椎名作品二次創作小説投稿広場


時は流れ、世は事もなし

思惑 3


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/11/12

主な登場人物(その2)

呉公
元始風水盤の資料を提供し建造に協力する老道士。同時に”蝕”の首領であり”企て”を進めている。

青令
呉公の片腕的人物。フィフスに強い反感を抱いている。

茂流田
 元始風水盤建造の現場における責任者。呉公の示した”企て”に加わっている。

義姫
巫女姿の少女で元始風水盤建造の協力者。芦に対して強い好意を示す。




時は流れ、世は事もなし 思惑 3

時刻は深夜だがホームズは読み終えた資料を持ってモリアーティーの部屋を訪ねた。


「資料について確認したいことがあります。かまいませんか?」
そう言うと返事を待たずにホームズは椅子に腰を下ろす。

 それを当然とするモリアーティー。
「まずはどうかね、我らの”ベスパ”は? 色々と気づいたことがあると思うが」

「性格は良いですね。正体を隠すという引け目はあるにせよ誠実で人を思いやる気持ちを持っています。彼女に惚れられた男は幸せ者ですな」
先ほどのやり取りを懐かしむように答えるホームズ。パイプにタバコを詰め火をつける。ゆっくりと吸い込み同じテンポで紫煙を吐き出す。
「そうそう、タバコは当人の健康に悪いだけでなく漂う煙により周囲の人の健康も害するそうですよ」

「タバコが健康に悪く周囲の者にも? 前者はともかく後者は聞いたことのない説だな」
 モリアーティーは興味のなさそうに応えると、
「ずいぶん高く評価しているようだが、美しい女性ということで点数が甘くなっているのではないか?」

「それはないと思いますがね」どこか自嘲気味のホームズ。
「その”ベスパ”ですが、何か”思い出した”そうです。詳細は明日ということですが、意外な話が聞けるものと楽しみにしてます」

「ほう? いやに唐突な回復だな」あからさまな不審を浮かべるモリアーティー。
「その話とやらを信じるつもりかね? 我々の動きを妨げるための誤情報、ミスリードかもしれんぞ」

「それはないと思っていますよ」ホームズは懸念をあっさりと否定する。
「彼女が”蝕”の回し者だとすると、もう少し”自然”なタイミングで思い出すはずですからね」

「仮にそうだとすると彼女は”蝕”の回し者ではないということにもなるか」

「ええ、『ではない』ということについては八割がた確信があります。それどころか彼女はその正体が何であれ”蝕”と敵対しているものと思っています。その点、どこかで我々との共闘を持ちかけてみるつもりですよ」

「正体も知れぬ相手と共闘とは大胆だな」

「あなたと共闘しているのですよ、悪魔とだって共闘はできます」
冗談めかしてはいるがどこか不愉快そうに言い返すホームズ。
「まっ、それを含めどうなるかは彼女の出方待ちというところです」

「その『出方』だがどう出ると? 動揺している蛍からこちらが気づいたことに気づいた可能性も考慮すべきだと思うが」

「しっかり『気づいて』ますよ。私もダメ押しをかけましたしね」

「おやおや。そうすると今頃は逃げる準備をしているかもしれんな」

「その心配は無用でしょう。聡明な彼女は同時に仄めかした私のメッセージも読みとっていたようですから。明日にでも期待通りの『出方』をしてくれるはずです」

「全ては君の手の内か。君のような腹黒い男が相手とは彼女が気の毒になってきたよ」

「そういう言葉は心外ですな。彼女の気持ちを察し望むことをしやすいように状況を調整しただけです」
形だけの反論という感じのホームズ。やや意地の悪そうな声で、
「あなたこそ蛍を”ベスパ”の元に行かせたり”ベスパ”を私の所に来させたり、小細工が過ぎませんか?」

『さあな』とモリアーティー。今の問いがないかのように、
「さて、確認したいというのは何かね?」

「”蝕”の目的についてです。」ホームズは表情を真剣なものに改める。
「狙われた人や場所の関連性が薄いことから、目的はそうした特定の人や場所ではなく事件を通じ広範な社会不安を起こし政府の信用を失墜させる。引いては政府の動きを牽制・鈍らせることだとされていますが、間違いないですか?」

「現場はともかく上層部はそう判断している」

「鈍らせるのは”隣”に手を出させないようにするため?」

「そんなところか。もともと”蝕”は西の大国において金で動く犯罪結社の一つだからな。かの国の誰かが雇い主となり、そういうことをさせても不思議はあるまい。それで牽制できるのであれば安いものだろうさ」

「では、あなたはどう思っているのです? それに関してはわざと判断を書いていないように感じられましたが」

「少し問題がある判断に達してしまったからな。そこに書いてしまうと誰かに見られた時拙い」

 ホームズは『誰に?』という質問はしない。

モリアーティーはにやりとした上で、
「儂の判断では奴らの目的の一つはたしかに社会不安を引き起こすことだが、もう一つ、元始風水盤に絡んだ目的があると踏んでおる」

「『元始風水盤』? ただの風水盤なら隣の国に立ち寄った時に目にしましたが、そちらは初めて聞く言葉ですね」

「それが普通だな。その道の専門家でもめったに知る者がない禁断のマジックアイテムだ」
そう前置きしたモリアーティーは元始風水盤についてかいつまんだところを説明する。

「ただの風水盤が大地が固有に持つエネルギーを調べるものなら、元始風水盤はそのエネルギーを操作することができるアイテムということですか」

「とりあえずの理解としてはそれで十分だな」
モリアーティーは教師が生徒の正解を聞いた時のようにうなずく。
「その”力”は極めて強大、古にこれを用いた王が天下を統一したと言われておる。現在、この国はその建造を極秘裏に進めているところじゃ」

「おやおや‥‥」話の意外な方向性に論評の言葉が見つからないという感じのホームズ。
「本当にそのようなコトができる物を造れるですか?」

「無能ではないこの国の指導者がやってみようかと思う程度の実現性はあるのだろうよ」
モリアーティーが嘲笑めいた笑いで応える。
「儂に言わせれば、海上封鎖のためのノーチラスや都市への直接攻撃のためのアルバトロスの建造に取り組む方が実現性があると思うがね」

「どちらもジューヌ・ベルヌでしたか」とホームズ。
目の前の老人が空想科学小説といわれる新しい分野の小説を知っていることを意外に思う。
「そういえばウェルズという人物が書いた『時の探検家たち』という話をご存じですか?」

「いや‥‥ 聞いたことがないな。それがどうしたのかね?」

「いえ、何でもありません。ふと思いついて口にしただけです。それより話を戻すとして、元始風水盤と”蝕”の関係は?」

「狙われた人物や組織、場所の4割ほどがその建造に関係している」

「つまり”蝕”は建造の妨害を図っている? たしかに西の大国とすればそのようなアイテムをこの国が持つのは脅威でしょうからね」

「たしかにそう考えれば辻褄はあうのだが、儂の推測はそれとは異なる」
モリアーティーは机の上に無造作に投げ出したファイルをホームズに手渡す。
「それが儂の推測に関する部分のレポートだ。意見を聞かせてくれたまえ」

「隠したいものこそ大ぴっらに置いておく、心理的トリックとしては上出来です」
受け取ったホームズはぱらぱらとめくってみて、
「これはこれは! 途方もない推測‥‥ 妄想ですね。私の意見は明日で良いですか? これについてはうかつなことは言いたくありませんから」

「厳しい目でよく検討してくれたまえ。儂自身、この推測は外れるべきだと思っておるからな」

「判りました。十分批判的に見させてもらいますよ」
ファイルを手元に置いたホームズはしばらく考え、
「しかしコトが政府が進める極秘プロジェクトにまで関わってくるとすれば、今の態勢では不十分ですね。”転ばぬ先の何とやら”一つお願いがあります」

「何かね? 君への便宜は最大限に図るつもりだ」

「有能な助手を一人。用意してもらえませんか?」

「君が『有能な』助手を必要とするとは意外だな」

「探偵に必要な資質として観察力と推理力の他に知識も欠かすことができません。イギリスやヨーロッパならともかくこの極東の地では僕の知識も不十分と言わざるを得ないでしょう。まして禁断のオカルトや政府の機密が絡むとなればね」
 オーバーにホームズは両手を広げ『お手上げ』ということを示す。
「そんなわけで、東洋のオカルトに詳しくこの国の現状について、そう歴史や文化といった分野も含め広汎かつ深遠な知識を持った人物が必要です。もちろん、僕と行動を共にできる程度のフットワークと荒事に耐えられる神経も必須です。あと、官憲などに顔が利く人物で有ればさらに都合はいいのですがね」

「おいおい、それほどの多彩な条件をクリアできる人物が見つかると思うかね?」
観光ガイドでも頼むかのような気楽な口調で並べられる厳しい条件にあきれるモリアーティー。

「『いる』かどうかの問題ではなく、”必要”だということです」

「まあ、心当たりはないではない」モリアーティーは前言を翻すと、
「ここまで動けない儂に代わり情報の収集をしてくれた者で君が現れなければ儂が大本を指示する形でこの件を任そうと思っていた者だ。若く未熟な点も多いが、君や儂と同じ天才と言って良い叡智の持ち主じゃよ」

「ほう?! あなたが『天才』と認め自分の代理が務まると思える人物が、極東の地にいるとは驚きですね」

「君が読んだ資料の大半は彼がまとめたものだといえば、『天才』が誇張でないとわかるはずだが」

 資料に目を向けたホームズはその評価を受け入れる。

「知識も多方面に及びとりわけオカルトの造詣が深くこの国における知られざる第一人者だ。加えて、父親がこの国の財界の有力者だから官憲に対しても立場は強い」

「これはこれは! 理想的な人物のようですね」

「付け加えれば、そのレポートのきっかけになった件を持ち込んだ者でもある」

「いよいよもって興味深い。その人物は何という名前ですか?」

「対外的にはまったく無名だから今名前を出しても仕方あるまい。明日ここに来ることになっておるから紹介はその時でいいだろう」

「この件が面白く感じられてきましたよ。もっとも、これも記録には残せない類の事件なのが残念ですがね」
これまでにオカルトに関わり記録に残せなかった事件に思いをはせる。

 そこではマリアにエリス、いずれも興味深い女性との邂逅があった。今回の”ベスパ”は自分に取りどのような位置づけになるのか‥‥

少し皮肉に自分を見つめる自分に気づくホームズであった。



幕間 山道

その若い兵士は狭い馬車の中で対面する少女をずっと見ていた。

濡れるような黒髪を持つ巫女服の少女はお世辞にも乗り心地がよいとはいえない車中にあって薄く目を閉じ端然とした姿勢で瞑想に耽っている。

‘?’脇を肘でつつかれ隣に目をやる。

 一年先輩の兵士がにやにやとこちらを見ている。その顔には『月とすっぽん』とか『提灯と釣り鐘』とか書いてある。

 兵士は苦笑気味に首を振る。
 少女を女性として見とれていたのではなく美術工芸品として見とれていたからだ。その美しさは腕の良い職人の手による高価な人形のソレであり、自分のような平凡な人に縁のない類のものだと承知している。

少女は『義姫』という名で呼ばれているが本名かは不明。年齢や身元についてもはっきりとしたことは主任の茂流田でも知らないそうだ。兵士仲間の噂では、仕事は除霊師であり、あの芦少佐も上回る霊能者と言われているがそれも確かめた者はいない。

はっきりとしているのは少佐に好意以上の感情を抱いていることぐらい。

夜半を過ぎた時刻、山道を馬車に揺られているのもそのせいで、陸軍省に戻る芦を見送った帰りだ。見送りとは言いながら陸軍省まで付き添ったためにこの時間。護衛としてつき合わされた自分たちは良い面の皮だと思う。

がたっ!! 馬車が大きく揺れる。何が起こったかと思う意識が途絶える。


義姫は閉じていた目を開く。
 馬車が唐突に止まったこともあるが、それ以前に周辺に生じた霊的エネルギーの変動を感じ取ったからだ。身にまとわりつくざらついたプレッシャーから何らかの捕獲結界が働いているのだろう。

目の前で不自然な姿勢のままで”固まっている”二人の兵士を横目に馬車の外に出る。地面には薄緑色の微光を放つ二重円が生じ馬車を囲んでいる。

結界を壊すために印を結ぼうとした時、足下に三本の矢が突き刺さった。

 間を空けず、木々の闇から覆面をした四人の男が姿を現す。

 四人のうち三人は刀を背負い手に弩。弩は連弩と言われるモノで次が装填されている。当然、顔つきなどは判らないが隙間から見える目つきはケダモノという形容が獣に悪いほど濁った凶暴性をむき出しにしている。
 あと残る一人は弩は持たず抜いた刀を手でもてあそんでいる。こちらの目つきは悪い意味で人に近く人の知性が残虐性に向けばこうなるという見本のような感じだ。

弩の三人はそれを擬しながら馬車を背にした少女を半円に取り囲む。刀を持っている男は少し後ろに。三人を指揮する立場ということなのだろう。

 義姫にわずかに動き表情らしきものが現れる。それは暴力に直面した恐怖とか絶望ではなく冷ややかな憫笑といった類のものであった。
「”蝕”か! このお座なりの結界といいたった四人で出てくることといい。よほど私を侮っておるようじゃな」

「ハハハッ! えらく強気だがそれでいいのか?」刀の男が嗜虐的に嘲る。
 顎で前の三人を示すと、
「もともとでもこいつらは非道な悪党なんだが、今はその凶暴性をさらにきつくしているし体の方は痛みを感じないようにしてあるから腕がもげようと平気で熊並の力が出せる。俺が押さえているから大人しいが、一声命じればお嬢ちゃんなんぞは一瞬で八裂きになっちまうぜ」

脅し文句に合わせ三人からいっそう凶暴そうな空気が放たれる。

その反応に満足そうにうなずくと、目元が淫らそうに嗤い、
「どうだ? 俺を”楽しませて”くれるんだったら楽に死なせてやってもいいぜ。こう見えても女には”優しい”‥‥」

「少しは気の利いた台詞を期待したのだがアテが外れたな」少女は退屈そうに口を挟む。
「雑魚のご託は聞き飽きた! さっさとケリをつけてやるからかかってこい!!」

「なっ、何だと、てめぇ!!」”らしくない”啖呵に男の声が上擦る。勢いのままに、
「てめぇとてめぇ! この高慢な小娘の体に怖さってヤツを教えてやれ!!」

言われるままに飛びかかる二人のうち近い方に踏み込む義姫。いつの間にか手に納まり開かれた扇が相手の首の辺りをかすめる。

 次の瞬間『どさり』と重いモノが地面に落ちる音が。落ちたのはその男の頭部、わずかに遅れて吹き出した血が地面を濡らす。

 その結果を見ないうちにもう一人の方に向かう。空いた手で相手の顎を下から捉える。
 どこに力を入れているようにも見えないのに手を差し上げるや相手の体が宙に。顎の向きを後頭部から落ちるように変えると一気に地面に叩きつける。

ぐわっしゃ! 断末魔の声と頭蓋が砕ける音が複雑に絡まる。

「いくら痛みを感じず動けるとしても頭を失えば同じでしょう」

少女が浮かべた凄惨な笑みに男は自分がどうこうできる相手ではないと悟る。
「撃て!!」と残る一人に言い捨てると一目散に逃げ出す。

ひゅ! 声に応じて矢が放たれるが、義姫はそれを掴み取っている。
見ている者がいたならば神業と絶句するに違いない。

 そのまま踏み込むと手の中で半回転させた矢を放った相手の目と目の間に突き立てた。
 先端が後頭部に届くほど矢をめり込ませ倒れる。

あらためて男が逃げた方を見る義姫。
 姿は木々の間の闇に消えているのだが、右腕を水平にその方角に差し出すとその位置を左手で支える。右手は子供が手で拳銃を真似るような形で人差し指を突き出している。

そして‥‥



‘?!’人が動く気配に兵士は我に返った。

見ると義姫が乗り込んだところだ。

‘なぜ外から? それより何時外に? どうして外に?’
明らかに跳んでいる記憶に次々と疑問が心に浮かぶ。横を見ると先輩も同じ顔つきをしている。

それを答えられる少女は二人がいないかのように椅子に座ると瞑想に入る。そのいっさいの関わりを受け付けない雰囲気に出かけた問いを飲み込む。
状況を無条件に受け入れるのも仕事と兵士は心の中で割り切った。



 馬車が去るのを見る人影が一つ。青令だ。

足下は男の体だったモノ、首から上がきれいに吹き飛んでいる。

 大口径銃で頭を撃たれたような状況を見れば少女がよほど高密度の霊波砲を扱えることを意味している。

「夢など見ないと思っていたがな」口から心の内が言葉として漏れる。
もちろん目の前で起こった夢ではない。
「いくら霊力が高くとも所詮は年端もゆかぬ小娘と侮っていたがこれほどとはな」
 
 ”企て”の前に呉公より義姫の”力”を確認しておくよう言われ仕掛けさせたのだが、相手のそれは予想を大きく上回る。
”蝕”でNo2の自分も勝てると言い切れない。確実にとなれば師父、あとあの女魔族−フィフス。

コトに当たれば間違いなく芦の側に立つと考えれば、”企て”を些細だが手直しをする必要がある。

 望ましいのはフィフスと咬み合わせること。あれだけ強ければフィフスも無傷では済まずその後がかえってやりやすいはずだ。

 青令は自分の思いつきに満足そうに微笑むと闇に姿を消した。


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