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GS横島煩悩大作戦!!

第1話 時をかける少女


投稿者名:ヨシ
投稿日時:07/ 4/21

アシュタロスとの戦いが終わり、しばらくたったある日の事。
横島忠夫は出席日数の足りなさを補うべく補習を受けていた。


「……はぁ。」

「ちょっと横島クン! いきなりため息なんてヒドイわ!
 落第寸前の落ちこぼれを救おうと、友達が手を差し伸べてるのよ!?
 こんな青春の一コマに、どうしてやる気を出さないのよ!」

「出せるかアホ〜! なんでお前に教わらなあかんのや!」

「そんな事言ったって先生方は忙しいんだから仕方ないでしょ?
 遅れた授業のぶん勉強しないと、今度のテストで落第決定しちゃうわよ?」

「だ〜っ、わかったから三角定規で叩かんといて〜!」


学校にすっかり溶け込んでいる机妖怪の愛子は、テスト作成で忙しい教師に代わり、
横島の補習を任かされていた。あいかわらず教師陣からの信頼は絶大なようだ。


「ちがうわよ横島クン! そこはこっちの方程式を使うのっ!
 あーっ! なんでここで割っちゃうの!? も〜違うでしょ!!
 真面目にやりなさい!! 先生いいかげんにしないと怒りますよ!!」

「誰が先生だ!! それとザクザク頭を刺すんじゃないっ! いくら俺でも死ぬわ〜!!」

「はっ、いけない……教えてるうちに先生役にはまっちゃったわ。
 でもでも、男子生徒と美人教師。二人きりの補習授業!! これも青春よね!! モロ青春!!」


燃えるわ〜と興奮気味な愛子は、横島が逃げ出そうとすれば机本体でガブリと捕まえ、
同じ間違いを繰り返せば、三角定規でブスリとお仕置き。これが愛の鞭ねと更に興奮。
逃げる事をあきらめた横島は、おとなしく補習を受けるのだった。


「そうそう、やればできるじゃない。」

「あ〜終わった。もう勉強しないぞ!」

「何言ってるのよ。遅れた分を取り返しただけでテスト勉強はこれから!
 最近はGSのお仕事ヒマなんだから、勉強もしなきゃ本当に進級できないわよ?」

「進級ねぇ……すでに高校2年生を何年もやってる気がするけど。」

「な、ななな何言ってるのっ、そんな危険な発言しちゃ駄目よ!
 バレンタインやクリスマスが何回あったって、1年は1年なのよっ!!」

「お前の発言も十分危ないって。」


今日が土曜日だった事もあり、補習は無事に1日で終えることができた。
これなら来週から始まるテストも、赤点はなんとか避けられる事だろう。
横島は教科書を机にギュウギュウと詰め込むと、疲れたと机に上半身をあずけた。


「フフ。お疲れ様。」

「ああ、ホントに疲れた。けど、なんだ……ありがとな、助かった。」

「どういたしまして。私も楽しかったし、また補習しましょうね!
 あ、どうせだから日曜日も学校に来てよ、テスト勉強一緒にしましょう!」

「はっはっはっはっ、お断りだ! 俺は赤点じゃなきゃそれでいいの!」


愛子は放課後、友人に誘われない限りは学校で朝まで一人で過ごす。
遊びに行ったとしても、帰るところはやっぱり夜の学校なのだ。
だから放課後も誰かと学校でいられるというのは、愛子にとってとても嬉しい事だった。


「うわぁ。見て横島クン! 今日はすごく綺麗な夕日よ。」

「あ〜……本当だな。」


時刻はいつのまにか夕暮れ。二人のいる教室を赤く照らしていた。


「明日はきっと良い天気ね。」

「ああ、そうだな……。」


横島は今にも居眠りしそうな体制から、頭だけを窓に向けて夕日を見ていた。
遠くに沈んでいく夕日をぼんやりと眺めていると、チクリと胸の奥がまだ痛む。


(ルシオラ……。)


彼女の魂は今も自分の中で眠っている。死んだわけじゃなく、眠っているのだ。
そう思えるようになって悲しみは随分和らいだが、いまだ大きな未練がつきまとっていた。


(あれが男になれる最初で最後のチャンスやったらどうしよう!?
 この先、美神さんが俺とそうなる可能性なんて、妄想以外でありえるんだろうか!?
 世界なんかよりお前選んでた方が、俺にとってハッピーだったんじゃないのか!?
 ああああっ、こんな後悔するくらいなら欲望に任せてお前を選べばよかったっ!!
 なんであの時の俺はシリアスだったんやっ! 俺から煩悩取ったら何もないというのに〜!!)


そう、横島忠夫はルシオラを失ったことで、童貞卒業のチャンスをも失ってしまったのだ。
薄情と言ってはいけない。彼なりに大いに悲しみ、とてつもなく後悔もしたのだ。
そういった感情がおさまっていくにつれ、膨らんできたのがこの未練なのだから仕方ない。


「ちょ、ちょっと横島クンっ、なにサメザメと泣いてるのよ!?」

「愛子……この際、お前で良い。手の平サイズに文句なんて言わない。
 だからヤラセテ〜!! 俺を男にして――――――ぐはぁ!!」

「この際私でいいってナニ!? 私のナニが手の平サイズですって!?」

「や、やめっ、それ以上噛まれたら下半身とサヨナラしてまう〜!!」

「巨乳がなによ〜!! 最近の女の子のスタイルの良さったらなんなのよ〜〜!!
 欧米かってのよ〜〜〜〜!!!!」

「あんぎゃーーーーーーっ!!!!」


凶悪な机の大口に噛み付かれながら、横島はふとある事を思い出した。


「ちょ、ちょっと待て愛子! 
 確かお前に飲み込まれた時に会った奴らって、それぞれの時代に戻したんだよな?
 それって過去に戻したって事か? お前の中に入れば過去に行けるのか!?
 なあ、お前の中ってどうなってんだ、愛子!!」

「へ? 私の中……?」

「そうだっ! 愛子の中を俺に教えてくれ!!」


思い出した事をとっさに聞いたのは良いが、聞くタイミングとセリフが悪かった。


「わ、私の中を教えてって、ななな、何てこと言うのよ信じらんないっ!!」

「へ? ばっ、ち、違うわ!! そんな意味で言ったんじゃね〜〜!!」

「横島クンの変態〜〜!! ばか〜〜!! 
 私だって妖怪だけど乙女なんだからね、このドスケベ〜〜!!!!」

「へぎょわわわっ、ちぎ、ちぎれるぅ〜〜〜!!」


愛子が冷静さを取り戻し、横島が危うく二つに分かれかけた状態から復活する頃には日が沈んでいた。


「ご、ごめんね横島クン。ちょっと勘違いしちゃった。エヘ。」

「はぁ、はぁ。マジで死ぬかと思った。」

「で、でも、横島クンが悪いのよ? いきなり襲いかかった挙句……あんな事言うからっ。」


ポっと頬をそめる愛子だったが、今の横島にそれを可愛いと思える余裕はなかった。


「ええいっ、もうその事はええっちゅうねんっ!
 それよりも愛子、お前の腹の中は過去の世界にも通じてるんだよな?
 頼む!! 俺を過去に戻してくれ!! このままじゃ俺、男になれねぇんだ!!」

「ちょ、ちょっと横島クン落ち着いて…っ。」

「落ち着いてなんていられるかっ!! 俺の一生の問題なんや!!
 男になれるかどうかの瀬戸際なんや!! 頼む愛子〜〜俺を過去に戻してくれ〜〜!!」


損傷回復に霊力を使いすぎたせいなのか、勉強のし過ぎでおかしくなっていたのか。
横島はライオンに囲まれたお笑い芸人ばりに、てんぱった状態で愛子に土下座し懇願した。
だが、この世界は横島忠夫が女関係で幸せになる事に、甘くはなかったようだ。


「そんな泣きながら土下座して、捨てられた子犬のような目で見上げられても
 横島クンを過去に連れてくなんて、私にはできないわよ?」

「な、なんでだ!? あの時他の奴らは元の時代に戻したって言ったじゃねぇか!!」

「戻したわよ? でもそれは彼らを飲み込んだ時代に、それぞれ戻したの。
 確かに私の中の異空間は、これまでに行った事がある学校と、時代に関係なく繋がってるわ。
 けど、そこを行き来できるのは私だけだし、飲み込んだ人は飲み込んだ時代にしか戻せないのよ。」
 
「なっ、なんだってーーーっ!!!! それじゃ俺は過去には戻れないのか!?
 うがぁあーー!! 神は死んだ!! 俺の未来は真っ暗や〜〜!!!!」


霊能力による時間移動は神魔族最上層部により行う事ができない。
そして今、愛子の腹の中を通っての時間移動も不可能となり横島は真っ白に燃え尽きた。


「へ、へへへ、わかってるさ、みんな俺が不幸な方が楽しいんだろ?
 俺にはそんな惨めな一生がお似合いだって思ってるんだろ?
 横島が女と上手くいって、イチャイチャしてるのなんて許せないんだろ?
 へへっ、いいさ……どうせ俺なんて永遠の童貞セブンチ〜ンや。」

「うっ、落ち込んだクラスメイトを励ましてあげる私、
 とっても燃える青春シチュエーションだけど……なんだかすごく励ましたくないわ。」


どこから取り出したのか未成年ながら、一升瓶からぐい飲み茶碗で日本酒をあおる横島。
絶望から自虐発言を繰り返し、ガバガバ自棄酒を飲み続けた結果、ついに現実逃避を始めてしまった。


「ふふ、ふへへへへ、ぐびぐび。うへへへへへへへ。
 この横島忠夫が負けようと、更なる横島忠夫がいつか童貞の壁を越えるのさ。」

「なによ更なる横島忠夫って……。」

「そうだとも! 一人の横島忠夫が敗れようと、次なる横島忠夫が続々と挑むのだっ!!」

「続々!? なに? 横島クンって5つ子ちゃんとかなの!?」

「くくくく、見てろよ神よ! そして横島忠夫の不幸を願いつつまったりとヲチする愚民ども!!」

「いやっ、なんなのよぉ!? もう横島クンが何を言ってるか私にはわからないっ。」

「俺は確かに壁を越えられなかった空気横島だったかもしれないっ!!
 だが、俺の意思を受け継いだ横島忠夫DXなら必ずや、その壁を越えていくぞ!!
 そうだっ、俺が無理でも、この後悔を伝えれば必ず俺DXはやってくれる!!!!」

「デラックスってなによぉ〜!!30分のアニメ放送が1時間になったところで
 絵が雑になってヘンテコになるだけじゃないのよぉ〜〜!!!!」

「ぐびぐびぐびっ。ぷはぁ。えひゃ、うひょひょひょ。GS横島煩悩大作戦のはじまりじゃ〜〜!!
 これからは俺DXが、極楽美女とウハウハするのを歯軋りしながら見守るがいいっ!!」
 
「もういや〜〜〜!! 誰かっ……あ、校長先生!!」


教師生活40年。校長になって5年をこの学校で過ごした山田正一校長は後に語る。
教師として私の行動は間違っている。だが、人間として仕方の無い選択だったのだと。


「愛子君。私は何も見なかった。見なかった事にしてくれ。見なかった事でいいじゃないか。」


放課後の見回りを引き受けた校長は、覗いた教室で狂乱する生徒2人を見つけた。
だが、校長は目をそむけつつ、そっと静かにドアを閉めていくのだった。


「そして校長は逃げ出した……って、ちょっと校長先生〜〜助けてくださいよ〜〜!!
 今の横島クンと二人きりはいやーーっ!! 私も逃げるぅ〜〜〜!!」


――――――がしっ。


「しかし、愛子は横島に回りこまれてしまった。」

「いーーーやーーーーーっ!!!!」

「ふひひひひ、お前に逃げられたら俺DXが生まれんのじゃ〜!!」

「いやいやいや〜〜!! 子作りなんてまだ早いのよぉ!!
 まずは清く正しく文通からはじめるのが青春ってやつよ〜〜…って……なにこれ?」


逃げ出そうとする愛子を捕まえた横島の反対側の手には、乱雑に文字がかかれたノートのページ。


「過去の俺への手紙だ。俺は過去へと戻れないが、お前は過去と繋がってんだろ?
 だったら若き日の俺にこの手紙を渡して欲しい! それで俺は俺DXになれるはずだ!!」

「え、えっと、それならできるけど……。」


愛子は破かれたノートに書かれた手紙を読んだ。


『目覚めの時だ 横島忠夫!!

 君にはスゴイ力が眠っている!!

 誰にも負けないヒーローになれる力だ!!

 カワイイ女の子が惚れずにはいられない!!

 そんなヒーローに君ならなれる!!

 スケベ神に愛された君だけがなれるんだ!!

 目覚めよ! 選ばれし男、煩悩ヒーロー横島DX!!

 君のパワーはスケベな心!! ドキドキウハウハで強くなる!! 

 スケベを磨き! ゴーストスイーパーを目指すんだ!!

 さあ!! 君の力を目覚めさせる魔法の玉を握りしめろ!! 

 そして叫べ!! ありったけのスケベ心を込めて叫ぶんだ!! 煩悩全開!!!!

 この言葉で君の力は無限大!! 絶対無敵のヒーローだ!!

 拳を天に突き上げろ!! 叫べ!! 煩悩全開!!

 戦え!! 煩悩ヒーロー横島忠夫DX!!!!
 
 だが決して忘れるな!! 君がスケベ心をなくしたら全ては終わりだと!!

 スケベ心のない君など ミジンコ以下なのだと覚えておくがいい!!

 俺達の希望は君のスケベ心にかかっている!! がんばれ横島DX!!』




「…………なにコレ。本当に、こんな手紙を渡すの?」


走り殴られた文章は過去の自分への手紙らしいが、書かれてる内容は何ともアレで痛い感じだ。


「ふふっ、もちろんだ。それとこれっ!! 文珠っ!!」


――――――キィィィィィィン。


「この文珠も一緒に届けてくれ。絶対落とすなよ!! これが大切なんだからな!!
 あ、ちょっと待てよ、確か封筒があったはずだ。」


とにかくこの状況から開放されたい愛子は、横島が取り出した封筒を見ても何も言わなかった。
封筒に手紙と文珠を詰め込んでいる横島が、とても嬉しそうだったから。
そしてなにより、単純に、愛子自身が疲れて面倒くさかったからだ。


「届けるのはいいけど、いつの横島クンに届けるの?」

「この学校なら高校1年、入学したての俺か……ん〜1年早いだけじゃ不安だな。
 愛子、大阪府立○×小学校。東京都立△□中学校。どっちか行った事あるか?」

「ん〜聞き覚えがないわ。大阪なんていた事すらないし。」

「くそぅ……じゃあ幼稚園は? いや、待てよもうひとつあった!!
 東京の○○小学校!! 6年生の1年間だけいたんだよ、そこならどうだ!?」

「あ、それ知ってるわ! ○○小学校!! 確か大きな杉の木のある学校よね?」

「杉の木? ああっ、そうだそうだ! あったよデッカイ杉の木!!
 やった!! 頼むぜ愛子、俺達の野望を叶えるために必ず届けてくれ!!」

「お、俺達って……別に私はなんの野望もないわよ?」

「お前じゃないっ!! 余多の報われない横島忠夫達の為だ!!」

「…………もういい、行ってくる。」

「おうっ、帰ってくるまで待ってるからな! 絶対の絶対の絶対に渡してくれよ!!」


愛子はやけくそ気味に自分の机に逃げ込むと、フワリと宙に舞い姿を消した。
横島はそれを見届けると、頼むぞ愛子と意味なく凛々しい顔で敬礼を送り、バタリと倒れた。
教室には一升瓶を抱いて眠る横島忠夫が残され、愛子は一人過去へと飛び立ったのだった。




――――――1992年。 東京。○○小学校。


静かな校舎内。6年生の教室の並ぶ3階廊下に愛子は現れた。


「直接渡すのはまずいわよね。横島クンの机を探して中に入れておこっと。」


正直愛子はお疲れ気分でグダグダだった。壊れかけの横島からのロクでもない頼み事だ。
渡された封筒を指でつまみ、ブラブラ揺らしながら教室を覗いて歩く。


「何組なのか聞いておけばよかった……もう、適当な机でいいかしら。」


緊張感もなく机ごとぶらつく愛子の耳に、男の子の声が聞こえてきた。


「よかった〜、やっぱり学校に忘れてたんやな。これないと今日の宿題でけへんからな。」

(あれ? 誰かまだ残ってるのかしら、部活も終わってる時間なんだけど。)


愛子は声のした教室内を覗こうとドアに手をかけるが、それより早くドアから子供が飛び出してきた。


「きゃっ!?」

「うわわっ、なんや、なんやーーっ!?」


勢い良くぶつかられ愛子はしりもちをつく形で転んでしまう。
飛び出した少年は、そんな愛子の足の間につっこんでしまいスカートの中でもがいていた。


「ちょ、駄目っ、変なとこ触らないで!」

「うわっ、真っ暗や!? なんやここ、どこや!?
 なんや柔らこ〜て、ぬく〜て、ええ香りがするけど……?」

「コ、コラッ、いい加減に人のスカートの中から出てきなさいっ!!」

「ふぎゃっ!?」


愛子がなんとか少年を蹴り飛ばすと、その子供はドアにぶつかり鼻を押さえてうずくまった。


「あ。ご、ゴメンッ!? 力いっぱい蹴っちゃった。痛かったね、大丈夫?」

「あだだ、だ、大丈夫やで、こんくらい母さんのゲンコツに比べれば全然イタないから。」

「そう? 良かった。でもホントにゴメンね? お姉ちゃんいきなりで驚いちゃって。」

「ええって謝らんで、クラスの女子にもよく殴られてるし!」

「へ? あ、そうなんだ。」

(変わった子ね……ていうか、なんか誰かさんみたいな。)


愛子は目の前で鼻血をすすり上げる少年をあらためて見た。
阪神タイガースの野球帽をかぶった活発そうな少年。言葉は関西なまりが強かった。


「ねぇ、君……ひょっとして横島忠夫クン、かな?」

「え? なんで姉ちゃん俺の事知ってんの!?
 ああっ、それにここ小学校やで!? なんでセーラー服の姉ちゃんがおるんや!?」

「あ、えっと……そ、そう! 君に手紙を渡して欲しいって頼まれて探してたのよっ!
 制服はこれがデフォルトだし……じゃなくてっ、が、学校帰りだったからなの!!」

「へ〜そうなんや、俺に手紙ね? こっち来てまだ友達もおらんし、大阪ん時の友達かな?」

「ううん。君の知らない人からよ。大事な手紙……らしいわ。」

(知らないって言うか、未来の君からの手紙なんだけどね。しかもアレな。)


会わないほうが良いと思ってたのに、いきなり出会ってしまい戸惑う愛子だったが、
直接渡したほうが確実だし、なにより手っ取り早い。もうお疲れ気分はMAXなのだ。
愛子は未来の横島から預かった封筒を、そっと小学生の横島少年へと差し出した。


「これが手紙?」

「そうよ。」

「ホンマに?」

「……ええ。」

「でも姉ちゃん……これ給料袋とちゃうん? ホンマに手紙?」

「……私もそう思ったんだけどね、それでいいの、それ手紙なのよ。」

「ん〜、ビシン…なんたらレイ…ジムショって人からの手紙なんやね?」

「それは違うけど、細かい事は気にしなくて良いのよ。
 大事なのは中身だから、おうちに帰ってから見てね?」

「ふ〜ん。ようわからんけど、わかったで姉ちゃん!」


少年のポケットにねじ込まれた封筒は、美神除霊事務所の茶封筒であり、
美神令子直筆でお給料と書かれていた。その下には赤インクで18500円との悲しい数字。
未来の横島が変な壊れ方をしたのも、バイト代が少く栄養不足が原因だったのかもしれない。


「あ、あかんっ! はよ帰らんと母さん怒ってまう!!
 姉ちゃん俺もう帰るわ、手紙届けてくれてありがと〜な!」

「うん。気をつけて帰ってね。」

「ほな、バイバイって、その前に姉ちゃん後ろ見てみっ!」

「え? なに?」


かけられた声に従って後ろを向いた愛子。だが別に誰がいるわけでもなく廊下が見えるだけ。
なんなの?と首を傾げた愛子だったが、次の瞬間自分のスカートが一気にめくれあがった。


「きゃーーーーーーっ!!」

「わはははは、そんな小さなパンツはいてたら風邪ひくで〜〜!」

「なっ、なんなのよ〜〜!! 待ちなさい横島クン〜〜!! コラーーっ!!」


横島少年の逃げ足は小学生の頃であっても、風のごとし。
あっという間に走り去り、階段へ向かう前にご丁寧に挨拶までしてきた。
手を大きく叩き、元気にピースサイン、両手で大きな輪を作り、その手を目の前で双眼鏡の様にする。
つまるところ、パンツ丸見えのボディランゲージだ。最後に手を合わせて舌を出した。


「姉ちゃん、またな〜! バイバイ〜!!」


顔を赤くしてスカートを握り締めたまま愛子は呆然としていた。
いや、プルプルと震えているあたり、相当な怒りを溜め込んでいるらしい。


「何なのよ……私はわざわざくだらない手紙を届けるためだけに時をかけてきた少女なのよ?
 横島クンの横島クンによる横島クンのためだけのお使いをしてる親切少女なのよ?
 その私がなんで色々触られた挙句、スカートめくりの餌食にならなきゃいけないのよ!?」

(この怒りは、元の時代に戻ってから横島クンに晴らすとして……とりあえず。)

「なんだか〜とっても〜〜ちくしょーーーーーっ!!!!」


愛子らしくない、というより横島忠夫の口癖を思いっきり叫んでから息を整えると、
素敵な笑顔を貼り付けたまま机へと戻り、来たときと同じように宙へと消える。


(フフフフフ、横島クン〜今帰るわよ〜すぐ帰るわよ〜、うふふふふふふふ……。)




――――――ビクッ。


手紙を愛子に任せ眠りこけていた横島は、強烈な悪寒を感じて飛び起きていた。


「な、なんだ!? 美神さんに盗撮写真がばれた時のような、この感じは……っ!?」


月明かりだけの教室内で横島はキョロキョロと周りを見回し、転がっている一升瓶を不思議そうに見る。


「俺……なんで学校で寝てんだ?」


どうやら酒に悪酔いし、記憶があやふやになっているようだ。
そんな横島の背後に音もなく愛子が机と共に帰ってきた。


「ただいま〜。うふふ。えらいわ横島クン。ちゃんと待っててくれたのね?」

「ひぇっ!? あ、愛子かっ、びび、びっくりさせんじゃねぇよ!!」

「あら、ごめんね? 脅かしちゃった?
 でもね、ちゃんと手紙を届けてきた親切な私へのお礼の言葉が先じゃない?」

「なんだよお礼って……それに手紙? 何言ってんだ、お前。」 

「は?…………まさか、覚えてない?」

「なにがだよ?」

「…………うふっ、うふふふふふ。そう〜、覚えてないの?
 私一人お疲れ気分で郵便屋サンしてきてあげたのに……覚えてないって言うんだ?」

「あ、あのっ、何かとっても怒ってらっしゃる!?」


三日月のように細く切れ上がった笑みを貼り付けたまま愛子がせまる。
横島は壁際までジリジリと後ずさるが、もう後がない。目の前には舌舐めずりをする机の口。


「今日ね、横島クンから一つだけ良い事を教わったわ……なんだかわかる?」

「え? えっと、な、なんでせうか?」


「フフフフフ。それはね?――――――壊れたもん勝ちって事よ!!」


愛子の机が大口を開け、横島を引きずり込む。


「いやああああぁぁぁぁ〜〜〜〜………・・。」


――――――ごっくん。


「フフフッ。さ〜横島クン。お仕置きもかねてテスト勉強しましょうね。
 赤点じゃなきゃいいだなんて言わないで、100点目指すのが青春よ?
 大丈夫だってば、テストが始まる直前には出してあげるから。

 え? 針がいっぱい? だって三角定規じゃ物足りないでしょ? 
 テストが始まる月曜の朝まで30時間ちょっと、たっぷり勉強教えてあげる。
 間違えたら針1000本刺しちゃうわよ? 頑張ってね横島クン。

 あら、ウフフ。さっそく間違えちゃって駄目な子ね。お仕置きよ。
 痛い? 痛いの? 血が出ちゃったの? でも横島クンなら平気でしょ。
 やだ、泣かないでよ。もっと刺したくなっちゃうじゃない?

 ウフフフフ。そうそう、必死に勉強。とっても青春だわ。
 あ、そこ間違ってる。そこも違うわ。ウフフフフフフフ。
 お仕置き。お仕置き。うふふふふ、スゴク燃えるわ〜。あ、またお仕置きよ。」


月曜の朝、テスト直前に吐き出された横島は、ボロボロの姿で這いずりながら着席。
死人のような顔色のまま全教科で100点を叩き出すという奇跡をみせ、その後深い眠りについた。
もちろん永遠の眠りじゃない。ただの屍のように3日間眠り続けただけだ。

 
「あ〜スッキリした。何かに集中するって良い事よね。モロ青春だわ!」


愛子はいつものテンションに戻り、横島も眠りから覚めた後はいつもと変わらぬ横島だった。
横島にはここ数日の記憶がスッポリとないらしく、極度のストレスのせいか、
なにかヤバめな薬でもキメてたんじゃないかと、あの日の狂乱を覗いた校長は思ったとか。


「腹へった〜、今月どうやって生きていこう。カップメンも残り少ないというのに。
 しかも最近は美神さんパンツスタイルばっかで、全然ドキドキサービスが足りんしっ!
 あ〜も〜〜っ! なんだかとってもチクショーーーッ!!!!」


壊れた横島とお疲れ愛子が届けた、横島忠夫の過去への手紙。
横島にも世界にも何の影響も及ぼさなかった、まったく無意味でアレな手紙だが、
あの手紙を受け取った横島少年は、送り主の横島とは別の人生を歩み出す事になる。


この世界ではない、別の世界の横島忠夫として。




――――――――――――第2話に続く。


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