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セカンド スノウ

第三話「追跡・Gメン」


投稿者名:ミクロ林檎
投稿日時:07/ 5/29

第三話「追跡・Gメン」




夜の歓楽街は隠れ蓑として一級品だ。
一夜の楽園を求め、尽きることを知らない欲望がそこら中に溢れかえっている。
極彩色のネオンと夜の闇が解け合い、夜でも昼でも無い空間が出来上がる。
その空間に、カメレオンのように自分を擬態させることは極めて簡単な話だ。
俺は人の波に紛れるように歩き続けた。
その際約五秒間隔で歩調を微妙に変える。
追っ手がいるかどうか探っているのだ。
もしも完全に追っ手がいないとわかれば、どこかホテルにでも泊まろう。
そうやって歩き続けること三十分、後ろから感じた気配で一気に血の気が引く。
……いる。
歩き方、そのリズム、俺との間隔、殺気。
勘違いではない。
何人だ?
一人……二人?
いや三人……五人……八人……ククク。
どうやら随分前に俺の居場所はばれていたみたいだ。
次第に数を増していくそいつらは、ハイエナのような殺気を隠すことなく発していた。
一体どうやって俺の居場所を知ったのだろうか。
まあ、いい。
俺は立ち止まって後ろを振り向いた。
俺が振り向いたことで奴らは一瞬体を強ばらせたが、それだけだった。
その一瞬の内に覚悟を決めることが出来る。
こいつらはそれが出来ないと到底生きられない世界にいる人間なんだから。
そいつらの格好はまちまちだった。
スーツ姿の奴もいれば、ホームレスのような格好をしている奴。
全身をシルバーアクセでかためたいかついパンク男。
一見すれば普通の奴だっている。
そんな奴らに共通しているのは目。
どんな格好をしていようが、闇の世界で生きる人間は目が違う。
底が無く、近づく者全てを飲み込むような黒い炎が宿る目。
どんな動物にだってこの目はできない。
人間でなければ出来ない目なんだ。

「雪之丞さん。久しぶりっす。ここで殺してもいいんすけど、どうします?」

帽子を目深に被った男が、口元だけで笑ってそう言った。
俺を知っている口ぶりだ。
だったらこいつらはフェイと同じ一家の奴らだろう。
香港を牛耳るマフィア、李一家。
まあ、フェイが俺を殺そうとしたときから、こいつらしかないと思ったが……。

「どうします? じゃねえだろ。こんなところで騒ぎ起こして、困るのは俺じゃねえぞ」

「俺たちはいいんすよ、別にここでも」

帽子野郎がニタニタ笑う。
それに合わせて周りにいた奴らも笑い始めた。
だが相変わらずその目は笑っていない。
これは俺の直感だが、警察は既に買収されている。
こいつらはそれで大手を振って俺を殺せる機会を得たんだ。
巨大なスポンサーがついているらしいな、李一家には。
そして今回の黒幕は十中八九そいつだ。

「近くに○○ホテルがあっただろう。そこの地下駐車場までいこう」

俺がそう言うと、帽子男がスキンヘッドの男に目配せした。
スキンヘッドは携帯を取り出し、どこかにかけ始める。
俺はそれを横目で確認しつつ、ホテルに向かい歩き始めた。
勝手に歩き始めた俺をスキンヘッドが呼び止めたが、構わず歩き続けた。
電話を切る音が聞こえ、スキンヘッドが舌打ちをする。
マフィア共は観念して俺の後を追い始めた。
別にどこで戦ってもよかったのだが、なんとなくこいつらに逆らってみたかった。
俺って結構天の邪鬼かもしれない。



俺たちが歩き始めると周りの人間が一斉に動く。
呼び子のおばちゃん達は店に引っ込み、顔を赤くしたリーマン達は道の端ぎりぎりまで行き、下を向いて俺たちをやり過ごそうとしている。
俺たちはネオン街を完全に占拠していた。
俺は四方八方にアンテナを張り巡らし、隠れた敵を探した。
こいつらが相手であれば何百人いようと勝てる自信がある。
こいつらだって俺の力を知っている。
だがこいつらのこの自信……これはこいつらの他に仲間がいることを意味している。
おそらく俺と同じ穴のムジナ……闇に生きるGS達。
マフィアよりも恐ろしい集団だ。
案の定俺たちについてきている奴らの気配を察知した。
丁寧に気配を隠していたので、普通のGSであればまず気付かないだろう。
あいにく、俺は外れ者なんでわかるんだがな。
俺と戦う相手はそっちの奴らだ。
マフィアは囮か、目くらましか、情報収集係といったところだろう。
俺は何も知らないふりをして、ホテルに向かって歩き続けた。



地下駐車場のコンクリートの壁が、大勢の足音を反射し曇った音のリズムを奏でる。
三十人以上も連れて歩くとこんな音が鳴るんだ、と俺は少々場違いな事を考えていた。
帽子男が待ちきれない様子で言った。

「もういいでしょ雪之丞さん」

俺を殺したくてうずうずしているらしい。
よほど腕のたつGSを味方につけたのだろう。

「ああ、いいぜ。そこに隠れている奴らがお前らが雇った奴らだろう。さっさと出てこいよ」

帽子男は戸惑ったように、少しだけ後ずさりした。
俺が気付いていないとでも思ったのかマヌケ。

「……出てきてください。出番ですよ」

帽子男は苛立つ声を抑えてそう言った。
帽子男の呼びかけに答えて、三人の男が駐車場の柱から姿を現した。
体格の良い男達。
格好はまるで軍隊だった。
軍隊と違うのは、それぞれが持っているエモノがGS特有の武器だということ。
男達に続いて、一人の女が物陰から姿を現した。
軍隊もどきとは格が違う霊圧を放つそいつの姿は、俺の顔を驚愕のものへと変えた。
色黒の肌。
長い黒髪。
際どい衣装に、顔のペイント。
こいつは……!

「エミさん、俺らも手伝いましょうか」

「素人が参加しても足引っ張るだけなワケ。ここは私とこいつらでやる」

小笠原エミ……!
まさかこいつが……マフィアの用心棒みたいなことしてるなんて……。
しかも俺を……殺すだあ? 何を言ってんだこいつ……?

「お、おい。俺だ。雪之丞だ。お前小笠原エミだろう?」

「ええ、私は小笠原エミで、あんたは魔装術の使い手の伊達雪之丞。それが……何?」

抑揚の無い声で、顔色一つ変えずに言った。
……なんて冷たい目だ。
こいつは覚悟を知っている。
闇で生きる覚悟……。
のほほんとした人生を送ってきた訳では無いらしい。
だからって何で俺を殺そうと……まさか金の為ではないだろう。
何かあるんだ……弱みを握られているとか……操られているとか……。
くそ、俺の知らないところで一体何が起こっているんだ。
一つだけ確かなことは、今俺は死の淵に立たされているということだけだ。
風が吹かないはずの地下駐車場で、妙に生ぬるい風を感じた。
死の予感というか、死の匂いというか。
言葉では言い表せない焦燥を感じた。

「フォーメーションα。始めるわよ」

エミの声と共に、軍隊もどき達は一斉に走り出した。
戦わなければ、殺される。
ようやく覚悟を決めた俺は、血がすぅーっと引いていくのを感じた後、魔装術を使った。



通常多人数と戦闘する際、一人で戦う側が有利な点が一つある。
それは大抵の敵が連携に慣れていないという点である。
味方の存在が足かせとなり、個々の戦闘力が十分に発揮されることは無くなる。
味方に攻撃してしまうことを恐れ、おいそれと手が出せなくなるからだ。
その点一人で戦う側は気が楽だ。
近づく奴から攻撃していけばいいからだ。
だが軍隊もどき達の連携は完璧だった。
即席のチームではないらしい。
こいつらの動きは長年共に戦い、培われてきた技術が見える。
そうなると一人で戦う利点は無くなる。
そこにさらに……

「霊体撃滅波!」

これがやばい!
エミが一定の間隔(おそらく連発はできないのだろう)で撃ってくるこの技が危険なのだ。
当たればおそらく一撃で致命傷になるような霊力が込められている。
この軍隊もどき達の連携と、エミの必殺技。
俺はジリ貧の戦いを続ける他なかった。
このまま戦い続けていればいずれ俺の霊力は尽きる。
その前になんとか軍隊もどき達を片付け、エミに攻撃しなければならない。
しかし軍隊もどき達は積極的に攻撃してくることは無く、あくまで俺がエミに近づかないようにすることに専念している。
防御に徹したこいつらを撃破する手段は、俺には考えつかなかった。
くそ……くそっ!
俺はここで滅するのか……!?
あいつらならどうする……あいつらならどう切り抜ける……。
こんな状況を、あいつらはいつだって逆転させてきたんだ。
あいつらに出来て、俺に出来ない道理はねえ!
そのとき俺は軍隊もどき達の連携に、ある一定のリズムがあることに気付いた。



「霊体撃滅波!」

俺はエミの必殺技を横っ飛びで避け、軍隊もどき達の攻撃に備えすぐさま体制を取り直した。
軍隊もどき達の動きは、敵に推測されないようにか、基本的には不規則だ。
しかし一瞬だけ、こいつらの動きが推測できる瞬間がある。
それはエミが必殺技を放つ瞬間だ。
エミの必殺技に合わせて、軍隊もどき達は俺とエミの間を遮らぬよう、身を引く。
その瞬間だ。
その瞬間、エミへの道は開かれる。

「そろそろ降参した方がいいワケ! こっちだって命までは取らないわよ」

抜かせ。
俺は降参って言葉が大嫌いなんだよ。
エミの必殺技の間隔は、およそ四十秒弱。
しかしこんな大ざっぱな目星では駄目だ。
軍隊もどき達が後ろに下がり、エミの放つ必殺技がこちらに届くスパンは、一秒にも満たない。
エミとの距離を考えると、軍隊もどき達が下がった瞬間にエミに向かって飛び出さなければ、エミに攻撃することは不可能……!
それほどエミとこいつらの連携は完璧だと言うことだ。
完璧すぎる……だからこそ、穴がある。
エミが必殺技を放つ直前、何かエミの方から合図があるのだろうと推測した。
そして俺の推測は当たっていた。
甲高い笛の音だ。
それは微かで、短く、戦っている内に気付くことは難しい。
だが俺は何らかの合図があることを見抜き、それを注意深く探った。
だから気付いた。

――俺たちはいいんすよ、別にここでも

ここでも、じゃない。
本当はエミは、あの歓楽街で戦いたかったに違いない。
軍隊もどき達は笛の音を聞く訓練をしているはずなので、街の雑音の中でも音は聞き取れるだろう。
だが俺にはおそらくそれは無理だ。
この音が響きやすい地下駐車場でさえ、ぎりぎり聞き取れるぐらいの音だ。
運が良かったとしか言いようが無い。
挑発に乗って、あの場で戦っていたら俺は……負けていたかもしれない。
だが、俺の運がこいつらの連携を上回ったんだ。
俺の勝ちだ……!
俺は心の中でカウントを取っていた。
もうすぐ四十秒になる。
そのとき、微かな笛の音を聞き取った。
俺には勝利の鐘の音に聞こえた。
今だ!
エミに向かって全力で飛び出す。
軍隊もどき達の邪魔は入らなかった。
エミはそのまま霊体撃滅波を放ってきたが、俺は難なくかわし、そのまま一足飛びでエミのところまで行けた。
……チェックメイトだ。
俺はその時エミが、一瞬だけだが、笑ったように見えた。
その時だった。
俺の攻撃がエミに届く前に、地下駐車場に怒声が響き渡った。

「動くな! オカルトGメンだ! 床に伏せろ!」

俺とエミは声のした方を同時に振り向いた。
……流石にこれには開いた口が塞がらない。
そこには、かつてアシュタロス大戦で共に戦かった、あのいけ好かない野郎の顔があった。

「き、君たち! ここで何をしているんだ!?」

西条輝彦は俺たちに向かって、素っ頓狂な声をあげた。
腐れ縁は腐れ縁を呼ぶとでもいうのだろうか。



警察の事情聴取ってのは、精神的拷問と名を改めるべきだ。
二畳ほどしかない部屋で延々と尋問される。
これは時間が経てば経つ程、きつい。
コンクリートの薄汚い壁が、だんだん自分に迫ってくるような錯覚さえ感じる程だ。
四時間の取り調べの末、ようやく俺は解放された。
俺には何の容疑もかからなかったが、小笠原エミは違うようだった。
どうやらGメン特製の違法GS用の部屋に隔離されているらしい。
まあそうでもしないと、エミだったらすぐに逃げ出せるだろうからな。
取り調べが終わり、警察署のロビーで座っていた俺を西条が見つけ、足早に近づいてきた。

「君にはまだ聞きたいことがある。今日はこの警察署に泊まってくれ。部屋は仮眠室があるから、そこで」

「わーったよ」

言われなくてもそうさせてもらうつもりだった。
このまま香港を出るつもりなんて毛頭無く、だからと行ってそこらのホテルに泊まるのは危険すぎる。
だったらGメンがいるこの香港警察署が一番安全なホテルだ。
時計を見ると、既に日付が変わっていることに気付いた。
体がだるい。
霊力を使いすぎたようだ。
俺は仮眠室へと向かった。
仮眠室には、ソファーが三台あるだけだった。
俺はコートを脱ぎ、タバコを一本吸った後、ソファーに寝ころんだ。
横になると一気に眠気が襲ってきた。
俺は十二時過ぎると布団に入るような人間ではないから、いくら疲れているとはいえ、この眠気には少々違和感があった。
その違和感の正体がわかる前に、俺の意識は睡魔によって刈り取られた。
その夜俺は、悪夢を見た。




・・・・・・・・・・・・・・第四話「追憶・罪」につづく


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