椎名作品二次創作小説投稿広場


蛇と林檎

白蛇CALL ME


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 6/ 6






終わりの無い水平線と空。水面には蓮の葉が所々に浮かび、幻想をかきたてる。
明かに此の世ならざるその空間に、白い壁と東洋風の屋根瓦で覆われた建物があった。

その中。明り取りの高い位置の窓の、精緻な細工のカーテンから薄明かりが差す。
騒音などは一切なく、まれに小鳥の鳴き声がする。
白塗りの部屋には天蓋付きの豪華なベッドと、小さなテーブルが置かれ他に家具は無い。
テーブルにはガラス製の水差しとグラスが鎮座している。


「う、うう・・・んっ・・・・・」


ベッドには、薄い毛布に包まれた女性が居た。
メリハリのある身体のラインは、毛布の上からでもはっきりと浮かび上がっている。
少し癖のある長い髪が、ベッドの一角に広がっており
木の様な材質の飾りだろうか、耳の部分に据え付けられている。

その額には玉のような汗が浮かび、表情は苦悶を浮かべていた。


「・・・・な、・・・何者・・・・・・・・・」








『北欧神ロキだね?・・・年貢の納め時だよ。アンタに逮捕状が出てる。』


何を言ってるんだこの女ッ!
それに兵士が何故私とロキの会合に乱入してくるッ?!
ちッ、不用意な事は言わずに様子を見るかッ!


『俺を誰だと!大神オーディンが弟ロキだぞ!ただの誤認逮捕じゃ済まさんからな!』

『・・・・・賢明だね。好きにしな。だが、アンタは北欧に帰される事になるだろうさ。』


こいつら公安ッ、しかも特殊部隊かッ!まずい、まずいまずいまずいまずいまずい。
何とかしなければッ、何とかしなければッ、何とか何とか何とか何とか。


『ここは非公式ながら外交会場です!公安如きが居て良い場所ではありません!』

『・・・何の外交か、裁判で釈明するといいさ。アンタのネタも充分に手持ちがあるからね。』

『ネタ、ですって?』

『バリドル暗殺教唆、人界修行場用地収賄、数えたらキリもないよ。』


私の知らないところで捜査が進んでいた?竜神国中枢のこの『私』に悟られず?
こいつ、見たことあるぞ。この髪、この風貌、この態度。


『こ、ここに、金5万斤ある!見逃してくれ!全部この女に唆されたのだ!』

『残念だね。そこの女はカネで動いても、アタシには興味はないね。』

『頼む!私は本国に帰ったら殺される!』


ちッ、北欧主神の系譜の癖に、情けないやつッ!どうする、どうするどうするどうするどうする。
こいつッ、思い出したぞッ、確か南欧上がりで、何故か竜神王が抜擢した・・・。


『メドーサ!地煞の白蛇の分際で!場を弁えなさい!衛兵!衛兵はどうしました!』

『・・・。アンタには黙秘権がある。発言は記録される。不利な証言は強要しない。』


護衛も制圧されているのかッ!クソックソがッ!しかし!手持ちの武器なんてッ!そ、そうだッ!
こいつ、こいつさえッ!コイツさえッ!こいつサエッ!こいつさえ当たればッ!


『こ、こんな事でッ!貴様の様な下等な蛇にッ!色素の抜けた出来損ないのくせにッ!死ねッ!』


当たった!くくッ!こいつはキテるぜぇぇぇぇぇぇッ!
私は天才だッ!そしてついてるッ!これで、これで倒せるッ!


『・・・なんだいこのチンケな石は。・・・ち、魂に潜るタイプか・・・これ以上抵抗すれば、殺すよ。』


ぐぅッ!見えなかった・・・・いつの間に倒されてたッ!み、身動きが取れないッ!
だが、気付いてないッ!気付いてないぞッ!気付けるはずが無いッ!私しか持ってない術ッ!
奴は結局道具で首を押さえただけッ!甘っちょろい奴ッ!殺せる時に殺さないなんてッ!
あとはトドメの真言を・・・・・・!し、真言が、出ない?!の、喉がおかしい?
首の魂魄が、つ、潰れてるッ?!いやああああああああああああああああああああああああ!


『その喉はもう毒言を吐けず、呪言を出せず、真言を唱えない。・・・敵に情けはかけないよ。』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!』

『竜神の誼だ、奇麗事だけ残しといたよ・・・竜神国兵部省兵器開発局長『大竜姫』、確保!』


クズどもがッ!寄るなッ!私を誰だと思ってるんだッ!
縄をかけるなッ、手縄をはめるなッ、くそッ!貴様らシネッ!全員滅べッ!
やめろッ!やめ、やめやめやめやめやめやめやめやめやめ・・・・







「はうぁっ!・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・」


うなされていた美女が跳ね起きる。
目は見開き、口元を大きく開け息を整えると、その後歯軋りをしていた。
脇のテーブルの水差しをそのまま口に持っていき、喉を鳴らして嚥下していく。
その後腹立たしげに水差しを投げ、ガラス製品は部屋の隅で残骸となった。


「小竜姫!小竜姫!」


彼女はそう叫ぶと、数秒後に顔立ちの似たショートカットの少女が現れる。


「ど、どうなされましたか、お姉様!」

「・・・・・椅子。」


息を切らせて部屋に入ってきた少女は、その言葉を聴くと
何を思ったか四つん這いになった。

そこに、ベッドから降りた美女が、一糸まとわぬ姿のまま立ち上がり
小竜姫という名の椅子に腰掛ける。
椅子から低く、くぐもった声がした。


「・・・椅子ってのはいいものですわ。ちゃんと役に立つから。ねえ?」

「・・・は、はい。」


苦虫を潰したようにうつむく小竜姫。
全裸の女性は、椅子の前髪を握ると、力任せに持ち上げた。


「・・・!」

「聞きなさいな椅子さん。私の妹はね、姉の頼み事も聞いてくれない妹なの。」

「い、いや、それは!」

「椅子はお喋りする物ではないわ。」


ガゴッ・・・ガゴッ・・・・
前髪を掴んだまま、床に頭を何度も打ち付ける。
椅子の額に、じわりと血が滲んだ。


「でも私信じているわ。きっと、私の言う事を聞いてちゃんとこなしてくれると思うの。ねえ?」

「・・・・・・。」

「お返事は?」


ガゴ、ガゴ、ガゴン!
椅子の目は虚ろになり、座っている主の顔は紅潮している。


「は、はい、必ず、必ずお役に立ちます・・・お姉様・・・・」

「そうよねえ?たった2人の姉妹ですもの。わたくし、信じていますわよ?」

「必ずや!」


全裸の美女はすっくと立つと、椅子もまた小竜姫になった。
一礼して扉に向かう小竜姫の後ろから、声がかかる。
すぐさま向き直り、最敬礼の角度で頭を下げたまま固定する。


「小竜姫、私は誰かしら?」

「神界一の賢者、神界最高会議第7席、神界政務次官『大竜姫』様にあらせられます。」

「政務次官の名の元に貴女に命じます。任務が達成するまで戻らずとも良いです。」

「ははっ!」

「1年以内に達成できない場合は、神界反逆罪として投獄しますからね。」

「・・・・・ははっ。」

「天獄はきついわよ・・・小竜姫。」


頭を上げることが出来ぬまま、小竜姫は部屋を出た。
全裸の美女が、ベッドの天蓋のそばに掛けてあった薄手の布を肩から羽織る。



『三千年、三千年だッ!懲役に服して、神通力が消え、虫けらどもと修行をしなおし・・・』


肩がフルフルと震えて、表情に知性が消えていく。
周囲に異様なまでの霊力が渦巻きだす。口はパクパクと動いているが、声は出ていない。


『何だってしてきたッ・・・何だって出来たッ・・・もうちっぽけな竜神国の官吏じゃないッ!
けど、そんなの全てが大した事のない事ッ!メドーサッ!私の生涯の最大の汚点ッ!
・・・奴の全てを奪って、奴を此処に跪かせッ!絶望にッ!・・・悲嘆にッ!・・・後悔にッ!
・・・羨望にッ!・・・虚無にッ!・・・堕落にッ!・・・投獄なんか絶対にさせないッ!
やめろと言われても永遠に責め続けるッ!億万年の歳月をッ!永久の年月をッ!
永遠を私と過ごさせてッ!誰にもッ!誰にも邪魔なんかさせないッ!天地開闢が何度
繰り返されてもッ!私は上り詰めるッ!恒久の支配ッ!そして最高神の神殿には私と
メドーサだけッ!私の呪詛が出ない分、メドーサが呪詛を吐き続けるのだッ!
あは、あははは、あははははははははははははははははははは!!!!』


日が昇り、身を起こし、そんな日課と共に、声にならないこの叫びは毎日続いている。
記憶は濁らず、鮮明に残る、神ならではの苦悩。
エントロピーの呪い。


『政務次官、そろそろお時間です。魔界代表部の方との懇親会が予定されていますが。』

「ええ、存じていますわ。5分ほど雑談のレイアウトで調整なさい。」

『畏まりました。』


無機質な声が大竜姫を現実に引き戻す。
息を整えてふっと目を閉じると、大竜姫の周囲に光が集まり、服が現れ始める。
華麗な刺繍に包まれた、竜を模した鎧姿だ。


「さ、お仕事お仕事。」


大竜姫が部屋を後にする。その扉には彼女の神としての現在の真名が刻まれている。
三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君。
神界では昔からの登録名で大竜姫と呼ばれるが、人間界でのポピュラーな名前は関帝という。
神仏崇拝が衰えてきた人間界にあって未だに老若男女より絶大な人気を得る神。
そして、恨みで人を殺す伝説がある神でもある。




「小竜姫、随分やつれておるな。」

「ああ、お師匠さま。」


人界修行場用地こと『妙神山修行場』。
縮地で入った小竜姫を出迎えたのは二本足で立つ人民服の猿であった。
名を斉天大聖と言い、まぁ、やっぱり猿だ。老眼鏡を掛けているところが少々愛嬌となっている。


「大竜姫殿は相変わらずか。」

「ええ。一年以内に捕まえなければ投獄すると。」

「・・・・大竜姫殿は天獄に入牢されておったしな。多分やるといったら必ずやるお人じゃな。」


小竜姫の目の焦点は合っていない。
姉の話になると恐怖で前後不覚になるのだ。
猿神は少々肩をすくめ、話題を変える事にした。


「さてメドーサだが、どうやら人間界に居るのは確実らしいのう。式神の足跡は見つかった。」

「で、ど、どこに!」

「それがわかれば苦労はせん。手管は一筋縄ではない。」


先日のメドーサの潜伏場所への突入はチャンスだった。だが、結局小竜姫は逃げられた。
仕掛けられたトラップに殺傷性が無かったのも、メドーサの余裕を示している。
立場上人界への干渉は避けてきた斉天大聖だが、結局弟子に泣きつかれて動くに至った。

小竜姫は決して無能ではない。ルールのある戦闘ならメドーサと互角だろう。
しかし、上品過ぎて、応用が乏しい。型やセオリーに拘り依存してしまう。
大聖神君と呼ばれる猿神にも、そこの部分は教える事は出来ないのだ。


「とにかく、私も捜索に参加します。姉上から地上での活動に専念するよう言われました。」

「・・・・・・・・・・・・・・残念じゃが、おぬしの力量ではムリじゃな。」


その言葉を受けて小竜姫は絶句する。竜神の中でも高位で有り、
神界全体で見てもそれなりの実力を自負している。その高位の竜神が足手纏いであるとは。
だが、それを彼女は口に出さない。


「おぬしが探せば逆に我々の手の内が読まれる。・・・現場はわしに任せておけ。」


口に出さずとも、掻痒感を隠せず顔に出してしまう小竜姫に猿神は苦笑する。
彼女の価値観とプライドは力を与えるが、それは弱点でもあった。


「わしも若い頃は不正規活動で鳴らしたモンじゃ。お主は人間達の稽古をつけておれば良い。」

「・・・はい、お師匠さまがそう仰るのでしたら。」


猿神はうな垂れる小竜姫を励ましたりはしない。一瞥をくれてその場を後にした。
妙神山の入り口には鬼門と呼ばれる門番もいるが、彼らも外出する猿神には何も言わない。
それらの理由、それは立場だ。大聖神君とは神界でも要職にあたる称号である。

門を出ると、猿の神は人間の姿に変化した。頭頂が禿げ上がり、少々猿顔の老人である。
持っていた如意棒は杖の姿に変えていた。
入り口に停めてあった人間界用のワンボックスカーに乗り込む。


「悟浄、八戒、おるか?状況は?」

「やっぱり厳しいな。相手は情報戦のプロだってことは判る。式神一つとっても隙がないぜ。」

「跡を残さないんじゃあ俺の出番はないかもな。」


ぼさぼさ頭に髭面の男と、筋骨隆々の大男が姿を現す。
大男の着ているシャツの背中には『八戒』と太い毛筆で書かれている。


「相手は実戦部隊上がりだ。・・・隙があれば手足のニ・三本折ってもかまわん。」

「簡単に言ってくれるぜ。セーフハウス不明、目的不明、やっこさん相当手馴れてるぜ。」


悟浄と呼ばれた髭面の男が数枚の紙の束を老人に投げる。
老人はそれを受け取り、軽く目を通していた。


「奴はプロだが、それにしても情報が入らな過ぎる。我々以外何かが動いているかも知れん。」

「なるほどな。そのセンで探ってみるぜ。」

「あと八戒。メドーサは元々南欧の出自だ。その頃の交友をもう一度洗ってみろ。」

「そういうメインストリームはオヤジの方が向いてるんじゃないのか?」

「わしは天界に戻って大竜姫と話してくる。」


ワンボックスから老人が降りると、車は下界に向けて走り出した。
老人は杖を突きながらひょこひょこと歩くと、不意に姿が消失した。







さて、我らがメドーサであるが、彼女は横島たちと別れてとある場所に来ていた。
薄く青い空が視界いっぱいに広がっている。
池袋最大のランドマーク、サンシャイン60の屋上に彼女はいた。

右手を耳に被せる様に覆い、少し目を閉じる。
彼女の耳元にやがて他の誰にも聞こえない声が響きだす。


『・・・・この呼び出し霊波数と暗号変換通信、・・・・・・・まさかメドーサか?』

『ふふ、まだこのチャンネル空けてたんだねえ。相変わらず律儀だよ、アンタは。』

『どこにいる?音信不通にも程があるぞ!ランデブーポイントを教えろ!』

『いいのかい?今じゃいっぱしの士官様だろ?』

『これより特殊作戦に入る。なに、作戦内容なんか後でどうとでもできる。早くしろ。』

『カトリヤ、1300。』

『人界か。判った。』


頭の中だけで行われていた通信が途切れ、メドーサは右手を下ろす。
上を見上げれば、雲ひとつ無い大空が広がっている。
事務所に残してきたつがいの人間達の事を思い出し、ふと表情が緩む。


「こらー!平日のスカイデッキは立ち入り禁止だ!何をしている!」

「え?あ、そ、そうなのかい?」

「まったく、またコンベンションセンターの漫画の子達なんだろ?いい加減にしないか!」

「あいや、そ、そんなんじゃないんだけど・・・・」

「まったく、近所の公園で徹夜はするし、変な漫画は売るし、マナーが無いにも程があるぞ!」

「・・・・・・・ご、ごめんなさい。」

「ほらほら、さっさと出た出た!」


警備員に咎められ、メドーサはほうほうの体で屋上を後にする。
サンシャインの屋上は大変見晴らしが良くて、おすすめだが
うっかり平日に行ってガッカリしないように。










メドーサが屋上を出てから一時間後、喫茶店「カトリヤ」。
新宿紀伊国屋書店横の巨大な地下喫茶店である。
一般の客から順に、奥に行くに従って妖しげな客層になっていく。
それでも誰もが「満席になった」という記憶がないという不思議な喫茶店であった。
その最奥の薄暗いスペースは同人漫画を描く人間やゲームを一日中興じている人間
奇声を上げる人間など、様々な特殊な人間が集う場所となっている。

そこにメドーサはいた。
ケーキを摘みながら、オレンジジュースを啜っている。


「待たせたようだな。」

「ふん、時間ピッタリの癖によく言うよマッタク。」


髪を短く刈りつめた女性が、メドーサの向かいに座った。
少々目に険はあるが、こちらもまた美女である。分類するならクールビューティというやつだ。
街の中であれば二人揃えば充分に目を引くであろう事は予想に難くない。


「で、人界まで魔界士官の私を呼び出すとは、とうとう魔界に来る気になったかメドーサ?」

「残念だけどね、そんな事じゃないよワルキューレ。聞きたい事があってね。」


給仕の男性が、ワルキューレの前に紅茶とケーキを差し出す。
静かな普通の喫茶店の店内であれば、奇異にも映るであろう2人の会話も
ここでは誰も興味を引かない。何かのゲームなのだろうと思われるのがせいぜいである。


「神魔に分かれたとはいえ、戦友同志だ。多少なら融通を利かしてもいい。なんだ?」

「その生き残ったラグナレクさ。久々にちょっと縁が出来てね。」


ワルキューレが、手元の鞄からベレー帽を取り出す。
それを被ると、小考し始めた。彼女流の精神集中法だ。


「神々の黄昏か・・・なつかしいな。ちょうど貴様との腐れ縁の始まりだったか。」

「なんだか随分昔のように感じるねえ。ま、実際そうなんだけどね。」

「そうか?私は随分最近のように感じるがな。意識の相違というやつだな。」


メドーサの手元に紙の塊が転がっている。ストローが脱皮した跡だ。
その抜け殻に、メドーサの脱皮後のストローから水滴が垂らされる。
紙の塊はうねうねと動き出し白い蛇が生まれたかのようだ。
薄暗い照明の中、2人はその新しい命を眺めながら話を続ける。


「元々、北欧はきな臭かったからな。ラグナレクはいつか起こっていただろう。」

「ギリシャでも似たようなもんさ。すぐ争うのはあの当時の神界の特徴だったからね。」

「だろうな。誰もが世界の終焉を感じていた。・・・私は、弟を守る為に魔界に逃げたがな。」

「いい判断だったと思うよ。あの後は悲惨だったしね。まさに『神々の黄昏』だったよ。」


神々の黄昏。それは神話の終焉。魔族を駆逐するほど当時の神は強大で、しかし、だからこそ
神は互いに争った。世界は歪み、誰もが滅ぶと確信し、そして、神は滅んだ。


「魔界じゃ私たち姉弟は大歓迎を受けた・・・皮肉なものだ。」

「向こうにしてみれば貴族クラスの魔族が増えて、しかも神界から移籍してきたんだからねえ。」

「面白い事に、魔王であるサタンは神々の黄昏に消極的だったよ。むしろ防ごうとしていた。」

「へぇ?変だねえ。神がいなくなれば好き放題だってのにねえ。」

「偉い奴の考えなど判らん位まだ私も若かった。匿ってくれる魔界の為に働こうってだけでね。」

「それで『混成チーム』に・・・なるほどね。」




欧州から北ア、中東で起きた未曾有の大混乱に対し、
アジアの神々は魔族に打診、共同で治安維持軍を派遣し混成の三軍を結成した。
後に『東方の三賢者』と呼ばれる、前代未聞の特殊部隊である。

その混成軍は、それぞれの特色を発揮し電光石火で戦場を駆け巡っていく。



『戦女神より各部隊。戦女神より各部隊。状況知らせ。繰り返す。状況知らせ!』

『・・・・・こちら白蛇。こっちはアタシを残して全滅だよ。そっちはどうなんだい?』

『全滅だ。私は魔界軍ワルキューレ中尉。情報封鎖はもう無意味だろう。』

『そうだね。アタシは竜神国公安隊長メドーサ。・・・合流するしかなさそうだね。』


人間で言えば16・7くらいの見た目の少女達が戦場で合流する。
神魔に年齢性別の差別はない。純粋に実力が評価される。
メドーサもワルキューレも、この時代はまだ若手であった。


「その服装は東海の竜神か。しかし、東洋系の神ではなさそうだな。」

「ああ、元は地中海の蛇さ。竜神王が物珍しさで拾ってくれたみたいでね。」

「ふむ、『珍禽奇獣国に養わず』と言うがな。名君の誉れ高い竜神王が、酔狂で飼うかな?」

「実力を認めて、なんて嬉しい事は多分ないだろうさ。けど、お蔭でこうして生き延びてるよ。」

「ま、大体判った。貴様は前衛向きだ。後衛は任せておけ。」




大神オーディン、全能の神ゼウスを中心とした支配階級に対し、
土地神や反主流派勢力が起こした神々の戦争は、やがて膠着状態になった。
戦線は当初拡大の一途を辿り、欧州全域の神が争いに参加した。
しかし、消耗が続き互いに決め手の欠ける状況が続く。
アジアからの混成軍の猛攻は、その均衡を崩しつつあった。



「ワルキューレ、少しここで休もうか。この辺には誰もいないみたいだしね。」

「どうやらそうらしいな。しかし、不法侵入ではないか?」


鬱蒼と茂る広葉樹の森林の一角。
どこかの神の神殿であったのだろうか、今は放置された白い石造りの廃墟に2人はいた。
その残骸の陰で白銀の蛇と漆黒の戦女神が焚き火で暖を取っていた。


「戦場に居て良いのは戦士だけさ。だからアタシらは此処に居てもいいのさ。」

「そうだな・・・戦場に居て良いのは戦士だけ、か。いい言葉だ。肝に銘じて置こう。」

「いい加減硬いねアンタは。もっと柔らかくならないかねえ?」

「ふ、肌を重ねれば柔らかさは判るかも知れんぞ?」


にんまりと笑顔を浮かべるワルキューレが座っていた位置を立ち、メドーサの隣に腰掛ける。
メドーサは、数歩分だけずらして、その間を空ける。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アタシはそのケは無いからね。」

「私も勿論無い。・・・単に友情というか連帯というか、そういうものだ。」

「そ、そうかい・・・・さて、そろそろ出発しようか。早く他の部隊と合流したいしね。」

「落ち着け。まだ外は暗い。それに、・・・・・・・・・・・・・・寒くないか?メドーサ。」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!しゅ、しゅっぱーつ!」

「あははははははは、面白い奴だなメドーサは。」



欧州、西アジア、北アフリカの各所に広がっていた戦場。
しかし、東方からの魔界神界混成軍の干渉もあり、その迎撃も含め戦線は東に集結する。
世界最大の霊的スポット、中東である。
メドーサたちも遊撃を続けながら激戦地を股にかけていた。



『バルタザールより全軍、バルタザールより全軍、交戦を停止せよ。』

「こちら白蛇、バルタザール、状況知らせ。」


花の生い茂る丘の影で、メドーサが耳に手を当てて交信をしている。
当然神族は意識だけで会話が出来る機能もあるのだが、広い範囲では感度が鈍る。
意識の集中を要するため、メドーサはこのようなポーズを取る。


『こちらバルタザール。現在メギドの丘にて和平交渉が成立しつつある。交戦を停止せよ。』

「・・・ワルキューレ、間一髪だったねえ。戦争は終ったみたいだよ。」

「・・・・・・そうか。すまんなメドーサ。足手まといで。」


太腿と膝のちょうど中間の部分から、ワルキューレが血を流していた。
止血の為の包帯が硬く締められていたが、その奥からじわじわと滲んでいる。
怪我の時には、通常止血の為に流れないほどに硬く締めて、定期的に緩めて壊死を防ぐ。
しかし、それは救急車がいつか来てくれるような平和な時の場合だ。
壊死をさせない為に緩いままにするか、敵に勘付かれない様に壊死覚悟で完全に閉めるか。
メドーサは前者を選んだ。


「別に和平交渉の警備なんか馬鹿でも出来るさ。それより怪我を・・・ん?」

「どうしたメドーサ?」

「ほら、あの飛んでるヤツ、何か落としたみたいだけど・・・・・・・・」




メドーサが空を見上げて指をさす。
その小さな鳥の様な影は、丸い何かを落とす。

閃光。

周囲の地形が歪み、崩れ、塊となり、やがて砂塵となっていく。
世界終焉の攻撃。
中心地がメギドの丘であった事から、後にその攻撃は『メギドの火』と呼ばれた。
ただ、その攻撃は予想外に効果を発揮し、中東全域、北アフリカから中央アフリカに至るまで
焦土と化してしまったのだ。守旧派、革命派、両軍ともが全滅した。
現在「ハルマゲドン」と最終戦争を呼ぶが、その語源はメギドの丘のギリシャ語である。

メドーサは、醜悪な大食い蛇に変化し、怪我をした戦女神を飲み込む。
そして全身を石化した。直後、衝撃は蛇を飲み込み、襲い来る殺意が周囲を塗り替える。
周囲から命という命が消滅する。残されたのは砂と岩。
醜悪な蛇の形をした岩もそこに転がっている。
だが、唯一その蛇の岩だけは、生き返った。
・・・・・・・・・・・・・・ほんの一瞬の差で、彼女らは生き延びたのだ。





地下の喫茶店の音楽が二人に戻ってくる。


「あの時、メドーサが石化してくれていなかったら、多分私は消えていた。」

「ま、古い話さ。悪いね、随分思い出話につき合わせちゃってさ。」

「あの後の欧州中東の空白地帯で生き残った奴はほとんどいないだろう。」


しんみりと佇む2人。
その静寂を破ったのはメドーサだった。


「実はね、知り合いにラグナレク時代の霊基トラップが仕込まれてる奴がいるんだよ。」

「懐かしいな。昔流行ったな、そういえば。だが今更だろう?ワクチンもあるし。」

「それが未発見の亜種なのさ。しかも・・・仕掛けられてたのが人間なんだよ。」


ワルキューレは目をむいてメドーサを見た。
その目は、好奇心に満ちていた。


「貴様、人間と接触してるのか。私以上に人間嫌いだった貴様が?あはは、傑作だ!」

「そ、そんなに驚く事ないじゃないか・・・ま、成り行きでね・・・」

「いやいや、成る程な。それを聞いて安心したよ。」

「安心?」


怪訝な目をするメドーサに、戦女神は笑顔を隠そうとしない。
目の前に鎮座していたケーキを二つに分け、片方をゆっくりと頬張った。


「有能で人間嫌いでラグナレク経験者で、貴様、魔界貴族の間じゃ人気者なんだぞ?」

「はぁ?アタシが?」

「爵位持ちや元帥から私の所にラブコールが来ているぞ。ま、人界と知れば手もだせんだろ。」

「それじゃアシュタロスの依頼もそのセンか。神界に連絡をしてくるなんて正気を疑ったよ。」

「大公爵は独自に調べたか。で、乗るのか?野心家だが上昇株だぞ。」

「・・・・・・ドタキャンした。」


ワルキューレは飲みかけていた紅茶をふき出した。
それをメドーサがモロにくらう。何かのコントのような微笑ましさだ。
メドーサは憮然と上着の胸ポケットから白いハンカチを取り出し、顔を拭う。


「最高位で無いとはいえ、魔界29位の実力者だぞ?・・・ま、それでこそメドーサかもな。で?」

「で?って、何さ。」

「決まってるだろ。優先した相手が居るんだろ?誰だ?戦友にこっそり教えろ。」

「・・・・・・・・・・・・さっき話した男だよ。」


最初に登場した時にクールビューティと表現したのは撤回しよう。
今の彼女は、旧友をからかうただの愉快な人である。
悪巧みを考え付いた子供のような目をしていた。


「そーかそーか、貴様にとうとう男がなー。実際レズなんじゃないかと引いてたところだ!」

「な、なんでそうなるんだいっ!それはアンタだろ!」

「正直ジークでもあてがおうかと思っていたくらいだからな。しかし、そーか、男かー。」

「大体、男が出来ただなんて一言も言ってない!」

「出来たとは私も言っていない・・・・・・・相変わらずの不器用さだな。」

「うっ!」


メドーサはのけぞって、腕を不自然に構える。
この仕草が親友の数少ない図星を突かれた時の癖だと知っている戦女神は、
さらに嬉しそうに微笑む。


「魔界軍の情報網を結集して応援してやるから安心しろ。で、相手の名前は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヨコシマ。ヨコシマタダオだ。」

「成る程な。判った!来年の年賀状には連名で出せばいいんだな?」

「おーまーえーなー!」

「冗談だ冗談。ま、誰の悪戯にしろ少々時代がかっているし、すぐわかるだろ。」


上機嫌の魔界士官が紅茶を飲み干す姿を見て、
メドーサも渋々オレンジジュースのストローに口を付け始める。
少々頬に朱の入った蛇神が、また表情を戻して視線を落とす。


「悪戯、なんだろうかねえ・・・・。」

「恋は盲目、とはよく言ったもんだ。メドーサ、霊基トラップの定義を忘れたか?」

「恋って・・・霊基解析でコッチが情報収集するのを見越したブービートラップだろ。」

「すぐ死ぬし転生も早い人間に仕掛けるバカがいるか?良く考えろ。」

「ま、まあ普通はそうだけどねえ。」

「貴様の完璧主義に救われた事は数え切れんが、今回は杞憂だ。あんな古臭い手を研究・・・」


上機嫌のワルキューレの目が、戦士の目に戻る。
スイッチの切り替えの速さは、さすが戦場経験者といえた。
声の音域を下げて、メドーサに少し上体を寄せる。


「そういえば、魔界の過激派の一部でラグナレク時代の兵器を探っているのが居たらしい。」

「そ、それじゃあ?!」

「ま、残念だが奴らの目的はメギドの火の研究だ。だが、副産物で出てこないとも限らんな。」

「・・・まさか、アタシの動きが読まれて?」

「メドーサが人間とイチャラヴするのを読むなんて、ラプラスだってムリだ。安心しろ。」

「してないって言ってるだろ!」

「まーそっちはジークが今調べてるから近々知らせる。・・・それと戦友として忠告する。」

「な、なんだい?」


ワルキューレは、双方が平らげた食器を脇に寄せると、身を屈め
右手の人差し指を数回曲げる。戦場での密談の合図だ。
その口先に、メドーサは耳を添える。


『デートの時はもっと大胆な服でいけ。あと、年上なんだから寝台まではリードしてやれ。』


真剣な面持ちのメドーサが数秒固まる。
やがて、首から顔にかけて紅く染まっていった。


「わ、わるきゅうれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「あはは、ここ何百年ぶりに楽しかったぞ!」


机の脇に掛けてあった注文札をそっと手に取り出口に向かうワルキューレ。
メドーサはその場を動かない。いや、動けない。
同時に出ないというのは、身体に染み付いた昔からの習性からだった。
同時に出るというのは目を引きやすい上に全滅の危険性が高い。


「アタシが、ヨコシマと?・・・・・馬鹿らしい。ヨコシマは、人間同士じゃないと・・・」


メドーサの脳裏に横島の様々な顔が浮かぶ。
助平な時の横島、真面目な時の横島、おちゃらけているときの横島、
無邪気に覗き込んでいる横島。
だが、どのヨコシマも、彼女を畏怖し敬遠している顔が無い。
怯えている時でさえ、その目は優しい。


「・・・そうだ、美神だっている、街中に人間の女は腐るほどいる、何考えてるんだアタシ。」


席を立ち、のろのろと席を立つ銀髪の乙女。
手元の時計は、旧友が出てから15分が過ぎようとしていた。

地下のエントランスを出ると、階段の向こうはもう暗かった。
もっとも、新宿の夜は明るい。喧騒も昼間と変わらない。
女同士で争う声だって日常茶飯事だ。

だが、その声に聞き覚えがあるとなれば話は別だった。


「恥を知れ民間人!よりにもよって、ふ、二股だと!」

「ちょっと、誰このオバハン!なんで因縁つけてくるのか説明しなさいよ横島クン!」

「ちょ。いや、その、俺もさっぱり・・・・」


階段を上がりきった路上で繰り広げられる小さな事件。
何が起きているのか判らず、おずおずと声をかける。


「あのー、アンタら何やってるんだい?」

「「「メドーサ!」」」


役者は揃った。






地下喫茶店「カトリヤ」は相変わらず、薄暗い店内にJPOPが鳴り響く。
その音は多少大きめではあるが会話に難い訳ではない。
その奥、一般的な壁際の四人がけのテーブル。
壁と敷居板に守られた奥の席、いわゆる上座とも牢屋席とも呼ばれる所に横島は居た。

その向かいには美神が、壁側の隣にはメドーサが、余った所にワルキューレが座っていた。
もしこれが将棋であるらば、横島は完全に詰んでいる。
人類に逃げ場無しとはスーパーロボット大戦Fのキャッチであったが、まさにそのような感じだ。


「私の名はワルキューレ、魔界第二軍特殊部隊大尉だ。メドーサは私の戦友だ。」

「ま、ちょっと見は堅いやつだけどね、悪いやつじゃないよ。・・・少々底意地は悪いけどね。」

「あ、あのー、イマイチよく判んないんスけど、何が起こるスか?」

「・・・とりあえず、飲み物頼もうか。横島クンはコーヒーでいい?」


小声で助けを求める少年を、美神がこっそり庇おうとする。
横島が口を空けようとした瞬間に、ワルキューレが立ち上がる。
ちょうど別な席の給仕を終えた男性店員を手招きしていた。


「メドーサはオレンジジュースだったな。ヨコシマタダオもそれでいいな?」

「はぁ?コーヒーでってさっき言ったんだけど?オバハン、耳も遠いのかしら?」

「貴様には聞いてない。ヨコシマタダオ、どっちだ。コーヒーなのか!オレンジなのか!」

「別にいいじゃないか。ヨコシマ、好きなのをお頼みよ。」

「んじゃ、ケーキセットBで飲み物はコーラで。」


メドーサが出した助け舟に、しっかりとしがみ付く我らが主人公。
OL風の女性も、元GSも、それぞれの注文を給仕に申し付ける。
男性給仕が注文表を仕舞い席を離れると、また席には静寂が戻ってくる。
横島は、先ほどから非常に好戦的な女性に眼を移して分析を開始する。


『・・・・背はメドーサより若干高そうだけど、ヒールを抜けば同じくらいかなー。
座高自体が同じくらいだし、肩幅であわせても恐らくそんなもんだな、うむうむ。
そして印象的なのが目だな。野獣のような切れ長の瞳。うーむ、ゾクゾク来るな。
美神さんとも違う出来る大人の女って奴だなー。本当に狩られそうだと思えるな。
そして、地味に幾重にも服を重ねているが、そのプロポーションは隠し切れないぞ。
90・55・86ってところかな。あの細い脚はかなり鍛えられた野獣そのものだ。
このねーちゃん、文句無く美人に決定だ!」

「ほほう。貴様民間人のクセに情報把握が早いな。偵察兵に向いてるんじゃないか?」

「うーん、アタシならポイントマンくらい任せたいところだけどねえ。」

「誉めすぎじゃない?多分真っ先に敵に寝返ると思うから、ぶっちゃけ先に銃殺じゃない?」

「あの・・・・・・・・・・・・・なぜ心のフキダシが?」

「「「声に出てる」」」


多少上機嫌になった戦女神のそばに、4人分の注文を持った給仕が歩み寄る。
適当に4人の中心に次々と品を置いて、注文札をテーブルに掛けて去っていく。


「で?民間人、お前は実際どうなのだ?・・・聞けばそっちの女と肉体関係のようだが。」


美神の口に含んだコーヒーが横島を直撃する。
我らが主人公はそれが間接キッスだと判らないほど動転している。
メドーサは、その光景に既見感を感じつつ、笑みを漏らす。


「さすが人間同士だねえ。ちょっと目を離せばすぐカップリングかい。ふふ、おめでとう。」

「ちょ、ちょっと!そんなんじゃないわよ!だいたい、今日だって・・・・・」


美神は、横島のほうをチラリと見る。
その視線が、青年の口唇につい移ってしまう。
赤い髪の元GSは髪と保護色にならんかと思われるほど、耳まで肌を朱に染めてしまう。

その様を見て、ショートカットのOL風士官が、鼻を軽く鳴らす。


「は、何かと思えば、口吸い程度か。メドーサ!奥義むちむちプリン玉子責めを見せてやれ!」

「そ、そんなんあるかー!人聞きの悪い事いってるんじゃないよっ!」

「なんだと!ならば私が魔界軍直伝のうっふん房中術を教えてやる!だから!!」

「だから、じゃなーい!大体、アタシは未・・・・・」


途中まで言いかけたところで、口を押さえて真っ赤になるメドーサ。
腕を組みながら戦女神が、手にした玩具の楽しさを噛みしめていた。


「・・・・なんか、今日のメドーサってズイブン子供っぽい感じがするんスけど・・・」

「そうね。なんだか神様って感じゼロだわ。・・・」


少し造形の崩れていた竜神が、数度咳払いをして姿勢を正す。
鼻先にはまだ少々朱が残っているが、無視して横島に顔を寄せる。


「ま、なんにしても今日は随分楽しんだみたいじゃないか、ヨコシマ。」

「そりゃー美神さんの半裸は見れたし、ラーメンは上手かったし、それに頭突きと一緒に・・・」

「ちょ、ちょっと!アレはただのお礼よ!・・・自分の女とか、勘違いして欲しくないわね。」

「なったらいいじゃないか。それかヨコシマを自分のオトコにしちまってもいいしね。」

「オトコって、そんなんじゃないってば!」


じゃれあう所長と女所員の脇で、横島はふとワルキューレがいないのに気がついた。
耳元で、小さな羽音が響きその方向を見ると、
小鳥と人が合体したような小さな生き物が飛んでいた。


『民間人、折り入って相談がある。・・・聞こえてたら黙って人差し指を小さく曲げろ。』

(ぴく)

『よし。YESなら一回、NOなら二回指を曲げろ。・・・メドーサは好きか?』

(ぴく)

『ミカミレイコは好きか?』

(ぴく)

『・・・美人は好きか?』

(ぴく)

『・・・・・・美少女は好きか?』

(ぴく)

『貴様、節操がないな。』

(ぴくぴく)

『嘘をつくんじゃない。・・・さて、足し算は出来るか?』

(・・・・・・・・ぴく)

『貴様足し算に自信をもてんのか。さて、美女1人と美女2人、選ぶなら2人のほうがいいか?』

(ぴくぴく)

『ほう?すると一人に尽すタイプか?』

(ぴくぴく)

『・・・・・・・もしかして、全部欲しがるタイプか。』

(ぴく!)

『まったく呆れた奴だな。だが、世の中そうは甘くない。よく聞け。』

(ぴく?)

『よく指だけで疑問系に出来るな。・・・貴様は恐らく人生最大の幸運期にいる。』

(ぴーく)

『そうだ、ピークという奴だ。・・・ちなみにギターを弾くときに使う付け爪はなんと言う?』

(ぴっく)

『・・・・・俺ってグレート・・・俺って?』

(びっく)

『お前は凄腕の馬鹿か、凄腕の情報士官になれるか、どっちかだな。』

(ぴく////)

『照れるガラか。さて、話を戻すが、貴様のモテ期はおそらく現在17歳が最高潮だ。』

(ぴく・・・)

『ミカミレイコとメドーサ、どっちを選ぶ?ここを逃せば貴様は不幸な孤独しか残らないぞ。』

(・・・・・・)

『メドーサなら一回、美神なら二回だ。さて、本当の所を聞かせろ。』

(ぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴくぴく)

『・・・・・・いい情報をくれてやろう。メドーサは魔界に行けば蝶よ花よの大歓迎だ。』

(ぴく?)

『あの真面目な性格に努力家だ。まぁ暫くすれば魔界貴族に肩を並べると思う。』

(ぴく)

『そうなれば貴様だって魔界では貴族階級だと言うことだ。貴族は素晴らしいぞ。』

(ぴーくー?)

『疑ってるな?大公爵のアシュタロスなどは下女を三人も従えてドキドキのウハウハだぞ?』

(ぴく!)

『ナイスバディあり清楚あり妹系ありで、選り取り見取りだ。まぁちょっと奴はロリ専だがな。』

(ぴーくー・・・)

『無理にロリになれとは言ってない。美女だらけの後宮で手当たり次第の食い放題もアリだ。』

(ぴく!)

『ハーレム系と言う奴だ。なーに、全員優遇してしまえば規約もオッケーだぞ。魅力的だろう?』

(ぴくぴく!ぴく!ぴくぴくぴく!)

『なに?私もだと?・・・・・・そうだな、貴様がメドーサを選んで魔界に来るなら考えん事も無い。』

(ぴく・・・!ぴくく!ぴぴく、ぴぴく!)

『なんだ?うしろ?志村?何を一体・・・・・ぬあ!』



そこには仁王立ちして小さいワルキューレを握り締める竜神。
その脇には元最上級GSも屹立していた。
戦女神は、人間サイズに戻り呪縛を説いた。


「どこに行ったのかと思ったら・・・ワルキューレ、悪ふざけにも程があるよ!」

「・・・悪ふざけなどではない。私はただ、メドーサのことを思ってだな・・・。」

「ヨコシマは別にモノじゃない。ヨコシマがヨコシマの判断で決めるってだけさ。まったく。」

「じゃあそこの民間人がメドーサを求めたらどうする。従うのか?」


女性陣の視線が一斉に横島に突き刺さる。
はたと気がついた横島が、視線を右往左往し、どうやら自分が標的らしいと知った。
状況が上手く把握できない彼は、とりあえず精一杯の愛想笑いをする。


「あの、その、いきなりそんなことを言われても、うーん・・・」

「貴様煮え切らんにも程があるぞ!貴様だってメドーサが好きなんだろうが!」

「そりゃあ尊敬してるし、好きだけど。でも、恋人にするとかってのは何か違うんだよなー。」

「ほら見てみろ。ヨコシマだって、こう、言ってるじゃないか。」


横島を見ていた美神がふと、視線を右に移す。
そこには少々、ショッキングな光景が映っていた。


「・・・・・・・・・メドーサ、あんた、泣いてるの?」


にこやかに微笑んでいるメドーサの右目から、つうと水分が流れ落ちる。
その感触に竜神は放心すると、まばたきを一回行った。
やがてその水分は、頬を伝って床に消える。
たった一筋の小さな小さな川の流れ。


「うん、嬉しいじゃないか。うん、ヨコシマだってその方がいいに決まってる。・・・・うん。」


何かをメドーサは理解しようとしていた。言葉の端々に肯定が並ぶ。
だが、それは何かが理解できないと言う事に他ならない。
その様を見て、戦女神だった女性が現在の所属に変化していく。


「き、貴様・・・何様だ・・・愚劣な人間風情が・・・毛の生え揃わない猿の分際で・・・」

「え?いや、ちょ、嫌いだとかそういうんじゃなくて、うーん、なんて言ったら判ってもらえるかな。」

「・・・人間・・・貴様は!」


悪魔ワルキューレの右手に閃光が走る。白魚のようにスラリと伸びていた指が、変化する。
鋭い釘のような爪が、生えるやいなや横島の眼球に殺到する。


「・・・なめるんじゃないよ、ワルキューレ。軍属に居たにしては随分鈍ったね。」

「・・・流石はメドーサか。」


横島の眼前にメドーサの腕が広がっている。
その先では、ワルキューレの右手首がメドーサに文字通り『掌握』されていた。
憎悪の火の燈った瞳から、毛の生え揃わない猿へ視線が突き刺さる。


「ヨコシマタダオ。ならば問う。貴様にとってメドーサとはなんだ?」

「うん、そばにいると嬉しいかな。うーん、存在が嬉しい。なんて言ったら判ってもらえるかな。」

「よしな、ヨコシマが困ってるじゃないか。・・・答えなんか、判ってるしね。」


今まで静観していた美神令子が、ふと席を立つ。
にこりと笑うと、メドーサの背中を両手で突き押す。
メドーサはもんどりうって、テーブルの角地の席に雪崩れ込んだ。


「よーはこーいうことでしょ?・・・まったく、見てられないわよ。」


そこは横島の席。
机をかわした反動で体勢が入れ替わり、その胸板のところにちょうど横島が顔を埋めている。
メドーサは横島の鎖骨の辺りに手を突いており、寄り添うような格好である。


「ほら、こういうのがセクハラって言うのよメドーサ。これは、良くない事ね。」

「・・・そうなのかヨコシマ?」

「うぇ?!・・・・んー、まぁ、確かに同意無しではさすがにマズイかも・・・」

「ちゃんと同意してない女性の胸を陵辱するのは、悪い事だわ。」

「ど、ど、どうすればいいんだい?美神、教えておくれよ。」

「・・・・叩けば、いいんじゃない?」


混乱しているメドーサが、横島の頬に軽く張り手を入れる。
首が有り得ない方向に曲がり、やがて回転ベクトルが胴体に伝わり、
出来の悪い竹とんぼのような人体がクルクルと空中に舞い、天井に突き刺さる。


「ナイスビンタよ!メドーサもツッコミの素質あるわね。さ、トドメの一言!」

「・・・・・・こ、今度は許さないよ、ヨコシマ!」


やがて天井からヒラヒラと落ちてきた主人公。
頭のほとんどに擦り傷が覆い、血の附いてない部分が余りにも少ない。
とっさに横島を受け止め抱きかかえる蛇神。


「うおー!こ、この凶暴な!絶対破壊力満点の乳がいけないんやー!」

「ちょ、ヨコシマ!・・・・開き直る悪いヤツには、こうだよ!」


スリーパーホールドという技がある。腕で頭を固定し、こめかみの動脈を締め、落とす技だ。
因みに首の気管を絞めて呼吸困難にさせる技はチョークといって反則である。
メドーサはスリーパーホールドをかけている。しかし、横島の呼吸はすでに困難になっている。
何故、横島に酸素は供給されなかったのか。


「肌と肉の渦が・・・と・・・溶けていく・・・・」

「誰の胸がソーラレイかっ!失礼な事言うんじゃないよヨコシマ!」

「げるとるぶぁっ?!」


横島の頭が更にきつく締め上げられ、とうとう意識を失う。
メドーサがゆっくりと横島を椅子に横たえると、美神が微笑みながら腕を組んでいた。
元GSと蛇神は互いの視線をふと絡ませ、やがて少し眉を下げると、くすくすと笑い出した。
その光景を見て、ワルキューレが赤い髪の除霊師の肩をポンと叩く。


「ミカミ、貴様いいやつだな。愛人くらいにはしてやってもいい。」

「だーかーらー!なんで毎回毎回愛人なのよ!それに私は美神!名前訛らないでくれる?」

「美神、か。すると向こうは横島、だな?」

「そうよ。・・・そーいえばメドーサも・・・ん?メドーサは横島クンにだけ訛ってるわね。」

「訛っているというより神魔族風の発音だ。横島は、メドーサにとって人間ではなんだろうな。」

「ただの人間にしか見えないけど?ま、たしかに時々人間離れするところはあるけどね。」



首を二三度コキコキと鳴らし、美神は両手をいっぱいに伸ばす。
その右手に横島の横で腰を下ろしているメドーサが、左手に意識を回復した横島が掴まる。


「さ、帰りましょ。やっぱり新宿より池袋の方が落ち着くしね。」

「あたた・・・そっスねー。じゃ、そろそろみんなの舌も肥えてきたし、『朱雀』いきません?。」

「なんだい、『無敗屋』が最高だってこの前言ってたじゃないか。」

「毎日が研鑽って事スよ!ま、メニュー選びで味が変わるんで上級者向けなんスけどね。」


横島の肩に、再び二つの肩が並ぶ。
脇にいた戦女神にもその波動が伝わったのか、軽く鼻を鳴らすような笑顔が甦る。
その様を見て、メドーサがワルキューレに声をかける。


「せっかくだし、アンタもくるかい?」

「いや、やめておこう。これでも忙しい身だからな。・・・メドーサ、今は楽しいか?」

「ああ、楽しいねえ。別に張り合いとかじゃなくて、なんとなく楽しいって感じかね。」

「そうか。・・・ま、貴様は当分コッチだということは判った。それだけでも収穫だ。」

「そうかい。」


店を出て夜の界隈を歩き出す三人から、ワルキューレが横島の襟首をつかみ引き抜く。
我らが主人公は、きょとんとした顔でワルキューレを見る。


『横島、これをお前にやる。』


ワルキューレは、小さな首飾りを横島に渡した。
それは髑髏を模った不吉な意匠をしていた。


『これは?』

『魔界へ行くための軍用緊急避難具だ。人数は無制限だが一回だけ使える。』

『はあ。』


髑髏の顔をマジマジと見つめる横島。
指で弄んでも、別に何か動くわけでもない。
要するに、ただのシルバーアクセサリにしか見えない。


『メドーサ以外も一緒に連れてきてかまわん、魔界に来い。』

『お、もしかして俺に惚れたんスか?別にこんな回りくどいことしないでも、今すぐにでも!』

『残念だが、貴様のような下等な猿に興味はない。メドーサを連れて来いと言っているのだ。』

『・・・・・・・・・・・・・・ふ、不毛っスよ!同性愛なんて!さ、俺が男の良さを!』


鼻息荒く自分の上着を脱ぎかけ、唇を寄せようとする横島。
そんな彼の顔面に、OL風の女軍人の白い拳がめり込む。


『下衆な勘繰りをするな!・・・メドーサは神界ではお尋ね者だ。万が一の時に、だ。』

『・・・なんで俺に?』

『さあな。ただ、戦士の勘が貴様に渡せと告げているのだ。』

『おっけ。じゃ、何かあったら助けてくれよな。』


横島はそれを首から提げると、メドーサたちのいる所へ戻る。
ふと気がつき後ろを振り向くが、そこにはワルキューレの姿は既になかった。


「あら、随分悪趣味な首飾りね。どうしたの?」

「いやー、俺のワンフーにどうしても貰ってくれってせがまれちゃって!」

「はいはい、確か魔界医師の病院が近くにあったと思ったけど、メドーサ知ってる?」

「確か歌舞伎町の旧新宿区役所跡地だっけねえ。・・・ヨコシマ、辛い事があったらお言いよ。」

「なんでじゃー!」


両手に花といえば聞こえはいいが、要は両手から引きずられて、
三人は新宿の夜の光景に溶けていった。
ワルキューレもまた、その光景を見送り終えると、踵を返し反対側の夜景に融けていった。








一方、神界中枢部、行政区画。
公務を終えた大竜姫の目の前に、猿の神が立っている。


「ご公務で些かお疲れのようですな。」

「これも天界万民のため、そして世界の秩序のためです。して、何用ですか?」

「いえ、そちらの妹君が少々お疲れの御様子でしてな。仕事を手伝う事にした御報告で。」

「それは重畳。愚妹には些か荷の重い政かと危惧しておりました。ハヌマン卿なら心強い。」

「お褒めに預かり恐縮ですな。では。」


苦笑しその場を去ろうとする猿神。
笑みを絶やさぬまま、長髪の女神はその背中に声をかけた。


「そうそう、魔界代表部との折衝が終りましてね。人界に魔界の出張所が出来るそうですよ?」

「なんと?!・・・よろしいので?緊張緩和が逆行するやも知れませんぞ?」

「魔界よ神界よといがみ合う時代ではありません。皆、争いを好んでおりませんからね。」


にこやかに聖なる波動を放出する女神に、
猿の神は背を向けたままで話を続ける。


「しかし妙ですな。それほどの決定なら最高会議で議論すべきものかと思われるが。」

「ええ、本日最高会議で決定いたしました。ハヌマン卿が御欠席ながら決は多数でしたので。」

「なるほど、人界の私には通知が遅れていたということですかな。」

「でしょうね。人界実務に当たる貴卿に人界に絡む決定の知らせが遅れるとは、皮肉ですね。」

「まったくですな。まぁ多数であれば私の意見を態々聞くまでもなかったのでしょうが。」

「皆ハヌマン卿の武勇を信頼しての事です。神界の為の御尽力に期待していますよ。」

「匹夫の勇とならぬ程度に精を出すとしましょうかな。では、失礼。」


老眼の猿は、ひょこひょこと再び歩みを始め、やがて消えてゆく。
神界の実力者同士のちょっとした会談は、こうして終った。

さて、それぞれの胸の内や如何に。





『バーカバーカッ!猿の癖に生意気なんだよッ!貴様など人界で朽ちてしまえッ!畜生がッ!』


『大竜姫め、どうやら何か企んでおるようだが・・・今はメドーサを追うのが先決じゃな。』


『うまーい!やっぱり朱雀は玄武ラーメンが一番だなー!う、ウマすぎて目から汗が・・・』


『結局横島クンはメドーサの隣、か。なんだかなー。』


『・・・存在が嬉しい、か。横島は本当にボキャブラリーが少ないって言うか、なんだかねえ。』


『いかんな、司令部から連絡が来てたのか。・・・人界へ出向?何が起きたんだ?』


『うはwwww自治厨いじるとおもスレwwwwつーかおキヌちゃんって誰wwww』


『チビメド殿、少々意地悪に過ぎる気もするが、まぁ相手が弱いせいですかな^−^』


『こんぴーたーって本当におもしろーい♪また昼起きになりそうだけど、ま、いっか♪』


『おキヌ、そろそろ仕事をしてくれんかのう。まぁ今までが不幸だったんじゃ、暫くは我慢かの。』


『また掲示板荒らしか!あとからあとから!全然追いつかないじゃないか!!』






それぞれの胸の内を包み込み、夜は更けていく。
今日の夜の闇は何故か、少々暖かかった。




************次*回*予*告******************

「広い池袋に出れば大丈夫って考えたんだな。が、トンコツ系は背脂の次に、しつっこい。
巨大なチャーシュー、大量の麺は恐い。あげくに俺は財布を忘れた。ならば出るのは、
必殺でも何でもない必死の食い逃げ。次回蛇と林檎第九話『BLACK DIABLO』」

「機動戦士ガン○ムZZ風の次回予告なんて若い子にはわかんないよヨコシマ!」

「店員との修羅場が見られる!」

「ZZガ○ダムってのはモビルスーツの名前。タイトルはガンダ○ZZ。間違えると極楽行きよ!」

*************蛇*と*林*檎*****************


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