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第三の試練!

〜天網恢恢疎にして漏らさず〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:06/ 8/11

「そうでしたか・・・、そのような事が・・・。」

 複雑な面持ちで一つ溜息を吐くと、小竜姫は手に持った茶碗をテーブルに置いた。
 一拍の間を置いて、事の次第を全て打ち明けて俯いているおキヌに視線を送ると、小竜姫は彼女に掛けるべき言葉を捜していた。

「・・・あら。」

 ふと、小竜姫が思わず小さく声を漏らす。おキヌの背後の長椅子で横たわる横島に掛けてあった毛布が、いつの間にか床に落ちていたからだ。
 その声に反応して顔を上げたおキヌの表情を気にかけずに、小竜姫は立ち上がると横島に歩み寄った。

「だいぶ血の気が戻って来たようですね。」
「そ、そうですか? 良かった・・・。」

 床に落ちた毛布を再び横島に掛け直しながら、その顔を覗き込んで小竜姫は安堵の表情を浮かべる。その背後から同様に覗き込んでいたおキヌもまた、表情を緩めた。

「よほどショックだったのでしょう。一時的な貧血を起こしたのですね。」

 横島の胸の辺りに毛布の上から軽く手を沿え、小竜姫は少し眉をしかめる。

「・・・でも、どうしてルシオラさんが・・・? もう何が何だか・・・。」

 令子の事だけでもどうしていいのか分からないと言うのに、その上横島にまで問題が発生してしまってはおキヌではもうどうすることも出来ない。整理のつかない気持ちが思わず口に出た。
 無理も無い。彼女はまだこの事態を背負うには若すぎる。小竜姫はそんな不安げなおキヌの顔を見つめながら、彼女を不憫に思った。

「やれやれ、やっと大人しくなりよったわい。」

 小竜姫とおキヌ、二人が作り出した沈黙の空間を打ち壊すように、部屋の扉が開いた。
 彼女たちが同時にその扉の方向に視線を切り替えると、そこには小柄だが、一種異様な空気を纏った老猿が立っていた。

「お疲れ様でございました、老師。助かります。」

 少し疲れたような素振りを見せながらテーブルに歩み寄る老猿に対して、小竜姫は軽く苦笑しながら礼を述べる。
 老猿はその小竜姫の言葉に軽く頷くと、おもむろに空いている席に着いた。その動きに合わせる様に、小竜姫が淹れたての茶を差し出す。

「ふむ、お主ではまだ本気で暴れるあの小娘を無傷で取り押さえるのは難しかろうて。
 奥の部屋で今は泣きながら眠っておるから、後で様子を見に行ってやるがいい。」

 老猿はそう言うと、まだまだ修行が足りんぞ、と更に付け加えながら小竜姫が差し出した茶を一口啜った。
 老猿が口にした“あの小娘”とはパピリオの事を指している。横島の体内からルシオラの霊体が失われた事に気が付いた彼女は、パニックを起こして大暴れしたのだ。

「あ、おキヌちゃんは初めてでしたね。この方は私の上司で斉天大聖老師です。」

 二人のやり取りをただ呆然と眺めていたおキヌに気が付いた小竜姫が、軽く表情を崩してその老猿が何者であるかを告げた。
 それを受けて、おキヌの眉が大きく上がる。

「こ、この方があの孫悟空様ですか!? は、初めまして! 氷室キヌと申します。
 美神さんからお話はお聞きしてましたけど・・・金髪じゃないんですね。それに、もっとお若いかと思ってました。」
「おキヌちゃん、それはドラマですよ。」

 おキヌの言葉に思わず苦笑しながら、小竜姫がすかさずフォローを入れた。最近では妙神山でもカラーテレビが導入されているので、小竜姫は以前ほど下界の事に疎くは無くなっているようである。

「うむ、そうか・・・今度金色にでも染めてみようかのう。どうじゃ? 似合うと思わんか?」
「老師・・・。」

 どうもおキヌと言う存在は、周囲の人間を和ませる力があるようで、かの斉天大聖も頬を緩ませながらどこか嬉しそうにおキヌを見ている。まあ、その代わり小竜姫からはやや冷ややかな視線が送られているのではあるが。
 そんな弟子の冷淡な視線を浴びながら、斉天大聖はなにやらもぞもぞと髭の辺りをまさぐり始めると、天井から小さな猿がぽとりと落ちてくるではないか。

「わ、可愛い!」
「あ、いつの間に?」

 その小さな猿を目にしたおキヌと小竜姫が思わず声を漏らす。その声のトーンから、小竜姫の方はそれが何なのかを知っている様子だ。

「ふふん、可愛いじゃろ? お前さんの話はコイツを通して聞いておったよ。」

 やや得意げな笑みを浮かべつつ、斉天大聖はその猿を手に取ると、一瞬で毛に戻して自らの髭に収めた。彼が若かりし頃に修めた仙術の一つである。

「もしかして、心当たりがあるのですか?」

 小竜姫が斉天大聖に問う。心当たりとは無論、令子の事と横島の事の関連性についてだ。

「無い事も無い。だが、これは我々が関与すべき問題ではない。」

 斉天大聖はあっさりとそう答えた。先程までの緩んだ表情は消え、感情を抑えたいつもの顔付に戻っている。
 おキヌはその表情の変化を敏感に感じ取り、口を閉ざして斉天大聖の次の言葉を待った。

「すまんのう、お嬢ちゃん。今言った通り、今回わしらはお主等の力にはなれんのだ。
 ここはGSの修行場であり、同時に対魔族の拠点じゃ。それ以上でも以下でもない。
 無論、その蛇の毒を消せる薬も神器も持ってはおらんし、仮にあったとしてもやるわけにはいかんしのう。」

 ここで斉天大聖は一旦言葉を止め、少しぬるくなった茶を一口啜った。

「除霊中に起こった事故は全てGS個人の責任じゃからな。妙神山はお主たちだけを贔屓するわけにはいかんのだ。」

 ここでおキヌははたと気が付いた。何故、令子がここを訪れる事を避けていたのかを。妙神山は便利屋でも身内でもないのだ。ましてや神族の公的機関なのだから、こういう返答が来る事は当然なのだ。

「老師、せめて何か手を貸してあげる事はなりませんか?」

 打ちひしがれているおキヌを見て堪り兼ねたのか、小竜姫が思わず助け舟を出した。彼女とて、この問題は老師の言う事が正論である事は重々承知の上だが、それでも美神除霊事務所の者たちには色々と借りがある。助けてあげたいと思うのが人情というものだ。

「ならん。小竜姫よ、これはお前が以前、人間に色々と依頼したような事とは訳が違う。
 無論お前の気持ちは解る。彼らにはアシュタロスの時の大きな借りがあるのも確かだ。だが、それとこれとは全く別の問題だぞ。」

 斉天大聖は小竜姫の懇願にも眉一つ動かさず、先程の主張を変える気配は微塵も見えない。
 その斉天大聖の姿勢に対し、小竜姫は暫く瞳を閉じて黙っていたが、やがておもむろに瞳を開くと、強い眼差しで己の師を見返した。

「・・・わかりました。でも、私個人が動く分には老師や妙神山には迷惑をかける事はありませんよね?」

 その言葉に老猿の眉が僅かに反応し、続いてその表情が若干険しくなった。

「馬鹿を言うでない。迷惑は掛からずとも、上に見つかればお前自身の懲罰は免れんぞ。
 わしは竜王よりお主の事を任されておるのだ。お主に何かあれば友に申し訳が立たんわい。」

 そう言いながら、斉天大聖は覗き見るように愛弟子の顔を見返す。だが愛弟子の瞳には、揺ぎ無い覚悟がはっきりと見て取れる。
 これは何を言っても無駄だ、と悟った彼は小さく溜息を吐くと言った。

「全く・・・強情だのう。だが、たとえお主が手を貸したとて、出来る事はそんなには無いはずじゃぞ。それでもやるのだな?」

 師からの呆れと諦めの入り混じった言葉を、小竜姫は微笑みながら受け止め、小さく頷いた。
 先程の師匠の言葉通り、あのアシュタロス事件以来、小竜姫は美神達に対して大きな借りが出来た事を強く感じていたのだ。勿論、単に借りが出来たから無理な事を申し出たと言う訳ではない。それと同じ位、彼らに親しみと友情を感じてもいたからだ。
 自分の立場において、特定の人間と親しく付き合う事は決して許される事ではない。だから、彼らに友情を感じるようになってからは極力その感情を内に秘めて職務をこなしてきた。
 しかし、今回は令子の命が懸かっている。これすらも職務だからと見過ごしたのなら、きっと自分は激しく後悔する事になるだろう。
 小竜姫は思った。自分の判断は管理者として間違っているかもしれないが、仏の道からは決して外れてはいないはずだと。

「わかっています。元より懲罰は覚悟の上です。大丈夫! ばれなければ問題は無いはずです!」
「・・・お主も相当あの美神とやらに毒されたようだの・・・。」

 鼻息荒く握りこぶしを作り、強気に言い放つ小竜姫を見ながら、彼女の師匠は呆れ顔で小さく呟く。

(あ・・・そうか・・・。美神さんがここに来ることを渋っていた本当の理由は・・・。)

 小竜姫と斉天大聖のやり取りを肩身の狭い思いで聞いていたおキヌに、一つの答えが舞い降りた。
 つまり、令子が妙神山に行きたがらなかった理由とは、手助けを断られるからではなくて、小竜姫が無茶をしてでも自分たちを助けようとするだろうと予測していたからだったのだ。
 ここに来ておキヌは激しく後悔した。自分のせいで小竜姫にまで余計な迷惑を掛けた事に気が付いたのだ。

「ご・・・、ごめんなさい。わ、わたしのせいで小竜姫様にまでご迷惑を・・・。」

 おキヌは自分の愚かさへの憤りと、小竜姫に対する申し訳無さで声を詰まらせながら精一杯の謝罪を声に出した。

「いいのですよ、おキヌちゃん。これは私が好きでやっている事なのですから。もう泣かないで。」

 泣きじゃくるおキヌの掌をそっと両手で包み込むと、小竜姫は優しく微笑んだ。

「で、具体的にはどうするつもりだ。実際、ここには解毒の宝具も薬もないし、またその毒は恐らくそう言ったものでは解毒できんぞ。」

 おキヌを泣かせてしまった事が気まずいのか、斉天大聖はばつが悪そうに頭を掻きながら小竜姫に問う。

「・・・ひとつ老師にお願いがございます。」
「何だ。」

 小竜姫の言葉に僅かに眉を上げながら、斉天大聖はその要求の先を促した。

「老師のお力でヒャクメを呼んで頂けないでしょうか。」

 斉天大聖は小竜姫のその言葉で何かを理解したのか、軽く鼻を鳴らすと小さく頷く。

「良かろう。それについてはわしが適当に理由を付けて上に申請してやろう。だが、それから先はわしは一切関知せんぞ。」
「ありがとうございます。」

 小竜姫は深々と頭を下げると、柔らかい笑顔で斉天大聖へ感謝の意を示した。











「む〜。むむむ・・・うーん。」

 大きめの旅行鞄の向こうから、奇妙な声が漏れてくる。
 その声の主は目を閉じ眉をしかめながら、何事かを呟きつつ忙しく両手を動かしていた。その姿は一見すると、うら若き女性のように見える。しかし良く見てみれば、明らかに普通の人間の女性とは異なっているのが分かるだろう。
 総髪が逆立っているような癖のある髪型、大きく可愛らしい瞳。そして、額にはもう一つの眼がせわしなく動いている。
 この特徴的な第三の瞳こそが、彼の者が人間ではないという証であると言える。

「どうです? ヒャクメ。」

 半開きの状態で置かれている革製の旅行鞄の向こうから、小竜姫が声を掛けた。どうやらその旅行鞄の内側は精密な演算装置のようなものであるらしく、鞄越しにキーボードのような物がちらちらと見える。印象としては、鞄大のノートパソコンの様でもある。

「う〜ん、正直厳しいわねー。」

 ヒャクメと呼ばれたその女性は動かしていた手を止めると、三つの瞳を全て閉じてお手上げの仕草をして見せた。

「やはりもう消滅してしまったのですか?」

 ヒャクメの言葉を受けて、小竜姫はその眉を僅かにひそめながらヒャクメの後方に移動すると一緒にモニターを覗き込んだ。
 鞄大のモニターには人間界の言語ではない文字で、地形図や何かの波長モニターが幾重にも表示されている。

「可視光線、赤外線、音波、反響、霊波、霊圧、考える限りの方法でチェックしたけど・・・。やっぱり見つかりませんねー。」

 そう言ったヒャクメはやや疲労の表情を浮かべると、こめかみに張り付いていた吸盤を取り外した。どうもその吸盤はセンサーのようで、ケーブルはそのまま彼女の使用している鞄大の端末にリンクしているようだ。

「・・・そう。ヒャクメがそう言うなら、間違いないわね。」

 小竜姫とヒャクメが座っているソファーの向かい側、所長机に座っていた令子はヒャクメの報告を聞いて呟いた。
 おキヌと横島が妙神山に行き、それを受けて小竜姫とヒャクメは今、美神令子除霊事務所に居るのだ。

(おキヌちゃんと横島クンにちゃんと言っておくべきだったわね・・・。)

 くるり、と自らの体を預けたままで椅子を回転させると、令子は天井を眺めながら内心舌打ちをした。
 恐らくは小竜姫もヒャクメも今回の件は、彼女達自身何らかのペナルティーを覚悟の上での行動のはずだ。
 利用できる物はとことん利用するのが美神令子の信条ではあるものの、それはあくまでも利用『できる』ものをとことん利用し尽くすのであって、今回の二人は基本的に利用『してはいけない』類のものである。流石の令子といえども、その辺はわきまえているつもりだった。

「あの・・・、美神さん。」

 軽く爪を噛みながら思考していた令子の目の前に、淹れたての紅茶を置きながらおキヌがもじもじと申し訳無さそうに立っていた。

「なに? おキヌちゃん。」

 今までしていた考え事を一旦休止して、令子は回していた椅子を止めるとおキヌの方に向き直った。

「すみませんでした。美神さんはこうなる事分かってて妙神山に行かなかったんですよね。私、余計な事しちゃって・・・。」

 心底申し訳無さそうな表情を浮かべたおキヌが小さく頭を下げた。仕草だけでも相当に落ち込んでいるのがよく分かる。
 令子はそんなおキヌから視点をスライドさせて、応接ソファーの反対側に座っている横島を見た。
 こちらも普段の彼からは想像も付かない程に大人しく座っている。令子に背を向けた形で座っているのでその表情は見ることは出来ないが、それを想像するのは比較的簡単だろう。
 ただ、今は彼のその表情を見たいとは思わない。原因が原因だけに、令子自身も恐ろしく複雑な心境が渦を巻いているから、見てしまったらどんなリアクションが出てくるのか自分でも想像が付かないのだ。

「大丈夫よ、おキヌちゃん。やっちゃった事は仕方ないもの。
 小竜姫様もヒャクメも手を貸してくれるって言うんだからさ、開き直ってとことん手を貸してもらいましょ。」

 極力普段どおりの笑顔を作っておキヌにそう言うと、令子はそのまま振り向いて小竜姫とヒャクメにも、そうでしょ、と問いかけた。

「その通りです、おキヌちゃん。ばれなけりゃ良いんです。」
「そーそー、そういう事ですねー。」

 令子の軽口に合わせる様に、二人とも悪戯をしている子供のような顔を見せた。二人なりのおキヌに対する気遣いなのだろう。
 おキヌは二人の優しさに感謝の意を込めて、小さくお辞儀をした。

「それでですねー、一通り現場と周辺のチェックは済んだんですけどー、もう一つ別にチェックしたいところがあるんですけど。」

 話の流れが一旦途切れたところで、ヒャクメが先程までの調査に関する話題を切り出した。

「どこ?」

 令子が奇妙な物を見るような顔つきでヒャクメにそう尋ねると、ヒャクメはにやっと笑って横島と令子、二人の頭の辺りを指差した。








「うーん、美神さんの記憶は美神さんから直接聞いたのと殆ど同じですねー。」

 令子の額から吸盤のようなセンサーを取り外しながら、ヒャクメはやや期待が外れたような表情でそう告げた。
 現場や周辺から有力な情報が手に入らないのならば、残された手掛かりは本人達の記憶にある。そう踏んだヒャクメによって記憶へのダイブが試みられたが、どうも失敗に終わったようだ。

「まあ、そりゃそうでしょ。私がもし覚えていたならヒャクメを呼ぶ事も無かっただろうし。」

 無意識に髪を整えながら、令子はあまり期待していなかった、と言いたげに肩をすくめた。

(でも、ごく最近の記憶がまた意図的に封印されてるのよねー。今回の件とは関係無さそうだけど・・・。)

 そんな令子の言葉を聞き流しながら、ヒャクメは結果表示のされているモニターを見つめて考える。大蛇の一件よりも以前に、明らかに意図的に記憶が封印されている場所があるのだ。
 もっとも、一見して誰かに封じられたかのような悪意のような物は感じられなし、どうやら自らの意思で封印したように見受けられるので、ヒャクメはその事について考えるのを止めた。

(個人的には・・・非常に興味があるんだけどなー。)

 口惜しい気持ちを噛み殺しつつ、ヒャクメは改めて吸盤型のセンサーを右手に持つと、今度は横島に向いて微笑んだ。

「はい、次は横島さんの番なのねー。」
「あ、い、いや、俺は・・・。」

 なにやらもごもごと口篭る横島を意に介さず、ヒャクメがセンサーを横島の額に取り付けると、問答無用でキーボードを叩き始める。

「・・・あれ?」

 暫くの間、横島の記憶を辿っていたヒャクメの口から、小さく疑問の言葉がこぼれた。

「どうかしたのですか?」

 隣で様子を見ていた小竜姫がその声に気付くと、首をかしげてヒャクメに問いかける。

「あ、ううん、なんでもないのねー。」

 自分が思わず漏らした言葉を聞かれた事にやや驚きながら、ヒャクメは咄嗟に適当な言葉で誤魔化しつつ小竜姫をあしらうと、再び忙しなくキーボードを叩き始めた。

(・・・あれー? なんで・・・同じ時期の記憶が美神さんと同じように封印されてるの?)

 ヒャクメが今度は言葉に出さずに、首を傾げる仕草でその気持ちを表現すると、隣で見ていた小竜姫も不思議そうな顔で一緒に首を傾げた。

(すっごく気になるけど・・・。今はそれを調べてる場合じゃない・・・あらら?)

 記憶の封印に気を取られていたヒャクメの第三の瞳が大きく開いた。
 頭部に取り付けたセンサーから送られてくる、横島自身の構成情報に奇妙なデータがあったからだ。

(何これ・・・。横島さんの霊体から・・・嘘・・・あの時の魔族の女の子の霊基構成が完全に無くなってる?!)

 慌てて記憶の経路から分析にシステムを切り替えると、先程よりも更なる速さでヒャクメの手が動く。
 小竜姫からある程度の経緯は聞いていたヒャクメではあったが、今の横島の状態はどう考えても尋常ではない。そもそも、彼の霊体が妖毒によって崩壊するのを食い止め、失われた一部の霊体を補う為にルシオラと言う魔族は自らの命を使ったはずだ。
 無論今現在は横島の体から妖毒は中和されているし、ルシオラのおかげで横島は横島として霊魂も維持できているはずなのだ。
 だが、実際には横島の霊魂から僅かに残っていたルシオラの霊基構造は完全に消失していた。

(そんな事は有り得ないのねー。彼女の霊体分がすっぽり無くなったとしたら、横島さんの霊魂ははとっくに分解消滅だもの。)

 休む事無くヒャクメの両手はタイプを続ける。そして、それから数分の後、彼女の両手は突然に停止した。

(こ、これは・・・。擬似霊魂・・・? でもなんて高度な・・・。)

 分析の結果、彼女のコンピューターは一つの結論を弾き出した。それは、彼の欠けた霊魂の隙間を埋める非常に高度な擬似霊魂の存在である。

(嘘でしょ?! 彼女の霊体を完全に除去して、尚且つ横島さんの魂を維持しながら擬似霊体で穴埋めしたって事?!)

「ちょっと、どうしたんですか? ヒャクメってば。」

 目一杯思考回路を回転させているヒャクメは、しつこく肩を掴んで揺らす小竜姫の手をぴしゃりと叩くと、返事を返さずに再びキーボードを叩く事に専念し始めた。

「ええっ!? な、なんでぇ!?」

 叩かれた右手をさすりながら、予想外の自体に困惑の表情を浮かべる小竜姫を尻目に、ヒャクメは更に深層のデータに近づいていた。

(そういえば、美智恵さんが『仏教系の高位の存在が関与しているかも』って言ってたのよね。忘れてたわー。)

 思い出してみれば、美智恵のその言葉で全て解決できる。つまり、大蛇から二人を助け、横島の魂を修復したのは仏教系、すなわち自分達の上司の内の誰かに違いないのだ。
 そして、先程視た現場を鎮守する者と、令子が持っていたあの羽根を見れば、自ずと答えはヒャクメの前に下りてくる訳で。
 そうこうしている内に、遂にヒャクメのコンピューターは最深部へと辿り着いた。
 奇妙な事に、その最深部には門のような、標識のような、奇妙な丸い形のモノが鎮座しており、表面になにやら複雑な梵字らしきものが浮かび上がっていた。

「あははー、ゴメン小竜姫。私達のやってる事、思いっきりばれちゃってるのねー。」
「ど、どういうことです?」

 振り向きざま泣き笑いの表情でそう言ったヒャクメに、小竜姫は状況を把握しきれていない顔で聞き返した。
 何の事は無い。全て掌の上の出来事だったと言う訳だ。相手は小竜姫とヒャクメが独断で行動する事など始めからお見通しだったのだ。

「ううー、あんまりなのねー。」

 そう言いながら、ヒャクメはモニターに自分が先程視た画像を映し出し、それを小竜姫に見せた。

「し、始末書って何枚書けばいいのかしら・・・。」

 青ざめた顔で、精一杯平静を保とうと努力しつつ、小竜姫もまた泣き笑いの表情でそう呟く。
 メッセージが映し出されたモニターからの光が、キラキラと二人の涙を輝かせていた。

“ヒャクメ、小竜姫、ご苦労様。貴女方ならここに気が付くと思っていました。
 直ちに回線壱萬八千五百六拾弐番を開き、こちらにコンタクトを取りなさい。
 追伸 今回の行為については、後日大聖殿より厳しい沙汰があると思いますので覚悟するように。
                                                  仏母大孔雀明王”


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