椎名作品二次創作小説投稿広場


VISITORS FROM THE ABYSS

バトル・スタジアム


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:06/10/30




「――精神感応能力者(テレパス)か。そのマスクは念波の放出を抑えるための物じゃな」

「ひと目見てそこまで分かってしまうとは――ドクター・カオス……ああ、あなたが」

「わしのことを知っておるのかね」

「ええ、妻から話を聞いた事があります」

「お前は――」

「私は美神公彦。娘がご迷惑をおかけしたようで」

「美神令子の父親か!?」


 驚きを隠せずにいたカオスの後ろから、アンリ博士が近づく。


「美神教授は動物行動学で多大な成果を上げておられましてね。彼の強力なテレパシー能力は、デュナミスのコントロールに多大な貢献を果たしてくれましたよ」

「そのあげく、こんな所に幽閉されてしまうとは思いもしませんでしたが」

「……もうじき研究は完成する。その時まで二人とも大人しくしていて貰いましょうか」


 淡々とした二人の会話を眺めていたカオスだったが、やがて小刻みに肩を震わせ笑い始めた。


「くくく……ははは……だぁーっはははは!」

「はて、ここは笑う場面ですか?」

「ケンカを売るなら相手をよく見てからにしろという事じゃ、アンリ博士よ。くっくく……!」


 壁を背にしてカオスは笑い続けていた。アンリはそれを訝しげに見つめていたが、駆け寄ってきた兵士と何事か話し、指示を出した。兵士が立ち去ってしばらくすると、部屋の中にコンテナが運ばれてきた。


「強気なのは結構なことですが……残念ながら望みは潰えてしまったようですね」


 カオスの目の前で開かれたコンテナの中には、胴を両断され完全に停止したマリアのボディが放り込まれていた。


「マ、マリアーーーッ!?」








 水平線に太陽が昇り、夜が明けた。ベスパとジークの二人は昨夜話していた事――土地が霊気に満ちている原因とデュナミスが嫌うという魔除け――について調べるため、ジョゼフィーヌ邸の庭園に出ていた。石壁で囲われた庭園内では多種多様な植物が花を咲かせ、自然石を敷き詰めた小道がそれらを堪能できるように伸びていた。花には蝶や蜂が集まり、地面には地を這う虫がせわしなく行き来している。不思議な安らぎを感じる庭園の作りを見て、ジークはすぐに気が付いた。


「なるほど……そういうことか」

「分かったの?」

「ああ、この庭園の造りは風水で霊的に計算されている」

「風水っていうと、霊的学問ってやつだっけ」

「そうだ。気の流れを上手くコントロールして、土地の霊気を数倍に増幅してあるようだ」

「でも、何のために?」

「それはこれから確かめる。例の魔除けを見に行こう」

「オッケー」


 ジークを手のひらに乗せたまま、ベスパは建物の入り口に向かう。小さな池に架かった橋を越えて庭園を抜けると、敷地の出入り口に小さな門が見えた。門の外側に回り込んでみると、紋章が壁に埋め込まれている。眼のようなものを中心にして複雑な模様が彫り込まれ、黄金で縁取られた紋章――ジークは真剣な目つきで調べた後、しばらく無言のまま考え込んでいた。


(まさか……断定するには早すぎるが、これは――)

「どうしたの?」

「あ、いや……この魔除けが本物なのは間違いない。土地の霊気との相乗効果で、かなり強力な効果を発揮しているようだな」

「でも、魔除けってんなら私達にも影響があるはずじゃない?」

「特定の対象にしか効果がないんだろう。範囲が限定されている分、効き目は強くなる」

「ちょっと待って……てことは、この家はデュナミスを一歩も近付けないように作られたみたいじゃ――」

「恐らくその通りだろう。この家の主――あるいは設計をした人物は、こうなることを事前に知っていたとしか思えない。オカルトについてもかなり詳しいはずだ」

「写真に写ってたあの男――」

「ああ、ジョゼフィーヌさんのご主人だったな。彼について尋ねてみよう」


 思いがけない手がかりを得ることができた二人は、屋敷へ戻るため踵を返そうとした。その時、遙か上空から猛烈な殺気が飛来するのをベスパは感じた。マリアの分析を頼るまでもなく、肌で感じられる殺気。素早く身構えて振り向いた視線の先にあったのは、羽音を立てて宙に浮かぶ――黄色と黒の装甲に包まれた身体と、つり上がり弧を描く複眼。透き通る羽根を羽ばたかせている――蜂のような姿をした魔物であった。その姿に見覚えはない。しかし、突き刺すような殺気と燃え上がる敵意をベスパは確かに知っている。そう、人間の兵士達に『シュバリエ』と呼ばれていたあの怪物と同じだった。


「お前……私の霊力を奪いやがった奴だな」

「しぶとい奴だ……こんな虫けらに仲間が二人もやられてしまったのか」

「虫けらはお前もだろーが!」

「私はフェルミオン。深淵の縁に住まう者だ。我が同胞デルタから報告を受け、お前が結界から出るのを待っていた……」

「カマキリと違って口が達者だね。けど、そう簡単に――!」


 一歩踏みだそうとした瞬間、ベスパの足元に円形の深い穴が開いていた。顔を上げると、宙を浮かぶ蜂の魔物――フェルミオンが掌をかざしていた。霊力を極限まで収束させ、針のように細く鋭い一撃を放ったのである。それも、恐るべき速度で。ベスパの本能が全力で危機を告げていた。しかし、それを認識した瞬間には次の一撃が放たれていた。


「遅い……その脆弱さでよく生き延びたものだ」

「うわっ!?」


 今度は激しい爆発を伴う霊波だった。吹き飛ばされたベスパは壁を突き破り、庭園の茂みの中に突っ込んでいた。幸いにも派手に吹っ飛んだだけで、大きなダメージはない。体勢を立て直そうと身を起こしたベスパは、手の中にあったはずの物が失われていることに気付いて蒼白となった。


「ジーク!?」


 周囲を見渡しても、彼の姿はない。焦りを隠せないベスパが必死に探していると、低く押し殺したような冷たい声がした。


「捜し物はこれか――?」


 フェルミオンのかぎ爪のなかに握りしめられていたのは、ジークとその本体であるシード。抵抗する力すら残っていないジークを始末するのは、いとも容易いことだろう。


「ジークに手を出すな! お前らの狙いは私だろッ!」

「……よほど大事と見えるな。そこに立て籠もられては面倒だ……貴様には我らの巣に足を運んでもらうとしようか」

「なっ――!?」

「街の中心にスタジアムがある。取り返しに来るがいい」

「ま、待てッ!」


 返事を聞くこともせず、フェルミオンは飛び去って行く。後を追おうと伸ばした右手は、虚しく宙を掻くだけだった。


「ち、畜生ーーーッ!」


 ベスパは悔しさのあまり拳を地面に叩きつけていた。力を奪われてからプライドは何度も傷つけられていたが、これはその中でも最大の屈辱だった。かつては魔神直属の幹部であった自分が、人質などという姑息な手段でいいようにあしらわれてしまうとは。相手にするのも面倒だと言わんばかりの敵の態度に、ベスパは心の奥底から激しい殺意が湧き上がってくるのを感じていた。


「凄い音がしたけど、どうしたの?」


 爆発音を聞きつけたジョゼフィーヌが屋敷から姿を現し、両膝を付いたベスパの背後から声をかけた。振り返ったベスパの表情は、彼女は思わず後ずさりしてしまうほど殺気が滲み出ている。何かただならぬ出来事があったのだと理解したジョゼフィーヌは、そっと近づいてベスパの肩に手を置く。そこに自分の手のひらを重ねたベスパは顔を上げ、街の方向を見つめたまま口を開いた。


「ロクに礼もできなくて悪いけど、もう行かないと」

「いったい何が?」

「ジークが攫われた……私をおびき出すためさ」

「まあ……!」

「奴ら、やっぱりここには近付けないらしい。おばさんは家から出ちゃダメだよ。それじゃ――」

「あ、ちょっと待って」


 立ち上がり駆け出そうとしたベスパを止めたジョゼフィーヌは、自分に付いてくるようにと促し歩き出す。小さなガレージの前に着くと、小さな鍵がベスパに手渡された。


「この中にあなたが持っていた武器が置いてあるわ。それから、小さいけどオートバイがあるからに乗っていきなさい」

「おばさん……」

「さあ、早くボーイフレンドの所に行ってあげて」

「ありがとう、いつかこのお返しするから――!」


 ベスパを乗せて走り出したのは、奇しくも彼女と同じ名を冠するモーターサイクル。小粋なスタイルの車体を即座に乗りこなし、ベスパは街へと向かう。
 その姿が見えなくなるまで見送っていたジョゼフィーヌは、一旦目を伏せた後に呟く。


「――さあ、そろそろ姿を見せて下さいな」

「気づいていましたか。彼女には気配を悟られなかったというのに」

「女の勘、ってとこかしら。あの子をここに運んだのもあなたね」

「ええ。害を及ぼすなら除霊するつもりでしたが」

「……来てくれたと言うことは、依頼を受けてくださると思っていいのかしら」

「この事件、私も無関係というわけではありません。詳しく話を伺いましょう――」


 青白いスパークが生じ、やがて風景が歪み始める。その現象が収まった時、そこには全身を特殊スーツで覆う人物の姿があった。ジョゼフィーヌの前で、その人物はヘルメットを脱ぐ。栗色の髪が、朝日を浴びて輝いていた――。





 走り続けたベスパは市街地に侵入する。住宅や商店の立ち並ぶ通りに人の姿はなく、まさしくゴーストタウンと言った様相である。メインストリートに沿ってスタジアム方面に向かうと、脇道や建物の屋根からデュナミスの群れが続々と姿を現し、長い後ろ足をバネのようにして飛び跳ね、襲いかかってきた。


「ザコが……道を空けなッ!」


 正面に立ち塞がるデュナミスにFA−MAS(アサルトライフル)の銃弾を浴びせて突破し、頭上から降ってくる連中は路面スレスレまで車体を傾け避けていく。アクセルを全開にしてなお、背後から塊となって追ってくる群れには手榴弾をお見舞いし、ベスパはスタジアムへと急ぐ。
 アスファルトに長く伸びたブレーキ痕。その跡に連なるように、無数のデュナミスの死骸が転がっている。その先には主のいないオートバイと、開かれたままになったスタジアムへの扉があった。
 薄暗いスロープを抜けてスタジアムの中心に足を踏み入れたベスパを待っていたのは、意外にも無人の空間だった。警戒したまま周囲を見回していると、グラウンド中央部に大きな穴が開いていた。底は見えず、深くて暗い。その穴に近づこうと踏み出したとき、突如けたたましい音楽が鳴り響く。


「な、何だ――!?」


 観客席の足元から、塀の外から、全ての出入り口から――どこに隠れていたのかと思うほど大量のデュナミスが出現し、ベスパを取り囲む。しかし、観客席からじっと見つめてくるだけで、いきなり襲いかかって来る気配はない。完全に囲まれる形になったベスパの姿が、バックスクリーンの巨大液晶モニターに映し出されていた。


「……見せ物にしようってのか。出てこい、蜂野郎!」


 怒りに満ちた叫びに答えるように――いや、初めからそこにいたのかも知れないが――フェルミオンはバックスクリーンの上に腰掛け、足を組んでベスパを見下ろしていた。


「勇敢か、あるいは愚かなのか……貴様はどっちだ」

「ジークを返せ!」

「我らの障害となる前に、ここで死ぬがいい。このオモチャは私が預かろう」

「……ぶっ殺す!」


 激昂したベスパはFA−MASのトリガーを引き、ありったけの銃弾を撃ち込む。しかし、弾丸がそこに届く頃にはフェルミオンの姿は消え、地面に開いた穴の上で羽音を立てて浮かんでいた。


「貴様の相手は私ではない。出でよラムダ」


 フェルミオンが指を鳴らすと、穴の縁に黒光りする腕が掛かる。鋭い鉤爪を持つ、デュナミスのそれと分かる腕が地面を掴むと、本体が一気に這い上がってきた。


「何だコノヤロー」


 それはフェルミオンとよく似た姿をしていた。しかし背に羽根はなく、全身は黒一色。胸回りが特に分厚い逆三角形の体格をし、黒い複眼のある顔には太くしゃくれた双顎が伸びている。いわゆる『蟻(あり)』の姿を取る進化した怪物――エネルゲイアであった。


「奪われたら力ずくで奪い返せ。それが魔族の流儀だろう、我らの天敵よ――」


 そう言い残し、フェルミオンは深い穴の奥に姿を消した。後を追おうとしたベスパの前に立ちはだかったのは、彼女より一回り大きな体格の怪物ラムダであった。


「そーゆーわけで、俺の相手をしてもらおうか。ボインのねーちゃん」

「くっ……!」

「俺は小細工抜きでぶつかり合う戦いが好きでね。あんたからも似たような匂いがするぜ」

「どけ――」

「ん?」

「ジークを取り返すんだ! 邪魔するな!」


 不意打ちの鉄拳を叩き込まれた蟻の怪物だったが、怒るどころかむしろ嬉々として殴られた顔をさする。そして力任せにベスパからFA−MASを奪い取ると、頑丈な顎でバリバリと噛み砕いてしまった。


「こんなオモチャじゃ俺は仕留められねーな。拳で来い拳でッ!」

「チッ……遊んでるヒマなんて無いんだよ!」

「俺はマジだぜ! これは俺とあんたのタイマンだ。その証拠に、手下どもには手を出さねぇように命令してある」

「……」

「いつ何時、誰の挑戦でも受ける! これがアントニオン・ラムダ様のポリシーだ。だぁーっははは!」

(……アホ?)

「オラァ、かかってこいコノヤロー!」


 明らかに今までとノリの違う相手に面食らったベスパだったが、ラムダの一撃が地面を派手に抉り取ったのを見て認識を改める。いくら頭が軽そうな相手に思えても、こいつは恐るべきパワーを秘めた強敵なのだと。敵に囲まれ逃げ道はなく、能力も圧倒的に不利――生存が極めて絶望的な窮地に立たされている事に、何ら違いがあるはずもなかった。


「捕まえたぁーッ!」

「うっ!?」


 ラムダのパンチやキックは大振りでオーバーアクションなものが多く、ベスパは慎重に間合いを取って回避を続けていた。ところが、その合間に鋭い一撃を織り交ぜてくるのがラムダの戦い方であり、ベスパはフェイントに引っ掛かって襟首を掴まれてしまった。バックスクリーンの映像が不自然に伸びたように感じた瞬間、ベスパはスタジアムの内壁に背中から激突してめり込んでしまう。それは技でも何でもない、力任せに片腕で投げつけただけだった。


「が……っ!」

「ストラーイク、なんつってな。がははは!」

「な、なんて馬鹿力だ……マリア!」

『――ターゲットの・スキャニング・完了。分析結果を・表示します』






 ――エネルゲイア・アントタイプ――


 霊波解析の結果、デュナミス進化形態エネルゲイアと確認。
 全身の筋組織が異常に発達し、高い身体能力を獲得しています。
 格闘戦に長け、驚異的な怪力での一撃を最大の武器としている模様。
 特殊な能力は持ち合わせていませんが、目立った弱点も発見できません。
 総合的な能力の水準が高く、驚異レベルは高位です。
 クリーチャーの体内より、喪失した霊力と一致する波動を感知しました。






 正攻法で戦う場合において、敵の能力が自分を上回っていると状況を覆すことは非常に困難である。魔族の中でも指折りの実力を誇っていたベスパは、今まで立ちはだかる相手は力でねじ伏せてきた。奇襲や策を使うのは相手が自分より強いと認めた場合の作戦であり、彼女にはほぼ無縁で必要となる状況はごくわずかであった。ジークからは正攻法以外の戦い方も意識するようにとよく指摘されていたが、それがいかに重要であったかをベスパは改めて思い知る。生死を賭けた戦で正面からぶつかってくるのは、万が一にも負けはしないという自信があるという事なのだから。


(とは言っても……今はとにかく精一杯戦うしかないね――!)


 崩れかかった壁の中で顔を上げると、ラムダが追い打ちのニードロップを仕掛けて来る。急いでその場から飛び出すと、自爆したラムダが崩れた瓦礫の下でもがいていた。


「ぬおっ!? 前が見えんッ!」

「この島に来てからどいつもこいつも私をコケにしやがって、ストレス溜まってたんだ……死ねッ!」

「むうっ、キ、キレの良いストンピンぐはあああッ!?」

「この! この! このッ!」


 今までの鬱憤を晴らすべく瓦礫ごと踏みつけまくったベスパは、ちょっとだけスッキリしていた。しかし調子に乗りすぎたのか、素早く軸足をラムダに掴まれ、またしても力任せに放り投げられしてまった。


「同じ手を何度も食うかよッ!」


 弧を描き飛んでいくベスパは、空中で身体を捻り体勢を立て直した。が、すでにラムダが目の前に迫っていたのには驚きを隠せなかった。投げたと同時にダッシュ、そしてドロップキックの体勢に入っていたのである。


「ラムダ・キィーーーック!」

「うわあっ!?」


 とっさに両腕でガードしたものの、蹴りの威力は強烈だった。今度は一直線に吹き飛ばされ、観客席に突っ込んでしまった。数匹のデュナミスがクッション代わりになった事でダメージは大きくなかったが、ベスパの闘争心もいよいよ燃え上がってきた。


「上等じゃないか……プロレスごっこがしたいなら、とことん付き合ってやるよ!」


 アゴを鳴らして威嚇するデュナミスを蹴飛ばして追い払うと、ベスパはラムダに向かって駆け出していった。待ち構えるラムダの両腕をかがんですり抜け、勢いを乗せた膝蹴りを腹部にめり込ませる。ラムダが前屈みになり顎が出たところで触角を掴み、渾身のアッパー。仰け反った所へ間髪入れずジャンピングソバットという連続攻撃を叩き込んだ。さすがにこれは効いたらしく、ラムダは大の字になって倒れ込む。


「立ちな。まだこんなモンじゃ――」

「っしゃあコノヤロー!」

「うっ!?」



 倒れたままの姿勢から突然放たれた蹴りを受け、ベスパの左膝が地に付き折れた。


「これがホントの蟻(アリ)キックってか?」

「くっ、こいつ……!」

「ほれ、どこからでもかかって来な!」


 何事もなかったかのように飛び起きたラムダは、指先をクイクイと曲げて挑発する。その映像に興奮しているのか、観客席のデュナミス達もザワザワと騒ぎ立てていた。


「しかし気に入ったぜ、ボインのねーちゃん。殺すのが惜しくなってきたな」

「その呼び方はやめろ!」

「かといってデルタの陰気野郎に横取りされるのも面白くねぇ。どうだ、俺の女に――」

「アホかーーーッ!」


 全て言い切る前にベスパのケンカキックが炸裂していた。しかしラムダも負けじと顔面で押し返す。


「けどよ、どのみちあんた――」

「断る(げしっ)」

「いや、だから――」

「断る(げしっ)」

「俺の――」

「断るッ!(げしげしげしっ)」

「俺の話を聞けほふうッ!?」


 喋ろうとする顔面をさんざん蹴り続け、ベスパは拒絶した。任務も果たせずジークも救えずに媚びを売って生きるくらいなら、死んだ方がましだ――断固たる意志をもってそう答えると、ラムダもようやく黙った。


「ちっ、仕方ねぇ。だったらせめて、今この瞬間だけでも楽しむことにするか」

「……奴らの仲間にしちゃ、相当な変わってるなお前」

「俺の使命はここを守ることだからな。他の奴らと違って娯楽が少ねぇんだよ」

「弱い物いじめが娯楽なんて、魔族としての格もたかが知れてるみたいだね」

「そこだ。条件が一方的じゃあ面白くねー。ここはひとつフェアに行こうぜ。ボインのねーちゃんが俺を三秒押さえ込んだら勝ち、ってのはどうだ」

「……何だって?」

「時間は無制限。俺に殺されたら負けだ。シンプルでいいだろ?」

「そんな言葉を信用すると思ってるのかい」

「信じる信じないは勝手にしな。俺も勝手にやらせてもらうからよ」

「あー、そう。だったら――!」


 ベスパは霊力を拳に集中し、電光石火のボディブローを叩き込んだ。


「おごっ!?」

「あっという間に勝負が付きそうだね。妖毒を流し込んだから、しばらく身動きはできないよ」


 接触した瞬間に妖毒がラムダの身体を駆け巡り、身体を硬直させる――そのはずだった。
鉄塊のような重い拳が、ベスパの腹部にめり込んでいた。視界が傾き、ぐにゃりと歪む。


「な……ッ!?」

「残念だったな。俺に妖毒は効かないのさ――」


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