椎名作品二次創作小説投稿広場


何度目かの人生を。

何度目かに人生を。二回目。


投稿者名:if文
投稿日時:07/ 1/ 8

「あ゛〜、しんどかった」

 朝早くに妙神山から下山して、六畳間のアパートに辿り着いた頃には、日はすっかり暮れていた。
 全快の人生も含めて、本当に久しぶりに帰った部屋は、ゴミやら洗濯物やらのせいで二畳間くらいの広さになってるが…まあ毎回のことだ。

「痛っ! …ああ、またか。前回は随分粘ったからなぁ…」

 米神に響く痛みに、顔をしかめた。
 一週間前に妙神山の再建現場に戻ってから、昔のことを思い出そうとする度に、俺を悩ませている頭痛。

 前の人生を長生きしすぎると、その記憶が次の人生まで持ち越された時、頭痛の形で出るのだ。
 身体とは関係ない理由での痛みだから、放っておいても問題ないのだが、何回か繰り返して記憶容量が空くまで何時までも残るのが面倒臭い。
 だから下手に人間辞めて神様とか魔族になったりすると、大変なことになるのだ。
 無駄に長生きしちゃうので、百回や二百回の繰り返しじゃ痛みが治まらない。

「文珠は…一個だけ使えるか」

 痛む米神を右手の親指でぐりぐりと突きながら、左手に取り出した瑠璃色の珠を弄ぶ。
 込める文字は『忘』。これで、前回の記憶を消してしまえば、この頭痛も消えてなくなる―――といっても、文珠一つじゃ、前回と今回の記憶を区別して忘れるのは難しい。
 かといって、全部忘れるのは具合が悪い。自分が何をしたいのか、何を出来るのかわからなくなる。

 消すのは主に、直接体験的な記憶に限る。
 知識としての記憶を残しておけば、なにをするにも大体困らない。そのくらいの記憶選択なら、文珠一個でもなんとかなる。

 もっとも、以前に何回か失敗したらしく、いくら遡ってもある時期より昔のことが思い出せなかったりする。
 わざと全部忘れて人生をやり直したとも考えられるが。

「まあ、知ることは必ずしも幸せじゃないってことで」

 文珠を発動。瑠璃色の霊力の光が部屋を満たす。
 込めた文字と念が、俺の魂だかなんだかわからない、ナニかから記憶を洗い流していく。

「―――ああ、すっきりした…」

 部屋を満たしていた光と一緒に、頭痛の素だった前回までの体験記憶も消え去った。
 生まれ変わったような、清々しい気分。いや、実際生まれ変わったようなもんなんだがな。
 前回の記憶が残らず吹っ飛んだので、それ以前の古い記憶しかない。

「さてと、そんじゃ明日から早速行動を開始しますか」

 誰もいない部屋で独りごちて、敷きっぱなしの布団にもぐり込む。
 何をするにしても、今日はもう遅い。早寝早起きが健康の秘訣だ。
 身一つ? で人生を繰り返す俺には、健康だけが大切なのだ。







 早寝しても遅くに起きる奴はいる。

「目が覚めたら昼でした…いまさら学校に行く気はせんなぁ…」

 と、ぼやきつつ、緑深い山肌に這う様に作られた石段を、のたのたと登る。
 ここに来るたびに思うんだが、この階段は無駄に長い。本当に無駄に。
 もったいぶるのも大概にして欲しいもんだ。いや、格を見せつけるには必要なんだろうが、こんなんじゃ除霊依頼だって出し辛いぞ。必然的に火の車だ。

「まあ、だからこそメドーサに目ぇつけられたんだろうけどさぁ…」

 以前、襲ってくるだろうメドーサを手篭めにしようと白竜寺を乗っ取った事があったんだが、その時にあんまり移動が不便だったんで、本寺潰して東京に道場作ったら、結局メドーサは来なかった。
 お陰で俺は生涯を「オカマに付き纏われる日本最高の独り者GS」として暮らしたわけだが。くそっ、メドーサめ。

「この時期はどうだったかなぁ〜? まだいなかった気もするし、もういる気もするなぁ〜と」

 メドーサが白竜寺にってことな。

 その程度のことは、調べれば安全確実に分かることなんだが、それじゃ面白くないし。
 メドーサがいたら即行で倒して自主規制ってのもアリだが…一応、今回は「GS社会に潜り込むアシュの手先」を目指してるわけだから、即手篭めってのは情緒に欠けるなぁ。 まるでジェームス・ボンドみたいで、よろしくない。

 でも、体験記憶がない分、そうなったら物凄く楽しめそうだから、その場のノリで決めよう。
 007は別に嫌いじゃない。美女と即ベッドインが妬ましいだけだ。

 なんにせよ、方針は適当に。手段は思いつくまま。ってのが、繰り返す人生を楽しむ骨なのだ。







「つーわけで、こんちゃーす! 入門希望の者っすけど〜!」

 門から本堂道場まで開きっ放しになっていたので、そのまま断り無しに侵入。一声かけたはいいが、人の気配は無し。見通しは暗し。

 おお、背筋に走る悪寒。
 霊感にびんびんとクる死の気配。どうやら神はこの俺にえろえろ展開をお望みか。

「くくく…隠れたところで無駄無駄…この俺にはキサマの位置が手に取るようにわかそこだっ!」

 俺の適当な発言に動揺を滲ませた気配目掛けて、サイキックソーサーを投げつける。
 なんぼなんでも、竜神で戦闘のプロ相手に、気配の読み取りなんて面倒臭くて出来ません。

 面倒臭いだけだから、ここ重要。

 サイキックソーサーが弾けて、薄暗い道場の奥から人影が飛び出してくる。
 影が繰り出した高速の拳突きは、目視では一度に三発。速過ぎて三つに見えるのだ。

「あらよっと!」

 が、結局はただの拳突き。
 霊力が篭ってるわけでもなければ、腕がわらわらと余計にあるわけでもない。
 そんなもんに当たるほど温いつもりもない。

 ソーサーを投擲したままの右手を、鼻の下、喉、鳩尾目掛けて繰り出される拳突きに合わせ、くるくるくると手首だけでいなす。
 力の篭った突きをそのまま流され、体の泳ぐ人影。
 未だに残したままの右手を掌に固め、その鳩尾へ…はやめて、柔らかく量感満点であろう胸元に目掛けてわきわきと突き出す。

「ぐぁっ!?」

 がすっ! と、俺の右手に突き飛ばされつつも、道場奥の暗がりに逃げ込む人影。
 つか、がすって…むにょんでもなければ、ぺちょんでもなかったぞ?

 なんだよ男かよ! ヤル気減衰だよ!!

「ちぃっ! 期待させやがって! 何者だ怪しい奴めがっ!」

「怪しいのはテメェの方だろうが不法侵入者っ!」

 俺の誰何の声に叫び返し、暗がりからぬっと現れたのは…陰念?

「不法侵入者とは聞き捨てならん。俺はちゃんと声を掛けたのに、誰も出てこなかったから這入ってきただけの一般ぴーぽーだ。あと入門希望!」

「ざけんなよ…一般人が俺の突きをあんな軽々とあしらえるわけねぇだろ…」

「いや、通信教育の合気が役に立っただけですよ?」

「ふざけるな」と苛立たしげに叫び、咳き込んで胸元を押さえる黒胴衣の男。
 わざとつけたとしか思えない全身の傷痕が目立つ彼。名を陰念。
 白竜GS所属で魔装術も使えるはずのナイスガイだ。

「なんにせよ、テメェはどうやら俺より強い…しかもここに入門するか…」

「おう、入門希望だ。エロいねーちゃんが師範だと聞いたぞ」

「それは嘘だな。そんなもんはここにゃいねーよ。いるのは禿たじじいだけだ。」

「オカマとマザコンは?」

「……いる。知り合いか?」

「いいや」

 むぅ、どうやらエロエロ展開は無しの模様。
 いま居るのはチンピラとオカマとマザコンだけか。あと禿と有象無象。
 ぶっちゃけヤル気でねーというより、先行き不安。
 最強の童貞、二度目の爆誕だけは勘弁願いたい。

「おい…おまえ、名前は?」

「ああ…横島。横島忠夫だ」

「横島、か。おまえ強いな。霊能力者か」

「一応な。GSの運営する道場に入門希望で来てるんだからな」

「…そうだな」

 何故かしょんぼりする陰念。何故さ?
 いまの会話の何処にしょんぼりポイントがあったというのか。
 しょんぼり陰念は「今は俺しかいねぇ。禿が帰ってくるまで待ってろ」と、道場の入り口から外へと消える。
 ちょっと気になるが、若い子の悩みなんて、精神ジジイの俺にはわからんので放置。
 魔装術の使えないナイスガイを追って、入門者の生活の場である母屋へ向かった。







「まぁ、飲め」

「ん」

 勧められた茶を啜りつつ、ちらちらと陰念の様子を窺う。

 …近い。ぶっちゃけ近すぎる。
 奴と俺の距離は目算で三十センチ。
 何故こんなに近いのか。隣で悩ましげな様子の男に訊くべきか?

 下手なことを訊くと薮蛇の予感がする。
 仕方なく、並んで母屋の縁側に座り込んで、仲良く茶を啜る。

「なぁ…横島」

「な、なんだい?」

「俺の名前は陰念っていうんだ」

「そ、そうか…」

 間が持たない…。
 それ本名? とか訊いた方がいいのか?

「なぁ…横島。ちょいと訊きたいことがあるんだが」

「彼女ならいますよ?」

 嘘だけど。
 交際の申し込みをやんわり断るにはこれがいいって、愛子が言ってた!

「いや、訊いてねぇし。俺が訊きたいのはよぉ…れ、霊能力ってのはどんな感じかってことだよ…」

「んあ? どんな感じって…どういう意味だ?」

「いや、だからよぉ…霊能力が使えるってのは、どういう感覚なのか、知りたくってよぉ」

 ? …あ、ああっ! そうか! そういえばこいつ、霊能力使えないんだった!

 いや、正確には「今はまだ使えない」んだ。誤解すんなよ?
 陰念の霊能力が目覚めるのは、どうやらメドーサに魔装術を教わってからだったらしいのだ。
 事実、俺が前に白竜寺を乗っ取って、メドーサに会わなかった時は、陰念は霊能力を使えなかった。
 そのうえ、才能が無いってんで、白竜寺を辞めちまったんだ。

 いや、すっかり忘れてた。

 それまでGS試験で出会う度に「なんでこの子こんな落ち着きないんだろーか…」とか思ってたんだが、ようするに霊能力に目覚めて調子に乗ってたんだよ、こいつ。

「な、なぁ? やっぱり霊能力の使えないヤツがこんな場所にいるのは、場違いだと思うか?」

「うぇっ!? い、いやそんなことないぞ?
 最初から霊能力を使えるヤツもいれば、修行して身に付けるヤツだっているだろ。
 別におかしなことじゃない…と思う。」

 それまで居心地悪そうに体を揺すっていた陰念が、「そ、そうかっ! そう思うか!」と、厳ついチンピラ顔を輝かせて喜ぶ。

「いやぁ〜、やっぱり強いヤツは違うぜ。ここで修行してるヤツらは、みんな真逆のこと言いやがる…霊能なんて最初から使えるヤツの方が、本当は少ないんだぜ?」

「ああ、うん。らしいな」

 思わず適当に相槌打っちゃったが、これは本当のことだ。
 有名なGSは生まれつき霊能力を使えるヤツが多いが、全員がそうってわけじゃない。 事故に遭ってとか、何かの拍子で前世の記憶が〜とかいうパターンだってあるし、陰念みたいに修行で身に付けようとするヤツも多いのだ。

「だってのに、ここの奴らは俺が霊能力を使えないってだけで見下しやがる…
 そんなに霊能力者が偉いのかってんだよ…くそ、何様のつもりだ…」

 悔しげに俯く陰念。霊能道場でそんなこと言われても…

 まあ、気持ちは分からんでもない。
 霊能の無いこいつは、しょぼい霊能があるってだけの弟弟子連中にすら馬鹿にされていた。霊力無しでも体術はかなりのものだったのに。
 現に、さっき道場で襲われた時の突きは、中々のもんだった。
 この頃なら、雪之丞相手でも通用しそうな動きだった。
 適当にあしらえたのは、俺が人生ウン百年ウン千年繰り返してる怪物くんだったからだ。

 まあ、雪之丞相手に常識は通用しないから、本当に当たるかどうかは保障しかねるが。 俺の殺されたランキングのトップ3に入るからな、あいつは。ちなみに二位が美神さん。

「いやぁ〜…でも霊能力が使えないと、こういった霊能道場ではきついんじゃないか?」

 ぶっちゃけ、その体術を活かして格闘技大会にでも出た方がいいと思いますよ?

「…わかってる。だが、俺は俺を馬鹿にしやがった奴らを見返したい。そのためなら何だってやる。どんなことにだって耐えられる!」

 陰念の目の奥に灯る暗い怒り。
 むぅ、病んでおるな。小僧。

 こいつのこういう面は、魔族には恰好の餌食ですなぁ。
 メドーサの手駒になってたのも頷ける。

「…そうか。まぁ、おまえの人生だ。
 後悔の無いに越したことぁねーからな…一応、応援しておく」

 俺と違って一回しかない人生だし、一生懸命に間違うのもいいさ。
 何度でもやり直せる化け物が口出すことじゃねーわ。

「あ、ああ…ありがとよ。
 …それと、すまねぇな。つまらねぇ愚痴聞かせちまって…なんか、話しやすくてよ…」

「気にすんなよ。偶にはこういう役回りも悪くないさ」

 照れる因縁に、裏表を感じさせない作り笑いで応じる。
 物識り仙人ごっこは随分前にやったけど、こういう人間臭い悩みは聞くのは本当に久しぶりだったから、面白かった。
 面白いこと、知らないことってのは、常に他人の中にしかないんだよな。長生きすると。


 …なんか、陰念の人間臭いところ見たせいで興が殺がれたな。帰るか。

「日も翳ってきたことだし、責任者帰ってこねーし。面倒だけど出直すわ」

「ん、そうか。悪かったな、俺のせいで時間取らせて」

 申し訳なさそうな陰念。なんか、珍しいものを見た気がする。

 例の長い石段に通じる門に足を向けていた俺は、肩越しにひらひらと手を振って応じる。
 ああ、そういえば聞き忘れていることがあった。
 振り返り、湯飲みを片付けようとしていた陰念に訊ねる。

「…なぁ、責任者の禿とかマザコンとかオカマは何処行ってるんだ?」

「えぇ〜と、たしか人に会うとか言ってたぜ?」

「誰に?」

「そこまでは知らんが…ああ、そういえば大金がどうの術がどうの言ってた…かも」

 ああ、金か。そうか、責任者の禿もグルだったのか。
 乗っ取った時も、あまりに酷い経済状況に「資金繰りはどうしてたのかな〜?」と思ったけど、こういう流れだったんだ。

「ふ〜ん…じゃ、来週の日曜日くらいに、また来るわ」

「ああ、じゃあ禿にそう伝えておくぜ」

「頼む」

 来週の日曜日。
 その頃なら、たぶんもういるだろう。
 あの乳…いや、メドーサが。

 今度こそ陰念に別れを告げて、茜射す石段に足を踏み出す。

 なんか、当初の予定とずれてきたなぁ…最初はメドーサに取り入ってスパイごっこの予定だったのに。
 いつのまにか普通に入門することになっちゃったけど…別にいいか。
 あ、でも事務所どうしようか……やめるか、この際。

 敵同士で美神さんとやり合うってのも、意外と楽しいからな。

「でもおキヌちゃんが泣くんだろーな〜」

 それだけが心配だわ、ほんと。


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