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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter3.EMPRESS『何かが狂いだす』


投稿者名:詠夢
投稿日時:06/11/ 5

異界と化した銭湯に、人ならざる者たちの怨嗟が木霊する。

それは自らを超える存在への、少なからざる嫉妬と畏怖が入り混じったものであった。

かの者どもの眼に映るもの。

物理法則やら常識云々をぶっちぎりで超越した男の作り上げる光景。

ひしめき合い視界を埋め尽くす異形の群れをものともせず。

男は、横島は。

すり抜け、飛び越え、身をかわし、身をひねり、回り込み、地を這い、ありとあらゆる回避行動をとって戦場を駆け抜ける。

滾る感情のままに彼は吼えた。


「裸のネーチャンやぁぁぁぁぁぁッ──!!」


血走る彼の目はただ、一糸纏わぬ姿のクローセルに固定。

回避行動中だろうと、それこそどんな体勢をとろうとも超固定。

かの者ども(インキュバス)は、初めて自分たちを(煩悩で)凌駕する存在に、敗北を認めてがくりと項垂れる。


「たまりませんッ!! 辛抱たまりませんとも!!
 作者がスランプだか何だか知らんが、こっちはずっとおあずけ喰らっとんのじゃ!!
 溜まりに溜まった鬱憤とその他イロイロ…ここらで発散させてもらおうかいッ!!
 うおおおおッ!! 迸れ、リビドーッ!! 燃え上がれ、エロスッ!! いざ、ごっちゃんでぇ─すッ!!」

「ヒィッ…!! ちょ、こっち来ないで?!」


腰にタオル一枚の格好で突撃してくる横島に、クローセルは自分の身を庇うように抱きすくめる。その目は本気で泣きが入ってる。

まあ、欲望全開で腰のタオルの前を雄々しく屹立させた男が突撃してくれば、誰だってそうする。

何にしろ、今の彼は最低の名の下、最高に輝いていた。


「……ああ…わかってたけど…知っていたけど〜…!!」

「とことん、欲望に忠実なヤツだホー…。」


隅っこで忘れ去られそうな雑魚と、結構地味に苦戦しながら嘆く刻真やノースのことも頭にない。

彼の脳内はすでに、ここでは書けないようなことになってしまっていた!


「さあっくんずほぐれつ、裸の付き合いといきまっしょ──いッ!!」


本家すら超え得る、過去最大のル●ンダイブを決行した横島は、眼下の障害物(アクマ)どもを一足で飛び越えてゆく。

美しい乙女が、いまケダモノの餌食に。

だが、その所業。例え天が許そうとも、全年齢対象の分厚い壁が許さない。


「…冗談ッ…アンタなんか願い下げなのよ…ねッ!!」


ざぁ…とクローセルの足元の湯が揺らめくと、それは一気にせり上がってその姿を現す。

開かれる、巨大な竜の顎。

クローセルの大腿部より下は、まさしく異形であった。

西洋の戯画に描かれるような邪悪な竜の頭部があり、その頭のすぐ後ろにはのたうつ尾と翼が直接くっついている。

今まで見えていた少女の裸身は、その竜の眉間にあたる部分から生まれていた。

放物線を描く軌道の横島は、このままいけば間違いなく、あの鋭い牙並ぶ口にホールインワンを決めるだろう。


「「横島──ッ!!」」

「なッ?!…〜んのぉ、回避!!」


空中で器用にも身を反らした横島は、どういう理屈か軌道を捻じ曲げて桶の山に盛大に突っ込んだ。


「……今、ヨコシマ…。」

「もう…なにもかもが馬鹿らしくなってきた…。」


ままならない体を動かし、纏わりついてくる妖鬼アズミを殴り飛ばしながら、刻真は哀愁の色さえ滲ませて嘆いた。

そんな本作品主人公の悲哀などよそに、横島は勃ち上がり(失敬!!)なおも吼える。


「ふ…まさか美人局とはな。してやられたよ。
 だがしかし、足の先が竜だとてそれがどうした!! 神秘は神秘、大事なところは揃っとる!!
 後学のためにもじっくりたっぷり勉強せねば!!」


血走った目を向けられ、クローセルの全身に悪寒が走る。

目で汚されるとは、まさにこの事。


「うひぃぃッ!! こ、このッ…筋金入りの変態ねッ!!」

「Yes、T am!!」


どこぞの炎のスタンド使いよろしく、すっぱりと言い切る横島。

頭の中のネジが数十本ほど吹っ飛ぶくらい、美しい少女の裸身(足を除く)は刺激が強すぎたらしい。

完全にイカレた目で、両手の指をわきわきと動かし、じりじりとすり足でにじり寄ってくる。

正直、こんなヤツ描写するの、いやだ。


「も…ッ、もぉ嫌ァ──ッ!! こんな奴いるなんて聞いてないわよ!!」

「もらった隙ありィィィャァァァァ──ッ!!」


己が身の不幸を心の底から嘆くクローセルに、タガの外れた煩悩の塊が踊りかかる。

狂気に塗れた表情とともに、人間を軽くやめてしまっている動きで肉薄する横島。

だから、その所業はこの場では許されんと言っている。


「暴走も…たいがいにせんかあぁぁぁぁッ!!」


刻真は全力全開渾身の怒りを込めて、手近なもの──ノースの頭を鷲掴んで投擲する。

それは砲弾の如き勢いで宙を飛び、狙い過たず横島の頭部へと激突した。


「ぶっわぁぁぁ?!」

「ヒホォォッ!?」


首の辺りにごきりという嫌な音を聞きながら、横島はノースと共に湯船に堕ちた。


「熱ッ?! 熱いヒホー!!」


さらに、湯の熱さに耐えられなかったノースが、その場でブフダイン。

湯船は一瞬にして凍りついた。中に横島を閉じ込めたまま。


「た、助かったぁ〜…ッ!!」


危機を免れたクローセルが、心から安堵の吐息を漏らす。

目の端に、じんわりと涙が浮かんでるのは、まあ、仕方ないだろう。


「あ、アタシもう帰るねッ!! あんた達はそいつらきっちり殺しといて…特にそこの変態は念入りにッ!!」


そう言い捨てるなり、クローセルの姿が消える。

よっぽど怖かったのだろう。さも、ありなん。

残されたアクマ達は、そんな自分たちの主人をぼうっと見送っていたが、漸く我に帰ると言い残された仕事を果たすべく動き出す。

主に自業自得によって、身動きすることもままならぬ獲物を引き裂こうと。


「シャアァァ──ッ!!」

「くッ…うわっ、くそッ…こいつら…!!」


気の緩んでいたところを急に攻勢に転じられ、刻真は防戦を強いられる。

力は使えず、まともに動くことすら苦しい中、さらに濡れた足場に踏ん張りも利かず。

最悪の状況下、今までなんとか保っていた均衡が一気に崩れる。


「ヒホッ!! コクマがやばいヒホー!! ヨコシマ、いつまで凍ってるヒホー!!」

「ぶお?!」


敵の波に飲み込まれようとしている刻真に気づいたノースが、その可愛らしい手に似合わぬ破壊力のパンチで氷を砕く。

中にいた横島が、その拳をまともに喰らったのはご愛嬌。


「あっ、刻真!! 何やってんだ、お前!!
 今まともに動けねーんだから、ノース投げたりしたらそうなるのは目に見えてんだろーが!!
 時と場合を考えて行動しろよ!!」

「お前にはッ…お前にだけはぁ〜〜〜〜ッ!!」


多数の敵に組み付かれ、それを押しのけながらぎりぎりと、何とも言いがたいどす黒い感情に歯噛みする刻真。

出来ることなら、今すぐ横島のところまで行って、思いっきりぶん殴りたいことだろう。

だが、普段ならボケで片付けられるやり取りも、今この状況下では致命的な油断だった。





腹部に鈍い衝撃が走る。


「…あ?」


それは、ひどく間の抜けた声で、誰の口から漏れたものだったのかも知れないか細い声だった。

刻真の視線がゆるゆると自分の体に向けられる。

一体のアクマの腕が、刻真のあらわな薄い腹部に深々と突き刺さっていた。


「う、ぐッ!!」


込み上げてくる灼熱感とともに、口中に錆臭い味が広がる。

ぶちまけたくなるのを堪え、渾身の力で押しのけるように敵を殴りつける。

ずるりと引き抜かれる腕にあわせ、腹部からの出血が激しさを増して湯に濡れた床を染める。

背中が壁にぶつかって、はじめて自分がよろめいていた事に気づく。

何か重量のある物が、自分の腹から滑り落ちていくような感覚を最後に、後は息苦しさだけが残った。


「コクマーッ!!」

「待ってろ、すぐにそっちに…ッ!!」


刻真の窮地にノースと横島が飛び出して。

ぎしりと。

不意に、耳の奥、頭のずっと奥のほうから聞こえてきた何かが軋む音に、横島の動きが止まる。

ゆっくりと、先の刻真のように或いはそれ以上に、その視線がぎこちなく自分の右腕を見る。


「あ、あぁ…!!」

「ヨコシマ、何してるホー!?」


ノースが立ち塞がるアクマの群れに氷塊を叩きつけながら、呼びかける。

だが、横島にはそれに応える余裕など何処にもなかった。

脳裏にフラッシュバックする記憶が、思考の全てをかき乱していた。

異形と成り果てた友人に殺されかけたあの夜。

敵も味方も区別なく、ただの暴力そのものになって振り回されたあの夜。

自分が何か、違う存在になったようなあの夜。

あの夜の、恐怖。

その恐怖の対象が目の前にあった。

どこまでも深く濁り凝った禍々しい赤を宿す、異形の腕。

歪に捩れた『栄光の手』が。


「う、ああああッ!?」

「ヨコシマッ!?」


呆然とする横島の意思とは無関係に、『栄光の手』が突如として動き出す。

無軌道に、滅茶苦茶に。

狂ったように暴れだす肥大化した右腕に、横島の体の方が引きずられ振り回される。

周囲のアクマをただの一撃で薙ぎ払い、引きちぎり、壁も床もお構いなしに殴りつける右腕を押さえながら、横島は叫ぶ。


「くそッ、何だ、何なんだよぉッ!! 止まれ、止まれ止まれ止まれ止れェ─ッ!!」

「ヨ…ヨコシマーッ!!」


ノースがその尋常ならざる様子に、そちらへ向かいかける。

だが。


「ぐぁあああ──ッ!!」

「?! しまっ…うわああああ、コクマ─ッ!!」


絶叫に振り返ったノースは見た。

無数のアクマに群がられた刻真が、そいつらと一緒に湯船に沈んでいく。

右腕を肩口からもぎ取られ、左足と脇腹と喉元に喰いつかれ、鋭い爪に左目を抉られながら。

無残な姿で沈んでいく。

そして、刻真自身も同じくその光景を、残った右の目で見ていた。

自らの血と臓物がぶちまけられた、穢れた浴槽の底に沈んでいく己の身体。

赤く染まった揺らめく水面の向こうから、さらに次々とアクマが飛び掛ってくるのが見えた。

視界が何度も激しくぶれる。

自分の体に爪が牙が突き立てられているからだ、とどこか他人事のように思った。

やがて、その視界も赤く染まって何も見えなくなる。

赤く。染まって。










          ◆◇◆










銭湯の前は、野次馬とオカルトGメンの職員でごった返していた。

半ば強制的に銭湯内より退去させられた客たちは、しきりに首を傾げながら「そんな事件があったなんてなぁ」と話している。

事件終了後の雑多な状況を収めるために、的確な指示を部下に飛ばす美智恵をちらりと見やって、美神は口を開いた。


「つまり、敵はその後、何の前触れもなくいっぺんにいなくなったと─そういうこと?」


その問いに小竜姫が頷く。


「…ええ。撤退した…という風には見えませんでしたが…。」

「いきなり黒い塊がいくつも現れて、その中に飲み込まれたように見えたでござるよ。」


歯切れ悪く応える小竜姫の横から、シロが付け足す。隣では、タマモも同意見を示すようにコクコクと頷いている。

美神はふむ、と腕を組む。


「…妙な話ね。それが仮に攻撃だとして、それをやった奴は何者かしら? 敵の敵は味方……ってほど単純でもなさそうだし。」

「それに、あのゲテモノ連中、最初っから私たちを狙ってたでちゅよ。何か心当たりはあるんでちゅか?」


パピリオの問いに、美神はハンと鼻で笑う。


「その手の話なら、心当たり有りすぎてどれだかわかんないわ。逆恨みが怖くてGSがやってられますかってーの。」


確かにその通りだ。美神の場合、余計なところでも恨まれてそうだが。

肩をすくめるような仕草でおどけて見せていた美神だが、そこでようやくここからが本題だというようにぽつりと切り出す。


「…それで? あっちはどんな様子なの?」

「一応、おキヌちゃんと鈴女がついていてくれてますが…。」


言葉を切って目を伏せる小竜姫の様子に、ある意味予想通りの返答だと美神は独りごち、「そう。」と素っ気無い返事だけを返した。





「あの…飲み物、これでよかったんですか?」


おずおずといった様子で、頼まれていたコーヒー牛乳を二本、相手に差し出すおキヌ。

どうやら、この騒ぎの中でも律儀に代金を置いてきたのか、片方の手には財布を握っている。

しかし、差し出された方は気づいていないのか、何の反応も返ってこない。

おキヌはその様子を訝しみながらも、もう一度呼びかけてみる。


「あの……刻真、さん?」


その声にようやく気づいたのか、『刻真』はゆっくりと振り返る。


「ああ、ありがとう。」


そう言って、おキヌの手からコーヒー牛乳を受け取る。

早速、ふたを開けて口にする。

その様子を見ながら、おキヌは心配そうに眉根を寄せる。


「…横島さんは、大丈夫でしょうか?」

「んー…。」


刻真は、視線を先ほど見ていた方向へと向ける。

そこには、銭湯の上がり口に腰掛けて悄然としている横島の姿があった。

周りの喧騒も、隣に座っているノースの物言いたげな視線もまるで意識に上らないのか、ただぼんやりと自分の右手を見ている。

そんな横島の様子に、おキヌの頭上で鈴女が嘆息する。


「暗いなー。どーしたの、アレ? なんかあった? 結局、『みんな無傷』だったのにさー。」

「………。」


刻真はそれに答えず、ただ無言で横島を見ている。

その視線に、どこか鋭いものを感じておキヌは、なぜか胸がざわついた。

が、それもほんの一瞬のことで、刻真はひとつ息を吐くと、


「まあ、悩みはそれぞれってことだろう。横島のことは、任せてくれて良いよ。」


それだけ言って、コーヒー牛乳を持って横島のところに向かう。

後には、釈然としない様子のおキヌと鈴女が取り残された。





周囲の全てを遠くに感じながら、横島はただ思考に沈んでいた。


「(…俺はどうなったんだ?)」


横島は自問する。

以前のときは、まるで夢を見ているような、自分が暴れる様を外から眺めているような気がして実感も薄かった。

だけど今回は違う。

自分の右腕だけが、まったく別の誰かが動かしているような、とても気持ちの悪い感覚が確かに残っている。

『栄光の手』

はじめて自分の意志と力だけで発現させた、恐らく自分がもっとも頼ってきた相棒にも等しい力。

それが今回の事件で徹底的に裏切られた気がした。


「(美神さんたちに話すか…いや。)」


横島は浮かびかけた思考を即座に否定する。

それは横島が『そうあって欲しくない』と望むが故の結論。

もしかして。

そんなはずは、でもしかし。

否定しても一度考えた可能性はそう簡単には消えてくれない。

こんなこと考えたくないのに。

横島の心に、ぽつりと浮かぶその言葉。



己の中に在る『彼女』の因子が原因なのでは─。



ことり、という音にはっと我に帰ると、いつしか左手で強く右腕を握り締めていたことに気づく。

傍らを見れば、まずコーヒー牛乳が目に入り、その先で刻真が同じように座って別のコーヒー牛乳を飲んでいるのが見えた。

刻真は特に何も言うつもりはないのか、慌しい人の動きを眺めるばかりで横島の方は見ていない。

先ほどまでの考えを誤魔化すように、横島は刻真のほうに意識を向ける。

と、そのいつも通りの『無事な姿』に疑念が沸いてくる。


「(…そう言えばあのとき、確かにこいつはアクマに、殺された…よな…?)」


激しく振り回された視界でも、あの凄惨な光景は見えていた。

赤く染まるお湯。

群がる異形と飛び散る鮮血。

だが、こうして涼しい顔をした刻真を見ていると、それらが全て夢だったようにも思える。

そう考え出すと、何というか辻褄が合っているような気がした。

納得できる、と言ってもいい。

奇妙なモノを見た気がするのだ。

惨劇の中心にありながら、それら全てから隔絶しているような、まるで合成された映像のような違和感を放つモノ。

ぬうっと上に向かって差し上げられた、異様に長く黒い腕。

ゆらゆらと揺らめくそれが、バシャバシャと激しく暴れるアクマたちの只中にあった。

そして、黒い塊とその向こうにちらりと覗いた祭儀用の仮面らしきもの。


「(夢、だよな…。)」


何の脈絡もない、だから夢だ。

横島はそう自分に言い聞かせると、傍らに置きっぱなしのコーヒー牛乳を飲むことにする。

喉に流れ込むそれは甘く、不快な気持ちもゆっくりと溶けていく気がした。

そんな横島は気づかない。

何故、言い聞かせなければ為らなかったのか。何に対して、それほど怯えていたのかに。









ノースがそっとその場を離れていくのを、刻真は視界の端で捉える。

恐らくは、今回のことを美智恵あたりに報告に行くのかもしれない。

少々厄介なことになるかも知れないが、それは仕方ないだろう。

それよりも、と横島を横目にちらりと見る。

見ながら、刻真は小さく、誰にも聞かれないほど本当に小さく呟いた。


「……あんなの、聞いてなかったぞ…?」


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