椎名作品二次創作小説投稿広場


蛇と林檎

BLACK DIABLO


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 6/15



東京都大田区某所、OGASAWARA GHOST SWEEP OFFICE。
いまや現役最高の呪術師にして日本最高のGSになった小笠原エミの事務所だ。
3人の従業員に囲まれ、ひっきりなしに電話が鳴る。
公共機関とのコネクションも強く、また知名度も上昇している。
まさに我が世の春といえる状況であった。


「ヘンリー、エミ所長の今日のスケジュールはどうだ?」

「えっと、14時から地獄組組長への呪詛自白、その後に地下道の亡霊退治、それから・・・」


部屋は所長席が頂点になり、6つの事務机がそれぞれ辺を寄せ合い、長方形を作っている。
所長席では、もちろんその玉座に一番相応しい人物が腰を下ろしている。
黒い髪、健康的よりもちょっとだけ強く焼いた肌、白いチューブトップのシャツ。


「なーんか、ヤル気でないわね。」


頬杖を突いて、少し遠い位置をぼんやりと眺める褐色の乙女。
長方形に並んだ机を飛び回っていた三人が、ぴたりと止まる。


「所長、今週は既に20件の依頼が入っています!」

「そうでなくても最近、キャンセルが続いていますし・・・」

「特に今日のはICPOも絡んだ重要な依頼もありますから!」


軍服姿のむさくるしい所員たちが顔面蒼白になり、必死に所長に詰め寄る。
しかし、その圧倒的な存在感にも、小笠原エミはなんら表情を変えない。


「わかってるわよ。今のうちに仕事済ませないと、今月後半は忙しいわけだし。」

「「「エミ所長〜!」」」


小笠原エミ除霊事務所は、今日も大繁盛である。
表に停めてある赤いレーサーレプリカは今日も何処かへ走り出す。







一方、設立二ヶ月の非公認未登記非登録、現在日本で一番仕事をしていない
女錫叉除霊事務所。
有り余る実力は今日も無駄遣いされていた。


「あれ?美神さん、何書いてるんスか?・・・って、マンガ!?」

「ま、色々あってねー。」


事務所の応接テーブルで原稿用紙を広げる美神に対して、所長席で頭を抱えるメドーサ。
ドリンク剤が何本も空になって机の上に放置され、所長の立て札が見えなくなるほどだ。
メドーサ自身も長い髪をひっつめ、後頭部で器用に編み込んでドーナツのようになっている。

横島は足音を忍ばせて、メドーサの描いている紙を横から覗き込む。


「うは、メドーサって、その・・・・・」

「う、わ、判ってるよそれくらい!・・・所詮マンガだと高を括っていたんだけど、中々どうして・・・」


小さい子が描く絵というのは特徴がある。お椀のような顔の輪郭、長方形のつぶらな瞳、笑顔。
今メドーサが描いている大長編冒険スペクタクルも、登場人物がすべてそれであった。
文字だけが異様に綺麗なので、その違和感は横島の想像を絶していた。
ぺらぺらと描き上げた原稿を捲る横島。一方のメドーサは、手をあごの前で組み、
子犬の様な顔でその一挙手一投足を見守っている。


「メドーサ、正直に言っていい?」

「あ、ああ。か、覚悟は出来てるよ。・・・どこがおかしい?」

「メドーサ原作向きだよ。話面白いもん。特にヘビ子さんの警邏日記が面白いなー。」

「じゃあ、これで、その、・・・・・・・売れるかねえ?」

「うーん、いっそ小説で賞に応募した方がいいかも。マンガで応募じゃなくてさ。」

「は?応募?なに言ってるんだい?アタシは同人誌かいてたんだけどね・・・」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」


咄嗟に大声で驚いてしまった横島は、ヘビ子さんの悲しい瞳に耐え切れず美神の元へ走る。
美神は苦笑いしながら、横島を小さく手招きした。


『ど、どういうことなんスか?同人誌って、あの晴海とかのアレ?』

『うーん、ちょっと長くなるんだけど、聞きたい?』

『聞かないとわからないでしょーが。掻い摘んでもらっていいスか?』

『実は・・・』




時間が少々戻る。
横島忠夫は、実はかなり出席日数がヤバかった。当然、取捨択一を迫られる。
高卒の資格を諦めて事務所オーナーとして生活していくか否か。
正直、美神とメドーサでかなりの対立があった。
美神令子は、学歴を不要と言い放つ。実力と経験は学歴に比例しない。経験が重要だと。
メドーサは、学歴を必要と主張する。というより、知識を得るための努力はどこかで必要だと。
横島は双方の意見と対立を把握した上で、結論を下した。
とりあえず、落第しないくらいに登校して問題を先送りにしようと。日本人らしい帰結であった。
そうして、二ヶ月ぶりにようやく横島が登校をし、少々静かな事務所に女性二人。


「そーいえば所長、全然依頼きてないけど、大丈夫なの?」

「うーん、芳しくないね。チビメドが今もネットに介入して探してるんだけどね。」

「あの電子妖怪ね。けっこー凄腕らしいけど、その割りには結果出てないんじゃない?」

「ま、専門分野に外野は口を挟むもんじゃないよ。待ってればいいさ。」

「ふーん。ま、メドーサがそう言うんなら私は別に文句は無いわよ。」


事務所においてあるお煎餅をぽりぽりとかじる美神。
メドーサも、何か足りないものを感じながら、据え置きのテレビに電気を入れる。
不穏な事件に過剰な演出を入れて煽るワイドショーが白々しく流れる。
のんびりとした空気は今朝も一緒だが、何か間が持たなかった。


「・・・暇ねー。メドーサ、外で依頼探さない?昔私の使った手だけど。」

「へえ?どうやって探すんだい?」

「簡単よ。霊障って独特の霊気の歪みがあるじゃない?そこで訪問販売するのよ。」


人差し指を顔の前で立てて、小さくウィンクする美神。
ヘビ子さんは少々驚いた風に、その目を見つめている。


「なるほどね。なんだ、意外と地道にやってたんじゃないか。」

「ま、まーね!これでも苦労は人に自慢しない方だし・・・・」

「うんうん、やっぱり美神は素質あるよ。そういうのって重要だからねえ。」


腕を組み、しきりに頷くメドーサに対し、美神は不自然な照れ笑いをしていた。
その後頭部には、大きな汗が浮かび、口元も少々ぎこちなかった。

『ま、実際より大げさに話してぼろ儲けしてたんだけどね。言わぬが花って奴ね・・・』


暫くメドーサと美神が、その話題で盛り上がる。
実際に歩いて小さな霊障を見つける、料金は控えめにして口コミを狙う、
などなど、基本方針をざっくりと決めていく。
互いが一流と自負するだけあり、段取りの組み立ては非常にスムーズにすすんだ。


「さて、と。じゃ、メドーサ、出かけよっか。」

「ほらほら、所長ってお呼びよ。さっき決めただろうにさ。」

「ごめんごめん。・・・所長、そろそろ御時間です。準備はよろしいですか?」

「ああ、じゃ、出かけるとしようかね。」


やがて、新しくなった事務所の扉に、初めて使われる札が登場する。
<現在依頼により外出中。御用のある方は御用件を記入して郵便受けに投入してください。>
美神の発案のちょっとした演出である。
多少忙しいくらいが仕事は入って来やすい。
もっとも、ここまで誰かが来れば、の話であるが。

事務所を出た二人は、池袋界隈を練り歩いていた。
駅周辺から東口に回り、ハンバーガーショップのウェンズディへ。
依頼が無くとも腹は空くのだ。ここのハンバーガーは値段の割りに肉が良く、2人は堪能する。やがて馬ゲーと呼ばれるゲームファンタジスタサンシャインへ。
袋一杯のぬいぐるみを抱え、美神は重大な事に気がついた。


「ねー、もしかして、単に遊んでるんじゃないかしら私たち・・・おかしいわね・・・」

「は?!そ、そういえば・・・・まさか、何かに操られてるとか!」

「所長、多分それは横島ウィルスかと思われます。・・・退治は難しいかと。」

「あはは、そうだねえ。」





ここまでの話をした時点で、美神はある視線に気がついた。
我らが主人公の視線である。


「美神さん、ヒトコト言っていいスか?」

「なに?なんか文句でもある?」

「大有りじゃー!単に池袋で遊んだってだけじゃないスか!それに俺のせいになってるし!」

「こ、これからよこれから!もう、若いんだから♪せっかちなのわ嫌われるわよ?」


引きつった笑いを浮かべながら、元日本最高のGSは我らが主人公の肩を乱暴に叩く。
叩かれた横島は、少し咳き込みながらよろけ、苦笑した。


「ならいいんスけど。なーんか美神さんて、最近変わってません?」

「そ、そお?」

「なーんかこう、いい加減つーか、フランクっつーか。」

「元々よ。勝手にあんたの幻想を押し付けられても困るわ。嫌われようとね。」

「いや、まぁ、嫌いというよりはむしろ好きなんですけどね、うーん。」

「ま、続きがあるのよ。しっかり聞きなさい。」


少々赤面した元日本最高のGSが話を続ける。
頭の中を整理できてない高校生を、納得のいかないまま有耶無耶にする為に。

平日の池袋を満喫する事務所の女傑二名は、やがてサンシャインにたどり着く。
サンシャイン60。旧巣鴨刑務所の跡地に立てられた、一時東洋一であった超高層ビルである。
その威容の横の位置にあるイベント会場、ワールドインポートマート。
その脇のハンバーガーショップ、マクドパイパーで二人は早くも三度目の食事休憩を取る。


「そうだ、美神。漫画の子って、どういうやつらだい?」

「マンガの子?・・・ああ、同人屋か。イベント会場の管理者がよく使う言い回しだわ。」

「同人?ああ、自費出版の冊子とかのコトかい?確か、日本文学史に載ってたっけね。」

「あー、まーそうなんだけど。まー、今はマンガマニアの集いかな。」


その曖昧な表現に少々納得いかない所長に、所員はどう伝えたらいいか考える。
数瞬の後、美神は、手荷物から小さな古い手帳を取り出す。
そのカレンダー部をパラパラとめくり、あごに人差し指を当てて小考する。


「同人誌、作ってみる?」

「はぁ?」

「ほら、漫画って表現の一種だし。自分の好事を本にしたためて、なんて素敵じゃない?」

「好事って言ってもねえ。アタシあんまり趣味とか無いしねえ。」

「趣味でなくてもいいのよ。たとえば回顧録でも未来予想図でもいいし。」

「回顧録、ねえ。・・・そっか、人間ってのは寿命が短いし、そういうの要るんだろうね。」

「まーね。所長くらい寿命が長ければ、必要無いんでしょうけど?」


美神がにんまりと意地の悪い笑顔をメドーサに向ける。
袋小路に追い込む正論に、メドーサが苦笑しながら頭皮をぽりぽりと掻きあげる。


「判ったよ、描けばいいのかい?ったく、なんで急にアタシにそんな事させる気になったのさ。」

「だって、私、メドーサの事好きだもの。」


意地の悪い笑顔から険が抜けて、自然な笑顔に変形する。
メドーサの方は、苦笑から笑みが抜けて、苦々しい表情に変形していた。


「美神、あの、その、好意はうれしいんだけど、アタシそういう行為はちょっと・・・・。」

「誰がレズか!・・・メドーサと横島クンと一緒にいるのって、面白くてスキってことよ。」

「・・・そう、かい。きっとアタシが感じたワクワクする予感っていうのと似てるのかもねえ。」

「でも、正直、メドーサの事は知らないこと多いのよ。だから、知りたいってのが一つ。」


乾燥した紙粘土のようなポテトを、美神はにこやかに頬張る。
万人が万人、ウマイと言わないポテト。しかし、マクドのポテトは誰もが食べる。
それは、差し向かいにいる人間の存在が調味料になるからだ。


「一つ、ねえ。じゃあもう一つは?」

「同人誌は儲かるのよ!それに所得税も取られないし!除霊なんかより経費かかんないし!」


拳を振り上げて力いっぱい主張する美神。
だが、厳密に言えば所得税は取られる筈なのだ。いわゆる雑収入というヤツだ。
ただ、2000年ごろまでの同人の大半は非課税だと根拠も無く信じられていた。


「あはは。ま、せっかくだし、やるからにはマジだよ美神!」

「あったり前でしょ!手を抜いたらやる意味ないわ!てっぺんとったるー!」







「ってわけで、今に至るわけよ・・・・あれ?横島クン?」


話し終えた美神の視界に、横島の姿は無かった。
横島は、美神の描いていた原稿をぺらぺらとめくっていた。


「ちょっと!横島クン!人の話は最後まで聞かんかー!」

「いやー、話長いんでちょっと・・・ていうか、これ、妙に上手いんですけど・・・・」

「あったりまえじゃないの。ミカ・レイって言えばレイヤー兼人気同人作家で鳴らしたもんよ!」


写実風の昆虫の戦士が、男同士で濃厚なキスシーンを演じていた。
どうやら少女漫画では無さそうだとは横島にも判ったが、その正体が判らない。
あとがきの文章を見て初めて、横島はモチーフになった作品の正体を知った。


「あのー、これ・・・まさか、シャバイビー?」

「そうよ!看板不在と言われていたジャプンの大人気昆虫戦士漫画ね!」

「いあ、色々ツッコミたいんですけど、なぜホモ?」

「馬鹿ね。ヤ○イよヤ○イ!大儲けするんならヤ○イじゃなくっちゃね。」

「やさい?」

「いちいちマニアックね横島クン。まー、そう呼ぶ人らもいるけどね。」


しかし、横島の知るシャバイビーは、泥臭い絵のミツバチの子が成長していく漫画で
正直そう面白いと思ったことも無かった。むしろ、打ち切りが近いと思っていた。
そして、写実的な美男子に触角をつけているこの漫画に、その面影は無い。


「どうせなら美女がエローンな漫画とかが売れるような気がするんですが・・・」

「ま、横島クンがそう言うのは予想済みよ。これを見なさい。」


一枚の紙が事務所の応接テーブルの上に広げられる。
そこには小さな四角が列になってびっちりと埋まった図が描かれており、
その上からサインペンで色々と書き込みをされていた。


「いい、横島クンが考える男性向け創作は、実はすごく新規の食い込むのが難しいのよ。」

「はぁ。」

「所謂壁際って言われてる超大手サークル、ここは鉄板ね。大行列のエロ同人グループよ。」

「はぁ。」

「そんでもって、島ごとにジャンルが纏められてるの。で、実際に完売したトコとその数。」


非常に細かいリサーチである。実際、出版部数と価格は現場で掲示はされているが、
逆を言えば現場に行き、小まめに見ないと判らない。


「頑張りで売れるのはせいぜい400程度ね。男性向けでそれ以上は条件が必要なの。」

「条件?」

「まー、作者自身が有名な同人グループとコネがあるか、かしらね。」

「でも、そんなの買う時に判るわけ無いんじゃ?」

「そうでもないのよ。じゃ、コレを見て。」


美神が懐から二冊の本を出す。
一冊はフルカラーの表紙が美麗な画像。中は色々な作者がいるが表紙の人は居ないようだ。
もう一冊は、表紙は白黒であり、全部表紙と同じ人間が描いている。


「これ、カラーの方は5000部完売よ。でもね、白黒は300で完売も出来なかったそうよ。」

「・・・・でも、これ白黒のほうが読むと面白いですよ。エロも押さえてるし。」

「そうね。でも買う方は時間が無いの。それで、現地で選ばないでカット買いするのよ。」

「カット買い?」


今度はものすごい厚い本が二冊、横島の目の前に置かれる。
美神がその本を無造作に開くと、先程の本と同じ絵が出てる部分に印が引かれていた。


「前情報として、このサークルカットっていう、見本みたいなのがあるのよ。コレ見たらどう?」

「ああ、確かにコッチの方が良さそうに見えるけど・・・それって詐欺じゃ?!」

「甘いわね。いまや同人誌は純然な商業活動よ。騙される方が悪いのよ。」


そこで横島は、メドーサを思い出して振り返る。
頭を抱えて唸ってるかと思えば、急に表情が明るくなり、手がすすむ。
その脇には、ものすごい量を積み上げている原稿用ケント紙の束。


「メドーサに、その辺ちゃんと伝えてあるんスか?」

「い、言える訳ないじゃない。下手したら火炎瓶騒ぎなんかじゃすまないわよ?」

「ど、同感。」


火炎瓶騒ぎ。東京ビッグサイトで行われる日本最大級の同人誌即売会
コミックデパート55にて起きたテロ未遂事件である。
実際にニュースにもなったほどで、危機管理のあり方を同人誌も考える必要が有ると
随分な話題になった。


「何二人してコッチ見てるんだい?」

「いや、あのー、あ、そうそう、俺も同人誌やろーかなーとか。あはは。」

「へぇ。ヨコシマのことだから、官能系でも描くんだろ?ふふ、しょうがないねえ。」

「か、官能・・・・うーん、まぁ、そんな感じかな・・・あはは・・・」


官能小説というジャンルはあるが、同人誌のジャンル分けではない。
ましてや、官能漫画というジャンルは現在では死滅している。


「まぁメドーサはおいといて、横島クン、あんたどうする?描くなら手配するけど?」

「いやー、俺はちまちましたの向かないし。当日の作業でがんばるッス。」

「そーねー。売り子は確保しておきたいわね。じゃ、私も原稿に戻ろうかなっと。」


美神はコンテを切らず、直接精密な下書きを入れるタイプである。
硬度の低いシャープペンシル独特の低音を響かせて、原稿が徐々に黒くなっていく。
この手法の弱点は、展開によっては時間をかけた原稿が幾枚も無駄になる所であるが
利点としては、間に合わない時に下書き段階のままコピーをとって入稿しても
見れるものが仕上がるところである。


「つーか、本気でその昆虫ホモでいくんスか?」

「ヤオイはね、的確なジャンルサーチとカップリングで大儲けなの。何か文句ある?」

「いやー、宇宙意思がささやくんスけど。サンデー系列で行けと。」

「宇宙意思?はぁ?ネゴト言ってないでよね。SSじゃあるまいし。」


SSです。

そして修羅場はどのような同人誌にも必ずやって来る。
イベントの日程から逆算して、印刷所の最終入稿日を確認。
だが、得てして締め切りを余裕でクリアという話は聞かない。
人間は常に怠惰なのである。


「よ、横島クン、そこMAXENの58番!後で削りいれるから圧着は弱めで!」

「りょ、りょうかい!」

「美神、コーヒーが入ったよ。・・・ホントにこんなに濃くしていいのかい?」

「ええ!焼け爛れるほど熱く!捻じれるほど苦く!我が脊髄は捻じれ狂う!」


因みにメドーサの『がんばれヘビ子さん』は既に入稿済み。さすがは神様である。
5000ページに及ぶ超大作で、4コマになったりストーリー物になったりする。
メドーサはなんと10部と印刷所に指定したが、最低部数以下の為に、200部。
既に印刷済みである。


「うは、ノってキタ!勝てる!今度こそ勝てる!エミの野郎に一泡噴かせられるのよー!」

「エミ?誰ですそれ?」

「ああ、横島クンには言ってなかったっけ。小笠原エミっていってね、うちの委託場所よ。」

「委託場所?」

「ええ、GSじゃ二流だけど、あたしの同人誌のライバルよ!あんなハーレム物で毎度毎度・・・」


本名、小笠原エミ。ペンネーム、エミりゅん。
硬派なゲーム会社KOU=Aが出した女性向けという新ジャンルゲーム、アンジェリカを
オリジナル展開させた独特の同人誌である。清楚な少女の原作と違い、欲望丸出しの
女主人公が美男子な恋人候補をばったばったと食べていく、IF系サイドストーリーである。
その男らしい展開は、作者がオトコなんじゃなかろうかと疑惑になっているほどである。


「ここ数年忙しくて勝負してなかったけど、こんどこそ!このシャバイビーで!」

「・・・因みに美神さん、他にはどんな題材で?」

「えっと、コウタの寿司、ナンバ金融道、海人ゴンベン、そんなところかしらね。」

「うわー、美神さんって賭け事弱くないですかモシカシテ?」

「あら、よく知ってるわね。言った事あったかしら?」

「いえー、なんとなくッス・・・・。」


横島の脳裏に浮かぶのは、どれも泥臭い、青年誌や少年誌の漫画である。
目の前の、美神の繊細な写実風タッチの絵柄では想像できない。
まだ見ぬ美神のライバルの勝利を、なんとなく予想した横島であった。

一方、ミカ・レイのライバルのエミりゅんこと、小笠原エミ率いる、小笠原除霊事務所。
こちらもまた修羅場であった。


「うはは、今回はチョピも入れた複合4Pなワケ!令子、今度こそ決着付けるわよ!」

「ヘンリー、小鳥と美少年はアリなのか?」

「・・・・アリだな。所長の慧眼は流石だ。確実に乙女の心を掴んでる。」

「エミ所長と一番付き合いの長いヘンリーが言うんなら間違いないか。」

「まかせておけ!少年愛ならその辺の小娘に負けはせん!」

「おかげでヘンリーが遠い世界に行ってしまったがな・・・」


事務机一杯に広げられた原稿を、三人が効率よく作業している。
冒頭で『後半が忙しい』と言っていた内容が、コレだ。
彼女もまた、熱き同人少女であった。

それぞれの思惑をのせて、池袋最大の同人誌即売会、
コミックエヴォリューションの日は近付きつつあった。




当日。
早朝に事務所を出発した美神一行。
池袋サンシャインシティ周辺は、既に徹夜組がそこかしこに屯していた。
東急ハンズ前で、よろよろになった褐色の美女が手押しカートを支えに立っている。


「久しぶりね令子。失業して随分暇そうだったけど、腕は上がったの?」

「あら、忙しさを理由に負ける伏線?ま、しょうがないわよね。所詮色ボケの二次創作だし。」

「ま、今回も令子の負けなワケだし、最初くらいの大口くらい多めに見てあげるワケ。」


小笠原エミは、長年のライバルの隣に立つ長身の女性に目が止まる。
ジーンズ姿のラフな格好のわりに、眼光が非常に鋭い。


「令子、こちらは?」

「おっと、自己紹介が遅れたね。アタシはメドーサ。・・・美神の友達さ。」

「俺は美神さんの関係者で横・・・・・」


我らが主人公の自己紹介を遮るように、すたすたと美神の元に歩み寄るエミ。
涙を流しながら口をパクパクさせている横島を無視し、美神に顔を寄せる。


『ちょっと!あれ、上級悪魔かなんか?霊力がハンパ無いワケ!』

『違うわよ。彼女、お忍びで人間界に来てる神様。無礼を働けば蒸発するわよ?』


美神は単にエミを脅そうとしているだけな訳だが、意外と真実を突いていた。
一方の現日本最大のGSは、竜神を更に凝視する。その周囲には神気がうっすらと見える。


「・・・・・・・・・メドーサさん、ね。かなりの実力とお見受けしたワケ。今日はよろしく。」

「ああ、よろしく頼むよ。そうだ、アンタも感想聞かせておくれよ。」


メドーサはそう言うと、ちょっとした国語辞典を大きくしたような本をエミに渡す。
なにせ総ページ数5000ページの圧巻である。その重量もハンパ無い。


「愛が重いってかんじね・・・・・うわ、こ、これ・・・・・」

「ど、どうだい?自分では一生懸命に頑張ったツモりなんだけどね・・・・」


コマ割りも長方形を連発、キャラクターが全部同じ顔、字だけがPCを凌駕するほどの達筆。
前半はヘビ子さんの生い立ち、やがて竜の神様に認められて竜神の警察官に。
やがてヘビ子さんのライバルとして姉竜という怪獣のような女が出てきて、やがて逮捕。
何故か急にヘビ子さんは戦争に行き、戦友の悪キューリと仲良しに。
途中に色々苦心しているらしく、線が乱れたり、時々手だけがリアルになったりする。
最後、何故か非常に写実的なヘビ子さんと美少年風のバンダナ少年が濃厚なキスをして終る。


「・・・最後のページはぜんっぜんダメだけど、全体的に頑張ってるのが判るわ。」

「ちょっと!最後のページは自信作なのよ!ダメってどういうこと?!」

「やっぱりね。最後のページだけ令子だったワケね。見て判るわよ。」


じゃれあう二人を見ながら、メドーサは目を細めて微笑んだ。
その様を見て、横島は首をかしげる。


「どうしたんだい、ヨコシマ。」

「いや、何がおもしろいのかなーと。」

「・・・やっぱりアタシの本はつまらないかい?」

「そ、そうじゃなくって!・・・美神さんたちの事見てて笑ってたからさ。」


覗き込む横島に、メドーサが目を合わせる。
無防備な瞳に、蛇神の心の奥の、細い線が震える。
やはり無防備な横島の頭部を、メドーサは掌で軽く押し下げる。


「アンタもじきに判るよ。・・・宿命の糸ってヤツがさ。」

「そんなもん俺にもあるんかなー。」


やがて、池袋の街が静寂から活気へと変化し始める時間が来る。
そして、晴れの日に集った幾千もの人間が、二つに分かれ始める。
一つは、施設外周を並ぶ、『一般参加者』たち。
もう一つは、施設内で設営する『サークル参加者』たち。
メドーサたちは、エミからチケットを受け取り、施設内へと足を踏み入れる。

施設内には既に折り畳み式の事務机がキッチリと並べられており、そこにシールが張ってある。
シールに書かれた記号が、サークルに事前に渡されているチケットの印字に対応している。
M―20とM−21が美神たちの販売拠点の番号となっている。


「しっかし、実績もないのに合体サークルなんて良く取れたわねエミ。」

「狭いのは苦手だし令子のカットで合体しといたワケ。ま、ホントに来るとは思わなかったけど。」


美神とエミが、馴れた手つきでテーブルに光沢のある羅紗布を敷き、本を次々と並べる。
太細兼用のカラフルなマジックペンで、それぞれの価格表やジャンルを本の前に掲示していく。


「令子、また二色表紙で1000円なワケ?いいかげん、ボッタクリは通用しないわよ?」

「うっさい!そっちこそフルカラーで500円て、そこまでして部数が欲しいの?けなげねー。」

「「むきー!」」


子供の様に歯を剥き出して牽制しあう二人から、横島は、ふと周囲の光景に目を移す。
軍服姿の三人の男が、なにやら打ち合わせをしている。


「あのー、エミさんの知り合いスか?」

「ああ、君が横島くんか。今日一緒に売り子として任務につくヘンリーだ。よろしくな。」

「私はボビーだ。隣はジョー。・・・君は体は丈夫な方か?」


ジロジロと横島を見る三人。
我らが主人公、体はもちろん人類でも有数の丈夫さだ。
おそるおそるながら、首を縦に振り肯定を示す。


「我々の任務は、ブースを守る仕事だ。」

「ブースを守る?売るんじゃないんスか?」

「エミ所長と君のところのミカレイ先生は、マニアックなファンが多くてな。開場と同時に・・・・・」


少々外での雑談が長かったせいか、時間は既に朝10時になろうとしていた。
館内放送が、音割れをしながら最大音量で響き渡る。

『それでは只今より、コミックエヴォリューション25を開催いたします!』

館内の参加者から、拍手が沸き上がる。
それど当時に、会場の入り口から、重低音が響き出し、やがてだんだんと大きくなる。
急に大きくなったと思うや否や、無言の人山が開場にどんどんとあふれ出す。


「きたぞ!ジョー!ボビー!フォーメーション17だ!」

「「了解!!」」

「横島君、机を支えろ!バミリから1cmも引くな!」

「え?は、はひっ!」


バミリとは、床に貼られた机の定位置を示す布ガムテープの線の事である。
やがて黒山は会場内を次々と蹂躙していく。
それは二人のテーブルの前にも同様に流れ出していた。


「5、5冊!美少年撃滅波5冊ください!」

「ミカレイセンセだ!復帰の噂は本当だったんだ!とりあえず二冊!」

「押さないでください!押さないで!・・・横島君、少し下がってるぞ!」


例えば4人の人間が2列に並ぶとする。スペースさえあればぶつかり合う事も無く立てる。
だが、8人ならどうか?スペースさえあればぶつからないか。この現場に限り答えはNO。
3人目より後は現状が把握できない。前に行かない限り満たされない。だから自然と前へ進む。
しかも開場直後。上気した脳幹が冷静な判断をあきらかに阻害している。


「ぐはっ!腕が、腕がプルプルゆーとるんですが!」

「所長たちが客を捌いてる!あともうちょっとの辛抱だ!」

「ヘンリー!ジョーが壁際の整理に間違われて戦線を離脱した!」

「ボビー、スマンが外整理は一人で頼む!こっちも手一杯だ!」

「ぬああ!こりゃたまらん!・・・メドーサ、メドーサは?」


横島にとって現在話題の新人作家は、カチカチに硬直している。
たまに本を手にとる人間が現れてペラペラとめくると、目を輝かせてその動向を注視し
やがて本を置いて去っていくと、がっくりと肩を落としてしょげる。
背中で繰り広げられる微笑ましい光景に、横島は姿勢を元に戻す。


「・・・・・・・・・・・・・ぬりゃああ、まだまだー!」


死にゆく男達は、
守るべき女達に。


「支えられるのかよー!」

「ボビー、整理弱いぞ!なにやってんの!」


何を描けるのか、
何を残すのか。


「これで箱8つ!!勝負はこれからなワケ!」

「悲しいけどこっちも、行列なのよね!」


コンクリ走る、死神の列。
黒く歪んで、真っ赤に燃える。


「まだだ、まだ終らんよ!」

「横島忠夫は、伊達じゃない!」


名も知らぬ買い子を押し
生き延びて、血反吐を吐く。


「いかに腐女子といえどもそう何冊も買えるもんじゃない!」

「そんな理屈!」


戦う男達は、守るべき女達に。
戦う女達は、信じる男達に。


「ジョーさん!そうそこ右!もうちょっとなんスから!」

「ごめんよ壁サークル、私にはまだ帰れる所があるんだ。こんなにうれしい事は無い。」


やがて、机の向こう側の黒いゴミ袋は紙幣で埋まり、
ダンボールで作った小箱に小銭が溢れる。


「美少年撃滅波、完売なワケ!!!」

「男達の極楽、完売よ!!!!」


ほぼ同時に美神とエミから叫び声が上がる。
開始から50分、両者1000部の頒布が終了した。
整理に当たっていたエミ側三人と横島が、その場でへたり込む。


「は、ハードすぎる・・・おたくら毎回こんな事してるのか・・・」

「『美少年撃滅波』は昼までの間が勝負でな。その間、無防備な所長を守るのが仕事なのさ。」


振り向けば、ミカレイ先生とエミりゅん先生が、回ってきたスケッチブックに絵を描いている。
いわゆる「島スケブ」というやつである。大体は誰かの家で家宝になるのだが、
一部心無い輩に、売られていたりもする。

やがて、コミカルなデフォルメキャラのイラストがミカレイとエミりゅんの前に立つ。
『完売しちゃいました!ごめんねー!<E&M同人事務所>』
出されていた値段表にも修正が加えられて、完売の文字が並ぶ。


「勝負は引き分けってワケだし・・・、令子、買い出しに行かない?」

「エミ、ホントに高麗河ゆん好きねえ。あたしはCLAPPだから分担する?」

「別に高麗河だけじゃないワケ。ま、分担は悪くない提案だけど。」

「メドーサも行こう?店番は横島クン達がいるし。DOLEの尾崎東で健小次とかかしら?」

「令子もたいがい古いワケ。ま、初心者にはとりあえず御不浄じゃない?」


手を引く二人に、新人作家は日頃見せない様な不安な表情をして、自分の本と横島を見る。
店番の少年は自分の任務に忠実に、回答した。


「大丈夫、ちゃーんと店番しとくって。行ってきなよ。」

「ほら、横島クンもそう言ってるし。ね、いこ?」

「あうう、わ、わかったよ・・・・・」


三人が仲良く視界外から消え去る。
横島は、手元にあったスナック菓子をおもむろに頬張りはじめるが、
そこでエミ側の店番が、奇妙な行動に移った。


「・・・・?あれ、ジョーさん、ボビーさん、ヘンリーさん、三人ともどうしたんすか?」

「いや、こっちはもう売るものも無いしね。所長も出たきりスズメだし。」

「すぐ戻るから、万一所長たちが帰ってきたらトイレだと言っておいてくれ。」

「なに、もう行列にはならんよ。売り上げさえ見張っててくれればいい。」


そして長い席には横島が一人っきりでぽつねんと座っていた。
唯一残った、『がんばれヘビ子さん』をパラパラと読み始める。
現実のメドーサとのギャップを楽しみながら、含み笑いをしている横島。


「あ、あのー・・・・・。」

「へ?なんスか?」

「E&Mの方ですよね?」


少々ゴテゴテとしたフリル満載の服装の女性が声をかけてきた。
黒い長髪には枝毛も全く無さそうなほど手入れがされており、
黒目がちで星の飛んでいるような瞳はマンガから抜け出したようだった。


「あー、みんな買い出しに出ちゃってるんで。本人暫く帰ってこないと思いますが。」

「ミカレイ御姉様も?今日来てるんでしょう?」

「うん、美神さんも出てるけど・・・君、誰?」

「あ、あの、わたくし先生の大ファンです!」

「はー、残念だね。・・・ま、見本くらいならあるけど、欲しい?ラクガキされてるけど。」


手元には『見本誌!立ち読みは5秒までね』と美神が描いたマジックの落書きが入っている本。
少女は横島から本をひったくると、息を荒げてその内容を吟味する。


「これ!これください!おいくら払えばよろしいんですの?!」

「ひぃ、あ、そ、それは・・・1000円くらい・・・・かな?」

「くらい?・・・ふふふ、試されてる、試されてるのね?私の愛情・・・・よろしいですわ!」


手元の財布から、手を抜くが早いか、机に衝撃音が響く。
少女の手がゆっくりと上がると、そこには紙切れが複数枚現れた。


「1・2・・・・じゅ、じゅうまんえん?!100倍かよ!」

「弓式除霊術宗家の私にとってもこのお金は全財産!でも、先生の為なら惜しくありません!」

「あ・・・あのー、これは少々出しすぎじゃ・・・・」

「おねーさま・・・上手くて美しい私たちの憧れ・・・ほんの少し年上なのに最高の同人作家・・・すてきー!」

「おーい?!」

「直筆サインつき(?)レア本げっとだぜー!ですわー!ひゅーほほほほほほほ!」


壮絶な少女が叫び声を上げながらブースを去っていく。
横島は、隣のサークルから彼女が有名なミカレイの追っかけである事を知った。
残念な事に、彼女はまだ一度もミカレイ本人には会えていないらしい。

更に二時間以上が過ぎる。
しかし、誰も帰ってこない。横島は、となりのサークルの男とそれなりに打ち解けていた。
お店屋さんごっこで楽しむ学祭を少々禍々しくしたような雰囲気に、次第に馴染んでいった。


「へー、美神さんってそんなに有名人だったんだ。」

「まぁな。ミカレイとエミりゅんていやあ、恐らく個人誌オンリーでは日本最高の連中だな。」

「へー。・・・つか、ここってヤオイだけど、お前も作家なのか?」

「ふ、同人修行なら男性向けよりコッチの方が修行になる。・・・売れ行きは悪いがな。」


サークル名、作家名、刊行同人誌名がすべて一緒で、『伊達・ザ・キラー』という。
100ページに亘る内容は全て、バトルだ。ちょっとのお色気も、ヤオイも、全く無い。
因みにその題材は、岡山あーみんの『お父さんは心配しすぎ』。
少女漫画誌の中の箸休め的なギャグマンガで少々マイナーな存在だ。
マンガではボケとツッコミでしかないお父さんと主人公の恋人が、マジバトルを展開している。


「おい、お前もこの戦場に居る以上は腕に覚えがあるだろう!俺と勝負しろ!」

「えぇ?なんで急に?だいたい、同人誌作ったことねえ!」

「関係ない!・・・4ページだ!下書きで4ページ!これで周りのやつらに判定してもらう!」

「やだよめんどくせー!そんなん!」

「仕方ない、貴様のようなヤツにはやはりエサが必要か。お前が勝ったらこれをヤる。」


横島の手元に、カラー表紙の本が置かれる。
ちらりと目線を落とした横島が、その本をペラペラとめくる。


「な、なんだこれ!はてしなく上手い!そしてエローン!」

「『あなたにモッコリ』だ。現在はプロ化してしまったが、鉄甲無敵合体魔人の本だ。」


鉄甲無敵合体魔人とは、小学館前の交差点で事故にあい人体改造されたという
改造人間が更に合体して出来たという触れ込みの超人気サークルである。
ただ、作画枚数一日500枚、自分で編集もするという噂があるほどの多作ぶりで
実力さえあれば石森章太郎の再来だっただろうといわれている。


「この本を賭けて勝負だ!・・・えーと、貴様のペンネームは?」

「え?俺?横島忠夫。」

「バカやろう!それは本名なんだろうが!ペンネームを作れ!今すぐ!」

「・・・・・・・・・ヨコシマン、でいいかな。」

「よかろう!ヨコシマン!俺と勝負だ!題材は、貴様と俺だ!他のキャラは出さない!」

「よぉっし!負けないぞ!エローンは俺のもんじゃー!」


双方が作画に入る。
美神が残していった130kg上質紙とシャープペンシルで横島が、
スケッチブックにマッキーペンで伊達が、徐々に筆を入れ始める。


「ふ、音で判る。ヨコシマン、貴様は相当の使い手だな?相手にとって不足なし!」

「うはははは、エローン、エローン、エローン!」


双方が次第に無言になっていく。
周囲のサークルもこの異様な勝負に目を奪われていく。
やがて、一瞬早く伊達のマッキーが机に置かれ、追う様に横島のシャーペンが置かれる。


「判定は周りの奴らにしてもらう!いいな!」

「おうともよ!エローンは俺のもんじゃー!」


サークル参加者、見物の一般参加者が、二人のマンガを回し読んでいく。

伊達はやはり、そのままバトルにしてきた。なんと二人は霊能者で、GS候補生らしい。
自信満々の伊達が素人同然の横島に優位に戦いを運ぶが、横島の潜在能力が発動、
驚くべき事に最後は相討ちで終ってしまう。奇抜な発想である。

横島は、恋愛物に仕立ててきた。なんと伊達が女性として登場しており、少々気が強い
口の悪い伊達少女が横島につっけんどんにしながらも、愛を告白する。
ラストコマはエロ展開にいきそうなのだが、どうやら単純にページが足りなかったようだ。


『流石というか、伊達ザキラーはいつ見ても王道少年マンガね。このシチュで一本描けそう。』

『ヨコシマンもクチでエロエロ言う割りに、展開が痒い感じよね。でも、そこがけっこういいかも。』

『これは難しい判定ね・・・どうする?運営に知り合い居るから判定頼もうか?』

『うーん、私闘はあんまりバレても良くないし・・・』



「ほう、同人勝負か。どれ、わしが見てやろうか。」


そこに、少々人間離れした顔をした老人が現れる。
どちらかと言うと、人間に進化しきれなかったのではないかという感じだ。
杖を突きながら、ひょこひょことその場の者たちの間を分け入ってくる。


「ろ、老師だわ!ゲーム系にしか居ないと思ってたのに!何故ここに?」

「なーに、知り合いが居る様な気がしたんでな・・・どれ、見せてもらおうか。」


評議をしていた参加者の手から、老人に二人の原稿が渡る。
それぞれをゆっくりと吟味した老師は、それぞれの原稿を持ち主に返す。


「この勝負、ヨコシマンの勝ちじゃ。」

「いやっほう!じゃ、これはもらってくからなー!」

「納得いかん!何故俺のが負けなんだ!」


詰め寄る伊達に、老人は杖を持ち上げ、ピタリと伊達の鼻先に合わせる。
その先から発せられる殺気に、伊達は身じろぎ一つ出来なくなっていた。


「伊達とやら、貴様の同人技は邪道だな。恐らくちゃんとした師の元に居た事があるまい?」

「うぐ、た、確かに・・・しかし、戦いは実力が全てだ!ヨコシマンに劣っている所など無い!」

「だが、貴様の技は近いうちに限界が来る。正道を身に附ける時期のようじゃな。」


その台詞に心当たりがあったのか、伊達ザキラーは膝を折り手をつく。
猿顔の老人は、今度はにこやかに、横島の方に歩み寄る。


「おぬしは才能があるが努力が足りん。だが、周りには師と呼べる様な人間が居るようじゃ。」

「才能って、そんなん言われてもなー。まー、周りに先生はいるけどね。」

「才能だけでは立ち行かん。努力だけでも限界がある。戦場は厳しい。精進あるのみじゃ。」

「うーん、俺別にコッチの道で行くわけじゃないんだけどなー。」


老人が好々爺風に微笑み、場を去ろうとする。
その時ふと、売れ残りの同人誌に目が留まる。


「ほう?これは・・・・・・これは誰が描いたのかな?」

「ああ、それはE&Mの委託販売だぜ。そこは個人誌の合同サークルだからな。」

「ほうほう・・・これはいい。どなたかヘビ山ヘビ子さんとやらを知っておるものはおらんか?」


横島が口を開くより早く、せっかちな伊達ザキラーが応答した。
そして周囲はざわざわと声を上げるが、その返答は無かった。


「ま、作者を追うのも無粋じゃな。では、これを頂くとしよう。」

「あ、えーと、まいど!」

「自分の描きたいものを描く。これぞ同人の原点ぞ。その心忘れた本は、哀れじゃな。」


会計を済ませて、歩き去る老師。
やがて周囲が、どよめきだす。


「た、確かに、大好きなVKコーポレーションが描きたくって、始めたんだたっけ。」

「うん、なんか大事なものがずっと置き去りにされてた気がする・・・」

「確かにこの本、絵がヘタだけど、なんかすごく一生懸命だ・・・」

「批評とか売り上げとか、なんで他人の目ばっかり気にしてたんだろ・・・描くのは自分なのに。」


気がつくと、次々とメドーサの個人誌が売れていった。
横島と伊達が、その客を捌いていく。
そしてついに、新人作家の初の個人誌は完売という快挙を迎えたのだった。


「ヨコシマン、貴様は俺のライバルだ。・・・この次は絶対に倒す!」

「お、おう!・・・・・・(多分二度と会う事もないけどな!)」


固い握手を交わして、お隣のサークルは去っていった。
やがて、コミックエヴォリューション閉会の放送が流れ始めた。

それから暫くして、次々と主役達が帰ってくる。


「高麗河も結婚してから、パンチが無くなったワケ。そう思わない令子?」

「そうねー。CLAPPも商業が忙しそうだし、ダメねー。お、横島クン、店番ゴクローさん!」

「・・・・疲れたよアタシわ・・・あれ?アタシの本は?」


ヘビ山ヘビ子先生の処女作にも横島の下手な文字で完売と書かれていた。
店番の少年が、親指をビッと立てて笑顔を浮かべる。


「完売。いやー、色々あってね。」

「ほんとにー?横島クン、いくらメドーサが好きだからって、身内買いは良くないわよ?」

「おたく、ウチらの目が節穴だと思ってる?幾らなんでも完売はやりすぎなワケ。」

「ヨコシマ、それ、本当かい?自分で買ったって・・・」


メドーサが、悲しいような悔しいような目線で横島を見る。
横島が両手を左右に振って焦っていると、周囲の人間が声をかける。


「ほ、本当です!ヘビ山先生!ほら、私持ってますもん!」

「そうです。正直、絵がもにょもにょだけど、なんかこう、気持ちが伝わります!」


少女達に囲まれて、メドーサが困ったような笑顔で立ちつくしている。
余りの展開に困惑しているようだ。


「さて、全部完売で荷物も少ないし、上野でも行ってパソラでカラオケでもする?」

「悪くないわね。とーぜん令子のオゴリでしょ?随分儲けたみたいだし?」

「あ、俺もなんだか無性に愛戦士が歌いたい気分で・・・。」

「そうねー、なんだか計算よりも多く入ってるみたいだし、いこっか!メドーサ、置いてくわよ?」

「ちょ、ちょっとまちなよ!・・・すまないね、どいておくれ。」


こうしてメドーサ除霊事務所は、またもや除霊と関係ない活躍で資金を手に入れた。
一方、メドーサ除霊事務所外商担当である、我らがチビメド。



『じい!ヘイト値上がり杉!エンチャ魔法ちょっとゆるめれwwww』

『しかしチビメド殿、いくらニッチとはいえ、こんな世界の果てでモンスを狩らないでも。』

『うはwwwレアゲトーwwwがんがんイクおー!じいにもガッツリ防具揃え樽ZEEEE!www』

『あのー、HP回復しますね?』

『おキヌちゃんヒールktkr!wwwwみなぎりゃー!じい、殲滅戦ジャー!』

『は、はい、黄昏より来たるもの・・・・・』

『詠唱マクロは切っとけwwwログ流れるwwww』



既にこの三人、48時間連続のパーティプレイである。
いわゆるアテントパーティと呼ばれる不眠不休プレイ。
もっとも、この三人、誰もオムツすら必要としないのであるが。
後日、チビメドは生きているのがイヤというほどの罰『アキレスの踵』を受ける事になる。
どんな罰かはふるいマンガファンにだけ判ればよいので割愛する。




そして、池袋駅前地下駐車場。
見覚えのあるワンボックスカーに老人が乗り込んでいく。


「オヤジ、いいかげん人間界で買い物するのはどうかと思うぜ?」

「ふん、言っておれ。今回はワシの趣味が功を奏したぞ。ほれ、これを見んか。」


分厚い本が、八戒の手元に落ちてくる。
かなりの重量のはずだが、巨漢ゆえか軽々と受け止める。


「なんだあ?随分ヘッタクソなマンガだな。これなら俺でも描けるぜ。」

「そうか?よく読んでみろ、貴様じゃあ描けんことがわかるぞ。」

「・・・・・・・こりゃあラグナレクの!こいつ、メギドの火で生き残ったのか!転生者か?!」

「転生でこれほどの細かい所はわからん。生き残ったんだよ、メドーサはな。」

「おいおい、これがメドーサなら、とんでもない大物だぜ?俺らと同等以上だ。」

「そうじゃな。で八戒、そっちの動向はどうした。この前の調査は済んだようだが。」


本をパタリと閉じて、その巨漢の小さな目が猿顔の神に向けられる。
表情は読めないが、些か真剣である事は判る。


「ま、この本以上の事は何も、な。まったく、どえらい手がかりが降って湧いたもんだぜ。」

「悟浄はどうした?おらんようだが?」

「魔界の出張所の調査だよ。向こうも情報部が居るからな、慎重なんだろうさ。」

「なんにせよ、この辺で網を張るのが得策か。・・・決着は近い、気を引き締めんといかんな。」





そして妙神山修行場。


「右の。下界から帰った小竜姫さまの手荷物が少々多かったような気がするんだが。」

「そうだな左の。何やら妙にコソコソしておるようだが・・・まあ我らが詮索する事でもあるまい。」


その修行場の奥、小竜姫の個室。
そこには大写しになった彼女の姉が映っていた。


『言われたものは買って来ましたか?』

「買ってきましたが・・・」

『小竜姫、人間の本質から目を逸らせてはなりません。把握してこそ、導き手なのです。』

「しかし、獣のような異臭はするし、無礼だし、あのような人間を導かずとも・・・」

『それもまた人間。良き者のみ導こうというのは欲です。欲を捨ててこそ高みに上るのですよ。』

「わ、わかりました。で、この本はお姉様にお送りすれば宜しいのですか?」

『いいえ、小竜姫。貴方が読むのです。感情を込めて、口に出して読みなさい。』

「こ、こんな汚らわしい本を!お姉様は、何故このようなことを!」

『良いですか、人間という存在を知る事が神の道なのです。許すにしろ、許さぬにしろ。』

「・・・判りました。人間を知る為に、この本を、読みます。」

『毎日読みなさい。出てくる人間が自分だと思って読みなさい。それが神の道です。』

「・・・・・はい。」


尊敬する姉の画像が、部屋から消える。
小竜姫の部屋に残ったのは、毒々しい色彩に包まれた本。
そのタイトルは、『スネークとアップル』
ここでは規約の関係で内容を一切公開できないほどの愚劣なアダルト同人誌である。
愚劣な作品の作者は、もにょきちというらしい。



『アヒャヒャッ!これでコイツも人間みたいなクズに肩入れなんか出来なくなるッ!バカな妹ッ!
いいぞいいぞッ!オマエの価値は手駒ッ!人間を憎めッ!人間といるメドーサを憎めッ!
小竜姫、もうすぐお前の出番が来るッ!約束の日は近いんだよッ!それまでにッ!
せいぜい木偶人形のようになっておくんだッ!重要な役割があるからなあッ!アヒャヒャヒャ!』



平和な東京の空。
不穏な妙神山の空。
どの空にも等しく、月は出ていた。





************次*回*予*告******************

「ハ〜イ! 令子です。
あたし正直言って、味玉だのモヤシネギだの、横島クンと食べ歩いていながら
さっぱりわかんない。いつかダレかに聞こうと思いながらも、ひと月経過。
あ〜あ、このままじゃ花の青春が燃え尽きちゃうわよ。
そんなある日、秘密の一部が明らかになる大事件が・・・・・・
次回蛇と林檎第十話『オンリーチェイサー』」

「戦国魔神ゴーショー○ン風の次回予告なんて若い子には判んないよヨコシマ!」

「いや、俺じゃないんだけど・・・・」

「ちょっと照れちゃうけど、スィ・ユー・アゲィン!」

「美神さんも何照れてるんスか!」

*************蛇*と*林*檎*****************


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