椎名作品二次創作小説投稿広場


蛇と林檎

蛇よファラウェイ


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 5/30





朝、豊島区池袋西口近く、築年数不明の洋館、とある除霊事務所兼住居。
引っ越したばかりの部屋は、それなりだが生活感を取り戻していた。
窓から差し込む薄明かりに誘われ、最初に目を覚ましたのはメドーサだった。

自分の布団の横には自転車型ルームランナーが鎮座しており、その向こうには少年が
丸まった布団を足で挟むように抱きかかえて別な世界へ旅立っているようだった。
後ろの押入れでは若い女の寝息が深く静かに往来している。

ひとしきり現状を把握して薄く笑みを浮かべると、深く息を吸い込み、そして。



「ほらほら、起きた起きた!いつまで寝てるんだい!」

「ほぇ?・・・・・・夢!夢であったか!くぅ、くそー!」


寝ぼけ眼で周囲を見渡したかと思えば、血の涙を流しながら布団を叩きつける横島。
メドーサは目の前の少年が見せたこの行動に少々驚いた。
恐る恐る布団を叩き続ける横島に声をかける蛇神。


「どうしたんだい?何か夢でおきたのかい?」

「へ?あ、あの、夢で美神さんが・・・・・うへへ。」


緩みきった表情からメドーサは何となく判った。
その時、後ろの押入からの息遣いが変わった事にメドーサは気付く。


「へえ?どんなだったんだい?美神とヨコシマの夢って?」

「うーんと・・・」




俺の名は、
スーパー
デリシャス
遊星
ゴールデン
スペシャル
リザーブ
ゴージャス
アフターケアー
横島除霊事務所
所長の横島忠夫だ。
あんまり名前が長くて持ちビルの60階建ての縦壁いっぱいになってしまうが、
世間からの熱い声が俺の事務所名の短縮を許さない。こまったもんだぜフフフ。
今日も秘書兼愛人の美神令子がこの宇宙的英雄の俺様に頬を赤らめながら予定を伝える。
昔と変わらぬボディコン衣装だが、胸は昔より更に育っている。その姿は凶器と言っていい。
ふっ、俺も罪作りな男だぜ。


「今日はイカゲル星人退治になっております。イカゲルゲバゲバ光線に気をつけてください。」

「またマニアックなところからの依頼だな。流石は令子だ。」

「ふふ、恥ずかしいですわ。」


宇宙的な英雄である俺も一朝一夕でここまで上り詰めたわけじゃない。
世界滅亡の危機を俺の機転で切り抜け、神も悪魔も俺に夢中になった。
やがて宇宙から助けを呼ぶ声がして俺は持ち前の明晰な頭脳から
ワープ機関を持つ波動砲搭載の自家用宇宙船を作り敵の大艦隊を滅亡させた。
3次元では収まりがつかなくなった俺の名声はやがて高位次元にまでおよんだ。
おっと、良く考えたらあんまり苦労していなかった。すまないなミンナ。
まぁここまで上り詰めるのに10年ほどかかったのが唯一才能の足りなさかもしれないな。


「まぁ2時間ほどで依頼は解決できますので、その後は、ふふ、私と・・・♪」

「まぁまて。私とて君をないがしろにするつもりはないが、今日は第256人目の愛人の日だよ。」

「・・・やっぱり、若くなくなった私にはもう飽きたんですね?・・・ひどいわ・・・」


ちょっと拗ねるように嘘泣きをする令子。いつもの嫉妬なのだが、私の弱点を良く知っている。
フフ、可愛い奴。大英雄の前では宇宙一高飛車な彼女といえども借りてきた子猫ちゃんさ。
その後色々あり、私たちはうまれたままの姿で巨大なベッドで一息ついていた。


「ふう、依頼は結局俺のスーパー遠隔超除霊光線で何とかしたが、君も少し自重したまえ。」

「ごめんなさい所長。でも時間もまだまだありますし、今度は私を縛ってください・・・」

「好きだな君も・・・ただ、今はもう少しここで眠らせてくれないか・・・少々疲れた・・・」

「眠るのは結構ですけど・・・そろそろ奥様が・・・・」






「回想終わり。」

「妄想にも程があるわー!なんで私が愛人なのよ!それになんだ緊縛好きって!」


ツッコミの分だけ押入から色々なものが横島に殺到する。
憤慨した美神令子がのっそりと押入から姿を現した。
彼女の服装は夢で見たボディコンではなく、彼女もまたメドーサと同じくジャージである。
美神の場合現在資産ゼロなので横島の服が徴発されており、機能性は関係ないらしい。


「い、痛っ!あたたたた!・・・てか、いつ起きたんスか?」

「え?う、さ、さっきよ!縛るとかいきなり聞こえてきてビックリしたわよ!」

「へぇ?・・・アンタ夢の話のまえから起きてたよねえ?」


ジャージ姿の後輩所員が、ギクッという効果音と共に目線をメドーサから外す。
横島はちょうどメドーサの影になってその仕草が見えなかった。
メドーサは美神の耳元で声を潜ませる。


『興味があるなら本人に聞けばいいじゃないか。聞き耳なんか立ててないで。』

『な!ナニ言ってるのよ!ぜんっぜん興味なんかないし!大体自分はどうなのよ?』

『ん?アタシはヨコシマが楽しそうならそれでいいし、今のアンタならお似合いだと思うしね。』

『あらそー、やっぱり奥様は違うわねー。ヨユーだこと。』

『・・・人間はちゃんと人間同士じゃなきゃ駄目さ。そんなのGSのアンタなら判るだろ。』

『そう?人間と神様の恋愛なんて、神話なら陳腐なほどあるわよ。』


敵愾心丸出しで頬を染めてにらむ美神にメドーサは苦笑した。
その時ふと、美神の単語からある記憶が竜神に流れ込んできた。


「そうだ、悪いんだけどね、ちょっと友達に会う用事を思い出したよ。出かけるけど・・・」

「そうなんだ。いってきなさいよ。」

「交配するんならこの部屋はやめときなよ。後始末が大変だからね。」

「するかー!とっとと出かけてこい!」


興奮して赤面する美神に、メドーサが横島の視界外で美神に紙を数枚握らせた。
福沢諭吉の肖像画付紙幣が4枚ほどだった。


『ま、これで色々楽しむんだね。』

『い、色々って何よ!』

『まかせるよ。』


所長である彼女は、手を一振りすると横島と初めて会った時の戦闘服に変わっていた。
2人に軽くウィンクすると、その姿が消滅する。


「・・・さっきメドーサとなに話してたの?」

「え?・・・買い物でもして来いってね。4万ぽっちだけど、今は随分大金に感じるわ。」

「いや、それが普通なんですって。で?」

「で?って?」

「荷物が多いなら手伝いますよ?これでも多少力持ちだし。」


美神はここにきて横島の分析の結果が出ていた。
助平な時の横島、真面目な時の横島、おちゃらけているときの横島、
そして今の、無邪気に覗き込んでいる横島だ。
正直、この目の前のタイプの横島が少々美神は苦手だ。


「そう、ね。まあ荷物持ちはいても困らないか。特別に同行を許す!」

「ははー!・・・って、なんでやねん!善意で申し出たのにー!」

「あははゴメンゴメン。さて、横島クン、次に私はなんと言うでしょう?」

「ま、まさか・・・『着替えたいから脱がせてくれないかしら』・・・と?」

「ドアホー!『着替えたいから出てけ』じゃー!」


部屋から蹴り出される横島を確認すると、美神は押入に戻った。
中には古いアパートに付き物の、押入の中の裸電球があり、
そのスイッチを入れて狭いスペースで器用に着替えをしだす。

やっとこさジャージの足を抜いて着る分の服を探そうとした時に
ちょうど足元のあたりの戸襖にゴリゴリと音を立てて小さな穴が開く。


「・・・・・さってっと、全部着替えちゃおっかなー?」


ガタガタと戸の音が響く。
ちなみに押入という空間は実際中からの音が外から聞こえやすい。
それは戸襖の素材が紙であり、その奥が空間であること。
一種のスピーカーコーンと同じ役割を持つのである。
同様に中からも外の音は聞こえやすいのだ。

少しじらすように身体の位置をずらす美神に、襖の外の息遣いも荒くなる。
そこで視界外にあった美神の右手の二本の指が、穴に向けて殺到する。


「このままッ!!指を!こいつの!目の中に!・・・・・・つっこんで!殴りぬけるッ!」

「どっげええええええええええええええ!」


すぐに押入から出た美神の目前には、
目を押さえて転がる青少年の姿があった。
手応えは充分だったがどうやら失明には至ってないようだった。


「ギャオー!め、目がぁぁぁぁぁぁ!目潰しは反則じゃあああああああ!」

「覗きに人権なんかないわよ!・・・コソコソのぞくなんて馬鹿じゃないの!?」

「え?それでは堂々と覗けと?」

「・・・・死にたい?」

「うっぎゃああああああ!つ、つぶれたああああああ!あ、あんまりだァァァ!」


目も開けられぬまま股間を押さえる青少年。
美神はその姿を見て満足すると、公約どおりに全てを着替えた。
シャツに少しゆるいデニムパンツ、ジャンパーは腰に巻いていた。


「ほら、とっと行くわよ。」

「ま、まだ、引っ込んだままで・・・・」


反論を許さず青少年の襟首を掴んで部屋を出る美神。
やはり自分はMなんかじゃないと、心の中で安心した。

駅前まで来たペアルックの2人だが、女性の方が少々思案していた。
路線図で彼女が見るのは帝急東横線代官山駅。


『うーん、代官山以外にあんまり服って買わなかったのよねー。マヌカン任せだったし。』

「買い物って、ナニ買うんすか?」

「・・・え?服でも買おうかなと。」

「服ならココでいいじゃないですか。・・・って、駄目だから探してるのか。」


美神は横島に言われて目の前の建物を見上げる。
西TOBUこと闘武百貨店だ。帯広告に『初夏の北海道大物産展』と書かれている。
彼女には百貨店のイメージというと家族連れが地下食品売り場で買い物するくらいだった。
ただ、これだけの大きさで確かに全部食品という訳もないだろう。


「そうね。貧乏なわけだし、この辺で手を打つしかないかな。」

「いやいや、美神さん!ここは結構高級なのもあるんですって!」

「そう?・・・ま、電車代かからないし、ここでいっか。いこう、横島クン。」

「へいへい。」


駅入り口から一旦階下に降りて、そこでメインエントランスになる。
古い百貨店などは大抵照明も暗く、壁も薄く汚れている場合が多い。
しかし、池袋闘武は1992年に行われた大規模増床でほぼ新築に近く
高級感を演出した青基調の新時代百貨店となっており、女性客も多かった。


「へー、近所にこんなのがあったなんてね。知らなかったわ。」

「いや、もう随分まえから工事してますが・・・まさか、駅使った事・・・」

「ないわね。山手線て混むから嫌いなの。」

「すごい偏見だ・・・ラッシュ時以外混まない電車なのに・・・」


2人はやがて、4Fの婦人服売り場にたどり着く。
ひたすら広い。子供用からクィーンズサイズ(いわゆる大型サイズ)まで豊富に揃えている。
代官山サイズと言われる小柄な女性用の服しか置いていないブティックで苦渋をなめた
そのときの屈辱が美神の脳裏に甦る。胸元のサイズが規格外だからだが。


「けっこー、よさそうじゃない?」

「え?いやー、それは俺に言われてもわかんないス。」

「馬鹿ね、そういうのは嘘でも否定しないでおくものよ?ガキねー。」

「うーむ、なるほど。」


居心地の悪い婦人服売り場で、横島は必死に美神の後ろについていく。
その姿を後ろ目に見て、美神は商品を選ぶふりをしながら、早足になる。
そんな無邪気な追いかけっこが小一時間続いた。


「・・・結局買ったのがジージャンとシャツって、全然代わり映えしないんじゃ?」

「ジージャンじゃなくてデニムジャケット。それに、今年は青が来てるし、いいのよ。」


エスカレーター横の休憩所で、2人はベンチに腰掛けていた。
少々グロッキー気味な横島の頬に、美神は自分の分と一緒に買った冷たいコーラをつける。

紺のジャケットが流行になり青基調の車が良く売れているのは確かであった。
青は幸運色とされており、疲弊したバブル後の世相を反映していたとも言われている。
ただ、年中青の横島忠夫に幸運が来ているかということも考えると、その効果も眉唾物だ。


「さて、と。あとはパンツを買ってくるから、横島クンはここで待ってなさい。」

「いやいや、ここはこの不肖横島が美神さんのサイズを完璧に網羅してますので・・・」

「あーあ、まだなんか蹴り足りないわねー。」


椅子に座りながらも鋭い前蹴りを何度も披露する美神。
横島は顔色を変えて足の間に両手を挟んで腿を閉じた。


「じゃ、華麗なキックで死の世界が見たいならいらっしゃい?じゃーねー。」


横島の脳裏には今朝の悲劇が焼きついていた。
男性の急所は非常に攻撃に弱い。故に急所なのである。
その激痛は計り知れない。例えを引用するなら内臓の中で足がつった時の状態になる
とでも表現すると判り易いだろうか。

しかしそれでも我らが主人公は、一大決心をした。
困難に立ち向かわず何が全宇宙の救世主なのかと。
救世主様は、遂に席を立った。





「うーん、やっぱり少しサイズが大きいくらいが動きやすいけど、イマイチねー。」


美神令子はジーンズ生地のパンツを自分の腰に当てていた。
今穿いている横島のジーンズは少々サイズが大きすぎる。


「うーん、スリムパンツかなー、ちょっと締め付けがきついけど安心できるっていうか・・」


結局、2・3着のデニムパンツを持って試着室に向かう。
着ていた横島のジーパンをハンガーに掛けると、その手が不意に止まった。


『あんだけ脅しといたのに・・・懲りない奴ね・・・・』


試着室の外から、何ものかの存在が感じられる。
そこにいくらかの霊力も感じる。美神の中で、思い当たる存在は一つしかなかった。


『目潰し、金的、いやいや、もっともっと懲らしめてやらないと・・・』

「ふー、この細い脚もくびれた腰も、私一人で見ててもつまらないわねー。」


美神は神経を集中して、相手の出方を伺っていた。
しかし、多少動揺はあるものの、その場から動く気配が無い。
しばらく待っていたが、その動きに変化はなかった。


『な、生意気に我慢してるわね・・・それならこっちも考えがあるわ!』


おもむろにシャツを脱ぎだす。そこには下着に包まれた、豊満な双球があった。
もはや必然性の演出も何も無い行動だが、彼女の脳裏には勝利の確信があった。
奴はこれで必ず来る!そのとき、必殺の一撃を・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼女は衝撃を受けていた。
どれほど待っても、試着室の外からは動きがなかった。
マイナスな思考が彼女の脳裏をよぎる。


『ど、どういうこと?あのガキが我慢してるなんて・・・思ってるほど私ってたいしたことない?』


考えてみれば、自分がチヤホヤされていたのはGSで高名になってからだ。
客観的に評価が高いというよりも、その資金と力で言わせていたのだろうか?
実際はただの小娘と思われていたんではないだろうか?
予想外の出来事に、美神の思考はどんどんと潜り込んでいった。


「・・・・・・・たいしたことないですぅ・・・・・・」


微かに聞こえたその一言に、美神の感情が爆発した。
一気に手元の神通棍を手繰ると、渾身の力を込めて外に投げ出す。
そこには確かな手ごたえがあった。


「ぐわっ、れ、霊能者?!」


横島の声ではなかった。
ちょっと安堵した美神が外に出ると、そこには小太りの愛嬌のある女の怪異がいた。
かなり無理のあるサイズのピンクのサマードレスを着て、美神を睨む。

では、一体我らが主人公はどこに行ったのだろうか?





数分前、女性下着売り場。

そう、彼は当然パンツと言えば女性下着、いわゆるパンティであろうと、
真っ先にここに駆けつけていたのだ。
しかしそこには屈強な、警察官に似た制服を着る男がいた。
じりじりと対峙する二人。


「どけ!俺は別に怪しいもんじゃない!宇宙を救うんだ!」

「下着売り場に向かって息を荒げて突進する奴が怪しくない訳があるか!」


威嚇する身長3メートルはあろうかという屈強な警備員。
それに対峙する我らが救世主。
どう見ても不利な横島だが、その身に纏う煩悩が彼を戦地から逃がさない。


「くそ、こいつのせいで美神さんの下着チョイスの光景が・・・なんてこったぁ!」

「ふん、貴様最近うちで出没してるノゾキであろう!正体を現せ!」

「誤解だ!婦人服売り場は目立ちすぎる!何度もなぞ普通にムリだと判らんのか!」

「貴様の流派はノゾキを極めていると見た!その程度の言い訳をするとは笑止!」


因みに実際に女装して覗きをするような事件もあるが、下着売り場には来ない。
何故なら、そもそも下着は試着などをしない。覗く対象がないのである。
だが、横島の身体から発せられるオーラが警備員を呼んでしまったのだ。
屈強な警備員が更に気を吐く。その筋肉は盛り上がり、制服を破って半裸となった。
その腕から繰り出される必殺の剛拳を、横島は辛うじて避けていった。


「うぬは柔の拳を使いよるか!だが俺も闘武の警王と呼ばれた男!喰らえ天将奔烈!!」

「むちゃくちゃだー!」


避けきれぬと判って頭を守りうずくまる横島。
その時、無線の呼び出し音が鳴った。

警備主任は拳を振り上げたポーズのまま、
左手で無線機を持ちそれに応答した。


「なに?試着室でノゾキ?例のだと?・・・女2人?・・・わかった、すぐ向かう。」


警備主任は振り上げた腕を元に戻すと、くるりと踵を返した。
そして背中から横島に声がかけられる。


「今日はここで退こう。しかし、またいつか貴様とは戦うであろう。・・・貴様の名は。」

「えー!なんだよそれー!因縁じゃねーか!」

「・・・・ふふ、インネンか。その名覚えておこう!」


警備主任は黒い大きな馬に乗って去っていく。
ちなみに同名の別人の元に巨大な人間がやってきて重傷を負う羽目になるのだが、
それはこの話と余り関係がないので省略することとする。

横島は周囲を見渡すが、美神の姿が無い。
どうやら彼は大宇宙を救うチャンスを逃してしまったようだ。
そこで、先ほどの試着室の話を思い出す。


「美神さんのチョイスに付き合えなんだとはいえ、試着室だって夢いっぱい夢工場だ!いざ!」


人間の規格を外れるのではないかと思われるほどの高速で走り去る我らが救世主。
そこの床はただのPタイルでしか無いというのに、土埃が上がっていた。







一方、美神令子は愛嬌のある女性の人外を見た。
自縛霊に毛の生えたような霊力だが、どうやら妖怪のようである。
神通棍に打ちつけられたのだろうか、鼻の頭を押さえてうずくまっている。


「・・・・・・・・おたく、だれ?」

「あたしの名前は妖怪夏物衣料コンプレックス!くびれた腰と長い脚が憎いですぅ!」

「あ、あらそー。・・・で、なんでこんな所で覗いてるのよ。」

「そんなに自分ではひどいと思ってないんですぅ・・・でも気になるから、ついつい・・・・」

「あー、それで残留思念が貯まったわけか。でも、なんで妖怪化したのかしら。」


小太りの女妖怪が正座をして、美神がしゃがんでその話を聞いている構図だ。
試着室の狭い空間で女性二人が雑談をしているのは、かなり奇異だ。


「もちろん、そんな事だけで妖怪化したりはしないんですぅ、その・・・・」

「ん?煮え切らないわね!しゃきっとしなさいしゃきっと!」

「は、はい!それだけではないんですぅ・・・実は、コンプレックスの原因は他にもあって・・・・」


少々沸点の低い美神が再び怒鳴ろうとしたその瞬間、
試着室のアコーディオンカーテンが豪快に開けられる。
そこにはトランジスタグラマー、所謂完璧なプロポーションの水着女性が
無表情に立っていた。


「アーラ?ドコニ消エタカト思ッタラ。コンナ所ニイタノ?」

「マ、マネキンさん!」


無表情ながらそのカツラの黒い長髪をファサっとかきあげ、
何故かハイヒールの足先で夏物衣料妖怪の脇腹をちょんちょんと小突く。


「コンナダラシナイ小でぶチャンガ人様ヲイッチョマエニ脅カソウナンテ、百年早イワヨ?」

「・・・・・・なにこの等身大フィギュア。ものすごくムカつくんだけど。」

「マネキンさんは婦人服売り場妖怪のリーダーで、下級魔族なんですぅ・・・」

「チョットソコノ人間。ソンナ小でぶ妖怪ニ驚イテアゲナイデ私ヲ見テ驚キナサイ?」


こめかみの血管がピクピクと動き、美神はしゃがんでいた姿勢からすっくと立ち上がる。
その姿勢は堂々と背筋を張り、そのプロポーションが強烈にアピールされる。


「こんな建物のワンフロアのボス猿気取りで何えばってるの。笑わせるんじゃないわよ!」

「馬鹿?池袋闘武ハ日本デモ有数ノ巨大百貨店。集マル想念モ半端ジャナイワ。」


視線が光線のように両者から放たれている。
その交差している一点では、閃光が発しているのではないかと思えるほど激しかった。


「マァマァノぷろぽーしょんダケド、ヤッパリ二ノ腕ガ、ユルイワネ?」

「よ、余計なお世話よ!それにね、あんた妖怪でしょ!バケモノじゃない!」

「負惜シミ?所詮コノ世ハ見タ目ヨ。ソンナノ貴女ダッテ判ッテルデショ?」

「ああああああ、やっぱり世の中見た目ですぅ・・・ブサに存在価値はないんですぅ・・・」

「だあ!あんたは少し黙ってなさい!」


美神のどこからか取り出したハリセンが、夏物衣料妖怪の後頭部にヒットする。
見下ろすような目線を投げかけるマネキンはくすくすと笑い出す。
夏物衣料妖怪の名誉の為に言っておくと、決して不細工ではない。
ふっくらして愛嬌が有るという程度である。


「ぶさハぶさナリニ身ノ程ヲ知リナサイ。売リ場ノ隅デ泣イテルノガ、オ似合イダワ。」

「・・・・ふん、そういう奴に限ってモテないものよ。それが判らないなんて、無様ね。」

「負ケ犬ノ遠吠エ?コノ完璧ナびゅーてぃニ欠点ハ無イワヨ。まねきんハ理想ノ具現ナノヨ。」


事実である。まぁもちろん売り場によっても異なるが。
マネキンは実際に歴史が大変長い上に、その造形は既に芸術と言ってもいい。
人々がそのディスプレイを見て夢と希望を与えられるように出来ている。
その造形師たちは常識とは一線を画す程の鬼才ばかりである。
マネキンメーカーのホームページなどうっかり見てると、気がつけば数時間経つほどである。


「ま、出来のいいフィギュアだったら海○堂で間に合ってるわ。あんたじゃなくてもね。」

「フゥン?ダッタラチョットシタげーむデモシテミル?私ガ負ケタラ何デモスルワヨ?」

「闇のゲームってわけね。いいわよ、デッキは持ってきてるから!」

「アナタおたく?ダレガでゅえるスルッテ言イッタノヨ。ドッチガもてルカニ決マッテルジャナイ。」

「・・・・・いいわよ。後で吠えづら、いえハゲヅラかくんじゃないわよ!」

「言い直してるほうが間違ってるですぅ・・・」


試着室のカーテンから薄着の女性が三人、ぞろぞろと出てくる。
黒髪で水着姿のマネキン、赤い髪で下着姿の元GS、そしてサマードレスの妖怪である。


「わ、わたしはこっそり応援してるですぅ・・・」

「あんたも出るのよ!いいこと!こういう勘違い馬鹿にはガツンと言ってやらないとダメなの!」

「勘違イハ貴女ジャナイ?ドウ見タッテ私ノ勝チハ確定デショ?」

「それはどうかしらね。事実はSSよりキテレツナリって言うの知らないのかしら。」

「それはコロ助ですぅ・・・」



美神は当然、こういう時にギャンブルなどはしない。
まっているのだ、確実な勝利の使者を。

ここで横島と美神の時間軸が合致する。

はるか遠くから、砂煙を上げて叫びながら走ってくる影があった。
その小さな青い点は、やはて大きくなり、人型となり、バンダナを巻いた青年となる。



「ぉぉぉぉおおおおお夢工場ドキドキパニック!!!!美人は全部俺のもんじゃー!」

「来たわね!」


美神は爆走青年がレッツ&ゴーしている軸線上にいた。
衝撃に備えて目を瞑った美神だが、その衝撃音がしても、自分に感触が無い。


「・・・・・!?まさか?!」


横島は直前でスライディングし、女妖怪に抱きついていたのだ。
女妖怪はびっくりとして横島を眺めていた。


「はぁー、やわこくて、しあわせー!(すりすり)」

「え?ええ?あの、私?なんで私?びっくりですぅ?」

「いやー、肌の感覚がたまらーん!おじょうさぁ〜ん(すりすり)」

「ほ、ほんとに私が、男の人にモテ気味?し、信じられないですぅ・・・」


実際、細目の女性と太目の女性だと、男性からの人気は昔からそうである。
度を越せば別だが、度を越した女性はそもそも人間として心配され異性ではなくなる。
男向けのグラビアなどを見れば大概は判るもんだが、だいたい世の女達は見ない。


「まー、コイツの場合は見境ないけどねー。・・・まさかこういう事になるとは・・・」

「そ、そんなこと無いスよ。お嬢さん、君はとっても魅力的だ!この胸元の感触とか(スリスリ)」

「やだ、私モテてる?モテてる?意味わかんないですぅ!」


ここに愛が存在するのかと問われれば、もちろんNOだ。
だが、勝負には充分すぎるほどの決着がついていた。
マネキンは相変わらず無表情ながら、そのポーズでショックを受けているのがわかる。


「チョットソコノ男、コノぱーふぇくとびゅーてぃノ私ニ飛ビツキナサイヨ。」

「・・・・いくら綺麗でもFRPで欲情できると思ってるのか?」

「ホラホラ、腰ノクビレモ胸モ完璧ヨ?モシカシテ貴方ほもナンジャナイノ?」

「質問を質問で返すなあーっ!!疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか!」

「激しく同意ですぅ。」


美神はかなり色々ツッコミたいと思ったが、我慢した。
とにかく、マネキンはがっくりと四つん這いになり頭を垂れている。


「いいこと!あんたは負けたんだから、これからはそこの・・・・な妖怪の手下よ!」

「エエー?ソンナノ納得イカナイワ!悪魔ノ私ガ、ヨリ劣ル妖怪ノ下働キナンテ!」

「現実モテてないでしょ!あんた、頭脳がまぬけじゃない?」


横島は相変わらずサマードレスの妖怪の胸元で幸せそうにゴロゴロと言っている。
なんとなしに頬を赤らめた夏物衣料の少女が膝枕に乗ったその頭を優しく撫でていた。
なんとなしに横島の頭頂に肘を落とす美神。


「ウゥ、確カニ負ケマシタワ・・・ク、クツジョク・・・・」

「ふー。あーすっきりした。さて、もうそろそろ・・・・横島クン?」


美神が目線を戻すと、膝枕に乗っかっていた横島が仰向けになり
そのすぐ3cm上に、夏物衣料妖怪が逆側から唇を近づけている。
屈んだ姿勢から豊満な胸が頭半分を埋めており、横島の意識は既に落ちていた。


「横島さん・・・わたし横島さんだったら・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・では・・・・横島さんをいただきますですぅ・・・・」

「そこの2人ィィ!勝手に暴走してるんじゃなぁぁぁい!規約をよく読めェェェェ!」


因みに美神の言っている規約とは、作品投稿者に対する注意事項第1条第4項、
『・アダルト向け二次創作の投稿は禁止します。』の部分の事である。
時間移動以上の宇宙意思の強制力を行使し、美神は横島を吹き飛ばした。


「いたたたた・・・ハッ!美神さん、俺は一体何を・・・・」

「・・・・・(チッ)」

「ちょっと、そのチッて何よ!とっとと売り場に戻れー!」


すごすごと柱の影に入って、姿を消す夏物衣料妖怪。
マネキンも気がつけば、他のマネキンに紛れ気配を失っていた。


「か、彼女らは一体・・・・・?」

「コレだけの施設になれば下級悪魔や妖怪なんかはいくらでもいるって事らしいわよ。で?」

「で?とは?」


朝の会話が逆転している。しかし、危機的状況は朝の比ではない。
膝を横に流して座っていた横島の前に仁王立ちする美神。
その三白眼の視線の後ろにはハッキリと目視できる殺意のオーラが渦巻いていた。


「なんで妖怪に飛びついたのか、きっちり説明してもらうわよ・・・」

「え?いや、だって、美神さん次は殺すって・・・それに彼女は美人さんだったし・・・」

「へー?じゃあ私は妖怪以下なんだ?ふーん?」

「はえ?・・・美神さん、飛びついて欲しかったんですか?」


そのセリフを聞き、美神は自分の言葉を反芻した。
あきらかに自分に飛びつかないことを怒っているようにしか聞こえない。
流石の元最上級GSも赤面する自分を抑えることは出来なかった。


「う、うぬぼれてるんじゃないわよ!この色魔!」

「俺ってば自惚れてますか?なぜその神通棍には必要以上の殺意が込められてますか?」

「あの世で答えを見つけることね・・・・」


美神は強力な殺意の波動とオーラを背負い神通棍を振り上げた。
だがその時、先ほどの横島登場と同じような砂埃が現れる。
そこには巨大な黒い馬に乗った精悍な大男が叫びながら迫っていた。


「ぬう、ノゾキはどこだ!姿を見せい!」

「うわ、あいつ警備主任じゃないか!美神さん、逃げましょう!」

「あ、あの人たちです!しかも4人で変なプレイを・・・」


物陰に隠れていた近くの店員が声をかける。
警備主任は、走り去ろうとする横島の姿を見て不適に笑った。


「やはりうぬか。しばらく見ぬ間に随分と強くなったようだな。闘気を身につけておるとは!」

「ちがーう!その闘気は俺のじゃなーい!」

「はいよー!走れ墨王!奴の元へ!」

「ちょっとどういうことよ!アレは一体なんなの?!」

「説明してる暇はないです!俺達どうも変質者と勘違いされてるみたいなんです!」

「達って・・・私を巻き込むなー!」


(しかし、美神はかなり状況は不利な事に気がついた。
警備員に追われている、男女2人組。しかも女のほうは下着姿だ。
更になんだか見られているのに高揚感も・・・・)


「勝手にナレーションするな!何が高揚感か!!」

「ああっ?!俺の巧妙な作品介入を見破られた?!」

「だから声に出てるわよ!」


大柄な馬の追撃を避け、非常階段に逃げ込む2人。
蹄の音が遠ざかるのを確認し、やっとその場で腰を落とした。
美神はそこで息を整えると、横島に向き直った。


「脱ぎなさいよ。」

「え?」

「脱ぎなさいって言ってるの。それとも強引に脱がす?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・優しくしてね・・・」


階段に腰を下ろしていた横島の頭に、綺麗な形で踵落としが決まる。
その手元から、見覚えのある服が一揃えこぼれ落ちた。


「さっさと服をよこせって・・・・・・・・・ん?その服・・・・・」

「ああ、美神さんの荷物っスよ。さすがに裸じゃまずいかと思って回収しときましたよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがと。」


黙って横島の手からそれを奪い取ると、もそもそと着替えをしだす。
横島はその間後ろを向いて待っていた。


「もういいわよ・・・・・で、何がお望み?」

「へ?ノゾミって?200系がどうしたんスか?」

「偶数付番は東北新幹線で、のぞみじゃないわよ!・・・着替えを持ってきてくれたお礼って事。」

「・・・・・・・・・・・・・・そうか!交換条件であんなことやこんなことが実現できたのかー!」

「いちいち欲情してよく疲れないわね・・・・・こっち向きなさい。」

「へ?」


横島の視界には、不意に美神のおでこが広がった。
そのまま眉間に命中し、その強力な衝撃は横島の目の前に星が幾重にも広げさせる。
そんな朦朧とした横島に、ぺちょんとした感覚が現れた。

すぐにふいと美神は離れ、そっぽを向いてしまう。


「こんな程度のことで恩着せられちゃかなわないから、コレでおあいこよ、おあいこ。」

「・・・・?ま、まさか今の・・・キス?」

「な、なによ!下手だっていいたいの?仕方ないでしょ!・・・あんたで二人目なんだから。」

「いや、そうじゃないけど・・・二人目なら俺と一緒だし。」

「まさか・・・あんたも相手は・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・メドーサ?」」


互いが人差し指で相手の鼻を指しあい沈黙する。
やがて2人はプルプルと頬を震わせ、そして腹を抱えて、長い時間、笑いあった。
ひとしきり気が済んで落ち着いたところで、美神が時計を見る。


「さて、買い物もぐちゃぐちゃになっちゃったし、どうする横島クン?」

「そーっすねー、とにかく一旦ブクロを離れましょうか。色々面倒だし。」

「離れるなら電車ですぐ行ける所がいいわね。どこにする?」

「じゃあ新宿かなー。金かからないし。」


美神は山手線を使うとばかり思っていたが、実際に乗り込んだのは埼京線だった。
横島が言うには、停車駅の数が少ない分早い、ということだった。
スーパーカー並みの車に乗っていた彼女には、どれものろまな亀でしかない。
ただ、目の前で話す人間がいる移動というのは彼女には非常に新鮮だった。


「へー、コンプレックスかー。男ならともかく女の子も気になるもんスかねー?」

「まぁね。横島クンみたいな頭からつま先までストライクゾーンな奴ばっかりなら楽だけどね。」

「お、誉められてますか俺?」

「ばーか。けなされてるのよ。見る目が無いっていうのよ、そういうの。」

「これでもブザとそうじゃないの位は見てますよ?!」

「その前に身体を見る奴に言う資格はないわよ。」


電車は日本最大のターミナル駅、新宿に辿り着く。
一番線ホームから雑踏を抜けて、東口の出口から駅外に出る。
新宿アルタの巨大電光板を抜け、平日午後のまったりとした新宿界隈を2人は散策していた。
夜になれば居酒屋のネオンと酩酊者で溢れる通りも、昼は平和だ。

伊勢丹を眺めながら、画材店の世界堂を冷やかし、新宿通りに抜ける。
新宿通りを少し歩くと、新宿御苑が目前に広がる。


「ふー、新宿ってマフィアと酔っ払いとポン引きの街かと思ってたけど、意外と落ち着くわね。」

「ほんっと美神さんは偏見だらけッスね。池袋より安全なんスよ?」


他愛も無い会話を続けながら、新宿門と呼ばれる新宿通り側の入り口から御苑に入園する。
入り口で200円を支払い、中の自然公園を散策できるようになっている。
都心では他に類を見ないほど、安価に落ち着ける場所なのだ。

日本庭園の傍にあるなんでもないベンチに、2人は腰を下ろす。


「・・・あー、なんだか贅沢だわ・・・・」

「へ?200円ッスよ?お得ではあっても贅沢ってワケじゃないんじゃ・・・。」

「馬鹿ね。時間ってのはそれだけで贅沢なの。でも、こうしてまったりしてるのもいいわねー。」


ベンチに両手をつき、軽く伸びをして、糸のようにノンビリ目を細める美神。
隣にも、17歳の少年が同じような表情で空を見上げていた。
時間も雲も、ゆったりと流れていく。


「しっかし、いい天気ッスねー。」

「そーねー。」

「暑すぎず寒すぎず、って奴ッスねー。」

「そーねー。」

「今日みたいに相手がイイとさらに気分いいスねー。」

「そーねー。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「っておい!なに言わせるのよ横島クン!」

「ツッコミ遅っ!・・・てか、気分悪かったならそう言ってくださいよー。」

「え?・・・いや、別に気分が悪いなんてつもりじゃなくて・・・」


そこに閉園時間の案内が放送で流れ始める。
あれほど眩しかった太陽も、幾分か和らいでいる。
美神は、ふと気温の下がったのを知り、腰に巻いてたジージャンを羽織った。


「さ、そろそろ出ないと怒られるわね。いこ、横島クン。」

「あれ?さっき買ったの着ないんスか?十得だったら持ってるんでタグくらい切れますよ?」

「・・・もったいないからいいわよ、これで。」


不格好なほどサイズの大きい男物のジージャンの裾を二三度畳み
なんとか手首が出たところで少したくし上げる。
多少気に入ったのか、軽くうなづくと赤毛の女傑はすたすたと歩き去っていく。


「さ、次はどうするの?しっかりエスコートなさい。」

「え?うーん・・・・そうだ、小腹も空いてきたし、メシにしません?」

「・・・・そうね。じゃ、任せたわよ?」

「了解!」


2人は新宿通りから今度は靖国通りに抜けて、花園神社の境内を横目に見ながら
新宿区役所の脇を抜けてとある路地に入る。
横島は満面の笑みを湛えてその店を紹介した。



「・・・・・で、結局ラーメンね。まぁ予想はしていたけど。」

「いや、ここは違うんスよ!青山のうどん割烹『ちまだ』が出店したカレーラーメン専門店で・・・」

「はいはい。まー、ラーメンの目利きだけは確かみたいだから、期待してるわよ。」


新宿は実はそこまでラーメン激戦区ではない。地価の高さが出店を拒んでいるのである。
そんな中でもラーメン通の人間は貧欲に店を巡る。そして各々が格付けをしていくのである。
美神の目の前で鼻息荒く解説する少年もまたその一人なのだろう。


「・・・・・・おいしいっ!カレーうどんのラーメン版ってワケじゃないのね?」

「ミルクとか、かなりの材料が入れてあるみたいで、柔らかいコクが喉に広がるんスよ!」

「これは汁ハネを気にして上品に食べちゃ駄目ね!・・・うーん、安いシャツでよかったわ。」


シャツの首元一杯にカレーの跳ね跡をつけたやんちゃな少年少女は、店を後にした。
気がつけば、日は落ち暗くなっていた。
もっとも、新宿の夜は明るい。喧騒は昼間と段違いに大きくなる。

駅に帰るべく紀伊国屋書店の脇を抜けると、そこに喫茶店があった。
喫茶カトリヤ。どうやら地下にあるらしい。


「横島クン、お茶でも飲んで帰ろうか。」

「そっすねー、ちょっと一息つきたいし。」


そこに、ずかずかとショートカットの目つきの悪い女性が2人の行く手を塞ぐ。
一見普通のOL風だが、髪はかなり短く、上背も横島を越えるほどの長身だ。
美神はその視線に何かを感じたのか、睨み返した。


「そこの少年、いま貴様、ヨコシマと呼ばれてなかったか?ヨコシマタダオか?」

「へ?・・・そ、そうですが・・・どこかでお会いしましたっけ?」

「ちょっとおばはん、下手なナンパなら他所に行ってもらえる?私たち忙しいの。」


横島の手を引き、店に入ろうとする美神の肩を目つきの悪い女性が掴む。
美神は渾身の力でその手を払おうとしたが、その手は微動だにしなかった。


「私はヨコシマに用がある。貴様には関係がないから一人で行け。」

「・・・・ふっ、大ありよ。・・・・・・・・・・私はコイツの恋人よ!」

「えええええええええ!」


叫びを上げたのは横島だった。
その脇では、美神と目つきの悪い女性が、更に険悪な視線を絡めていた。


「・・・本気なのか小娘。」

「だと言ったらどうする?結構関係だって進んでるかもよ?」


そこで目つきの悪い美女は、今度は横島に向き直った。
横島は頬に手を当ててキャーキャー言っている。
そんな乙女度の高い少年を、長身の美女が胸倉から軽々と片手で持ち上げる。


「恥を知れ民間人!よりにもよって、ふ、二股だと!」

「ちょっと、誰このオバハン!なんで因縁つけてくるのか説明しなさいよ横島クン!」

「ちょ。いや、その、俺もさっぱり・・・・」


そこに少し疲れた様子の見慣れた女性が顔を出す。
どうやら地下の喫茶店から出てきたようだった。


「あのー、アンタら何やってるんだい?」

「「「メドーサ!」」」


役者は揃った。



(つづく)


************次*回*予*告******************

「何もかも、ここで始まり、ここで終わるの・・・・・・い○ばんや・・・・・・
最強のバター醤油ラーメン・・・・・・その脂が・・・・・・その風味が・・・・・・
コーンも・・・・・・シナチクも・・・・・・融けていく・・・・・・
次回蛇と林檎第七話『白蛇CALL ME』」

「ベ○ーマン風次回予告なんて若い子にはわかんないよヨコシマ!」

「あなたの味覚を引きちぎる・・・・・・・・・・・・・」
「ガ○ガイガーとクロスしてるのって普通みんな知ってるわよね。」

*************蛇*と*林*檎*****************


今までの評価: コメント:

この作品へのコメントに対するレスがあればどうぞ:

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp