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時は流れ、世は事もなし

思惑2


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/11/ 5

時は流れ、世は事もなし 思惑2

「昼は蛍君だったが選手交代か 」
 書斎に入ってきたベスパに気づくとホームズは書類から目を離し背筋を伸ばす。

ベスパは質問には答えず手にしていた食事を載せた盆をテーブルの上に。テーブルには同じように食事が載せられた盆が置かれている。
「おや?! 昼飯には手をつけなかったのかい」

「頭を使い始めると食欲を忘れる質でね。それにこれさえあれば、二・三日食事を抜いても平気なのさ」
ホームズは紫煙を漂わせるパイプを示す。

「そういうもんかねぇ」一瞥したベスパはそのまま天井に目をやる。

そこには雲を作ろうかというほどの煙が立ちこめ、継続的かつ大量のタバコが消費されていることが見て取れる。

‘んっ!’意識したせいか鼻腔やのどにざらつくような違和感が生じる。

魔族の体なら感じない不快さに窓を開け放つ。
晩秋の冷たい空気が部屋の温度を下げるが臭いと煙は吹き払われる。しばらくそのままにしてから窓を閉め、
「タバコって肺や気管支を痛め癌の原因にもなる毒だ。長生きしたきゃ控えたほうがいいぜ。それに漂う煙は側にいる人に直接吸う人以上の悪い影響を与えるって話もある。吸わない人間、特に女子供の居る場所では喫煙を控えるのが喫煙者のマナーだよ」

「ほう、それは知らなかったな」ホームズはパイプからタバコを灰皿に落とし消す。

「へ〜ぇ けっこう素直なんだ、あんたは」

「まあ、褒めてもらったと取っておくよ」とホームズ。微妙な笑みを口元に見せ、
「それにしても、君が雑用をしてくれるのも意外だがその服を身につけるとはさらに意外だね」

不機嫌そうに横を向くベスパ。『服』はメイドのソレを身につけている。
「蝶々がうるさくてね。身の回りの世話も護衛の役目で、役目を果たすにはあたっては様式を大切にするのがこの国の伝統だってさ」

「我が故郷にも通じる良い伝統ですな」
 そう言うとホームズは真面目くさったそれだけにからかっていることが判る表情で、
「しかし我が国の伝統によるその服も君のような女性が身につけるとずいぶんと印象が変わるものだ。なかなか刺激的だよ」

「コスプレに刺激されるとは”危ない”趣味の持ち主なんだな」

当然の事ながら、身につけているのは本来の意味においての標準的なお仕着せで、21世紀初頭・アキ○バラで見かけるソレとは異なり扇情的なニュアンスは限りなく低い。
 とは言っても、オリジナルの体型は自分と同じため、この服でも胸の辺りに相当な説得力があるのも事実だ。

「『コスプレ』?」怪訝な顔で聞き返すホームズ。

「ええっと‥‥」
 ベスパは、およそ百年あまり後にこの国で一般化する俗語をどう説明するかを考える。
「コスチュームプレイ、略して『コスプレ』。変装? 仮装? って意味かな。その役割をイメージさせる制服とかを身につけその役割を演じて楽しむ遊びのことだ」

「変装を楽しむ遊びですか」そう言ったホームズは記憶を探るような顔つきになり、
「以前、変装を使い生計を立てていた人物に会ったことがありましたっけ。当人は金銭的な部分でやむをえずと言っていましたが、続けたのは、存外、別人を演じる楽しさにはまっていたのかもしれませんな。その点で言えば、仕事柄、私もよく変装するので他人を演じる楽しさについては実感できます」

‘?!’『他人を演じる』の一言にベスパの表情が強張る。
今のは話の流れで出た一言のはずだが‥‥
「どうも邪魔をしているようだな。これで引き上げるとしよう。そうそう、余計なことだが頭はすごくエネルギーを使う器官なんだ。本当に頭を働かせたいなら少しは食べておく方がいいぜ。いくら名探偵でも、体の仕組みまで左右できないだろ」

「忠告、感謝するよ」とあくまでも『感謝』だけという感じのホームズ。
「それよりまだ宵の口だ。少し話していきませんか?」

「口説くんだったら無駄だよ。あんたは趣味じゃないからね」

「ハハハ、いきなり振られるとは、嫌われましたか」
 ベスパの切り返しにホームズは楽しそうに笑う。表情を改めると、
「話をしたいのはそういうことではなく”蝕”についてです。あなたは”蝕”の殺し屋だったのでしょう。その立場から情報とかアドバイスがあればと思いましてね」

「さらっと古傷を抉ってくれるじゃないか」フォンとして非難を込めるベスパ。
 勧められた椅子に”渋々”と言う感じを強調しつつ腰を下ろす。
「たしかに”蝕”じゃそんなことをやっていたが、アドバイスも情報もないね。記憶を無くしているを忘れているんじゃないか!」

「記憶喪失といっても何もかも忘れるという話しでもないでしょう? 手がかりになりそうなことなら何でもいいんですが」

「そう言われてもねぇ‥‥」
 食い下がってくるホームズにベスパは思い出そうとするフリだけはしておく。
「だいたいこっちについた時、アドバイスにしても情報にしても洗いざらい喋っちまってるよ。調書になっているからそっちを見る方が良いんじゃないか」

「それは読みましたよ」ホームズは書類の山から一つの綴じを取り出す。
「率直なところ、あまり参考になる話はありませんね」

「悪かったな! しかし嘘も出し惜しみもないことは蝶々が確認しているはずだろ」

「そうなってますね」ホームズはパフォーマンスだろう動きで二・三枚ページを捲り、
「それにしても首領をはじめ幹部、主な構成員の顔ぶれも知らなければ、組織の規模や指揮系統についての知識もない。芦を殺すように命じられたことについてもその意図や背景など全く知らない。幹部ではないにせよ殺し屋のNo1としてそれなりの立場だったんでしょう。少し知らなさ過ぎませんか?」

「『殺し屋』だからさ。だいたい殺しなんて敵に近づかなきゃできない仕事だ。とっ捕まった時、情報を漏らせないよう何も教えないのは”お約束”だろ。拷問されようと殺されようと知らないことは喋れないってわけさ」
 魔軍情報部のやり口からの言い訳だがそんなものだろう。

「まあ解りますが、そういう扱いに疑問を感じていないのはどうですかねぇ 命令のままに動くよう言われることに不満を感じなかったのですか?」

「別に何も感じなかったと思うぜ。物心がつく前に”蝕”に”買われ”、そういう扱いが当たり前だって育てられたんだからな」
 オリジナルならそうするであろうようにベスパは冷ややかに応える。

「どうも心ない発言をしてしまったようですな。謝罪します」
その情報を知っていたらしくホームズは気まずそうに頭を下げる。

「もう良いよ」ベスパは軽く手を振る。
「それと、このことで同情は必要はないぜ。姉さんや妹だって似たようなものだからな」

 ちらりと聞いた範囲では、蝶々は超能力を気味悪がった親に見せ物小屋に出されたそうだし、蛍も、乱波というある意味”蝕”と似た集団に生まれ、情が妨げになると親が誰かを教えてもらっていないそうだ。

「では話を変え、今度は今のあなたに尋ねたいのですが、”蝕”を相手にする場合一番注意を払うべき点は何だと思いますか?」

『今のあなた』のフレーズが妙に気にかかるベスパ。”記憶喪失”を口実にし続けるのも拙いという判断が働く。これまでに仕入れた知識で、
「そいつは奴らが使うマインドコントロール−MCだな。アレをどうにかしない限り追い詰めたりするのは無理だろうよ」

「私もそう思っています」ホームズは予想通りの答えという感じにうなずく。

 ”蝕”がこの国に姿を見せ約1年。未だに警察なりがその跳梁を許しているのは、”蝕”に人を−それがどんなに忠誠心・正義感が強い人物でも−操ることのできる術があるためだ。

常に味方の”裏切り”を想定しなければならない現状では警備にせよ捜査にせよ後手後手に回らざるを得ない。
 また、下級の構成員をそれで補充するため集団としての生命力は不死身に近い。先日、蛍が二・三人を倒したわけだが今頃はMCを施した人間で補充しているころだ。

「資料によるとやり方を始め効果範囲、防御や解除の方法などほとんどが不明。ただ‥‥」
ここでホームズはにやりと笑う。
「資料から推理してみたのですが、どうやらMCは”蝕”のものではないようですね」

「『”蝕”のもの』じゃないって!」

「そうです。MCは未だ表面には出てこない何者か、仮にXとしますが、Xの”力”で、”蝕”はそれを借りる形だと考えられます。付け加えれば、幾つかの事件や状況でMCが使われていないことから、Xには”蝕”と異なる独自の利害があり両者の関係は必ずしも良好とはいえないようです」

 ベスパは自信たっぷりに持論を披露するホームズを胡散くさげに見る。
「『さすが、名探偵だ!』と言いたいところだが、今日一日、資料を読んだぐらいでそこまで推理してしまうのは行き過ぎじゃないのか?!」

「そこが”歴史に名高い探偵”の実力」
 ここでホームズは一呼吸間を空けると悪戯っぽく笑い、
「というのは嘘で、今の話、全部”教授”が推理したことなのです」

「『”教授”が推理』?! あの爺さんがなぜそんなことをするんだ?」

「”蝕”に痛撃を喰わせるために決まってます。あの御老体が狙われたままで大人しくしているはずはないでしょう。もっとも、囮という立場上動きづらいのでこの程度の成果しか出せていませんがね。私に言わせれば、最初から彼に全権を渡し自由に捜査をさせておけば”蝕”など三ヶ月で壊滅‥‥」

「ちょ、ちょっと待った! ”教授”は自分が『囮』ってことを知っているのか?!」
 思わず口を挟むベスパ。

「非常に不愉快な話なのですがあの男の洞察力は私に匹敵します。自分の置かれている状況なぞとうに見通していますよ」
 どこか楽しそうにホームズはそう言うと、
「ちなみに”教授”の推理については私なりの検証を行い正しいと判断しています」

「それが正しいとしてそのXは何者だと思う?」

「残念ながら、そこはまだ何ともいえませんな。ただ、使っているMCが既知の呪法や超心理能力ではないようなので、よほど私たちの世界とは異なる世界から来た者と思われます」
 そこでふと思い出したようにホームズは、
「そうそう”教授”によれば、Xが”蝕”と協力関係に入ったのは今から約10〜8ヶ月あたり前だそうです。時期から見て、あなたの裏切りはぎりぎりで間に合ったことになりますね。もう少し遅ければ‥‥」

途中からホームズの言葉が耳に入らなくなるベスパ。『10〜8ヶ月』の数字をどこかで目にしていたからだ。記憶を手繰るとその数字が浮かび上がる。

 それはワルキューレのレポートにあったもので、土偶羅の計算によれば横島を操った魔族は現時点より約10〜8ヶ月程度前のどこかに転移したとのこと。
 この一致を偶然と見なすことはできない。

 加えて過去から見れば未来は立派に異世界であり、転移した魔族がナノマシーンというべき極微少使い魔で人操ることを能力にしている。

‘待てよ!’記憶がさらに蘇ってくる。

 墓場で耳にした会話によれば、オリジナルは”蝕”に協力する女魔族と出会っている。一方、自分はオカGの資料−横島の記憶をメトった(読んだ)サイコメトラーが念写で作成した写真−から過去に転移した(女)魔族の容姿を知っている。
 オリジナルの記憶を読み出せば二人の魔族が同じかを確認できるかも‥‥

「何か気づかれたことがあるようですね?」

ホームズの呼びかけに『はっ!』とするベスパ。どちらかといえば気楽そうなのに向けられた視線は背中まで見通すように鋭い。

「あっ、ああ‥‥」ベスパはのめり込みすぎた自分に舌打ちをする。
 どうやら『何もない』と言い張るのは無理だ。
「話を聞いている内に何かを思い出しそうな気がしてきたんだよ」

「それはそれは。で、何を思い出しました?」

「いや、今は具体的には何も。ただ、糸口は間違いなく掴んだみたいだから、それをじっくりと考えたい。ということで部屋に戻りたいんだが、かまわないよな?」
我ながら強引な持っていきようだが押し切るしかない。

「判りました。では今夜はこれまでということで」
 特にこだわる様子もなく立ち上がったホームズはさりげなく手をさしのべる。

あまりに自然な動きについベスパは手を取り立ち上がる。

ホームズは人としての温かさを感じさせる声で、
「あまり無理はなされないように。私としてはコトを急かせるつもりはありませんからゆっくりとどうぞ。そうそう、たとえ今回考えがまとまらなくてもいっこうにかまいませんからね」

「そ‥‥ そうか?! そう言ってくれると助かる。それじゃこれで失礼するよ」
ベスパはどこかあわてるように手を離すと部屋をあとにした。




部屋に戻ったベスパはベッドに体を投げ出す。
 ホームズとのやりとりはそう長い時間ではなかったはずなのに相当な疲労を感じる。

 理由は明らかで、こちらが嘘をつき続けていることとそれを相手が見破っているように感じられるためだ。

‘ホームズがテレパスだったとかはないはずだよな’とりとめもなくそう思う。
もっとも、現実それはない。意識には常時プロテクトをかけているし破ろうとすれば気づかないはずはないからだ。

しかし洞察力によって真相が見抜かれた可能性はあると思う。
 美智恵や美神を見れば人の洞察力が強力なテレパスに匹敵することは知っている。まして今向かい合っていたのは史上最高の名探偵とうたわれた人物だ。

 そういえばホームズの最後の台詞は『考えて』であって『思い出して』ではなかった。

「どこかでバレたたんだな」心の内が口に出る。

 当然、全てということはないだろう。しかしオリジナルの体に別な人格が宿っていることに気づいているのは間違いない。姉の不審な態度もそれで説明がつく。

状況的には拙いはずなのにどこか肩の荷を降ろした自分がいる。オリジナルを心配する姉と妹−蛍と蝶々の前でオリジナルとして振る舞うことを思えばよほど気が楽というものだ。

それにしても気づいていて表だって仕掛けてこないのは、”泳がせ”情報を得るため‥‥

 『違うか』と首を振る。
 ”泳がせ”たいのならそれを隠すはずだがホームズの一連の台詞や態度はまったく逆。

 たぶんそれらは”呼び水”でこちらが切り出すのを待っているに違いない。さらに言えば、自分から話せば、敵とは認識せず悪いようにはしないというメッセージも含まれているのだろう。

「なら簡単だな」ベッドから降り窓際に立つと窓を開け放つ。

 冷たい空気だが決断を下した高揚感を鎮めるのにはちょうどいい。



しばらくして窓を閉めたベスパは椅子に腰を下ろす。

明日に向けしておくことが色々とあるが、まず最初は”蝕”に協力する魔族の正体の確認からだ。一致していれば、MCについて重要な情報をホームズに提供できる。

数度の深呼吸。意識をゆっくりと内に集め、”手”を心の奥へ伸ばしていく。しばらくするとぼんやりとしたイメージが浮かび、やがて扉の形に像を結ぶ。
 記憶はその”扉”の向こうにしまわれているのは”判っている”。昨夜はその扉のノブが動くことを確認したところで取りやめた。

‥‥ いったんは躊躇するが、オリジナルのためでもあると意を決する。

 ノブをひねり扉を押し開けた。
 開くと共にオリジナルの記憶がある種の視覚情報として意識に流れ込みシンクロする。

 あの夜、




 ”自分”は夜の森を疾走していた。

 屋敷への襲撃を撃退したところだ。これまでなら駆けつけた警官隊に任せ屋敷に戻るのだが、あまりに脆い相手に止めを刺すべく追跡を決断。

もちろん、襲撃者を全滅させたしてもダメージにならないことは承知しているし主−芦の指示も忘れたわけではない。また、姉と妹とはぐれたこともちらりと引っかかる。
 しかし、これまでの追い返すだけの戦いで溜まったストレスを暴れることで解消したいという衝動の方が大きかった。


追いついたと思った矢先、新手が五人、こちらを取り囲む。
 五人とも”蝕”の殺し屋として修行を共にした者ばかり。ここで敵の脆さが罠であったことを悟る。

その場で戦いに。”腕”は上だが数の不利は否めない。
 少なからずダメージを受け『やられた』と思う瞬間もあったが何とか囲みを突破。しかし罠はそれで終わりではなかった。

 眼前に姿を現したのは‥‥




‘間違いない! 奴は”現在”から来たんだ!!’
 ベスパはオリジナルにフィフスと名乗った魔族を”見て”そう断定した。


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