椎名作品二次創作小説投稿広場


蛇と林檎

アタシは所長だ


投稿者名:まじょきち
投稿日時:07/ 5/ 2

『はよーん^^ チビメドちゃんだぉwwww』

「ふう、なんとか再セットアップは出来たようだねえ。」


ジャージ姿の美女が、金属製の四角い箱を前に一息つく。
箱の上には三次元画像で二頭身半の少女、チビメドが小躍りしていた。
メドーサはMedowsNT4.0という名前を付けてユーザー登録したのだが、
横島が『呼びづらい!』と勝手にチビメドとあだ名をつけた。
電脳妖精は横島の呼び名の方が気に入ったようだ。


「しっかし、パソコン強そうな事言っておいて壊しちゃうとはなー。」

「壊したんじゃないよ。データがクラッシュしただけさ。こうして動いているだろう?」

「その辺の感覚が良くわからんなー。ちゃんと動かないのは壊れたと言わんのか。」

「ま、設定なんて何度でも出来るし、保存データの有無だけの問題さ。」


何か魔法を見るような目つきでメドーサの作業を覗き込みながら、
横島は手元のマグカップを少々憔悴したメドーサに渡す。
その少々焦げたような香りを一瞬楽しみ、彼女は嚥下した。


「しかし、ハッカーっているもんなんだなー。映画みたいだよなー。」

「まぁね。でも、今回のはハッカーじゃない。こちらの動きを読んでいたブービートラップさ。」

「・・・・猿の罠か・・・あんまり頭が良くなさそうだけどなー。」

「それはパーマン2号だよ!そんなボケ若い子にはわかんないよヨコシマ!」


ブービートラップ。直訳は間抜けな罠。第二次大戦でドイツ軍が使用した罠とされている。
占領される前に万年筆や時計などの高価なものに偽装した爆弾を町中に配置し
私財をちょろまかしてやろうという兵隊を殺すために仕掛けられた罠らしい。
しかし、実際にはそこまでの余力をドイツ軍が持っていたとは考え難く、一説では
戦利品ドロを止めさせる為に米軍上層部が作り出したデマ情報という話もある。

・・・そのような経緯や所謂ワイヤートラップについての講義などを、うっかりボケたせいで
小一時間横島は受ける羽目になった。


「なるほどー。で?なんで俺にそんなものが・・・。」

「わかんないね、アタシにもさ。悪いけどアタシだって判んない事くらいあるよ。」

「そっか・・・・・・。ま、別にそれしきの事許してしてやらん事も無い。情け深いからな。うはは。」

「な・に・さ・ま・の・つ・も・り・だ!」


握り締めた拳を万力のように使い横島の頭を締め上げるメドーサ。
笑いながら接合部から血を流す横島。


『>>メドーサ セキュリティ設定キボンヌ。』

「おっと、すまなかったね。」


メドーサの手がキーボードに再び戻る。今度は指先が霞むほどの高速操作だ。
感心して覗き込む横島を横目に、少し得意げな笑顔を浮かべる。
時を経ずして、チビメドの周りに半透明の板が次々と生成されていく。
やがて隙間なく、ぴっちりと包まれた。


『十六層の障壁に256個づつのカウンタートラップをそれぞれに配置・・・強すぎんぞなもし?』

「それでも足りないようなトラップがあったんだよ。」

『あんまりセキュリティ上げるとコミットチャージが増えちゃうから重いのですががががが』

「ガマンおしよ。そのうち収入が上がったらパーツ増設してやるからね。」

『うはwwwおkwww』


三次元画像で踊りだすチビメド。電子妖精とはいえまだ生を受けて幾許もたっておらず
メドーサの単純なアメとムチにすっかりのせられている姿が微笑ましい。
横島が、ふと、メドーサに質問をぶつけた。


「で、チビメドを使って、何するつもりなの?」

「ああ、情報収集さ。情報はすべての戦術の基礎にして応用にして奥義だからね。」

「うん、それはなんとなく判るんだけど、どうやって?」

「ふふ、見てな。Medows!回線接続!」

『ほえ?』

「何してるのさ!回線接続するんだよ!」

『チビメドって呼んでくれなきゃやだぉwwww』

「め、めんどくさいね・・・誰に似たのやら・・・チビメド!回線接続!」

『おkpk!』


チビメドの髪の毛の先がコミカルな蛇の形に変わり、蛇がぐんぐんと伸びて視界外に消える。
その数瞬後、甲高い間延びしたノイズ音が部屋に響き始める。


「お、これ、FAXの音?」

「ああ、そうだね。実際は回線のノイズ帯を使った高速通信に入る予備動作だけどね。」

「ふーむ・・・なんだかわからんことだらけだ。」

「よし、接続したね。チビメド!まず、GS協会のデータベース!」

『検索ワードではヒットしないぉ?負けかなと思うorz』

「GS協会会員で再検索!会員リストから一番でかいGSの個人サイトへ侵入しな!」

『ヒット!最大手「美神令子除霊事務所」!うはwww防壁迷路だわwwww突破する?』

「・・・・・美神令子除霊事務所の取引銀行から辿って、個人情報データベースを!」

『楽勝楽勝www個人情報入手。若いおねーちゃんっぽいねーwwwテラ萌えスwwwww』


横島はどこかでその名前を聞いたような気がしたが、
クチを挟もうにも何処で挟んでいいのかが全く判らない。


「迷路の鍵を個人情報を使って探す!公共機関と学校関連からプロキシを迂回しなよ!」

『迂回した公共機関の鯖に美神令子の防壁が攻撃してるwwwwwうけるwwwww』

「鍵は!遊んでないでちゃんと探しな!」

『・・・・・鍵ハケーン!パスワードは「SEKAISEIHUKU」だってwwwwプwwww』

「気付かれる前に、サイト全データをコピーしな!バックアップに使ってるだろうからね。」

『・・・・がこんがこん・・・・この効果音消してないの?!もっとかわういのがいいー!』

「データ保存はその音が一番しっくりくるのさ!はやくしな!」

『データ保存 糸冬 了 ・・・ついでに向こうのPCのぞいてまーす!アクセスログ消去ちゅw』

「バカだね!ログの消し跡は残るんだよ!さっさと戻ってくる!ちゃんと寄り道するんだよ!」

『警戒する必要ないと思うけど・・・・あ、監視プログラムと目があっちゃった♪はろーwwww』

「言わんこっちゃない!・・・向こうのセキュリティのレベルは!制圧できるかい?!」

『うわー、安いセキュリティwwまーどーってこと無いレベルwwww制圧完了!』

「向こうのデータ消して物理フォーマット、その上から16進数をランダムで全クラスタに上書き!」

『うわ、えぐぅ!・・・5時間くらいかかっちゃうけど、いいの?』

「命令だけしてアンタは帰ってきな!途中まで進めば復元は効かなくなるからね。」

『うはwwwwおkwwww把握wwwwwwww』


やがて、伸ばしていたチビメドの髪の毛が元に戻ってくる。
一息ついて一寸よろけたメドーサは、肩にかかる手の重さを確認した。
なお、美神令子除霊事務所ではこれより2時間後に叫び声が上がるのだが
それは超ド級の悪霊よりも近隣の住民を震え上がらせたという。


「よーわからんけどお疲れ様。コーヒー入れなおしといたよ。」

「悪いねえ。」


後ろから差し出されたマグカップを受け取る。
すすった液体は香りこそ先ほどと変わらなかったが、さっきよりちょっと甘く作られていた。
メドーサの体に優しいカロリーと気遣いの波動が心地よく染みていった。


「で、基礎の応用のなんとかってのは?」

「ま、その辺は戦利品を見てみないとねえ。チビメド、データを展開。」

『あいあいさーwww』


幽霊のような相手と対峙する美神令子の画像など、ホームページ素材が並ぶ。
赤い髪にボディコンシャスの服装と扇情的な割には、内容は硬いようだ。
設立年月や住所、年表、美神令子から皆様へ、依頼のメールフォーム、などなどだ。


「おおー、ええ乳やなー!うひゃうひゃ!ふ、フトモモのラインもたまらん!」

「なんだ、こういうのと交配したいのかい。・・・なんなら手伝ってやろうか?」

「え?いや、しかし、それは、向こうのことも良く知らないし・・・・」

「寿命の短い生命体なんだ、自己保存の本能は恥ずかしい事じゃない。自然の摂理だよ。」

「うーん、いやー、まー、その時はお願いするかな。しかし、メドーサに応援されるとは・・・」

「アタシはヨコシマのパートナーだと思ってる。ヨコシマが充実するならアタシも嬉しいよ。」


無防備に笑うメドーサに、ちょっとだけ横島の感情のどこかが痛んだ。
どこかは本人にも判らないような深い小さな一点なのだが。


『お、暗号化されてる圧縮ファイルハケーン!構造解析してみる?』

「やってみな。防壁は警戒してるんだろうね。」

『当り前だのwww・・・・中々の暗号化だけどチンケだわwwww解析終了!』


いわゆる帳簿という奴が出てきた。
日付、相手、収支、敵の種別や強度が次々と表示される。
メドーサと横島はその内容に釘付けとなった。


「うは、5億円とか書いてあるぞ!トップクラスのGSって儲かるんやなー!」

「強弱もばらばら、金額条件で契約してるねえ・・・・これが、トップクラスだってのかい?」

「うーん、もしかして、『5億よ5億!ひゅーほほほ!』を地でいってるんじゃ・・・・・」


いろいろ覗いていくと、収入金額欄の空白があるのを発見したメドーサ。
画像を指先で直接タッチし、そこを数回拡大した。
横島もその空欄を凝視していた。


「・・・・キャンセル、かねえ?どう思う、ヨコシマ。」

「うーん、単に入れるのがめんどくさかったというセンもありかなーと。」

「ヨコシマじゃあるまいし。もしそうだとしたら、こんな帳簿自体つけないね。」

「・・・・・・そだ、日付も新しいし、その人のところに行ってみたりするのはどお?依頼くれるかも。」

「正規のGSにキャンセルされたんなら、モグリも使うかもねえ・・・うん、行こうか!」

『じゃあお留守番してるダスwww  >>メドーサ >>ヨコシマ 逝ってよしw』


第三話にしてやっと初仕事である。無闇に接吻しまくるSSと誤解されるところであった。
横島はすぐに座を立つとジャンパーを羽織り玄関を出た。
扉の外側で少々待つ。


「おいてくんじゃな・・・!・・・おまたせ。何で先に出たのさ。」

「いや、着替えてたんだろ?」

「別に着替えくらい待っててくれても・・・まさか、アンタがいるだけでも邪魔になるくらい足が・・・」

「いい?!なんでそーなるー!ちがうちがう!単に着替えを覗かんほーがいーかと・・・」


危険を予測した横島が、頭を庇って両手を髪の毛に添え縮こまる。
しかし、実際にきたのは頭を軽く小突く白い手。


「馬鹿だね、別種族のアタシに気を使わなくてもいいんだよ。そういうのは人間にしてやりな。」

「・・・・・・・別種族、かぁ。」


厄珍のところで言われた『ノリが悪い』ってのと重なり、ちょっと合点のいった横島。
神妙な顔になった人間に、竜族の手がわしわしと頭をなでる。


「ま、構造も似てるし練習なら付き合ってもいいよ。これでも恩に着てるんだからね。」

「練習?」

「求愛とか交尾とか。お前も繁殖期なら、そのへん上手でないと子孫が増やせないだろう?」


横島の頭に単語の一個一個が変換できずにぐるぐると回る。
消化しきれたときには、色が漏れ出すんじゃないかというほど赤面した。


「ちょっ!繁殖って、練習って、そんな!」

「ま、必要だったらってことさ。さぁ、出かけないと日が暮れるよ?」

「あ、ああ・・・・・」


その様子を見て少し困ったような笑顔を湛え、
メドーサは軽々と横島を横にして抱きかかえると、中空に浮き、姿を消した。
もちろん物体を抱えたままの瞬間移動や超高速は物凄い能力とエネルギーを使う。
神の領域と言っても良い技術だが、何せ神なのでコンディション次第では充分可能だ。


「よっと。ほら、着いたよヨコシマ。」

「んー、兜町まで一瞬かー。都内とはいえ、むちゃくちゃだなー。」

「中央区日本橋兜町月光コーディアル証券ビル・・・あれだね。」


ビルは地上8階ながら、フロア全て同じ証券会社が占めており、
更にここは東京証券取引所の隣接地所、徒歩0分である。
日本最大の証券ビルだと言っても過言ではないだろう。


「でっかいなおい!証券レディとかいっぱいおるんやろうか!燃える!」

「・・・・・おかしいね、霊的には安定してる。もう祓われた後かねえ・・・」

「ま、とにかく当たって砕けるしかないだろ!あちきはその間に証券レディを・・・・・・・」

「アンタはパートナーなんだから一緒に来るんだよ!繁殖は後々!」

「はーい。」


インフォメーションでメドーサは名刺を出し一言二言会話をする。
数分は行儀よくしていた横島だが、飽きたのか脇の革張りのソファーに身を沈めてあくびをする。
そこににょっきりと萎れた球体が現れる。
小さな老猫のような雰囲気の、年の頃80を越えた位のじんわりと品のある老婆だった。


「あのーすみません、ちょっとお聞きしてもいいかしら?」

「ばーちゃん、どーした?」

「おじいさんの土地を売りたいのですが、何処に行ったらいいかしら?」

「ばーちゃん、ここは株屋さんだから、土地は不動産屋じゃないといかんぞー。」

「あらそう、やっぱり、祟りのある土地は誰もいらないのかしら。」


ばーちゃんと言葉のキャッチボールがうまくいかない横島の元にメドーサが帰ってくる。
肩をすくめて、良くない結果になったというジェスチャーをしている。


「どうだった?」

「どうもこうもないよ。『美神様に依頼して除霊も報酬も済んだので』だとさ。」

「じゃあ、収入の部分は何かのミスだったんじゃないかな。」

「ま、もしかすると裏帳簿とかあるのかもねえ。・・・ヨコシマ、こちらは?」


横島の隣に座る老婆を見たメドーサが口を開いた。
小さな丸い女性が会釈をすると、身長差が強烈に目立つ。


「え?ああ、土地売りたいんだけど祟りがあるとかどうとか。」

「へぇ?・・・こんにちは、わたくし女錫叉除霊事務所の所長でメドーサと申します。」

「あらあら、これは御丁寧に。鬼塚婆沙羅と申します。愛称は『ばーちゃん』なんですよ。」

「うは、ほんとにばーちゃんなのかー。」

「ここではなんですし、鬼塚さん、場所を変えませんか?」


三人は月光ビルを出て、昭和通りを抜け日本橋タカシマヤへ。
8Fにある紅茶専門店で腰を落ち着けた。
食事所ばかりが多いのが百貨店のイメージだが、ここは数少ない落ち着ける喫茶店である。
チビメドが今回の依頼に対して必要と思われる情報を検索したモノのひとつである。


「紅茶とケーキなんて、おばあさんには少々派手すぎないかしら、メドーサさん?」

「人間は生きてる内は楽しむ事に貪欲になるべきだと思いますよ?鬼塚さん。」


強面のメドーサにも極めて柔らかく暖かく当たるばーちゃん。
二人並んで会話をしてると、なんとなく仲の良い母娘のように見えなくもない。
ケーキをじっと眺めている横島は、さしずめ末っ子の弟といったところだ。


「お祓い屋さんだったなんて、ついてるわ。これも畜ちゃんのお導きかしら。」

「・・・・・・・・畜ちゃん?鬼塚?・・・・・・ああ、もしかして、鬼塚畜三郎!!!」


ケーキの呪縛から解かれた横島が膝をカクカクと震わせながら、机に手を突きへたり込む。
メドーサには何故ヨコシマが狂牛病の形態模写を横島がするのか判らなかった。


「オニチクって言えば、コンビニで武勇伝マンガが買える位の超有名ヤクザ!」

「あらあら、良く御存知ねお兄さん。ちょっとグレちゃって、ね。でも、本当は優しい子なのよ?」

「お導きってことは、お亡くなりになったのですか?」

「うちのセカンドハウスで仕事してたのだけど、部下の子に殺されちゃったみたいなの。」

「一日平均1.42人も殺してりゃー・・・・あ、ご、ごめんばーちゃん。」


笑みを絶やさなかった老婆の顔が曇ったのを横島は見て、言葉を濁した。
小さな丸い女性は、再びにこやかに顔を上げた。


「いいえ、いいのよお兄さん。畜ちゃんもちょっとやりすぎたもの。でも・・・」

「でも?」

「先に死んでほしくはなかったわ、32歳なんて、まだまだ花も盛りなのに。」


しんみりしてる横島を尻目に、メドーサはジャンパーの右ポケットからノートを取り出す。
ぺらぺらとページをめくると、該当の箇所を見つけたらしく、テーブルに広げる。


「多少不躾ではありますが、仕事のお話をさせてください。」

「ええ、こちらこそお願いするわ。」

「貴女のためのコースなら『故人との再会及び昇天』で50万円から150万円になります。」

「畜ちゃんにあわせてくれるの?」

「御希望とあればですが。なお、金額の幅は畜三郎さんの霊的な強さによるものです。」

「そうねえ、成功してくれたらもっと出してもいいのよ?正直相場より低すぎないかしら?」


にこやかに老婆は手元の巾着袋から綺麗に畳んである紙何枚かを広げた。
それはどれも高名なGSの広告チラシであった。
どれもメドーサが提示した金額とは一桁違っていた。


「アタシは資格のないモグリ業者です。ですから、相場の半分以下にさせていただいてます。」

「あら、プロの仕事は結果が全てだとうちの人は言ってたわ。それとも自信ない?」

「いいえ、ですが無資格業者に仕事を依頼するというリスクの分、値段は低くあるべきです。」

「それはおかしいわねえ。そのリスクは私が背負うべきなの?そちらのリスクでなくて?」

「イザという時のための救済が正規の業者にはあります。例えば詐欺などの場合です。」


値下げを迫る業者に値上げを迫る依頼主。なんだか奇妙な構図である。
しかも、どちらも頑固であるだけに性質が悪いようだった。
しばらく2人の応酬を眺めていた横島は、ちょっとしたことを閃いた。


「あのー、ばーちゃんちょっといいかな?」

「どうしたのお兄さん?」

「例えば、何か追加でオプションをつければその分はもらうってのじゃ、ダメかな?」

「・・・そのほうが楽しそうね。」

「正当な報酬の契約でしたら、アタシは文句ありません。」

「ふふ、じゃ、おぷしょん其の一、メドーサさん、敬語をやめて下さる?」


目を丸く剥いたメドーサが、少々ばつが悪そうに頭を掻き、
おずおずと口を開いた。


「ちゃんと勉強したつもりだったんだけどねえ。可笑しかったかいアタシの敬語。」

「いいえ、相手の事を真面目に考える気持ちが出てて、良かったわよ?でも、堅すぎるわ。」


額に手を当てて体を屈めるメドーサ。
小さな老婆はちょうどよくなった高さの手に、そっと自分の手を添えた。
それに気付き顔を上げた竜神に、優しく微笑みかける。


「こういうのの経験が少ないせいかねえ。すまないねえ、依頼人に気を使わせて。」

「いいえ、自然な方が私が好きなだけよ。気を落とさないでね。」

「じゃあ決まりだ!さっさとケーキ食って、バリバリ解決しよー!腹減った!」


待ってましたと言わんばかりに、フォークをケーキに突き立てる。
むしゃぶりつく横島を尻目に、老婆はメドーサにひっそりと声をかける。


『彼は恋人さんかしら?見掛けよりしっかりしてて頼りになりそうね。』

『いや、番いになるのはアタシじゃ駄目なのさ。ちゃんとした相手じゃないとね。』

『あらそう?でも、男の子はいずれ男になるわ。あなた、その時も同じ事が言えるかしら?』

『ああ、何時だって何千年だって言えるさ。違いすぎる位置は、不幸だからね。』

『あらあら強情なのね。まぁ好きになさい。でも、未来はわからないから楽しいのよ?』

『未来ねえ。世は全て事もなく人間万事塞翁が馬、ってやつかねえ。』

『ふふ、意外と古風ねえ。でも、受身は辛いわよ?』


ケーキを食べつくした横島が、二人の近すぎる位置に気がついた。
怪訝に思い、声をかける。


「どーしたんすか二人とも、ヒソヒソ話なんかして?」

「あらあら、乙女の内緒話に割り込むなんて野暮天さんね。女の子にもてなくなるわよ?」

「いい?そ、そーなのかメドーサ?」

「え?あ、アタシに聞かれてもねえ。」


子犬のようにすがる横島にメドーサは目を合わせなかった。
その横では丸い老婆が、くすくすと笑っていた。


「さて、もしよければ今からお願いできるかしら、メドーサさん?」

「ああ、とにかく現場を見ないと何とも言えないしね。ヨコシマいいかい?」

「え?所長はメドーサだろ?自分で決めていいんじゃないかな。俺はついていくよ。」

「うん、まぁ、そうだねえ。じゃ、いこうかね。」


片側の眉を落とした表情のメドーサが先を歩く。
少々違和感を感じた横島に、老婆が耳打ちする。


『いいこと?肩は隣に並べてあげなきゃダメ。引いたり避けたりするのは良くないわ。』

『え?いや、メドーサは・・・』 

『恋人どうこう言ってるんじゃないのよ。ただね、女は横に誰かが居るのは安心するものよ。』

『そーゆーもんスかねえ。』


小さな老婆が、どこにそのような力があるのか、横島を押し出す。
横島はよろけて少し高い位置にある肩の横で止まった。
その小さな異変に気付いたメドーサが横島に目を向ける。


「・・・どうしたんだい?」

「いや、メドーサの後ろだと良く前が見えないから。」

「うん、状況判断は広い視野からだからね。判ってきたじゃないかヨコシマ。」


嬉しそうに微笑むメドーサを見て、横島は自分も破顔してる事に気がついた。
振り向くと小さく丸い乙女がサムズアップしていた。

タカシマヤを出て暫く歩けばそこは有楽町から銀座に入るルート。
その少し裏手に、かなりの広い敷地を持つ寂れた洋館があった。



「見えてきましたよ。ほら、あそこが畜ちゃんのおうちよ?」

「ひょえー!銀座の一等地にこんなでかい屋敷が!いくらくらいするんだか・・・・」

「そうねえ、だいたい500億くらいじゃなかったかしら。」

「・・・・霊相が良くないね。繁華街からの思念がもろに流れてきてるねえ。」


メドーサがつかつかと門塀に近寄ると、不意に場の気圧が上がる。
木製の門の木目が、ヒトの顔形になり、やがて歪な瘤のように盛り上がる。


『立ち去れー!ここはワシんちじゃー!なめとったらぶち殺すぞぉ!』

「ひぃぃぃぃご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!」

「ふん、そこまで悪質じゃないようだね。ま、自縛霊としてはまぁまぁの霊力かねえ。」


頭を抱えてうずくまる横島の横で、メドーサが瞬間で手に刺又を出す。
構えようとした、その瞬間。


『う、お、おかあさま!』

「あら、畜ちゃん、本当に久しぶりねえ。」

『お、おかあさまこそ、御壮健で何よりです・・・・・』


ちょこなんと澄ましている老婆に、門の悪霊はすっかり迫力を失っていた。
丸っこい老婆が、一歩、歩を進める。


「畜ちゃんがずっと住みたいなら別に売ることもないのだけど、成仏しなくて平気?」

『・・・・・・・・・ヤクザ者には成仏は似合いません。』

「でもでも、畜ちゃん小さい頃から元々詩人さん希望でしょ?ヤクザなんか似合わないわ。」

「「しじんー?!」」


メドーサと横島が同時に素っ頓狂な声を上げる。
まさか目の前の凶悪の代名詞のような顔が詩人希望だとは思えなかったのだ。


「ええ、そう。畜ちゃんは文壇志望で、小さい頃から綺麗な詩を書くのが好きだったの。」

『お、おかあさま!そ、その話は!』

「へー、それは是非とも見てみたいなー。」


横島がいやらしい笑いを隠しつつ、老婆にそっと耳打つ。
老婆はそれに普通に答えた。


「そうね。畜ちゃん、いい詩を書くもの。きっと取ってあるから見てもらいましょうか。」

『いや、それはもう、全部、処分しましたよおかあさま・・・・』

「いや、何冊か残ってるかも!行こうばーちゃん!」

『おんどれっアンダラっとんどかんどワレ!』

「こら畜ちゃん。そんな言葉遣いをおかあさんは教えましたか?」

『・・・・そこの少年、これ以上立ち入ってはいけません。あなたを殺害してしまいますよ。』

「んー、きこえんなー♪」


その瞬間、外から物凄い量の思念怨念が幽霊屋敷に流れ込み、
その霊の圧力で、横島はみっともなく後ろに転げた。


「ひぃぃぃ!調子に乗りすぎたー!」

「いや、成仏させるなら多少暴れさせたほうがいい。周囲も浄化できるしね。」

「畜ちゃんの悪いお友達って所かしら。メドーサさん、悪縁は絶っていただけます?」

「ああ、このメドーサが正しい輪廻に戻してあげるよ!」


無人の野を行くがごとく、様々な怨念や悪霊が浄化されていく。
刺又を使うまでもないものはメドーサの一睨みで昇天していくのだ。
霊団に近いほどの怨霊の群れは、じきに消え去っていった。


「で、詩集は何処なのかねえ?」

「畜ちゃんの気配もしないわね・・・恥ずかしがりやさんも相変わらずね。」


既に大半の悪霊は浄化され、それ以外の思念も自然に漂っているだけであった。
屋敷の大広間で、三人は古びたソファーに腰掛けて休憩していた。
ヨコシマは、体の大半を椅子に預けてなにやらぶつぶつ小声で独り言を言っていた。


「・・・・ヨコシマ、どうしたんだい?」

「んー、もし俺がエロ本隠すとして、どうするかなーとか考えてさ。あはは・・・ゴメン。」

「・・・・・で?気になるねえ。どうやって隠す?教えなよ。」


横島は自分のプライドと仕事上の必然性を天秤にかけて暫く考え込んでいたが
メドーサの純粋な好奇心の視線に、プライドが負けた。


「まー、見つけにくくてすぐ取れるってのが理想かな。あと、気配が判る場所ならさらにいい。」

「つまり、簡単に行けて戻れて、かつ気付きやすく気付かれずって訳かい。そうすると。」


メドーサは玄関に戻り、そこから小石を幾つか拾う。
目をふっと閉じ、前に一個小石を落とす。


「・・・面白いね。筒抜けのはずの大広間よりも、その扉の向こうの方が音が響くみたいだね。」

「そこ扉の先は階段だし、その先の部屋も何もなかったけど?」

「ま、もう一度良く探そうじゃないか。」


扉を開き階段を登った先にある扉。
そこは行き止まりの部屋となっていた。


「お、この写真、子連れの若奥さんが!これ、まさかばーちゃん?」

「まさかとは失礼だねヨコシマ、どう見たって本人じゃないか。隣のガキは例の?」

「ええ、これは畜ちゃんの入学祝ね。懐かしいわぁ。私もまだ二十歳そこそこだったわね。」


写真立てには若い婆沙羅とランドセルを背負った畜三郎の写真があった。
幼いながら顔には既に大きな向こう傷と凶悪な表情。どうやら単に元々顔の怖い人間のようだ。
そのガラス面に「Loved mother」とマジックで書いているあたり、畜三郎の私室なのだろう。
メドーサは先ほどと同じ要領で、行き止まりの部屋の床に小石を落とす。


「音の響きが鈍いね。・・・・この部屋じゃない。もっと別のどこかだね。」

「案外、隠し部屋とか有ったりしてなー!なはは!・・・・なわけないか。」

「・・・・そうか、階段!階段の途中にあるんだよ!でかしたよヨコシマ!」


石レンガの階段の壁を手持ちの刺又でゴンゴンと叩いていく。
三歩ほど進んだところで、その足が止まった。


「なるほど・・・気配を感じたら階段奥の部屋に飛び込んで何食わぬ顔ってわけかい。」

「じゃ、じゃあここが・・・・」

「ああ、ここが隠し部屋さ!」


メドーサの手元の刺又が、石の隙間を突くと、ガラガラと崩れていく。
その奥には本棚と、木製の重厚な机が鎮座した書斎が姿を現した。
その瞬間、巨大な怨霊が本棚を背負うように姿を現す。


『見るなー!見たら殺すぞー!やーめーろー!』

「・・・それはおかしいわ、畜ちゃん。」


先ほどまで大広間で休んでいたばーちゃんが、いつの間にかそこに立っていた。
幽霊の霊圧も一気に下がる。


「あなたの詩は元々見せるために作ったのでしょう?何を恥ずかしがっているの?」

『お、おかあさま!ですが、ヤクザ者の私が・・・・』

「いいえ、あなたは優しい私の自慢の息子。そして世界で多分一番詩の好きな男の子。」

『成仏します、だからせめて、詩だけは全て一緒に・・・・』

「そうねえ、どう言えばいいかしら。そうだ。メドーサさん、横島さん、手伝ってもらえる?」


母子の会話にいきなりムチャ振りをされる2人。
良くわからぬまま、頷くしかなかった。


「あなたはこの詩を、横島さんはこの詩を朗読してもらえる?」

「え?いいんスか?」

『やめろー!頼むー!やめてくれー!』


悪霊が力弱く抗議する声を無視しつつ、メドーサがノートを受け取る。
そのタイトルは『気になるあいつ』。日付はつい最近だ。



「『気になるあいつ』

昔。

ずっとあいつは弟分。いつもチョコチョコついてきて。

ずっとあぶなっかしくて、あやうげで。

ずっとまっすぐな瞳で、あたしをずっと追いかけてきて。

ずっと小さかったあいつ。懐かしいあの頃のあいつ。

今日。

あいつは、いつの間にか私の隣にいて。

あいつは、腕をあたしの腕に絡めてきて。

きっと、今日からは私が妹分。

きっと、あたしのほうが、あやうげで、あぶなっかしくて。

きっと、ずっと瞳で追っている。

本当に、あたしが妹分でいいのかな。

本当に、あたしは妹分でいいのかな。」



『ぐあああああ、よせぇぇぇぇぇぇぇぇ!』 

「ヨコシマ!とどめを刺しな!」

朗読をしていたメドーサが声をかけた瞬間、横島は現実に引き戻された。
メドーサの詠む姿は彼の心を捉え、放心していたようだった。
ばーちゃんからノートを渡された横島は、二三回咳をして声を整え背筋を伸ばす。




「『JUST、NOW』

お姉さんは昔からお姉さん。

ずっと、前で守ってくれた。家までいつも付いてきてくれた。

だから、お姉さんは頼れる。駄目な僕を、いつも助けてくれる。

ずっと、お隣の家の玄関に入るまで目で追って。

だから、その姿が眩しくて。その背中が嬉しくて。

ずっと、その背中が見ていたかった。

だけど、僕は大きくなり、お姉さんの背中を越していった。

ずっと、見上げていた背中は小さくなった。

だけど、頼りない背中でも嬉しくて。助けてくれる訳でもないのに眩しくて。

ずっと、お姉さんと歩き続けたいと思う。

だから、今。そう、JUST、NOW。

ずっと、見ていた背中はもう、卒業。

だから、今日は僕の背中をお姉さんに並べてみよう。

ずっと、二人の背中が永遠に並び続けてくれると信じてみよう。

ずっと、その背中が離れないように、腕を組んで、肩を寄せて。」



小さな手の拍手と共に、悪霊鬼塚畜三郎の霊魂がだんだんと透き通っていく。
拍手の主は、小さな老婆。
メドーサもその拍手の音を聞き、はっとして自分も拍手を添えた。



「人に詠んでもらえるのは、詩にとって素晴らしい事よ。例え畜ちゃんがどう思っていてもね。」

『ああ、詩が、詩が喜んでいるのが見えました・・・・・・おかあさま、本達の事、頼みます・・・・』

「ええ、違う世界で楽しんでいらっしゃい。」


昇天した畜ちゃんを見上げる三人。
完全に存在が消えたその瞬間、屋敷は一種の安定感を取り戻した。
それは、人が住むための場所という本来の用途に土地が戻ったと言う合図だった。

三人はその後しばらく残された詩を読みふけっていたが、
先にアクションを起こしたのは、小さな老婆であった。


「さて、・・・・・・そろそろ行こうかしらね。」

「え?行くって・・・・ま、まさか、ばーちゃんもゆ、幽霊??????」

「なわけないだろヨコシマ!アタシがそんなこと見過ごすとおもってるのかい!」

「ふふ、安心なさいな。例え足はなくてもお足は出さないといけないでしょう?」


因みにお足とは料金の事で、お金には足が生えててすぐ何処かに行くことから
古代中国の昔より使われる隠語とされている。

屋敷を出た三人は、徒歩で数寄屋橋そばの四井銀行銀座支店にやってきた。
ATMコーナーで人員整理をしている中年の銀行員に一言二言伝えるばーちゃん。
数秒で奥から恰幅の良い初老の紳士が駆けつけてきた。



「鬼塚様、わざわざお越しにならずとも私がお伺いしましたのに!」

「今日はお忍びですわ。で、口座から預金を下ろしたいのですけど。」

「では、こちらに。」


初老の紳士は支店長と名乗り、上階の応接室へ三人を通した。
豪華なソファに身を沈めた三人を確認し、支店長は懐から小さな帳面を取り出し、
高級そうなボールペンを添えた。
流れるように老婆は受け取ると、しばし小考して、さらさらと記入する。


「お待たせしました。一千万円になります、お確かめください。」

「はい、報酬をお支払いするわ。」


老婆よりかなり高い位置に出された札束の山の乗ったトレイ。
ばーちゃんは内容には一瞥もくれず、メドーサにそのまま渡した。
メドーサの目が異様に釣り上がり、周囲の全てが殺気に満ちた。


「ふ、ふざけんじゃないよ!150万が上限だからね、施しを受けるいわれはないよ!」

「おぷしょん料金よ?敬語を使わなかった分と、気持ちを込めて詩を詠んでくれた分。」

「悪霊祓いは150万だし、オプションだって・・・金額は、決めてないけど・・・でも!」

「これからずっと仕事の時は愛の詩を2人で朗読する?それならいいわよ?」


横島とメドーサがその光景を想像する。悪霊妖魔の群れに飛び込む2人。
2人で愛の詩を朗読しながら、踊るような除霊が始まる。
あまりの間抜けさに顔面が蒼白になる横島とメドーサ。


「それにね、畜ちゃんの詩集も見つかったし、この金額は、私の人生の欠片の代償。」

「ばーちゃん・・・・」

「ホントの事言うと、貴女に全財産渡したいわ。でも貴女受け取らないでしょ?だから最低限。」

「しかしねえ、商売ってのは・・・・・」


横島は、目の前の老婆の気持ちも、メドーサの気持ちも理解できた。
ただ、お互いに真面目で意地っ張りな良い人同士のぶつかり合い。
横島は目の前のすれ違いを解消する妙案を思いつく。


「じゃあ、あの家に何かあったときに何度でも、全部無料で依頼を受けるってのでどうかな?」

「「何度でも?」」

「そう、言ってみれば、保守契約って感じで。そう考えたらお互いに得じゃないかな?」


保守契約とは、期間中の無料サポート契約という意味である。
例えばコピー機をレンタルし、期間中は故障の際に無料で直すというものが身近な例だろう。
高額な商品の場合にはこういう保守付レンタルの方が都合がいい場合が多い。


「・・・あの家は確かに想念が溜まり易いからね。うん、そうしたほうが安心ではあるね。」

「それじゃ引っ越そうかしら。畜ちゃんの詩集を読んで過ごすのも悪くないわ。」

「よし!コレにて一件落着だねヨコシマ!」


安心したせいか、伸びをするメドーサ。
横島も一件落着を喜んでいるかと思い横を覗くと、まだ老婆のほうをじっと見ている。
どうにもなにやら腑に落ちない様子である。


「どうしたんだいヨコシマ。」

「・・・横島さん?まだ何かありまして?」

「・・・・・・・・・・・・・・ばーちゃん、変装だろそれ。」

「よ、ヨコシマ?一体何を・・・・・」


ニコニコと笑う小さな老婆。小さな体に和服を上品に着こなしている。
メドーサはしばし注視したが、どっからどう見ても、変装には見えなかった。
幻覚や魔術仙術といったものならむしろメドーサの得意分野である。見破れぬはずも無い。
しかし、小さく丸まっていた老婆の笑顔が消え、少し霞むと、そこには別人が立っていた。
胸元のカッティングも大胆な、鮮やかな青のドレスの熟女。


「霊力も感じさせず変身した?!」

「・・・光学迷彩の試作品だって言うから配当代わりにもらってみたけど、駄目ね。いつ判った?」

「んー、確信を持ったのはさっきかなー。」

「興味深いわ。詳しく教えてくださる?」


身を乗り出すばーちゃん。
身長こそ150そこそこと老婆の時ほどではないにしろ小柄だ。
しかし、その存在感は横島よりはるかに大きい。


「まず、それだけしっかりしてるのに、最初に月光ビルに居たのがおかしい。」

「まあ、株屋と不動産屋を間違えるような耄碌をしてる感じはしないねえ。」

「それに子供が小学生の時20ちょいで今見た目80の実の母。子供32で最近死んだのに?」

「・・・うん、ちょっと計算が合わないかもね。」

「決め手はさっきの金。自然に高い位置に差し出された。・・・いつもはあの位置って事だろ?」


メドーサは横の少年が見かけに寄らず注意力に優れている事に驚いた。
しかも、情報を正確に理解している。
敵にした時にトラップを防がれる相手というのはたいていこんなタイプだった。


「ふふ、素晴らしい観察眼ね。メドーサさん、横島さん、やっぱり貴方達はいいコンビだわ。」


おろおろする支店長に、熟女がゆったりと微笑む。
そして少しだけ目配せをすると、がっくりとうなだれて支店長は奥に下がっていく。
婆沙羅はゆっくりとソファに身を沈めて、大胆に足を組んだ。


「うちの商売は、株のトレーダーなの。と言っても主に良い株を買って配当で儲けるタイプね。」

「あー、だから証券ビルに居たんだー。なるほどなー。」

「あの時メドーサさんの声が聞こえちゃったの。聞こえちゃったものはしょうがないでしょう?」

「株だったらインサイダーになるけどねえ。」


メドーサは相鎚を打ちながら、そっと横目でしきりにうなづく横島を見る。
彼女とて戦場に出れば僅かなブレを観察し敵の正体を判断するなどは朝飯前だ。
戦場の猛者は、そんな自分を出し抜いた少年を戦士として育てたらどうなるだろうと一瞬考えた。
しかし、屈託無い少年の表情を見て、彼女はその可能性を打ち消す。
有能な兵士と生き残る兵士はちがう。彼には、戦場は似合わない。



「でね、申し訳ないけど、頼んでたGSにはその場で断って貴方達に接触したのよ。」

「なんでー?頼んでたのはヘッポコだったって事なのばーちゃん?」


間延びしてる顔で驚きを隠さない横島に、妖艶に微笑みかける婆沙羅。
横島はその目線のみで赤面した。
メドーサは、婆沙羅の年齢では少年の繁殖には不向きだろうになぜ?と小考した。
その理由を探るうちに、少し、何か自分の思考の中に違和感があった。
小さな違和感だったので、メドーサは会話に戻る。


「まさか。どなたも一線級の一流GSばかり。でもね、なんだか違うのよ。」

「ちがうって?何がさ。」

「確実に消滅、とか、極楽に逝かせる、とか、敵として倒す話ばっかり。」

「まぁ、そういう商売だからねえ。」

「悪霊でも妖怪でも、元は私の息子。そういう所を汲み取ってくれそうな人が居なかったの。」


そこで、再度、横島とメドーサにばーちゃんの目線が移る。
横島が急に振られてワタワタとあわてるが、メドーサはきっちりと視線を受け止めた。
ばーちゃんの目が、ふっと和らぐ。


「不器用なほど真面目そうなメドーサさんと、不器用なほど優しそうな横島さん。」

「へ?俺も?」

「貴方達は他のGSにない、心優しい除霊をしてくれる可能性、そこを買ったのよ。」

「なるほどね。・・・・・・で、変装の理由は?そこんところがスッポリ抜けてるんだけどねえ?」

「それは趣味。美人よりおばーちゃんのほうが、面白いでしょう?」


派手に重心を崩してよろける2人。
横島などは完全に逆立ち状態までずっこけている。


「なんて、ね。ふふ、おばあちゃんの方が話が簡単に進むと思っての策よ。気を悪くしないでね。」

「美人って、自分で言うかねえマッタク・・・まぁ買ってくれたことには感謝するけどね。」


苦笑いするメドーサに婆沙羅は柔らかい目線を投げかける。
横島の方は美人という単語に普通に肯定してるような面持ちだ。


「あら、女は磨いてこそ花、花は美しいと自己主張するために咲くのよ?」

「そんなもんかねえ。ま、花よ蝶よなんてメルヘンな世界は任せるよ。」

「貴女は青いバラ、トゲもあって誰も見つけられないけど、きっとあなたにも蝶は来るわよ。」

「回りくどい比喩だね。この親にしてあの子有りって感じだねえマッタク。」

「誉め言葉と受け取っておくわね。じゃあ御二人とも、暇な時は屋敷にいらっしゃいね。」

「はーい。」「覚えとくよ。」



メドーサと横島にそれぞれ固い握手を交わし、婆沙羅は再開の約束の念を押した。

そしてモグリのGSとその助手は門を出る。少しの時間だった三人の奇妙な冒険は終了した。
また二人に戻ると、横島はメドーサの肩が実はそんなに高い位置じゃない事に気が付いた。
何の気なしに、腕がメドーサの肩に向かう。


「ん?どうしたんだい?」


振り向いた切れ長の瞳に見据えられ、横島は腕を回す形での体操のポーズをとった。
眉間に皺を寄せて覗き込む華麗な蛇の目線に、慌てて横島は口を開いた。


「いやーははは、えっと、その、そうだ、この辺に確かラーメン三郎が有った筈だなあ!」

「神保町に支店があったと思うけどねえ。ヤサイニンニク好きらしいから調べといたよ。」

「おっけーい!・・・て、ヤサイニンニク好きだなんて俺言ったっけ?」

「へ?・・・・・・・(ハッ)言ったじゃないか!もう忘れたのかい!」

「うーん、そーだっけかなー、あれー?」


顔を高潮させてメドーサは横島の腕をを引いて歩き出した。
昨晩の自分のしたことが今は何でか妙に恥ずかしい。
それが何故なのか上手く感情を分析できないまま、ひたすらに頬は放熱を続ける。


「しかしヨコシマ、意外とアンタ知恵者だねえ。商売人とか学者とかで大成するんじゃないか?」

「からかうなよなー・・・ま、今日は腹いっぱいのラーメンでご褒美って事で、オゴって♪」

「しょうがないねえ、じゃあオゴりだから、吐くまで食うんだよ?」

「もったいないだろそれじゃあっ。何事も程々が一番。」


他愛もない会話を交わしながら、蛇と少年が歩いていく。
腕を絡めて、肩を寄せて、背中を並べて。




***************次*回*予*告***************
「食券は夢の始まり、注文は夢の続き、そして完食は夢の終わり、チャーシューの事好き?
シナチクは偽り、胡椒は痛み、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・溶け合うラードが私を溶かす。
次回蛇と林檎第四話『コンディションレッド』」


「そんなエヴァ○ゲリオ○劇場版風次回予告なんて若い子にはわかんないよヨコシマ!」

「あなたが望んだラーメン、そのものよ。」

****************蛇*と*林*檎***************


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