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山の上と下

19 山の奥で・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 9/ 7

19 山の奥で・前編

見鬼が示しているのが”神隠し”に係わるモノ−例えば、話に聞いた人狼−である可能性に、まず、れいこが、続いてご隠居・加江も駆け出した。
 横島は躊躇するが取り残されることに気づくとあわてて後を追う。

 しばらくはそれなりに走る横島だが、葉虫の死体が転がっているのを見たあたりから足運びが遅くなり、やがて立ち止まる。


「はあぁぁ」立ち止まった所で横島は大きくため息をつく。
「”美神”さんもそうだけど、ご隠居も助さんもあわて過ぎだよなぁ 知恵様と格さんならどんな相手でも大丈夫なのに。ヘタすりゃ足手まといってことが判らないのかな」
‘それに、お二人で駄目なら、餌食になりに行くようなものだし‥‥’
と本音を心の内で付け足す。
「あっ! でも、俺だけいないっていうのは印象が悪いよなぁ 知恵様はともかく”美神”さんはそういったことに厳しそうだし。『師匠の危機に駆けつけない男なんか弟子にできるわけないじゃない!』とか言われて‥‥ これで、弟子入りは無理だな。かといって、行ったは、『盗人に追い銭』じゃ目も当てられないし」

心の逡巡をそのまま行動にしたように行きつ戻りつを始める横島。そんな時、峠からこちらに近づく気配が。あわてて手近な茂みに身を潜める。

 緊張で流れる汗を意識しながら身を潜めていると、月明かりの元、陰火を従えた少女の幽霊がふわふわと宙に体を浮せやってきた。


‘追っかけてきたのか?! この執念深さって‥‥ あの娘って実は悪霊なのかも’
横島は半ば無意識に霊力を掌に集める。

 一方、幽霊は横島が隠れている茂みの前で止まると不審そうに辺りを見回す。

‘拙っ! 隠れているのがバレた?’あせる横島。
集めて高まった霊圧が幽霊の感覚を刺激することに気づいていない。

‘このまま戦うことになっちゃうのか‥‥ ええっと、霊力を上げるにはどうしたら良かったんだっけ? 何でも良いから、一つコトに精神を集中すれば自ずと霊力は上がるって竜神様は言ってたけど‥‥’
かなり泥縄なことを考えつつ、息を止め全身に力を入れてみる。しかし、いくらかでも霊力が上がったようには思えない。
‘う〜ん、やっぱりなぁ このぐらいで霊力が上がれば苦労はないんだよな〜’

 つい 「はぁ〜あ」 と止めていた息を吐き出す。

それが決め手になったらしく、幽霊は横島が隠れている方を見据える。

‘うわっ、バレた! こーなったら’横島は薄ぼんやりと光る自分の掌を見る。
‘逃げるっきゃない!’

あっさりと情けない決断を下すと逃走経路を物色。とはいうものの、入り組んだ茂みのため選択肢は、事実上一つ−幽霊の方に飛び出し、その横を走り抜ける−しかない。

考えている間にも幽霊が近づいてくる。

‘ええい、迷っている暇もないか!’横島は茂みから飛び出した。

その出足は良かったものの、幽霊に注意を向け続けたため足下が留守であった。持ち上がった根に足を取られ、勢いのまま投げ出される体。

「うわぁぁぁ!」横島は叫びながら転び地面でしたたかに顔を打つ。

 なんとか痛みを我慢しつつ立ち上がると、ほとんど目の前といっていい距離に幽霊の顔があった。

‘んっ!’
 思わず息をのむが、次の瞬間、心からこちらを気遣う表情にそれまでの緊張感というか恐怖感がぬぐい去られる。
 少し余裕を感じつつ幽霊を見るとその唇が語りかけるよう動いているのが見えた。

 ごく自然に桜色をした柔らかそうな唇に魅せられ、意識が口元に。すると‥‥

「‥‥ 大丈夫ですか? ‥‥ やっぱり聞こえない‥‥」

 幽霊のものと思われる言葉が、耳というか心に入ってきた。

「そんなことはないって。聞こえるよ」

「えっ! 本当ですか?! 今言っていることも聞こえます?」

コツのようなものがあったのか、今度は、普通に言葉が聞き取れる。
「もちろん! じゃなきゃ、こういう返事をすることも無理だろ」

「そっ、そうですね! やっと‥‥ やっと、私の話を聞いてもらえる人に会えたんだ。すごくうれしいです!」
言葉通りの気持ちを幽霊は全身で表現する。

それを見た横島は、
‘すっごく可愛いじゃねぇか〜 幽霊じゃなきゃ、絶対、押し倒し‥‥ って、幽霊を押し倒してどうすんじゃ!! そんなことより、この娘、『聞いてもらえる』って言ったけど、何か話したいことがあるのか? そういや、話を聞いてもらいたくて出る幽霊の話はよくあるな。聞けば、満足して成仏してくれるかも‥‥ あっ、でも、何かすごく惜しい気がする‥‥ って、そうじゃないだろ、俺!!’

一人ボケ・ツッコミを心の内で演じている間に喜びが一段落した幽霊は少しあらたまった感じで、
「初めまして、私、キヌって言います」

「キヌ‥‥ あっ! おキヌ様ですか」我に返った横島は『ははぁー!』とひれ伏す。

そのへりくだった態度が気に障ったのか幽霊−おキヌは少し頬を膨らませて手を振る。
「『様』づけなんかいりませんよ。私、そんなに偉くないですから」

「そ‥‥そうなんスか」と身を起こす横島。なら見た印象のままに、
「じゃあ、おキヌ『ちゃん』でいい?」

「いいですよ」それは気に入ったのかおキヌは嬉しげにうなずく。

「おキヌちゃん ええっと‥‥ 俺は横島って言うんだ」
名前を聞いた以上はこちらも教えるのが礼儀だろうと名乗る。姓にしたのは一人前だという見栄が入ったせいだ。

「横島様ですね」生真面目そうに応えるおキヌ。

「いや、俺も『様』づけはちょっと」今度は横島が手を振る。

「じゃあ、横島『さん』でいいですか?」

「その方が良いな」親しげに呼んでくれたくれたことにちょっと良い気分の横島。
「それで話があるってことなんだけど、何の話しかな?」

「そうでした!」『思い出した』という風におキヌは手を打つ。
「しばらく前から山の一角に妖怪が住みついたんですが、どうも悪いことをしているようなんです。住処を教えますから何とかしてくれませんか?」

「妖怪の住処をだって!」おキヌの言葉に横島は目を見張った。

‘こりゃあ、ついているな! その話を持ち帰れば、駆けつけなかった言い訳にできる。いや、もったいを付けて持ち出せば、大手柄ってことにも。知恵様に『こんな重要な情報を一人で探し当てるなんて、横島クン、なかなかやるわね!』って言われたりして。弟子入りもすんなり‥‥’
捕らぬ狸の何とやらを心の内でたてると、目一杯、気取った感じで、
「ちょうど良かった。そこを探しに来たところなんだ。教えてもらえるのなら、こっちも大助かりだ」

「そうだったんですか! これで追いかけたかいがありました。それじゃ、その場所に行きますからついてきてください」
何気なくおキヌは横島の手を引こうとするが、手はすり抜けてしまった。一瞬、表情に陰りが差すがすぐに元に戻る。

「ごめんなさい。幽霊なんだから、手を引くのは無理なんですよね」
そう言うと、何もなかったようにふわふわと進み始める。

‥‥ 戸惑う横島。
手がすり抜けた時にわずかに何かが触れた感じがしたためだ。ただ、おキヌがちらりと見せた寂しさに迂闊なことも言えず、今はついていくことに意識を向けることにする。




幾ら山に慣れているとはいえ、月明かりも途絶えがちな森の中、足下や障害物を気にせず直線に進めるおキヌについていくのは、横島にとっても簡単なことではなかった。

 一刻ほど進んだところで、「ごめん。そろそろ休みたいんだけど、いいかな?」

 その言葉でおキヌは進むのを止める。

手近な切り株に腰を下ろし竹筒の水でのどを潤す。目の前で正座をするような姿勢のまま浮かぶおキヌに、
「すいぶんと山の奥にきたけど、そこはまだ遠いのか?」

「もう少し先ですね。この尾根を登り切れば見えるはずです」

目的地が間近なことにほっとする。頂上から場所を示してもらえれば、それ以上近づく必要もないだろう。少し緩んだ気分で、
「そういえば、おキヌちゃんは幽霊になってどれくらいなんだ? ご隠居って人の話だと二十年前におキヌちゃんを見たそうなんだけど」

「二十年?! そんなに前から私がいたんですか!」

「えっ! 自分で判らないの?」

「それが良く判らないんですよね。冬なんかで一年は判るんですけど、風景なんかは毎年同じでしょ、繰り返しているうちに何度目か判らなくなっちゃたんです」

「そういうもんなんだ」と横島。こればかりは体験しない限り解らない話だろう。
「だとして、似たような一年を何十度も繰り返すのって退屈じゃない?」

「あんまりそんな風に感じたことはないですね」おキヌは首を傾げつつ答える。
「どうも私ってすごく忘れっぽいみたいなんです。だから、同じコトでも、前のことは忘れてますから初めてのように楽しめるんです」

「じゃあ、俺のこともしばらくすると忘れるのかな?」

「意地悪なこと言わないでください」おキヌはすねたよう顔をしかめる。
「全部が全部、忘れるってわけじゃないですから。印象が強かったことは憶えてます。でなきゃ、妖怪の住処だって憶えているはずないでしょう」

「あは! たしかにそうだな」どこかほっとする横島。

おキヌはそんな心に応えるような笑みで、
「特に今夜のことは絶対に忘れたくないって思ってますから、ずっと覚えておけると思います。何たって、横島さんは、幽霊になって初めて言葉を交わすことができた大切な人なんですから」

‘俺を『大切な人』って‥‥ ううっう〜 おキヌちゃんって、エエ(良い)娘やな〜 こんなエエ娘がなんで幽霊なんだぁぁぁ おキヌちゃんだったら‥‥ おキヌちゃんだったら、こ〜んなことでも、あ〜んなことでも、そ〜んなことだって、頼めばつきあってくれそうなのに’
出だしはともかく、思考が妄想に傾く横島。
‘せめてもう少し体がしっかりとあればなぁ ‥‥ そういや、おキヌちゃんの体の線ってすっごく柔らかそうだな。メリハリは‥‥ まあ、智恵様に比べればしょうがないけど、最低でも助さんほどはあるか。ひょっとして、おキヌちゃんって着やせする質で『私、脱ぐとすごいんです!』だったりして。あれ?! だいたい幽霊って服の下はどうなっているんだ。これは重大な謎だ! やっぱり、除霊師として霊と関わる以上は、そこんとこは、是非、確かめとかなきゃ。ここは、おキヌちゃんに頼んで服を脱いで‥‥’

たがの外れた顔を見せ始めた横島からおキヌは数歩分後ずさる。

「はっ! ひょっとして口に出ていた!! ごめん! そんないやらしいこと思っていても、頼んだりは絶対にしませんから。だから‥‥ だから、俺から目を、顔をそらさないでぇぇ!! お願いしまぁぁぁす!!」
拝むようにひれ伏すと全身全霊をかけて謝罪する横島。

「いえ、何も言ってませんよ」とおキヌ。「ただ、横島さんが少し眩しく見えて‥‥」

「はっ?! それって‥‥」ここでようやく横島は自分の掌が光っていることに気づいた。
 そこから出ている光は今までにない強さで、それがおキヌに圧迫感を与えたに違いない。

‘こんなに霊力が出たのは初めてだけど、どうしてそんな”力”が‥‥ ひょっとして、妄想したことで霊力が高くなったのか!’
アホらしい仮説だが、それが正しいことが何となく解る。若干の自己嫌悪とともに霊力が低下し光も薄れる。

「それくらいなら大丈夫ですよ」おキヌはそむけていた顔を戻す。

「ごめん、嫌な思いをさせちゃったみたいだな」 横島は完全に霊力を消す。

「そんなことないです。眩しかっただけで嫌な感じはしませんでしたし」
そう答えたおキヌは、何か思いついたようで、
「横島さん、今のをもう一度見せてくれませんか? できれば、少しずつ上げてもらう感じで」

「それは良いけど、大丈夫かな? よく考えると、今のって幽霊を滅ぼ‥‥ 追い払う”力”なんだ。その”力”のせいでおキヌちゃんに傷でもつけたら、一生立ち直れなくなりそうなんだけど」

「そこは、私の方で気をつけますのでお願いします」

 『そう言うのなら』と横島はさっきの感覚を思い出しつつ霊力が上がるよう精神を集中する。その際、朝方ちらりと見た智恵と加江が肩脱ぎで体を拭う様を思い出しているのは、ナニといえばナニなのだが‥‥

 やがて、自分でも意識できるほど”力”が上がるのが感じられる。

「その辺りで良いです。そのまま手を開いてくれませんか」

「ああ」と横島。
 万一にでもおキヌを傷つけたりはしたくないので、今の状態を保つことを意識しながらも気持ちの平静を心がける。

ゆっくりと拳を開くと、掌はこれまでよりも明るくそれでいて柔らかな光を放っている。

やや怖々といった感じでその手に手を重ねていくおキヌ。さっきのようにすり抜けない。そして、横島の方もはっきりとした手応えを感じる。

「何かに触れるって感触、忘れていました。こんな感じだったんですよね」
懐かしそうにそう言ったおキヌは、両手で横島の手を握りしめる。

普段、美しい女性にそんなことをされれば、舞い上がってあらぬ事を口走ると自分だと思っていた横島だが、おキヌが素直に喜んでいる様にそんな気持ちは起こらない。おキヌが満足するまで今のままでいようと思うだけだ。

 しばらく−実際は、ほんの僅かな時間だろうが−そのままでいた後、

「ありがとうこざいます。おかげで、自分が”居る”ってことが実感できました」
おキヌは手を離すとぺこりとお辞儀をする。それから少し微笑むと、
「それと、横島さんの手、ずいぶん暖かかったですよ。きっと、心も暖かいんでしょうね」

「そうなのかな、自分じゃ判らないけど」
途方もなく買いかぶられているようで、座り心地が悪い横島。

「そうだ! 私の手の感触はどうでした? 生きている人の手のように感じました?」

「いや‥‥ その‥‥」横島は返事に困る。
 何かが触れていることは判るがそれだけ、生者の手のような実体感や暖かみとかは感じられなかった。

その反応に答えを悟ったのか、おキヌはやや寂しげに微笑む。

 いたたまれない気分を変えようと横島が口を開こうとした時、背後で茂みが動いた。


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