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GS横島煩悩大作戦!!

第2話 初めて尽くしの夜


投稿者名:ヨシ
投稿日時:07/ 4/22


――――――1992年。 東京。


日が暮れ始めた空の下、横島少年は家路を急いでいた。


「そういや、あの姉ちゃんの名前聞くん忘れたな。」


思い出すのはクラスの女子とは全然違う、布面積の小さなパンツと女性らしい体のライン。


「あかん。鼻血出そうや。年上の姉ちゃんは色々違うもんやな! めっちゃ興奮した!!」


小学生である為ニヤニヤではなくニコニコなのだが、内容的にニヤニヤな顔で家に到着した。


「ただいま〜! やっぱ計算ドリル学校にあったわ!」

「おかえり忠夫。ご飯できてるわよ。」

「やった! 今日はカレーやろ? 匂いでわかるわ。
 腹減ってんねん、手洗ってくるから用意しといてな!」


元気一杯な我が子の帰宅に横島百合子は満面の笑顔で出迎えた。
夫の転勤で大阪から本社のある東京へ引越して、まだ一ヶ月もたっていない。
友達だってできていないだろうに、笑顔をたやさない息子が頼もしかった。


「うまい! 母さんは料理名人や! カレー作らせたら天下一やで!」

「ふふ。おかわりあるからたくさん食べなさい。」

「おかわり! 山盛りで!!」

「はいはい。」


たくさん食べる息子がいると、料理のしがいがあるというものだ。
ペタペタとご飯を大盛りでよそい、カレーもたっぷりとかけてやる。
笑顔で渡せば、それ以上の笑顔で受け取りムシャムシャと食べ始める。


「オヤジはまた遅くなるんか?」

「そうねぇ、新しい職場で早く仕事覚えなきゃいけないし、しばらくは遅いだろうね。」

「へへっ、浮気するヒマもないから母さんも安心やな。」

「安心なんてするわけないでしょ? あの人の女好きは死ぬまで治らないもの。
 でもまぁ、こないだお仕置きしたところだし……鈴もつけてあるから大丈夫よ。
 それより! あんたは女の子にイタズラしてないでしょうね?
 転校初日から学校に呼び出された時は、本当に恥ずかしかったわよ?」

「げほげほっ。な、なに言うてんのや! もうしてへんよ、いや本当やって!!
 だから包丁握らんといて! すりこ木もあかんて!! 頭割れてまうわーーっ!!」


大阪にいた頃からだが、なにかと女の子にイタズラをしては問題を起こし、
その度に百合子は学校から呼び出されていた。父親もそうだが反省というものを知らない。


「父さんみたいになったら、お仕置きじゃすまないわよ?」

「アホ言うなや! 誰がオヤジみたいになるか!!」

「そっくりだから言ってるのよ! そうなったら本当にチョン切るからね!!」

「チョ、チョン切るって……んな事されたら、俺女の子になってまうやんかっ!!」

「おほほほほ。忠夫が忠子ちゃんになっても、母さんの愛情は変わらないから安心しなさい。」

「安心できんわ、そんなん!! いややで俺スカートなんか履くん!!
 スカートはめくるもんで、履くもんやないんや――――――て、じょ、冗談やがな。
 まな板なんて持ち上げてどないするんや母さん……あかん、そらあかんで〜〜っ!!」


――――――バコンッ。


「いつっ、痛いやないか!! 身長へこんだらどないするっ! 児童虐待反対〜〜!!」

「生意気な事言ってると、もう一発いくわよ?」

「す、すんまへん。ボクが悪うございましたっ!!」

「あ、コラ! ごちそうさまは!?」

「ごひぃふぉ〜ふぁ〜ん!!」


急いでカレーを口に詰め込むと、一番風呂へと逃げこむ息子を見て、ため息をつく百合子。
困った息子だとは思うが、どうしようもなく可愛くて、ついつい甘やかしてしまう。
もちろん普通の家庭より厳しく躾てるはずなのだが、それ以上にへこたれない息子なのだ。


「どんな大人になるのやら、まだまだ手が離せないわね。」


怒ってみたところで何処吹く風。百合子は苦笑すると食べ終わった食器を洗い始めた。
風呂場からは息子の鼻歌がリズム良く聞こえてくる。


「上機嫌ね。なにか良い事あったのかしら?」


ブクブクと頭からつま先まで石鹸のみで泡だらけにし、全身を洗う横島少年。
桶でお湯をすくいあげ、頭から一気にかけて泡を落とす。


「ぷはぁ〜っ。ピカピカ終了! そりゃ!」


ザブンと風呂に飛びこんで絞ったタオルを頭にのせた。
大きく息を吐き出し極楽極楽と目を瞑って鼻歌を歌う。
まるっきりオッサンの入浴シーンであった。


「ふふんっ。やっぱり一番風呂はエエな〜。
 大阪にいた頃はいっつもオヤジが入った後やったし。
 ジジ臭いお湯より、新品のお湯やでっ!!」


バシャバシャと顔を洗えば、石鹸の香りが湯気に混じって幸せな気持ちになる。


(あの姉ちゃんも石鹸の香りがしたけど……もっとなんちゅうか、甘い感じやったなぁ。)


ボ〜っと学校で愛子とぶつかった時の事を思い出してると、色んな所が熱くなる。
小学6年ともなれば、異性への興味はどんどん強くなっていく年頃だ。
愛子との接触で、横島少年は年上のお姉さんへの憧れを抱き始めているのだった。


「は〜、あの姉ちゃん……まためくらせてくれへんかな〜。えへへへ。」


ポタポタと鼻血がお湯に垂れる音で、我に返った横島少年は慌てて汚れたお湯をすくい排水溝へ。
水で熱くなった色んな所を冷却して、ようやく普通の状態に。何がと聞いてはいけない繊細な事情だ。
バスタオルで体を拭いて、脱衣所で鏡に向かってマッスルポーズ。満足げに頷いてからパジャマを着る。


「よっしゃ、テレビ見ながら宿題するか。
 オヤジがいない間しか好きな番組見れんしな……っと?」


テレビのある居間へ行こうとした時、脱ぎ散らかしたズボンのポケットにあの封筒を見つけた。


「あ、そうやった。俺手紙もらったんやった。
 姉ちゃんの事で頭いっぱいやったから、忘れとったわ。」


年賀状はもらったことがあるが、手紙というのは初めてだった。
給料袋に入れられていても、誰からか分からなくても、初めての手紙というのは嬉しいものだ。
横島少年は急いで自分の部屋へ戻り、学習机に座って封筒から手紙を出して読み始めた。


『目覚めの時だ 横島忠夫!!

 君にはスゴイ力が眠っている!!

 誰にも負けないヒーローになれる力だ!!

 カワイイ女の子が惚れずにはいられない!!

 そんなヒーローに君ならなれる!!

 スケベ神に愛された君だけがなれるんだ!!

 目覚めよ! 選ばれし男、煩悩ヒーロー横島DX!!

 君のパワーはスケベな心!! ドキドキウハウハで強くなる!! 

 スケベを磨き! ゴーストスイーパーを目指すんだ!!

 さあ!! 君の力を目覚めさせる魔法の玉を握りしめろ!! 

 そして叫べ!! ありったけのスケベ心を込めて叫ぶんだ!! 煩悩全開!!!!

 この言葉で君の力は無限大!! 絶対無敵のヒーローだ!!

 拳を天に突き上げろ!! 叫べ!! 煩悩全開!!

 戦え!! 煩悩ヒーロー横島忠夫DX!!!!
 
 だが決して忘れるな!! 君がスケベ心をなくしたら全ては終わりだと!!

 スケベ心のない君など ミジンコ以下なのだと覚えておくがいい!!

 俺達の希望は君のスケベ心にかかっている!! がんばれ横島DX!!』




「…………なんやこれ?」


本当に、なんともアレで痛い内容の手紙であった。


「お、俺が……選ばれたヒーローやと!? ホ、ホンマにっ!?」


だが、そこは同じ横島忠夫。アレな文章にもいたく感動した様子で何度も文章を読み返す。
年齢は違えど横島忠夫は横島忠夫だと言う事なのだろうか。一切の疑いを抱きもしない。


「おおおおおぉーーーー!! 煩悩ヒーロー横島DX!! なんやカッコエエやん!!
 スケベ神ってのは、ようわからへんけど。とにかく俺にはスゴイ力があるんやな!?
 その力があれば、銀ちゃんみたいな女の子にモテモテボーイになれるいうわけやな!?
 わははははは!! なる!! 絶対俺はヒーローになる!! なったるでぇ!!!!」


封筒をひっくり返すと、手紙にあった魔法の玉こと文珠が二つ転がり出てくる。
横島少年は、それを二つとも右手に握りこんで、もう一度手紙をしっかりと読む。


「腕を上に突き上げるんが変身ポーズで、これが変身の掛け声みたいなもんやな?
 ふんふん、後はスケベな事考えながらこれをやればいいだけと……よしっ!!」


部屋の真ん中に移動して、目を瞑りスケベな事を思い出していく。
当然、新鮮な記憶である愛子のパンモロシーンが横島少年の脳裏を埋め尽くしていく事になる。


「くうぅぅっ!? 鼻血が滝のように……っ!!
 し、しかぁし!! ここでスケベ心を止めたら俺はミジンコ以下や!!」


横島少年は鼻血を無視して、更に愛子のスカートの中で色々触った感触やら匂いやらを思い出していく。
どんどん高まってくる興奮とともに、腹の奥から湧き上がる何かがある事に少年は気づいた。


「こ、これなんか!? これが俺のスケベ心が生み出すパワーなんやなっ!!」


今こそ目覚めの時だ。横島少年はそう直感すると右腕を天に突き上げ、大声でその言葉を口にした。


「煩悩〜〜全開ぃーーーーっ!!!!」


――――――カッ。


叫び声が響き渡ると同時に、横島少年の右手の中で文珠が光を放ち始め、その力を発動させた。


 『覚』 『醒』


「おおぉぉーーーっ!? んぎっ、ぎゃぴぴぴぴぴぴいいいいぃぃーーーーっ!!!!」


未来の横島が、煩悩全開の言葉をキーワードに発動する様に念じた『覚』『醒』の文珠。
それは横島少年の眠っていた霊能力を一気に目覚めさせる事に成功した。
だが、文珠二つ分ってのは呼び水として余りに大きかった様子で、
体中の霊脈を膨大な霊気が一気に流れ、横島少年は雷に打たれた様な衝撃を受けたのだった。


「忠夫っ、あんた何さっきから騒いでるんだい!? ご近所迷惑でしょうがっ!!」


余りの騒がしさに部屋へと怒鳴り込んだ百合子は、鼻血の海にぶっ倒れてる我が子を見つけた。


「た、忠夫!? ちょっとどうしたのよっ!? 誰かにやられたの!?
 待ってなさいっ!! すぐ救急車呼んであげるからねっ!!」

「お……俺は、ヒーローに、なる……ン…や……。」

「忠夫!? ちょっとしっかりしなっ!!」

「これ、で……女の子に、モ、テ…モ……テ……。」


――――――がくり。


「忠夫ーーーーーーーーっ!!!!」


血溜まりの真ん中で、我が子を抱きしめ名を呼ぶ母親。まるでサスペンスドラマだ。
その血がスケベな想像で噴出した鼻血でなければの話だが。


「あ、白井総合病院ですか!? 救急車を一台お願いします! 息子が大変なんですっ!!
 住所は東京都○△区○□4ー10!! とにかく急いで下さい……っ!!」


何故かエヘエヘと意識のないまま笑う息子を毛布でくるみ、病院へ連絡した百合子。
ドタバタと保険証やら財布やらを引っつかむと、玄関まで息子を運ぶ。
夫を血溜まりに沈めた事は何度もある百合子だが、血まみれの息子には慣れていない。
すぐに救急車は到着し、息子を抱いたまま百合子は病院へと向かうのだった。


「あの人だったらこれくらいの出血全然平気だけど…っ、
 ああ、もうっ。一体なにがあったのよ忠夫〜〜!?」

「極楽や……えへっ。えへへっ。」

「急げ!! 幻覚症状が出てるぞ!!」


診察室に担ぎ込まれ、診察を受けた結果。出血は鼻血であり、貧血の心配もないとの事だった。
ただ、意識を取り戻した横島少年が極度の全身筋肉痛を訴えた為、数日の入院となった。


「あんなに鼻血出して、しかも筋肉痛〜!?
 忠夫……あんた何やってたのか正直に言いなさいっ!!」

「せ、せやから、ヒーローごっこや言うてるやろっ!
 あれや、ヒーローになりきってたら鼻血出てしもうたんやって!!」


確かに倒れてる最中にヒーローがどうたらと、寝言のように言ってはいたが、
続いて出た言葉は女の子にモテモテだったはずだ。


「…………なぁんか、あやしいのよねぇ。」

「子供の言う事は信じんとアカンっ! せやないと俺、グレテまうで〜〜!!」


横島少年が一生懸命になればなるほど、百合子の目は疑いの色に染まっていく。
だが息子が無事だった事だし、この事はじっくり後から聞き出すかと矛をおさめた。


「まあいいわ、母さん着替え取りに一度家に戻るから、
 あんたは看護婦さんに迷惑かけないように、静かにしてるのよ?」

「動きたくても痛くて動けへんって。」

「はあ……それじゃあね。」

「いってらっしゃい〜〜。」


百合子が病室を出て行くと、横島少年はほっと息をついた。
ヒーローになりきってたのは本当だが、ヒーローはヒーローでも煩悩ヒーローだ。
しかもスケベな想像で鼻血出してエヘエヘ笑ってただなんて、バレたら殺される。


「いででで、あ〜変身でけへんかったやないか……しかもえらい目におうたし。」


今思い出しても、全身を襲った痛みは強烈過ぎて気絶しそうだ。
少し体を動かすだけでも激痛が走る。あの手紙の送り主に文句の一つも言いたい所だ。


「けどなぁ……、確かに何かあっついもん感じたんだよな。
 こう〜力が湧き上がるっちゅうか、吹き上がる感じっちゅうか。」


今までにない感覚を体験したからこそ、横島少年はあの手紙を嘘だとは思えなかった。


「となると……変身でけへんかったんは、スケベ心が足らんかったっちゅ〜事か。
 煩悩ヒーローへの道は険しいんやな〜。もっと修行が必要やな、スケベの修行が!」


ヒーローは変身するものと思っている為、彼は自分の変化に気づいていたかった。
全身を走り抜けた霊気の波は、横島少年の霊能力を確実に目覚めさせていたのだ。
その証拠に、今まで見えなかったものが彼の目にはハッキリと見えるようになっていた。


『今度の新入りは子供か〜、お〜お〜全身包帯で痛そうだね、こりゃ。』

『おいおいゲンさん、そんなに近づいたら気づかれちまいますぜ?』

『バカヤロウ。俺らみたいなのが、そうそう人様に見えるかってんだ。』

『そりゃま〜そうだけどよ、悪い夢でも見させちまったら悪りぃじゃないですか。』

『けっ、怨霊みたいに言うんじゃねぇよ。近づいただけで悪夢なんざ見させるかよ。』


ベッドで寝ている横島少年の腹の上あたりだろうか、二人の人間が浮かんでいる。
一人はねじり鉢巻に酒焼けした赤ら顔、もう一人はサングラスに出っ歯のチンピラ。
横島少年はどうやって浮かんでるのか、不思議に思いながら声をかけることにした。


「あ、あのさ〜。オッサンら何? さっきからゴチャゴチャうるさいんやけど。
 それに、何か身体が透けてんで? ひょっとして、影の薄い人って浮けるんか?」

『『ああんっ! 誰が影の薄い、存在感のない人だって!?』』

「ちゃうん? だって全身スケスケやで?」

『『それは、俺らが幽霊だからだっ!! 存在感は薄くねぇよ、バカヤロウ!!』』


「へ!? ゆゆゆ、幽霊やてーーーーっ!?」


煩悩全開により鼻血の洗礼を受け、霊能力に目覚めた横島少年。
これが、生まれて初めての幽霊との遭遇体験であった。




――――――――― 一方、そのころ。


「ふっ。美奈子君。君のいれるお茶は何か特別なものでも入っているのかな?」

「いえ? 普通にいれてるだけですけど……何か変な味がしましたか?」

「いや、とても美味しいよ。
 ただね、一口飲むたびに胸が高鳴り、君から目が離せなくなるんだ。
 これがお茶のせいじゃないとしたら、君が魅力的過ぎると言う事なのかな?」


父親である横島大樹はナンパの真っ最中であった。
お茶をいれてくれたOLさんに甘い言葉を恥ずかしげもなく囁いている。


「やだっ、横島部長ったら。」

「ふっ。私の内線番号だ。仕事が終わったら連絡を。」


女性が頬を染めたのを見逃さず、自分への専用回線の番号を書いたメモを渡そうとする。
だが、女性がそれを受け取る前に、横から伸びてきた炎によって焼き落とされる。


「うわちぃ!? ななっ何をするんだクロサキ君っ!? 危ないじゃないか!!
 そ、それに何だその拳銃型のやけに強力なライターは!! 怖いぞっ!!」

「すみません部長。社長から直々にあなたの女癖の悪さについて注意がありまして。
 社内の女性達とのプライベートな接触は防ぐようにとの事ですので。」

「な、なにぃ!? なんで社長がそんな事を……っ!?」

(百合子かっ、百合子なんだな!? あらかじめ手を回しているとはっ!!)


百合子が旦那の浮気防止の為につけた鈴。それが社長が秘書として雇ったクロサキであった。
得体の知れない所が多々あるが、冷静沈着で会社の為なら何でもヤル恐ろしく優秀な男である。


「くそぅ!! だが甘いぞ、クロサキ君は私の部下だっ!!
 命令だクロサキ君! 私のプライベートへの口出しはやめてもらおう!!」

「その命令は聞けません。」

「なにぃ!? 私は部長で君はその秘書だろうがっ!!」

「確かにあなたの秘書を任されましたが、あなたの部下になったわけじゃありません。
 あなたが村枝商事の役にたたないようなら、会社に巣食う害虫として排除しますよ。」

「なっ、なんだとぉ!?」

「ただ、あなたが会社の役にたつというなら……私個人はあなたが浮気をしようと構いません。
 もちろん村枝商事の名を汚さない様に、気をつけてもらわないといけませんが。」


キラリと眼鏡を光らせるクロサキ。大樹の浮気を阻止するのは社長命令だというのに、
会社の利益さえ上げられるなら浮気を黙認すると言う。ゴクリと息を呑む音が聞こえた。


「つまり……私が優秀ならナンパOK。浮気OKと?」

「どうぞご自由に。社長にも報告はしませんから、ばれないように上手くやって下さい。」


再び光るクロサキの眼鏡。今度は大樹の目もギラリと光った。


「ふふふふふっ、おもしろい男だな、クロサキ君は。
 いいだろう、そう言う事なら私も本気を出さなくてはいけないようだ。
 とりあえず……そうだな、社内で停滞している案件を全て私の所へ回してくれるかな?」

「全部となると膨大な量になりますが?」

「それが何か問題か? 私に火をつけたのは君だろうに。」


クロサキは笑う。大樹の経歴は知っていた、あの伝説のスーパーOLの部下である。
しかもその紅井百合子を口説き落とし、嫁にした男なのだ。仕事ができないはずはない。
優秀な秘書は、優秀な人物に仕えてこそ、喜びを感じる事ができるのだ。


「しばらく忙しくなるぞ、ついてこれるか?――――――クロサキ君。」

「お供します。――――――横島部長。」


ここに、村枝商事の将来に新たな伝説として語り継がれる二人のコンビは誕生した。


(くくくくく、策士策に溺れるだな百合子っ!!
 私につけた鈴は、私が優秀である限り鳴る事はないそうだっ!!
 更に仕事のできる男はモテるからナンパもやりやすくなる!!
 もしかしたら、相手の方からせまってくるなんて夢の逆ナンパもありえるぞ!!
 わ〜はっはっはっ。やる!! バンバン仕事やるぞ!! 私はできる男になるんだ!!)


横島少年が、女の子にモテモテになるべく煩悩ヒーローを目指す事を決めた夜。
父、大樹もまたOLさんからモテモテになるスーパー部長を目指しだしたのだった。
どっちもロクでもない内容なんだが、そんな所まで本当に良く似た父と息子であった。




――――――横島家。


百合子は息子の鼻血で汚れたカーペットを丸めていた。


「これ、クリーニングで落ちるかしら?」


子供のオネショぐらいはある赤い染みは、とても鼻血の跡とは思えない大きさだ。
百合子は丸め終わったカーペットを立て掛けると、大きくため息をつく。


「母親って大変。仕事してた時のほうがズット楽だったわよ。」


病院へ持っていく息子の着替えをカバンにつめ終え、百合子はふと机の上を見る。
そこには、例のアレで痛い手紙が広げたまま置きっぱなしになっていた。


「な、なんやのこのアホ歌はーーーーっ!?」


百合子には手紙じゃなく、ヒーローソングの歌詞のように見えたらしい。
鼻血と筋肉痛の原因がこれにあると、直感で理解した百合子は手紙をゴミ箱へ。
ビリビリにやぶいたうえ、すぐにゴミ袋をしばり、新しいゴミ袋と交換する。


「お仕置きは退院するまで待ったるけど……あんのバカ息子っ、何が煩悩ヒーローや!!」


思いっきり閉められたドアの衝撃で、横島家は大きく揺れた。


「躾なおさなアカンようやな、覚悟しときぃよ。忠夫っ!!」


本気で怒ると関西弁になる横島百合子であった。




――――――ゾクッ。


「なんやーーっ!? 背中にコンニャクが張り付いたように気色悪ぅうっ!?」


母親の怒りの波動は、病院で幽霊二人と話し込んでる横島少年に届いた。
初めての背筋が凍るような感覚に、横島少年はガクガクブルブルと震え出す。


「アカン、今すぐ逃げ出したい気分でいっぱいや……なんやねんコレ!?」

『あん? 急にどうした坊主、顔真っ青だぞ?』

『まるで浮気がばれた亭主みてぇじゃねぇか。がはははは。』

「な、なんなんや。ホンマ……今日は初めて尽くしやで。」




――――――ゾクゾクっ。


「むっ。この感じっ!? 百合子か……っ!?」


怒りの対象でもないのに、敏感に波動をキャッチする横島大樹。さすがベテラン。
冷や汗をぬぐい、目の前の書類に目を戻した瞬間、机の内線電話が鳴った。


『部長。奥様から電話です。2番でお受け下さい。』

「な、なにぃ!? 百合子が会社に電話をかけてくるなんて、今まで一度もなかったのにっ!!
 このタイミングでかけてくるって事は……っ、ク、クロサキ君、まさか君っ!?」

『いえ、今日のナンパ活動について社長に報告はいれておりません。
 お急ぎの様子で至急との事ですので、お早くお出になられた方がよろしいかと。』

「くっ、嫌な予感が消えないが……出ないわけにはいかないか。」


決死の覚悟で外線の2番を押す。ゴキュリとのどが鳴るほど緊張して受話器を耳に当てた。
電話の内容は息子がアホな事して入院したが、無事なので心配無用との事だった。


「そ、そうかっ! 大した事ないならよかった! ああ、本当に良かった!!
 今日は病院に泊まるんだな? ああ、カレーは自分で温める。
 ふぇ!? う、浮気なんてするわけないだろ? 私は今仕事してるんだ!!

 め、めずらしいっって何だよ!? 亭主を疑うなよっ、グレるぞ!!
 あん? 忠夫と同じって何がだよ? と、とにかくだな、私は仕事に燃えてるんだ!!
 秘書に優秀な男がついたからな、今は行き詰まってる案件まとめんのに忙しいんだよ!!

 じゃ、そう言う事だから切るぞ? 浮気なんてしてないからなっ!!
 あ、あやしくなんかないぞ、何言ってるんだよ。あはははは、あ〜〜っと時間だ、時間っ!!
 それじゃ、忠夫の事は頼んだっ!! じゃあな!!」


自分に関係ない電話だというのに、余りのドモりっぷりに挙動不審な受け答え。
百合子には大樹がよからぬ事を考えている事がバレバレになってしまった。


「…………こっちも躾なおさなあかんようやねぇ。うふふふふ。」


次の週末当たり、横島家はとんでもない事になるだろう。




――――――――――――第3話に続く。


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