椎名作品二次創作小説投稿広場


山の上と下

18 幽霊、人狼、そして… ・後編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 7/25

山の上と下 18 幽霊、人狼、そして… ・後編

「丁度、良いところに来てくれた! 人狼の嬢ちゃんを頼む!」

涼の言葉を待つまでもなく、ご隠居はシロを支え、加江はその二人を守る位置を占める。

 一方、れいこは智恵の隣へ出ると涼に向かい、
「私が来たからはもう大丈夫! もう、素人は下がって良いわよ!」

 『邪魔だ!』という物言いに顔をしかめる涼だが、智恵の視線が任せるように求めたので、それに従う。

人狼は新たな敵の実力を見極めるかのように目を細める。
「小娘、相応の霊力はあるようだが、我と戦うつもりなのか?」

「もちろん!! 人に仇なす人狼、この”美神”れいこが極楽に逝かせてあげるわ!」
颯爽と啖呵を切ると、少女の全身から霊力が吹き上がる。そして、それに合わせるように智恵も霊力を全開に。二人とも、その霊圧は、先に人狼が見せたのにも匹敵する。

智恵はその膨大な霊力を杖に込めると居合いのような構えを取る。一方、れいこは、腰の辺りで両手を併せるように構えると、その掌の間に眩く光る霊力塊−霊波弾を造り上げた。

その霊圧にいったんは恐れに近い表情を見せる人狼。すぐに白けた感じで、
「二人してそれほどとはな。その”力”、まともに喰らえば、我とても無事にはすまぬか。ただし、『まともに喰らえば』の話、そのような”力”任せを喰らうほど、我をのろまと思っているのか?!」

‘奴さんの言ってる通りか’と内心で認める涼。

いくら智恵でも、霊力を込め”重く”なった杖では、人並みの動きが精一杯、人狼の速さに追従するのは不可能なはず。また、れいこの霊波弾も同じで、確実に命中する距離まで、”重い”霊波弾を抱えたままで近づけるはずはない。

 もちろん、親娘での連携攻撃となるのだろうが、そんな安直な手が通じる相手ではない。

「だから、手出しは無用っていってるでしょ!」
牽制役と動きかけた涼をれいこはぴしゃりと制する。それから、人狼を睨みつけると、
「すいぶんと言ってくれるじゃない! そんな偉そうなご託は終わってから並べてちょうだい!」

その自信たっぷりな様子に何かを感じたのか、人狼は表情を引き締める。自然体で腰を落とすと迎え撃つのに有利な下段の構えを取る。

その動きに不敵な笑みで応えるれいこ、それに智恵。

 次の瞬間、信じられない光景にその場の全員が目を見張った。少女は霊波弾を自分の母親に向けたのだ。

智恵を包む閃光−さらに、信じられない光景が現出する。
距離でいえば二間以上の離れていた智恵が人狼の懐ともいえる位置に間合いを詰めていた。

 あわてて対応しようとする人狼だが、その位置に対しては、人狼の反応速度をもってしてもどうしようもない。

智恵は抜き打ちに杖−全霊力を人狼に叩き込んだ。

「ぐわっ!!」
 一声叫ぶと人狼は雷に撃たれたように全身を硬直させ、そのまま朽ち木のように前のめりに倒れこんだ。



「ヤ(殺)ったか?」涼は油断なく人狼に目をやりながら尋ねる。

「いえ」と大きく息を吐く智恵。杖を持ち直し、よろめく体を支える。
 有りったけの霊力を一瞬で使い尽くしたことはさすがに堪える、といったところだ。それでも、張りのある声で、
「意識を失っているだけです。他の仲間や攫った人のことを聞き出すコトを考えれば、捕らえた方が良いでしょう」

「そいつは判るんだが、この人狼が、何時、目を覚ますか、それが心配でね。満月に近い今、人狼はほとんど不死身なんだろ?」

「心配ありません。たっぷりと霊力をおみまいしましたから、この時期の人狼でも数刻は目を覚まさないでしょう。眠っている間に人狼としての”力”を封印しておきますから、捕らえておくもの問題ないはずです」

その説明で、ようやく涼は刀を収る。
「それにしても、凄ぇ技だね。五感を凝らせば、相手がどんな速さだって捉えられると思ってたんだが、さっきの動きは、まったく捉えられなかったからな。アレを喰らえば、俺だって手も足も出ないぜ」

「お母さんは日の本一の除霊師、そもそも張り合おうって思うこと自体、大間違いよ」
れいこが口を挟む。こちらも霊力の過剰消耗でつらそうだが、口調はいつも以上に自信に満ちている。

少し意地悪な気分になった涼は、
「ただ、限界はあるようだな。れいこちゃんの霊力で仕掛けるようだから、二人いてこその”技”なんだろ。それに、今、もう一度っていうのも無理のようだし。その辺、判っている相手には使いづらいだろ」

「言う通りよ。でも、これは必殺技。今回みたいに相手に二度目はないから問題はないわ。まあ、格さんと私たちがや(殺り)合うって言うんだったら、何だけど」

「違ぇねぇな」大人顔負けの反論に苦笑いの涼。

「まっ、格さん相手じゃ、コレを使うまでもない‥‥「クックックッ」
低く乾いた嗤い声にれいこは口をつぐむ。

声の出所−倒れた人狼に目を向ける一同。

 そこでは、下手な傀遣いの人形のような動きながらも人狼が立ち上がった。

「ま‥‥まさか! あり得ない」自信があった分だけ呆然する智恵。

そんな智恵に人狼は虚ろな目を向けると、くぐもった声で、
「たがが、”人”と侮り、楽しみ過ぎたようじゃな。それにしても、人狼も追えぬ動きができるとは、ついぞ思わなかったぞえ。しかし、それが判っただけでも収穫よのお。今宵は引き上げるが、次に出会う時、不覚はないと思おておけ!」

どこか別なところで紡がれるような台詞の間、涼は、さりげなく人狼を狙える位置に動く。
 智恵の”読み”が外れたとはいえ、動きから相当なダメージを受けたことは間違いない。今なら、まだ倒せる。

その動きに人狼は鼻でせせら笑う。「者共、出会え!!」

その言葉に応じ、先にシロが倒した怪物−その飼い主が『葉虫』と呼ぶ−が七・八匹ほどが、地面を破るように姿を現した。
 さらに、茂みの向こうからは刀を手にした男が三人ばかり出てくる。いずれも、みすぼらしい風体に幽鬼のようなやつれた姿とおよそ戦えそうに見えないが、身に混じりっけなしの殺気を纏っている。

葉虫たちは涼たちに迫り、男共はご隠居たちを狙う。そして、それらと入れ替わる形で人狼は森に逃げ込もうとする。

「化け物共は、私とれいこが引き受けます! 渥美様は、ご隠居様の守りに」
一瞬で状況を読み、対応を指示する智恵。

「それでいけるのか?!」聞き返す涼。
 智恵とれいこが万全であれば正しいと思うが、二人とも霊力を消耗していることを考えれば不安もある。

「霊力は十分ではありませんが、こんな雑魚共に後れを取る私たちではありません」
杖を利き手に破魔札を空いた手に構え、智恵は余裕の笑みを見せる。娘も母親と同じく、
「そうよ、これくらいはいつものこと! 私たちの獲物に手ェ出したら怒るわよ」

その力強い様を信じ、涼はご隠居の方を狙う一団に向かう。それに対し、三人の内二人は涼と対峙するが、残る一人はそのまま進む。

「助さん、一人は任せた! 油断すんじゃねぇぜ!」
 二人に遮られた涼はそう声をかけるしかない。

「判ってます!」ご隠居とシロを背後に武者震いの加江。
 一瞬、ためらうが刀を峰に。人狼の代わりに捕らえれば情報が得られるとの判断だが、斬ることへの躊躇も含まれている。

それに対し、相手は欠片の躊躇もない勢いで斬りかかってくる。

「くっ!」刀を受け止めた加江の背に冷や汗が走る。

 受け止めはできたものの、その一撃は、今までに何度も体験したことのない激しさ−少なくとも、田丸に匹敵する−だったからだ。

 男は薄汚れ青白い顔を微笑みと言うには不気味過ぎる表情に歪め、そのまま押し切るように力を込める。

‘何て力! 圧し負ける?!’
 先の動きもそうだが、今、押してくる力も、衰弱した外見からは想像ができないほどのものだ。押し切られる寸前、体を入れ替え籠手打ちを決める。

「えっ!」再度の驚き。
最悪、手首の骨を砕くつもりで打ったのに、相手は刀を落とさないどころか、痛みすらないような無表情さで切り込んでくる。

今度は流し、峰を首筋に、それも十分以上の力を込めて打ち込む。が、(半ば予感はあったが)やはり、相手は平然と向き直った。

「くっ!」奥歯を噛みしめた加江は峰を返した。



「ケリはついたようだな」

 涼の呼びかけに、加江は自分を取り戻す。

目を落とすとさっきまで戦っていた相手が冷たく横たわっている。
 まだ、どこか意識が麻痺しているらしく、第三者が見れば『惨たらしい』としか表現のしようがないほど何度も必殺の斬撃が浴びせられた死体にもどうという感慨も浮かばない。
 機械的に視線を動かすと、涼の後ろにも足下と同じような死体が二つあった。

ちなみにその向こうでは体を休める智恵とれいこが見える。
霊力が十分でない中でも、怪我らしい怪我を負わず怪物を一掃する実力は、さすがとしか言いようがない。

 そうした光景を目に入れているうちに意識がしっかりとしてくる。同時に、斬り合っていた最中の様子と斬った時の手応えが甦り、体に震えがくる。

その様子に涼は、気持ちを静める効果を感じさせる落ち着いた口調で、
「こういう時、何を考えるかは人それぞれなんだが、そうしたことを考えられるってコト自体はめでてぇことなんだぜ」

「『めでたい』ですか?」言葉面に反発する加江。

「そうだよ、生きてるって証拠だからな。それとも何かい、足下に倒れるていた方が良かったとでも?」

「‥‥」
涼の言葉というわけではないだろうが、一度ならず、かすめた切っ先でついた傷の痛みが来る。いくらかの幸運と不運が入れ替わっていれば、自分が倒れている側に廻っていたところだ。

「そういうことさ。自分の息の根が止まるか、こっちの息の根を止めるかの二つに一つしか考えていない奴らが相手だったんだ、どうしようもねぇってことよ。それに、人狼を取り逃がした以上、これからが本番。こんなことで気後れしていると後が続かないぜ」

「それもそうですね」
 ありふれた論拠だが、それだけに反論できない正論にうなずかざるを得ない加江。
 簡単に割り切れるはずもないが、そう思っていくしかないと思う。

「佐々木様」そこに近づいてきた智恵が気楽そうに声をかける。
「あれこれと感傷に浸りたいのは判りますが、娘がシロちゃんの手当をします。良ければ手伝ってくださいまし」

「あっ、判りました」と加江。
仕事をさせることで、気分を変えさせようという配慮に感謝する。



「血は止まったようでござるし、満月に近い今、犬神は不死身、治療は不要でこざる」
前に来たれいこと加江にシロはそう応えた。
 気持ちはありがたいが、人の、それも昨日で言えば、敵対した二人の手を借りることに、それなりの気後れがある。

れいこは、『ふん!』と言った感じで鼻をひくつかせると、傷口を軽く叩く。痛みで崩れ落ちかけるシロを加江が抱き留める。

「なに、強がり言ってんの! いくら、この時期の人狼だって霊波刀の傷がそう簡単に治るわけないじゃない。助けてもらうことに引け目を感じているようだけど、私は昨日の帳尻合わせをしたいだけ。気を遣わうことはないわ」

「私も昨日の試合では借りがありますからね。こういうコトでもないと返せそうにないでしょ。嫌でもつき合ってもらいますからね」

押しつけがましい台詞の裏にある純粋な好意にシロは手当を任せることにする。



手の空いたご隠居は、死体を調べようとしている智恵の側に歩く。

「良いのですか? 博識なご隠居様なら、色々と解ることもあるかと思うのですが、なにせ、モノがモノ。無理ならそれでかまいませんが」

智恵の言葉に、ご隠居は、
「元々、血を見るのも触るのも大嫌いなんだが、助さんまで手を汚しているんだ。一人だけきれいなままってわけにもいかねぇだろ。それに、斬られた人を間近に見るのは初めてじゃないんでね、我慢はできらぁ」

「それじゃ、俺は周囲を一回りしてくる。もう、襲っちゃこねぇと思うが、念のためだ」
誰とはなしにそれだけ言うと涼は、さっさと森へ入っていく。

ちなみに、その時、手当のため、れいこがシロの上半身を脱がせ、加江が包帯代わりにと胸のサラシをほどきかけていたのは偶然ではないだろう。



手当を済ませたところで、加江とれいこは智恵・ご隠居の所へ。少し、迷うが続くシロ。

「何か解ったの?」側に行くや単刀直入なれいこ。
母親とご隠居の間にある死体にも、内心はともかく表面的には、何ら動揺している様子はない。

 そんな少女に、ちらりと渋い表情のご隠居だが、それ以上の反応は見せず、
「そうさな。まず、この男のことなんだが、身につけたものを見る限り、どうも、寅吉親分のトコで話に出た、人狼に返り討ちにあった連中の一人だ。あとの二人も似たようなもので、”神隠し”に遭った者かそれの解決に山に入った者だと思う」

「そんなことがあり得るのですか?!」加江は思わず驚きの声を上げる。
ご隠居の判断を疑うつもりはないが、小悪事に走るとか『仲間に引き込まれる』という範疇の話ではない。

「もちろん、普通はあり得ねぇ話さ。ただ、こいつを見て見ろよ」
ご隠居は男の服を胸のところでくつろげる。

男の胸の中央には握り拳大で古木の瘤ようなモノが貼りついている。もっとも、本物よりも弾力性はあるようで肉腫のようにも見える。

「コレはいったい‥‥ いったい何なのですか?」本能レベルで嫌悪を感じる加江。

「あくまでも推量なんだが、こいつは人を操るための呪符のようなモノだと思う。取り憑かれると、意志をなくし、取り憑かせた奴の思うままに行動するってところだろうよ」

「それが当たっているとして、操っているのはあの人狼でしょうか?」

「それはなさそうだ」即座に否定するご隠居。
「噂に聞く犬神族は古き大神の血を色濃く残す一族てぇことだ。そんな誇り高い奴が、他を操るようなマネをするわきゃねぇ。”瘤”は、別の人外の仕業だろうぜ」

「となると、あの人狼も『別の妖怪』に操られてるのかもしれないわね」
大人びた口調でれいこが口を挟む。

「そうだな。あの捨て台詞は人狼のものと思えねぇし。智恵さん、そちらに心当たりはないのか? しばらく前から、この辺りを探っていたんだろ」

「いいえ、これというのは」顔を横に振る智恵。
 ちらりと先日、戦った蜘蛛の女怪を思い出すが、彼女でもこのような芸当はできまい。
「この地は、百年ほど前に封じられた死津喪比女という妖怪のせいで、めぼしい連中はいなくなっております。まぁ、百年あれば、他から妖怪が入り込んできても不思議はないのですが」

「いずれにせよ、あの人狼を操るんだ。よほどの人外が控えているってコトだよな」
軽くは言うが、深刻そうなご隠居。

 その判断を噛みしめながら、加江はふと気づいたことを尋ねてみる。
「そういえば、この人達の常人離れの体力や不死身さも、こいつのせいなのではありませんか?」

「おうさ。人っていうのは、普段、痛みなどを通じて、自分の体を守るために無理ができないようになっているそうだ。別の意志が、体が壊れるのにかまわず何かをさせれば、普段の何倍もの力が出せたって、文字通り息の根が止まるまで動けたって不思議じゃねぇ。あの人狼が、意識を取り戻したのもその辺りが理由だろうぜ」

「こいつに取り憑かれた人間を助けることはできるの?」
まったく期待していない口調で、今度はれいこが尋ねる。

「う〜ん、何ともいえねぇが、さしあたりは無理って思った方が良いだろうよ」

 ご隠居が傷口を押し広げると、植物の根と動物の触手を足して二で割ったようなものが傷口で蠢いている

「とりあえず”根”と言っておくが、こいつが”瘤”から血の道のように体中に潜り込んでいる。”瘤”を切り剥がしたとしても、こんな異物が体内に残ったまま生きていけるほど人は丈夫にゃできちゃいねぇ。だからといって”根”ごと引っこ抜こうすれば、体の中がズタズタになっちまいそうだしな」
そこまで言うとご隠居は加江に向き直り、
「だから、助さんが斬ったのは正解だよ。今んとこ、それしか”瘤”から人を解放する方法は見当らねぇ。命を削られ操られることを思えば、死なせてくれたことを喜んでいるはずさ」

年長者としての気配りに、加江は微笑みを返す。まんざらでもなさそうなご隠居。

 この間、説明を大方を任せた形の智恵は、一連のやり取りを聞くシロの表情が重く強張ったことに気づいていた。話に区切りもついたところなので、それを尋ねようとした時、涼が戻ってきた。


涼はざっと一同を見渡すと、
「ご隠居、忠さんはどこだい? 辺りを一回りしても見当たらねぇんだが」

「忠さん??」失念していたことに呆然とするご隠居。
「たしか、峠を降り始めた時は一緒だったはず‥‥ だよな、助さん?」

加江も困り顔で顔を横に振ると、
「ええ、怪物の死体があったとこまではいたはずなんですが。いないのは、足手まといにならないようどこかに隠れているとばかり思って‥‥ れいこちゃんはどうですか?」

「あの半端者? 私が気にかけてるはずないじゃない」
冷たく応えるれいこだが、しばらく考え込む。ふと何か思いついたのか、渋い顔をすると、
「ひょっとすると、あの煩悩バカのことだから、女幽霊に魅入られて取り込まれたんじゃないかしら」

「まさか! だいたい、あの可愛い幽霊のお嬢ちゃんに悪さができるはずはないだろ」

ご隠居が笑い飛ばすが、れいこはそれには乗らず、
「あの場じゃ、私もそう思ったわ。でも、よくよく考えれば、外見なんか悪霊ならどうとでもできるものよ。その内面にどんな本性を隠しているか、解ったもんじゃないわ」

専門家としての言葉に、その場の全員に不安が広がった。


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp