椎名作品二次創作小説投稿広場


蛇と林檎

温泉よりも深く


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 5/23





けだるい午後。
女錫叉除霊事務所ではちょっとした騒動が起きていた。


「ふふふ、どうした美神。あんたのチカラってのもその程度かい!」

「・・・・・・・くっ!横島クン、何とかできないの?」

「ええー?!無理無理!俺がどうこうできるわけ無いでしょーが!」

「こ、こうなったら!奥の手よ!!」


軽快な電子音が部屋に木霊する。
三人が唾を飲み込む音が、その後に続いた。


「ああああああああ!一歩足りないー!奥の手の新幹線カードが!く、くやしぃぃぃぃぃぃ!」

「美神さん、途中までトップだっただけにツラいっすねー。」

「ハイ終了だね。・・・・1兆円達成!」


ホントにちょっとしたゲーム大会であった。

(終劇)

































冗談である。

事務所のプロジェクタースクリーンにはゲーム画面が映し出されていた。
金太郎電鉄。ハデソンが世に送り出したモンスター級のパーティゲームである。
その画面には、総資産トップで『めどーさ』という鬼娘が喜んでいる。
因みに最下位は我らが主人公『ただお』。画面上の分身が泣きながら膝を折っている。


「スリの銀一とキングビンボーさえいなければ・・・・・・・」

「その前に赤字マス覚悟で東北飛び込んだりが多かったのもあるんスけど・・・」

「うるさいわねっ!・・・スリルとマネー、ハイリスクハイリターンよ!」


きゃわきゃわと騒いでいる美神と横島の隣で、メドーサが手元のノートに
なにやらボールペンを滑らせている。


「ん?なにやってるんだよメドーサ。」

「ふふ、ま、ただ遊んでたわけじゃないって事だよ。」

「???金太郎電鉄で遊んでなかったっけ?」


書き終えたのだろうか、メドーサはパタンとノートを手拍子でも叩くように閉じると
美神の顔をその鋭い眼で見据える。


「まず美神だけどね、優位を得る為のイメージを持って行動できてる。悪くないよ。」

「そう。そりゃどーも。」

「だけど手当たり次第に突進するクセがあるね。たとえば・・・」


メドーサが両手を胸の前で少し大きく開いて、意識を集中する。
その両手の間に、金太郎電鉄の俯瞰地図が現れる。


「仙台で独占を済ませた時点で北に移動したろう?なんでだい?」

「そりゃあ青森があと少しで独占だったもの。セオリーとしては普通よ?」

「でも冬の東北はヨコシマの言う通り、リスクが大きすぎるね。利益を追い過ぎだよ。」

「う、ま、まぁ確かにそこは気がついてはいたんだけど・・・独占ボーナスは美味しいし・・・」

「利益に囚われるのは『霊力戦闘』でも命取りになるよ。広く視野を持たないとね。」

「そうよね、こういうちょっとしたことで『霊力戦闘』の事って出るのよね。」


2人は何故か、横島のほうをチラチラと見ている。
横島自身は、腕を組みながらほうほうと感心していた。


「ふふ、その辺がプロとアマチュアの違いさ。で、ヨコシマだけど・・・」


立体映像を出していた手を、ふっと閉じる。
目線を移された横島は少し姿勢を縦に伸ばして、固い笑顔を作る。
メドーサの少し厳しかった目に、ふわっと笑みが広がる。


「順位は低かったけど、まぁ悪くないよ。」

「そ、そう?」

「赤字マスのヒットはあっても致命傷じゃない時ばかりだし。とっさの機転はあるよ。」

「まー、結局ビリだしなー、いやいやもう現実と一緒で・・・」


どこから取り出したのか扇子を棒状のまま頭のてっぺんにペチリと叩きつける。
コミカルな仕草はお菓子やさんのマスコット人形も斯くやと言わんばかりだった。


「集中力を切る所が良くないね。そこが良くなれば伸びるよ。『霊力戦闘』だってそうだしね。」

「そうそう、けっこういい素材もってるんだしね。案外『霊力戦闘』だってイケるくらいにね。」

「そっかー。・・・・・・・金太郎電鉄苦手だったけどコレでちょっとは得意になるかもな!うはは!」


メドーサが少しソファーから腰を落とし、美神が突いていた頬杖から顎を落とす。
横島は二人のリアクションにキョトンとした表情で小首を傾げている。
美神が冷や汗をかく竜神の耳元に口を寄せた。


『・・・やっぱり横島クンには、霊力戦闘とかムリなんじゃない?』

『そ、そんな事ないと思うんだけどねえ・・・アタシの見立てが狂ったことは・・・』

『コレだけ鈍いヤツが?・・・まぁ、横島クンに霊力が有るの自体は認めるけどさ・・・』

『まぁ中級魔族くらいまでならアタシ達で何とかできるから、もう少し様子を見ようじゃないか。』


実はこのゲーム大会自体が、美神とメドーサの策であった。
前話の霊力供給の際に、かなりの好成績を叩き出したのを見た2人が
横島にもわかりやすいように霊力戦闘の基礎を教えようとしたのだ。
普通に特訓すれば確実にヤル気を出さないと見切った素晴らしい提案だったのだが。


「・・・・・・(ココで女同士の話に首を突っ込まないのがモテモテ王国の第一歩。ガマンガマン。)」

「・・・・・・(そして女心を完璧に把握したこの横島忠夫に群がる美女また美女の大冒険)。」

「・・・・・・(キャー、しびれる!とか言って俺だか女体だか判らないほどにもみくちゃになって。)

「・・・・・・そこに流れるルパンのテーマソングなんていいな。ふーじこちゃーん、なんてなー!」

「・・・・・・やっぱり出る所出てるのは最高やなー!痩せぎすとか幼女はイカンです。うんうん。」

「・・・・・・愛人の募集要項には19歳以上とか入れておいてもいいな。うひゃひゃ。」

「で?結局ヨコシマはどうなりたいんだい?」

「・・・・・・そりゃあもちろん正義のヒーローGS横島忠夫が大宇宙の美女を全部愛人にして・・・」

「まったく実力もないくせに、よくもまあソコマデ妄想できるわね・・・」

「・・・・・・実力なんて無くても運と主人公補正で・・・・・って?!何故俺の心の吹き出しに?!」

「「声に出てる」」


2人から指を突き立てられて固まる大宇宙の英雄。

きゃわきゃわと騒がしい事務所で、メドーサがふとカレンダーを見る。
手元のノートをパラパラとめくると、頷いて帳面を閉じる。




「そーだヨコシマ、そろそろ銀座に見回りにでも行こうか。」

「ああ、ばーちゃんのトコか。」

「バーチャン?」


メドーサが振った話題に、横島が合点のいったような顔をする。
怪訝な顔をする美神に、メドーサはかすかな笑みを浮かべる。


「ああ、美神は初めてだったね。うちのたった一人のお得意さまさ。」

「へー。貧乏事務所の貧乏顧客って訳ね。いいわ、行きましょう?ヒマだし。」

「いやいや美神さん、ばーちゃんが貧乏って・・・・」


口を開きかけた横島に、メドーサが目配せする。
少々無言になった横島は、やがて意を汲んだのか笑顔で応えた。


「ま、会えば判るっスよ。メドーサ、今日も跳ぶの?」

「ああ、近所だしね。・・・美神が増えてるけど、なんとかなると思うよ。」

「跳ぶ?」


きょとんとしている美神の頭をわしわしとメドーサが力強くゆらす。
美神はこれがコミュニケーションなのだと、最近理解できた。
ただ、いささか男らしすぎる感があるが。


「ほら、変な顔してるんじゃないよ。・・・ヨコシマ、美神を抱いてあげなよ。」

「おっけー。じゃ、美神さん、失礼しますね。」

「ちょ、な、何やっとるんじゃオノレはー!」


横島が美神をお姫さまだっこで持ち上げる。
暴れる美神をよそに、今度はメドーサが横島をお姫さまだっこする。
・・・良い子のみんなへ。この体勢は腰に負担がかかって大変危険なので真似しないでね。


「はなせー!どこに手を入れて・・・・・あら?ここは?」

「いたたたた、その手はメドーサですって・・・ここは銀座スよ。」

「ふう、2人同時には疲れるねえ。」

「・・・たまにこういう無駄遣い見ると、神様って感じがするわねー。」


目前には、立派な門構えの巨大な邸宅があった。
その表札には『鬼塚』と書かれており、インターホンが据え付けられていた。
インターホンに顔を近付けるメドーサ。


「鬼塚さん、見回りに来ました。」

『あらあらあら・・・今開けさせますね・・・』

「鬼塚って、もしかして、鬼塚畜三郎?いきなりギャング相手の商売なんて意外とやるわね。」

「違うっスよー。そりゃあもう美人さんなんスからー。」


木製の大きな扉が重厚な音を上げて開きだす。
その向こうには、背の高い老人が竹箒を抱えて立っていた。


「貴様らが客か。奥で主が待っておるぞ。」

「美人さん・・・横島クンって、もしかして衆道のケが・・・・」

「・・・・・・・・・誰だコイツはー!ばーちゃんはー?!」

「コイツとは失礼だな小僧!この大天才ドクターカオスを知らんとは!」

「知るかー!メドーサ、こいつも化物ちゃうんかー?!」


メドーサが老人を見据えている。老人がその視線に気がつき、小首を傾げている。
美神は、この老人の正体をやっと思い出した。


「ドクターカオスって、錬金術師の?確か1000歳だって噂だけど、まだ生きてたんだ・・・」

「ふっふっふ。来日したんだがな、金が無くてここで働いておるんじゃ。・・・ん?そこの女は?」

「・・・アタシはメドーサだけど?」

「のわ、め、メデューサだと!マリア、マリア!」


慌てふためく老人の元に、金髪の美少女が降り立つ。
そう、彼女はジェット噴射を利用して飛んできたのだ。


「・・・呼びましたか・ドクターカオス?」

「なんだこいつ?傀儡回しかい?」

「マリア!目標設定、メデューサ!攻撃するんじゃ!」

「イエス・ドクター・カオス。」


マリアと呼ばれた少女の両腕が水平に上がる。
その目は虚ろに、メドーサを見据えていた。
メドーサも構えを始める。
しかし・・・・・・・


「ぼ、ぼく横島!お嬢さん、お名前は?」

「・・・・M666・マリア。ドクターカオス、状況変化中。指示を。」


金髪の少女に抱きつく我らが主人公。しかし、彼の行動を責めてはいけない。
目の前の金髪の少女は見目麗しく、さらにメイドさんの衣装を着こなしているのだから。


「マリアって言うのかー。あんなヒヒじじいの愛人なんかやめて、ささ、若い僕と・・・」

「誰がヒヒじじいか!マリア、N装備でかまわん!世界平和の為じゃ小僧ごとぶっぱなせ!」

「N装備了解。地域殲滅型核弾頭・発射します。」


何故かメイド服のお腹の辺りにしていた金属製のベルトの大きなバックルが開き、
三ツ矢サイダーのマークの贋物の様な印が施してある金属性のロケット弾が顔を覗かせる。


「しょ、少女から巨大な棒状のものがー!ビッグブラストとはマニアックじゃー!」

「よ、横島クン!変な欲情してるんじゃない!それ押し戻すのよ!」


抱きついている横島の身体が、ロケット弾が出て行こうとするのを拒む。
マリアはドクターカオスに顔を向ける。


「核弾頭発射できません・指示を・ドクターカオス。」

「こ、こうなったら、B装備でこいつら全員ゾンビに・・・・」

「あらあら、賑やかね。・・・メドーサさんこんにちは♪」


奥から乱立気味の救世主の中でも、この状況の真の救世主、
鬼塚婆沙羅が顔を出してきた。


「おお、下がっておれ主よ。今まさに地中海最大の災厄を滅ぼすところじゃ。」

「・・・カオスさん、その方は私のお客さまですわ。お下がりなさい。」

「し、しかしじゃな・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・カオスさん?」


鬼塚婆沙羅はにこやかに微笑む。
しかし、その奥の女性特有の圧力に老齢の錬金術師は、たじろいだ。


「マリア、攻撃中止じゃ。下がれ。」

「・・・・申し訳ありません・ドクターカオス。核弾頭・制御・不能。」

「ぬな!ま、まずいぞ!そんなものが暴発したらトーキョーくらいは木っ端微塵じゃ!」

「だったら最初から撃つなー!このボケー!」

「ぼ、ボケじじいじゃと?!小娘!我輩を誰だと思っておるのじゃ、この大天才・・・・」

「のわー!だめだー!こうなったら美神さんでも構わないんでおれの童○をー!」

「こうなったら構わないからって、何様のつもりだ横島ァ!」


阿鼻叫喚の地獄絵図になった現場で、ただ一人メドーサは落ち着いていた。
少し肩をすくめると、すたすたと金髪の美少女の元に歩み寄り、
話題騒然の金属製の筒を抜いた。


「で?これが爆発しなきゃいいんだろ?・・・みっともないったらないよマッタク。」


メドーサの髪の毛の一部が凶悪な蛇に変わる。
そのビッグイーターと呼ばれる蛇が、バラバラに筒の頭を噛み砕いた。


「核弾頭は信管制御さえ外せば爆発しないよ。」

「そ、そうじゃった・・・しかし、妖怪の貴様がなぜわしらを助けたんじゃ?」

「あらあら、メドーサさんはやっぱり頼りになるわねえ。」


因みにプルトニウムは大変危険なので、うっかりした処理は出来ない。
残骸は婆沙羅の手配で、東海村のとある施設に厳重に封印して送られた、としておこう。


「お客様とお話がありますから、カオスさんはお庭掃除の続きを。マリアさんはお茶を下さる?」

「イエス、ミスバサラ。」

「し、しかしじゃな、このメデューサは南欧でも有名な妖怪で神話時代にだって・・・・」

「・・・・・・・カオスさん?こちらは私の客人でメドーサさん。お判り?」


迫力に気圧され、すごすごと退散する大天才の大錬金術師。
以前除霊時に3人で休憩していた広間で、4人が鎮座していた。


「しっかし、また随分賑やかになったもんだねえ。錬金術師なんか面倒見てるなんて。」

「あらそう?可愛い女の子が給仕してくれるし、雑用をしてくれる殿方は居るし。楽しいわよ?」

「紅茶が入りました・ミスバサラ。」


女給仕の少々ぎこちない動きで、それぞれの前に紅茶が配られる。
明かに欧州出の白磁で、器の価格は計り知れない。


「メドーサさん、カオスさんとはお知りあい?」

「アタシの記憶には無いけどねえ。どーせ妖怪あたりと勘違いしたんだろうさ。」


ちなみにメデューサとは神話時代でも有名な姉妹ユニットの末っ子である。
男勝りなボーイッシュ長女ステノ、物静かで女性らしい次女ユーリアが姉となっており
メデューサは女王様系のツンデレという現代でもヒットしそうな陣容である。
ただ、三女のメデューサはその性格が災いして業界最大手の女神アテナより美人だと公言。
ユニットごと醜い姿に変えられ、メデューサは更に首も斬られて晒し者になったという。
女性同士の確執とは恐ろしいものである。


「・・・・そういえば、そこの女性はどちらかしら。紹介してくださる?」

「ああ、美神だよ。ウチの除霊事務所の助手に雇ったんだけどね。まだ修行中ってトコだねえ。」

「もしかして、美神令子さんじゃありません?ほら、一度お伺いしたでしょ?」

「・・・・・・まさか、鬼塚って、鬼塚アセットマネージメントグループの?超大口じゃない!」

「美神さん、メドーサさんの助手なのね。やっぱりメドーサさんにお会いしててよかったわ。」


優雅に紅茶に手をつける婆沙羅。
別段臆することもなく対峙するメドーサ。


「そうだわ、誰かに頼もうと思ってた件があるんだけど、お願いできないかしら?」

「へえ?それは願ったりだねえ。最近人は増えても仕事が無くってね。」

「残念だけど、今回は除霊じゃないの。それでもいいかしら?」

「・・・・・・・・想定外だね。でもまぁ、貰い過ぎた分もあるし、いいよ。引き受けようじゃないか。」


婆沙羅が相変わらず愛用している巾着袋から、またしても折りたたまれた紙が出てくる。
今度は依頼内容が書かれた、ワープロ打ちの文章だ。

依頼場所:人骨温泉郷ホテル『スパーガーデンジンコツ』調査。
依頼内容:該当旅館の経営状態把握、必要であれば改善提案。

その下にはスパーガーデンジンコツの詳しい営業内容が書かれている。


「ああ、テレビで見たことある!お忍びの調査員てやつっスね!」

「そうなのよ。買収したのは良いんだけど、思ったより収益が伸びてないの。」

「でもメドーサ、横島クン、あんたたちホテルの格付けとかちゃんと知ってるの?」


貧乏学生と元傭兵の二人が果たしてそんな優雅な趣味を持っているだろうか。
美神の不安が的中したのを示すように、2人の頭上には大きな汗が浮かんでいた。


「いいのよ、美神さん。むしろ普通のお客さんとしての意見が欲しいのよ。」

「普通の客として見れば大体のホテルはそれなりに満足できちゃわない?」

「そうでもないわ。それに、何となく満足ならそう書いて提出してもらっていいのよ。」

「まぁそちらがそう言うんなら、かまわないけど・・・ん?横島クン、どうしたの?」

「ここは・・・・混浴ですか?」

「ドアホー!今時混浴なんて温泉旅館あるかー!」



美神に作られた瘤をさすりながら、横島は早速報告書を書き始めた。
『改善提案:混浴で若いおねーちゃんを常時待機させてください。』



「ま、とにかく依頼が入ったわけだし、美神、ヨコシマ、早速出かけようか。」

「あら、報酬の話が済んでませんわ、メドーサさん。」

「・・・前回の分もあるんでね、今回は無料でやるよ。文句無いだろうね?」

「相変わらず強情なのね。いいですわ。その代わり、経費は全部こっち持ちよ?」

「しょうがないねえ。」


互いに苦笑するメドーサと婆沙羅に、美神の感情が臨界を越える。
双手を机に打って立ち上がり、声を荒げた。


「ちょ、ちょっと!いくら楽な仕事でもタダなんておかしいわよ!」

「そうねえ。美神さん、そういう所はしっかりメドーサさんに教えて差し上げられない?」

「・・・まぁ、色々あったんだよ。依頼人の前で恥をかかせるんじゃないよ。」

「まーまー美神さん、コレには事情があるんスよ・・・」

「なによ、部外者は引っ込んでろって言うの?・・・判ったわよ!」


美神はそのまま手を支えにし、立ち上がろうとする。
その視線の先には既にメドーサの影があった。


「な、なによ。」

「まったく、めんどくさいねえ・・・・・顔を上げな。」


言われた通りに顔を上げる美神に、メドーサは顔を近付ける。
美神の少々広いおでこに、メドーサのひたいが軽く触れる。
その軽い衝撃に反射的に目を瞑った美神の唇に、柔らかく甘い香りが広がる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」

「あらあら、仲がいいのね。」


美神の口腔に細長い舌が蹂躙すると共に、様々な映像が流れ込んでくる。
横島との出会い、ラーメンの味、月光コーディアル証券ビル、喫茶店での会話、詩の詠唱。
新しい助手への期待と不安。そして。


「・・・ふぅ。ちょっと大目に記憶を流しすぎたかね。大体把握できたかい?」

「・・・・・・・・・敵わないわね。ま、把握は出来たわ。まったく、とんでもない情報共有ね。」

「そうかい?・・・さ、野暮用も済んだし、そろそろ出ようかね。・・・ヨコシマ、何してるんだい?」


仕事熱心な我らが主人公は、既に黙々と仕事に着手していた。

『改善提案:混浴で若いおねーちゃんを常時待機させてください。』
『改善提案:伝説の女体盛りをコースに入れてください。』
『改善提案:芸者さん遊びをデフォルトで入れてください。』
『改善提案:水着での入浴を禁止してください。』
『改善提案:露天風呂は部屋から一望できるようにしてください。』
『改善提案:ベッドメークはミニスカで目の前でやってください。』
『改善提案:アダルトチャンネルを無料にしてください。』
etcetc・・・


「すごいじゃないかヨコシマ。やる気満々だね。」

「何をヤル気かー!こんな旅館あるかー!どこの風俗だってーの!」


仕事熱心は身体を壊す。我らが主人公が良い例だ。
美神からの渾身のツッコミを受けて、確かに身体は壊れそうだった。
皆さんも働きすぎには注意しましょう。



翌日、人骨温泉郷「スパーガーデンジンコツ」前。
例の如く、非常に便利な移動手段でホテルの前に立つ三人。
別段、大掛かりな荷物を背負う事も無く、酸素不足で山道で往生するという事も無い。
更に言うと、除霊道具も着替えも無いので、ほぼ手ぶらだ。


「いらっしゃいませ。ようこそお越しいただきました。」

「予約の入ってるヨコシマだけどね。」

「横島さま御一行ですね?・・・はい確かに御予約頂いております。御案内いたします。」


ホテルというのは面白いもので、どれだけ愛想の良いクラークでもチェックインは無愛想だ。
大体の場合はホテルに到着した時には疲労しており、早く休みたいだろうという配慮からだ。


「ふーん、別に可もなく不可もなくって感じね。」

「何で受付でおねーちゃんが出てこんのだ!納得いかーん!」

「まぁ危機管理ってやつだろうさ。その辺は勘弁してやりなよヨコシマ。」


部屋は十畳ほどの広さがあり、窓際には板間が幅半畳ほどで広がっている。
その板間には大きめのソファーが2つ、小さなテーブルが挟まれるように置かれている。
ごく普通の家族向けの構成だ。

そこに、ノックして仲居が入ってくる。
仲居は露天風呂とその営業時間、食堂の利用と避難経路、内線の使用方法などを説明し
食事の時間を最後に告げると、部屋を後にした。


「従業員の教育もしっかりしてるし、アタシは気に入ったけどね。アンタらはどうだい?」

「そうねえ。イマイチ楽しんで貰おうって感じがしないのが気になるけど、合格点かな?」

「納得いかん!若い仲居さんがうなじをチラッという絵を期待してたのにー!」


煩悩炸裂の我らが主人公であるが、そこはしょうがない。
文字媒体のSSで絵は流石に出せない。
半角カナが許されるならAAという手もあるんだが。


「そうじゃなくって、そういう仲居さんの色気が欲しかったんじゃー!」


恐るべきは横島忠夫である。
まさかナレーションに介入してくるとは思いませんでした。


「ま、とにかく食事までには時間もあるし。自由時間にしようかねえ。」

「そうね。メドーサはどうするの?」

「せっかくの火山帯だしね。地脈でも頂戴してくるさ。」

「地脈が温泉代わりとはさっすが竜神だわ。人間のあたしは温泉で我慢しとくわ。」

「そうそう、人間は温泉が一番スよ。ささ、行きましょう!」

「・・・・・・・・・・ノゾキは犯罪よ?殺されても文句は言えないって学校で習わなかった?」

「あははははははははは、やだなあ、・・・・・・知りませんでした。」


神通棍をひたすら素振りする美神の迫力に、
我らが主人公は引きつった笑いを浮かべるのみである。
やがて三人はそれぞれが部屋を出て行った。






メドーサは、すたすたと山に分け入っていく。
殺生石に封印された妖怪に挨拶したり猫又の親子に挨拶したりしながら、
山の森の奥のそのまた奥深くに歩を進める。


「・・・・・おっかしいねえ。多分この辺が地脈の真上なんだけどねえ・・・」


切り立った崖の中腹に垂直に立つメドーサ。
物理法則に逆らっているというは到底思えないほど平然として、思案していた。
ふと脇を見ると、崖の中腹に洞穴があり、鳥居が設置されていた。
メドーサの金色の瞳が、その鳥居に向け絞られる。


「・・・ふうん、八卦陣の亜種か・・・火角を小さく歪めて地脈を押さえてる?」


メドーサは赤い木製の儀式施設の前に飛び、手を振る。
鳥居に、光る魔方陣のような円形が浮かび上がる。
そこで白い指が陣の一部を修正し、円形が消える。


「誰の仕業だか知らないけど、これで自然な流れになるね。さて、地脈とご対面といこうか♪」


鼻歌交じりで、その場を飛び去る竜神。
力を失った鳥居の奥で氷の塊がごろりと姿を現したのは、そのちょっと後であった。





一方、美神はスパーガーデンジンコツの最大の売りである露天風呂にやってきた。
こちらも鼻歌交じりでデニム生地の衣装をさっさと脱ぎ去り、大胆にも下着も脱ぐ。
まぁ、お風呂に入るのに下着は普通つけないのだが。
憂慮すべき要因を気にしないかのように、浴場に入る。


「・・・・・・・ここ、かけ流しじゃないのか・・・減点要素ね。」


ちょこちょこと施設を吟味し、浴場内を歩き回る。
平日の昼間ということで利用者は誰もいなかった。
前すら隠さず平然と歩き回る美神。


「さて、効能抜群の露天風呂と御対面といこうかしら♪」


湯船の脇にある手桶で二三度身体を流し、そばの蛇口のカランを捻り
手足とその他汚れのありそうな部位を軽く洗う。
露天風呂では洗わずに入る人間の方が多いが、それはもちろん間違いである。
汚れたままで入れば、他の人間の気分を害するというのもあるが、
自分の粘膜等をあらかじめ清潔にしておくことで感染病の危険性が減るのだ。


「ふぃー・・・・・・・・あぁー、おきらくごくらく。」


さすがバブル世代の美神令子嬢である。
お風呂に入ってこの台詞が出てくると、大体の年齢が判るといわれる。
つまり1994年くらいまで朝帰りしていた年代だ。


「ちょっと、その頃は学生で早起きしてたのよ!人聞きの悪い事言うんじゃない!」


失礼しました。






一方、我らが主人公。
旅館の共同トイレの個室の中で、なにやらごそごそと身繕いをしていた。


『ゴムスーツ良し、赤外線ゴーグル良し、救急パック良し』


ジージャンのポッケから、ゴロゴロと不穏な装備が転がりだす。
横島の上着もまた、秘密道具満載の不思議なポッケであった。
多少猟奇的なゴムスーツをつま先から頭の先までぴっちりと着込んでいく。
ゴムスーツは保温性はもちろん、体温の感知を目的としたセンサーを欺ける。


『白燐手榴弾良し、生理食塩水良し、モルヒネ良し、コンバットレーション良し』


できそこないの黒い口紅のようなものを顔に次々と塗っていく。
ゴムスーツの上から迷彩服を着込む。


『マルチナイフ良し、小円匙良し、・・・銃は・・・一応持っていっとくか。』


因みに銃はもちろん高校生が入手できる代物ではない。
ハーネルSTG44。以前、美神が襲撃の際に使用したものだ。
まだ半分の弾が残っており、こっそり横島が押収していたのだ。


『FM無線機良し、水筒良し、携帯浄水機良し・・・・よし、装備点検終わり!』


サバイバルゲームと呼ばれる大人の遊びの人にも見えなくは無い。
しかし、武器以外は本物顔負けというか、本物揃いである。
父親がナルニアよりたまに送ってくるものがここまで揃っているのだ。
曰く『一人前の男なら自分の身ぐらい守れるようになれ』とのこと。
無線機に耳を当てて、マイク部分をコツコツと叩き、誰宛でもない送信を始める。


『こちらスネーク。これより女湯に潜入する。』


確かに身を守らなければ命が危ない。
これほどの装備ですら充分と言えるのか些かギモンである。






一方、人骨温泉郷近くの穏やかな山林からちょっと離れた山岳地帯。
名を御呂地岳と呼び、標高は2600Mクラス。
バンクなども有ったりと山岳愛好家の隠れた名所である。
その休火山の火口内で、メドーサは腕を組み思案していた。


「うーん、もっと霊力が流れててもおかしくないんだけど・・・誰か横取りしてるのかねえ?」


火口付近には硫黄泉が数箇所吹き出ている。
当然毒ガスなわけだが、気にしてないようだ。
白蛇の化身は、着ていた服をぱっぱと脱ぎ捨て、
ゆったりと白煙噴出す源泉に足を入れる。

周囲をキョロキョロと見渡すと、表情が極端にゆるむ。
例えるとしたら、なでられた猫のような顔だ。


「ふぅ・・・・うーん、やっぱり地脈はいいねえ・・・・」


ちなみに火口付近の硫黄泉は危険だ。
硫黄などにより不純物の混ざった水の沸点は意外と高い。
現にメドーサが入っているものは200度を越える高温で、人間なら重症だ。


「・・・・・・ふふ、ちょっと潜ってみようかな。子供っぽいけどね。」


子供は火山の火口で200度の源泉に入ったりしない。







一方、人骨温泉郷の近くの里山。
一人の袴姿の女の子が、ふよふよと浮いていた。


「あれー・・・なんだか山の神様の資格が消えたような・・・・」


そこに、地面から花びらを頭からはやしたような少々アダルトな冬虫夏草風の女性が現れる。
袴姿の女の子をしばし見据えて、相槌を打つように手を鳴らす。


「おや、えーと、・・・・ほら、昔わらわと会わなかったかえ?」

「え?わたしですか?・・・ああ、そういえば・・・すごく昔に・・・えーと、うーんと。」

「思い出した!たしかわらわを封印する時の生贄になった!確かおキヌだったかえ?」

「ああ!死津喪比女さんじゃないですか!その節はどうもっ♪」


にこやかに挨拶する浮かぶ巫女さん少女に、冬虫夏草はつられて挨拶をする。
二人は手を取り合い、久々の再会の喜びを露わにする。


「しかし、300年も経って、いきなり封印が解けるとはおもわなんだぞえ。」

「よかったですねっ。・・・わたしも急に山の神様を下ろされちゃって。」

「おぬしもよくよく不憫よのう。そうじゃ、せっかくの復活じゃ。人里に出てみんか?」

「ええー、いいんですかー?私幽霊だし、死津喪比女さんも妖怪でしょ?」

「ふん、わらわは伊達ナニガシとやらに温泉用に召還されたがの、元は可憐な花の妖精じゃ。」

「ふーん・・・・わたしも花の妖精になろっかなー・・・」


袴姿の幽霊が死津喪比女の胸元を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
少々トウのたった花の妖精は、微笑みながら手元から一枚の紙を引き出す。



『これで貴女も夏の主役!人骨温泉で人生が変わる!』

まず絵が二枚。左はメガネをかけて猫背で、なで肩でしょんぼりしている死津喪比女。
右側にはなんとナイスバディに男をはべらせ小判の風呂に入っている死津喪比女だ。

☆騙されたと思って人骨温泉に行ったら全てハッピー!お金に困らないって素晴らしい!
(534歳精霊:死津喪比女さん)
☆広告を見てコレだと思いました!パワーも充実、今では負ける気がしません!
(534歳家事手伝い:死津喪比女さん)
☆ナイチチと呼ばれて100年、人骨温泉のおかげで今では誰もが振り向く自慢のボディに!
(534歳モデル:死津喪比女さん)
☆色々なグッズを試してもだめで諦めてました。でも、本当に幸運はすぐ其処にあったんです!
(534歳土地神:死津喪比女さん)



「えええー!すごいすごい!私も行きたい!」

「そうであろう?わらわが案内してやるゆえ、付いて参れ。」

「い、いいんですか?私お金なんか無いのに・・・・」

「よいよい。わらわは人骨温泉のおかげで『りっち』なのじゃ。くるしゅうないぞ。」

「うれしいっ!さ、行きましょう!たちどころに行きましょう!完膚なきまでに行きましょう!」

「これこれ、超高速で行こうとするやつがおるか。近場じゃ、ゆっくりいくぞえ。」


女幽霊と花の妖精が仲良く並んで山を歩いていく。
彼女らの通った後は地面が掘られたように裂け目が出来ているのだが、
その後ろから、おけらの様な妖怪がせっせとその溝を埋めていた。





人骨温泉、スパーガーデンジンコツ。
一通り設備の点検を済ませた美神が湯船に身体を沈めていた。
湯船にはお盆が浮かんでおり、日本酒がその盆の上に鎮座している。
因みに温泉旅館でこのようなサービスを通常は提供しない。あくまで美神の私物だ。
なぜなら、温泉で血圧が上昇している時のアルコール摂取は大変危険だからだ。
良い子のみんなは決して真似をしないでください。


「・・・・そろそろ、例のイベントが起きそうね・・・・」


美神は上体を起こし、周囲に神経を張り巡らせる。
そこに、女性の話し声が木霊し始める。


「なんだ、お客いるんじゃない。横島クンかと思ったわ。」


警戒を解き、湯船に再び身を委ねる美神。
先ほどの話し声はだんだんと近くなっていた。


「さすが花の妖精さんですね。球根おっきい!でも、温泉に入るのに邪魔になりませんか?」

「安心せいおキヌ。ちゃんと人間型になれるぞえ。マ○ーベルとて付いておらなんだじゃろ?」

「そうですねっ!花の子ルン○ンだって付いてませんでしたもんね。」


楽しげな会話に花を咲かせながら湯船に入っていこうとする2人。
美神は、表情を硬くすると、立ち上がって睨み付ける。


「ちょっと待ちなさいよあんた!常識を知らないわね!」

「な、なんじゃおぬしは。わらわを誰だと心得ておる!」

「アンタじゃないわよ、そこの巫女ミコナースよ!」

「ほえ?わ、わたしですか?」


うろたえるおキヌに、美神は右手の人差し指を向け
その怒りを露わにしていた。


「服着たまま湯船に入ろうとする上に、とんでもない間違いまでしてっ!」

「え?えええ?何が間違いなんですか?」

「いいこと!花の子○ンルンは花の妖精じゃなくて単なる魔法少女よ!」


雷光をバックに衝撃を受ける幽霊少女。
やがてがっくりと膝をつき、うなだれる。


「フレールフレールが『兄貴兄貴』ってフランス語になっちゃうって事は知ってたのに・・・」

「むうう、そこな女!わらわの友を愚弄するとタダではすまんぞえ!」

「うっさいわね!大体アンタも土くらい落としなさいよね!足湯がそこにあるでしょ!」

「愚か者め!足湯はそもそも玄関先で使うものぞ!湯船に入る前などと、物知らずじゃ!」

「あら温泉検定特級の、この美神令子に講釈たれようってわけ?・・・ふふ、痛い目見るわよ?」

「実力行使とな?完全復活間近のわらわに?ほほ、それこそ片腹痛いぞえ。」


むくむくと指の部分が硬化し、触手風の頭の花びらが伸びていく。
美神は胸元から抜き出した神通棍で、対峙していた。


「元GS美神令子が、温泉の真髄を教えてあげるわ!」

「わらわに温泉の解説なぞ、300年早いわ!」


死津喪比女の頭の二本の触手が美神に殺到する。
かろうじて神通棍で払いのける。


「ここは人骨温泉、泉質は炭酸水素塩泉よ!効能は判るのかしら?」

「ほほ、知れた事。切り傷やけどに骨折、婦人病にも効果満点ぞえ!では飲用はどうじゃ!」


精霊石を耳元から投げようとする美神。
しかし、国税局に押収されて既に無い事を思い出し、舌打ちする。


「ふん!消化器、肝臓、糖尿に痛風、便秘なんかにも効くわよ!常識常識っ!」

「やりおるのう、では、『交通あくせす』はどうじゃ!」

「く、やっぱりそう来たわね!」


人骨温泉は人外魔境と呼べるほど、交通手段が乏しい。
美神は自らの敗北の瞬間に若干の恐怖を覚えていた。
ついでに肉弾戦も不利っぽかった。





そして、我らが主人公。




嬉々として女湯に潜入した我らが特殊部隊員だが、
なにやら騒がしいのに御目当ての画像が目に飛び込んでこない。
少々しょんぼりする横島。
そこを覗き込む、袴姿の少女。


「・・・・・・・うーん、さっきから温泉の薀蓄は聞こえて来るんだがな・・・」

「何してるんですか?」

「・・・・・き、君は?」

「えへへ、おキヌって言います。最近まで神様だったんですけど、今は無職ですw」

「そんなこと聞きたいんじゃない!君は!何故!服を着たままお風呂に入っているのか!」


血の涙を流しながら壮絶な抗議をする我らが主人公。
おキヌは少々固まったが、すぐさま返答する。


「ごめんなさい、でもこの服脱げないんです。・・・でも裸ならあっちで大暴れしてますよ?」

「なに!マジか!見たいッ!」

「でもトンでもない修羅場ですよ?・・・私が見てきましょうか?」

「君が見ても・・・・いや、それはそれでアリか・・・よし、君に託そう!実況よろしく!」


携帯用無線機だけ受け取るおキヌ。
横島は、その操作方法をおキヌに伝えていく。


「じゃあ俺の事は『大佐』って呼んでくれ。暗号名みたいなもんだ。」

「りょうかいです!じゃあ私は『おキヌちゃん』って呼んでくださいね。」

「うーん、まんまだがイイか。こちら大佐、おキヌちゃん、作戦を開始してくれ。」

「りょーかいです、たいさ!」


ふわふわと飛び去っていく少女。
しかし横島大佐はもうその方向を見ていなかった。
急いで部屋に戻ると、大降りの四角い機械をジャンパーから引きずり出す。
金属製のアンテナを伸ばし、ヘッドホンを耳に当ててマイクを口元に寄せる。


『こちら大佐、おキヌちゃん、状況を知らせろ』

『こちらおキヌ。湯船に潜入しました。現在比女さんと赤い髪の女の人が戦闘中です。』

『銭湯中か。比女さんとは誰だ。容姿を報告せよ。』

『すっごい「ないすばでー」です。ちょっとうらやましいです・・・おっぱい大きいんですもん。』

『そうか、もう片方はどうだ?』

『こっちも「ないすばでー」です。おっぱいたゆたゆしてます。呪い殺していいですか?』

『おキヌちゃん、作戦中には私情を挟むな。・・・2人の服装はどうだ?』

『大佐、ここはお風呂ですから皆裸ですよ。あ、私は違いますけど・・・』

『(ぶはっ)・・・す、すっぽんぽ・・・・(げふんごふん)そうか。音は拾えそうか?』

『やってみます!【・・・はぁっ、はぁっ、】【シャキンシャキン】【ふふ、気持ちはどうじゃ】・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・・・・おキヌちゃん、具体的に報告してくれ。彼女らは何をしている?』

『こちらおキヌ。大佐、2人は裸で、御風呂の中で、激しく動いてます。』

『(ぶふぉっ)・・・・正直に答えてくれ、おキヌちゃん、彼女らは苦しそうか?』

『赤い髪の人が防戦一方で苦しそうです。比女さんは攻めてるんですが、少し息が荒いです。』

『(どきどきどき)おキヌちゃん・・・・彼女らは湯船の中にいるのか?』

『今は2人とも湯船の外です。手ぬぐいも掛けないで見てるこっちが少々恥ずかしいです。』

『(ばたばたばたっ)・・・・・・おキヌちゃん、君から見て2人は仲が良さそうか?』

『そーですねー・・・じゃれあう子猫が大きくなった感じですね!』

『もはや我慢できん!おキヌちゃん、俺も作戦に参加する!』

『大佐、やめたほうがいいですよ!たいさー!』


既におキヌの声を発する中距離無線機は、部屋に置き去りにされていた。
大佐は作戦行動中の部下に応援に向かっている。
非常に見上げた上官であった。






一方、地脈を堪能する我らが竜神さま。
小一時間、熱過ぎる地下水脈を潜っている彼女の前に、茶色い塊が現れる。


「ん?・・・・球根?・・・花の妖怪みたいだねえ。どれどれ。」


巨大な球根を、白い手がさわさわと撫でていく。
ぶるぶると震える球根。
白い蛇神は、にやりと笑う。






「おほほほほ!小娘、湯の花の効能を答えられなんだとは、勝負は見えたぞえ!?」

「くっ、せめてもう一太刀・・・スーパー銭湯マニアを・・・なめるな・・・・」

「わらわに勝てるとおもうてか!さて、トドメを・・・・はうぁ!」


急に死津喪比女の身体がびくびくと動きだす。
苦しそうにのた打ち回りながら、喉を押さえている。
実況から開放されてマッタリしていたおキヌが比女の元に飛んでいく。


「ど、どうしたんですか?」

「お、おキヌか、ひゃあ!・・・誰かがわらわの分身で遊んで・・・あひゃひゃ!・・・おるっ!」

「なんだか知らないけど、形勢逆転ね!もらったわ!」


美神がマウントポジションで死津喪比女に攻撃を始める。
マウントポジションとは判りやすく言うと腹に乗る馬乗りである。
しかし、通常馬乗りとは相手の背中に乗り事を指し、腹の上に乗る事ではない。
故に英語のマウントポジションと使われるようになったのだ。


「うわっ、そこの中途半端に乳の大きな人!やりすぎですよ!」

「誰が中途半端か!・・・あんた幽霊ね!邪魔するなら除霊するわよ!」

「ふえーん、比女さん、だいじょうぶですかー?」

「大丈夫ぞえ。そなたがいれば十二割ほど頑張れる気がするの・・・・・じゃっ・・・・ぐは!」

「あははははははははは!これは私の分!これは私の分!これは私の分!・・・」



マウントポジションから腰を浮かせて最早無差別爆撃のようなラッシュが続いている。
既に神通棍は手に無く、ひたすら霊力を込めた拳骨で叩き下ろしている。
打撃はほとんど硬い外皮に遮られて、むしろ殴っている方がダメージがある。
しかし、霊能力者や妖怪の戦いは霊力の勝負だ。
判りやすく言うと『勝ってる気分のするほうが勝ち』なのだ。


「この!この!この!ワハハハハハ、ずっと私のターン!」

「ど、どうしよう・・・そうだ、大佐!聞こえますか大佐!助けてください少佐!」


必死になり手に持った無線機で操作するおキヌ。
しかし、返答は無い。
涙を浮かべながら、ずっとずっと無線機のスイッチを連射する。
その時、太陽をバックに救世主が現れる。


「あっはっはっはっは、待たせたな!裸の美女が大運動会してるのはここですか!?」

「たいさー!!!」

「おキヌちゃん、ご苦労だった!しかしこの大佐が来たからにはもう大丈夫だ!」

「比女さんが、比女さんが!」

「むう、マッシブ年上受けの細身年下攻めだとぉ!けしからん!」


電光石火の速さで走り出す我らが大佐。
点々と迷彩服が、ゴムスーツが、ブーツが、装備品が走った後に取り残される。
おキヌが必死にそれらを拾いながら追いかける。


「不肖横島、いっきまぁぁぁぁぁぁす!」

「な?!よ、横島クン?!」

「なんじゃあの小僧は?」


横島は現役Jリーガーでも斯くやと言わんばかりの超低空ヘッドスライディングを敢行する。
身構える美神だが、足抜きに成功し体ごと彼の狙うゴールに頭を押し込む。
股抜きされた美神は前のめりに倒れるしかなかった


「うわー!さすが大佐です!身を挺して比女さんをかばうなんてっ!」

「うははははははは!男の夢、女体サンドイッチじゃー!・・・・・・・・・はっ!こ、この気配は・・・」


横島の背中に倒れこんでいる美神が瞳孔を曇らせて薄く笑いを浮かべている。
背中の感触よりも強烈な殺気に、横島の体が硬直する。


「あ、あれ?みっ、みっ、美神さん、いたんスか?」

「横島クン、ツナサンドって知ってる?すごくよく似てると思わない?」

「あはは、知ってマスよもちろん・・・それと何がよく似てるんスか?」

「知れた事!具の中身はグチャグチャのミンチって事よっ!」


強い打撃を打つと相手を少し浮かす事が出来るとする。少しづつ強めの攻撃を被せていく。
そして気がつけば、抵抗できないまま連続攻撃を空中で行うことが出来るという。
これをエアリアルレイブコンボと言い、後に短縮されてエリアルコンボと呼ばれるようになる。
2D格闘ゲームで現れた新機軸はこの時期には花開いていた。
そして、その破壊力は。


「あばばばばば、げぼびゅらぐば!」


小足→しゃがみ大P→ノーマルジャンプエリアル→立ち大K→SJ→小P→中P→中K→
ドリルクロー→小P→中P→大P→大K→着地→小足→立ち中P→立ち大K→
大K→SJ→小P→中P*3→中K→ドリルクロー→大K→大K→


「バーサー○ーバレッジX!」

「ぐばわぁ!それどこのウルヴァリ・・・・・・」


実際に上級者対初心者では全く手を出させずに、すべてのゲージを消す事が出来る。
ガードボタンのタイミングを計るタイプを得意とする横島には手も足も出ない。
まさしくミンチになった横島は、湯船に危険な角度で着水する。


「まったく、つまらないところで気力ゲージ使っちゃったわ。・・・あれ?」


気がつくと、横島の持っていた(元は美神の)突撃銃を構えたおキヌが目の前に立っていた。
真剣な眼差しが、この場面はギャグではないと美神の直感に知らせていた。


「た、大佐まで・・・私が、私がやるしかない・・・殺るしかっ!」

「ちょっとそこの幽霊、あんたなんでモノが持てるのよ!非常識よ!」

「私だって、伊達に300年も神様やってないんですよ?・・・ふふふ・・・」

「ちょ、ちょっと、何言って・・・お、落ち着きましょー?」

「私って古い幽霊だから射撃モードも『古』にしちゃいますね?クスクス・・・」

「ちょっとー!それはフルオート!やめんかー!」

「火縄銃だって知ってるんですから。膝を立てて、肩で支えて・・・・」

「ちょっ!それ!狙撃姿勢!」

「えいっ!」


銃口に光が広がるが、空気の抜けるような音しか出ない。
しかし、美神の足元では確実に露天風呂のコンクリート部分が剥げていく。


「うわわわわわわわわ、あぶ!ちょ!」


足元で跳ねる弾丸が一旦止んだ隙に、美神は湯船に飛び込む。
左右に弾道を示すかのような気泡が次々と広がる。
何とか最奥に辿り着こうとした時に、奥でぐったりしているミンチを見つける。
ミンチと体を入れ替えて、足でしっかりと固定する。
そこで、ミンチが目を覚ました。


『がぶごぼぐぼげぼがぼ(な、なにやってるんスか!)』

『げぼごぼがばばごばごば(横島クンの体が必要なのよ!)』

『ごばっごばご!(ちょ!なんか銃弾きてる!)』

『ごばばごばがばごばごば(こらっ!はなれるんじゃない!)』


今度は両肩を後ろから羽交い絞めに固定されている。
脚は横島の太ももに絡んでおり、体がぎゅうっと密着している。
銃弾の恐怖よりも強烈な、美神の身体前面すべての感触が横島を襲う。


『ごばばごばごばごがぼごばぼ〜♪』
(JASRAC規制のため、ここにジョニーBグッドの歌が流れていると思ってください)


『がぼごぼ(く!銃弾が途切れないわね!ここまでなの?)』


2人の昇天が(それぞれ別な意味で)寸前だと思われた瞬間、美神の背に振動が伝わる。
遠くで雷の鳴る様な音がしたかと思うと、美神の背面で湯船の底が動き出す。


「きゃっ!」

「ぶはー!」

「せいじょにーびーぐっ、とーなーい!」


今回最後の救世主、我らが蛇神様ことメドーサが間欠泉のように飛び出す。
美神と横島がその勢いで湯船から飛び出す。おキヌもその霊圧でゴロゴロと転がっていった。


「おや、地脈から温泉宿が近いんだねえ。繁盛まちがいなしじゃないか♪」


浮かぶ竜神に、仰向けに横たわる花の妖精、へたり込んで飲んだ水を吐き出している元GS、
パンツ一丁で突っ伏している青少年、オロオロしている巫女装束の幽霊。

頭を振り起き上がろうとしていた横島の元に、袴姿の幽霊が耳打ちをする。



「大佐大佐、質問があるんですけど・・・」

「どうしたんだ、おキヌちゃん。」

「これなんてイエローキャブ?」


横島はそこで現状に気がついた。豊満な肉体のオンパレードが網膜に焼きつく。
我らが主人公のキャパシティを越えた光景に、ついに撃沈する。


「はわわ、大佐?鼻から重症?たいさー!」






一時間後。横島の部屋で会話する浴衣姿の美女が三人と、袴少女一人。
本来部屋の主であるべき横島は目を回しながら依然夢の中である。
メドーサがそんな横島の顔をうちわでパタパタと扇いている。


「・・・で、おキヌ、アンタは今日急に神様を下ろされたってわけかい。」

「は、はい・・・」

「わらわもじゃ。今日急に封印が解けて自由になったのじゃ・・・確か昼過ぎじゃな。」


メドーサの記憶で昼過ぎの光景が浮かぶ。
崖の中腹の鳥居と八卦門の結界。
それを強引に解除した、大変徳の高い美人の女神(自分)。
すべての情報を計算機に入れて出た結果は、たった一つの真実。



「あははは、ご、ごめん、それ、アタシだわ。」

「「えええええええ?!」」


頭をぽりぽりと掻きながら、ばつの悪そうな顔をして目線を逸らす。
詰め寄る触覚美女と巫女美少女。


「ど、どうしてくれるんですか!私、無職になっちゃったんですよっ!」

「わらわだって勝手に復活させられても困るぞえ!もっと重厚に準備とかしたかったのじゃ!」

「あ、ああ、すまないねえ。・・・・・じゃ、どうしたいんだい?」


はたと抗議の姿勢のまま、二人は動きを止める。
互いに見つめあい、少々考え始める。


「・・・・正直このまま成仏するのは、ちょっと寂しいし・・・。」

「わらわは慣れた土地で根を下ろせればべつにのう・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・うーーーーーーーーーーーーーーーーーん。」」





一方、我らが主人公は夢を見ていた。
ジャングルの奥深くに侵入する特殊部隊員横島忠夫。
数多の敵や怪物を倒し、数々のトラップを見破り潜り抜ける。
やがて温泉に場面は移り、美女また美女が裸で出迎える。
滝のような涙を流しながら豪快なサムズアップをする我らがヒーロー。


「うーん、任務完了・・・・・むにゃむにゃ。」

「・・・・任務?・・・・・・・・・・そうかその手があったじゃないか!でかしたよヨコシマ!」


美神の耳元でこそこそと話をするメドーサ。
その話を聞くうちに、美神に少々邪悪な笑顔が浮かぶ。
女性四人がやがてぼそぼそと同じような表情のまま密談していく。




数日後。
スパーガーデンジンコツの一角に大きな鳥居が立っていた。
その奥には少々大きめの社殿があり、賽銭箱と鈴と注連縄が備え付けられている。
そこにきゃわきゃわと女子大生の集団が浴衣姿で現れる。


「・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


それぞれが賽銭箱にお金を投げ込み、二拝二拍一拝でお祈りをする。
やがてそれが一段落すると、本殿の横にある社務所に足を運ぶ。
そこでは頭に触角を持っている少々目つきの鋭すぎる美女が巫女装束で控えている。


「あのー、おみくじ引きたいんですけど・・・・」

「御神籤とな?どれ、好きなオケラを引くが良いぞ。」


巫女の手元に5センチくらいの小さな昆虫風の妖怪が何匹も顔を出す。
三人の女性がそれぞれ思い思いに引くと、そのオケラがそれぞれ籤を持っていた。


「・・・控えめな貴女には恋愛運の転機が訪れます?嬉しいお知らせが来るかも?やった!」

「・・・貴女の地道な努力は結ばれますだって!夏には結果が出るとか書いてる!」

「・・・欲張りな貴女は望みを少し絞ってはいかが、だって・・・・うーん、そうかもしれないなー。」


それぞれが境内の樹に御神籤を結んで、楽しそうに去っていく。
死津喪比女は、三人に優しそうな笑顔を振りまいて見送っている。
その姿が見えなくなったのを確認すると、少し深いため息をつく。


「・・・・・おキヌ、そろそろおぬしも此方で代わらんかえ?ずっとそうしておってものう・・・」

「えー?うーん、働いたら負けかなっておもうんです。うわー、こんぴーたーって面白っ!」

「そうかえ?まぁわらわはおキヌがイイのなら別に文句は無いんじゃがのう。」


スパーガーデンジンコツは新名所、美人巫女姉妹神の運営する霊験あらたかな
『巫女ミコ神社』(美神命名)をコンテンツに加えて、更に繁盛していた。
ただし妹神は非常に出現確率がレアであり一目見るための長期逗留も多いようだ。


「『いんたーねっと』ってほんとうにおもしろいんですよ。死津喪比女さんもやります?」

「わらわはおキヌの将来の方が心配じゃ・・・」

「だいじょーぶですよー。私達もう神様なんだし、立派な御社はあるし。」

「成仏したいとか、生き返りたいとかないかのう?わらわも協力するぞえ?」

「今だって充分楽しいですよ?神様のまんまで、死津喪比女さんと一緒で。」

「え?あ、ああ、そうじゃのう。・・・まさか花のわらわより気の長い人間がおると思わなんだ。」

「『>>西条隆盛 自治廚乙。 』っと。クスクス・・・・」




そして、銀座。


「おーい、この前の小僧のところから手紙が来ておるぞー。」

「あらあら。マリアさん、取ってきて頂ける?」

「イエス・ミスバサラ」


ジェット音を響かせて手紙の配達をする金髪のメイドロボ。
受け取った主人は、銀製のペーパーナイフで手紙の封を切る。
そこには三枚の報告書が入っていた。

メドーサから、美神から、横島から。

まずメドーサ。従業員の接客や清掃状況などのレポートとなっており、
そのルーチンワークの改善点などが細かく記されている。
新しい施設である神社については、その運営方針とシステムが細かく書かれていた。

美神は広告宣伝や外装、接客の愛想の良さなどに言及している。
料理や飲み物へのアドバイスと温泉へのこだわりがてんこ盛りだ。
新しいアトラクションである神社については、そのアピール方法と細かい演出が書かれていた。

そして・・・・・・


「うーん、マリアさん、これはどういう意味かしらね・・・・」

「理解不能・もうしわけ・ありません・ミスバサラ」

「そーよね・・・・・」





その紙はマジックで大きく、

『おっぱい!おっぱい!』

と書かれていたのである。






************次*回*予*告******************

「醤油支那そばの機動力は、味噌系を次第に追いつめる。
正統派との戦いは、一瞬の息抜きも許されなかった。
さらに、チャーシューの重力は、美神たちに苦戦を強いる。
次回蛇と林檎第六話『蛇よファラウェイ』」

「初代ガンダム風の予告編なんて若い子にはわかんないよヨコシマ!」
「ファーストはやっぱり永井○郎ねー。」

「君は生き延びることができるか?」

*************蛇*と*林*檎*****************


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