椎名作品二次創作小説投稿広場


プラネタリウム

トゥルー・ロマンス


投稿者名:陣磨 紳
投稿日時:06/ 9/ 2

 ゴーストスイーパー横島忠夫、享年九十二歳、大往生──

 納骨を終え、墓前に手を合わせる老婆は、往年の超一流GSにして横島忠夫の妻、横島令子である。百歳を目前のその肌にはさすがに深いしわが刻まれているが、腰も背筋もしゃんと伸び、その所為には驚くほど衰えが見えなかった。
 そして、その表情も、伴侶が亡くなったにしては妙に穏やかであった。

「意外とサバサバしてるのね、母さん」

 後ろから近づいた黒髪の女性が声をかける。彼女の名は蛍子。忠夫と令子の娘である彼女も、もはや老婆と言っていい年齢であった。見た目上だけで言えば、それほどの年齢差は感じられない。

「まあ、コイツとは添い遂げたからね。千年を超える因縁も、ようやく一区切りと言ったところかしら」

 苦笑しながら、娘の方を見た。

 まるで宇宙意思に転がされるかのような波乱万丈の人生とは裏腹に、横島忠夫の晩年はひどく穏やかなものだった。蛍子が日本GS界をの中核を担う頃には、夫婦ともどもGSを廃業。令子がしこたま溜め込んでいた資産を売り払って、思い切り贅沢に、それでいてゆったりと二人きりの生活を送った。それ以前は極めて頻繁だった忠夫の浮気も、廃業以降はぱったりと止まり、彼らの知り合いが訪問を避けるほどに、濃密な時間を過ごしていた。
 そして、ある朝、忠夫は眠ったまま帰らぬ人となっていた。
 苦しむこともなかったのだろう。安らかな死に顔だった。

「惚れさせられた責任も、これで取ってもらえたわね」

 その台詞が妙に寂しげに聞こえて、蛍子は不安げな声を上げた。

「なんか、後追いそうな台詞ね。やめてよ、そんなの」

「冗談。私は人類が滅びても生き延びるわよ。大台も目前なのに、そう簡単に死んでたまるもんですか」

 そう、笑って応えた。

「でもね、蛍子」

「なに?」

「アイツはもう輪廻の輪に戻ったわけだし、あんたももう、無理してる必要はないのよ」

 唐突な母の言葉に、蛍子の表情が固まった。

「……何のことかしら?」

「世界ナンバーワンゴーストスイーパー、美神令子を舐めないことね」

 あえて旧姓で、令子は名乗り、蛍子の目を見据えた。

 刹那、にらみ合い──

「やっぱり母さんには敵わないわ」

 小さくため息を吐いて、蛍子は笑った。

「いつから気づいていたの?」

「そんなの始めっからに決まってるじゃない。お腹の中から漏れてくる魔力、カモフラージュするの大変だったんだから」

 忠夫と令子の間に生まれた子供は、人間に擬態した魔族だったというわけだ。





 予感はあったのだ。最初にその可能性を口にしたのは、他ならぬ令子自身だったのだから。そしてその可能性は、忠夫も認識していた。にもかかわらず、胎児の霊的検査を申し出た令子に忠夫は、

「この子は俺と令子の子だ。それでいいじゃないか」

 そう言いながらいとおしげに令子の腹を撫でてきたのだ。ついでに胸をもんできたので、令子は照れ隠しに思い切りしばいてやった。






「正直、あんたがこんな歳まで人の子として付き合ってくれるなんて思わなかったし、いつ正体を現すかとヒヤヒヤもんだったわよ」

「最初から意識はあったんだけどね。私も人として生きてみたかったのよ、母さんの前世みたいにね」

 物好きね、と令子は呟き、自嘲するように笑った。

「で、どうするの?一度死んで、私みたいに来世まで待つ?」

「どうしよっかな。ヨコシマは人外だからどうって感じじゃないし、待つなら今の気持ちのまま待ちたいわね」

 アシュタロスによって時限装置を付けられていたかつてとは違う。魔族の身ならそのまま待ち続けるのも可能だろう。

「下手に輪廻して母さんみたいにややこしくなっても嫌だし……」

「あら、アレはアレで結構楽しかったわよ」

 皮肉っぽく言ってみても、令子は笑うばかり。

「まあ、もう少し人間やって、それからどうするか考えるわ」

「そう、まあ、好きにするといいわ。私は私で勝手にするから」

 そう言って令子が踵を返す。その後に、蛍子はゆっくりと続いた。






 言葉とは裏腹に、令子はその一年後に息を引き取った。年齢を考えれば自殺行為とも言える霊力訓練の最中の突然死であった。忠夫の死後、僅かずつ認知症の症状が出ていた。それだけ彼の死がショックであったことを、令子は認めたくなかったのかもしれない。最期まで、彼女は意地っ張りだった。

 喪主として母を送った蛍子は、翌日、行方知れずとなった。関係者は大いに混乱し、マスコミはその謎めいた事件にいろいろなゴシップを喚きたてたが、それも二年間程度のことだった。






 そしてさらに五十年後。

 秋雨降りしきる、横島夫妻が眠る墓の前に、若い女性が独り、傘も差さずに立っていた。人間に化けた魔族、ルシオラだった。

「待つのって存外辛いのね、母さん。まだ母さんの二十分の一だけど」

 令子が死んだ後、蛍子はルシオラに戻り、人間界から姿を消していた。魔界にいる妹にも再会し、普通の魔族としてのんびりと暮らしている。だが、それも存外に退屈であった。
 墓参りは、魔族に戻ってからは初めてのことだった。ここに二人はおらず、あるのは肉を燃やした灰に過ぎない。魂の行方を知るルシオラは、だからここに来るのは気が引けた。
 だが、不幸ではないが退屈な日常の中で、じりじりとした焦りが日に日に募った。その苦しみが、待つ切なさであることを、ようやくルシオラは理解したのだ。

「……せめて、母さんみたく人として死んで、輪廻の輪に加わった方がよかったかしら」

 今更言っても後の祭りだ。ルシオラは魔族として生きることを選んでしまった。
 冷たい雨は、霊気を実体化させた服にも染み込む。

「寒い……ねえ、寒いよヨコシマ……」

 涙が、一滴、二滴、土にこぼれた。感極まった彼女は、抑えていた魔力を漏らしてしまった。

 その瞬間。彼女の足元で何かが光った。同時に感じたのは、酷く懐かしい波動。それは見る見るうちに膨らみ、爆風となって墓土を吹き飛ばした!

「きゃ……っ」

 不意をつかれ尻餅をついた。あわてて爆心地を凝視すると、目を見開いた。
 土から筍のごとくにょっきりと突き出したそれは。

「……手が生えてるーーーーーっ!?」

 あまりと言えばあまりのC級ホラー的光景に、あんぐりと口を開いた。
 その手は、手首から先がぐりぐりと動き、手を開いたり、握ったりを繰り返した後、何かを求めるように伸ばされ……やがてぐったりした。
 混乱する思考をなんとか抑え、状況を整理する。
 ここはどこ?彼と彼女が眠る墓地。出てきたのはなに?男のものに見えるごつごつした腕。ならば……

「ま、まさかっ!」

 ルシオラはその細い手で土をどけ、生えていた腕を引っこ抜いた。果たして土中から現れたのは……

「……げほ、あー、蘇生早々死ぬかと思った」

「ヨ……」

 名を呼ぼうとして、声にならなかった。代わりに涙が溢れる。

「よう、ルシオラ。……こんなカッコでわりーな」

 五十年も前に死んだはずの横島忠夫。それも、かつて魔神アシュタロスを倒したあのころの姿であった。

「もうっ……一体どうして?」

「お前がルシオラに戻って、俺のことを許してくれたら、蘇ろうと思ってな」

 生前に買っておいた墓地区画に文珠を埋め、ルシオラの魔力に反応して発動するように細工・封印したのだという。

「許すって……」

「人間としての俺の半生は、ほとんど令子に持ってかれちまった。それは後悔してない。それでも……最期までお前を娘としか見てやれなったからな」

「まさか、気づいて……?」

「ああ。令子にはああ言ったが、結局、自分の中で決着を付けることができなかったよ。やっぱ、ルシオラ、お前も俺のもんだ。誰にも渡さねー。来世まで悠長に待ってられるかっ!」

 言葉に詰まるルシオラを、泥だらけで素っ裸のまま抱きしめる忠夫。彼の身体は一度朽ちている。だから今の彼は、いわゆるアンデッドとかゾンビと言われる存在だ。この肉体には体温がない。それでも、ルシオラの心には温もりが染み込んだ。

「こんな雨の中だから、冷たいな、ルシオラ……悪い。今の俺じゃあっためてやれねーけど」

「いいわ、これからは、私がおまえを温めてあげるから……」

 ルシオラも、忠夫の背に手を回す。雨も泥も、もはや気にならなかった。

「昔はよく、空気読めって言われたけど……今なら、いいよな?」

「もう、そういうこと聞かないの」






 雨の墓地で、口付けを交わす魔族とゾンビ。天と地だけが、今、彼らを祝福した。


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