椎名作品二次創作小説投稿広場


その光の先に

04 - silent jealousy


投稿者名:カラス
投稿日時:06/ 8/ 4

一方そのころおキヌは周りの状況の把握などそっちのけで自分の顔から流れる汗をふきもせず、横島の治療に全精力をつぎ込んでいた。

おキヌの献身的な治療のおかげで横島の傷は出血も収まり、傷口もふさがってきていた。

横島は治療を受けている間、魂が抜き取られたかのようにぼうっと、焦点の定まらない目でずっと正面を見据えていた。

おキヌは時々、そんな横島の顔をちらりと見ては、また真剣な表情で治療に専念した。

まるで、疲れた自分に活を入れるように。



――――――――守らなくちゃ。

今度は、あたしがこの人のことを守らなくちゃ。そう思ったんです。

あの時、私は目の前で泣き崩れる彼に何にもしてあげられなかった。

彼は、わたしにぬくもりも、命すらもくれたというのに。

だから今、私はこの人を守り通してみせる。

何にかえても。

そう思ったんです。――――――――――



その時、横島は戦っていた。

いや、周りからみたらそうは思わないだろうが、たしかに戦っていた。

自分自身と。



―――――――――周りの音は聞こえていた。

だから、美神さんたちが苦戦しているのもわかっていた。

行かなくちゃ。

そう思って身体を持ち上げようとするが、身体はピクリとも動かなかった。

傷のせいではなかった。

俺の、おれ自身の問題だった。

俺は心のどこかでためらっていた。

もう一度、この手でルシオラを殺すことを、

例えニセモノでも、ためらっていた。―――――――――



「・・・答えは一つね。」

と美神がつぶやく。

「タマモ、あなたは狐火であいつの足もとを狙って撃って。
あいつを回避不能な場所、空中におびきだすのよ。」

「無理よ。私たちが今こうやっている間も、あいつらは私たちの心を読んでいるのよ。
みすみす飛んでくれなんかしないわよ。」

「いえ、いくら心が読めても、身体がついてこなければどうしようもないわ。
あいつが飛ばなければ回避できないような状況をつくるのよ。
シロ、あなたが頼りよ。あいつが飛んだ瞬間に最大霊力で必殺の一撃をお見舞いしてやるのよ。
いいわね。スピードが勝負よ!」

美神の呼びかけに2人はコクリと頷く。

「よし。いくわよ・・・・・・よーい・・・スタート!!!」

美神の合図で勢いよく地面を蹴るシロ。

美神とタマモはさっきよりもはるかに多い手数とスピードで相手の足元を狙っている。

さすがに先ほどの攻撃をはるかに凌駕している、まさに“乱舞”と呼ぶにふさわしいムチと炎のラッシュに猫又の身体能力はついていけず、かわし方はだんだん雑になってきた。

「ちぃ・・・!」

そしてついに、美神のムチをよけきれずに猫又は、空へと跳んだ。

「今よ!!シロ!」

シロが、さっきよりも速度をあげて突っ込んできた。三度目の正直。

タイミングは完璧。

誰もが「しとめた!」と思った。しかし、

「シロ・・・。」

自分の名を呼ぶ男性の声に、シロの動きは止まってしまった。

猫又は再び姿を変えたのだった。

しかし、今度はルシオラではなく、碧眼の剣士、シロの父親に化けたのだ。

「・・・・!!」

シロは相手がニセモノだと分かっていても、父親を攻撃することはできなかった。

そのまま猫又はカウンターを食らわそうとシロとの間合いを詰めようとした。

が、そこはタマモの狐火が二人の間に入り、それを阻止した。

「く、なかなかやるね。」

と猫又。

「だけど、こうすれば攻撃できないだろ?」

「く・・・っ!」

とシロが悔しそうな声を上げる。

なおも猫又はしゃべり続ける。

「さっきの男もそうだった。ほら、あの二人組の、お前らはそいつを助けに来たんだろ?
知ってるかい?あいつら恋人同士だったんだよ。もうすこし仕事が軌道に乗ったら結婚するつもりだったんだってさ。
あの男、自分の恋人に化けられたらまったく攻撃できなくなってね。
ふ、バカなやつだよ。本人は自分の目の前で死んだってのに。」

そういって猫又は笑った。耳にさわる、いやな笑い声だった。



―――――――――それを聞いたとき、“あいつ”の声が聞こえたんだ。


“それとも誰かほかの人にそれをやらせるつもり?自分の手を汚したくないから。”


その瞬間、

俺のなかで、

何かが弾けた。―――――――――



地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がる横島。

「!!横島さん!」

あわてておキヌが制止しようとする。

が、横島は止まらない。ゆっくりと美神たちが戦っている方角へ向けて歩き始めた。

「横島さん!もういい、もういいの!!これ以上・・・!」

震える声でそういいながら横島に抱きつくおキヌ。

横島は歩くのをやめ、おキヌの顔を見た。目に涙を浮かべ、今にもそれがあふれそうだった。

そして、横島はおキヌの震える肩に手を当て、

「ありがとう、おキヌちゃん。でも俺、行かなくちゃ。
大丈夫。俺は、大丈夫だから。」

やさしく、ゆっくりとおキヌを引き離し、また、歩き出した。


おキヌは横島の後ろ姿を見つめながら涙を一粒、ゆっくりと流した。



―――――――わたしは、何もできなかった。

わたしは、彼が私を無理やり引き剥がそうとしようが、罵声をあびせようが絶対離さない、離れないつもりだった。

彼をこれ以上傷つけてなるものか。そう思ってた。

けど、

彼のそのやさしい力と言葉に、私はあがらうことができなかった。

そのやさしさの中に、ゆるぎない、びくともしない何かを感じたから。

彼は強かった、私たちの誰よりも。

悲しいほどに、強かった。―――――――――



「よ、横島。」

横島が自分の横を通り過ぎたとき、タマモは思わず声をあげた。

「「!!」」

その声に戦闘中にも関わらず思わず振り向く美神とシロ。

「横島君、あ、あんた・・・」

美神はそこまで言うと口を開けたまま黙りこくってしまった。その言葉の続きがどうしてものどの奥から外に出てはくれなかった。

それはタマモも、そしてシロも同じだった。

横島を止めようと思い声に出そうとするのだが、彼の目を見るとどうしても言えなかった。

その目の奥に、静かだがとても強い、悲しいほどに澄んだ何かを感じたから。

それは彼の“決意”と呼ぶべきものなのかも知れない。

とにかく、三人はその何かを感じとり、まっすぐに敵のもとへ行く彼を引き止めることができなかった。

ただ一人、横島の変化に気付いていない猫又はさもおいしい獲物が自ら来てくれたといわんばかりの嬉しそうな表情を浮かべていた。

猫又は本当に気付いていなかった。

自分の相棒の変化にすら。

やつは完全になめきっていた。横島を、人間を。

「おや、これはこれは・・・。」

まるで赤ん坊にしゃべりかけるときのような、正に猫なで声でそういうと再びルシオラの姿に変化し、横島のもとへと自分も歩き始めた。


「ヨコシマ。もういい、もういいのよ。」

両手を広げながら近づいてくる猫又。二人の距離はもう抱きつけるほどに近づいていた。

「もういいの。もう苦しまなくていいのよ。だから、だからね・・・」

横島に覆いかぶさりながら両手のみを自分の本体の物へと変化させる。

「楽になってね♪」


ザクッ・・・!!


ポタ、ポタッポタ


血が地面を紅く染めていく。

重なったまま動かなかった二つの影のうち一つが動いた。

「なっ・・・おま・・・」

猫又はうめいた。その手を紅く染め上げながら。

しかし、今回は自分の血だった。

貫かれた腹を押さえながら驚愕の表情で自分をさした相手を見つめている。

一方の横島も猫又を冷えた目で見下ろしたまま動こうとしなかった。

彼の右手の霊派刀から、血がポタ。ポタと一定の間隔で地面に吸い込まれていく。

「な、何あれ?」

美神は驚きに満ちた声で呟いた。

その視線は彼の霊派刀へと向けられていた。その形はいつものただ霊派を放出しているものではなく、研ぎ澄まされ、色こそないものの、もはや実在の剣のような形をしていた。

「いつもより具現化率が上がっている?
あんな形状、見たことない・・・。」

「・・・・おい!!なんで何も“送って”こなかったぁ!!!」

そうはるか頭上にいるサトリに向かって叫ぶ猫又。

が、当のサトリは、今ここにいる誰よりも動揺していた。

「な、なぜだ!!!なぜあいつの心だけ見えない!!?
さっきまでは・・・!!こんなこと・・・一度も・・・!!」

その声を聞き、まるで相手に見せびらかすかのようにおもむろに左手を開く横島。

その手の中にはまばゆい光を放つ双極の形をした玉があった。

その玉には、こう文字が刻まれていた。

“閉心”

横島がゆっくりと霊派刀を自分の左肩の方へとまわし、構えた。

もはや抵抗する力がほとんど残っていないが猫又が、それを見てビクッと身体を怖がらせ、叫んだ。

「・・・!!おい!お前恋人をもう一度殺す気か!?自分の手で!この女を・・・!!」

「うるさい。しゃべるな。」

ザンッ!!

足を開き、横に滑らせるように一気に霊派刀を振りぬく横島。

猫又の首は言葉を最後まで言い切ることが出来ないまま、中を舞った。

その表情は今自分の身に何がおきたのか、何で自分の視界が二転三転するのか今ひとつ理解できていないようだった。

「ルシオラはここにいる。ここにいるんだ・・・!」

横島は頭上にいるサトリを睨みつけた。

「・・・!!」

その瞬間、サトリは全身が粟立つような感覚を覚えた。

“逃げろ”

自らの本能が告げるままに、地面に背を向け逃亡を図るサトリ。

「ま、まて!」

そういいながら手に意識を集中させ、狐火を発生させるタマモ。

が、それよりの速く、横島はサトリを追うべく空へと飛んだ。

“飛翔”

「逃がすか!」

すぐさまサトリに追いつく横島。

「!」

その声に驚いて後ろを振り向くサトリ。

しかし、そこに横島の姿はなかった。そして、

「こっちだ。」

背後からいきなり鷲づかみにされる。

「の、のぉぉぉ!!」

そしてそのまま急降下、地面に叩きつけられた。

「ぐふぅっ!」

地面に叩きつけられ、なおも上から押さえこまれ、身動きがまったく取れないでいるサトリ。が、何とか逃れようと懸命に身体をバタつかせている。

「おい、なぜ二人を殺した。」

横島はサトリ押さえ込みながら尋ねた。

が、その押さえ込んでいる右手、“栄光の手”は霊派刀同様、普段のそれとかなり形状が異なっていた。

今まではただの“篭手”といった感じだったが今横島の右手は普段よりもふたまわりほど大きくて形も、武具には違いないのだがその鋭く尖った大きな爪は竜のそれを連想させる。ちょうど、“竜のための篭手”なるものが存在したらこのようなものだろう。

「・・・・ッ!!」

サトリは横島の問いには答えず、なおもジタバタともがいている。

「答えろ!」

そう言って、自分の右手に力を込める横島。

横島の爪がサトリの身体に深く食い込む。

その瞬間、自分はもう助からないと文字どうり悟ったサトリは、開き直ったように高笑いしながらこういった。

「そりゃあ、楽しいのよ!!
なぜか分からないけど頭の中で声がするのさ。
“人間を殺せ、人間を・・・!!”てな。
んで、実際に殺してみてビックリ!楽しいのなんのって!
ハッハハヒャヒャハヤ、ぶっ・・・・!!」

グシャ!!

横島はその返答に露骨に嫌悪の表情を浮かべ、次の瞬間、サトリを握りつぶした・・・!



虫一つ鳴かない静寂。周りの風景は凍ってしまったように動かない。

まるで、時の神がこの場所だけ時計の針を止めたかのようだった。


その静寂のなか、横島がゆっくりと立ち上がり美神たちの方を向いて、

「帰りましょう、事務所へ。」

と言った。その顔に切ないほどきれいな微笑みを浮かばせながら。




「ほんとにここでいいの?」

「ええ、ありがとうございました。」

二時間後、横島たちは美神除霊事務所の前にいた。

あのあと、シロとタマモの手によって行方不明の男性は発見された。

その身体は、すでに冷たくなっていた。

みな、あの猫又の発言から覚悟はしていた。

が、どこかやりきれない空気がその場に漂った。

二人の遺体は彼らの友人によって手厚く埋葬されるとのことだった。

二人の仲、事情は仲間内ではよく知れわたっていたようで、同じ墓に埋められるらしい。

せめて

同じ墓で、同じ場所で、

安らかに。幸せに。

「じゃあ、おやすみなさい。」

そういって車から降り、歩き出す横島。

「よ、横島さん。あの、よかったら夕食を一緒に・・・。
も、もう下ごしらえもできているから、すぐにできますから!」

その声に立ち止まり、またあの微笑みを浮かべながら振り向く横島。

「ん〜。いや。いいや今日は。
またご馳走になるわ。」

「・・・!!」

その笑顔があの人、ルシオラのそれと、あのはかない笑顔と重なり、

「そ、そうですか・・・。じゃぁ、また明日・・・。」

としか言えなかったおキヌ。

「うん。また明日。

・・・?」

なにやら視線を感じ、その方へ振り向く横島。

そこには悲しそうな、寂しそうな表情で横島を見つめるシロがいた。

「おまえも、また明日な。シロ」

そう言い、今度こそ横島は美神除霊事務所をあとにした。



「はぁ・・・。」

とため息をつく美神。

その声にがきっかけになったように、

「美神どの、あれは、あの女は・・・一体なんなのでござるか!」

と切羽詰った様子でまくし立てるシロ。

「・・・猫又の話を聞いてなかったの?・・・恋人よ。横島君の。」

「!!・・・そ、そんなことを聞いてるのではござらん!
先生とあの女の間に、なにがあったのでござるか?」

恋人と言う言葉が美神から出て少々戸惑っているようだが、なおも尋ねるシロ。

「その話はあとよ。」

「しかし!!」

自分が本当に聞きたいのはこの先だったので食い下がろうとする。

が、

「くどい!!」

その一言に一蹴され、しぶしぶ引き下がった。

「・・・何もかも分からないことだらけだわ。
なぜサトリは人を殺したの?本来あいつはただいたずらをするだけの比較的無害なやつなのに。」

「それに猫又も。」

とタマモ。

「飼い主を殺してその人に化ける伝説など残っているけど、
それは私たち妖孤同様、まったくの誤解よ。
たまたま飼い主が死んだとき、より安全な場所を求めて化けただけよ。
たまに繁殖期に栄養を付けるために食べることはあるみたいだけど・・・
今は繁殖期じゃないし、何よりあいつらは食べてもいなかった。
ただ殺しただけ。」

「ええ、しかも、それを楽しんでいる様子だった。
それに、猫又は犬神のはなが効かなくなるような強力な霊薬を作れるようになってるし、
サトリにいたっては、複数の相手の心が読めるようになっていた。

・・・調べてみる必要があるわね。っつたく、ただ働きは性に合わないのに・・・。」

そういって美神はもたれかけていたハンドルに顔をうずくめた。




ここは東京タワー。

都内が一望できる、高い、高い塔。

その高い展望台の“上”屋根の部分。

普通に考えたら、どうやってもたどりつけないこの場所に、彼はいた。

彼は赤い鉄柵にもたれかかり一人、東京の輝く夜景をぼんやりと眺めていた。

ふと、彼は上着のポケットから真っ黒な、タバコケースのようなものを取り出し、蓋をあけた。

中には光り輝く、蛍をかたどった宝石のようなものが入っていた。

周りの暗闇をかき消し、やさしく、包み込むように光り輝くそれを横島はじっと見つめていた。

そして、その光の中に顔をうずくめ、

一言、呟いた。

切ない、痛みすら感じられる声で、

「・・・ルシオラ・・・」

・・・と。


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