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あの素晴らしい日々をもう一度

第十一話


投稿者名:堂旬
投稿日時:06/ 7/31

「最初に異変を感じたのは初めて妙神山(ココ)に来た日の朝でした…」

 小竜姫に案内された広さ六畳の和室で、テーブルを挟んで小竜姫と向き合った横島は記憶を探り探り、口を開いた。




     あの素晴らしい日々をもう一度

       第十一話       立てられた仮説、そして進展




 しばらく時間が経って―――
 あらかた話し終えた横島はふぅ、と息をつくと目の前に置かれていた湯飲みに口をつけた。中に注がれていたお茶はすっかり冷めてしまっていたが、渇いた喉を潤すには具合がいい。
 湯飲みの中身を飲み干してテーブルの上に置く。そうしてから横島は小竜姫に視線を戻した。

「なるほど…あの日少し様子がおかしかったのはそういうわけだったんですね……」

 小竜姫は顎を親指と人差し指でつまむようにして、う〜ん、と唸った。
 実は横島は小竜姫に一つ伝えていないことがある。あの落雷のようなものを受けたその後に美神を見たときに浮かんだイメージ。
 血に濡れた美神の姿。
 そのことだけは、口にすることが憚られた。

(う〜ん、今回はたけしのテンションに乗っかってここに来ることになったけど逆に良かったみたいだな。小竜姫様にさえちょっと言いづらいんだから…美神さん本人になんてとても相談できねえよなぁ)

 そんなことを横島が考えていると、小竜姫が立ち上がった。

「どうしたんすか?」

「こういうことに関しては適任な人がいます。ちょっと連絡をとってみますね」

 そういって小竜姫は部屋からとたとたと走り去る。

「まさかそこまでしてくれるなんて…小竜姫様に相談してよかった!!」

 仮に自分の上司に相談していたらどうなっていたか…横島は綿密にシミュレートしてみて悲しくなったからやめた。
 小竜姫が出て行ってなんとなく手持ち無沙汰になった横島はまた目の前の湯飲みを手にとって口に運ぶ。そこまでしてから先ほど飲み干してしまっていたことに気がついた。
 苦笑しながら湯飲みを戻す。
 その時、気がついた。

(こ、これは―――!!)

 テーブルの上には小竜姫が口をつけた湯飲みが置きっぱなしになっていた。
 まだ半分ほど中身は残っている。
 ぐびび―――と横島の喉が鳴った。

(いやいや横島忠夫ッ!! お前は何を考えている!!)

(小竜姫様はこっちの相談に真摯に応えてくれてるんだぞ!!)

(恩を仇で返すような真似をする気かッ!!)

(だがしかし!! こんなチャンスを逃していいものか!?)

 横島の頭の中で色んな声がぐ〜るぐ〜ると行き交う。
 ぽんっ! と横島の右肩にちっさい横島が現れた。そのバンダナには「良心」と書かれている。

『よく考えろ俺! あんなに苦労して小竜姫様に許してもらったんだぞ!!(前話参照)その苦労を水の泡にする気かッ!?』

 「良心」横島は曇りなき瞳で訴えかける。その時、ぼんっ! と音を立てて今度は左肩にちっさい横島が現れた。そのバンダナには「外道」と書かれている。よく見ればキバが生えていた。

『いいじゃねえか俺。ばれなきゃいいんだよばれなきゃ』

 「外道」横島は横島の頬に寄りかかるようにしながら邪悪な笑顔で横島に語りかける。

『何を言うんだ!! あんなに純真な小竜姫様を裏切るつもりなのか!?』

『うるせえ!! いい子ちゃんぶってんじゃねえ!! なあ、俺よ…あのウブな美少女神様の唾液の味…知りてえと思わねぇかい?』

『な、なんて破廉恥なッ!!』

 ギャーギャーと言い争うちび横島たち。ついにはテーブルの上で取っ組み合いを始めだした。

『キミみたいな外道の言うとおりに動いてたらすぐに身の破滅だよ!!』

『てめえみてえな甘ちゃんじゃ世の中渡っていけねぇんだよッ!!』

 主導権を巡り、二人(二匹?)はポカスカと殴りあう。
 だがその時―――――
 グイッ―――!
 グイッ―――!

『うわッ!』

『なにィッ!?』

 突然現れた何者かに後ろ襟をむんずと鷲掴みにされ、二人の動きが止まる。二人の視線の先にはまた一人、小さな横島が現れていた。だがその姿は先に現れた二人より一回りも二回りも大きい。大人と子供ほどのサイズ差だ。
 そしてその肉体はとてもたくましく、その笑顔はまるでアメコミのスーパーマンである。
 新たに現れた横島のバンダナには「煩悩」と書かれていた。
 「煩悩」横島に後ろ襟をしっかりと掴まれた「良心」横島と「外道」横島はまるで首根っこを掴まれた猫のようにその体をぶら下げていた。
 「煩悩」横島は二人を掴んだその逞しい両腕を大きく振りかぶる。

『のぉーーーッ!?』

『ちょちょちょッ!!』

 そのまま大きくフォロースルー。
 「良心」と「外道」はふすまを突き破ってどこか遠くへと消えていった。
 一人残った「煩悩」横島は横島の方に体を向け直すと、その親指をぐっと突き出した。

『迷わずイケよ! イケばわかるさ!!』

 AHAHA!! と笑う「煩悩」横島に対し、本体横島は―――すごくイイ顔で親指を突き出した。
 YEAH!! と笑って「煩悩」横島は煙のように掻き消える。再び部屋は静寂に包まれた。
 スッ―――と横島の手が小竜姫の湯飲みに伸びる。

(違うんですよ。ただ単純に喉が渇いたんですよ。ほら、今日かなり喋ったやん? そら喉渇く、やん?)

 心の中で心にも無いことを呟きながら横島は湯飲みを手に取った。しっかりと小竜姫が口付けていたところを己の口元に持ってくる。

(たとえ最低と罵られようともッ!! 俺は俺の道を突き進む!! それが俺のジャスティスだッ!!!! さあ、いざ――――!!)

「お待たせしました横島さん」

「とぉーーーーーう!!!!!!」

 神速をもって湯飲みを元に戻し、自分が座っていた位置へ戻る。

「…どうかされましたか?」

「イヤイヤ何デモ無イデスヨ?」

 だくだくと汗を流しながら横島は首を振る。横島は湯飲みの中で揺れる水面に小竜姫が気付かないよう心中で祈っていた。

「大丈夫ですか? 汗が凄いですよ?」

「いやぁ、あはははは! 大丈夫っすよ!! そ、それでお知り合いは何て?」

 このまま突っ込まれてはまずいと横島は話題を変えた。

「ちょうど席を外してるらしくて直接話すことは出来なかったのですが…戻ってきたらこちらに連絡するよう伝えてもらうようにしました。今は連絡を待つしかないですね」

「はぁ〜…すんません、わざわざ」

「いえいえ」

 ぽりぽりと頭を掻きつつぺこぺこと頭を下げる横島に小竜姫は笑顔を向けた。

「お茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、いただきます」

 小竜姫は横島の湯飲みを手繰り寄せると、きゅうすをかたむけて新しいお茶を注ぎ始めた。

(ホントに優しいな小竜姫様…あれ? おかしいな? 嬉しくても涙って出るんだ…僕、初めて知ったよ)

 事務所とあまりにも違う扱いに、横島はヨヨヨとむせび泣いた。

「…ん?」

 横島は思わず目をゴシゴシとこすった。
 テーブルを挟んで真向かいにいる小竜姫の顔が歪んでみえる。まるで揺れる水面に映ったように、だ。
 涙のせいではない。そんなモンは流れたと同時に気化していった。
 空間が歪んでいる―――?
 陳腐な表現だがそう表現するしかなかった。
 小竜姫はずいぶんとゆっくりお茶を注いでいるらしく、この『歪み』に気付いている様子はない。
 『歪み』の中心から光が溢れ出した。

「…ッ!! 小竜姫様ッ!!!!」

「キャッ…!!」

 思わず横島は飛び出していた。横島が小竜姫に覆いかぶさると同時に光が破裂する。
 ボンッッ!! という音と共に大量の煙が溢れ出した。
 もくもくと部屋が煙で満たされる。
 テーブルの上にぼんやりと影が見えた。
 煙が晴れる。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーーーン☆ なのねー!! …って、えぇ!?」

 大きな旅行バッグのようなカバンを片手にテーブルの上でくるっとターンを決めた三つ目の神様。ってか少女。
 突然勢いよく現れた少女は目の前の光景にあんぐりと口を開いた。
 広さ六畳の畳の和室。
 布団も敷かずにあお向けに寝転がる親友。
 そしてその上にまたがって覆いかぶさるジージャンの男。
 ぽかんとこちらを見つめる二人の目。

「……お、お邪魔したのね〜〜〜!!!!!!!!」

「コラーーーーーーッ!!!!!!」

 あらぬ誤解をしたまま飛び去ろうとした少女を、小竜姫は足首をしっかり掴んで引き倒した。







「紹介しますね横島さん。こちら私の友人で神族の調査官を務めているヒャクメ」

「よろしくなのねー」

 小竜姫の紹介にあわせてひらひらと手を振る三つ目の少女。一応一端の神様であるというヒャクメ。

「ヒャクメ。こちらが横島さん。今回あなたに視ていただきたいのはこの方です」

「ふ〜ん」

 言いながらヒャクメは横島の全身に視線を這わす。

「あ、あの…ちょ…」

 さすがにそんな風に見られると横島といえども羞恥心は沸く。
 そんな横島の心を見通したようにヒャクメは微笑んだ。

「恥ずかしがらなくていいのね〜」

(…無理ッ!!!!)

 何と言われても恥ずかしいモンは恥ずかしい。
 だが横島はその恥ずかしさが何となく気持ちいいではないかと思い始めていた。

「ん?」

 ヒャクメは己の目をごしごしとこすり始めた。
 何かよからぬものでも見つかったのかと横島は不安を覚える。

「え…どしたんすか?」

「ん〜…何でもない。気のせいなのねー」

「それにしてもヒャクメ、いくらなんでも押しかけるのが突然すぎです。頼みごとをしたのがこちらとはいえ……」

「まあまあ! 相変わらず頭が固いのね〜小竜姫」

 小竜姫の抗議を流しながらヒャクメは横島の観察を続ける。
 そんな二人のやり取りを見ながら横島は思った。

(神様って…こんなんばっかか!?)

 おおむねこんなんばっかである。
 それはともかく。
 ヒャクメは持ってきたカバンを開けると虫眼鏡のようなものを取り出した。

「話によると昨日から今日の夕方にかけての記憶が無いのよね? じゃあまずその時の記憶を見てみるのねー」

「ええ!? 見るって…」

「ヒャクメにはその名の通り全身に百の感覚器官があって、あらゆる物を見通すことができるのです。それこそ人の過去や―――その気になれば、心でさえも」

 戸惑う横島に小竜姫が説明を加える。
 だが説明を受けても見られちゃ困る記憶が多々ある横島は(思春期の青年である、当然だ)大いに焦った。

「大丈夫。とりあえず昨日から今日にかけてとしぼって見るのねー。そこまでプライバシーなところまでは見るつもりないのねー」

 ヒャクメ本人の保障も、その後に続いた「ホントは興味あるんだけどねー」の一言によって、横島の狼狽を落ち着けるには至らなかった。
 とはいえ、まさか裸足で駆け出して逃げるわけにもいかないので、若干、いや大いに不安を残しながらも横島はヒャクメの視線を受け止め続けた。
 う〜ん、だの、へえ〜、だの、ちょこちょこ聞こえるヒャクメの呟きは非常に心臓に悪い。
 ヒャクメは横島から顔を離すと、カバンから今度はノートパソコンのようなものを取り出し、カタカタといじり始めた。
 やや置いてきぼりにされた感のある横島と小竜姫は互いに顔を見合わせる。
 ヒャクメはしばらくコンピューターとにらめっこしてから、小竜姫が入れてくれたお茶に口をつけると、ほぅ、と息をついた。

「それじゃ、説明するのねー」

 その言葉にずっと立ちんぼだった横島と小竜姫も腰を下ろす。

「何かわかったんすか?」

「順を追って説明するのねー。まず一つ、昨日から今日にかけての記憶が無いっていう話なんだけど…本当に『無かった』のねー」

 ヒャクメの言いたいことが掴めず、横島は小竜姫のほうを見る。だが小竜姫も要領を得ていないらしく、ふるふると首を振った。
 そんな二人の様子に、ヒャクメは説明を追加する。

「記憶ってのはタンスに例えられるって話は聞いたことある?」

 横島と小竜姫はうんうんと頷く。

「人間っていうのは見たこと、聞いたこと、全ての記憶をそのタンスの中にしまっておくことができるのねー。思い出せない、忘れちゃった、っていうのはそのタンスが開かなくなってしまった…ってことであって、タンスの中身が無くなってしまったってことではないのね」

「じゃあまさか、横島さんの記憶が『無かった』っていうのは…」

 小竜姫の言葉にヒャクメは頷いた。

「そう、横島さんの記憶のタンス。その中に昨日、そして今日の記憶は無かった。開かなくなっていたんじゃなく、中身そのものが無かったのねー」

 ヒャクメの説明を受けても、横島の脳内からクエスチョンマークは消えなかった。むしろ増えた。

「つまり…どゆこと?」

「簡単に言うと横島さんは昨日から今日にかけて何も見ていないし何も聞いていないってことなのねー」

(そりゃ一体どーゆーことだ?)

 ますますもって意味がわからなくなってしまった。記憶が無い間にも自分はちゃんと学校に行っていたはずなのである。意識を取り戻したのが今日の下校途中であったのだから。
 いくら学校にほとんど情熱をかたむけていないとはいえ、見ざる聞かざるで学校生活を送るなど、そんな悟りの境地のような真似が出来るものか。
 ならば一体―――?

「昨日から今日にかけて横島さんとなんらかの接点があった人の話を聞いてみたかったのねー」

 ヒャクメの言葉を聞いて横島は武田を置いてきたことを少々後悔したが、どーせアイツも記憶が曖昧だったようだしここにいても役には立たなかったろう、うむ、そうに違いないと結論付けてすぐに忘れた。

「横島さんはその間ずーっと眠っていたっていうのが、一番簡単な答えなんだけど…前後の記憶を覗く限りじゃ、そんなわけじゃないみたいなのよねー」

 ヒャクメは再びずずず…とお茶をすする。横島と小竜姫もそれに倣った。

「そこで」

 再び横島と小竜姫、二人の目がヒャクメに向けられる。

「神・魔族、人間問わずに過去に似たような症例を訴えた事例が無かったか、情報局のデータベースを覗いてみたのねー。そしたら…おもしろい可能性が二つ浮かび上がってきたのね」

 ヒャクメは得意そうな、それでいて楽しげな顔を二人に向けた。
 横島と小竜姫、二人の喉がぐびび…と音を立てる。
 ヒャクメは右手人差し指を二人の前に突き出した。

「一つ目…その時間帯、横島さんは何かに取り付かれて意識を失っていた」

 続けてヒャクメは中指を立てる。

「二つ目……」

 もったいつけるように間を置くヒャクメ。まるでどっかのクイズ番組の大御所司会者である。
 横島と小竜姫も思わず身を乗り出した。
 いよいよヒャクメの口が開く。




「二重人格」




 ヒャクメは得意げに言い放った。











 美神令子は怒っていた。憤っていた。極めて不機嫌であった。
 理由は概ね二つある。
 事務所探しの難航と、自分のアシスタントを勤めているはずのバンダナ少年の無断欠勤である。
 いや、事務所はもう当てがある。バンダナ煩悩少年だって普段は荷物持ちしか脳がない。いなくてもそんなに支障はないのだ。
 だがしかし、今日の美神令子は怒っていた。
 事の顛末はこうである。
 あの天竜童子の一件で事務所を失った美神は一時唐巣のところへ身を寄せ、新たな事務所探しに四苦八苦していた。
 美神令子だというだけで入居を断る不動産。どこに電話しても「ご遠慮します」! 「ご遠慮します」!! 「申し訳ありませんが…」!!!!
 いい加減堪忍袋の緒も切れようかという時に舞いこんだのが人工幽霊一号の「試練に合格すれば事務所あげますよ」話である。
 おキヌを引き連れ、意気揚々と乗り込む美神。次々と試練に合格していったのだが最後の試練で難航。遂にその試練を突破することは叶わなかったのである。
 ちなみにその最後の試練は『一歩歩くごとに五年年を取る部屋』であった。
 またすぐにリトライすることを人工幽霊一号に納得させ、今に至っている。
 今日横島が来ていれば、最後の試練も難なくクリアすることが出来ていたであろう。
 そんなわけで今、美神は眉間にしわをググッと寄せて夜の賑わう繁華街の中を歩いているのである。
 しかし迷い無く横島に『その役』をさせようと考えているあたり、さらっと恐ろしい。

(あのブァカ!! 減給も覚悟しなさいよッ!!)

 ある意味死刑宣告に等しいことを思いふけりながら歩く美神の目に、見覚えのある顔が映った。

(あれは…最近横島クンとしょっちゅうツルんでる……)

 人々で賑わう遊歩道を、ぼさぼさした黒髪の少年が憔悴しきった様子で美神のほうに向かって歩いてきていた。
 美神の目がキラリと輝いた。
 けっこう、なんというか、邪悪な感じで。










 妙神山修行場の一角、六畳一間の和室にて、ヒャクメの説明は続く。

「横島さんは眠っていた、でも体は別の意思でもって動いていた。これが一番簡単で、納得できる理屈。そうすると考えられるのはこの二つのケースなのねー」

 ヒャクメは喋りながら考えを整理しているようだった。

「といっても、前者だった場合、現在横島さんには何も憑いていないことから既に解決してるってことになるのねー。後者…二重人格っていうのも、言ってはみたけど可能性薄、っていうか皆無といっていいくらいなのねーー」

「そりゃまた何でだ?」

 ヒャクメの説明に横島が割ってはいる。
 いつのまにかタメ口になっているが、ヒャクメはまったく気にしていない。

「うーんとね、本人がまったく自覚を持たない、まったく別個の記憶を持つ二重人格ってのは、ある程度魂が分割されるもんなのねー。でも横島さんの魂は全くの『個』であるから、二重人格であるとは考えにくいのねー」

「なるほど…」

「つまり、結論から言うと多分もう問題は無いってことなのねー。でも絶対じゃないから、またなんかあったらすぐに呼んでくれていいのねー」

「いや、そんな…いいのか?」

 ヒャクメは笑う。

「かまわないのね〜! こんなにおもしろいことなんてなかなか無いのね!!」

 横島も笑った。

「そっか…じゃあまたなんかあったらお願いするよ。あ…しますよ」

「別に敬語使わなくていいのね〜」

 ヒャクメはいそいそと帰り支度を始めた。今日中に片付けたい仕事があるのだという。
 忙しい中やって来てくれたヒャクメに、横島はかなり心の底から感謝した。

「それじゃ、また暇が出来たら遊びに来るのねー」

「ええ、待っていますよ」

 最後に別れの挨拶を交わして、ヒャクメは神界へと帰っていった。
 横島と小竜姫は顔を見合わせる。

「なんつーか…神様らしくない神様っすねえ」

「ええ、本当に……困ったものです」

 あなたも十分神様らしくないんですけどね。
 そんなつっこみは心の中にしまっておいた。

「それで…」

 湯飲みやきゅうすを片付けようと、お盆の上に乗せながら小竜姫が口を開いた。

「今夜は泊まっていかれるのでしょう?」

 横島の穴という穴から血液が噴出した。



 武田武は焦っていた。落ち着かなかった。もっというなら、興奮していた。

(ええ!? なにこの状況!? え? ドッキリ?)

 武田は努めて冷静に状況の把握を試みる。
 今日は横島を誘って妙神山に行った。
 色々あって追い出された。頭に神剣のプレゼント付きで。
 へこんだ。
 泣いた。
 走り回った。
 疲れて歩いていた。
 美女に声かけられた。
 罠だ罠だと思いつつ、ついていった。
 連れてこられたのは謎の廃墟。妖しげな廃墟。
 人通りは、無い。
 そして今になって気付いた。
 この美女は確か―――美神令子。

(整理はついたがわけわからん…なぜ美神令子が俺に? 何の用があって? 何故こんな廃墟に?)

 どう考えたっておかしいことはわかっている。
 美神令子がその体を持て余す淫乱娘だったと仮定して、この状況になったとしよう。
 それでもやっぱりおかしい。
 何故なら美神令子はお金持ち(横島情報)。コトをいたすにしたってホテルの一室でやるっていうほうが違和感ない。
 ならば横島の仕込んだ盛大なドッキリではないか?

(いや、それはない)

 これが横島の仕組んだドッキリだとしたら、小竜姫までもがグルだったことになる。
 それはちょっと考えづらい。大体今日妙神山に行ったのだって自分の突発的な思い付きだった。
 つまりこれは美神令子が美神令子自身の意思で行っていることだということになる。
 では何故?
 思考の堂々巡りである。
 武田は美神に気付かれぬよう、ゆっくりと、大きく息を吐いた。

(罠っていう可能性が大だろうなあ)

 しかしわかっていてもよからぬ期待に胸と股間を膨らます自分がいる。
 自分の若さと豊かな想像力が恨めしかった。

「ねえ…」

 美神令子の唇から艶のある声が漏れる。

「中に入って…? 頼みがあるの……」

「はぁい!!!!」

 武田はとてもいい返事をした。



 横島は悶々としていた。迷っていた。決断しかねていた。
 先ほどこの広さ六畳の和室で行われた小竜姫とのやり取りを思い出す。

―――――――――――――

「ええ!? と、泊まりって…い、いいんすか小竜姫様!?」

「え、ええ…」

 横島の反応にキョトンとする小竜姫。しかしその後はっとしたように顔を赤らめた。

「へ、変なことを考えているのではないでしょうねッ!?」

「か、考えてない!! 考えてないっすよぉ!?」

 まったく『そんなこと』は考えていなかった小竜姫だったが、あまりにもアレな横島の反応で『そーゆーこと』を連想してしまったようだ。

「か、勘違いしないでくださいね!! こんな夜も更けてからこの妙神山を下山することは大変危険であるから、しょうがなく泊めるんです!! しょうがなく!! わかってますか!?」

「わかってますともぉ!!!!」

「布団は押入れに入ってますから…あとはご勝手にどうぞ!!」

 それだけ言うと小竜姫はすぐに部屋から出て行った。
 少し前に自分を、二時間ほど前に武田君も追い出しましたよね―――そんな思いはそっと胸にしまっておいた。

――――――――――――――

(こ、これはどうすべきだ横島忠夫!!)

 そんなわけで横島は悶々と寝付けずにいるわけである。
 いや、常識で考えれば大人しくしているべきだ。次の失敗は致命的である。リアルに致命的である。
 だがしかし―――1%でも可能性があるのならそれに賭けるのが男というものではなかろうか。
 かつて小竜姫はこう言った。
 ――――責任を取れ、と。
 それはつまり―――――そういうことではないのか。
 だがしかし―――――
 悩む横島の脳裏に小竜姫の言葉が浮かぶ。

『布団は押入れに入ってますから…あとはご勝手にどうぞ!!』

 勝手にどうぞ

 勝手にどうぞ

 勝手にどうぞ(エコー)

「勝手にさせていただきます!!」

 横島はあてがわれた部屋を飛び出した。
 板張りの廊下に出てから、気配をさぐる。
 小竜姫の眠っている部屋を特定すると、静かにその部屋のドアを開けた。
 やはりそこも同じような和室。暗くてよくわからないが、そこに敷かれた布団に彼女は確かに横になっていた。

(小竜姫様……)

 一歩踏み出す。みしり、と畳が音を立てた。
 その音に反応したように「ん…」と声を漏らしながら布団の中でその人物は寝返りをうつ。

「ずっと前から愛してましたーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

 辛抱たまらなくなった横島はルパンダイブよろしく布団の中に飛び込んだ。

「あ! いや…!!」

「あったかいなーー!! やーらかいなーーーー!!!!」

「ん…! は…!!」

 布団の中でもぞもぞと絡み合う。柔らかなその体に、抵抗の意思はあまり感じられない。

(これは…イケる!!)

 横島が心の中でそう雄たけびをあげた時―――スタァン!! と音を立てて閉めたはずの入り口のふすまが開き、部屋の電気がつけられた。
 仁王のごとき剣幕でそこに立っていたのは―――もはや言うまでもあるまいが―――小竜姫であった。

「んええ!? じゃ、じゃあコッチは!!」

「んうぅ〜こんなに激しく迫られたのは初めてなのね〜…このままじゃ私…堕ちちゃう…」

「ヒャ、ヒャクメぇえええええ!!!!!」

 乱れた布団の上で自分が組み敷いていたのはなんと小竜姫ではなくヒャクメであった。
 パジャマに身を包んだ小竜姫も、乱れた衣服をおずおずと直すヒャクメも大変色っぽい姿であったが―――――横島にそれを楽しむ余裕はもう無かった。

「ななな何故ヒャクメが……!!」

「仕事が思いのほか早く終わったから泊まりに来たのね〜。それにしても横島さん…凄かったのね……」

 布団のシーツをぎゅっと掴んで艶っぽい声をだすヒャクメ。

「うわーーーーー!!!! 火に油を注ぐなぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 小竜姫が仁王の迫力そのままに横島に一歩、二歩と歩み寄る。
 横島の脳裏には色んな思い出が高速で駆け巡っていた。



 ガシャーン!!
 盛大な音をたてて窓を突き破り、武田は廃墟から飛び出した。
 ごろごろとそのまま地面を転がり、勢いを殺してから立ち上がって駆け出す。
 破った窓から美神令子が何事かを叫んでいたが無視した。

「ほ〜らな〜!! ほ〜らな〜!! やっぱりこうなったよわかってたんだチクショー!!」

 武田の脳裏に先ほどの美神の言葉が浮かぶ。

『お願いっていうのはね…私をあの机の所まで抱えていってほしいの』

『もし連れてってくれたら……キス…してあげる』

 二つ返事でオーケーして美神を抱え上げ、いざ部屋に踏み込もうとした瞬間―――

『あ、この部屋一歩歩くごとに五年年取るから』

 思わず美神をその場に放って廊下の窓から飛び出していた。
 そこが三階だとかはまったく意識しなかった。

「チクショー!! キスなんかのために二十年も三十年も年食ってられっかーーーー!!! そんなんやったら一ヶ月バイトしてプロのおねーさんとこ行くわーーーー!!!!」

 涙を流しながら武田はただひたすら走り続けた。



 ドシャーン!!
 ぼろ雑巾のようにされた横島は妙神山入り口の門から投げ出された。
 そして門は無慈悲に閉じられる。

「今度はお主、なにやったのだ?」

「うるせーほっとけ」

 ずたぼろの横島に声をかけてくる鬼門に、やはりぞんざいに返して横島はとぼとぼと歩き出す。

「やっぱな〜やっぱこうなったよ…わかってたんだチクショー」

 それでもチャレンジせずにはいられなかった。そんな自分の若さを横島は心底恨めしく思った。



 走りつかれた武田はふと空を見上げる。相変わらず満月は曇ることなく輝いていた。
 とぼとぼと歩きながら横島はふと空を見上げる。夜空に輝く満月に息を呑んだ。

「はぁ〜…」

 武田はため息をついた。

「はぁ〜…」

 横島はため息をついた。


「「俺って……アホだよなぁ………」」


 遠く離れた空の下。馬鹿と馬鹿が同調(シンクロ)した。









「最低…最低最低最低最低!! 最ッ低ですあの人!!」

「まあまあそんなに荒れないの小竜姫」

 横島を追い出してからも、まだ鼻息荒い小竜姫をヒャクメがなだめにかかる。

「まあでも…神様に夜這いかけるなんてさすが初めて小竜姫の裸を見た男よね〜」

「んなッ!? あなた!! 視たんですね!!!!」

 訂正。ヒャクメはどうやら小竜姫をからかっているだけのようだ。
 真っ赤になって怒る小竜姫を、ヒャクメは楽しそうに見つめていた。








「チッ!! まったく根性のない!!!」

『あのう〜…』

 武田を逃がして舌打ちを漏らす美神に、遠慮がちに人工幽霊一号から声がかけられた。

「なによ!? 次よ! 今度こそクリアするわ!! だからもう少し待って!?」

『いえ、あの〜…もう試練はけっこうですので、その部屋のイスに腰掛けていただけませんか? その部屋を歩いてももう年は取りませんので…』

「へ?」

 話を聞けば、この建物自体が魂を持った存在である人工幽霊一号は、定期的に霊能者の強力な波動を受けなければ消滅してしまうらしい。
 そしてもう人工幽霊の霊力残量はギリギリなのだそうだ。背に腹は変えられないということらしい。

『今までの試練であなたが非常に能力の高い霊能者であることはわかっています。私は以後、あなたの事務所として忠誠を誓う……』

「……あっそ」

 美神は急に襲ってきた頭痛に頭を抱えた。




 ともあれ、美神令子。新しい事務所をげっとである。



      第十一話       立てられた仮説、そして進展


                   終わり


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