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雇われ式神使い

第一鬼 式神使いの野望


投稿者名:双琴
投稿日時:07/ 5/10

 
 
 チャイムと同時に教室に入ってきた長髪の教師が授業の始まりを告げる。

「ほな、授業を始めよか」

 教師の名は鬼道政樹と言い、ここ六道女学院で教鞭を執っている。
 生徒達の評判は上々で、真面目で頼りになる、と人気も高い。
 教師になってすぐ、魔族アシュタロスによる世界の危機が訪れたのだが、鬼道は与えられた教師の職務を全うするだけだった。理由は、雇い主がそう望んだからだ。鬼道にとっては、雇い主の要望に応える事に大きな意味があった。
 しかし、彼は平安時代から続く陰陽師の末裔であり、本来ならこんな所で教師をしているような男ではない。
 どうしてここまで落ちぶれたのか。
 それは、彼の父親に原因があった。
 父親は野心が強く、多くの事業に手を出した。
 株を買い、土地を買い、飲食店などの店をいくつも経営した。
 だが、悲しいかな、父親にお金を増やす才能は無かった。
 ほとんどの事業が失敗に終わり、鬼道家の財産を全て手放してしまったのだ。
 いや、一つだけ残されたものがある。
 それは鬼道家に代々伝わる式神、夜叉丸だ。
 鬼道政樹はその夜叉丸を引き継ぎながらも、このような学校の一教師という地位まで落ちぶれていた。
 だが、彼は決して現状に満足してはいなかった。
 鬼道には野望がある。
 それは、この六道女学院の経営者であり、鬼道に教師の立場を与えている六道家を我が物にすることだ。
 子供の頃より父親に叩き込まれた六道家への復讐心が、全て消えた訳ではなかったのだ。
 鬼道は立派な教師を振舞う傍ら、虎視眈々とその機会を覗っていた。
 
 
 
 
 他に誰もいない職員用のロッカールームで、鬼道は正座をして瞑想にふけっていた。
 今は授業中だが、彼が授業を受け持つクラスがない時間だった。
 カッと目を見開いて瞑想を終え、ゆっくりと立ち上がる。
 自分のロッカーに手を掛け、中からバラの花束を持ち出した。バラの本数は十本前後で、大げさすぎないものだ。
 今日は週に一度、六道冥子が特別講師として学院に訪れる日。
 冥子は六道家の一人娘であり、その彼女を手に入れれば、六道家を手に入れたのも同じと言えた。
 だから当然、鬼道は冥子を狙っていた。
 用意された花束は冥子へのプレゼントであり、毎週のように何かしらを送っている。彼はこういった事にまめだった。
 最後にロッカーの扉裏に添え付けた鏡で身なりを整える。
 前髪を櫛で揃え、羽織の衿を引き締めた。

「よしっ、ボクならやれる!」

 自己暗示で気合を入れ、ロッカーを閉めた。
 花束を丁寧に両手で持ち、冥子が授業をしている教室へ向かった。
 

 教室の前で鬼道は花束を抱えて授業が終わるのを待つ。
 ほどなくして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、鬼道は気持ちを引き締めた。
 そして、ドアが開いて冥子が最初に教室から出てくる。
 待ち構えていた彼は即座に声を掛けた。

「冥子はん、今日もごくろうさん」
「ほんと〜、教師って大変ね〜」

 疲れた表情の冥子が泣きそうになりながら答える。
 週に一度だけだが、泣き虫でわがままな冥子が、どうにか講師をしていられるのは奇跡に近かった。
 その影には生徒達の多大な苦労があるわけで、開いたドアから見える教室内では、生徒達が皆一様に机に突っ伏していた。
 やはり、冥子の相手は非常に神経を使うものなのだろう。
 そんな生徒達の苦労はともかく、鬼道は用意しておいた花束を差し出す。
 
「これもらってくれへんか? あと、今晩一緒に食事でもどうやろ」
 
 冥子の鼻先にバラが差し出され、いい香りが鼻腔を通り抜けた。
 決断の遅い冥子は目前のバラを見ながら、しばらく思案する。
 教室内で轟沈していた生徒達も固唾を呑んで行方を見守った。

「ありがとう〜」

 答えを出した冥子が、にっこりと微笑んで花束を受け取る。
 目標を達成したかと思われた鬼道は一瞬、パァっと顔を明るくする。
 だが、一瞬だけだった。
 
「ハイラちゃんはお花が大好きなの〜」
 
 冥子が「ハイラ」と呼ぶ。
 すると、冥子の影から全身が毛むくじゃらで丸い体の式神が現れた。
 大きさは中型犬並みで、毛針攻撃と睡眠時の人の夢に入り込む事が得意だ。
 花束を口元に向けられたハイラは、花の部分からモシャモシャと食べ始めた。
 鬼道はその光景を唖然と見るだけだった。
 彼の散り様を見届けた生徒達は、涙を流して合掌した。
 
 傍目には酷い女のように見えるかもしれないが、冥子にそんなつもりはなかった。
 ただ、人付き合いが苦手で、恋愛に疎いだけなのだ。
 冥子は美神と出会うまで、友達は子供の頃から式神の十二神将だけだった。
 女の友達はもちろん、男の友達もできなかった。
 それ故、何よりも優先して考える事は、まずは友達である十二神将になっていた。
 今回も鬼道の気持ちは冥子には届かなかった。
 
 ハイラが花束を食べ終えるのを無邪気に見ていた冥子は、式神を自分の影に戻して歩き出す。
 普段、式神は主人の影と繋がっている異空間で出番を待っているのだ。

「マーくん、またね〜」

 軽く手を振って、呆然と立つ鬼道の横を通り過ぎた。
 鬼道はガックリと膝から崩れ落ち、冷たい廊下に両手を着ける。
 彼女にふられるのはこれが初めてではないが、今回の予想外なふられ方は堪えた。
 その小さくなった鬼道の肩に、誰かの手がそっと置かれる。
 いつの間に出てきたのか、鬼道の式神である夜叉丸の手だった。

「……すまんな」

 夜叉丸の手を取った鬼道は謝りながら起こしてもらった。
 小さく首を振る夜叉丸は「気にするな」と言っているようだった。
 
 
 
 
 よく晴れた静かな午後。
 六道女学院内の運動場では、元気に走り回る生徒達の姿が見えた。
 その平穏な一時に水を差したのは、大音量で流された校内放送だった。
 
「職員のお呼び出しをします。鬼道先生、鬼道先生。至急、理事長室までおいでください。繰り返します――」
 
 授業中にもかかわらず、学院内の全スピーカーから放送が流された。
 どのクラスの先生も放送に耳を傾け、一時的に授業が中断する。
 運動場で授業を受けていた生徒達の動きも止まり、注意が校内放送に集まる。
 そして、すぐにその注意が受け持ちの先生に注がれる。

「先生、呼ばれてますよ」
「わぁーっとる」

 生徒達の視線の先には、上下ともジャージ姿の鬼道が、ちょっと怖い顔で立っていた。
 首からホイッスルをぶら下げ、随分と先生が板に付いてきていた。
 ホイッスルを手に取って短く二度吹き、生徒の注意をもう一度集める。

「ボクはここを離れなあかん。多分、もうこの授業中には戻ってこれへん。そやから、授業はこれで終わりにする。お前ら、休み時間までは教室でおとなしゅうしとるんやぞ」

 口早に要点を伝えた鬼道は、走って校舎に向かった。
 
 
 理事長室の分厚い扉が、ノック無しで勢いよく開け放たれた。

「理事長はん、用はなんですか」

 ジャージ姿のままの鬼道が急いで駆け込んでくる。
 
「政樹ちゃ〜ん、助けて〜」
 
 意気込んで駆けつけた彼を、緊張感の欠片も無い、間の抜けた声が出迎える。
 しかも、到底困っているようには見えない笑顔でだ。
 いつもの事なので、鬼道が気にすることはなかったが。
 この声の主こそ、六道女学院の理事長であり、鬼道の雇い主である六道紀黄泉だった。
 そして、これが最も重要な事だが、鬼道が狙う冥子の母親でもある。
 野望のためには是非とも取り入っておきたい相手だ。

「うちの冥子がお仕事で困ってるの〜。何度も悪いけど、お願いできないかしら〜」

 紀黄泉の用件は、冥子のGSの仕事の手伝いだった。
 助っ人の依頼はこれが初めてではなく、ちょくちょくとお願いされていた。
 あの気弱で実戦に向かない冥子が、一人でGSの仕事をこなすには無理がある。
 いくら強力な十二神将があるといっても、使いこなせなければ意味がない。
 それなら、最初から鬼道をGS助手として雇えばいいのでは、と思うかもしれないが、それはできなかった。
 何故なら、仮にも鬼道は六道家の式神を狙う式神使いだったからだ。
 最初から鬼道を信用する訳にはいかなかった。
 しかし、この親子の人に頼る性格もあって、最近は鬼道が助手をする機会が増えている。
 鬼道は着々と紀黄泉の信頼を得つつあった。




 依頼を引き受けた鬼道は、急いで指定された合流地点に向かう。
 授業中に校内放送で呼び出すくらいだから、緊急を要するに違いない。
 鬼道は身支度もしないまま愛車の白いカローラに乗り込み、ひたすらアクセルを踏む。
 だが、指定された場所に到着した彼は、急いで来た事を思い切り後悔した。
 
「あ〜ん――冷たーい……!」

 現在、鬼道が立っている場所は、柔らかい照明が雰囲気を作る高級レストランの中だ。
 目の前には、クリームソーダのアイスにスプーンを伸ばす冥子の姿が見える。
 急いで駆けつけた自分が馬鹿に思えた。
 これもいつもの事だから、と自分に言い聞かせる鬼道だが、今は一刻も早くこの場を去りたかった。
 今の鬼道の格好は先生の時のままなのだ。
 高級レストランでジャージ姿は場違いすぎる。
 普通ならこんな服装で入れるような店ではないのだが、フロントで門前払いされそうになった彼は、六道家の名を口にする事で入店を許可してもらったのだ。
 六道の名は、財界ではかなり顔が利く。
 のん気にストローを摘む冥子のテーブル横に、鬼道が恥ずかしさに耐えながら歩み寄る。
 
「マーくんっ! 来てくれたんだぁ。冥子、困ってるの〜」
 
 鬼道を見つけるなり、冥子はしょっぱなからおとなげなく泣いて出迎えた。
 さっきまでの落ち着きは何だったのか。
 とにかく、実際に困っているのを確認した鬼道は、早く彼女を宥めて店を出ようとする。

「泣かんでもええって。ほな、さっさと仕事を片付けよか。行くで」
「ええー、まだ残ってるよー」

 なのに、冥子は食べかけのクリームソーダを見たまま動こうとしなかった。
 鬼道は我慢をしようと目を閉じて眉間に皺を寄せる。同時に、肩が小刻みに震える。
 グラスに付いた炭酸の泡が一つずつ確実に引き剥がされて空気に消えていく。
 まるで、その一生懸命にへばり付いた泡の一つ一つが、彼の今の忍耐力を表しているようだ。
 冥子がストローを摘んで掻き回す。
 氷がぶつかる音と共に、グラスの泡が掻き消えていく。
 そして、鬼道の忍耐力も泡となって消えた。
 
「んなもん、今は後回しやっ! 一緒に来ぃひんのやったら、ボクはもう帰るで」
 
 くるりと身を翻した鬼道は、冥子を振り返る素振りを少しも見せずに歩き出した。

「あーんっ、待ってよ〜。帰らないでぇーっ!」

 それを見た冥子は縋るように大慌てで後を追った。
 
 
「理事長はんからはなんも聞いてへんのや。詳しく教えてくれへんか」
「えーっとね。今回の除霊対象は動物霊なの。それで――」

 レストランを出た鬼道は車での移動時間を利用して、冥子から今回の仕事の詳しい情報を聞き出した。
 それによると、相手はカラスの動物霊で、数は一体。
 ゴミ収集所を一ヶ所占拠し、住民が近づくと襲ってくるらしい。
 付近は立ち入り禁止になっているとの事。
 このカラスは生前、ゴミ漁りを通して収集所の管理人と激しい抗争を繰り返し、最後に討ち取られたそうだ。
 何があったのかは想像したくない。
 その除霊に失敗して彼が呼ばれた訳だが、失敗の原因を聞いて呆れ返った。
 
「そんで、冥子はんの敗因はなんやったの?」
「敗因っていうか〜、見ただけで怖くて逃げてきたの〜……」
「……そらあかんやろ」
「だって〜、凄く強そうだったんですもの〜」
 
 一目散に逃げてきただけだと聞いて、有用な情報が得られなかった鬼道は頭を抱えた。
 冥子の彼への依存はかなりのものになっていた。
 頭が痛くなるような報告を聞いた後、少し考えて呟く。

「……カラスか。嫌な相手やな」

 動物は基本的に運動能力が高い。
 それは単純に攻撃力が高い事を意味している。
 除霊を商売にしているGSは、身の安全を第一に考える。
 故に、一般的に攻撃力の高い動物霊は、相手にしたくない部類に入る。
 
 対策を考えている間に、除霊現場のゴミ収集所が見えて来た。
 ゴミ収集所のブロック塀の上に、悪霊と化したカラスが止まっているのが遠くからでも判る。
 カラスの大きさは人の子ほどもあり、翼を広げれば、かなり大きく見えるだろう。
 鋭く伸びた真っ黒なくちばしは、かなりの殺傷力を想像させる。

 適当な距離で車を路肩に寄せて駐車する。
 車内の助手席からカラスを見るだけで、早くも怯えた様子の冥子。
 鬼道がハンドルにもたれながら注意事項の確認をする。
 
「あいつに話し合いは通用せえへん。最初から力と力のぶつかり合いや。ちょっとでも気ぃ抜いたら命に係わるで。解かっとるな?」
 
 注意が脅しにしか聞こえない冥子は、引き攣った顔で運転席を見る。

「あのね……ぜんぶ〜、マーくんにお願いしてもいいかな〜……?」
「ほんまに帰るで」
「わーん、ごめんなさああいっ」

 いつまでも怖がって車に閉じ篭る冥子を引きずり出し、カラスの縄張りであるゴミ収集所に向かって慎重に歩を進めた。
 カラスとの距離が縮むにつれ、お互いの緊張感が増す。

「夜叉丸、出ろ」

 夜叉丸を影から呼び出し、いつでも戦える体勢を取る。
 カラスも畳んでいた翼を体からわずかに浮かせ、いつでも飛び立てる準備をする。
 冥子は状況に合わせて式神を使い分けるタイプなので、戦闘前から式神を呼び出すような事はあまりしない。
 カラスの全身と同じ真っ黒な眼がはっきりと見える距離に来た時、カラスがブロック塀の上から跳躍して大きく羽ばたき、一直線に向かって来た。
 夜叉丸が素早く前に出て迎撃する。

「正面から当たるなっ!」

 咄嗟に指示を出す鬼道。
 だが、カラスの飛行速度は想像以上に速く、夜叉丸とカラスが正面からぶつかってしまった。
 胸を貫こうと突き出されたくちばしを、夜叉丸が間一髪、両手で掴む。
 うまく力比べに持ち込んだのだが、助走距離を取ったカラスの方に分があった。
 接触した瞬間から、夜叉丸の体が勢いに負けて後退し始める。
 
「クゥッ……力比べは不利やったか」
 
 くちばしを押さえる手を離せば、夜叉丸はくちばしの餌食になる。
 そう考える間もなく、夜叉丸の足が宙に浮いた。

「――あかんっ!!」

 鬼道が叫んだ時には、カラスは夜叉丸を連れて二人の頭上を越えていた。
 もの凄い速度でほぼ垂直に上昇し、夜叉丸は何とかしがみついている状態だ。
 鬼道と冥子は真上の空を見る。
 夜叉丸の姿はどんどん小さくなっていった。
 一つの点にしか見えなくなった頃、一つの点が二つに分かれた。

「振り落とされてもうた!!」

 あの高さから落とされたら、いくら式神でもひとたまりもない。
 落下でどんどん大きくなる夜叉丸に焦る鬼道。
 その横で冥子が一匹の式神を呼び出す。
 
「シンダラちゃん、お願い〜」
 
 現れたのは、海で泳いでいるエイが空を飛んでいるような式神だった。
 その背中に人を一人くらいなら乗せて飛べる。
 シンダラは呼ばれてすぐ、カラスを凌ぐスピードで空を翔ける。
 急上昇したシンダラは、高速で落下を続ける夜叉丸に衝撃を与えないよう、降下しながら背中で夜叉丸を受け止めた。
 ひとまず安堵した鬼道は相手の力量を考えて、冥子にあるお願いをする。
 
「あのカラス、やっぱ手強いわ。一つ頼んでもええか」
「なぁに〜?」
「冥子はんの式神、一匹でええから、ボクに貸してくれへんか」
 
 鬼道も同じ式神使いなので、冥子の持つ十二神将を使役できない訳ではない。
 冥子は唇に人差し指を当ててじっくり考えた。
 十二神将を貸す事は友達を貸す事になる。
 
「う〜んと〜……ちゃ〜んと返してくれるの〜?」
「返すに決まっとるやろっ」
 
 鬼道はこう言っているが、除霊のどさくさに紛れて冥子の式神を奪おうと思った回数は、一度や二度ではなかった。
 しかし、彼はそれをしなかった。理由は二つある。
 一つは、以前の冥子との式神争奪戦で、十二神将の全てを奪っても扱いきれないと判明している事。
 もう一つは、式神を奪っても、六道家を敵に回すだけで何も旨味がない事だ。
 シンダラと夜叉丸がカラスと空中戦をしている間、たっぷりと時間を使って考えた冥子が結論を出す。
 
「いいわよ〜。それで〜、どの子を貸して欲しいの〜?」
「サンチラを頼む」
「サンチラちゃんね〜」
 
 冥子の影から現れたのは、彼女の身長の倍以上は長さがある大蛇だった。
 雷撃が放てるので、カラスみたいに飛ぶ相手には有効だ。
 夜叉丸が乗ったシンダラを呼び寄せてもらい、サンチラを夜叉丸に取り込ませる。
 すると、夜叉丸の両肩から二匹の蛇が生えてきた。
 
 式神が合体して間もなく、地上に降りた夜叉丸を追いかけてカラスが突っ込んでくる。
 すかさず、夜叉丸がサンチラの雷撃を放ち、カラスの頭上から雷が落ちる。
 しかし、鋭い感覚で攻撃を察知され、寸前のところで回避された。
 雷撃を警戒したカラスは、そのまま天高く舞い上がった。
 夜叉丸とシンダラも再び飛び立ち、それを追いかけた。
 
「夜叉丸、相手の先を狙うんや!」
 
 一撃では仕留められないと感じた鬼道は、雷撃をカラスの進行方向の先に落とすように命じた。
 その指示は的中し、カラスの動きが目に見えて遅くなる。
 ついに雷撃がカラスを捉えた。

「よっしゃあ!」

 雷撃は強烈な威力を持っていた。
 ものの一撃で、カラスは消し炭に変わって退治された。
 
 サンチラを取り込んだ夜叉丸は強かった。
 冥子と違い、幼い頃から修行に励んでいた鬼道の下で、サンチラの能力は十分に発揮された。
 夜叉丸は的確な雷撃で敵を追い詰め、間もなく、カラスは直撃を受けて消滅した。
 鬼道と冥子が組めば、そこらの悪霊などは敵ではなかった。
 
 敵を倒した式神達が、それぞれの主の元に帰ってくる。
 蛇を生やした夜叉丸が鬼道の影に帰るのを見て、冥子が不安げに催促する。

「サンチラちゃんを返してぇ〜」
「今、返すとこや」

 言ってすぐ、鬼道の影から大蛇が飛び出した。

「おかえり〜」

 無事に帰ってきたサンチラに、冥子は微笑んで頬擦りする。
 その愛情深い彼女の姿に、一瞬だけ鬼道の視線が釘付けになった。
 すぐに我を取り戻した彼は、駐車しておいた場所に足を向ける。

「マーくん、おいてかないで〜」

 急いで式神を影に戻した冥子は、子犬のように駆け足でついて行った。
 
 
 
 
 体育館で霊能授業を行う鬼道は、今日も六道女学院で教師を演じていた。

「何やっとるんや! もっと集中しぃっ!」
「ハ、ハイッ」

 鬼道は教え子達に厳しい口調で指導を続ける。
 教師という立場に不満は持っていても、手を抜いた授業は一度たりともない。
 それは紀黄泉へのアピールのためではあるが、ここにいる生徒達にとってもありがたいことだった。
 
 授業の終わりを告げるチャイムが学院内に響く。
 終わりの礼をし、お昼休みが始まるのと同時に、鬼道は数人の生徒に囲まれた。
 授業中の鬼道は怖くて近寄り難いものがあるが、普段は生徒の人気者だ。

「せんせ〜、一緒にお昼を食べましょ」
「あっ、私も」

 人気のある先生の周りに女生徒が集まるのは、大抵の学校でよくある事だ。
 毎日の事なのだが、鬼道は少し困った顔で断る。

「コラコラ、先生も忙しいんや。また今度な」
「えぇー、先生、そればっかー」

 はっきり言って、教師の仕事は忙しい。
 生徒の相手をする授業以外にも、授業の段取りを考えたり、上に提出するレポートを書いたりと、仕事はあるのだ。
 だから、長い昼休みは休み時間ではなく、貴重な仕事時間なのだ。
 何度断っても生徒の誘いがなくならないのは、それだけ彼に人気があるのだろう。
 生徒に囲まれながら体育館を出ようとした所で、鬼道は思いもよらない人物と対面した。
 
「マーくん、みぃーつけた」
 
 体育館の出口には、にこにこ笑顔の冥子が待っていた。
 今日は彼女が講師の日だが、向こうから会いに来るのは珍しかった。

「冥子はん、どうしはったんですか?」

 虚を突かれた鬼道は、思ったままを口に出してしまった。
 それでも、冥子は笑顔を絶やさないまま、両手で抱えていた物を胸の前に出す。

「一緒に〜、お弁当を食べようと思って〜」

 見ると、冥子が抱えていた物は、注文した職員に配られる業者のお弁当箱だった。
 お弁当箱は二つ重ねてあり、一つは鬼道の分だった。
 呆気に取られて返事をできない鬼道を前にして、冥子は理由を述べる。

「この前〜、私と一緒に食事をしたいって、マーくんが言ってたから〜」
「――それで学校の弁当かいなっ!」

 つっこみを入れる事によって復活を果たした鬼道。
 囲んでいた生徒達は、それを聞いて笑いながら去って行った。二人に気を遣ったのだ。
 冥子が言っているのは先週、バラの花束をプレゼントされた時の事だ。
 あの時、確かに鬼道は食事に誘っていた。
 つっこみを真に受けた冥子は、早くも涙目になっていた。

「もしかして〜、いけなかったのかしら〜……?」
「ちゃうちゃう。別にかまへんよ」

 慌てて手を振り、申し出を受ける。
 鬼道にとって、冥子の頼みに比べれば教師の仕事などは二の次だ。断る理由はない。

「そぉ〜、よかったぁ〜」

 こんな頼みを聞き入れてもらえただけで、冥子は心の底から安堵したような笑顔を見せる。
 つい、鬼道もつられて口元を緩めた。
 
 二人は外のベンチでお弁当を広げ、いつもより短く感じる昼休みを過ごした。
 これ以降、冥子が講師として来る日は、二人でお昼を一緒にするのが当たり前になる。
 鬼道の野望が、また一歩前進した。
 
 
 
 
 第一鬼 終


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