粘れたでござるが・・・・」

「黙って食べてるだけで何しようっていうのよ、このバカ犬。」

「拙者犬ではござらん!・・・しかし、困ったでござるな。これだけの人数・・・・」


OFF会というのは、人数が極端なのが普通である。
ほとんど誰も居ないか、集まりすぎてしまうか。
今回の場合はどうやら後者のようだ。


「おや、チビメド殿が自宅へ来いと申しておるぞえ。住所は、おお、近くのようじゃな。」

「おお!渡りに船でござるな!早速向かうでござる!」


ちなみに死津喪比女は携帯ユーザーである。
かなりのパケット送受信量で料金もかなりの額に上るが、
全て所属ホテルのオーナーのポケットマネーで支払われているのだ。
おもいっきり下心がミエミエなのだが、死津喪比女も意外と悪い気はしてないようだ。


「ふむ・・・じいぴいえすによると、この辺りかのう・・・・お、あれじゃ。」

「わー、これビルじゃないですかっ!」


実際に作者の参加したOFFでメンバーの自宅に行ったことがある。
10人近くで普通の民家に入るというのは、たいへん迷惑である。反省ひとしきりである。
ビルであり、しかも住人が全員が不在であるというチビメドであるからこそ可能なのであって
よいこのみんなは絶対にOFFの後に流れでメンバーの自宅に行ってはいけません。


『おお、ずいぶん大人数だな。私は『元祖人工幽霊』だ。多少散らかっているが、気にせずくつろぐといい。』

「じ、人工幽霊どの、ふ、フケツでござる!まさかチビメドどのと同棲していようとは!」

『ど、同棲?!・・・そ、そうか、言われてみれば確かに・・・なんと、その様に深い仲になっていようとは・・・』

「そういえば、チビメドちゃんはどうしたんです?姿が見えませんけど・・・」

『おお、チビメド殿は・・・・ちょっと出かけておってな。よろしく頼むと言われておる。』

「そーなんですか。じゃ、先に用件かたづけちゃいましょうね。」


東京救済計画。魔道に明るい人工幽霊と死津喪比女が中心となって話が進められていく。
菩薩級が顕現すればもう手はない。出現を食い止めることが条件である。
専門的な話が飛び交い、集まった妖怪たちは見守るしか出来ない。


『菩薩ほどのファクターともなれば、向う側からとはいえ膨大なエネルギーを要するはずだ。』

「しかし、江戸には何か昔と違う結界まで張っておるしのう。わらわとて破れん程じゃ。」

『新宿都庁地下に霊力リゾームを束ねるハブ施設が存在する。結界を解くならそこだが。』

「しかしのう、結界を破っても新宿の地脈ではのう。江戸は組成が複雑ゆえ無駄ぞえ。」


当時の密教技術をふんだんに盛り込んだ都市、江戸。仏閣、地脈を複数系統で配置し
どこかの一系統が使用不能になっても互いにそれが補完をしあう緻密な設計だ。
実際の電力供給モデルを参考にしてもらえると判りやすいだろうか。


『いっそ北東のラインを押さえたらどうか。メインストリームからの供給は一本しかない。』

「日光からの大竜脈かえ。江戸の鬼門は結界の要、崩すなら並大抵の術では無理ぞえ。」

『しかし、一度区内に入ってしまっては無意味だ。やるなら区外しかない。強引であろうと。』

「強引にじゃと?地下竜脈は江戸に来るまでは山の頂を逆さにしたよりも深いぞえ?」

『そうだ。だが、その方法を考えなければ、東京は救えない。』


ブレインストーミング、という言葉がある。略してブレストと呼ぶ人も居る。
雑多な意見を制限をかけずに収集し、その後に条件をかけて淘汰し、
ただひとつの最善を選ぶ方法である。

地下の地脈への攻撃、これに関しても様々な意見が出た。
とにかくがんばる、みんなであなをほる、努力と根性で凍らせる、などなど。
だが、様々な意見が実現可能範囲という条件に淘汰され、そして何も残らなかった。


「さすがに江戸は鉄壁の結界じゃのう。せめて、時があればのう。」

『・・・しかし、時間がない!何か、何かを見つけねば・・・チビメドは・・・・・あ。』


参加者の誰もが、その単語に我に帰った。
チビメド氏。本来なら今回のOFFのメインであり、彼女の為と言っても過言ではない。


「そういえば拙者、まだチビメドどのに会ってないでござる。」

「そういえばそうよね。人工幽霊、まさかチビメドってあんたの自作自演じゃ・・・・」

『な?!し、失礼な!チビメドが私の自作自演だと!・・・そ、そうであれば、どれだけ・・・』


妖怪がぎゅうぎゅうに詰まった序例事務所執務室。その天井に、小さな立体映像が現れる。
白い髪の小さな少女。そう、皆が待っていた主賓の登場である。


「うはwwwwじい、ジサクジエーンwwwwプギャーwwwww m9(^▽^)」

「「「「「「「チビメドちゃん!」」」」」」」


腹を抱えて笑い転げながら、上空を飛び回る電子妖精。
しかし、嗅覚の鋭い犬の妖怪がその中のちょっとした違和感に気がついた。


「拙者は犬ではござらんが!・・・チビメドどの、匂いが薄くはござらんか?」

「どう見ても犬じゃない。でも、ちょっと様子が変よね・・・なんか、やな感じがする。」

「気に寸奈wwwwwちょっと疲れてるだけダスwwwwww」

『チビメド殿、もうよかろう。・・・・チビメド殿は、まもなく消滅する。』


電子妖精を20対の目が一斉に見る。
凝視してみると、楽しげに踊る電子妖精には確かにノイズが走り、
その楽しげな動きと裏腹に、四角いポリゴン落ちがいたるところで発生していた。


「じい、内緒だっていったろがwwwwうはwwwwみんなニラミ杉wwww照れるがなwwww」

「なんとかならないの?こんだけいれば、霊力くらいいくらだって・・・・」

『霊力なら何とかできる。チビメド殿はな、召喚主が瀕死なのだ。』


チビメドはPC部品で自然発生した精霊ではない。メドーサが神通力を行使して召喚した
メドーサとつながった使い魔である。創造主であり召喚主に何かが起きている。
だから、その使い魔であるチビメドも、その霊力は危険なほど減少していた。


「ちょwww何だその顔www笑えwww笑わないならアチキが笑うぞwwwwギコハハハwww」

『チビメド殿・・・・』

「アチキな、みんなの顔見たかった。もう見た。だから、OFFはおしまいwww帰れwww」

「そうね。みんな、かえりましょう?これ以上はご迷惑になるし。」


巫女幽霊のセリフに、一同が驚いて振り向く。
しかし、既に彼女は扉から部屋の外に出ていた。
他の妖怪たちも、釣られるように建物を後にしていった。


『チビメド殿、少し休まれよ。・・・OFFレポがアップされるまで時間がありますからな。』

「おkwwwww寝てる間にイタズラすんなよwwwww」

『ち、チビメド殿!』

「冗談だってのwwwwま、バレない位なら好きに汁wwwww」

『じょ、冗談が過ぎますぞ!・・・・・・・・・・・む、眠られたか・・・・・』


チビメドの画像信号か途絶える。どうやらスリープモードに入ったようだ。
除霊事務所ビルの証明も、やがて音もなく落ちていった。

一方、おキヌは振り返りもせずに飛んでいた。
必死に追いつこうとする妖怪たちの息も荒い。
俊足を誇る犬の妖怪が、何とかおキヌの前に回りこむ。


「せ、拙者犬ではござらんと何度も・・・はぁはぁ、おキヌどの、何を急いで・・・・おキヌどの?」


おキヌは着物の袖をそっと顔に近づけると、やがて腕を下ろし、にっこりと笑顔でシロを見る。
においで袖の水分の正体が判る人狼族の少女は、それ以上深く追求しなかった。


「拙者人狼ではござら・・・・・・・あれ?!」

「シロちゃん、どうしちゃったの?さ、早く行きましょ。いそがしくなるんだから!」

「おキヌどの、何が忙しくなるんでござるか?」

「東京駅で駅弁買って新幹線に乗って山に帰って、お昼過ぎには人骨温泉に到着しなきゃ!」

「帰る、でござるか・・・・」

「ええ、だって早くしないとチビメドちゃんがお母さん会う前に、東京なくなっちゃうじゃない?」


袖をまくり上げてガッツポーズをとる美少女巫女。
人狼の少女が、その頼もしい姿に笑顔を取り戻す。


「しかし、どうするんでござるか?人工幽霊殿も死津喪どのも無理だと言ってたでござるが。」

「だーいじょうぶ、お姉さんに任せなさい!スレ主は偉大なのよ?ちゃんと用意してあります!」

「ほ、ほんとでござるか?ど、どうするんでござるか?」

「一発必中大逆転のすんごい隠し玉があるの・・・ふっふっふ、その名も『おキヌ砲』です!」

「す、すごいでござる!やっぱりポヤポヤしてるだけのボケキャラじゃなかったでござるな!」

「こら、シロちゃん?誰が天然美少女ですって?」

「い、いたいでござる!そこまでは言ってないでござる!」


シロの耳を軽くつまみながら、笑顔を浮かべるおキヌ。
だが、ちょっとだけ、その笑顔には悲しげな影も入っていた。
OFF会メンバーによる東京救済作戦もようやく動き出す。
しかし、敵の名簿の『時間』という名前は、だんだんと上位に上ってきていた。













痛い。


腹からジンジンとアタシの神経が刺激されてる。
息が苦しい。ああ、アタシの口から何か出てる。

何も音なんかしないのに、うるさくて気が変になりそう。
ものすごくうるさいのに、小さすぎて何が聞こえてるのかもわからない。

『・・・・・・・・・この・・・・・・判ったかッ・・・・馬鹿・・・・・死なせないッ・・・・』

あ、大竜姫。そっか、負けたんだ。
情けないねえ。くやしいけど、完全に負けたんだね。
でも、アタシ、なんとなく負ける気もしてたけどね。

『・・・・・・・天才ッ!・・・・この・・・・蛇・・・・・天才ッ!・・・・・天才だッ!』

大竜姫の顔も見えない。なんだか、手も動きやしないよ。
ヨコシマは、もう、魔界についたかな。
美神は、ヨコシマと、会えたかな。

『何とか・・・・・・言えッ!・・・・・・俺様の・・・・・大天才・・・・・ヒャハハハハ・・・・・』

きっと、ヨコシマは、幸せになれる。
アタシが保証するよ。ふふ、あたしだって、神さまだからね。

『オイッ・・・・・まて・・・・・・勝手に・・・・・どうしたこと・・・・・・死ぬな・・・・・』

大竜姫、うるさいよ。
もうちょっと静かにしてくれないかねえ。

『・・・・・永劫・・・・私の・・・・・メドーサ・・・・・お・・・・・・なんで・・・・・・こんなこと・・・・・』

消える時くらい、静かにしてくれないかねえ。
すごくきもちがいい。ああ、人間達が、転生を繰り返すのがわかるよ。

『・・・・なぜ・・・・お前ほど・・・・・計算が・・・・・なぜ・・・・・待て・・・・・』

ああ、ワクワクしたよ。
ヨコシマ、あんたと、すごく、わくわく。
みかみ、よこしま、わくわく、ああ、きもちいい。








「封神陣、セット!住吉神社、出力が落ちとるぞ!」

『ちょっと待つワケ!さっき着いたばっかりなんだから!今から始めるわよ!』

『えっと〜こちら笠間稲荷〜、準備完了よ〜〜。』

『こちら唐巣、準備完了したよ。・・・教会では駄目なのかね?』

「基督ではだめじゃと説明したじゃろ!ええい、時間さえあればワシ1人でもできたものを・・・」


新宿都庁地下、心霊災害管理施設。
そこで大錬金術師、ドクターカオスが巨大な魔法陣を書かせていた。
魔法陣に這いつくばりながら、必死にマジックを走らせ手いる女性。
魔界軍士官、ワルキューレ大尉である。


「貴様、仮にも悪魔である私にこのような仕打ち、覚えておけ!」

「仕方なかろう、ワシャ腰が悪いんじゃ。・・・それに成功したらお前さんの出張所に・・・」

「判っている!私は地獄炉の件を忘れるなと言っているのだ!」

「うーむ、あの小僧が居らんで本当によかったのう。」


ドクターカオスの眼前では、悪魔士官の肉付きの良い尻が左右に振れている。
その扇情的な姿は、させている方もしている方も、感情を昂ぶらせるに充分の筈だった。
枯れきった1000歳の錬金術師と、任務の為に何も気にしない士官でなければ。



『E3Cより入電!妙神山の兵力更に増大、1万を超えたそうです!』

『地上偵察班より入電、敵の歩兵に続き、砲列が出現!どうやら支援火砲のようです!』

「あらあら、ちょっと多すぎませんかしら。さっきは1人であれだけ強かったのに。」

「恐らく先程の奴とは戦力が違うのでしょう。そして、痛みを恐れている。そういう布陣です。」


『REC』という文字と共に、画像がモニターに映し出される。
様々な形状の神々が、それぞれに鎧や盾を身に纏い、談笑している。
そこに戦場の緊張感はない。何かピクニックにでも出かけるような表情である。


「侮るではない。あんなナリでも一柱一柱が人間の軍隊千人より強いんじゃ。」

「カオスさん、それを何とかできるのでしょう?ふふ、期待していますよ。」

「わっはっはっは!まかせとけい!この、大錬金術師ドクターカオスに不可能など無い!」


統幕議長と老婦人が、ぱっと見、虚言癖風の老人を見守る。
だがもちろん、それが全て真実であることを信じている。
いや、実際には信じるしかないので信じようとしていた。


「菩薩顕現まであと4時間、術の発動はギリギリか・・・あとは、運次第じゃの。」







大ゼスパーゼ号艦橋。
そこには4つの存在があった。
魔王、秘書官、美神、そして我らが主人公横島。

秘書官が操作パネルを必死に操っている。


「陛下、残念ですが渋滞です。どうやら人間界の入り口で六芒星式魔法陣が敷かれてます。」

「なんやて?誰や!魔界の出口に勝手にフタしとるアホタレは!」

「交信チャンネル応答ありません。・・・人間かと思われます。」

「吹き飛ばしたらんかい!ワイが許す!」

「残念ですが陛下、それをやったら次元回廊再構築に100時間ほど必要になります。」

「くー、ついとらんのー!こんだけ盛り上がって、こんなつまらんオチとはの!」


地団駄を踏む魔王。冷静に操作席で作業を続ける秘書官。
美神令子は手元の武器や防具を、身に着けていた。


「あれ?美神さん、何やってるんスか?」

「魔法陣が邪魔なんでしょ?簡単じゃない。」

「でも、さっき吹き飛ばしたら駄目だって。」

「要は逆側からちょっと修正すれば、魔法陣なんてただのラクガキよ。」

「あかん!何の魔法陣かわからへんのにそないな事したら、バックファイヤで吹き飛ぶで!」

「陛下の仰る通りです。相手の魔法陣の正体が判らない限り、危険です。」


美神は、ふわりと空中に浮く。
魔界高官の出した装備の数々は、確かに一級品だった。
贋物など一つも無い。すべてが最高級品。
制止をする魔王ですら強制させることができないほどに。


「あたしたちGSはね、悪魔のあんたたちと違って抜けてる修羅場が違うのよ!」

「み、美神さん!」

「フォースの共にあらん事を、なんてね。横島クンに有るわけないけど、祈ってるわよ。」


美神令子の姿が消えた。
次の瞬間、天井の一部で紙が破れるような音が響く。


「美神令子、大ゼスパーゼの結界突破しました。・・・将官用の結界破りかと。」

「人間にしちゃ、随分なオナゴやな。・・・ヨコシマ、何のつもりや。」

「うるせえ!俺も外に出せ!・・・美神さんだけ、いいカッコさせられるかよ!」

「あほか。ミカミは誰の為に行ったとおもっとるんじゃ。お前の出番はココやない。」

「出番?出番だと?出番が回ってくれば、美神さんは、メドーサは、大丈夫だって言うのか!」


角を生やした魔王に、人間が首元を締め上げて脅迫している。
秘書官が腰元の剣を抜き立ち上がろうとするが、魔王の左手はそれを制した。
人間の震える手を、悪魔王は優しく振りほどく。


「そんなん知らんがな。せやけどな、お前はメドーサと会わなならん。ミカミもそのつもりや。」

「・・・そ、そんな事・・・・俺・・・美神さんも・・・メドーサも・・・何で、何でこんな事に・・・」

「わいわな、そういう苦悩が魂を高めると信じとる。悪魔が消え去らん理由や。」

「美神令子、結界接近中。まもなく接触します。」

「そろそろか。・・・秘書官、モニターカットや。」

「了解、モニターカット。」


モニターをカットした瞬間、艦橋に低い爆発音が響く。
僅かではあったが、振動も感じられた。
もちろん大ゼスパーゼのような大型妖塞はめったな事で外からの衝撃が伝わることは無い。
すぐ近くの床面に衝突音が発生したに過ぎない。


「・・・魔法陣、消去されました。人間界の回廊開きます・・・陛下、予定よりも回廊出口が・・・」

「秘書官、報告はそこまでにしとき。・・・少年が眠ってるさかいな。」

「おや、悩ませると仰っていたと思いましたが。」

「あれで充分や。・・・まだまだ青い林檎やしな、宅配途中で腐らすわけにもいかんやろ。」

「おやさしいんですね、陛下。獄民には見せられない姿です。」

「わしゃ昔から優しいで。失敬やな。」


17歳の少年は、床で深い眠りについていた。
魔王と秘書官は、画像が回復したモニターを見据える。
そこは、東京の空を映し出していた。





人骨温泉郷、スパーガーデンジンコツ。
そこには東西を問わず、様々な妖怪たちが集っていた。
移動中に死津喪比女がiMODEで触手を限界まで震わせて集めていたのだ。


「わらわが地脈を吸い上げるゆえ、皆おキヌに霊力を流すのじゃ。」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」


死津喪比女は何百もの花に分身している。
深く伸びた根から地脈を吸い上げ、一輪一輪から妖怪たちにエネルギーを渡していた。


「ぐわ、す、凄い量の霊力でござる・・・・・」

「馬鹿、自分で受け止めちゃ駄目よシロ!・・・出来るだけ多く、出来るだけ早く!」


様々な妖怪が、死津喪比女から受け取ったエネルギーを精錬していく。
やがて煌々と光を発するほどのエネルギーが妖怪たちに溜まり、
霊力となってシロ、タマモに流されていく。彼女らだけが膨大な霊力を受け止められる。

2匹の妖怪は、巫女姿の神体にその霊力を流し込む。もうかれこれ一時間以上。
しかし、精霊種の中では特異な程のキャパシティを持つ彼女らですら、
そのエネルギーに翻弄されて苦渋の表情を浮かべていた。


「・・・・タマモ、確か霊力には単位があったでござるな?」

「・・・く、ちょっと、あんた本当に勉強不足よ。マイトよマイト!食い意地ばっかり張って!」

「今どれくらいでござろうな、拙者、長老に限界を聞いておくんだったでござるよ。」

「知らないわよ!あんた、食べてる肉の数憶えてるの?それと一緒よきっと!」

「えっと、昨日は2本、おとといは5本、その前は・・・・」

「あっきれた・・・ホントに憶えてるんだ。」


どちらも体中から光が漏れ出しており、既に立ち方も不安定である。
だが、会話をする瞬間だけ、彼女らの表情は安らいでいた。


「・・・・・・拙者、・・・・・百万マイトくらいあるでござる。」

「・・・残念ね、あたしの油揚げは101万枚だったわ。・・・101万マイトよ。」

「まったく、・・・・タマモの食い意地には負けるでござる・・・よ・・・・・」

「勝ったわ・・・・でも・・・あたしもちょうど・・・・101万マイト分にきちゃったみたい・・・」


2匹の妖怪は、そのまま、うつ伏せに倒れた。
その後方の妖怪たちも、糸が切れたかのように尻餅をつく。

その全てを一身に受け止めていた巫女幽霊の体は、
もはや、どれが体でどれが袴でというレベルではない。
全身が光り、身体には回路のような筋が、浮かび上がっていた。


「皆さん、ありがとうございます。私、がんばります!」


最後に、倒れないように支えていた足元の死津喪比女の根を、そっとほぐすおキヌ。
だが、何故か根は、ほぐしてもほぐしても、絡みついてきた。


「あのー、離して欲しいんですけど・・・・」

「・・・・・・・・・・・おキヌ砲とやらの正体は、自爆じゃな?」

「ふふ、変な死津喪比女さん。それじゃ砲じゃないですよ?」

「信じて、いいんじゃな?」


死津喪の悲しげな目線がおキヌを射抜く。
しかし、おキヌはただ楽しげに笑う。どう見ても死地に赴くとは思えない。
保護者役の植物妖怪は、不承不承ながら根の拘束を解く。


「当り前です。私、やっと今楽しいんですもん。無くしたくなんかない。ここは、私の場所です。」

「わかった。・・・おキヌ、巫女ミコ神社はな、一人いないと『ミコ神社』ぞえ。」

「わかってますよ。」

「300年も経って、もはやわらわを知るのはおキヌしかおらぬ。・・・必ず、戻れ。」

「わかってますって。じゃ、いってきます。」


美少女巫女が、手を水平に上げ、親指をぐっと力強く立てる。
サムズアップ。健闘を祈る戦場の儀式。

妖怪たちが、シロとタマモが、死津喪が。
サムズアップ、サムズアップ、サムズアップ。そしてサムズアップ。

人骨温泉郷、スパーガーデンジンコツ、巫女ミコ神社の境内から、
妖怪たちの全てを賭けた、一筋の光が東京方面に飛び去った。






新宿地下のドクターカオスの表情は既に、鬼神の域まで苦渋していた。
既に時間が足りない。そして、モニターに新たな情報が入る。


『池袋方面に次元震!魔界方面からのアクセスを受けています!』

「なぜじゃ!魔法計算に狂いがおきとるのか?マリア!マリア!・・・おらんのじゃったな。」


心霊災害管理施設内の端末の一つに強引に腰掛け、タイピングする。
再演算。1+1=2、1が10個で桁が上がる、そんな所から計算をしなおさせる。
しかし、結果に不備があるわけではなかった。あるとしたら、予想しなかった条件。


「ワルキューレ、魔界から何かが来とるようじゃ!なんか知っておるか!」

「そんな報告は受けていない!それに、個体用なら出張所が使えるはずだ!」

「じゃから、それ以上の何かの場合じゃ!」

「個体以上?兵鬼や妖塞だとでも?馬鹿らしい!そんな事になれば戦争・・・・」


魔法陣に這いつくばるワルキューレの目に、魔法陣の向こう側の光景が映りだす。
そこには確かに、横島忠夫の愛人の姿があった。


「美神令子、だと?貴様、そんなところで何をして・・・・」


向こう側の姿が、口をパクパクとさせながら、指を使って何かを表現しようとしている。
魔界士官は、その姿から、慎重に情報を引き出そうとしていた。


「来てる、魔王、だ、大ゼスパーゼ!」

「なんじゃそれは?」

「馬鹿者!大ゼスパーゼと言えば最高旗艦!魔王陛下しか乗れない移動妖塞だ!」

「な、なんじゃとー!」


魔界士官は、あらん限りのゼスチュアを使って、美神とコミュニケーションをとろうとする。
しかし、向こうは小首を傾げながら、何かを逆に伝えようとする。
伝わらない、遠すぎる意思の壁。


「く、こんなことなら横島にでも習っておくんだった!」

「あの小僧に何を習うんじゃ?」

「横島は、あの馬鹿丸出しの助平は、情報伝達の天才だ!くそ!」



ワルキューレの脳裏に横島の姿が浮かぶ。
たった一本の指で、全てを伝えた男。
あの時は呆れていた才能が、今は何を引き換えにしても欲しかった。


「カオス!この魔法陣をとけ!大ゼスパーゼが来るなら、この結界は邪魔だ!」

「それは無理・・・いやまて、いっそ結界を逆転させて都内自体を魔界門にする手もあるな。」

「そ、それだ!すぐにやれ!今すぐだ!」

「判ったわい。そうそう怒鳴るな。あーあー、都内の拠点、聞こえるかの?」


ワルキューレは更に現状を伝えようと身振りを更に激しくする。
さがれ。さがれ。けっかいをとく。きけん。さがれ。きけん。さがれ。


「連絡は済んだぞ。・・・菩薩出現まで時間もない。呼び入れるなら早くせんといかんぞ。」

「わかっている!しかし、美神に伝わらない!くそ!さがれ!さがれー!」

『仏閣のエネルギー波増大中。まもなく出現します!』

「・・・残念じゃな。美神とて人類最強とうそぶいた時代もあったんじゃ、運に期待しようかの。」

「ま、まて!」

「・・・・・・・・・・・・封神魔法陣、逆転開放!」


美神令子のさわやかな笑顔が、魔法陣と共に割れる。
硝子のように砕けた陣が霧散した時、地面から禍々しい地響きが聞こえてきた。


「ほほー、あれが移動妖塞か。流石に立派じゃのー。」


モニターには、サンシャイン60の上空から、まるで横に広がる水面を抜けてくる様に
巨大な6つの角を持った、昆虫のような建造物が現れる。
移動妖塞大ゼスパーゼ。ビルが芝かと思えるほどの比率である。

そして、次々と甲虫型の移動妖塞や飛行魔族が現れ始める。
芝公園、銀座、恵比寿、渋谷、新宿、水道橋、23区内のあらゆる場所に魔界軍が現れた。



「次元回廊突破。モニター開きます。」

「ほほー、人間界も随分立派になったんやな。これを壊すなんて天界の奴らアホちゃうか。」

「周囲に次元震。友軍ではありません。如来型6菩薩型24。囲まれてますね。」

「ま、出張所の場所は天界も承知の介やしな。しかし、揃いも揃って大型の文珠使いかい。」

「ただ、関聖帝君の姿がありません。情報通りならメギドの火は無いかと。」

「あのクソメンタにはきつい灸を据えたかったんやがな。・・・全艦、罵倒砲発射準備!」

「了解。各艦に伝達、罵倒砲発射準備。敵出現と同時に発射。」


横島の寝顔がふと暗くなる。
艦内の照明が落ちた。
ほぼ無音の艦内で、魔王の座っている席に銃の贋物のようなレバーが、せり上がってくる。


「罵倒砲と文珠使いか・・・この辺は火の海やな。・・・まあ迷ったら地獄で優遇したるさかい。」

「エネルギー充填120%。発射準備完了。ターゲットスコープオープン。」


魔王が握っている玩具の銃のところに、ちゃちなプラスチックの板が起き上がる。
その板には十字の目盛りが刻まれており、その向こうが見えるようになっている。


「さ、祭りの始まりや。」







一方おキヌは、光り続けながら東京を目指していた。
東京の地脈は栃木から日光街道と同じルートを通り、
様々の場所からのエネルギーが合流し都内に流れ込んでいる。
北からの様々な流れは、ある一点に終結していた。


「池袋・・・・チビメドちゃん、元気かな・・・・・」


池袋西口公園そばの古めかしいビルの前で、おキヌは止まる。
人工幽霊とチビメドのいる除霊事務所のビル。
その壁に光の少女はそっと手を触れる。


「・・・さてと!決めセリフ考えなくっちゃ!おキヌちゃんビーム?おキヌちゃんファイヤー?」


光る少女は、顎に人差し指を当てて小首を傾げながら、明るく悩んだ。
そして、鳴りもしない指を鳴らす振りをする。


「決めた!・・・・・・おキヌちゃんファントム・・・・・・・・・どっかーーーーーん!」


少女の目から、曳光とは違う光の粒が何粒も零れ落ちる。
光る少女は、そのまま地脈の集中していた地点、池袋駅西口地下に吸い込まれていった。






「陛下、次元震が消えました。敵大型神、出現兆候消えます。地脈が停止したのが原因のようです。」

「な、なんや?・・・ちい、罵倒砲発射中止!全艦、予定通り妙神山へ進軍するで!」


巨大な妖塞群と飛行魔族が、東京から一路北西へと進んでいく。
東京の危機は、こうして回避された。


一方、妙神山の前線基地では、蜂の巣を突付いた様な騒ぎになっていた。
歩兵が右往左往し、士官も全く制御が出来てない。
パニックと呼ぶに相応しい状態だった。


「魔界全軍が人間界に?そ、そ、そんな、聞いてないよ!」

「か、簡単な制圧作戦だからハンティングのつもりでやれって言われてたのに!」

「ち、父上に連絡しなきゃ!こんなの無理だよ!」

「援護予定の菩薩如来クラスも沈んだらしい!泥沼以下の戦争じゃないか!」

「はぁ!見ろ!あれ移動妖塞じゃないか?」


それは浜松基地から飛び立った早期警戒機E−767だった。
確かに最新鋭早期警戒機で世界でもトップクラスの情報収集能力を持つが
もちろん天界の兵にとっては紙飛行機以下の防御力と言っていい。


「て、撤退だ!下がれ、下がれよ!」

「馬鹿もん!下がるんじゃない!部隊長はどうした!止まれ、止まらんか!」

「俺達は文珠も使えねえんだ!戦えば犬死だろ!どけよ!殺すぞ!」


潰れて走ると書いて潰走という。
敗軍が統制も取れぬままに散り散りに逃げ帰る様を言う。
ちなみに蜂の子を散らすように、とは言わない。蜂の幼虫はそんなに素早く動けない。
蜘蛛の子を散らすように、というのが正解である。たまに間違う人がいる。


「あーあ、天界の兵ともあろう御歴々が、みっともねえな。」

「よう八戒。そっちは上手くいったようだな。」

「うまかねえよ。釘鈀を取られちまってよ、エライ目にあったぜ。」


その山の様子を、遠くの森に隠れ、身を伏せ双眼鏡で覗いていた大男。
その背後から、髭面の痩せ気味の男が声をかけてきていた。


「八戒の神具を奪うなんざ、なかなかやるじゃないか。あの兵隊よりは強いんじゃねえか?」

「ちげえねえ。そういやお前、メドーサとやったらしいな。どうだ、いい具合だったか。」

「ああ、途中で邪魔がはいっちまったがな。ま、オヤジが惚れるのも無理はねえな。」

「くー、やっぱりアミダってのが良くなかったな。今度は俺の番だからな。」


禿山に、天界軍の放置した火砲が横たわり、次元の門がゆっくりと閉まりだす。
どうやら、完全に放棄を決定したようだ。


「おっと、悟浄の番だぜ。クソ仕事は順番だからな。」

「おっけ。あの門が閉まっちゃウマくねえしな。天界にゃあもっと恥を掻いてもらわんとな。」

「あとはオヤジのクソ仕事ってワケだ。ったく良く考えてある、味方ながらぞっとするぜ。」

「じゃあな、今度は新宿で酒でも呑むか。」

「ああ、そーだな。」


ゆっくりと石で出来たような門が閉まっているところに、黒い影が飛び込んでいく。
何秒もかからずに、その動きは逆転し始めた。
門は、大きく開け放たれる。


「おーおー、はりきっちゃってまあ。・・・あれが魔王旗艦か。いい機会だ、写真でも撮るか。」


大ゼスパーゼの雄姿が、はるか遠くの空に浮かび上がる。
巨躯の男は持っていた双眼鏡の手元のスイッチを何度か押すと
満足したようにその場を飛び去った。




もう何度目かの、ゼブルの宮殿。
天界の最奥に位置し、知恵の神が集う一角。
その豪奢な建物は既に崩壊し、その中心で、蛇の神が血まみれで倒れている。


『メドーサッ!てめえ、起きろッ!負けましたと言えッ!天才ですって言えッ!』


血まみれの蛇神は動かない。ただ、かすかに笑顔を浮かべて、横たわっている。
皮の長靴でその頭を、腹を、何度も何度も蹴る大竜姫。
段々と、その手ごたえが軽くなっていくのが感じられる。


『馬鹿なッ!お前の実力なら百珠で死ぬはずない計算だッ!何故だ!何故死ぬ!』


メドーサは、口から次々と血を吐く。何か口を動かしているようにも見える。
しかし、ただ、血の流れが見せている挙動。
笑顔だけがその顔に張り付く。


『3000年だぞ!3000年待って、これで終わりだと?・・・・な、何をしている小竜姫ィ!』


姉に首元を固定されている小竜姫は、大竜姫の顔の上半分のどこかを指で押さえた。
その点の少々下の、大竜姫の頬に、違和感が走った。
咄嗟に、妹を瓦礫の中に投げ込む。


「・・・・・!・・・・・!・・・小竜姫、何をしていたのですか。」

「だって、お姉さま、泣いていました。」


妹神を投げ捨ててしまい、大竜姫は再び穏やかな口調に戻る。
投げ捨てられた小竜姫は、のっそりと起き上がり再び姉の前に立つ。


「私が?何を馬鹿なことを・・・興奮状態の反射で涙腺が緩んだだけです。」

「お姉さまは、3000年もメドーサの事を考えてたんですものね。」


小竜姫の胸倉が掴まれ、背の高い大竜姫の更に上まで持ち上げられる。
しかし、苦しそうな表情どころか、悲しげな表情で姉を見つめる妹。


「それ以上の無礼は、承知しませんよ。」

「いいえ、言わせていただきます。お姉さまの顔は、まるで恋する乙女が振られたようです。」



メドーサのいる場所のそばに、妹神を投げ込む姉神。
そうしてもう一回掴もうとする大竜姫に、とある反射が映った。

血溜まり、表面張力が架かる紅い鏡、その向こうに、広がる顔。

その向こうには涙をいっぱいに浮かべ、目を晴らしながら悲しむ
ただの女がいた。神の威厳もなく、悪意の尊厳もなく、ただ、失ったものを嘆く女が。




「こ、これが、これが、これが!あああああああああああああああああああああああ!」


絶叫。
頭を抱え、膝が地面に落ちる。
小刻みに全身を震わせ、その目は瞳孔を開きさえしていた。

不意に、大竜姫の腹が大きく膨らむ。そしてその膨らみは喉を通り、
口を限界以上に広げ、スイカ大の巨大な珠を産み落とした。
その珠は、ころころとメドーサの頭のところに転がる。

そして、その珠を産み落とした姉の神の表情は、
何か憑き物が落ちたように、涼しげであった。
もう、顔も肌も色が抜け、白い、ひたすら白い、竜の女神だった。


「小竜姫、貴方にだけ教えてあげるわ。」

「・・・なんですか?」

「これはね、碧珠。もう文珠何個分とかは忘れました。私が、メドーサを考えて作った珠。」

「・・・・・・綺麗ですね。」

「ふふ、ありがとう。この碧珠の入れてある文字は、『呪』です。」

「そうですか。」

「世界は呪われ、そして滅びます。」


妹神は、姉神の手を握る。
姉神も、その手に反対の手を重ねる。


「お姉さま、たった二人の姉妹ですもの。私、ついていきます。」

「馬鹿な子。・・・あら、喉の霊基が・・・残念ね、せっかく治ったのに、もう言う悪口が無いわ。」

「うふふ、そんな事無いでしょうお姉さま。私をもっと叱ってください。」

「そうね・・・ごめんね小竜姫。馬鹿な私は、馬鹿な妹が、自分みたいで大嫌いなの。」



大竜姫は、愛しい血溜まりの中に腰をゆっくりとおろす。
小竜姫はそんな姉の横にやはり座り、やがてその膝に自分の頭を置いた。
姉は、妹の頭を何度も何度も撫で続け、やがて、ふと、頭の上でその手を止める。


「小竜姫、馬鹿なあなたでも、この文珠の呪詛は判るわよね。」

「えへ、たぶん。もし違ってても、ちゃんと叱ってくださいね、お姉さま。」


小竜姫の唇が薄く開く。
大竜姫の唇が薄く開く。


『『呪いあれ』』


碧珠と呼ばれた世界を呪う珠が、薄く光り始める。
その光は、確実に強くなっている。






「秘書官、状況はどないや!」

「妙神山の部隊が撤退しているようです。次元回廊は閉鎖せずに開放中・・・罠でしょうか?」

「罠?上等やないか!罠ちゅうのはな、敵の懐への特急券や!全艦突撃!」

「了解、全艦突撃。敵の反撃に備え、大ゼスパーゼを護衛せよ。」


そこで、艦橋の中で眠っていた人間が、流石に騒動によって起こされた。
横島忠夫。17歳の少年が、17歳らしく、首もとのシャツをゆるめて起き上がる。


「・・・ん・・・・・」

「お、起きたようやなブラザー。メドーサを助ける夢でも見てたんか?」

「・・・いや、何も見てない。いつもなら、惜しい夢とか見るんだけどな・・・」

「ええこっちゃ。夢いうんは、見いひんほうが運が付くっちゅうもんや。」

「魔王でも運とか気にするんだな。」

「あったりまえや。ワイが魔王になったのかて運やさかいな。」

「そのおかげで、秘書官の仕事が増えて困っています。」

「うはー、こら痛いトコつかれたわ。」


目の前で起こっている漫談も、メーター類が並ぶ生物的なコクピットも、
横島の感情の何処にも引っかからない。


「ヨコシマ、もうすぐ天界や。おまえ、メドーサのいる場所覚えてんのんか?」

「ああ、多分、あそこのままじゃないかな。」

「憶えてればええ。天界に入り次第、お前を瞬間移動させる。場所はお前の意識次第や。」

「わかった。」


魔王は、横島忠夫の肩を両手でがっちりと掴み、その眼を見据える。
横島も、その真剣な瞳を、見つめ返す。


「ええか、お前はメドーサの事だけ考え。他の何かにブレたらあかんで。」

「・・・・ああ。」

「お前とメドーサの為に、魔界全てが動いとるんや。いや、そんなんどうでもええ。」

「?」

「惚れた女の笑顔の為に、全部賭けるんや!伸るか反るかは運次第や!」

「陛下、次元回廊越えました。天界です。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いってこんかい!宇宙一のアホタレ!」


悪魔王の平手が、横島忠夫の背中を、大きな音を立てて張り上げる。
その魔力を込めた平手は、横島をその場から消し飛ばした。
その行く先は、魔王も知らない、恋人のいる場所。


「いってもーたわ。・・・で、コッチの状況は。」

「流石に本拠地ですね。警戒文珠衛星により逆天号、轟雷号、航行不能。」

「ああー、『絶/頂』とか『脱/糞』とか仕掛けとる文珠衛星かいな。」

「陛下、人間界の電子書物を読みすぎです。『雷/火』のようです。」

「さーて!こっちも新型の拡散罵倒砲を御見舞いせんとな!うはは、メタメタにしたるで!」







メドーサのいるはずの場所に、俺は飛ばされたはず。
ふむむ、しかし、瓦礫の山ばっかりだな。

お、あれは小竜姫のそばにいたヒャクマイトとかいう神さまだったっけ。
うーむ、気を失ってるみたいだな。乳も小さいし、パスパス。

メドーサ、メドーサやーい。

ん?あれは乳ばっかりでかくて根性悪な大竜姫と、小竜姫ちゃんか。
なんだ、すっかり元気が・・・・・ん?あれ?あそこに誰か倒れてる?
あの足、あの尻、・・・・うそだろ?


「あ、横島さん。」

「なるほど、少年がメドーサの想い人だったわけですか。」


何を言ってるんだこいつらは。
メドーサ、しっかりしろ、メドーサ!


「大丈夫です。メドーサも、少年も、世界も、全てが呪われます。・・・終るのです。」

「ええ、もう、辛い事も苦しい事も、おしまいです。・・・世界の、最終回ですね。」


うるせえ!黙れ!メドーサ、眼を開けてくれよ!
何でそんなに笑ってるんだよ。血ィ、出てんじゃんかよ。
苦しいって言ってくれ、助けてって言ってくれ、俺、助けるから、


「少年、何も変わりませんよ。メドーサ、彼女は満足してしまったのです。」

「神は、絶望では死にませんが、死んでもいいと思ったときに、死んでしまうのです。」


うるせえ!メドーサが、こんなに笑顔の、メドーサが、死んでるわけない!
・・・ほら、目が、ちょっと開いてる!ちょっと、口が開いてる!
何だって言ってくれよ、俺、魔王と知り合いになったんだぜ?
土下座したって、何でも叶えさせちゃうぜ?


「・・・少年。メドーサと共に逝くのですか。最早止めはしません。」

「横島さん、せめて、メドーサは安らかに眠らせてあげてください。」

「なんだよ!うるさいぞ!メドーサが、起きれないじゃないか!」

「少年、あと数分で、世界は滅びます。」

「その珠が、全てを終らせます。」


こいつら・・・この珠か。こんなものが何だって言うんだ。
ただの珠じゃないか。ただの珠。こんなものが、こんなものが!


「殴ってもどうとなる物ではありません。」

「・・・終るのです。」


こんな珠があるせいで、メドーサが死ぬ?
何を馬鹿なことを、だって、まだ、生きてる。
生きてるに決まってる。俺が、この俺が決めたんだから。


「うるせえ、お前らの目は、節穴か、メドーサが、ほら、動いてるじゃないか!」

「・・・そ、そんな馬鹿な、死を受諾した神が生き返る?少年、君はいったい?」

「うるせえっつってんだ!メドーサは、俺のメドーサは!池袋につれて帰る!」


馬鹿だな、メドーサはほら、瞼がピクピクって動いてる。
・・・そうだ、俺が林檎だって魔王は言ってたっけ。
だったら、メドーサは食べてくれるかな。
あ、ちょっとドキドキするな。
自分からキスって。
でも、せっかくだし。

あ、ちょっと眼を閉じさせてな。

いただきます。






たはー!
自分からしちゃうなんかやっぱり照れるなー!
メドーサが眼を閉じてて受身なんて、燃えるなコンチクショー!
あっはっは、照れるぞおい!
何とか言えハゲ頭!


「少年、何を照れながら碧珠を叩いてるのだ・・・・・」

「やっぱり少々変ですね、人間って。」










その時、碧珠と呼ばれる呪いの珠は強く光った。
純粋な感情の、純粋な欲望の、純粋な力を受けて。
そして、小さな変化を、ほんの小さな変化を、し始めた。



『呪』


<変化>


『兄』



「碧珠が、変化している?そんなはずありません、ありえない、文珠は、文字を変えることは出来ない!」

「お、お姉さま?」

「文珠は文字を決めて作るもの。どんな神でも後から文字を変えるなんて不可能・・・できるとしたら・・・」


碧珠の光は、一層に強くなる。もはやいつ破裂してもおかしくない。
だが、その光り輝く球体は、まだ、破裂していない。


「ただひとつ、原初の、知恵の・・・・・・・・」


大竜姫は見る。
巨大な木にたった一つだけ生った木の実。
大樹から釣り下がった、瑞々しい青い林檎の実。
その傍を蛇が守り、人の女がその実を眺める光景。


「・・・・・・うしなわれた、禁断の、知恵の林檎・・・」



世界を変える力。宇宙を変えてしまう力。

全ての知恵によるものの上に立ち、そのイデアを変えてしまう力。

悪用を恐れ、太古の神ですら封印した、絶対の力が行使される。

そして、たった一度の奇跡を終えた力が、ゆっくりとその光を失う。







<変化>



『祝』



碧珠は破裂した。
世界は、『祝』の碧珠に、覆われた。










『祝』


新宿地下、心霊災害管理施設。

巨大モニターには、既に電気は入っていない。
係員達は、口々に喜びの声を上げていた。破滅は回避されたのだ。
しかし、老婦人と軍人と錬金術師は、まだ固い表情である報告を待っていた。
無線装置の音声だけが、唯一電源が入り稼動していた。


『カオス!美神令子だ!次元の隙間ギリギリで引っかかっていた!悪運が強いなんてもんじゃないぞ!』

「おお、ワルキューレでかしたぞ!美神、マリアはどうしたんじゃ!」

『マリアだったら魔王の母艦に乗っけたままよ。自分で取りに行って来たら?』

「な、なんじゃとー!」

「令子!さっさと帰ってくるワケ!あんたのオゴリで宴会するわよ!」

「よかった〜令子ちゃん〜あのね〜みんな〜心配してたのよ〜。」

「よかったわ、美神さんも無事で。メドーサさんと横島さん、無事かしらね。」


皆に笑顔がやってくる。
楽しそうとだけ表現しておく。
それ以上は野暮と言うものである。




『祝』 


池袋駅西口。

おキヌは、柔らかい手の中にいた。
愛嬌のある顔、無機質な顔が、交互に覗き込む。


「だ、大丈夫ですか・・・心配だったんですぅ・・・」

「あのー、どちらさまです?・・・えっと、私おキヌって言います。」

「新人妖怪、夏物衣料コンプレックスですぅ。マネキンさんが見つけてくれたんですぅ。」

「百貨店ニ突撃スルナンテ、非常識ダワネ。マ、婦人服売リ場デヨカッタワ。」

「地脈から飛び出してきて、瀕死だったんですよ?もう、びっくりですぅ。」

「ぬぅ!また覗きか!ふんぬあああああ!警備員は膝をつかぬ!」

「とりあえず、逃げるですぅ!」

「え?えええ?」


婦人服売り場を疾走する小太りの妖怪と、下着姿のマネキン悪魔、そして袴姿の巫女神。
その後からは、身長5Mはあろうかという闘武デパートの警備隊長。
彼女らの疾走はまだまだ続きそうである。





『祝』 


人骨温泉郷、巫女ミコ神社。

妖怪たちが、大の字になって寝そべっていた。
どの顔も、笑顔であった。星の降るような夜空、そして、眩しいほどの月。
闘武百貨店の妖怪からの連絡で、おキヌの無事と作戦の成功が報告されたのだ。


「あ、見るでござる。流れ星でござるよ。肉が百本食べられますように・・・」

「ほんっとうに、救いようのない馬鹿犬ね。みんなが幸せになりますように、でしょ?」

「コーチがまたしごいてくれますように。」

「神よ、おキヌが、たまに働いてくれますように、たのむぞえ。」

『それは・・・いくら私でも無理ですね・・・・・』

「ん?なんぞ失礼な声がしなかったかえ?」

「気のせいじゃない?流れ星に願いをなんて、迷信だし。」

「そんなことないでござる!神さまはきっと・・・・」

「馬鹿ねえ・・・・」


妖怪たちの喧騒と寝息が、夜空に木霊する。
人骨温泉郷周辺は、これからも騒がしいのは間違いないようだ。







『祝』 


天界最高会議場。

円卓であった会議場の机が取り払われ、猿と角の生えた関西弁が握手をしている。

最高会議議長は、総責任者として『最高権力者』という役職になった。そしてまだ欠席中。
『キーやん』と呼ばれる神々のトップはどこかの温泉郷に、こっそり出かけているらしい。
空位になった最高会議議長には、斉天大聖が冤罪から解放され着位していた。


「斉天大聖はん、じゃ、人間界は互いに好き勝手でええんやな?」

「選民政策こそが全ての元凶。なに、人間はあっという間に我々に追いつくでしょうな。」

「ま、そしたら堂々とエロゲ買いに行けるっちゅうわけや。うはははは。」

「陛下、記者会見は揉み消せません。全て生中継です。」

「かまうかいな。秘書官、おまいもちーとは笑え。笑って愛想ふらんかい。」

「・・・・・・・(邪笑)」

「すまん、ワイがわるかった。出来がええのん忘れとったわ。」

「ふむ、愉快なお人だ。さて、悟浄、八戒、帰るぞ。やる仕事が山積みだ。」

「「へいへい」」


天界は、斉天大聖の元で大規模な組織改革と治安対策が実施される。
世襲制だった公務員及び軍組織の解体、実力主義の導入と諜報活動の強化。
例のヒャクメ嬢も、実力本位になり、まぁそれなりの地位には登れたようである。
ただ、天界警察公安調査部の部隊長のポストだけは、なぜか空位であったそうである。






『祝』 『祝』 


池袋、女錫叉除霊事務所ビル。

とある特別室に収められた白銀のPCが、にわかに稼動する。


「うはwwwwおkwwwww把握wwwwwwチビメドちゃんふっかーつ!」

『おお、チビメド殿、よかった、本当に良かった。』

「アチキがいないと、じいは泣いてばっかりでwwwwそんな夢見たwwww」

『勿論だ。私はチビメド殿の為に存在する人工幽霊だ。これまでも、これからも。』

「ちょwwwおまwwww炉の字はアチキもちょっと勘弁wwwww」

『そ、そういうつもりでは!・・・ただ、何年も何十年も先には自信はないのだが。』

「安心汁wwwwその頃には・・・・・・・・じいは寿命だ!wwwwwwww」

『・・・・・・^−^;』


人工幽霊に、寿命が有るかどうかは定かではない。
しかし、電子精霊に成長が有るかどうかは、もっと定かではない。
二体の魂を持った電脳生命体の今後は、神にすら予測できない。




『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』『祝』


ゼブルの宮殿。

廃墟の一角で、白い蛇の神さまを抱えた、17歳の少年がいる。
寝込みを襲ってキスをした興奮で、少々取り乱しているようだ。
世界を覆うほどの変化も、彼の感覚器には届かなかったようだ。


「・・・・・・メドーサ!!」

「ふぅ。・・・・・・・・・・・・・・・・寝てる女を襲うなんて・・・・・サイテーだね。」

「え?やっぱり起きてた?ち、ちがうんやー!ほんの、ほんの、ほんのーーーーー!」

「ほんの、なんだい?」


悪戯っぽく微笑んで顔を覗きこむ、蛇の神さま。
真っ赤になりながらうつむく、17歳の少年。




「ほ、ほんの・・・・・・・・・・・・・・・・・本気だった。」

「あはは。うん、そうだと想ったよ。」



そして、白い小さな蛇が、そのチロチロとした舌を林檎に伸ばす。
林檎は、うっとりとその舌を受け入れた。
一万と二千年前から、いや、もっと前から、
悠久の時を越えて、蛇と林檎が、いまやっと互いを愛した。




「さあ、帰るよ!美神が待ってるからね!しっかりつかまりなよ・・・・・・横島!」

「おっけー!・・・・ん?」


最後の一言の違和感を横島は感じた。
しかし、メドーサは耳まで赤くなっているが、目を合わせようとしなかった。

二人はそのまま、天の国から姿を消した。











これで、横島忠夫くんと、メドーサさんの物語は一応おしまいです。
そうそう、忘れていました。祝福の碧珠はもう一ヶ所飛んでましたっけ。







『祝』 



都内JR池袋駅前某所、悪霊犯罪多発地帯。
天界、魔界、人間界の完全な和平条約締結は、それぞれの住人の流入を当然招いた。
特に『池袋駅西口地脈封鎖事件』で都内の霊力分布は完全に乱れ、霊的加護を失った。
池袋を中心に、悪霊、堕天使、はぐれ魔族、その他霊的犯罪者の巣窟となったのだ。


「警視庁池袋署霊能課の大竜姫です!精霊迷惑条例違反につき逮捕します!」

「SHIGYAAAAAAH」

「お姉さま、この子しゃべれませんけど・・・そこまで知能ないですし。」

「ち、じゃあとっととッ!往生せいやーッ!うははははッ!」

「ああー!また勝手に発砲して・・・・また始末書・・・・お、おなかが・・・・・」

「小竜姫ッ!細かいことを言ってるんじゃないッ!貴様それでも竜神かッ!」

「私達もうただの竜族だし、強制労働刑なのに・・・なんでそんなに楽しそうに・・・・」

「よっし、小竜姫ッ!今日はもう帰るぞッ!ネタが思いついたッ!題して『蛇とミジンコ』だ!」

「またミジンコですか、お姉さま・・・・」


もはや下着が見えることが前提ではないかと思われるほどのマイクロミニの制服を着た
婦人警察官が二名。彼女らはどうやら天界で何か罰を受けて強制労働をしているようだ。
だが、別段と不幸せそうではなかったので、祝福の碧珠はかすめるだけで去ったようだ。
ああ、ほら、そんなに大股でミニパトに乗ったらパンツ見えちゃいますよ、おねーさんたち。









「なーなー、メドーサ、暑いしさー、海でも行かない?」

「そーだねー。海もいいかもねー。美神、アンタも来るだろうね?」

「水着を買ってないあたしに何をしろと?」

「美神さんに合う水着なら、俺が既に!ほら!」

「こんな透けてる水着なんか着れるかー!このスカポンタン!」

「大丈夫だよ。他に人がいない海なら別に裸で入ったって問題ないだろ?」

「「え“?」」

「大丈夫だよ、こんな事もあろうかと、ちゃんと地球儀で調べたからね!さ、飛ぶよ!」

「ちょっとまって、メドーサ!そこ、ほっきょ・・・・・・・・・・」




女錫叉除霊事務所の日々は、皆の知らない宇宙のどこかで、まだまだ続く。





<STAFF>

☆製作総指揮☆

『蛇と林檎』製作委員会



☆タイピング他☆

まじょきち



☆掲載☆

椎名作品二次創作小説投稿広場
溶解ほたりぃHG様









おしまい。


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