椎名作品二次創作小説投稿広場


時は流れ、世は事もなし

思惑 1


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/10/ 3

主な登場人物

ベスパ 
 意識体(魂)のみで過去界に。自分のオリジナル(作品中では霊基構造体のパターンを提供した者の意)と思われるフォンという少女の魂がない肉体に憑依中。

蛍 乱波 芦の部下で”教授”の護衛にあたる。ルシオラのオリジナルと思われる少女

蝶々 感情探知を主とするエスパー 蛍と同じ。パピリオのオリジナルと思われる少女

ホームズ 名探偵 フォンに憑依した者の正体を探ることを依頼される。

モリアーティー(”教授”) 元犯罪王 ホームズに上記の件を依頼。


芦優太郎 陸軍少佐 
 アシュタロスが己の霊基構造体をベースに創造した上級魔族級の使い魔。過去世界において進行中の”計画”の実行者。ただし、現時点では、自分の正体については知らない。

フィフス 女魔族 フォンから魂を抜き取る。

ここまでのあらすじ
アシュタロス消滅より四年。彼の復活を望む一団が、復活の核として過去世界から芦優太郎(上記参照)の拉致を計画。そのためのエージェントを過去(西暦1893年前後)に送り込んだ。
それを阻止すべくベスパと美智恵が過去世界に行くことになるが、敵のトラップにより、ベスパの意識体(人の魂の相当する部分)のみが過去に転移してしまう。(遡行)

過去世界に転移したベスパの意識体は、魂を抜かれた自分のオリジナルと思われる少女−フォンに憑依。彼女の周囲には姉−ルシオラ、妹−パピリオのオリジナルと思える少女がおり、共に芦優太郎の部下として”教授”と呼ばれる人物の護衛についていた。(憑依)

同時期、その”教授”−モリアーティーの元にホームズが訪れた。
 モリアーティーはフォンの身の上に起こった異変を探るようにホームズに依頼。ホームズは最初の接触でフォンが何者かに憑依されていることに勘づく。
一方、過去世界、芦優太郎の周辺では、元始風水盤の復元が進行中であった。(同舟&傀儡)



思惑 1

「悪かった! これからは無茶はしないように気をつけるからさ」
 真面目くさった顔でベスパは深々と頭を下げた。

 場所は自分の部屋、相手は腕を組み怒りを全身で表現する蝶々。

少女が怒っているのは早朝からのベスパの行動を知ったため。『怪我をしているのになんて無茶なことをするんでちゅか!』ということだ。

 ベスパとしては、心配するあまりの怒りだと判っているので謝るしか手はない。

姉の神妙な態度に蝶々の怒りも峠を越えたようで、
「これ以上、蝶々に心配を掛けたら駄目でちゅよ! ホント、いつもいつも、フォンちゃんは先走って無茶をするんだから困ったもんでちゅ」

‥‥ ある種の既視感がベスパに訪れる。
 主の使い魔だった頃、美智恵の挑発に乗り危ないところを横島に助けられたことがあった。その後、逆天号に戻った時も、似たような感じでパピリオに叱られた気がする。

どうやら、単独行動に走る気質はオリジナルであっても同じらしい。正確には、こちらがオリジナルの気質を受け継いだことになるのだが。

その微妙な心境が苦笑として浮かんだようで、蝶々は再び厳しい口調で、
「笑いって誤魔化すコトじゃないでちゅよ! 三日前だって、それで酷い目にあったんじゃないでちゅか! それで蛍ちゃんや蝶々がどれだけ心配したか判ってまちゅ?!」

「あっ、すまない。誤魔化すつもりじゃないんだ。こうして心配してくれる誰かがいてくれるってことは幸せなことなんだって思ったんだよ」

ベスパの言葉が嬉しかったのか照れ笑いの蝶々。ややあって真剣な顔つきで、
「じゃあ、これからは絶対に無茶しないって、約束でちゅよ!!」

「ああ約束するよ」と応じるベスパ。
もっとも、絶対に守れない約束になるであろうことは間違いないが。

そこに蛍がやって来る。



蛍は楽しそうな二人にわずかに眉をひそめる。蝶々の横に立つとどこか硬い口調で、
「フォン。これからのことだけど、あなたにはホームズ様の身辺を護衛してもらうことになったわ」

「何だって? どうして、あたしがあいつの護衛なんかを‥‥」

「これは命令よ!」蛍はぴしゃりと遮る。ただ説明の必要は認めているようで、
「ホームズ様は”教授”の依頼で”蝕”の捜査に当たることになったの」

”蝕”の一言に、緊張するベスパ。

蝶々の話では、”蝕”は”教授”の命を狙っている一団の呼び名で、三日前に墓場で出会った連中もその一味になる。昨年末より東京の闇に姿を現し暗殺や襲撃など両手・両足でも間に合わない凶行を重ねている。

 付け加えるなら、オリジナルはかつてその一員だった。
 芦を狙う暗殺者として蛍・蝶々の前に現れ、その後、”蝕”を裏切り今に至っている。三日前、オリジナルを殺さず魂を抜くという行為に出たのは裏切り対するある種の報復とも考えられる。

「当然、奴らの妨害、場合によってはホームズ様の命が狙われることも予想されるわ。それを阻止できる者となれば、この場では私かあなたしかないでしょう」

「そういうコトなら引き受けた! 前の借りを返したくてウズウズしていたところだからちょうどいい」
思っていた以上に早くチャンス−オリジナルの魂を取り戻す機会−が来そうなことを歓迎するベスパ。

「フォンちゃん、怪我は大丈夫でちゅか?」心配そうにベスパを見る蝶々。
 『そうだ!』と手を打つと、
「蝶々もフォンちゃんといっしょに行くでちゅ そうすれば”蝕”なんか何人出てきても『ペペペのペー!』で怖くないでちゅよ」

「駄目よ!!」

 強い語気での拒絶に蝶々は呆気にとられる。不審そうに眉をひそめ、
「蛍ちゃん、何か変でちゅね?! さっきから気持ちが落ち着かないようでちゅが、何かあったんでちゅか?」

「‥‥ 別に何もないわ」ととぼけるしかない蛍。

フォンの体を乗っ取った相手−”ベスパ”をフォンとして扱わなければならないことを思うと、どうしても苛立ちが先に立つ。

気持ちを鎮めると、穏やかな表情と口調を意識して、
「気持ちは判るけど、私たちは、私たちで”教授”を護るという大切な仕事をやりとげなければならないでしょ。フォンのことなら、朝の様子を見る限り大丈夫よ。ホームズ様だってある程度は戦えるお方だし」

「姉さんの言う通りだ。蝶々は蝶々で自分の任務しっかりと果たさなきゃな。それにさっきの約束は絶対に忘れないから心配しないでくれ」
口添えをするベスパ。魂を取り戻す件には蝶々も蛍も巻き込みたくない。

二人の言葉にも不服そうな蝶々。ただ、しつこくごねるつもりもないようで、こくりとうなずく。ふと、首を傾げると蛍に向い、
「でも、ホームズちゃんにあいつらを捜させていいんでちゅか? 芦様からは、”教授”を守る以上のことをしないよう言われたはずでちゅ」

何気なく出された言葉に蛍は『拙い!』という表情を見せる。
「蝶々、それは秘密なんだからむやみに口にしては駄目よ!」

「いいじゃないでちゅか! ここにいる三人は知っている話なんでちゅから」

‥‥ 反論の正しさに蛍は言葉に詰まる。

 もし、ここにいるのがフォンであればその通りだ。しかし、いるのは仮に”ベスパ”と名付けた何者か。余計な情報は与えたくない。

どうにもちぐはぐな姉の態度に引っかかるものを感じるベスパだが、今は蝶々が出した話を優先する。
「その『秘密』とやらを教えてくれないか? 任務に戻るんだから知っておいた方がいいだろ」

「それもそうね」と蛍。あきらめたように首を振り、
「”教授”の護衛なんだけど、芦様からは、あくまでも守りに徹しこちらからの手出は控えるよう言われているの」

「へ〜え、えらく消極的な指示が出ているんだ。ヘタに仕掛けて隙を作るよりはってことかもしれないが、こちらから手が出せないというのもストレスの溜まる話だな」

‥‥ ベスパの指摘に悔しそうな蛍。
 三日前の失態はそうした苛立ちを敵に突かれたためで、引いては妹が何者かに取り憑かれるはめになった遠因といえる。
「とにかく、芦様の指示はそうことよ」

「それは判ったが、その話が何で秘密‥‥」
 そう言いながらベスパは”指示”の意図に気づいた。
「なるほどね。あたし達の本当の任務は”蝕”をできるだけ長くここに引きつけておくことなんだ。で、”教授”はそのエサ。たしかに『秘密』にしておいた方がいい話だね」

反応を示さないことで蛍は肯定する。

‘まてよ‥‥’ベスパに一つの疑問が浮かんだ。
口にすることを一瞬ためらうが、芦とオリジナルたちとの間柄を知るためにあえて出してみる。
「ちらっと考えたんだが、『エサ』ということなら私たちも同じなんじゃないか?」

「傍目からはそう見えるでしょうね」蛍はあっさりと認める。
「でも私や蝶々にすれば、これを任されたのはそれができるって信じてくれた証。芦様に信頼されたことを誇りに思っているわ」

「その通りでちゅ!」と大きくうなずく蝶々。
「記憶をなくす前のフォンちゃんだって同じように思っていたでちゅよ」

「きっとそうだったんだろうな」ベスパは複雑な内心を隠し答える。

 ”主”を信じ充足感を持って任務に取り組んでいることは素晴らしいことだ。しかし、信頼を向けられた人物が真の意味で自由意志を持たない使い魔にすぎないことを知るため素直に祝福できない。

気持ちをリセットするため話題を戻す。

「で、芦様の指示に反する点はどうなんだ? 姉さんが拙いって判断するんだったら、あたしからホームズと”教授”に断りを入れるけど」

「いえ、その必要はないわ。あなたはホームズ様の指示に従って行動すればいいの。芦様には状況が変わったことを説明しておくから」

「ならいいんだが」とベスパ。『最後に』という感じで、
「ところで、蝶々じゃないが、姉さん、少し変だよ。心に何かを抱え込んでいるように見えるけど? ”長女”として、あたしや蝶々にはない責任を負っているのは判ってる。だからと言って、全部を背負い込んで悩むことはないんじゃないか。心配事があるんだったら、三人で分ければいいだろう。その方が、あたしや蝶々だってうれしいってもんだよ」

‘白々しいことを!!’
 蛍は心を鎮めるため乱波の別名である文字−『忍』−を心に念じる。

 何とか怒りを押さえ込んだ時、”ベスパ”がまるでフォンであるような真摯な眼差しでこちらを心配していることに気づいた。

どこかでボタンの掛け違いをしているような思いが心を横切る。
 しかし、その心の揺れを即座に意識から追い出す。目の前のいるのは大切な妹の体に取り憑いた敵、それ以外のことは考える必要はない。




幕間 巣窟2

呉公は時間通りに茂流田の執務室を訪ねた。

デスクで書類に見ていた茂流田は、わざとらしく書類から目を離さず来訪を無視する態度を示す。

「どうやら昨夜のことを謝罪した方が話は早く進むかな」
馴れ馴れしく笑う呉公はデスク前の椅子を引くと当然のように腰を下ろした。

そこで茂流田は初めて顔を上げる。
「今更、謝罪など欲しくはないが、あの場での挑発的な言動に何の意味がある?」

「儂とお主が対立しているように見せかけることは、相互の利益になることと納得しておったはずだがのぅ」

「それは判っている。しかし、芦が提案に乗って、俺をこの地位から更迭したらどうするつもりだったのだ。キサマとて俺が居なくなれば困るだろう」

「もちろん大いに困る。”企み”の成功は、茂流田主任の存在と協力にかかっておるのだからな」

勿体ぶった言葉遣いに、元々不愉快そうな茂流田の顔がさらに歪む。

「なに心配ない。コトがここに及んでの主任の交代など、風水盤完成の遅れを招くだけのことは、芦もよく判っておる。それに、お前に代わる人材がないこともな。自分をどう評価しておるかは知らぬが、お主の才幹はなかなかのものじゃ。ただ、芦という太陽の前では輝きを失うだけのことよ」

「世辞はいい!」茂流田は呉公の台詞をかき消すように手を振る。
「で、行動に出るのは何時だ? お前の話では、”針”が現状での完成度に至れば実施できるのだろう」

「もちろん。急ぐなら、次に月が満ちた時にでも決行できる。まあ、あと必要なモノを上げるとすると、それは貴公の決断だけかな」

「ふん! 決断なんぞ、話に乗った時にとうについている。準備ができているのであれば、余計な邪魔の入らぬ内に決行だ」

「よろしい。そのつもりで準備を整えておこう」
呉公は禍々しさを漂わせた笑みで請け合う。やや、間を空けると芝居がかった身振りと口振りで、
「お前の苦労が報われるのもあとわずかだな。”企て”が成功の暁には、目の上の瘤である芦に代わり、お前がこの強大な”力”をもたらした最大の功労者となる。そして、以後もその”力”を扱える者として、この国において絶大な権力を振るうことができるわけだ。もちろん、すべては儂の協力があったればこその話じゃが」

「持って回った言い方をせずとも、”企て”がキサマあってのことだということは判っているし成功すれば感謝の一つもしてやろう。しかし、俺に手を貸すのはそれがキサマの望みを達成する適切な手段だからでそれ以上ではないはずだ。俺のために行動しているかのような言いまわしは不愉快極まる」

「おお、気を悪くされたのなら謝ろうぞ。どうも、歳を取ると話がくどくなっていかん」
 呉公はとぼけた表情で怒りを流す。今のやり取りがなかったかのように、
「では、軍に最終実験を日時の連絡を入れておいてくだされ。よもやないと思うが、芦が来るかどうかの確認を忘れぬようにな」

「了解だ」茂流田は話の終わりを告げるように書類を閉じた。



「今は良い顔をさせておいてやる。しかし、その取り澄ました顔(ツラ)がいつまでも続くとは思うなよ」
 茂流田は呉公が出ていった扉を暗い顔で見ながら吐き捨てる。

彼としては、”企て”が成功すれば、誰であってもその真相を知る人間を生かしておくつもりはまったくない。将来におけるこの国最大の権力者に弱みがあってはならないのだ。

‥‥ 自然に自嘲の笑みが浮かぶ。
老獪な呉公のことだからこちらの意図は勘づいているだろう。さらに言えば、それを前提とした策も練っているはずだ。

 その時になれば、”企て”以上に厳しい闘争が起こるに違いない。しかし、その行き着く先については自分の勝利を確信している。

こちらはコトさえ済めば呉公は必要ないが、呉公はその望みを果たすためにこちらが必要で、それに代わるべき者もいない。その違いからくる差は大きい。

 それに、名目上はどうあれ、この施設の実質的な指揮権は自分にある。つまり、ここの守りに配属されている陸軍二個小隊(約80名)と芦が組織した霊的戦闘訓練を受けた特務二個分隊(約20名)を自由に使えるということ。

 当人がいくら強力な霊能力者であろうとも、それだけの戦力を相手にできることはない。

 強いて課題があるとすれば”返り血”を浴びない状況・タイミングで呉公を始末すること、つまり適切な場面で決断を下すことができるかだけ‥‥

‘本当にそうなのか?’漠然とした不安が広がることに苛立つ茂流田。
 立ち上がり執務机の後ろの窓を開く。

見えるのは粗っぽく整地された広場と急造された兵舎がいくつか。だが、地の底には、無限の”力”を有するとされる元始風水盤が最後の仕上げを待っている。

それを使ってこの国の将来を動かす自分を想像することで苛立ちを解消する。
 さっき自分で言ったようにすでに決断は終えている、もはや進む以外に道はない。


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