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山の上と下

22 山の麓、再び・中編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/12/24

主な登場人物 2

犬塚志狼(シロ)
十代前半、人狼の少女。消息不明の父親を追ってオロチ岳に。

犬塚万作 志狼の父。
 人狼としても相当に高い能力の持ち主だが今は死津喪比女の”僕”とされている。

野須 ご隠居を追ってきた一団のリーダー。”腕”は一応あるが”人物”は二流。

田丸 野須の部下で実質的なリーダー。
 霊力を持ち属する藩では人外改めを務めているらしい。管狐という式神を使う。

大河(の)寅吉
 二十代前半の大男。オロチ岳麓の宿場(氷室神社近辺)を縄張りとするヤクザ(兼自警団)『寅吉一家』の親分。”神隠し”の解決を智恵に依頼。

”一文字”摩利
二十代前半、寅吉の妻。寅吉と『一家』を支える。

死津喪比女(の”娘”)
成長に必要な養分を手に入れるため”僕”を使うなどして多くの人を攫う。


22 山の麓、再び・中編

涼たちが麓に着いたのは時節柄早い日の出とほぼ同じ頃であった。

近づく気配に扉が開くと智恵が、少し遅れて仮眠中だったらしい加江が出てくる。

 二人の出迎えた二人に目敏く気づいた横島は加江に向かって助走をかける。

‘私? 甘く見たわね!’鞘ごとの刀で迎え撃とうとする加江。
 次の瞬間、その動きの速さが尋常ではないことに気づいた。

 振りかぶった時には内懐に入られ無防備なっている胸に顔が押しつけ‥‥

「うぉぉーー! やっぱ”生”は柔らけぇ〜!!」「いっ! ーーやぁぁーー!!」
思わぬ戦果に上がる盛大な雄叫びと予想外の展開に上がる引きつった悲鳴。
そこに ぐわしゃ!! と体が地面に叩きつけられる音が被さる。
 半呼吸分、間に合わなかった一撃が横島を捉えた音だ。


「ひでぇもんだね、こりゃ。いくら”不死身”の忠さんでもちーぃっとばかし危ないかもな」
飛びかかる寸前に顔を出したご隠居は目の前の惨状にそうつぶやく。もっとも苦笑の混じりの顔には地面で痙攣する青年への心配は欠片もない。

ちなみに、痙攣するほどのダメージは直後に加えられたれいこの一撃−記憶から今の結末を叩き出すかのようなキツイ一撃−のためだったりする。

「何でいつもより速かったのかしら」と紅潮した顔でつぶやく加江。

その言葉を耳にしたご隠居が訳知り顔に、
「助さんの胸元が原因じゃねぇのか。サラシをつけていない上に寝起きで襟のところが緩んでるだろ。並みの男でもそれに気づきゃ煩悩に火がつくさ。まして忠さんなら、五割り増しに”力”が出たって不思議じゃねぇって」

「えっ?!」胸元に目を落とす加江。
 確かに言われた通りで、襟元から双丘の曲線が半分ほど見える。赤い顔をさらに五割増しにして胸元を整える。

「待てよ! 忠さんの力がそういうことで増すんだったら智恵の姐さんが生の乳を背中に押しつけりゃ少々の化け物・妖怪にだって勝てる‥‥」
そこで口を濁すご隠居。女性陣の冷たい視線が集まったためだ。

ほどなく、
「あれ! 俺、何で倒れてたんスか?!」と間の抜けた台詞で甦る横島。
本気で倒れた理由を失念したようだがそれを思い出させようとする人間は(もちろん)いない。

 これで”挨拶”は終わりと一同は別れてからの話に入る。



「それにしても”神隠し”を引き起こしていたのが死津喪比女とはねぇ」
 驚きの大きさをどう表情をすべきか判らないというようにご隠居は首を振る。
「話じゃ死津喪比女は百年前に封じ込められたってことだが、何かの拍子に甦ったってことなのかい?」

「それについては何とも」
 向けられた問いに智恵は判断材料が少ないと答えを留保する。
「ただ、当時の死津喪比女は地脈を操り地震や噴火を引き起こせるほどの強大な地霊だったそうです。それを考えれば、同じ名で似た姿と言っても百年前とは異なる死津喪比女かもしれません」

「それはあるか」実感として同意する涼。
「ちまちま人を攫ったり俺にやられかけたり、強ぇ妖怪にしちゃあ安っぽいからな」

「ふ〜ん」涼の言葉にご隠居は気の乗らない相づちを打つ。
『強大な地霊』とやらをの方が面白いのにというところか。
「けど、まったく無関係って事もないないんだろうが‥‥ その百年前の件、もうちぃーと詳しく聞きてぇんだか?」

「残念ながら」智恵は言葉通りの感じで首を振る。
「百年前についてはその名の妖怪が封印されたというぐらいしか知らないのです。どうも施術をした者が他者なり後世の者の手出しを嫌って諸々の事情を隠してしまったようです」

「まっ、聞きつけたバカが好奇心から封印を破る話はよくあるからな」
もっともらしいことを言うご隠居はに涼と加江のジト目に気づき苦笑いで応える。自分が『封印を破る』方なのは自覚している。
「そういや、こうした封印なんかにはそういう事に備えて”守り役”なんかが置かれるって聞いたんだが?」

「ええ、たぶんそうした役割を継承する者がいるはずで百年前の事も知っていると。できればその人を見つけた上で次の行動を決めたいところなのですが‥‥」

「看板を出しているわけじゃないから捜すとなると”骨”だってことか」
ご隠居は言い淀んだところを補足する。

「そういうことです」と智恵は妙案はないと肩をすくめる。


 話は死津喪比女から峠の幽霊−おキヌに向かう。

ちなみにここにおキヌの姿はない。夜明けが近づくにつれ少女の意識と姿は薄れ、日の出を前には完全に消えてしまった。消える前に確かめたところ、それが普通で日が沈めば峠辺りで意識と姿が戻るとのことだ。


「その娘のことで何か気づいたことは?」一通り聞き終えた智恵が娘に尋ねる。
除霊師としての判断ということだろう。

「そうね。前の話でも出たんだけど、彼女はどうも少しずつ成長しているようなの」
 れいこはそう結論づけた上で峠を下る道すがらに聞いたところ要約する。

 それによれば彼女が自分を意識し始めたのが三十年から五十年前。

 最初、深更のほんの短い時間だけあった”意識”が時間とともに少しずつ伸び、今では夜の間は意識を保っておけるそうだ。関係して、最初の頃、夜に峠を越える旅人の側にいても気づく者がなかったのが、最近は普通に気づいてもらえるようになったとのこと。

「そのことでちょっと思ったんスが、時間が経つほどしっかりとしてくるってことは、この先、おキヌちゃんが、物に触れたりさわったるできるようになるってことは考えられませんか?」
横島はおキヌと”美神”のやり取りの中で思いついたことを尋ねてみる。手がすり抜けた時の寂しそうな顔は忘れられない。

「それは考えられるわね。今の成長が続くとしてだけど、あと百年もたてば昼間が平気、自分の手で物を動かせる幽霊になるんじゃない」

「『あと百年』ですか‥‥」そこで言葉を切ると横島は肩を落とす。

そんな横島に代わってご隠居が、
「それで成長している理由なんだが、何か心当たりはあるのかい?」

「思いつく理由は幾つかあるんだけど、解らないことが多いから何とも言えないわね」

「『解らない』ってぇのは?」

「例えば、どこで死んだとか何で死んだとか。おキヌちゃんってその辺りのことを何も覚えていないから絞り込めないのよね」

「記憶がないのですか?」と加江。

「そうみたい。覚えているのは自分の名前に‥‥ あと何だっけ‥‥ そう、子守歌ぐらいだって」

「それだけしか覚えていないって‥‥ なんだか寂しいですね。智恵様、幽霊になると生きている時の記憶はなくなるものですか?」

「そういうことようですね。生から死そして転生、魂にとり以前の記憶は夢と同じと言われています」
 それが”世の習い”と智恵はしんみりと答える。
「まあ、記憶があれば良いということでもありませんからね。悪霊の多くは残ってしまった記憶に縛られた魂のなれの果てですから」

「なるほど、憶えているから”迷う”ってわけか。だとすると忘れてしまうのも良いことかもしんねぇな」
忘れたい記憶があるのか、ご隠居が半ばうらやましそうな相づちを打つ。

「まあ、おキヌちゃんの場合は忘れたというより(魂が)まだ目覚めきっていないって感じだけどね。これから成長していくと思い出すこともあると思うわ」
れいこが感じたことを付け加える。

「今の話だとそれも良いやら悪いやら。事情はどうあれ、あの娘はこれから”花も実も”って身で命を失ったんだろ。それを思えば俺たちがあの娘のことをあれこれ穿鑿するのも考えものかもしれねぇぜ」

うなずき合い涼の言葉が正しいことを認める一同。



御堂の扉に隙間を作くる横島。
 話の中で世話になった人狼の少女が怪我を負って休んでいると聞いたので、様子を見ておこうと思ったからだ。覗き込んだところで首を捻る。

 シロが眠っているはずなのに誰もおらず、白い毛並みの犬が寝そべっているだけだ。

「なるほどね!」れいこの声。横合いからのぞき込んでいる。

「寝ている犬を見て何が『なるほど』なんですか?」

 横島の声が聞こえたのか”犬”は目を覚まし低くうなる。

怯む横島にれいこは苦笑しながら、「犬扱いされたことを怒ってるわよ」

「へっ? でも犬は‥‥」
 『犬でしょう』と続けるところを再び威嚇され横島は口をつぐむ。

「よく見なさい! 頭が赤毛で前半身にサラシが巻かれているじゃない。あれがシロ、正しくはシロの獣としての姿。怪我を負った上に朝になったんで人の姿を取ることができなくなったのよ」

「へ〜え、そういうことがあるんスか」
 やや間の抜けた顔で感心しつつ横島は少女に怒る気力があることにホッとする。

「せっかく覗きにきたのに美少女の寝姿じゃなくて残念だった?」

「まさか! いくら女の人でも子どもを覗いたんじゃ丸っきりの変態じゃないですか!」
皮肉られているだけなのは判るが、自分の中ではきっぱりと分けていることなので一言言っておく。あらためてシロに向かうと、
「親父さんの件は聞きました。俺が何の役に立てるか分かりませんが、できることがあったら言ってください。何でもやらせてもらいます」

シロは目で『かたじけない』と応え眠りに戻る。



日が高くなり朝とはいえなくなった頃、

 (手狭さと見張りのため)外で仮眠を取っていた智恵それに涼は大人数の近づく気配に目を覚ます。
 それは二十人ほどの一団で、大半は旅人だが摩利を筆頭に寅吉一家の三・四人ほどが加わっている。


「よっ! 姐さんに兄さん方、無事そうで何よりだ」
 摩利は引き連れた旅人たちに小休止を告げると智恵たちのところに来る。

 それまでに加江とご隠居が起きてきた。なお、れいこと横島は寝入ったままだ。

「おかげさまで」代表して智恵が挨拶を返す。
「見たところ旅の方々の”見送られる”ようですが、姐さん自らとはごせいが出ますね」

「おうよ! これも稼業って奴でね。”神隠し”のケリがつくまではやめられねぇや」
 と威勢良く答える摩利。

 余計な不安を煽らないように目立たなく着こなしているが鎖帷子に鉄片を縫い込んだ籠手脛当て。杖代わりに手にしている木刀と併せて”討ち入り”の一つもこなせそうな出で立ちをしている。もちろん乾分も同じだ。

「それにあんたたちの様子も見たくてさ。いきなり”神隠し”遭っちまってお陀仏ってこともあるからな」

からっとした憎まれ口にご隠居が、
「お生憎! 俺たちゃそんな間抜けじゃねぇよ。やられるどころか、やっていた妖怪に痛い目に合わせてやったんだぜ」

『ほう?!』という顔の摩利にご隠居が講釈師よろしく全てを見てきたような名調子で昨夜の出来事を語ってみせる。


「いや〜 さすがだねぇ! 姐さんにしても兄さんにしてもこっちが見こんでいた以上だね。頼んだあたしたちも鼻が高いってモンよ」
 最初、半信半疑だった摩利だが嘘ではないと判ると賞賛を言葉に込める。その後、ふと顔が曇ると、
「そこまで追いつめたんなら、いっそ一気に終わらせて‥‥ って、悪りぃ! こいつは愚痴だ、忘れてくんな!」

「なに、あんたの立場ならそう思って当然だ。詰めが甘いと言われりゃ一言もねぇ」
「ええ、今から思えばもう少しやりようはあったのは確かですし」
気にしないようにと涼と智恵。終わらせることができた選択肢はあった思う。

「まっ、昨夜はとにかく出会い頭だったから仕方ねぇや。上を見れば切りはないし”神隠し”が何なのかと倒せねぇ相手じゃねぇと判ったことで良しとしおうや」
ご隠居がうまく話をまとめる。

「そん通りだ! さすがに長く生きている分だけ良いこと言うぜ!」
 摩利はそう言うと腰のひょうたんをはずし詰めを抜く。
「まずは昨夜の勝ちを祝わせてもらうぜ!」と一口あおる。

 詰めを抜いた瞬間に”来た”臭いから中身はご自慢の強精酒であろう。

(幸いにも?)”祝い酒”を他に勧めることもなく、
「それで、これから死津喪比女を追い込んでいくんだろ。こっちで手助けできることはねぇか? 何だって手伝わせてもらうぜ」

「その言葉、さっそく甘えて何なんだが、山に詳しい人を紹介してくれねぇか?」と涼。
「おキヌって幽霊が妖怪の住処を知っているらしくてね。そこに行く目印とか方角は教えてもらったんだが土地勘がないから今ひとつ良く解んなくてよ。場所を絞るのに知恵を借りてぇんだ」

「ならウチの人が良いよ。ああ見えても元は猟師でね。オロチ岳は庭みたいなものなのさ。人集めを頼みに近在を回ってからこっちに来るはずだから昼前には会えるだろうぜ」

「そいつは好都合だな」涼は頭の中でざっと計画をまとめる。
コトが順調なら日のあるうちに住処の場所を確かめられる。昨日の今日で引き払われた可能性も高いが、それでも追うための手がかりは得られるはずだ。
横を見ると智恵が同じような顔つきで思案している。思うところは同じなのだろう。


 旅人を促し出発した摩利だが足を止めると見送る一同の前に戻る。
「ちょっと思い出したんだが峠の幽霊はキヌっていうのかい?」

「そう名乗っていたそうだが、それがどうしたんだ?」
 唐突に出た名前にご隠居が怪訝な顔で応える。

「その名前に聞き覚えがあってね。まあ、『キヌ』って名前はありふれたとは言わねぇが割とよくある名前だから、たまたま同じだってだけかもしれねぇんだがよ」
摩利はそう予防線を張ってから、
「先代からの又聞きでなんだが、この界隈が暮らしていけるのはキヌって人が命を投げ出してくれたおかげだってことなんだ」

「そいつは耳寄りだな! もう少し詳しく聞かせちゃくれねぇか?」

『もちろん』と摩利は一つうなずき、
「なんでも、先代が子供ん時、氷室神社ができて五十年だかの祝いがあって、そこでそんな話があったらしい。話をしたのは創建した宮司の嫁様で、嫁様が娘の頃の出来事だそうだよ」

「待ってくれよ!」ご隠居は記憶の糸を辿るように眉根を寄せる。
「二十年ほど前、この辺に来た時、神社の大婆様が九十幾つかで亡くなったって聞いたんだが‥‥」

「その人が話の『嫁様』だ。あたしが生まれてすぐ頃に死んだってコトだからな」

「とすると、キヌって娘さんが命を投げ出したのはざっと百年ほど前‥‥ その百年ほど前にこの土地で死津喪比女が封じられたんだよな。さらに、その嫁様が知っているってことはキヌって娘が亡くなったことに氷室神社は関係しているだろうし、そこは”神隠し”の死津喪比女が敬遠している場所‥‥」
言葉に出して思案を進めるご隠居。拳で一つ掌を打つと、
「少し休んだら氷室神社を行ってくるぜ! さっきの『穿鑿』云々はあるんだが、オイラの”勘”って奴が神社を調べてこいって言ってるもんでね」



昼前、加江を供にご隠居が氷室神社に向かったのと入れ違えに寅吉が三人ほどの乾分を連れやってくる。十分な食料を用意してくるあたり相変わらずの気配だ。

これまでのことを聞いた寅吉は食事の用意を乾分に任せ涼から妖怪の住処を聞く。しばらく考え込んだ後、地面に描いた山絵図の一定の範囲を枝でなぞる。
「おキヌという幽霊が案内しようとした場所はこの辺り一帯のどこかのようジャ」

「さすがだ‥‥ とはいっても、この範囲でも十分に広いな。もう少し絞れねぇかい?」

 涼の問いを予想していたらしく寅吉はすぐに地図の一点を示し、
「ふさわしい場所を一つあげるとすれば、ここ”逢魔ヶ谷”と思うとります」

「”逢魔ヶ谷”って不気味な名前がついているのね」
 大人達の間からのぞき込んだれいこが嫌そうな顔をする。さらに斜め後ろの横島も字が解るのか顔の血の気が引いている。二人とも寅吉の来る少し前に起きている。

「元は山で暮らす者と里で暮らす者の取引をする所で、数軒の家があったんジャが、百年前の騒動の時に、死津喪比女に襲われ皆殺しにされたそうです。その後の山焼け(噴火)で道が塞がれたこともあって、誰も寄りつかずその名前で呼ばれるようになったと聞いとります」

『当たりだな』と涼が口を開く前に智恵が、
「当たりでしょうね。たぶんそこが住処と思います。渥美様、一度そこを見ておきたいのですがおつき合い願えますか?」

「いいだろ」と涼。同じ提案をするつもりだから嫌はない。

「なら、ワッシに案内をさせてつかーさい。山では案内がいるかいないかでずいぶんと違いますケン。それに谷への間道も知っとります」

「それはありがたい話ね。親分、期待してるわよ!」
 二人が答えるより早くれいこが寅吉の申し出を受ける。不敵な笑みを湛えると、
「そうだ! お母さん、そこが”当たり”だったら片づけようよ。死津喪比女もシロの親父さんも昨夜のことで弱っているはずだし、お母さんと私でも十分なぐらいだわ」

娘の言葉に智恵はちらっと涼を見る。

 娘がこの件を機会に一人前と認めてもらおうとあせっていると耳打ちされている。聞いた時は『まさか?』というところだったが、今の台詞はそれが正しいことを示している。

少しためらうが表情を引き締め、
「れいこ、シロちゃんの面倒を見て欲しいから横島クンとここに残りなさい」

‥‥ 母の指示にきょとんとするれいこ。その後、猛然と、
「私が留守番?! どうして? 今までは何時だって一緒だったのに!」
そこで涼を睨むと、
「まさか、私より格さんが頼りになるって思っているの? 格さんなんかの素人よりも私の方がずっと役に立つのは、お母さんなら知っているはずよ。昨夜だって一撃を与えられたのは私がいたからで格さんは何もしてないじゃない」

「れいこ!」最後の一言は聞き逃せないと智恵はたしなめる。

「だってホントのことでしょ! そりゃあ、格さんの”腕”が凄いことは認めるけど、お母さんの”隣”はずっと一緒にやってきた私の方が相応しいはずよ!!」

‘なるほどねぇ’涼は少女が感情的な理由を察する。

今までの一人前と認めてもらいたいという欲求に加え、(当人は意識はしていないだろうが)ライバルが”現れた”ことへの焦りだろう。
今まで、母親の”隣”に立てるの”力”を持っているのは自分だけだったのが自分に匹敵・凌駕する人物が現れたというわけだ。

一方、智恵は娘の反発にも表情を変えず、
「前にも言ったように仕事での我が儘は許しません。それに世話は横島クンとしても手当ができるのはあなただけでしょう。きっちりと手当をすれば、夜には歩けるように明日には戦えるようになるはず。私たち取ってそれがどれほど助けになるかは言わなくても判るわね」

 言ったことは正しいと思っているようでれいこは言い返さず、
「判ったわよ!」とだけ言って御堂の方に立ち去る。


「今ので良かったのかい? 娘さんなりに色々と感じていることは知っているんだろ。もう少し話を聞いた上で納得させた方が良いような気がするんだが」
 涼は声を低め尋ねる。

「それは判っています。しかし日の暮れる前に谷を見ておきたいですからね。それから逆算すれば余計なことに費やす時間はないでしょう」

 『余計なこと』だろうかと思わないではないが、時間的には言うとおりだし親子のことにあれこれ言うのも趣味ではない。軽く肩をすくめて了解したことを示す。



御堂に籠もったきりと思っていた娘だが、これから出ると声を掛けると決まりの悪そうな顔だが出てくる。

拘りはありそうだが智恵は出てきてくれたことに安堵する。さりげない言葉遣いで、
「そうそう、摩利の姐さんがここを通った時一緒に宿場に戻っておくようにしなさい」

昨夜、死津喪比女一党には少なくない損害を与えているから大人しいと思うが、それでも山の縁にあたるここはどちらかといえば相手の勢力圏、昼間はともかく夜に至れば仕掛けてくる可能性はゼロとはいえない。

 ただ、できればその状況判断を説明せずに済ませたい。知れば『なら、待ち伏せ!』と娘が言い出しかねないからだ。

「‥‥ うん、お母さんがそう言うのならそうする」

 一瞬の”間”に内心で身構る智恵だが、あっさりと同意する娘に緊張が弛む。その隙のため娘が浮かべた微かな笑みを見逃してしまう。


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