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ニューシネマパラダイス

大人たちは花火を横から見たかった


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 7/24

 ようやく熱気が引けた夏の夜空を、光の尾を引きながら打ち上げ花火が音もなく駆け上っていく。
 夜空に広がる大輪の華。
 一瞬遅れてくるはずの轟音は何故か美神の耳には届かなかった。
 そのことで美神は自分が夢をみている事を朧気に理解し始める。


 ―――あれ?この景色どこかで


 無音の景色の中、次々に上がる花火が夏の夜空を華やかに彩る。
 自分の見ている夢に既視感を感じ、美神は夢現の状態で記憶の奥底を探ろうとする。
 だが、皮肉なことにそう意識すればするほど美神の意識は覚醒へと向かっていった。
 美神はもどかしさを感じながら夢を何とか手元に留めようとする。
 
 「拙者は犬でもないし馬鹿ではござらん!!」

 「!」

 美神の努力を無に帰したのはシロの怒鳴り声だった。
 その声にビクリと上体を起こした美神は、自分が机に突っ伏しうたた寝をしていたことに気がつく。
 軽く痺れた右手をさすりながらソファの方へ目をやると、不機嫌そうな横島がシロに向かって悪態をついていた。

 「いきなり大声を出すな! 折角いい夢を見てたのに・・・」

 「そうよ! 急に大声なんか出して驚くじゃないの!!」

 美神もシロを非難しつつ応接セットの方へ近づいていく。
 堂々と昼寝を告白した横島だが、GSという職業柄仮眠を取るのも仕事の内という感覚があるため特に問題はない。
 気怠い昼下がり。
 事務所の外は焼け付くような暑さなのだろうが、クーラーの効いた室内は微睡むのに適した温度を維持している。
 霊の活動が活発となる夏はどうしても昼寝で睡眠不足を補いがちになっていた。

 「で、喧嘩の原因は何なんだ?」

 横島の問いかけに、シロは応接にあるプラズマTVに視線を向ける。
 その視線を追いかけた美神は画面に映し出された何処かの花火大会に気付いた。
 先程の夢は昼寝中の意識がこの番組の影響を受けたのだろう。
 その画面を見た美神は妙に納得のいった表情を浮かべた。

 「私は悪くないわよ! シロがあんまり馬鹿なコトを言うもんだから・・・ねえ、おキヌちゃん!!」

 タマモに話題を振られ、おキヌは困った様に微妙な笑顔を浮かべる。
 どうやら今回ばかりはシロに分がないらしい。

 「拙者は、打ち上げ花火が全部丸く見えるのが不思議だと言っただけでござる。あっ! 先生まで拙者を笑うでござるか!!」

 横島に笑われ、シロのふくれっ面が臨界点を迎えようとする。
 シロの機嫌をなだめようとする横島の言葉は、美神の記憶の奥底をほんの少し引っ掻いた。

 「打ち上げ花火。下から見るか? 横から見るか?・・・か」

 「なんでござるか? ソレは」

 シロが口にしなければ美神が疑問を口にしていた事だろう。
 その言葉は美神に子供の頃に見た花火大会の事を思い出させていた。


 ―――まさかね・・・


 何かに思い至った美神は注意深く横島の話に耳を傾ける。
 
 「俺もガキの頃、今のお前と同じ事を考えていたって事さ。それで花火大会のとき銀ちゃんたちと打ち上げ現場に出来るだけ近づいてな・・・」

 美神はこの言葉を聞き、自分の想像に確信めいたものを感じる。
 しかし、その確信は再び始まりかけるシロとタマモの言い争いに風前の灯火となっていた。
 横島の思い出話に肯定され調子に乗ったタマモに、シロは今にも飛び掛からんばかりの低い唸りを発している。

 「喧嘩はそこまで! 現物を見ればシロも納得できるでしょう? 明日は丁度デジャヴーランドのメンテ依頼の日だし、終わったら花火まで遊んでてもいいわよ」

 思わず口にした仲裁案にシロとタマモが派手に喜ぶ。
 以前訪れてから二人はすっかりデジャヴーランドにハマっているのだ。
 その光景に目を細めながら、美神はあの日の記憶を懐かしく思い出す。
 尤もそれが出来るようになったのはつい最近の事だろう。
 打ち上げ花火を見たあの日、美神は自分に父親がいることを初めて知らされたのだった。









 ―――― 大人たちは花火を横から見たかった ―――― 









 仕事の内容は自分が監修したアトラクションのチェックだった。
 機械的な部分はデジャヴーランドのスタッフが担当しているため、美神たちは結界の様子やお札の消耗具合を見るだけでよい。
 事務所総出で大まかなチェックを終わらせた後、美神は横島たちをあがらせ自分しか行うことのできないデリケートな作業にとりかかる。
 何も言わなければ横島たちは旁らで作業を見守っていたのだろうが、あの日に思いをはせる美神は無性に一人になりたかった。
 美神は黙々と作業を続けながらあの日のことを思い出す。








 急に連れてこられた関西の夏は、東京のソレよりも暑く不思議な熱気を美神に感じさせていた。
 近くで夏祭りでも行われているのか、美神は浴衣姿の若者たちが目立つ町中を美智恵に連れられテクテクと歩いていく。
 既に日は沈みかけているが、アスファルトから放出される熱気がまだまだ昼間の暑さを町中に留めていた。

 「ママ、今日はこのホテルで除霊?」

 どうやら目的地にたどり着いたらしい。
 美神は冷房の効いたフロントの空気にホッとした表情を浮かべる。
 健康自慢のはずの自分が今日は少し体調に不安を感じていた。
 人一倍霊感の発達した美神はソレを今晩起こる除霊の為だと思っている。

 「いいえ、今日はここで夕食をとるだけ・・・その後、ここで一泊して明日は東京に帰るわ」

 美智恵の何か含んだような様子に美神は怪訝な表情を浮かべた。
 だが、それ以上の質問は躊躇われ、チャックインの手続きをとる美智恵の横顔を無言で見つめ続ける。
 大きな旅行鞄をポーターに預けた美智恵は、顔見知りらしい気安さで支配人の男に町の様子を尋ねていた。

 「町が随分賑やかなようだけど・・・」

 「今日は夏祭りの最終日なんです。少し先にある河原から花火が打ち上げられるのでその見物客でしょう」

 花火という言葉に美神の表情が輝く。
 一瞬、今日の目的がそれなのかと考えたりもしたが、美智恵の様子をみるとどうもそうではないらしい。

 「あら、そんな日に急に予約とか入れて大丈夫だったの?」

 美智恵は男の言葉に驚いたような顔をしていた。

 「最上階のレストランじゃ、かなり前から予約で一杯だったんじゃない?」

 「美神様の要求には全力で応えろとオーナーから命じられております。それに・・・」

 男はキーを美智恵の前に差し出し営業用でない笑顔を浮かべた。

 「当ホテルが受けた恩に比べたら、これぐらいはささやかなものです」

 多分、美智恵が過去に行った除霊でこのホテルが救われたのだろう。
 美神は男からキーを受け取る美智恵を誇らしげな表情で見上げていた。
 規模の大小はあるが、美神は連れて行かれる先々でこの様な光景を良く目にしている。

 「ありがとう、感謝するわ・・・」

 美智恵はこう言ってから始めて美神と視線を合わせる。

 「令子、今日は花火を見ながらのお食事になるみたい。楽しみね」

 「うん、私、花火大好き!」

 努めて明るく振る舞ってみたが、美神は言いようのない不安に腹部を締め付けられそこに軽く手を当てる。
 どこかいつもと違う美智恵の様子に、美神は微かな不安を覚えていた。








 部屋に案内されてから美神の違和感はますます膨らんでいた。
 美智恵は部屋について早々、シャワーを浴び昼間の汗を洗い流すと念入りに化粧を始めている。
 それは美神がシャワーを終え、髪を乾かし、この前買って貰ったばかりのワンピースに袖を通し終わっても続いていた。
 
 「あ、いけない。約束の時間に遅れちゃう」

 美智恵にしては珍しく本気で時間を忘れていたらしい。
 美神は急いで鏡の前に座らされ、長く伸ばした美智恵似の髪をブラシで梳かされる。
 髪を梳かされるのは自分の好きな時間のベスト3に入っていたが、今日の美神はその時間を純粋に楽しめなかった。
 鏡越しに見える美智恵の顔はいつもの表情―――母親のそれでは無かったのだ。
 美神と己の仕上がり具合に満足そうに微笑むと、美智恵は美神を伴いそそくさと部屋を後にする。
 珍しく緊張しているのか、エレベーターの中でも美智恵は終始無言だった。




 「実は令子・・・今日はあなたに会って貰いたい人がいるのよ」

 レストランに入り予約していた席に案内されようとした時、美智恵はようやくその重い口を開いた。
 美神はその言葉に答えず案内されるままレストランの奥へと進んでいく。
 言いようのない不安に、先程から腹部に感じていた締め付けは鈍い疼きへと姿を変えていた。

 「急で驚くかもしれないけど、早い内にどうしても会って貰いたくって・・・」

 ホテル側が気を遣ったのか美神たちの席はレストランの一番奥、花火がよく見える展望窓に隣接していた。
 美神はその席に座っていた異様な男に驚きの表情を浮かべる。
 その男は鉄の仮面を被っていた。

 「待った?」

 「僕も今来た所さ」

 二人を出迎えるために席を立った男に美智恵は声をかける。
 美智恵の様子から美神は男の正体をなんとなく察した。
 先程から美智恵の顔に浮かんでいるのは、母ではなく女としての表情だった。













 「はい、作業終了の確認っと! いつも、ご苦労さん。結構評判いいんですよこのアトラクション」

 アトラクションのチェックを全て終わらせた美神に、管理責任者の男は認印を押しながら労いの言葉をかけた。
 
 「・・・そう言って貰えると苦労した甲斐があります」

 美神は男の言葉に苦笑する。
 立ち上げ時のトラブルは彼女の中で未だに尾を引いている様だった。

 「あ、そうだ! 花火の時間わかります?」

 美神の問いに、男は壁に掛かった時計に目をやると打ち上げまでの時間を口にする。
 お礼の言葉もそこそこに美神はメンテナンス通路を通りその場を後にした。





 道行くカップルや家族連れをすれ違いながら、美神は一人デジャヴーランドを散策する。
 城が見える正面ゲート方向ではなく、城の裏手を目指しているため尚一層自分が一人であることを実感していた。


 ―――あの時と一緒ね


 あの日、美神は一度に多くのことを聞かされ軽いパニックに陥っていた。
 自分の父親が研究者で、普段は海外でフィールドワークを行っていること。
 今回は関西で行われる学会のため3日間だけ来日したこと。
 美神にどうしても父親を会わせたくなった美智恵の願いで、今日は無理をいって来て貰ったこと。 
 まるで沈黙を恐れるかのような美智恵の説明は、美神の頭の中に全くと言っていいくらい入ってこなかった。

 
 ―――だから私は夜の町に逃げ出した。今みたいに一人で





 
 美智恵が公彦の体質を口にしようとしたとき、美神は通りかかったホールスタッフを呼び止める。
 トイレを理由とした中座だが、洗面所へ案内させた美神はそのままホテルの外へ逃げ出していた。
 明らかに異質な人物ではあったが、別段、公彦が嫌だった訳ではない。
 美神は女としての表情を浮かべた美智恵にショックを受けていたのだった。

 「ママったらイヤらしい」
 
 公彦に会うことで輝きを増した美智恵の表情に、美神は理不尽な怒りを感じていた。
 今まで自分にのみ向けられていた美智恵の愛情が、急に見ず知らずの男に奪われたように美神は感じている。
 美智恵と二人きりという閉じた世界が崩壊し、一人取り残されたような孤独を美神は味わっていた。
 その気持ちが無意識に人混みを求めたのだろう。
 美神はいつしか花火の見物客で賑わう河原に立っていた。
 
 パン! パパン!!

 打ち上げの瞬間が近づき美神は夜空を見上げる。
 開始を知らせる空砲の煙が、遥か上空の闇に紛れうっすらと拡散していくのが見えた。
 美神は背筋を伸ばし夜空を見上げ続ける。
 すぐに風切り音が闇夜を切り裂き、夜空に大輪の華が描かれた。
 
 「綺麗・・・」

 その光に照らされながら美神は口の中で小さく呟く。
 連続して上がる眩い光が、自分の中に渦巻く様々な感情を少しずつはぎ取ってくれるように感じられた。
 やがて連射が止み、散発的な打ち上げに切り替わる頃、夜空を見上げる必要のなくなった美神はようやく周囲に視線を向け始める。
 視界の隅をかすめた、手を繋いで走り去る小さなカップルの姿に美神は軽く口元を緩める。
 自分にはあんな無邪気な頃があったのか?
 ほんの数歳しか違わないであろう彼らに美神は羨ましさを感じている。 
 それは何かの予感だったのかもしれない。
 
 ズキッ・・・

 先程から感じていた痛みが強さを増す。
 経験したことのない感覚に美神は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 「うそ・・・」

 内腿に感じたぬるつきに、美神は学校で聞かされた事を思い出す。
 自分の体にそのような変化が訪れることは理解していたが、実際に起こってみると自分ではどうしようも無かった。

 「令子! 大丈夫!?」

 「ママ・・・」

 余程慌てて探したのだろう。
 その場に駆けつけた美智恵は汗まみれだった。
 先程念入りに施した化粧は台無しになっていたが、その姿を見た美神は安堵のあまり涙を浮かべてしまう。
 美智恵は美神の身に何が起こったのか瞬時に理解したようだった。
 背後に付きそう青ざめた男を振り返り、美智恵は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 「言わなくても僕にはわかる。気にせずその・・・令子の面倒を見てやってくれ。僕も無理をしすぎた、この辺で退散するよ」

 公彦はそう言うと外していたマスクを再び被り、人混みの中に姿を消していった。
 美智恵は美神の方に向き直ると、周囲の目から美神を隠すようにして立ち上がらせる。

 「ごめんなさいね・・・アナタにソレが来る前にどうしても伝えたかったの。あなたはママとあの人が愛し合って生まれてきた事を・・・でも急なことばかりで驚いちゃったわよね」

 美智恵は美神の背後にぴったりと寄り添うようにして話しかけてきた。
 その行動に美神は自分の服の汚れを意識する。

 「大丈夫、周りの人は花火を見上げているわ。人気の無いところまで歩ける?」

 美神は涙を拭いゆっくりと歩き始めた。

 












 打ち上げ花火が次々に上がっていく。
 人気もまばらな城の裏手で美神は一人花火を見上げていた。

 ―――私には未だにわからないわよママ

 美神はあの日、色々なことを美智恵から教えられていた。
 体のこと、恋愛のこと、美神を生んで幸せなこと、そして父親の体質のこと。
 自分を探すために鉄仮面を外してくれた事には感謝したが、体に起こった変化を知られた嫌悪感の方が大きい。
 なんでそんな人を好きになったのかという問いに、美智恵はいつかアナタにもわかると笑うばかりだった。


 美智恵の積極さは自分には遺伝しなかったらしい。
 あの日見た無邪気なカップルが思い出される。
 好きな男の手を握り走り出す。自分にはあんな行動が出来るわけ無かった。
 恋愛に関しては自分は公彦似なんだと美神は思っている。
 ふと、人の気配を感じた美神は、隣りに横島が立っていることに気付いた。

 「あ、見つかっちゃった?」

 自分の考えを覗かれたような気になり、美神はバツの悪そうな顔をする。
 美神はあの日あの場所に、隣りに立っている男がいたのではと夢想していた。
 それは自分でも嫌になるくらい子供っぽい想像だった。

 「私も打ち上げ花火を下から見たことが・・・!」

 理屈優先の一言は横島の取った行動に止められていた。
 自分の手を握る横島に美神は驚きの表情を浮かべる。

 「一緒に見ましょうよ。多分、独りで見るより何倍も綺麗ですよ」

 美神はその言葉を聞き美智恵の気持ちを少しだけ理解した。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 美神は手を繋いだまま夜空へと視線を戻す。
 これから上がる花火はあの時の何倍も綺麗に見えることだろう。
 そして夜空を彩る大輪の華は、最後の一輪が消え去るまで二人の笑顔を照らし続けた。



 ―――― 大人たちは花火を横から見たかった ―――― 

 

   終


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