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GS横島 〜Beloved You Who Do Not Know Me〜

第3話 記憶


投稿者名:お茶くみ
投稿日時:07/ 1/13

 ほとんど悪霊の癖に、彼女はきらきらと輝いていた。
「ああ……なんだかもう思い残すことも無いわ。
 行きましょう、横島くん、おキヌちゃん! GSらしくいさぎよく成仏しましょう……!!」
「結局あんたの心残りはそれだけかいっ!」
 他のGSが儲からないというだけの理由で成仏しようとする雇い主の、あんまりと言えばあんまりな態度に横島はツッコミを入れる。
 さらに、なぜだか知らないが彼女の成仏していくにしたがって、横島まで成仏しそうになった。もしかすると残留思念までもが美神に括られているのかもしれない。
「俺にはまだ心残りがー!!
 教えてくれッ!! あの女は俺のかッ!? ちがううのかッ!?」
 慌ててピートに詰め寄る横島。約200年ぶりに見る生前というかオリジナルの若い頃と寸分変わらない姿に、さすがのピートもマンガ汗をたらす。
「いーからおまえも来いっ!! 往生際が悪いわよっ!!」
「文字通りの意味ですね」
 そんな横島を美神とおキヌが左右からがっちりホールド。ずるずると引きずって行く。

 そして……。

「んじゃま、この辺で───」

「極楽に………!!」

 天からの光に導かれ、3人の残留思念が消えていく。
 その姿が希薄となり、半透明だった3人はどんどんと透明になる。
 その様子に、ピートは慌てた。此処で成仏されては、わざわざ此処まで出張ってきた意味が無い。
「ちょっとまってください、美神さん! 成仏する前に貴方にお願いしたい事がっ!」
 ピートの叫び声は、どうやら3人には聞こえていないようだ。もう彼女たちの姿はピートの目にも見えなくなっている。
 だがピートは諦めない。あの人なら、あの人たちなら……。

「報酬は5億円です!!!」
「どんな依頼かしら、ピート」

「「だああああああ」」

 成仏したはずの美神が、突如ピートの目の前に現れる。目はもちろん¥マーク。その姿は霊能が無い一般人にでも見えるくらいに霊力に満ち溢れている。
 さらに一緒に成仏した横島とおキヌまでもなぜか後ろでずっこけながらも復活している。マジでこの二人、美神に括られているのかも知れない。

「成仏まで美神さんに支配されてるのかっ!!!」
「まあ美神さんですから」

 結局、幽霊だろうと人間だろうと、残留思念だろうと美神は美神だった。






第3話 記憶


 赤い髪の女性が私を値踏みするように口を開く。
「ふーん、貴女がピートが言っていた子ね」
 黒い髪の少女が頬を赤くしながら声をかける。
「え、えっと、はじめまして」

 何故だろう、初めて会ったはずなのに。
 何故だろう、初めて声を聞いたはずなのに。
 私の頬には一筋の涙が流れていた。

「ああ、お嬢さん。さあ、涙を拭いてください。
 あなたのような美しい女性にどのような悩みがあるのかは存じませんが、このGS横島忠夫が貴女の悩みを解決して差し上げましょう。その代わり携帯番号とメルアドを……」
 そんな私に、赤いバンダナの男(幽霊)が突然に手を握り絞めてくる。
 なんというか、いかにも頭が悪く女にもてなさそうで金が無さそうな、アホ面だ。きっと、時給255円位でこき使われるような馬鹿に違いない。

 ……なぜだろう、そう思った瞬間にすっごく泣きたくなった。

 と、とにかく、瞬時にそう判断した私は、バンダナ男(幽霊)をぶん殴ろうと……。
「って、いきなり口説き始めるなっ! このスカポンタン!!!」
「ぶぎゃらぁ!」
 ぶん殴れなかった。
 私がアクションをおこすより早く、赤い髪の女性(幽霊)がバンダナ男(幽霊)を蹴り倒す。
「おおっ、意外に白っ!」
 とまぁ、私の一瞬の感動はさて置き、赤い髪の女性はバンダナ男に神通棍で折檻を繰り返す。
 ああ、幽霊の癖に血だるまになってる……。てか、幽霊が神通棍をなぜ使えるの? いや、そもそも並みの幽霊ならアレで一発しばかれただけで成仏するはずなのに……。
 ああ、なんかすっごく懐かしいようなデジャブを感じるような、なんか物足りないような複雑な光景だ。
 なんか、後ろでピエトロおじ様が『変わりませんね……』なんか呟いているが、とりあえず無視。
 ついでに赤い髪の女性の足元の肉塊と化した幽霊も無視……。というか、血まみれになってぶっ倒れる幽霊っていったい?
「あ、あの……」
 まあそれはさておき、不浄な男どもは無視をして私は彼女達に話しかけた。いつまでもボーっと眺めているわけにも行かない。
「あら、ごめんなさいね」
 赤い髪の女性が私に話しかける。ずっと昔に流行した装束で、肩や胸元、フトモモがむき出しの色っぽい格好だった。

「一生ついて行きますっ、おねーさまーっ!!!」

「反応が横島くんと一緒よ、アンタ!!!」
 そのフェロモンあふれる格好に思わず飛びついてしまう私。もっとも、赤い髪の女性は肘の一発で私を迎撃する。ああ、何故だろう、痛いんだけどなんだかとっても落ち着く……。

「かんべんやー。『あの、貴女達は一体』と言うつもりが、溢れるフェロモンについ我を忘れて!」

「どーいう自我構造しているのよ、あんたはっ! てか、女としてそれで良いのかっ!!!」
 うーん、初対面としては印象最悪かも……。なんか、私の頭の上で赤い髪の幽霊さんが『200年後の日本はどーなってるのよ、ピート!!』と、怒鳴っている。
 あ、ところでさっきから認めたくないんで聞き流していたんだけど、やっぱり聞かなきゃダメかな。
「あの、ちょっといいですか」
 むくりと起き出す私。その様子に、黒髪の女の子の幽霊がちょっぴり驚く。
「あ、あの、大丈夫なんですか?」
「大丈夫。頑丈さには自身があるっス」
「けっこう手加減無しに殴ったのに。ホント横島くんにそっくりね、貴女……」
 あ、赤い髪の女性に呆れられてる。まぁ、この反応は何時もの事なのでいいんだけど。
「あ、あの、ソレって横島って言うんですか?」
 私が指差したのは、もちろん血を流しぶっ倒れている幽霊という珍しいんだか珍しくないんだかよく分からない存在に対してだ。
「そうだけど、それがどうしたの」
「いえ、私と同じ名前だと思って……」
「同じ?」
 なんだか、ひしひしと嫌な予感がする。霊感が反応しているのかも……。
 そんな私の手を、誰かががっしりと握り締める。
「ああ、なんと言う偶然。お嬢さん、それは運命が貴女と私を……ぐぼらぁ」
「だから、いきなり復活してナンパするなっ! あんたにはそれしかないのかっ!」
 あっ、またぶん殴るのが間に合わなかった。
 赤い髪の女性がガゼルパンチでバンダナ男をふっとばす。あ、天井に突き刺さっている……本当に器用な幽霊だ。
「なんか、改名したい気分……」
 ちょこっと落ち込んでいる私に、生温かい視線が向けられる。
「そういえば、昨日は報酬と内容の話だけでどんな子か聞いていなかったわね」
 報酬? 内容? 幽霊相手にピエトロおじ様は何を話したんだろう?
 赤い髪の女性の言葉で、私たちの視線が一斉にピエトロおじ様に向かう。そんな視線に動じることも無く、ピエトロおじ様はニコリと笑うと私を幽霊の皆さんに紹介した。
「彼女の名前は横島忠美。僕が後見人を勤めている女の子で……」
 おじ様はここで言葉を切ると……。もう一度ニコリと笑って爆弾を投下しやがりました。

「そこにいる横島さんの子孫ですよ」

 この瞬間、事務所の時間が凍りついた。
 美神さんは目を見開き、殺気の篭った目で天井からぶら下がったオブジェを睨み。
 おキヌちゃんはうつむき、肩を震わせている。『くすくすくくす』と笑い声は聞かなかった事にしておく。
 そして俺は、涙を滲ませながら小刻みに震える。
 ついでに、天井に上半身をめり込ませている馬鹿が一人。

 どれくらい私たちは固まっていただろう。長かったかもしれない、一瞬だったかもしれない。あるいは一コマの可能性もある。
 だが、止まった時は一斉に動き出す。
 一斉に取り乱す私たち。

「横島ぁああああああ! あんたって子はああああぁぁぁぁっ!!!」
「いやあああああああああああああ! 横島さんの不潔ぅぅぅ!!!」
「こんなアホ面なご先祖様なんて、嫌じゃあああああああああ!!!」
「なんだとおおおおお、そんな不謹慎な事を言う唇はこの唇かっ!! ふさいでやる、ふさいでやるっ!!!」
「いやあああああああああああ! おかあさんんんんんんんん!!!」

 って、あれ? 何時の間にかバンダナ男が復活しているしっ!
 ひっ、ひぃぃぃぃ! マヌケ面が迫って来る。
 か、からだが動かないっ! ひぃぃぃぃぃぃぃっ! 
「自分の子孫にまでセクハラするなっ!!!」
 美神さんが、バンダナ男を全力でぶん殴る。た、助かったぁ……。

「す、すびばぜん、混乱して取り乱しました……」

「やかましいっ!」

 さらに、ぶっ倒れたアホに、かなり手加減無しのスタンピング。ああ、アホが血まみれになっていく。ついでだから除霊しちゃいたいが、今の私の力ぐらいじゃ無理だろうなぁ……。
 一方エグエグと泣いている私には、おキヌちゃんが心配そうにやってくる。
「だ、大丈夫ですか、忠美さん?」
「あ、ありがとうございます。おキヌちゃん」
 私の頭をおキヌちゃんは子供みたいに撫でてくれる。なんだか懐かしいようなくすぐったいような感触がした。
 私は少し頬を赤らめながら、おキヌちゃんにお礼の言葉を述べる。
「あれ、自己紹介なんてしましたけ?」
「へ、そう言えば……? あ、でもきっと美神さんかピエトロおじ様が名前を言ったんですよ」
「そ、そうですよね」
 うんうんと頷く私とおキヌちゃん。初対面なんだし、それ以外に名前を知る術はない。
「でもごめんなさい。自己紹介前なのに……」
「そんな事気にしなくても大丈夫ですよ。よろしくね、忠美さん」
「よろしくお願いします、おキヌちゃん」
 そう言うと、おキヌちゃんはにっこりと笑って右手を差し出してくる。その邪気の無い様子に私はさらに頬を赤くしながら、彼女の手を握りかえした。
 霊体得有のひんやりとした感触の中にも彼女の温もりを感じる。きっと彼女の優しさの温もり。
 あれ、何故だろう……、涙が止まらないのは……、この胸を締め付ける罪悪感は……。
 なぜか、この人たちを見ていると涙が止まらない。
「あ、あの、忠美さん大丈夫ですか?」
 泣き続ける私の頭を、おキヌちゃんがあやすように撫でてくれた。
 私はその心地良さに身を任せた。


 とりあえず背後の打撃音と、何時の間にか逃げているピエトロおじ様のことは脳裏から消去しておく。





「もしもし、ピートです」

 古い付き合いの友人──いや、戦友からの連絡に、ピートは苦笑いをしながら応える。真後ろの建物の中で行われている暴行、あるいは折檻か調教を思い出していた。温厚で善良な彼にしては珍しい意地の悪い笑い声だ。
『嫌な笑い方ね。先生の下にいた頃の正義感に溢れて純真だったピートは何処に行ったのかしら』
 相手もそれを察したのだろう、ふてくされた声を出す。若い頃の姿は、やはり照れくさいのだろう。
「付き合ってた友人にだいぶ染まったんでしょうね。懐かしいものを見せてもらいましたよ」
 あのドタバタを見て涙が出そうになるなど、我ながら趣味が悪いと思う。とはいえ、ピートの900年に及ぶ生涯で黄金期と呼べるのは、間違い無くあの3人が中心にいたあの時代なのだ。あの時代がどれだけ苦しい戦いの連続だったとしても、あの時代が最も輝いていた。
『でも、本当に大丈夫かしら。あのバカのことだからセクハラとかばっかりそうね』
「どちらがですか?」
 ピートの言葉に、連絡相手は思わず押し黙る。どう答えていいのか悩んでいるんだろう。
「ちなみに、横島さんが忠美ちゃんにセクハラをしていましたよ」
『あのバカ……』
 相手の顔を映すディスプレイの外から、何かがつぶれたような鈍い音がする。怒りのあまり何かを握りつぶしたのだろう。
 もっとも、それすらもピートにとっては懐かしい日常なのだが。
「でも、おかげで彼女達なら横島さん……いえ、忠美ちゃんを預けても大丈夫だと確信しましたよ」
 ピートは微笑を浮かべると、自信を持って断言する。だが、次の瞬間には暗く沈んだ表情を浮かべた。
「すいません、僕があの時に彼等の側についていれば……」
『ピート、それは言わない約束よ。出し抜かれたのは私たちもなのだから』
 二人の口調に苦いものが混じる。
 横島忠美の両親は除霊中の事故で死亡したことになっている。ただ、それは表向きの話、実際は横島忠美を狙う何者かに暗殺されたのだ。無論ピートや神魔族もその可能性は考えており、密かに護衛をつけていた。だが、その全てが出し抜かれ横島夫妻は殺害されたのだ。
 忠美が無事なのは遺産乗っ取りで地方の孤児院に入れらた事や、その孤児院が3人に縁のある土地であり山の神の庇護下にあった事など、幾つかの偶然が重なった結果に過ぎない。
『大丈夫よ、あいつ悪運だけは強いから。それに、あの3人に預けるんだから』
「はい……」
『話は変わるけど、アレの調査はどうなっているの?』
 暗くなった雰囲気を変えるように、話題を変えてくる。まぁ、楽しい話題ではないが。
「こちらは進展なしです。研究施設をしらみつぶしに当たってるんですが」
『そっちもか。こっちもヒャクメやジークに協力してもらってるんだけど、まだ尻尾はつかめないわ』
「最悪、また彼……いや、彼女に押し付ける形に」
 苦々しげにピートは呟く。200年前のあの事件が脳裏によぎる。だが、彼女は違ったようだ、あっけらからんと軽く答える。
『大丈夫よ、あの宿六は私の丁稚なんだからこき使えば。彼女も『ヨコシマなら大丈夫って』言っているしね』
 その言葉に、さすがのピートもなんと答えていいのかと苦笑いを浮かべる。あの悲恋の片割れにまで保障されては、自分にはなんとも言えない。
『そうそう、そっちにいる3人にプレゼントを発注しておいたから。もうすぐ彼女が届けてくれると思うわ』
「プレゼントですか?」
 ピートのその言葉が合図と言うわけではないだろうが、遠方より一台のライトバンが飛んでくる。ライトバンは廃屋の前に着地すると、運転席から一人の女性が降りてきた。

「き、君は……」

 その登場に、ピートは驚きの声を上げるのだった。



続く……。


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