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復活

ただいま修行中!(序)


投稿者名:ETG
投稿日時:07/ 7/ 9



コッコッコッ・・・・・




ハイヒールとアスファルト間から街灯の並びが造る影がいくつも伸び、そして消えてゆく。

白い肩、艶やかな亜麻色の髪。
中秋の名月の光にすらと伸びた足、豊満な形の良いバスト、無駄のないウエストを浮かび上がる。


その蠱惑的なラインと挑発的な装いは100人中120人の男を振り返らせるであろう。
そして、その男どもはことごとく彼女を落とせない。

権力にも、腕力にも、名声にも、美貌にもなびかない、どんな男にも超無理目の女。
女を振り向かせるのはわずかに金のみ。

しかし、そんな金を誰が貢げる物か。
世界に冠たる財閥の御曹司すら振り向かせることのできなかった。
多少の金をちらつかせる「男」など、彼女にとってはただの獲物の1つに過ぎない。


そう、悩ましげなボディとハイヒールで現代を跳びまわる、美貌のエクソシスト、美神令子である。


現代の高層ビルが建ち並ぶ夜中。
平日の昼はスーツで決めたサラリーマンや制服のOLでにぎわうビルの間も全く人影がない。
広めの公園がビルの谷間に沈みこんでいる。
そこからはみ出た暗い立木つくる月をも拒否する暗がりも気にした風もなく歩いてゆく。
大人の背を超えるような茂みがそこここで街灯を遮っている。



ぽつん。ある茂みに隠れるように白い板が浮かび上がっている.


【女性の一人歩きは危険です。交番は右500m(防犯ベル貸し出します)】


夜は人気がなく,獲物も多いことを宣伝する.
胡乱な者を招き寄せるべく看板が貧相な街灯の下で浮かび上がっている。


「そういえば近頃多いって回覧が回ってるっておキヌちゃんが言ってたわね」


その前でふっと立ち止まり、腰まで届こうかという流れる髪をたくし上げながら女性にあるまじきセリフをつぶやく。

「出ないかしら? いい練習台に――、


そう、夜は彼女の狩り場。
唯の痴漢など交番に辿り着ければ運がよい方だろう。

「ならないか」

苦笑しながら再び歩もうとした彼女の常ならぬ感覚にかすかな気配が捉えられる。


「!」


看板を覗き込んだまま全霊感をそちらに振り向ける。
微かだが近い。そしてそいつは――――恐らく強い。

痴漢だとしたら該当者は一人しかいない。
彼女の周りには、おそらく人界では最もレベルの高い―――戦闘力もスケベ度も―――痴漢が常にうろついているのだ。

しかし、そいつは今日はネクロマンサーと人形を連れて幽霊屋敷に。

ハンドバックの神通棍を取り出し、袖口の即応用破魔札を確かめ、気配を探る。


公園の中、か。


「しゃあないわね。金にならないけど、事務所の近くで妖怪が悪さしたんじゃ看板に傷が付くわ」
チッと舌打ちをして気配を辿る。

結構大きい公園を中央へ向かってゆくと微かに魔力を感じる。

「魔族? こんなところで?」

事務所の一員の誰かに用か?
敵か? 味方か?

味方ならこんな所におらず、事務所なり自分の所なりにくるだろう。

このかすかな魔力、明らかに抑制している。
まっとうな魔族なら漏れる魔力はもっと凄まじい。
明らかに隠れている。
隠れて行動する魔族は基本的に‘人類の敵’だ.

反射的に耳と胸元の精霊石を確認し、霊力を可能な限り押さえる。
木立に紛れ、慎重に影から影へ移動しながら、気配を辿る。


いた。


木立の一つに小柄な人影.大時代的な真っ黒なコートと帽子。
人間に偽装しているつもりだろう。
現代人の男がつば付き帽をかぶることは少ない。


少しずれているような気がするが、小竜姫や鬼門も激しくずれていた.
神魔からみた人間はこんなものなのだろう。
令子の視線を感じているのかいないのか。
公園の木の下で瞑想でもしてるのか、背を木にもたせかけてジッと座っている。

そこから漏れる魔力を全神経を集中して「嗅ぐ」。
人狼や妖狐ほどではないが、令子ほどの超一流ならある程度はわかる。


間違いない。
強敵だ。


可能な限り気配を殺し、暗闇の中でも特徴が判るところまで接近を試みる。
近寄っても気づかないのか、微かに漏れる魔力を押さえようとしない。

油断しているのだろうか?
いや、人界に出張ってきた魔族が油断などするであろうか?

そんなことはない。人間を侮っているとしても神族が居る。
しかも、前のアシュタロスの顛末で人間が油断ならないのは、魔族神族の端々まで染み通っている。


さらににじり寄る。
よし。相手は感知していない。このままなら不意が突けるに違いない。

そう確信した令子は意識と目は相手に向けたまま、
対魔仕様の破魔札と精霊石にそっと手をやる。

OK。

体制は万全。しかし相手が相手。いかな令子といえども油断どころか毛ほどの隙があればやばい。

(横島ぁっ)

ちら、と頼りになる相棒が頭をかすめるが、

(肝心の時にいないわね! 相変わらずドジなんだから!)

そこは一流のGS。考えても仕方のないものは即座に頭からたたき出す。

それが生き残る秘訣だ。



確実に不意を打つべく神通棍を片手に相手の真後ろに忍び寄る。
薄暗い公園の街灯が作り出す光と闇のパターンに紛れてさらに近寄る。

もう少し近寄れれば相手の特徴が目視できる。
もし知った魔であれば有利に立ち回れる可能性がないでもない。

(ふうっ。なんで横にいないのよ! 横島クン! 肝心な時にはいないんだから!)

頭に浮かんだ情けない顔つきのヤツをオトリにすべく蹴っ飛ばす映像が頭を占める。

(怪我でもしたら、時給下げてやるわ! ホントに役立たずなんだから!)

理不尽なバッシングにすでに脳内横島は全身血まみれだ。
脳内の激しい折檻とは関係なく、音も霊波も鎮めたまま射程内に獲物を捕らえる。


遠く離れた薄暗く冷たい蛍光灯の光が、お情けでそいつの全身照らしてくれている。
ここまで近づけば小柄な敵の特徴が夜目にも詳細に判る。

古典に記された悪魔の姿を脳内のデータベースから検索するまでもない。

後ろ姿だが振り向けば恐らくは目つきの悪い三白眼。



(なんだ)



気を緩める前に、緊張させてくれたお返し。
神通棍に目一杯霊力を込める。



自分の真後ろで急激に高まった霊圧とまばゆい光に黒コートが慌てて跳ね起きる。


「美神の大将?!! 気配を殺してちかづかんでくれ!」
とっさに5mは飛びのき、一瞬まとった魔装をすぐに解く。


「公園の外まで魔力を漏らしてるようじゃ、何されても文句言えないわよ」
令子の方も神通棍をハンドバッグにしまう。

「う、」
言われた雪之丞が慌てて魔力を消す。今頃消しても全くもって無駄。

「アンタ、こんなところでなにしてんのよ?」

「横島のヤツのところへ行ったら留守で、旦那の事務所に行こうとしたんだが道に迷っちまってな」
「? 公園でじっとしてる理由にゃならないわよ」

雪之丞が再び、言葉に詰まる。その後、ぐ〜〜きゅるるるる〜〜〜。
魔力と気配は空腹に気を取られていたからか。

「はぁーン、明日にしようとしたけど、当てにしてたんで宿代どころか飯代も無いのか」
「わ、悪かったな・・・・」

図星だったのだろう。夜目にもわかるほど狼狽する。美人に言われると雪之丞でも恥ずかしいらしい。

「アンタねー、免許とったんだから、いい加減落ち着きなさいよ」
「営業免許はねえんだ。まだモグリだよ」
「てきとーな所に就職してちゃんと勉強すりゃ、アンタなら2ヶ月も掛からないわよ」
「自分より弱いヤツを師匠とかボスとか呼べるかぁっ!!」
「そう言うセリフは路頭にまよわんようなってからいえっ!!!!」

喰う当てもない癖に、胸をはり、つばを飛ばして真顔で主張する小男に、
少しうつりかけた関西弁で言い返してこめかみを押さえる。

はぁ〜〜〜、私の周りにゃ何でこんな生活力の無い男ばっかりなんだろ。
趣旨は違えど唐巣先生や横島とかわんないわね。
西条さんも財産がなきゃ怪しいもんだし。

こんなところで人生観について言い合いをしてもはじまらない。

目で雪之丞も促し、公園の出口へ向かう。
雪之丞も素直に付いてくる。どうせ行く当てはないのだ。

出かけたところに幸運にもタクシー。こんな人気のないところでよっぽどの幸運だろう。
近づいてきたタクシーに手を挙げる。

公園内の誘導路に入ってきたタクシーが扉を開けるのを横目で見ながら雪之丞を誘う。
「こんなとこで言い合いしてても仕方がないわ。近くにいいバーがあるから」
「俺はそんなところに行く金はねぇぞ」

雪之丞がふてくされる。

「アンタの飲み代ぐらい奢ってやるわよ」
と言いかけて、
「食べ物屋の方がいいわよね」

「奢ってくれるのか? チャーシューとバターたっぷりな札幌ラーメンが好みなんだ」

無銭飲食ができそうだという気配に相も変わらず、
相手を選ばすズーズーしい小男は露骨に自分の好物を口にする。

「できれば唐揚げとギョーザも付けてくれ。おとといから食パンしか食ってねぇ」

令子相手にこんな口をきくのはコイツぐらいだろう。

    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・

「どう? 満足した?」

灯籠鬼を象った壁灯と、直径2mはあろうかというシャンデリアの下の皿の山。
正確には、最上級コース3人前の皿の山は雪之丞の前だけだ


すでにおキヌの料理で満たされていた令子は冷菜のみ。
その前には店で一番高い茅台酒の空瓶数本。

琥珀色のグラスを、くい、とあおる。
その美しい顔は玲瓏なままだ。

美しい喉とあごが上下するのを雪之丞がじっと見ている。
付け足すと雪之丞は1ミリリットルだって飲んじゃいない。

ややあって

「何がある?」

彼はド厚かましい。遠慮を知らないと言うことでは目の前の美女とどっこいだ。

しかし、裏社会を渡り歩き、ミザークィーンが屋台のラーメンならともかく、
最高級の広東料理をただで奢ってくれるはずがないこともよく心得ている。

「さて、私に借りが出来たところでキリキリ喋って貰うわよ」

ミザークイーンが肘をつきあごを両手に乗せて雪之丞の瞳を真っ正面から見つめる。

「うっ」

目の前の女王様に問いただされるようなことは全く思い浮かばない。

今は金になりそうな、どころか裏も表も依頼もなにも受けていない。
さっぱり想像が付かないが、ロクでもない事には違いなさそうだ。

しばらく口元を眺めていたが、観念して口を開く。

「‥………−−何をだ? 旦那が知りたいようなことは何も知らないぞ?」


相手は美神令子、やはり何かとんでもないことを思いついたに違いない。
料理が並ぶなり、よく吟味せず片端から食べてしまった自分の口が恨めしい。


「アンタが横島クンになんの用があるのか、よ。まさかご飯をたかりに来ただけじゃないでしょう」

露骨に雪之丞の顔から緊張感が消える。


横島のことが気になっただけか。

ダンナも女ってことか。あれだけライバルが湧けばしゃあないわな。
結構かわいーじゃねーか。
まあ、あんのヤロウはいい男だしな。

悔しいがこれはアイツにはまず敵なわんか。

口が意味ありげにうごめくが
声に出して殺されるほど雪之丞はバカではない。

(ま、ここは正直に答えるか。また嫌な顔をされるかもしれんが止められるってことはないだろ)

軽く覚悟を決め、
「ぶっちゃけるとそうだな。修行相手が見つからなくなっちまった。
 ここんとこ除霊も小物ばっかりでよ。

ちなみに除霊が「小物ばかり」というのはあくまで雪之丞基準である。
令子ならまず8桁は請求するだろう。
それでもビンボーが雪之丞流である。色香に迷って小遣い銭でバイトを続けるアホと本質的には変わらない。

「まさか小竜姫や猿神となぞ、さすがの俺でもそこまで思い上がってねぇ。
 それで横島に頼もうと思ってな」

最高コースを終わらせた雪之丞には、妙神山にいっても地道な修業を頼むしかない。
つまり、神様に正式に‘弟子入り’するしか意味がないのだ。
これはここ1000年は例がない。最も最近の例がマホメットだ。
つまり神魔の最近の協定で禁じ手になっているのだ。

それを聞いた令子が苦笑する。その横島が小竜姫並みかもしれないと知ったらコイツはどうするだろう?
いまは、まだ‘かもしれない’だが。

「なるほどね。あの横島クンが自分から修行するとは思えないけどね」
「やっぱそうか?」

雪之丞もその辺はうすうす危惧していたらしい。

「それに、むりやり試合をねじ込んでも、力の半分も出ないわよ。アイツは追いつめられてからがナンボ、のタイプだからね」
令子が一口傾けながらため息をつく。

「こないだの試験の試合も半分も力出てないわよ」


それを聞いた雪之丞が目をむく。
「旦那に勝ってんだぜ?」
思わず口にして、しまった、と手でふさぎ、慌ててフォローする。

「そうか、今なら旦那はパワーアップできるそうだから楽勝だよな」
汗を流しながら令子の顔色をうかがう。

令子が丁稚に追いつかれてピリピリしているというのは幽霊屋敷の住人以外の関係者には有名だ。
事務所では所長のメンツもあり、まずそんな顔を見せないが。

令子はその顔を苦笑して眺めながら、気にした風もなく、
「だからいい所を紹介したげるわ。今からいい?」

「願ってもねぇ!! 旦那の紹介なら間違いない!!」
機嫌を損ねるどころか、信じられない言葉が令子から出てきて身を乗り出す。

そこまで言ってから、
「金はねえぞ?」 再び警戒心丸出しで念を押す。

「アンタにそんな物、期待してないわよ。代償は行けばわかるわ」
「なんか怖いがいいだろう」

相手の了承をとると携帯を出す。
「ママ? 今日のあれ、雪之丞なら一緒に行ってもいいでしょう? 少し遅くなってるけど、いいわよね」

電話が終わると伝票を取って立ち上がる。
「OK、行きましょ」



「ここは・・・・」

都庁地下の巨大なドーム。都庁下に物理的に入るはずのない巨大な空間。
いや、都庁下の心霊災害管理施設そのものが物理的に無理なのだが、ここはそれに輪をかけている。
実験が重ねられ、一年前と比べてさらに大きく、実戦の空間に近い物になっている。

ちょうど別件で来ていた、西条と落ち合い、オカルトGメンの管理用キーとパスワード、それに臨時入室許可書をうけとる。
令子や横島も一件以来、嘱託なのでこれで合法的に使える。実費は必要だ。

「横島クンか誰かに聞いたことあるかもね。仮想空間、霊動実験室よ。妙神山にもあったでしょ。
 あそこみたいに無限に広がってるわけでも、猿神みたいに魂加速するわけでもないけどね」

令子が以前ひどい目にあった施設を、複雑な表情で見下ろしながら詳細を雪之丞に説明する。

「あくまでシミュレーション用実験室で、訓練施設じゃないわ。けど、ママが今でもプログラムの改良を続けてんのよ。
 無限に敵が湧いてくるわよ」

「すげえっ、人間の技術も捨てたもんじゃねえな!!」
仮想空間を人が作れるとは思っていなかった雪之丞が手放しで驚いている。

「驚くことはないじゃない? 魔鈴あたりなら簡単に作るわよ」

雪之丞は前に自分が吸い込まれたことがある不思議空間を忘れていたらしい。
霊力を制限されるわけでもないのに、弓と雪之丞はおろか、カビやケーキの飾りまでが同じような戦闘力になった。
原理そのものはそれと同じだ。

「ここは科学技術も結集されてるからひと味違うけどね」
いくつかキーを操作し横島のデータを呼び出す。

「ルシオラを救うために本気になったときの横島クンのデータよ」
この時以来‘本気’はルシオラのもの・・・・・

マヌケ顔でセクハラでもしながら、今も彼女のために力を振り絞っているのであろうバカを思い出す。

以前は令子とおキヌだけのものだった。

いや、アイツはいつでも美人と子供の味方か・・・・・

少し頭を振り、出した横島を動かしてみせる。

いつものよれよれデニム姿ではなく、Gメンの戦闘服姿。
超シリアス横島の操る文珠が剣に変わる。
一目でいつものハンズオブグローリーの十倍以上もの威力があるとわかる。


見た雪之丞の目が輝く。


相手は見えないがかなりの強敵。
鎖がまのような手元で変幻自在に動くような武器を使っているようだ。

そう、美神令子級以上に違いない。


しばらく見えない強敵と戦う。どこに隙を見いだしたか相手の攻撃を巧みにくぐり抜け一撃の下に敵を叩き切る。
そこで終わったらしく横島はフェイドアウト。

「すげぇ・・・・・・」
息を飲んでみとれていた雪之丞から声がもれる。

「どう? 気に入った?」
その声でやっと目的を思い出したようだ。

「使っていいのか?」
最新のおもちゃを貰った子供のように声が弾んでいる。


「そのために連れてきたんだからね。まずは軽く100鬼抜きからどう? 私は達成したわよ?」
雪之丞と並んで無表情に実験室の横島を見下ろしていた令子はそっけなく軽く言う。


令子はフナムシの後100鬼抜きしたが特に霊質は変化しなかった。
やはり成長期は終わってしまっているのだろう。雪之丞はどうだろうか?


「やる、やらせてくれぇっ!!」
雪之丞がつかみかからんばかりに懇願する。

よっぽど相手に飢えていたのだろう。今見たばかりの強敵が100鬼と聞いてもわずかも臆した気配がない。

その雪之丞を制し、事務的に付け加える。

「その前に一つ。ここで戦闘すると全てのデータが記録されるわ。あくまでその時のデータだけどね」

手の内をあかすのは、ある意味いかなる代償より厳しい物であろう。
特に極限まで振り絞った時のデータとなると全部さらけ出してしまうことになる。
データの礼金はオカルトGメンか日本政府からでも出て,令子の懐にはいるのであろう.

「なるほど、それが報酬てわけか。文句はねえよ」

しゃあねえなと納得した後にふと気がつく。

「それは2回目以降は自分とも戦える、ということか?」
「さすがにそれは無理。ママのヒマ次第。そうね、一月後くらいかしら」

「楽しみだぜ」
その目つきがいいとは言いかねる顔に、無邪気な笑顔を浮かべる。

中華料理屋で令子の顔を半分おびえながら伺っていた人物と同じとは思えない。

頷いた令子が操作盤に歩み寄り、訓練モードのボタンを押す。
微かな起動音と共にタッチパネルに訓練メニューが表示される。


システムオールグリーン。
モード 《百鬼抜き》―――― 選択
背景 《市街地戦闘》――― 選択

停止条件:術者の意識喪失、または100番目のシミュモンスター消滅。

―――― 確認したら右端のスイッチを入れてください。


「それとやるときは事前に私に連絡をちょうだい。借用手続きをしないといけないから」
いいながら令子が右端のボタンに手をやる。

ボタンを押しかけた手をふと思いついたように止め、部屋を出て雪之丞に近寄ってゆく。

雪之丞に手をかざし、目一杯、雪之丞に霊力を渡す。

「OK、入って。修行するなら霊力上げといたほうがいいわ」
「なにからなにまで済まんな」

ロハの霊力補充に雪之丞が珍しく素直に頭を下げる。

「私も後進が気になる年になったのかもね」
こちらもガラでもないせりふを吐いて操作室に戻る。


『出てきた敵がオリジナルの能力やパワーだとは限らないからね』
令子がマイク越しに最後の念を押し、開始スイッチを押す。




だだっ広いだけ、の空間にビルや街路樹、動き回る車などが出現する。

『自分以外は全て敵にセットしたわ。敵はあらゆる所から湧くわよ』

結界内で放出された霊力を吸収・再利用し、エネルギーを付け加えて新たに『敵』を造り出すプログラム結界が起動。
修行者から無意識に漏れる経験をもエミュレートして難敵を造り出す。



そう、ここは自分に打ち勝つための施設でもあるのだ。



ブウゥウン。

街が固定したところに最初の敵が現れる。‘陰念’。

「おいっ、これはねえだろう!!」
「・・・・・・」

ドウゥンーン

言いかけた雪之丞に無言のまま、顔の傷痕から霊波刀が乱射される。

受けた魔装の装甲がゆがむ。
「っ!! たしかに、オリジナルとはずいぶん違うぜ!! コイツを100鬼か!」

無言で撃ちまくってくる霊波砲と霊波刀を巧みによけながら懐へ潜り込み、遠慮無く顔面を手刀で抉る。

ぐあっ、と一言残して隠念、消滅。

「旦那が言うだけある!」 ――死角に動く車中に次鬼が出現。‘横島’。

ハンズオブグローリーがしなやかに伸び、反射的に前へ倒れ込んだ雪之丞の頬を後ろからかすめる。

「――――! ペース配分なぞ、考える余地もなしかよ! がっ!!」

転がる雪之丞を文珠の『爆』が吹き飛ばす。
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

気を失っては令子に水をぶっかけられ、霊力補充して貰いながら、何度も挑戦するも5鬼抜きも出来なかった。

のびてしまった雪之丞を福沢諭吉1枚&気休め程度のヒーリング札(千円相当)数枚と共に安ホテルに放り込む。
数日は動けないだろう。

扉をしめたとたんに満面の笑みが令子の顔にうかぶ。

「あー!! いい練習相手が見つかったわ〜〜〜!」

めちゃめちゃ悔しがっていた雪之丞の顔を思い出しながら、つやつやした顔で伸びをする。
「雪之丞で100鬼抜きよっ! アイツまでこの美神令子を出し抜いて強くなるなんて許せないわ!!」

そう、出てきた‘敵’の多くは令子が化けた物(もちろん電気ドーピング済み)だったのだ。

「‘強敵’をホントに出すと金かかってしようがなかったのよねー
 それに、あいつ意外にフェニミストだから正体ばれると手加減しかねないし」

ホテルを振り返って、
「ちょくちょく式神使ったり霊波砲撃ってバレるのひきのばさないとね。
 ここならプログラム一つで文珠でも出せるもんね。
(もちろん『爆』とか『護』とか過去に使った霊能に関係あるようなヤツだけ)

 雪之丞なら電気ドーピングしておもっきりしばいても死なないし、ムキになって向かってくるののかわいいこと!
 一回でのびないなんて、アイツも強くなってるわねー」

魂の結晶を抱えていた令子の霊力キャパシティはそれなりに大きい。
元の霊力も雪之丞より多少高いが、電気を食ったときはかなり上になる。

その令子の電気ドーピングしたフルパワーの鞭を喰らっても一発では‘終了’にならなかったのだ。

しかし、令子もまだまだその程度ということ。

今朝届けられた、‘一万マイト用’神通棍をハンドバッグからとり出して力を込める。

ぶぅん。

微かな音がするものの伸びさえしない。

「ふう、まだまだね」
ため息をついてハンドバッグにしまい込む。

「さて、今日は結構やったから、痛み出さないうちにおキヌちゃんに処置して貰うか。
 あとで痛むぐらいやらないと追っつかないもんね」

おキヌにヒールして貰えば明日、冥子が来るまで位は保つだろう。

「横島クンなんかに絶ぇっ対、負けないからね!!」


昇り始めた半月にガッツポーズで決める。月の魔力は常に女の味方だ。


ガッツポーズをよびとめだと思ったタクシーがよってくる。






「ただいまー」

タクシーを降りて事務所の扉を開けると、横島とおキヌが飛び出てくる。

「携帯は出ないし、何かあったんスか?」
「もう少しで、隊長さんに連絡しようかと・・・・。良かった」
二人がほっとした顔をしている。

言われて携帯を見ると“不在着信(横島忠夫)――37件”。


「あ、ごめーん。連絡忘れてたわ」

途中、雪之丞を拾って夕食につきあった分、帰り予定時刻が大幅に遅れてしまったのだ。
その時に携帯をサイレントにしてしまった。

正直に言おうとして、横島の顔を見ると少し遠い目をしている。ルシオラと交信しているのだろう。
ふと、いたずら心がわき上がる。

「ちょっと飲んでたのよ。都庁の近くで西条さんと落ち合って」

「!!!!」

ゆがむ横島の顔。

ニヤニヤしながら何とも言えない良い気分で眺めていると、扉の外からシロの元気な声。

「ほら、人妖の美神どのをどうこうできる暴漢が居るはずないでござろう?」

誰ぞにか主張しながら入ってくる。シロが令子を見るなり、しっぽを振りおねだり。

「使い果たしてしまったんでござるよ!! 充電して欲しいでござる!」

「晩ご飯後に目一杯したでしょう! どこまで散歩に行けばそうなるのよ!!」
あんまりな言動に思わず令子ががなる。

「シロちゃんやタマモちゃんも懸命に探してくれてたんですよ」
おキヌが令子を軽く睨む。
「二丁目の公園で痕がわからなくなってしまって。魔力も混ざってるし、争った跡はないし・・・・」

うっ!! ごめん、とタジタジしながら令子はシロに補充してやる。

「し、シロもしょっちゅう霊力補充してるから基礎霊力もあがったわねー」
令子が脈略無くほめるとシロものってくる。
「拙者、もう冥子どの頼らなくても痛くならないでござる! もう、先生と同じでござる!!」

人狼の回復力と知っていても、少しうらやましくなる。
私もGSとしてはピーク過ぎてしまったのかなぁ? と少し弱気になってしまう。

まあ、まだまだ引退なんかする気はないわ。
霊力が伸びない分は電気で補えばいいだけだしね。

「バカ犬は夕食後、調子に乗って霊波刀振り回してたのよ。美神さんのせいじゃないわ」
ルシオラと中に入ってきたタマモが実情をばらす。

「むぅっ! 鍛錬でござる!」
「野ウサギ相手に2m近い霊波刀振り回して追いかけるのが鍛錬?」
「獅子、いや狼はいかなる時も全力で・・・」

言い訳しかけたシロを遮ってタマモが肩をすくめる。
「で、肝心の時に霊力使い果たして‘匂い’もわからないマヌケなライオンってわけね」

「女狐は霊力が残っていてもわからなかったでござろう!!」
牙をむき出して言い返す。

タマモがフンと鼻を鳴らして続ける。
「私があんな、公園の外まで美神さんの霊臭がこびりついたところでわかるはず無いでしょ。
 ったく、鼻が良くて頑丈な『だけ』が取り柄のくせに。おかげで無駄に嗅ぎ回る羽目になったじゃない」

どうやらシロタマは今の今まで公園周りをかぎ回っていたようだ。
たぶん、令子が嫌がらせで放った霊気の痕が消えてないところでタクシーに乗ってしまったのだ。


「ほ、ほほほっ〜〜〜。そうだ、タマモは霊力補充しなくて良いの?」


冷や汗を額にこびりつかせて誤魔化しにかかった令子にタマモが、ぼそっと付け加える。
「別に。冷蔵庫にお揚げがあるから。おキヌちゃんも除霊後に心眼全力。横島も使い果たしてる」


「だから、ごめんって!!」


その夜、おキヌにヒーリングを言い出すどころか、痛み出した体?にむち打って
全員に霊力補充をするハメになった。


翌日冥子が来るまでどれだけ痛むだろうか?。


(ううっ、調子に乗って雪之丞を何回もしばくんじゃなかったわっ!!)
(お、俺はこんなにも弱かったのか!! アイツや旦那の背中は遠いぜっ!)


体中にヒーリング札を貼り付けて枕を抱え、七転八倒する二人をよそに夜はいつもどおりに更けてゆく。






ちなみに、そのころミラーはホテルでゲッキーをくわえてソファにねっころびながら、
厄珍堂で教えて貰った情報を反芻していた。

「んー、やっぱり美神令子除霊事務所に直接雇って貰うより、小笠原オフィスの方がいいかしら」

新しいゲッキーの箱を破りながらつぶやく。

「妖狐や人狼が始終一緒で万が一ばれるとやっかいよね。Gメンは動きにくそうだし、
 唐巣神父のところでビンボーってのも別の意味で動きにくいし」

そこまで考えてベッドに仰向けにボフン、と飛び込む。

「ま、もーっちょっと後でもいいわ」

布団をかぶって、
「明日は早いからもー寝ようっと。雇われるまでに小物は全部かたずけとかなきゃ」


to be continued


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