椎名作品二次創作小説投稿広場


第三の試練!

〜依頼者は選択肢と共に〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:06/11/20

「ああ、もうこんな時間なの? 遅くなっちゃったわね。」

 右手に大きめの買い物袋を抱え、左手で車のドアを閉めた後、美智恵はその腕に着けていた時計を見ながら呟いた。
 令子の呪毒の解決策を探す為に令子の事務所に来たものの、あの羽根についてろくに調べられないうちにGメンからの要請が入ってしまった美智恵は、已むを得ず一旦事務所に引き返していた。
 育児休暇中の非常勤顧問と言う立場ではあるものの、高度なトラブルが発生するとどうしても駆り出されてしまうのが現状だ。
 皆に頼りにされているのはありがたい事ではあるけれど、逆に言えば組織として層が薄いとも言える。西条一人ではフォローしきれない今の状態は早いうちに何らかの手を打たなければならないのかもしれない。

(優秀な人材の確保、か。除霊よりもよっぽど難しいわね。)

 令子の事務所のドアを押し開きながら、美智恵は今後の課題を慮り軽く眉をしかめた。

(まあ、それでも当面の問題は令子よね。幸い小竜姫様とヒャクメが力を貸してくれてるから、希望の光は見えてきたわ。)

 自分と入れ違いで事務所に入ってきた神族の二人。美智恵はGメンに戻る前に手短に自分たちが掴んでいる情報と推測を二人に伝えていた。
 あの羽根は恐らく彼女達の上司に縁のある物のはずだから、少し調べればきっと何か分かるはず。そう考えると美智恵の心中は僅かだが軽くなった気がした。

「みんなー、ゴメンねー遅くなって。お夕飯の材料買ってきたからそろそろ・・・。」

 皆が居るはずの事務所のドアを開け、少しわざとらしい程に明るい表情を作る。だが、その美智恵の言葉は最後まで発せられなかった。

「ど、どうしたの?」

 思わず言葉をこぼした美智恵の瞳に映ったのは、モニターを眺めながらさめざめと泣く神族の女たちであった。

「ううー、知っているなら始めからちゃんと教えて欲しかったですねー。」
「ろ、老師にどう申し開きしたらよいのか・・・。」

 がっくりとうなだれた二人に戸惑いながら、美智恵は訳が分からない、といった顔で令子に視線を送った。
 それを受けて、令子が苦笑いで答える。

「なんかね、神族の上司にばれちゃってたんだって。・・・もしかして、これって関係あるかな?」

 なんとなくばつが悪そうにしながら、令子は引出から金色の孔雀の羽根を取り出すと、それを指先で摘んでくるくると玩んだ。

「あ、あーーーーー!」
「そ、それは!」

 令子の指先でキラキラと回るその羽根を見て、小竜姫とヒャクメは驚きと共に半ば憤慨したような表情で声を上げた。

「え、え、な、何?!」

 二人の豹変振りに思わず戸惑い、無意識に防御姿勢を取りつつ令子が目を丸くする。彼女たちの瞳からは『何故それを先に言わなかった』と無言の抗議がひしひしと伝わってくるのを感じる。

「ちょっとー! 酷いじゃないですか美神さん! それさえ先に見せてくれてれば、この件には首を突っ込まなかったのにー!」

 そうすれば、お仕置きを受けるのは小竜姫だけだったのにー、とヒャクメがぽろっと本音をこぼした。
 そんな思わぬヒャクメの裏切りに、小竜姫はショックのあまり意識が少し飛んだ。

「ちょっと待って。結局、これは一体何なの?」

 混乱する二人を制するように、令子と美智恵は同時に金の羽を指差し、声を揃えて二人に問うた。
 令子と美智恵の牽制するような鋭い語気に少し落ち着いたのか、ヒャクメは少し背筋を伸ばすと小さく溜息をついて答えた。

「それは、孔雀明王様の“印”であり、“鍵”でもあるものなんです。
 それが美神さんの手にあるという事はつまり、今回の大蛇の一件は孔雀様が受け持ったって事ですねー。」
「“鍵”というのは我々が孔雀様に直接回線を開く時に必要なんです。
 基本的にはあのクラスの神族に対して、定められた場所以外で軽々しくコンタクトを取る事は禁じられていますから。」

 ヒャクメの言葉を継いで、冷静さを取り戻した小竜姫が付け加える。それは美智恵の推測を裏付ける言葉であった。

「つまり、令子と横島君を救ったのは孔雀明王であり、尚且つその印を残したという事は・・・。」

 美智恵がこれまでの経緯とその回答を繋ぎ合わせ、その上でその次の答えを紡いでいく。その答えを繋ぐ形で小竜姫が口を開いた。

「孔雀明王様が今回の全てを知っておられるという事です。それに、孔雀明王様はこの世のあらゆる毒を浄化できるお方です。
 それなのに何故美神さんの体の毒を残したのか、その理由もきっと何かあるのでしょう。」

 そこまで言って小竜姫は口をつぐんだ。その言葉を隣で聞いていたヒャクメが何かに気が付いた表情を作る。

「あれ? でも回線の番号を横島さんの霊体の中に記したって事は・・・、私以外にはそれを見る事は出来ないはずよね?」
「そうですよ、ヒャクメ。元々、貴女も込みで孔雀明王様は計算されていたようですね。」

 今回の件は初めから自分も巻き込まれている、という事に気が付いたヒャクメの顔を、小竜姫はニヤニヤと眺めながらそう答えた。

「“旅は道連れ”ですよ、ヒャクメ。」
「うわーん、“世は情け”が抜けてるのねー。」

 小竜姫もだいぶ腹黒くなった。令子は二人を少し離れた位置で眺めながら、ふとそんな事を思った。










「通信回線壱萬八千五百六拾弐番、開放。回線状況問題なし・・・と。それじゃ美神さん、その羽根を貸して欲しいのねー。」

 ヒャクメが普段見せないような真剣な表情で端末装置と向き合いながら、令子の方に視線を向ける事無く言った。
 令子は椅子から立ち上がるとヒャクメの横に立ち、モニターを覗きこみつつヒャクメに羽根を手渡した。

「ありがと。・・・これで良し、と。」

 羽根を受け取ったヒャクメがその羽根を端末のスリットらしき隙間に差し込むと、モニターに映し出された画像が、めまぐるしく表情を変えていく。
 暫くすると、モニター上で変化していた画像が停止し、それと同時に室内が異様な霊圧に包まれた。

「凄い・・・。なんて強い霊波なの・・・。」

 異様な感覚に戸惑いながら、美智恵が呟いた。この事務所自体が、まるで完全に周囲の空間から切り取られたような気がする。その証拠に近くの開けられている窓に近づくと、外界の音が完全に遮断されている事が分かる。

「あ・・・れ? なんかこの感じ・・・前にもあったような?」
「み、美神さんもですか? 私もなんか身に覚えが有るような無いような・・・。」

 令子とおキヌはお互い既視感を感じながら顔を見合わせ、美智恵と同じ感覚を味わっていた。

「しー! 静かに。繋がりますよ。」

 そんな三人を制するように、小竜姫が声を上げた。その言葉の直後に、事務所の所長机の上にぼんやりと何かの輪郭が滲むように現れ始めた。
 それは一羽の孔雀だった。輪郭は時間と共にはっきりと浮かび上がり、始めは鈍い緑だった羽は徐々に光沢を放ち始める。
 時間にして一、二分程度だろうか、ついにその姿が完全に机の上に現れた。
 同時に小竜姫とヒャクメの二人の体が硬直し、その孔雀に対して不動の姿勢を取った事に令子は気が付いた。

「ご苦労でした、小竜姫、ヒャクメ。」

 事務所内に現れた孔雀はおもむろに室内をゆっくりと見回し、全員の顔を確認してからゆっくりと神族の二人に労いの言葉をかけた。
 小竜姫とヒャクメは直立不動の姿勢を維持したまま、孔雀の言葉に小さく返答を返す。二人の表情はどんよりと曇り、先程までの明るさは完全に失われていた。

「し、失礼ですが・・・あなたが孔雀明王様・・・なのですか?」

 暫くの沈黙を破って、不意に美智恵が切りだした。
 机の上の孔雀と小竜姫たちのやり取りとその空気から察するに、どうやら間違いは無さそうではあるのだが、いかんせんどう見てもただの一羽の孔雀にしか見えない。空間自体が今は異常な状態であるせいか、孔雀そのものからはそれほど強烈な霊波も霊圧も、美智恵には感じる事が出来なかった。

「貴女は・・・美神令子の母親、美神美智恵ですね?」

 美智恵から投げかけられた質問には敢えて答えずに、目の前の孔雀はゆっくりとその尾羽を広げながら逆に聞き返した。
 その孔雀の一種異様な迫力に飲まれた美智恵が僅かに頷いて小さく息を呑んだ。

「これは孔雀明王様の仮のお姿ですよ、美智恵さん。」

 美智恵から発せられた問いに答えたのは孔雀ではなく小竜姫だった。

「孔雀様は勿論ですが、明王様クラスの方々になるとそうそうめったな事では下界に姿を現す事は出来ないのです。
 いま美智恵さんが眼にしているこのお姿は通信連絡用のシンボルのようなものなのです。」

 そう言われれば、確かにそんな上級の存在がおいそれと地上に現れる訳はない。美智恵は小さく頷く事で納得の意を示した。

「さて、あまり長い事この回線を開いている訳にもいきませんので用件を済ませましょう。」

 説明を小竜姫に任せ、その様子を見ていた孔雀は軽く羽を広げて形を整えつつその場に座り込む。

「簡潔に言います。経緯に関してはもう恐らくは予想が付いていると思いますが、横島と美神を彼の大蛇から救ったのは私です。」

 予想通りの言葉に美智恵の表情が僅かに緩む。この孔雀明王の言葉は即ち、令子を助ける可能性を指し示しているからだ。

「横島の請願により地上に降りた私は、力を持って彼の大蛇を降伏させました。」

 ゆっくりとその場に居る一人一人に視線を合わせながら、孔雀は告げた。

「問題はそこよ。孔雀明王様はその後、あの大蛇を一体どうしたの?」

 ずっとそのことが気になっていた令子が我慢できずに口を挟んだ。
 あまりに無礼なその口の利き方に思わず小竜姫がたしなめようと身を乗り出したが、その動きを遮るように孔雀の羽が動いた。

「彼の大蛇は私の使いの大孔雀に打ちのめされた後、私の胎内にて浄化され再び輪廻へと旅立ちました。」

 孔雀の言葉が終わった瞬間、その場に居る孔雀以外の全員の表情が硬くなった。

「そ・・・それはつまり・・・。」

 孔雀の言葉によってもたらされた沈黙を破って声を出したのはヒャクメだった。だが、孔雀のその言葉から推測できる、死刑宣告にも似た事実の後半は言葉として紡ぐ事は出来なかった。

「大蛇は完全にこの世界から消滅したって訳ね。」

 凍りついた表情の面々の中で、一人何かを考え込むような視線で居た令子が口を開いた。
 大蛇の消滅。それはそのまま令子が一年後に確実に死ぬ事を意味している。それ故に令子以外の他の誰もがそれを口にする事を恐れていた。
 だからこそ、この言葉は令子が自ら言うべき言葉だったのかも知れない。

「そ、そんな! ちょっと待って! だってそれじゃ・・・駄目よ! それじゃ令子は!」

 令子の言葉が引き金になったのか、何とか冷静を保っていた美智恵が喚くように声を荒げ孔雀に詰め寄りかけた。
 反射的に小竜姫が動いて孔雀と美智恵の間に入ると、美智恵を抱きとめるようにその動きを制する。母の取り乱しように驚きつつも、令子もワンテンポ遅れて美智恵を抑えた。
 ふと、母を抑える令子の後方から横島の声がする。ちらりと後方を見ると、貧血のような状態になってしゃがみ込んでいるおキヌと、それを支えるように隣に居る横島の姿が見えた。

「ちょ、ちょっと落ち着いて! ママも、おキヌちゃんも。」

 令子は美智恵と孔雀の間に滑り込むように体を入れた。その言葉は美智恵とおキヌに向けての言葉ではあったが、その視線はその場に居る全員に向いていた。

「落ち着けですって?! これがどうして落ち着いて居られるっていうの! これじゃただ死刑宣告されたようなものじゃないの!」

 そんなの認められない、と口にしながら美智恵は興奮を抑えきれずにいる。普段からは想像も付かない彼女の狼狽する姿に、そばに居た横島は思わず息を呑んだ。

「落ち着いて、美智恵さん。ただそれを伝えるだけでしたら、孔雀様がわざわざここにいらっしゃったりしませんよ。」

 美智恵の動きを抑えていた小竜姫が、うろたえる美智恵の両肩を強く掴むと目を見据えて話しかけた。

「そういう事。そんな事いちいち言いに来る理由がない、でしょ?」

 小竜姫の言葉を受け継ぐ形で令子が答える。そしてそのまま首だけを回して横目で孔雀に視線を送った。
 孔雀は令子の問いに肯定する事は無かったが、否定する言葉もまた語らずに無言であった。

「あ・・・。」

 そこまで言われて美智恵はようやく我に返った。言われてみればその通り、令子に助かる見込みが無いのであれば、孔雀明王はこちらにコンタクトを取ってくる必要は全く無いのだ。
 今回の件、所詮は一人のGSと妖怪とのトラブルであって、たまたまそこに関わったからといって、孔雀明王には令子を助けなければならない理由はどこにも無い。
 つまり、令子がこのまま大蛇の毒で命を落とすのが運命ならば、孔雀明王はただ静観するのみであるはず。
 にもかかわらずこちらにコンタクトを取るように言ってきたという事は、この話には先があると考えて間違いない。

「ご、ごめんなさい。私とした事が・・・。」

 僅かな時間で乱れた心を整えた美智恵は、その端正な顔に恥ずかしさと申し訳なさを滲ませながら小さい声で謝罪した。

「理解して頂けたのなら結構。経緯は今言った通りです。これから本題に入ります。」

 先程の事などまるで無かったかのように、孔雀は淡々と言葉を紡ぐ。その口調は酷く事務的に室内に響いた。

「私がここに来た理由ですが、簡単に申し上げると、私の依頼を受けてもらいたいのです。」
「・・・はぁ?」

 緊張で張り詰めていた令子の表情が崩れると同時に、殆ど意識せずに思わず声が漏れた。そんな令子は勿論の事、他の者たちや小竜姫でさえも、声は出さなかったが同様に呆けた顔を作った。

「く、孔雀様・・・、恐れながら・・・この者達は今それ所では・・・。」

 恐る恐る、小竜姫が口を挟む。あまりに場違いと言おうか、突拍子も無いと言うべきか、兎にも角にもこの孔雀明王の言葉は小竜姫にも理解に苦しむものであった。

「・・・ちょっと待って、小竜姫様。依頼内容を聞くわ。」

 小竜姫の諌めの言葉を遮って、令子が横から孔雀と視線を合わせた。その言葉に、小竜姫も何かに気が付いたのか、小さく声を上げて頷いた。

「よろしい。では依頼内容を伝えます。」

 そう言うと孔雀は一旦言葉を切り、羽を広げて姿勢を整えなおすともう一度机の上に座りなおした。

「この度の件、未熟な私は一つの過ちを犯しました。」

 静かに、淡々と孔雀は語り始めた。

「それは、たとえ横島達の命懸けの請願であったとは言え、彼の大蛇を私自らが降伏してしまった事です。」

 その言葉にその場に居た殆どの者は理解を示す事は無かったが、小竜姫とヒャクメの二人は何か思い当たったような表情を作った。

「どういう事?」

 二人の表情の変化に気が付いた令子が、小竜姫に顔を向けて尋ねる。

「基本的に、我々神族は正式な命令無しに除霊や妖怪退治を行えないのですよ。それが余程の緊急事態であったとしても。」
「そうそう、その為にゴーストスイーパーが居るわけですしねー。」

 小竜姫の言葉に乗っかるように、ヒャクメも口を出す。

「ましてや、孔雀様程の霊的存在が許可無く地上に降りて調伏を行ったのであれば、それは天界では大問題なんです。」

 確かに、神族である小竜姫が今まで戦闘してきたのは、アシュタロス及びメドーサ絡みの事件ばかりだった記憶がある。つまり妙神山で正式に動いて良い事件だった訳だ。
 逆にベルゼバブやダミアンの時には妙神山は一切参加しなかった。あの悪魔達はあの時点では、アシュタロスやメドーサとの関連性は不明であったし、神魔のデタントの関係からも手を出すことは出来なかったからだ。
 令子はなるほど、と顎を軽く上下させた。

「・・・でも、それが私達への依頼とどう関連すんのよ?」

 正直、孔雀明王のミスをここで言われても自分達になにが出来るというのか。まさか今回の事を無かった事にでもしようと言うのだろうか。
 令子はいまいち見えてこない孔雀の真意に少々苛立ちを感じ始めていた。

「正確には美神令子、貴女への依頼ではありません。私が依頼するのは横島、貴方にです。」

 孔雀は自らの視線を令子から横島に切り替えると、静かに言った。
 思いがけない孔雀の言葉に、横島は思わず顔を上げた。その表情は困惑と驚きに満ちている。
 横島はその言葉にどうすべきなのか分からないまま、ただ孔雀の姿を見詰めていた。

「ちょっと待ちなさいよ。何で私じゃなくて、横島クンに依頼なのよ? そもそもその依頼って一体何?」

 いい加減にしろ、と言わんばかりに苛立ちの面容を作り、令子は孔雀を睨め付けた。

「私からの依頼とは、横島、貴方にもう一度彼の大蛇を退治してもらいたいのです。」
「・・・は?」

 令子の睨みを全く意に介さず、視線を横島に定めたまま孔雀そう告げた。
 その場に居る全員が、それぞれ大なり小なり口々に、孔雀の意図が理解できない意思を込めて思わず聞き返す。

「ど・・・どうやって?」

 驚きの表情のままで固まってしまった横島もまた、そう聞き返すのが精一杯であった。










「文珠の平行起動による時間移動?」

 カップから香り立つコーヒーに視線を落としていた西条は、思わず顔を上げて令子と視線を合わせた。
 令子はその視線を受けると少し困惑したような顔で小さく頷く。その表情からは明らかな迷いが見て取れる。

「要するに、依頼ってのは過去に戻ってもう一度大蛇を倒せってワケ? それも横島一人で。」

 西条の座るソファーの向かいで足を組んでいるのはエミ。こちらもテーブルの紅茶には手を付けずに、先程から腕を組んだまま令子を見ていた。
 彼らの周りには美智恵、小竜姫、ヒャクメやおキヌの他に、令子を心配して唐巣も駆けつけていた。

「そしてその依頼の報酬は依頼そのものって訳だ。その依頼をこなせば自動的に目的の血清も作れるからね。
 もしも文珠による時間移動が可能だとするなら、悪くは無い案だと思うな。ただ問題も幾つかある。」

 そう言ってコーヒーを一口飲むと、西条はエミと同じように腕を組んだ。

「一つは、文珠による時間移動を行うのに必要な文珠の数。『時』『間』『移』『動』は最低として、他に年月日をそれぞれ起動させるとなると・・・。」
「十三文字よ。」

 令子は西条の言葉を途中で遮るように言葉を被せた。

「孔雀明王の説明だと、年号は西暦でも和暦でも良いんだって。まあ、どっち使っても四文字だからどっちでも良いけどね。
 で、それを踏まえてあの大蛇の仕事の日に行くとなると・・・。
 『時』『間』『移』『動』『二』『〇』『〇』『〇』『年』『九』『月』『六』『日』(注1)
 これで十三文字。」
「ちょっと待ってくれ。これだとその日の時間と場所が指定できない。どこに行ってしまうか分からないじゃないか。」

 思わす西条が声を出した。彼は時間と場所に関しても考慮に入れていたからだ。

「分かってるわ。でも現実問題これ以上文珠の連動は無理があるのよ。現時点で横島クンが発動できる文珠は最大で二個。
 あと一、二個くらいはすぐに出来るようになるとしても、それ以上となると簡単には行かないと思うし。
 孔雀明王が言うには、文珠の場合場所に関しては現地で発動すればその場所に出るんだって。
 時間は発動者が強烈に印象に残ってる時をイメージすると、希望する時間に近づけるみたいね。」

 そこまで言うと、令子は振り返って自分の机に腰掛け、そこに居る全員を軽く見回した。
 西条は背筋を軽く伸ばすと身体をソファーに預け、令子に視線を合わせる。

「なるほどな。取り敢えず時間移動の方法は分かった。だがさっき僕が言おうとした問題が解決した訳じゃない。
 実際、文珠を十三個平行起動できるようになるのにどれだけ時間が掛かる?
 次に、仮にそれが成功したとして、あの大蛇は横島君一人で何とかなる相手かい?」
「勿論、依頼をしてきた孔雀明王はその為の修行や道具をバックアップしてくれるとは言っていたわ。
 ただ、それでも成功する可能性ははっきり言って低い。無理が有り過ぎるわ。」

 どうして良いのか分からない、といった表情を浮かべ、令子は天井を仰いだ。いつもの自信満々な彼女からは想像もつかないその姿に、他の一同も何を言えば良いのか思いつかなかった。

「それで・・・、結局依頼を受けたのかい?」

 沈黙を破り、ようやく唐巣が口を開いた。静かに眼鏡の位置を直しながら、じっと令子の瞳を見詰める。

「三日後に返事をする事になってるわ。それに・・・この依頼は私じゃなくて横島クンへの依頼だから。」

 受けるかどうかは彼次第。そう言って令子は肩をすくめ、視線を落とした。

「・・・そういえば、その当の本人はどこに居るワケ?」

 それまで同じ姿勢でずっと話を聞いていたエミが、不思議そうに室内を見渡す。最終的な意思決定をするはずの横島が居ない情況で、いくら話し合っても先には進まない。
 令子は天井を見たままで答えた。

「ああ、なんか通信が終わってから顔色が良くなくってさ、シロとタマモを付けて家に帰したわ。」

 無理も無い、とその場の全員がほぼ同時に溜息を吐いた。
 唐突に人一人の命を背中に乗せられて選択を迫られれば、余程の大人物でも平静ではいられないだろう。ましてや、その為に自分の命も懸けなければならないのならば、最早論ずるに及ばない。

「他に解毒する方法はないのか?」

 重い空気の中、西条はエミに視線を切り替えその瞳を見据える。

「無い、とは言わないけど・・・、正直時間が足りないわね。一年では厳しすぎる。」

 西条の視線を逸らす事無く、エミは答えた。

「あ、ゴメン。言い忘れてたんだけど、私の毒はあと五年まで引き伸ばす事が出来るのよ。」

 言われて思い出したのか、令子は少しきまりが悪そうな顔をした。
 先の通信において、孔雀明王は横島とは別に令子に一つの選択肢を示した。
 それは五年間の延命処置をするか、そのまま一年で苦しみを終わらせるか、どちらかを選べと言うものだ。
 孔雀明王の力を持ってしても、令子を蝕む毒は解くことが出来ない。だが、その進行の速度を五分の一に遅らせることは出来ると言うのだ。
 だが、それは良いことだけではない。本来なら苦しみが一年で済む所を、その五倍味わうのだから。
 但し、その選択肢は横島が依頼を受けなかった場合のみ提示されるという限定条件が付いていた。何故なら、孔雀明王は横島が依頼を受けた場合に、達成するまでに最低でも五年近くの修行期間が必要と予想していた。従ってその間、令子が生きていなければ横島にとってこの依頼を受けるメリットが無くなってしまうからだ。
 それらの条件を踏まえた上でそれでも五年延命したいのなら、それは無条件でやってあげよう、と孔雀明王は提示してきたのだ。

「五年・・・。それだけ時間があれば可能性はあるわね。」

 エミは顎に手を当て、なにやら考えながらそう呟いた。
 ふと、少し離れて見ていた唐巣が何かに気が付いたように顔を上げた。

「ちょっと待ちたまえ。文珠での時間移動は何人まで可能なんだい?」

 その質問の意図を西条は瞬時に理解すると、唐巣と同じように顔を上げて令子を見た。

「・・・一人よ。」

 令子もまた、唐巣の質問の意図をすでに理解しているらしく眉をひそめて首を振った。
 文珠による時間移動が複数人分可能であるなら、当然の事ながら大蛇との戦闘は極めて有利になる。唐巣はそこに目を付けたのだ。

「何故だい。君や美智恵君は何人かまとめて移動出来ていなかったか?」

 事実、美智恵は令子を連れて時間移動を行っているし、令子に至ってはマリアすら移動させている。文珠だけ特別と言うのは腑に落ちない。
 唐巣はもう一度眼鏡を指で掛け直した。

「正確に言うと、文珠を増やして移動人数を指定しないといけないのよ。私も当然孔雀明王に聞いたわ。」

 残念そうに令子は首を振り、ついでに文珠を同時に起動させる場合、一つ増えるだけでそのコントロールの難易度は飛躍的に上がる旨も皆に伝えた。

「全部ギリギリなのよ。」

 令子は諦めに似た苦笑いを浮かべ万歳のポーズを小さく作った。所謂お手上げ状態である。

「一応聞いておくが、令子ちゃんや先生が時間移動する手は打てないのか?」

 美神親子の時間移動は妙神山の管理の下、厳重に監視されている。とはいえ、その気になればやってしまう事だって不可能では無いし、小竜姫がこちらの味方をしている以上なんとでもなるはずだ。
 それなのに、現時点でその事に彼女達が一切触れていないという事は、恐らくは何らかの理由でそれが不可能であることを意味していた。
 無論西条もそれくらいの想像は付く。だがそれでも聞かずには居れなかったのだ。

「さっき皆が来る前にヒャクメに調べてもらったんだけど、私は毒のせいでチャクラが乱れて時間移動能力が制御できない状態みたい。
 やって出来ないことも無いだろうけど、どこに行くのか想像も付かないわ。
 ママは時間移動能力は問題ないけど、霊力変換能力が失われてるって。」
「霊力変換能力? なにそれ。」

 聞きなれない単語にエミが思わず口を挟んだ。そんな能力は聞いた事が無い。

「時間移動ってさ、一つの能力じゃなかったのよ。
 本当は時間をジャンプして正しく目的地に辿り着く能力と、その為の膨大なエネルギーをコントロールする能力の二つなんだって。
 私やママは雷、つまり電力を霊力に変えて時間を飛ぶんだけど、普通に雷受けたら即死するでしょ?
 霊力変換能力はその電子エネルギーを受け止めて、そのまま霊力に変える事が出来るってわけ。」

 成る程、とエミは思わず頷いた。その向かいで西条も同じように顔を動かしている。
 確かに、過去の戦いで美智恵は原子力空母の電力をダイレクトに霊波に変えてべスパと互角に渡り合っていた。あの時、足元に在った巨大な魔方陣はその為の物だとばかり思っていたが、もしかするとアレは空母から電力を直接引っ張る為の物だったのかもしれない。

「で、その変換能力はなぜ先生から失われたんだい?」

 納得した西条は逸れてしまった話を本題に戻した。

「ひのめよ。」

 ずっと押し黙っていた美智恵が、のろのろと口を開く。今にも押し潰されそうなその弱々しい表情に、一同は思わず息を呑んだ。

「ひ、ひのめちゃん?」

 皆の話し合いの間、ずっとひのめを抱きかかえていたおキヌが思わず声を上げた。名を呼ばれたひのめはきょとんとした顔でおキヌを見ている。
 全員の視線が一斉に彼女達に注がれた。

「ひのめが生まれつき持っている念力発火能力、その大元がママの霊力変換能力って訳。」
「・・・つまり先生の霊力変換能力がそのまま遺伝せずに、力の種類を変えて奪い取られた、って事かい?」

 美智恵の代わりに答える令子の言葉に続いて、西条がさらに補足する。

「そういう事になるわね。何でそんな事になっちゃったのかはさっぱり分からないけど。
 大体、生まれてすぐにあんな強い力が出るなんて変だと思ったのよね。
 まあどっちにしても、今分かっているのは私も、ママも、時間移動は出来なくなっちゃったって事。」

 令子がそう言うと同時に、皆の溜息が室内を支配する。

「結局、結論は横島君の選択次第って訳か・・・。」

 唐巣がかけていた眼鏡を重そうに外すと、おもむろにレンズを拭きながら呟いた。

「大体さぁ、その孔雀明王とやらの修行を受けて五年みっちり修行したとして、それで成功する確率はどんくらいなワケ?」

 エミの疑問はもっともだ。話を聞いている限りでは、依頼を受けた場合、対大蛇用の戦闘術に文珠の制御という二つの修行をこなさなくてはならない。
 令子の話から推定すると、彼の大蛇が本気でその力を使ってきたならば、現時点の実力では多対一でもまともに戦えるかどうかすら定かではない。
 ましてや許された時間はたったの五年しか無いのだ。エミの中で大まかに想定した限りでも、その修行は殺人的にハードな物になるだろう。
 それほどの苦難の中五年間を費やした上で、その成功確率が絶望的なものであるのなら、それは横島をただ令子の道連れにする以外の何物にもならない。

「正直、確率で言えるようなもんじゃないけど・・・。」

 令子にはエミの考えている事がはっきりと伝わっていた。何故なら、令子もまたエミと同じ考えに至っていたからだ。

「仮に五年間、死ぬほど修行して時間移動可能になったとして、実際に時間移動を成功させられる確率は六割程度。
 無事に過去に戻れて大蛇と戦ったとして、孔雀明王のサポートを貰った状態で勝てる確率は約五割。
 同じく時間移動で現在に戻れる確立は六割。かなり良い方向に見積もってだけどね。」

 そう言いながら令子の表情は険しさを増した。実際こんな物の確率計算など出来るはずも無い。あくまでも今までの経験から弾き出した根拠の無い数値に過ぎないのだ。

「ぶっちゃけリスクの方が大きすぎる。時間移動にしたって、万が一文珠の制御に失敗すればどこに飛ばされるか分かったもんじゃないわ。
 どこか別の時間ならまだ良いけど、時空の狭間とかに落ちれば二度と帰って来れなくなるもの。」

 再び室内を沈黙が支配した。
 結局、これまでの議論で皆の脳裏に導き出される言葉は一つしか浮かばなかった。
 諦め、である。無論誰も口には出さなかったが、どう考えても突破口が見えないのは紛れも無い事実だった。
 今までのように、唐突に突きつけられたピンチを臨機応変に乗り越えていったものとは明らかに違う、ゆっくりと、しかし確実に迫る危機に誰もどうすることも出来ない現状がここにある。
 客観的に見れば、単に一人のGSが除霊作業にしくじって命を落とすというだけの事で、それほど多い事ではないが決して珍しい事でもない。
 しかし、だからといってどんなに理解していても、はいそうですか、と簡単に認めるわけにはいかない。いや、認めてはいけない。
 西条は沈黙の中、ずっと考えていた。

「なあ、令子ちゃん。その役目、僕に任せてもらえないか?」

 意を決した西条の強い眼差しが令子を見詰める。皆の視線が西条に集まった。

「任せるって・・・、西条さんが依頼を受けるって事?!」

 令子の瞳が大きく開いた。

「そうだ。冷静に考えて、今の段階で霊力、白兵戦闘能力共に横島君は令子ちゃんを上回っているのは間違い無い。
 だが、現時点で僕と彼なら霊力では負けているとしても、白兵戦と霊波のコントロールで僕が上回っている。
 なら五年間僕が訓練を積んだ方が成功率は高いはずだ。文珠自体は横島君からその時に必要分貰えば良い。そうだろう?」

 一理ある。室内の空気が彼の発言を認めようとした時、それを引き裂くように鋭い声が響いた。

「駄目よ。許可できないわ。」

 室内の空気を一変させた美智恵の顔は、先程の母親の表情から司令官の顔へと変貌していた。

「西条君、貴方はこれからのGメンを背負う人間です。一人のGSの為にその人材を失うわけにはいかないわ。」
「・・・正気ですか?! 一人のGSって、貴女の娘さんですよ! 何を考えているんですか?!」

 いくら責任ある立場だとはいえ、人の親としての言葉とは思えない。西条は思わず己の上司に食って掛かった。

「正気に決まっています。許可すれば貴方が五年の間まともに本来の業務をこなせなくなるのは目に見えています。
 ただでさえ人材不足で喘ぐ私達なのに、これ以上下の者に負担を強いる気ですか!」

 強烈なまでの迫力で放たれる美智恵の語気に、西条は気圧されてしまった。

「・・・貴方が令子を想ってくれる気持ちは痛いほど伝わるわ。けど、貴方の背中には若いGメン達の未来がある事を忘れないで欲しいの。」
「で、ですが・・・。」

 言われるまでも無い。西条も自分を慕ってくれる部下の事を蔑ろにしている訳ではないのだ。
 しかしそれ以上に、令子を想っている事もまぎれも無い事実なのだから。
 西条はうなだれると、それ以上何も言わなかった。もう自分一人の我侭を通す事の許されない立場であることを痛感せざるを得なかった。

「これはまだ内定にもなっていない事だけど、貴方は二年後にヨーロッパに異動が決まっているのよ。
 貴方が望んでいたICPOの中枢に手が届く。今が大事な時期なのよ。令子一人の為に、貴方の人生を棒に振らす訳にはいかないわ。」
「・・・じゃあ、どうしろって言うんです。僕はヨーロッパでただ見てるしかないんですか・・・?」

 諭すような美智恵の言葉に、西条は力なくうなだれたまま小さく呟いた。その姿はまるで母親に叱られる幼子のように見える。

「私は待ちます。横島君の決断を。全てはそれからよ。」

 そう告げる美智恵の力強い視線は、西条ではなく令子に向けられていた。

「ちょっと待って。もしかしてママ、横島クンならどうなっても良いって言いたいの?」

 美智恵の視線を受けて、令子の眦が僅かに上がる。
 まるで西条は死なせたくないけど、横島なら死んだって構わない、そう美智恵が言っているように令子には聞こえたのだ。

「落ち着きなさい美神君、美智恵君はそんなつもりで言った訳じゃないよ。そうだろう?」

 僅かに不穏な空気が走った二人の間に割って入るように、唐巣がいつもの口調で令子をたしなめる。そしてその穏やかな笑顔のまま、美智恵に視線を向けた。

「・・・とにかく、もう後は横島君次第よ。これ以上は待つ以外に無いわ。」

 唐巣の視線を受ける事無く、美智恵は淡々とそう告げた。
 その顔は母親のものではなく、冷徹なる司令官のそれではなかったか。少なくとも唐巣にはそう見えた気がした。


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