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蛇と林檎

コンディションレッド


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 5/ 9



横島の下宿に奇妙な居候が出来てから数日が経とうとしていた。
現在は、恐らく最大の修羅場になっている。

部屋の玄関よりには、日本最大の個人GS、美神令子が質素な座布団に正座をしている。

そして対面には、元竜神で女錫叉除霊事務所所長、メドーサが片膝を立てて胡坐をかいている。

共に、不遜を絵に描いた様な、唯我独尊を地でいく表情。
部屋は嵐の後でもこうはならないだろう、というほどの惨状。銃痕すら穿たれている。
危険な超高気圧に押しつぶされそうな部屋。その主は、メドーサの陰で気を失っていた。
なぜ、このような状況になったのか。

それは少々時間を巻き戻さなければならない。






「相手はプロですな。」


東京都豊島区池袋某所、フェニックスビル5Fに居を構える日本最大のGS事務所。
そこでは3人の男達が大小様々な機械を広げている。
所長の美神令子は、その作業員たちの中央で作業を見守っていた。
その横には、パソコンが一台あった。もっとも、部品は外されてケースのみであったが。
その中で杖を突いたリーダー格の老人が美神に説明をしていた。


「恐らく、ネットからPCを制圧して侵入、その後痕跡を消したんでしょうな。」

「・・・・そんなことが可能なの?」

「こちらのPCは外敵に対して防壁迷路になってたそうですが、クラックされたんですな。」

「クラックって、パスワードを盗まれたってこと?」

「ええ、営業用のホームページと同じ防壁迷路なのが仇になりましたな。」


美神は目の前が暗転した。余りのショックに血圧が限界以上に下がり視覚神経が使用不能になる。
いわゆるブラックアウトと同じ状況だ。通常は飛行機の曲乗りなどでのみ起きる現象で通常起こり得ない。
それはPCに隠されていた情報が問題だったからなのだ。


「・・・例えば、情報ファイルに暗号をかけておけば、情報は安全よね?」

「まぁ通常は。しかしこの防壁迷路を越えてくる相手となれば、むしろ暗号は興味を引く結果かと。」

「つまり、隠したい何かだと目を引くって事?」

「目的によっても変わりますが、そう考えたほうが自然ですな。」


実際に、チビメドの介入は単に気まぐれで、正体を知らせない為に消したのだが。
完全に消されてしまったらしいパソコンを前にしては、美神は想像で推理をするしかない。
パソコンの中にはサイトに打ち上げていた表帳簿と対を成す、裏帳簿があったのだ。


「相手を特定できる?」

「私の部下がそれを今調査中です。」


その時、髭面の部下が操作してるノートパソコンのキーボードを軽く弾く。
その顔には薄い笑顔が浮かんだ。


「ずいぶん回り道させられたが、見つけたぜオヤジ。市役所や大学を98も迂回してやがった。」

「で、相手は?」

「やっぱり情報筋のリーク通りだぜ。こいつは最近頭角を現してきた超天才級ハッカー『チビメド』だ。」

「チビメド?」



怪訝な顔をして聞き返す美神に、少々猿に顔が似たリーダー格が口を開く。



「ああ、我々の間では『最もふざけたハッカー』と異名を取るやつですな。正体は不明です。」

「場所は特定できるの?」

「・・・だめだな、今回も物理アドレスは巧妙に偽装されてるぜ。残念だったな、お嬢ちゃん。」

「そう・・・」


作業員の中の一人が多少楽しそうに美神に声をかける。
楽しそうと言っても意味的には『知的好奇心の充足』という感じで、悪意は感じない。
その辺は美神にも感じ得たので、声を荒げたりはしなかった。


「ま、今まで被害を受けたどの企業も、何故か脅迫されたりはしておりません。」

「今まで、ね・・・・・。」

「ええ、確証は持てませんがね。まあ、気休め程度の情報とでも受け取って頂いていいでしょう。」

「どちらにしろ情報が得られた価値は大きいわ。報酬の口座を教えてもらえる?」

「御理解頂いて幸いです。口座は後日連絡しますので、本日はこれにて失礼します。」

「あらそう、ありがとう。」


作業員達は手早く美神のパソコンを組み立て、元の位置に寸分違わず戻す。
リーダーが杖を突きながら場を去ると、それを追う様に作業員達は引き上げていった。

美神は仕事用のマホガニーの上に直接腰を掛けると、こめかみに指を強く当てる。
持病の偏頭痛の時の癖だ。
思考が袋小路に差し掛かるとたいてい起きるようだ。


「ふぅ、こんな所でクヨクヨしててもしょうがないわね。・・・そうだ、呪符が切れてたんだっけ。」


春先とはいえまだまだ日が落ちると寒い4月。
軽く上着を羽織り、事務所を後にする。

その時美神の事務所の近くでは、先ほどの作業員がワンボックスカーに乗っていた。



「いいのかオヤジ?監視をつけないでも。」

「あのような小娘に見つかるようなメドーサなら苦労はせん。それよりも今は何かを探すんじゃ。」

「何かって何をだよ。」

「『何か』だ。先にこちらが押さえねば、な。」

「へーへ。さーてと、車出すぜ。」


妙神精機とプリントされたワンボックスはゆっくりと走り出す。
パソコン修理、よろず相談承ります。
そう描かれたボディはビル街に消えていった。





「あいやー!令子ちゃん久しぶりある。あいかわらずエエ乳してるあるなー!」

「あんたも相変わらずねー、厄珍。」


厄珍堂最大の顧客である美神は、一切宅配などを頼まない。
大量買付け、しかも多額にも拘らず現金で取引する。他の手段では何かと痕跡が残るためだ。
脱税率が100%を誇る美神除霊事務所の用心の度合いはマフィア以上といえた。

そんな美神は注意力もいい。店の入り口の一角に、盛り塩が有る事に気がついた。


「あれ、風水なんか気にするタマだったんだ?初めて見たわ。」

「違うある。性悪な女弁護士にこの前一杯食わされたある。そのお清めね。」

「ははーん、厄珍またセクハラしたのね。その内ホントに逮捕されるわよ?」

「ち、ちがうある!実はカクカクシカジカ・・・」


かくかくしかじか!なんと便利な省略法であろうか!
斯斯然然と書き、カクもシカも『これ』という意味。
『これこれでこれこれで』という意味を古めかしく言っているわけである。


「へー、やり手の弁護士とガキんちょが同棲してて、パソコン取戻しに?」

「そうある。ボウズの名前は確か横島・・・ねーちゃんの名前は、メド、メド・・・・」


稲妻のように美神の頭の中に情報のピースが埋まる。
袋小路の一角に隠し扉は見つかったのだ。
厄珍の胸倉を掴み上げたスピードもまた、稲妻だった。


「そいつらのヤサはどこ?今すぐ答えないと地獄でも極楽でも住めない体にするわよ!」

「あ、ああ、確かパソコンを買い取った時の・・・」


厄珍が出した一枚の紙切れを奪うと、その中身を一瞥した。
東京都豊島区某所。近い、事務所から余りにも近すぎる。
集まってきた情報は余りにも、悪い方向を示唆していた。


「は、離すある・・・」

「邪魔したわね。いいこと、奴らの事と今日の事は他言無用よ!わかった!」


表に止めてあったシェルビーコブラが主人の帰りを待ち侘びていたかのように唸りだす。
片手運転すら許されないという鋼鉄のじゃじゃ馬は、焦げたゴムのにおいを撒き散らして滑り出した。
その目的地は、築年数不明なほどの老朽化した木造アパートだった。

一方、その頃老朽化した木造アパート。



「・・・チビメド、あんたまた勝手に出歩いてたね?」

『何の事か知らないサムニダ (;@3@)』

「だから、ログ記録は消しても残るって言ったよねえ?機材さえあれば追えるんだよ!」

『・・・ラフテーサーブのフォーラム自治厨からかいに逝っただけズラwww』

「ラフテーサーブっていやぁ古くからある掲示板群だったね。で、まさか荒らしてきたのかい?」

『まさか!ただ・・・ちょっち論戦したら・・・誰もいなくなった・・・かの?wwww』

「論戦、ねえ・・・まぁそれなら負けたほうも負けたほうか。とにかく、勝手に出歩くんじゃないよ!」

『あいあいさー!』


一方、我らが主人公横島忠夫は、電話料金の請求書に愕然としていた。
いつもの2000倍近い請求が来ていたのである。
電話は一番先に止められそうな部分だけに正直痛いのは皆様御存知の通りである。
ちなみに一番待ってもらえるのは水道。次にガス。
その辺はライフラインという造語が示す通り、生命線なのだ。


「メドーサ、なんだか電話止められそう・・・」

「え?な、なんでさ!」

「ケタが5個上がってるんだ・・・仕送りじゃとても賄いきれん・・・」

「で、いくらなんだい?押入れにこの前の報酬が入ってただろ?」

「聞いて驚け、500まんえんだ!うは、うはは、うはははははははははははははは!」

「ちょ、そんな、チ、チビメドー!」

『緊急モード、緊急モード、これから24時間、隔離します。起動できません。』


従量課金という考え方がある。量に従う、つまり使用した分だけ支払うというものだ。
更に、電話代には掛けた相手の距離に応じて料金が変わる部分もある。
日本の端の公共施設に迂回して接続をしていた場合、その料金は計り知れない。


「メドーサ・・・確か電力もこの前キロワットとか言ってなかったっけ・・・」

「ああ、たぶん、電気料金も・・・人間界は公共料金が高いんだねえ・・・」

「・・・・・。」


同棲一ヶ月目で訪れた大恐慌。この小さな世界は破綻寸前となった。
まぁアリがちと言えばアリがちなのだが、この2人の場合、桁が大きすぎるのだ。

何故か2人して土下座するようにうな垂れていたその瞬間、
外では不快な爆音を響かせた車が急ブレーキをかけて停止した音を二人は聞いた。

メドーサの耳だけには、その後の金属音が響いた。


「ちい、ヨコシマ、伏せな!」

「・・・え?」


横島の視界には豊満なメドーサのバストが飛び込んできた。
視界は暗転。その後、轟音と共に部屋は光に包まれる。





「あれで仕留めたとは思うけど・・・確実に息の根を止めないと・・・」


シェルビーコブラの運転席から赤い髪の女が降りる。
その服装は都市迷彩の戦闘服である。手に持っていたパンツァーファウスト3を投げ捨て
ハーネルSTG44アサルトライフルを助手席の下から拾い上げる。

流れるように階段を駆け上り、破壊された扉に回り込むや否やフルオートでブレッドを叩き込む。
サイレンサー付の銃は出来の悪い空気入れのように気の抜けた音と共に弾を送り出す。
美神は何も喋らない。ただ、弾をばら撒いた。

弾層の半分も使ったところで、引き金から指を離し、部屋の中を注視する。



「人影が見えたはずだけど・・・まさか偽装?!」

「ずいぶんと手馴れた御挨拶だねえ。」



空中に、何かが浮いていた。
年増が若い男と手荷物を掴んでいる。



「・・・上級悪魔?」

「・・・・・・・まぁ似たようなモンかねえ。さて、詫びを入れてもらうよ。」



美神令子は超一流GSである。今まで相手の力量を測りかねて失敗したことは無い。
だからこそ今日まで生き残っているといってもいい。
その本能的な部分で、絶望という二文字しか出てこない。
手元の武器を捨て、両手を挙げた。


「ま、殊勝な心がけだね。ほら、詫びを入れに行くんだよ!」

「え?入れに『行く』って?」

「常識知らずだね。周りの住人にお詫びを入れに行けってんだよ!はやく!」


どうやら緊急の危機が去ったと感じた美神は、近隣住民の家を回った。
自分達は撮影隊で、火薬の量を間違えてしまったという設定だ。
機転の速さは流石日本最高のGSであると言えた。





そして、時は冒頭へ進みだす。





「で、人間相手だったら確実に殺せてただろうけど?アタシ、何で襲われたのかね?」

「・・・PCに侵入したでしょ?言い逃れは聞かないわよ。」

「ああ、ちょっと前にね。で、それがどうしたんだい?」

「裏帳簿、見たでしょ?」



目線で殺人が可能なら真に、美神のこの視線だ。
世界中の憎悪を込めたのかと言えるほどの瞳。
しかし、メドーサはその目線を真っ向から受け止めて離さない。


「ま、帳簿なら見たけど、まぁ出来の悪いものだったねえ。お里が知れるよ。」

「何が狙いなの?」


メドーサに狙いなぞ無かった。なにせチビメドの暴走で勝手にPCに進入してただけであるし、
しかも裏帳簿は見もせずに削除したのだから。


「ま、何も無いさ。アンタは自滅するだけの哀れなGSだからね。苦笑してお終いだよ。」

「・・・聞き捨てならないわね。これでも私以上のGSはいないと自負してるんだけど?」

「まぁ結果だけ見ればねえ。だけどアンタ、正直ヨコシマにだって負けるかもしれないよ?」

「そこのクソガキ?冗談言わないで。何の霊力も無いただの子供に?」


我らが主人公横島忠夫にずいぶんな言われようだが、むべなるかな。
当の話題の本人は、幸せ顔で寝こけているのだから。
その無垢な表情は確かに子供に見えなくもない。


「ふぅ、最高のGSだって期待してたんだけどねえ。とんだアマちゃんか。」

「あ、アマちゃんって・・・・」


抗議せんと右ひざを上げようとした美神の右斜め上には、メドーサの人差し指。
咄嗟に視界に入った異物に反応するように身体を捻ったせいで、ひざが上がらない。
たった一本の指の存在だけで美神の動きは封じられた。


「霊力は確かにアンタが上だね。だけど万能でもない。重要なのは状況判断と的確な行動なんだよ。」

「・・・・・そんなの当り前じゃない。だけどそれも含めて、そこのガキには負けないわ。」

「言うねえ。・・・負けたらどうする?」

「別にどうもしないわよ。勝負なんてあとで貴方が力ずくで無効に出来るじゃない。やるだけ無意味よ。」


その刹那、メドーサの金色の瞳の中心が、縦にすうっと細くなる。
そして、厚ぼったい唇が横に広がったかと思うと、ニィッという擬音が似合いそうな笑顔が浮かぶ。
赤毛のGSは、その瞬間に生命の危機を感じた。

反射的にイヤリング型の精霊石に手が伸びる。
だが、その手に触れるはずの精霊石に2cmほど届かなかった。
美神の手首に、冷たい指の感触が突然現れたからだ。
メドーサは、細い手首をつまみながら、話を続ける。


「殺気に反応しての判断は悪くないね。だけど状況が見えてない。感情で動きすぎだよ。」

「かもね。で?私をこれから殺すの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ、しょうがないねえ。あんたにチャンスをやろうか?」

「チャンス?」


肩をすくめるジェスチャーをしながら提案をするメドーサに、美神はやっと手応えを感じる。
目の前の女は自分の絶対を信じ、わざわざ手にした優位の条件を下げようとしている。
仮に後で反故になるにしても、現状の絶体絶命状態よりは希望が持てる。


「うーん、何でもいいんだけどねえ・・・・」

『やっかまし!静かにせ!』


部屋の壁から衝撃音が響き、方言の雅な言葉遣いで叫び声が上がる。
メドーサと美神はびっくりしたように大きく目を開けて互いに向き合った。
2人の美女は、その顔を寄せて小さくしたボリュームで話し出す。


『?アンタ、詫びは入れてあるんだろうね?』

『え?確か、勉三さんっぽい浪人だったけど。・・・ちょっちコミュニケーションが難しいタイプだったわね。』

『ベンゾウさん、か・・・・・。』


勉三さんとは、キテレツ大百科の浪人生の名だ。
6浪した猛者であり、そのくせ小学生の遊び相手に余念が無い。
確か大学に入ってから彼女も出来て、男子小学生嗜好も卒業できたとの噂だ。


『そうだ、ベンゾウさんを使おうか。アンタ、公平な勝負がしたいんだろう?』

『・・・そうね、規約に反しない程度ならいいわよ?』

『アタシがルールを守らないと思ってるのかい?・・・いいかい・・・・(ごにょごにょ)』


耳を寄せた美神はメドーサの提案を頭の中で反芻する。
そして、にんまりと笑顔を作ると、右手の人差し指と親指で丸を作る。
竜族にもその意思表示は通じたのであろう、金色の瞳もまた楽しそうに変形した。


「まっだぐ、いぎなり爆発しだりしずねえったら・・・おめだづ、なばしちょ?」

「・・・・・・・・・・・・ね?難しいでしょ?」

「そうかい?・・・しょうがないねえ。・・・もう一回耳貸しな。」


メドーサに頭を寄せると、美神は両手を何故かメドーサのに拘束されるかのように掴まれる。
多少不審に思いながらも、美神はさらに耳を寄せる。
メドーサの唇から細長い舌が、美神の産毛の生えたその穴にちゅるちゅると差し込まれていった。


「ちょ、ちょっと!な、なに、ひゃ、まってまって、うひゃうひゃひゃあっ!」

「ほうひょっとひずかにおひよ、ふぃふぃのあなふらいふぇ。」

「しゃ、しゃべるな!振動が!うひゃっアヒャヒャヒャヒャ!」


真っ赤になって笑い暴れる美神にしばらく苦戦していたメドーサだったが、
数秒後、小気味良い音を立てて舌を抜いた。


「まったく、暴れるから完全に施術できないじゃないか。・・・どうだい?」

「ひー、ひー、ひー。・・・施術?!」

「ああ、これで多少のコミュニケーションは取れるはずだけどねえ。」


美神はその意味を測りかねていたが、
目の前の学ランを着た青年の声を聞いて得心した。


「あんた達、何してるんダスか!人の部屋さ入ってきて!非常識ダス!」

「お、ほんとだわー!ちょっと訛ってるけど、全然普通!やっと日本人と話してる気がするわ!」

「・・・・・地方にも読者はいるかもしれんダスよ?不用意な発言は止めるダス。」


学ラン浪人生は、現状を整理し始めていた。
謎の大爆発、隣の高校生の部屋から女達の騒ぎ声、不意に現れた水商売風の二人。
最高学府に進学せんとする高性能な生体コンピューターは、結論を出した。
その結論に従い、バットを持って隣の部屋に襲撃する。
さながら討ち入りかフライデー事件かと言ったような面持ちだった。


「美女を侍らせて共同生活とは、おめーは『ラ○ひな』ダスかー!」

「のわわー!誰が赤松○かー!いきなりなんだー!」


暴れる浪人生と逃げ惑う高校生。
その収拾をしたのは、やはりと言うか、所長であった。


「はいはい、落ち着きな。大体こんなヒョロヒョロ殴ったって致命傷になるわけないだろ?」


バットを取り上げ、高校生の首根っこを掴み、浪人生と隣り合わせに床に座らせる。
冷静になった浪人生は、がっくりと首をうな垂れていた。


「す、すまんかったダスな。おら最近イライラしてたダス。許してけれ。」

「・・・って、隣のベンゾウさんじゃねーか。プッツン受験生かよ。しょーがねーなー。」

「おら、ベンゾウさんじゃないダス。ちゃーんと山田っていう名前もあるダス。」


その言葉に部屋の空気が氷づく。
メドーサが、美神が、横島がのけぞったポーズで硬直していた。


『ボサボサの髪・・・栄養の足りなそうな顔色・・・・』

『無精ひげ・・・・ガクラン・・・・・』

『アットマーク( 注:@←コレ )みたいな牛乳瓶メガネ・・・・』

『『『お前がベンゾウさんじゃなくて誰がベンゾウさんだというんだ!』』』


横島の部屋中に渦巻くツッコミの嵐。
その怨霊をも凌駕する想念だが、空気の読めない浪人生たるベンゾウ・・・もとい
山田さんにはわからず、なんとなく居心地が悪いだけだった。


「・・・・で、確か浪人だったっけ。べン・・・・山田君。」

「う、おら、三浪してるダス。田舎のばっちゃに申し訳が立たんダス。」

「なんだ、たった三年かい。まぁ寿命の事も考えると早くしないといけないだろうケドねえ。」

「おおおー!そうダス!早くばっちゃんを安心させてやるダス!でも、おら、本番に弱くて・・・」


もちろんメドーサが見知らぬ祖母の寿命まで知っているわけではない。
単に短命な人間族の寿命がベン・・・山田氏の時間を狭めていると感じただけの判断だった。
横島は先ほど急襲されて起きてから、今の現状に少々違和感があった。

メドーサ、隣のベ・・・浪人生、自分・・・・・・・・・・見知らぬボディコン女性。


「あのー、つかぬ事を聞きますが・・・メドーサ、こちらの人は?」

「ああ、美神だったっけ。ほら、日本最高のGSって。一緒にデータ見たじゃないか。」

「おおー!すっげぇぇ!本物だー!キワどいカッコウじゃあー!・・・で、何故うちに?」

「うーん、・・・・・賭けをしに来たかんじかねえ?」


好奇心と情欲に濡れそぼった横島の双眸が美神の全身を射抜く。
美神は、その穢れた視線に一歩引きながら愛想笑いを浮かべる。


「ま、そんなところね。で、先攻はそっち?それともこっち?」

「アンタからでもいいし、好きにしな。」

「じゃあ遠慮なく。」


美神はベンゾ・・・・山田氏の正面にしゃがみこむ。
ガクラン姿の浪人生は、何の事やら判らずにその行動を追っているだけである。


「確か、センター入試はもう終わってるはずだから、二次試験って奴受けるんでしょ?」

「おめよくしってるな。んだ、あさって個別学力検査があるダス。」

「ふっふっふ。でも、本番に弱いベンゾウさんとしてはとっても不安じゃない?」

「山田ダス。・・・・正直、毎年この試験で大失敗するんダス。はぁ・・・・・」

「そんな救われない浪人生なキミに!はい、『どこでも合格』〜♪」


美神は胸元の秘密満載の谷間から、少々大ぶりの御札が取り出される。
心なしか、トランペットの効果音と丸い手が見えたような気がするが、
もちろん目の錯覚だ。


「コレさえあれば絶対合格!霊剣荒鷹よー?」

「そ、そんなものがこの世にあるんダスか!サ○ラ大戦は実在するんダスな!」

「・・・・ごめん、『霊験あらたか』ね。ベンゾウさん、浪人の理由ってまさか・・・。」

「山田ダス!オラげーむは去年からやってないダス!ア○リスたんともしばらく会ってないダス!」

「・・・・・まぁ、とにかくコレで貴殿の大往生間違い無しって奴よ!」


大往生したり大鐘音したりするのは余り縁起が良くない気がするのだが、
まぁ意味はわからなくてもスゴイ自信だけは浪人生にも伝わったようだ。
目の前に出された御札を震える手で捧げ持つベンゾウさん、もとい、山田氏。


「霊力のあるお札か。まぁ悪い手じゃないけどね、残念だけど浅はかとしか言いようがないねえ。」

「な、なんですって?」

「いくよ!アタシのターン!『勉強時間』を生贄にして『自堕落な遊びの時間』を特殊召還するよ!」


太腿から抜き出した小さなカードを投げつける。
そのカードは物理法則を無視して、ベンゾ・・・山田氏の目の前で縦に屹立する。


「そ、それはあああ!俺の一日ゲーセンフリーチケット!」

「悪いねヨコシマ。昨日洗濯してたら出てきたんで、貰っといたよ。」

「バーチャソルジャー3全国大会池袋ゲーコ予選で優勝したご褒美なのにー!」

「お、おめーさ、もすかすたら、『池袋ララ』ダスか?おら『新宿ジャンキー』ダスよ!」

「おー!確か全国大会準決勝で!あの時はいい試合だったな!(ガッシ)」

「おめえこそ、ハメくさい『ヤサ夫』のトビ使いさえ居なきゃ全国大会優勝だったダスな!(ガッシ)」


いわゆる漢泣きをして、熱い握手を酌み交す2人の男。
女性陣2人は完全に蚊帳の外というか、二歩くらい引いていた。


「・・・ねえ、この浪人生本当に合格させられるか自信なくなってきたわ。」

「ま、戦友は何物にも変え難いもんさ。それに、勝負の方だってアタシは自信は有るよ?」

「どうかしらね。どっちを選ぶか、結果がどうか、二段仕掛けの賭けだし。」


そろそろ二人の賭けの内容を皆さんにもお伝えしよう。
今回のゲームは二段階に分かれている。
まず第一段階として、ベン・・・・山田氏が二人の提示する受験応援策のどちらを選ぶか。
そして第二段階として、その選んだ結果で合格すれば選ばれた方の勝ち、不合格なら負けだ。
選び易くても合格しなければ負け、選ばれなくても不合格なら勝ちなのだ。
浪人生の応援とも取れるが単に弄んでるとも取れる、非情なギャンブルである(浪人生にとって)。


「でね、ベンゾウさんには選んで欲しいのよ。この御札か、ゲーセンでマッタリか。」

「ん?ゲーセンに決まってるダス。こんな御札返すダス。ささ、『池袋ララ』サン、行くダスよ!」

「こ、こんな御札って、ちょっと!合格する気あるの?!ちゃんと考えなさいよ!」


激情をおこして殴りかかろうとする美神の手を少々大きな熱い手が押さえ込む。
そこには少々大人びた目をした横島少年の姿があった。


「チッチッチ、美神サンでしたっけ?貴女は何か勘違いをしている。」

「な、なによ!言ってみなさいよ!」

「確かにコイツは浪人生だ・・・・・しかし、それはそれ!これはこれ!!!!!」

「んな?!」

「この瞬間から俺達はVS戦士なのですよ!『新宿ジャンキー』!お前もフリーチケット持ってるよな?」

「あったりまえダス!新宿チョイポリスで貰ったフリーチケットだってあるダスよ!」


肩を組み合いながらVS3のオープニング音楽を口ずさみ部屋を出る熱き2人。
呆然とその場にへたり込む日本最高のGS。
その様を満足そうにみている竜神。


「ふっふっふ、残念だったね。まぁこれで状況判断の重要さが判ったんじゃないか?」

「ふんっ!こんなの逆に勝ったも同然よ!ゲーヲタのダメ浪人にゲームさせて合格するわけないわ!」

「・・・受験生にも読者がいるかもしれないんだからね。不用意な発言は控えな。」


確かにゲームは麻薬性が高くて、隠蔽しやすい為に受験生にとっては危険なアイテムといえる。
ただ、それは程度にもよるので全ての無駄な時間さえ封印すれば合格するというわけではない。
その辺は資質とかではなく、集中と拡散という思考を徹底できるかだと後人の為にアドバイスしておこう。


「おぉー!さすがゲーコ地下ダスなー!猛者の匂いがプンプンするダス!」

「店員さーん!ここの対戦台今日貸し切りねー!」

「あ、ここはオラの札を使うダス!チョイポリも同系列だからおっけーダスよ!」


池袋ゲーコはVSシリーズのお膝元で製造元SAGAエンタープライゼスの直営店だ。
都市型大型店舗という奴で、少々ソリッドな客層が多い。
ちなみに都市型準遊園地として作られたのがSAGAチョイポリスで、必ずメリーゴーランドが回っている。
メリーゴーランドは遊園地施設としての登録に絶対必要なのだ。
ただ、横浜、新宿など都心ターゲットの屋内遊戯施設なので、正直遊園地というよりは
ゲーセンと遊園地のあいのこの様なものである。
他社の準遊園地ではナメコのモンジャタウン(池袋サンシャインシティ地下)が有名である。


『おい、あれ、池袋ララじゃねーの?』

『バッカ!その向こうは新宿ジャンキーだよ!とうとう池袋と新宿の頂上決戦だよ!』

『やべー、ツナギつけねーと!こりゃあただじゃすまねえゼ!』

『しかもフリーチケット使って閉店まで組手する気だぜ?マジでヤバイ!』


ざわ・・・ざわ・・・・ざわ・・・・

ざわ・・・ざわ・・・・ざわ・・・・


「・・・ねえ、なんかここ暑苦しくない?」

「うーん、いい雰囲気だけどねえ。ま、好きなだけゲームさせるのが目的だしね。上行くかい?」

「そーだ、プリクラしない?最近はやってるらしいわよ?」

「またマニアックなゲームから攻めるねえ。若い子にはわかんないよ?」

「誰がプリンセ○クラウンの協力プレイしようって言ったのよ!プリンティング倶楽部よ!」


プリクラについて説明の必要はもうないだろう。
ただ、98年当時は爆発的人気で、印画紙が足りない、使いすぎでレンズが壊れた、
等などゲームセンター史上に残る大ヒットとなっていた。
しかも女性客の集客はクレーンゲームブーム以来であり、若い女性の集客は史上初であった。


「フレームはっと・・・何も無しのほうがいいかな・・・」

「馬鹿だね!こういうのはユキダルマ選ぶんだよ!ほら、2人分きれいに顔が入るじゃないか。」

「あらほんと・・・メドーサ、あなたもしかしてやりこんでない?」

「こ、答える必要なんかないよ!」


一方、地下1F格闘ゲームコーナー。
ここでは熱気が渦巻き大変な事になっていた。
埋め尽くすギャラリー。その誰もが赤いヘアバンドをしている。
敬愛する『池袋ララ』の傾倒者であるという証だ。


『おい、あのステップ、あんなの有ったのかよ!』

『確か、台湾のVS大会記事に出てた「台湾ステップ」なんじゃねー?』

『ちげーよ、あれは中段防御ディレイを使ったサマーソルトを狙ってるんだって。』




「ふう、12戦6勝1分か・・・相変わらずやるな『新宿ジャンキー』!」

「おめーさんこそ、腕ば随分上げてるダスな。女に走って怠けてれば良かったダスのに!」

「よっしゃ、次々!」



そこに大量の男達が走りこんでくる。今度はそれぞれが何故かメガネをかけて
無精ひげを生やしている。


『おい、あいつら!新宿の奴らじゃねえか!』

『あのメガネ集団も、とうとうこの勝負の事知ったんだな!』

『ち、俺らのヤサで好き勝手されてたまるか!迎撃するぜ!』


ヘアバンド軍団とメガネ軍団が、VS3とVS2の筐体を挟んで対峙する。
それぞれの右手にはパンパンに膨らんだ財布が握り締められていた。


『新宿ジャンキーの応援のためにも!ジュクのレベルが日本一だって示すためにも!貴様らを倒す!』

『ブクロのレベルにはおめーらじゃ無理だよ!今日こそ白黒つけてやらア!』

『『・・・・・・・・やっちまえ!・・・・・・・・・』』


双方入り乱れる事もなく、何か激音も走ることもなく。
コインの入る音と、レバーとボタンの動く音。
しかし、彼らの脳内では聖戦が展開されているのだ。

一方、そのころ。


「大吉だって!うっふっふ、やっぱり勝負は私の勝ちみたいねメドーサ!」

「どれどれ・・・、うわ、これ・・・・・読んでみなよ下。」

「財産:破産、恋愛運:なんとも言えず、仕事運:失業、勝負運;最悪、その他:なんとなくハッピー。」

「すごい大吉だね。どこの神がやってるにしてもこりゃスゴイ。ネタ神かねえ。」

「な、なんなのよこれー!機械だからって許されるもんじゃないわ!」


紫の羅紗幕が腰の辺りまで来る占い機の中で、2人の女性がはしゃいでいた。
別段何も珍しい事もない、ごく普通の日常のひとコマと周囲には見えていたし、
多分周囲の判断とそんなに離れた感じではなさそうだった。


『どうなってる参謀!』

『只今128勝150敗、我が池袋軍は少々不利ですな。』

『ちぃ、アキバ遠征軍の連中に戻るように伝えろ!どーせあそこはそろそろ撤退だ!』

『よろしいので?ロケテストの聖地、ハイテクランダース秋葉原がありますが。』

『俺の勘だとアキバはその内ゲーマーから同人誌バイヤーにシフトするはずだ。もはや意味は無い!』

『さすが総帥。ではアキバ遠征軍を呼び戻します。』



『池袋軍がとうとうアキバを捨てこちらに集中するとの情報をキャッチしました。』

『くそ、やはりそう動いたか。町田はどうした?確かコスメかハイテック町田に出てるだろ。』

『残念ですが、流石に町田はヤサ夫の本拠地。早々と攻略は難しいかと。』

『く、・・・しょうがない!町田の連中をここに呼べ!遺憾ながら町田を放棄する!』

『御意のままに、将軍。』

『池袋さえ飲み込んじまえば、都心は獲ったも同然!この勝負、絶対に勝つ!』



そして・・・・・・・・



「いやー、やっぱり『池袋ララ』は強いダスな!久々にいい勝負が出来たダスよ!」

「ふぅ、120勝120敗20分か・・・・勝負はまた今度だな!『新宿ジャンキー』!」

「おーい、そこの馬鹿2人―!そろそろ帰るわよー!」

「あはは、スッキリした顔してるねアンタ達。ま、納得行ったみたいだし、もう帰ろうか。」


美女2人に迎えられ、激戦の地を離れる二人。
そして、もう一つの戦場では。


『お、お前ら・・・何をやってるんだ!』

『戦いなんて虚しいだけじゃないか・・・こんなバンダナもう要らない!』

『よせ!あとすこし、あとすこしなんだぞ!』

『俺だってこんなメガネ正直うんざりだ!だいたい俺の視力は10.0なんだよ!』

『将軍、戦線が双方共に崩壊をしています・・・残念ですが、私も家でギルティガイアするので帰ります。』

『総帥、既に離脱者が多数でカウントできません。我々も意地を張らずに七色町に戻りましょう。』


こうしてVS人気を支えていたご当地集団は都心で崩壊の一歩が始まる。
VS全盛期には東京はおろか全国で開かれていたご当地大会も姿を潜め
かくして栄華を極めたVS人気は衰退が始まるのである。


「いやー、すっかり夜もふけたダスな。」

「そういや『新宿ジャンキー』、受験は大丈夫なのかよ。」

「・・・全国レベルの戦いをしてきたおらが、受験ごときに負ける訳ないダス。」

「だよな!大学生になって、もっと楽しもうぜ?!」

「約束ダス!今度こそ白黒つけるダス!ああー、なんだかワクワクしてきたダスな!」



男同士の友情の握手を再び交わし、ベンゾウさん、もとい、山田、もとい、
新宿ジャンキーは夜の街に消えていった。
実際には彼は自炊派なので食材の買出しに出たのだが、それは蛇足なので割愛する。



「メドーサ、ホントにこんなの判断してたわけ?」

「いや?あの部屋には充分努力した跡が見えたからね。あとは気力だと思っただけさ。」

「・・・・なるほどね。御札じゃむしろプレッシャーか。負けたわ。」

「さて、と。みんな、ラーメンでも食いに行こうかね。ヨコシマ、どっか良い所あるかい?」

「じゃあ近くの『ラーメン工事』でも行こう!結構評判みたいだし!」


池袋西口から徒歩数分、芸術劇場そばの雑居ビル1Fのラーメン店だ。
激戦区池袋でもかなりの人気店であるが、時間帯が丁度良かったのか
3人はすんなりと入る。


「辛っ!でもウマ!やっぱり蒙古襲来ラーメンはイイ!」

「うん、ピリ辛麻婆豆腐のトッピングがスープに絡んでくると余計に辛いけど、そこがまたいいね。」

「でがしょ?うーん、やはり上州商店よりこっちの方が好きなんだよなー。」

「西口はレベル高いねえ。・・・そうだ、次の住まいはこの辺なんてどうだい?」

「いいね!・・・ただ、駅周りは家賃が高いからなー。ま、そのうちだ!」


仲の良さそうな姉弟のような二人を眺めながら、美神はラーメンを啜る。
確かに高級でもなく、B級グルメで、正直美神はしばらく口にしていなかった。
しかし、なんとなく苦労していた時の味が甦ってきた。


「で、結局美神サンは結局何しにきてたんですか?」

「え?うーん、・・・・内緒よ。でも、さっきの勝負はどうする?」

「そうだねえ・・・勝負には勝ったし・・・そうだ、アンタ暇があったら顔出しな。」

「え?来いってこと?」

「正直、正しい修行さえすればアンタはまだ伸びシロが有るし。アタシらは暇だしね。」

「・・・・・・・・そうね。」

「へぇー、美神サンがウチにちょくちょく来るんすか。そりゃあ楽しみッスな!!」

「・・・ちょっと遠いけど、ヨコシマにも春が来るかもねえ。」

「ないない!絶対にない!・・・・でも、顔を出すのは考えておくわ。じゃあね♪」


手をひらひらとさせて、駅に向かう美神。
それぞれが、それぞれの棲家へ帰っていった。

そして翌日。

朝の散歩に、西口公園そばの古臭いレンガ造りのビルを脇に見ながら、並んで歩く2人。
そこに紫のボディコンを着込んだ、見た事のある赤い髪の女性が駆け寄ってきた。


「・・・・はぁ、はぁ、見つけたわよー、メドーサ!」

「何の話だい?」


美神から一枚の紙が渡される。
メドーサと横島が、仲良くその紙を覗き込んだ。

                                     読捨新聞O月×日号 号外
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史上最大脱税事件発覚!

本日夕方18時ごろ美神令子除霊事務所所長、美神令子(20)が
東京国税局豊島税務署に出頭、修正申告を申し出た。
約二兆八千億円もの所得隠しに東京国税局収税課では重加算税
追徴金を含め三兆二千億円の請求を行い、資産差押さえとなった。
本来であれば戦後最大の重大な脱税事件として刑事罰相当だが
東京国税局では『罪を憎んで税を憎まず』との方針で告訴しない模様。
(詳細は本誌裏面で)


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「に、にちょうはっせんおくえん・・・って・・・国家予算スか・・・・」

「無一文のスッテンテンのオケラよ!正直今の服以外はパンツ一枚だって押さえられたわ!」

「・・・思い切った事したねえ。で、そのココロは?」

「決まってるじゃない。・・・・私もメドーサの助手になるわ!文句無いでしょ!」


しばらくキョトンとしていたメドーサは、やがて人目も憚らず腹をかかえて笑う。
奇異の目で周囲に見られても気にする様子も無くひたすらに笑う。
つられて美神も笑い始める。二人の声は朝の池袋西口公園に響き渡る。
朝の出勤するサラリーマン達が、その姿に一瞬気にする様子を見せるがすぐに歩み去る。


「あはは、アンタはアタシの助手だ!・・・ヨコシマ、新人をちゃんと教育しとくんだよ!」


メドーサは満面の笑みを浮かべながら、踵を返し歩き始めた。
ポカーンとしてる横島に、美神が肩に手をかけて話しかける。


「あなた、横島クンだったわよね?・・・何で彼女、弁護士なの?」

「へ?いや、モグリのGSだし、元傭兵だけど、弁護士じゃないと思うけど。」

「弁護士、じゃない?・・・・・・あはは、そ、そうだったんだ。」


説明しよう!美神令子は戦後最大級の脱税犯であったし、本人も自覚していた。
それゆえ、法曹に嗅ぎ付けられたという事、イコール身の破滅だと思っていたのだ!


「・・・・ま、これもなんかの縁か。なんだかお金が無いのも清々するわ。」

「うーん、でも、うちの会社来月辺り倒産っぽいし、お金が無いのも考え物だけど。」

「へー。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぬ、ぬあんですってー!」


横島のシャツの首元を捻り上げ、ネックハンギングの体勢になる。
チアノーゼ症状を顔に出しながら、横島は足をバタつかせる。


「破産して無一文になって再就職先も倒産ってどんだけ不幸なのよ私!」

「ギブギブ、昇天してしまうぅぅ!」


目を吊り上げて激興している美神の頭に、白い大きな手が被さった。
メドーサが、その頭を手でかいぐりながら口を開いた。


「バカだね。こういう格言を知らないのかい?『なんとなくハッピー』ってね。」

「・・・・・・あはは、そうね!ま、この美少女が不幸続きのわけないわ!」

「び、美少女サン、俺が、俺の命が不幸になってしまう・・・・・」


かなり魂の尾が細くなっていく横島を背負ったメドーサと、
新人のモグリGS見習いが池袋の町に消えていった。


そして。



「えーと、まずこれが女錫叉除霊事務所の業務ガイドライン、で、顧客名簿は、一件だけ・・・」

「安っ!・・・と言いたい所だけど、まぁモグリって事でメドーサが決めたセンは悪くないわね。」

「あと、かしこまった場所では所長って呼んでほしいって。」

「判ってるわよ。」


女錫叉除霊事務所は爆風でひしゃげた扉を立てかけたまま、営業を再開した。
OJT、いわゆるオンジョブトレーニングと行きたい所なのではあるが、
何せ依頼の電話が全く入ってこない。よって、新人研修が普通に行われていた。


「おーいヨコシマ、昼飯どうするかねえ?」

「んー、またラーメンでも食い行こうかー。」

「そーだねえ。」

「・・・ちょっと聞いていい?横島クン。」

「なんスか?」

「もしかして、ずっと外食?」

「というより、ずっとラーメンかなー。」

「・・・・・・・・・・・・・・本気?」

「え?なんで?」


目の前の少年はまだまだ伸び盛りである。多少のカロリー過多なぞものともしないだろう。
しかし、成長期を過ぎると余分なものはどこかに貯まるものだ。


「バカね!耳を貸しなさい!・・・(メドーサは若くないのよ)」

「(そ、それが何か?)」

「(彼女、お尻と太腿に脂肪がつくタイプよ。見て判らないの?!)」


密談をする2人は殺意の影が忍び寄っている事に
まだ、気付いてはいない様だ。


「(でもでも、そんなに見た目太ってないと思うけど)」

「(顔や腰に付かないから余計にタチが悪いのよ。気付いた時には手遅れだわ)」

「(そんなにアタシは足が太いかねえ?)」

「(じゃなきゃあのデニムパンツの着こなしはしない・・・って)・・・所長っ!ほ、本日はお日柄もよろしく・・・」

「アタシの足がどうとか聞こえたような?」


殺意の波動という奥義がゲームの中に登場する。
簡単にいうと人外の憎しみを背負い、修羅のごとく強くなる、そのような感じだ。
そして、今のメドーサ所長も、まぁ、そのような感じだ。


「おほほ、いや、所長も美容に気を配られたほうがよろしいかと思いまして・・・・」

「ふーん、じゃあダイエットでもしようかねえ。美神、アンタも手伝ってくれるよねえ?」

「も、もちろん!あ、あは、あははははは・・・・・・・」


一時間後。
メドーサはとある機械を作り出した。
横島の自転車は改造されていた。
後輪の有るべき所にゴム製のベルトがありその先はルームランナーになっている。
ルームランナーには、メドーサが乗っていた。
ジョギング用のホットパンツにノースリーブのシャツ、そして髪型も御丁寧にポニーテールという格好だ。


「ほらほら、スピードが落ちてるよ。早くこいだこいだ!」

「あうう、お金無いのにこんなの作るなんて、考えらんない!」


自転車の座席には美神令子が座り、必死に自転車を漕いでいた。
顔には紅が差し、その必死さが充分に伺える。


「霊力を使わないと漕げない様になってるからね。アンタの修行も兼ねてるのさ。さ!早く早く!」

「しゅ、修行だけなら私一人で、い、いいじゃない!」

「精神修養も修行のうちだよ!ほら、気が散ってるじゃないか!」

「ちょ、どこ触ってるのよ!横島クン!」


後部シートには、我らが主人公横島忠夫が、真剣な表情で美神にしがみついていた。
因みに本来なら鉄拳制裁を行うはずの美神の手には
皮手袋がはめ込まれておりハンドルに固定されている。


「はぁー、しゃーわせやー♪」

「・・・横島クン・・・あとで100回くらいコロス!」

「じゃあ100回死んでもいいくらい頑張れってス事か!おっけーッス!」


藪をつついて蛇を出す。
火に油を注ぐ。


「なんとなくハッピーはどこにいったのよー!!!」







一方、なんとなくハッピー。


『うん、うん、オラとうとう大学さ受かったダス!早苗ちゃん、もっともっとデートも出来るダスよ!』


浪人生の名前は山田。
某人骨温泉近くの神主の娘を彼女に持つ。
そして現在推定16歳の少女と既に三年間以上付き合っていたわけである。

この男、外道につき。





************次*回*予*告******************

「モヤシ炒めとチャーシューに、横島は動揺をした。それが、メドーサ達に餃子を頼ませた。
店から脱出する美神の横で、横島はスープのコクの深さに泣いた。次回蛇と林檎第5話
『人工幽霊ブルース』」

「Zガン○ム風の次回予告なんて若い子には判んないよヨコシマ!」

「君は、ラー油で涙を見る…」

「横島クン、因みにラー油は『辣油』って表記するのが通よ。」


*************蛇*と*林*檎*****************


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