椎名作品二次創作小説投稿広場


その光の先に

02- survivor


投稿者名:カラス
投稿日時:06/ 7/30

空の色はもう、夏独特の濁った、透明感の無いブルーから燃えるようなオレンジへと塗り変えられている。

「さてと、んじゃ、はじめるわよ。」

東京二十三区から外れた郊外、ちょうど埼玉との県境なあたりにある山のなかの小さなキャンプ場。そこに彼女ら、美神令子序霊事務所の面々はいた。

「けど、誰もいないですね。」

とおキヌ。

「当然よ。素人だけ残せるわけないでしょ。私が戻るときに一緒に下山させたわよ。」

と車から降りながら美神が答える。

「さ、行くわよ。目的地はこの奥よ。」

そう行って、深い森へ向かって歩き始めた。
    

「うわ〜。なんかこの時間帯の森って不気味やな〜。」

「よっ横島さん。あんまりくっつかないでください!」

「そう言いながらも、全然嫌がらないのよね。おキヌちゃんって。」

「た、タマモちゃん!」

「せんせ〜!そんなにくっつきたいのならば是非せっしゃと・・・」

「うるさい!静かにせんか〜!」

振り返りざまに後方を怒鳴り散らす美神。当の本人が一番うるさいのだが。

森に入ってもう十数分ほど経っている。まだこのあたりは木々もまばらで、その隙間から十分に日の光が差し込んでくる。

彼女らは隊列を組んで進んでいた。先頭は道を知っている美神。その後ろに嗅覚に優れたシロが、その次に文殊と栄光の手で、近接戦闘もサポートもできる横島。そしておキヌが続き、最後に同じく探査能力に優れたタマモが後方を警戒していた。敵の正体がはっきりしない分念には念を。という美神の案から、このような隊列を組むことになった。

が、横島が、やれカラスが鳴いただの、やれそこの茂みが動いただの、ことあるごとに騒ぎ立て、また回りがそのたびに反応するので全然緊張感が無かった。まぁ、そこが横島の良いところなのかもしれないが。

しかし、今日の美神はいつもとは少し違っていた。

「・・・なんか美神さん、いつもよりピリピリしてない?」

と横島がおキヌに尋ねる。

「しかたないですよ。死体が見つかって、一人はいまだ行方不明なんですよ。私たちに怒るのは当然です。」

「でもさ、なんかいつもと違うんだよな。」

「そりゃ、あれじゃないの?もし二人とも死んでしまって。犯人がサトリだとしたら、向こうから何かしらの責任を追及されるかもしれないからじゃないの?」

「いや、いくら美神殿でもそれは・・・。」

「そうですよ、最近美神さんは前よりかずっとやさしくなりましたよ。今でも意地っ張りだけど・・・」

「たしかにあの人はあれでけっこうかわいいところが・・・」

「でも、・・・」

「いや・・・」

「・・・全部聞こえてるんですけど。」

その底冷えした声に一瞬にして石化してしまった四人。動こうとしない自分の首を、それでもギギギギと声がした方角へ向けると。そこには美しく、そしてそれにも増して恐ろしい夜叉の姿があった。

「わたし、言ったわよね?静かにしろって。それとも皆さんのお耳には私の言葉が届いてはいなかったかしら?」

全員一様に首を左右にはちきれんばかりに振る。

「ふ〜〜ん。それじゃなに?あんた達はこの自分の利益優先でそのくせ優しいところがあって、でも意地っ張りでそれを認めようとせず、そこがまたかわいい女の子にここに永遠に埋めてほしくてわざわざやってたわけ?いいわねぇ。来年の春には、そこからきれいなお花が咲くかもねぇ。・・・で?最初にお花になりたいのはだ〜れ?」

さっきにも増す勢いで首を振る四人。首だけが取れて、どこか彼方へ飛んでいかないかと心配になる。

「次やったら、本当に埋まってもらうからね。わかった?」

コクコクコクと、今度は首を縦に振る四人。関節がないかのようだ。

「っったく。」

くるりと振り返り、スタスタと目的地に向かって歩き始める美神。

美神の後ろから ほぅ・・・と息を吐く声が四つばかり聞こえる。

きっと、彼らは今、生きることのすばらしさをかみ締めていることだろう。

が、それはまた置いておくとして、

美神はたしかにいつもと違っていた。それは、彼女が“何か”を感じていたからだ。根拠も理由もないが、確かに感じる“何か”を。



―――――私たちはどんどん進んでゆく。森のなかを。

森はどんどん深くなり、木々の隙間から入る日の光もどんどん細い、暗いものになってくる。

まるで、私たちの事を森自身がこころよく思っていず、私たちの侵入を阻もうとしているようだった。

私は私が何故こんなに苛立っているのか、不安になっているのか、自分でもよくわからなかった。

私はその不安を取り除くため、懸命に自分に言い聞かせていた。

大丈夫。なにもいつもと変わらないわ。横島君はいつも道理ビビッておキヌちゃんにくっついてるし、シロとタマモは相変わらずうるさい。何も変わらないじゃない。

そう。なにも変わらない。だから気のせい。そう自分に言い聞かせていた。

その時のことは、今でも悔やむ。

私は、彼にまた傷を負わせてしまった。――――――



「ここよ。この茂みの奥。」

美神はめの前に広がる腰ほどの高さの茂みを指差した。

「この奥に、彼女が眠ってるんですね。」

おキヌは寂しそうな顔で呟くように美神に尋ねた。

「そうよ。」

「・・・・・。」

おキヌは何もいわず、まだ顔に寂しそうな表情を浮かばせてうつむいてしまった。

「・・・つらいのなら残りなさいおキヌちゃん。」

美神のその一言に、はっと顔をあげるおキヌ。目には驚きの色が浮かんでいた。

「あなたは一度死んでいる分、彼女の気持ちがわかるんでしょう。痛いほどにね。」

「・・・・・。」

「けど、この先あなたがゴースト・スイーパーを続ける限り、また同じような場所に出くわすこともかなりの高確率であるわ。そのたびに逃げ出す気?」

「・・・・!!」

「決めなさい。おキヌちゃん。」

おキヌはもう一度うつむき、目を閉じた。

「・・・・・・」

そして、彼女は顔を上げた。その目には先ほどの困惑した様子はなく、決意の色がありありと浮かんでいた。

「行きます。だって、わたしはゴースト・スイーパーなのだから。だって、彼女の悲しみを一番分かってあげられるのは、わたしなのだから。」

その言葉を聞き、美神はうっすらと微笑んだ。

「そう。じゃ、行くわよ。」

その言葉には、まるで答えは始めから分かりきっていた。そういう感じがした。

「美神さん・・・。」

横島が呟く。

周りも、そしておキヌも気付いていたのだろう。美神はおキヌに決心させるため、わざとここで尋ねたということを。

「な、なによ?」

ほんのりと頬を赤らめ、しかしそれを悟られまいと懸命にツッパリながら美神が問う。

「じゃ、俺はここに残りますから、用が済んだら呼んでください!」

右手をさっと上げ、颯爽とした様子で言う横島。

横島の、ある意味では期待を裏切らない返答に全員が膝からガクッと崩れ落ちてしまった。

「お・ん・ど・れは〜〜〜〜〜!!」

美神の渾身のライトスクリューが横島の右側頭部をえぐるように繰り出される。

ボコッ!!

まともに直撃し、倒れる横島。それの襟首をつかみズルズルと茂みの奥まで引っ張って行く美神。

「あんたはくるの!!」

「いやや〜〜!あんな悲惨な姿、リアルに見とおな〜い!!」

「よ、横島さん。」

「せんせ〜。」

「バカ」

口々に感想を口にしながら、あとに続く三人。



それは、無残にも横たわっていた。


その場所は、森の中だというのにあまりにも静かで、まるで、この場所から“音”という概念自身がなくなってしまったようだった。

そんな、腰までどっぷりと浸るような茂みの中に、彼女は沈んでいた。

「ひどい・・・。」

とおキヌが真っ青になりながらも声を洩らした。

横島も、多少青くはなっていたものの、何も言わずにじっとその死体をみつめていた。

「どう?シロ、タマモ。何か分かった?」

シロとタマモは先ほどから死体とその周りの匂いを嗅ぎ、手がかりを探していた。

「・・・ん〜〜。」

「・・・どうなのよ?」

「・・・結論から言うと、わからないわ。」

予想外の返答に一瞬キョトンとなる美神。

「っちょ、それはどういうことよ!犬神が二人もいて、何が分からないのよ!」

「この死体、鼻が曲がりそうなキツイ匂いがするのでござるよ。それのせいで、何がなんだか・・・」

うずくめていた顔を持ち上げ、手の甲で鼻をこすりながらシロが言った。

「これは、薬草と霊草、それに自分の魔力を使って造る匂い消しね。これで、自分が何者かをわからなくするの。」

「じゃあ、サトリは関係ないわね。あいつにはそんな知能はないわ。」

と美神。

「いえ、これはサトリの仕業でござる。それと、もう一匹、別の何かの。ほんのかすかだが、匂いがするでござるよ。」

「え?じゃっ、じゃあそのもう一匹は何?」

「だから、分からないって言ってるでしょ。」

タマモが、首をコキ、コキと鳴らしながら言う。

「サトリの方も“これはサトリの匂いだ”って思いながらかいで、やっとわかる程度なのよ。」

「とにかく、この強烈な匂いは向こうまでずっと続いているでござるよ。」

そう言って、シロはにおいがする方向を指差した。

「そお・・・。」

しばらくの間美神は考え込み、そして、

「・・・とにかく、その匂いを追いましょう」

「・・・罠かも知れないわよ。この手の方法はにおいが強すぎて後に残るが欠点だけど、逆にそれを逆手にとって待ち伏せする場合もあるわよ。」

とタマモが指摘する。

「そんなことは分かってるわ。けど今はそれしか手が無いのも事実よ。罠?上等じゃない!私たちを罠にはめられるほどのつわものかどうか、見せてもらおうじゃない。いいわね?」

横島、おキヌに向かって呼びかけた。

するとふたりは、一度だけコクリと首を縦に振った。

「よし、出発よ。タマモ。シロ。」

二人は美神の呼びかけに答え、匂いが続く方へと歩き始めた。



行く手を阻むかのごとく永遠と続くかのような茂みの中を、美神たちは進んでいった。

いっこうに終わりそうに無い茂みを掻き分けては進み、掻き分けては進んでいった。

森はどんどん深くなり、ついに、日の光も届かなくなった。

あたりが真っ暗なので良く分からないが、外の世界もここと同様に真っ暗だろう。

そのくらい、この茂みに入ってから時間が過ぎていた。

行けども行けども、周りの景色は変わらず、まるで同じ場所をグルグル回っているかのようだった。

実際、シロとタマモがいなかったらそうなっていただろう。

彼女達がいるから、この深き闇の森の中を目印もなしに進んでいけるのだった。


急に、世界が変わった。

何十何百と繰り返してきたように草を掻き分けると、そこには次に掻き分けるべき草がある、はずだった。が、その草はなく、視界が急に開けた。

草のない地面に足を踏み入れると、周りには草も、そして木々もまったく生えてない。

ここは天然の円形広場のようになっていた。

上を見上げると、そこには本来あるでき物、空が見えた。

予想道理、外も真っ暗だった。が、星が見える。そこが違っていた。

ガザガザガザ、と広場の反対側の草陰から音がした。

全員の意識がその一点に集中した。

美神は神通根を、おキヌはネクロマンサーの笛を手に取り、ほかのメンバーも思い思いに構えて攻撃にそなえた。


何かが草陰から崩れるように出てきた。

「・・・っ!!!?」

その瞬間、横島は言葉を失った。

横島だけではない、美神も、おキヌも横島と同様にこのありもしない、あるわけがない光景に心を抜き取られてしまった。

そこに、彼らの視線の先にあったのは、行方不明の男性でも妖怪の一種でも、彼らが想像したどの姿とも違っていた。


ようやく、横島が石のようになってしまった喉から声を絞り出した。

ただ一言。


「・・・ルシオラ・・・」

・・・と。


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