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ナニが道をやってくる


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 7/18

 それは、学生たちにとってとりわけ楽しい月、5月のことであった。
 といっても、ほかの月がすべてたのしくないという意味ではない。
 しかし、俗にいうように、よい月と悪い月があることはまちがいない。
 例えば6月は悪い月である―――祝日がない。
 その意味で8月はよい月だ―――学校が全然無い。
 7月といえば、これはいうまでもなかろう。一番よい月だ。もうすぐ学校から解放されるし、9月は遙か先にあるのだから。
 ところで5月はどうだろう。学校が始まって一ヶ月にもなるので、学生たちは、たずなのとりかたに馴れて、楽々と走っているところである。
 そして、GWは来るべき夏休みに向けた予行練習だ。
 新たに出会った友人または恋人たちは、それぞれ何処かに出かけ楽しい思い出を積み重ねていく。
 しかし、ある奇妙な、調子の狂ったGWは、あるテーマパークの職員とともにやってきた。
 そして、彼が一夜のうちにおとなになり、もはや永久に子供でなくなってしまったのは、その5月の、ある日のことであった。




 ――― ナニが道をやってくる ―――







 「腹減った・・・」

 GWもあと数日という頃、横島は独り寂しくアパートで空腹と戦っていた。
 春先にやってしまった大舌禍事件。彼を除く事務所の面々は、今頃ハワイのリゾートを満喫していることだろう。
 最近すっかり事務所で食事を取るようになった横島に、事務所の閉鎖はライフラインを止められるに等しい痛手だった。

 「男の友情ってのもアテにならないよな」

 横島は手持ちぶさたに手に持った携帯のメモリを表示する。
 暇つぶし兼補給依頼にタイガーや雪之丞に連絡をしたが、その返事は二人ともGW中は忙しいというものだった。

 「食いモンが違うピートはこういう時役に立たないし・・・」

 「誰が役立たずですって?」

 窓の外に浮かんだ金髪の美少年が横島の愚痴に応える。
 言うまでもなくバンパイアハーフのピートだった。

 「んじゃ、お前に神父の食料を運び出す度胸があるか?」

 「うっ、それは度胸というより良心が・・・」

 「だろ? で、こんな夜更けに何の用だ?」

 横島はだるそうに窓際に近づくと窓を開け放つ。
 純血種ではないピートは招かれなくとも入れる筈なのだが、その辺は気分というやつなのだろう。

 「仕事のヘルプです。急な依頼が入りましてね・・・依頼主はデジャヴーランド。これから現地のレストランで打ち合わせです」

 「乗った!!」

 「良かった。これで4人揃いましたよ先生!」

 ピートは窓から顔を覗かせると、10年落ちの国産車で乗り付けていた唐巣に首尾を報告する。
 4人という言葉に横島は怪訝な表情を浮かべた。

 「4人ってまさか・・・」

 「ええ、僕と横島さん、雪之丞さんにタイガーさんです」

 「アイツらGWは忙しいって言ってなかったか?」

 横島の表情を計りかね、ピートが小首をかしげる。
 今の表情を写真に収めていればエミなら1万は出すだろう。

 「デジャヴーランドの危機って言ったら、二人とも二つ返事で引き受けてくれましたが。ナニかあったんですか?」

 「いや、何でもない・・・今から移動開始か?」

 釈然としないことは沢山あったが、横島はGジャンを羽織ると部屋を後にする。
 今はカロリー摂取が最優先課題だった。










 デジャヴーランドに到着した3名は、隣接するホテルのレストランに案内されていた。

 「先ずはこの地図を見てください」

 メガネ姿の男が、テーブルに置かれた料理の皿を避けるように二枚の地図を広げる。
 一枚は古地図のコピー、もう一枚はデジャヴーランドが存在する現代の地図だった。

 「コレはここの古地図ですね。そしてここに描かれた山が今回の依頼に関係する例の・・・」

 既に食事を終わらせている唐巣が食後のコーヒーを啜りながら男の説明を待つ。

 「ええ、思えばここの土地買収を行ったとき地元の老人が猛反対してました。その時には下らん迷信と気にもしていなかったのですが」

 男は額の汗を拭きながら古地図の上に赤いラインをかき込む。
 デジャヴーランド背後の山からデジャヴーランドを経由し、デジャヴーランド・シーに向かって一本の直線が引かれていた。

 「地元の伝承では100年に一度、山の上から御神体が海に向かって降りてくるそうです。丁度今年はその100年目にあたる年・・・」

 「念のため職員を派遣したところ御神体の活動が確認されたと言うわけですね」

 唐巣のメガネの奥で鋭い眼光が放たれる。

 「いやーご慧眼恐れ入ります。さすがは世界でも指折りのGS唐巣様・・・真っ先に貴男に依頼したのは間違いではなかった」

 見え見えのお世辞に唐巣は苦笑を浮かべたが、代弁者の乱入によって彼が言葉を返す機会は失われた。

 「ケッ! さんざん他所に断られたあげくの依頼だったクセによ」

 「おう、忙しいところご苦労さん!」

 遅れて現れた雪之丞とタイガーは、皮肉混じりの横島の挨拶に軽く手をあげて応えた。
 そして不機嫌そうにテーブルに着くと、メニューを一瞥し横島と同じモノを注文する。
 遅れて登場してきた二人に、横島はどこか違和感を感じていた。
 しいて言えばアカ抜けたと言うべきか。
 服の好みはそのままに、センスのみが向上したらしい。

 「この方たちは?」

 「今回のヘルプです。一人は才能あるフリー、もう一人は小笠原君の所でアシスタントをやっています」

 エミの名前に男は微かに動揺する。
 ハワイ出張中の美神に断られ、次いでエミの事務所にこの依頼を持ち込んだことを唐巣には黙っていた。

 「気になさらずに、この業界は意外と狭くてね。それに美神君や小笠原君ではこの依頼は敬遠するでしょう。まして六道家はそんな危険はおかさないでしょうし」

 「そ、そんなに恐ろしい神様なんですか?」

 今更ながら知る相手の恐ろしさにピートが口元を震わせた。

 「見ればわかる。一神教とちがって日本には色々な神様がいるんだ」

 ぶっきらぼうに放たれた雪之丞の言葉にピートはそれ以上の質問を躊躇う。
 ピートの隣で何枚目かのステーキを頬張る横島は、今の会話で相手の正体を理解したようだった。

 「お願いです。我がデジャヴーランドの使命は、お客様に完璧な夢を提供することです。その夢の空間に御神体が乱入することがあったら・・・ああっ!!」

 頭を掻きむしらんばかりに狼狽した男から唐巣はそっと赤ペンを受け取り、現代版の地図に今回のフォーメーションをかき込んでいく。
 唐巣がかき込んだ作戦は次のようなものだった。
 山から海に向けた一直線をデジャヴーランド直前で僅かに曲げ、デジャヴーランド・シー近くの海に誘導する。
 その地点に唐巣は小さな二重丸を書いた。

 「相手はまがりなりにも神様ですからね、退治や撃退は出来ません。少し軌道をずらし、この地点に作成した魔法陣で穏便に異界へと帰って貰う。大丈夫、私はキリスト教以外にも様々な異教の儀式を収めています」

 「おおっ、ありがとう。ありがとうございます」

 男はメガネを感激の涙で曇らせ何度も何度も唐巣に頭を下げた。

 「でも、100年に一度とはいえこんな問題を抱えるんじゃ大変ですね。次の100年はどうするつもりです?」

 「お前のクソ長い寿命と同じスパンで考えるなって! 施設の耐久力もそうだけど、その頃にはマッキーキャットの著作権も切れてるよ」

 ピートが口にした気の長い意見に思わず口にした横島のツッコミ。
 その中の言葉に、唐巣に感謝の言葉を述べていた男の目が鋭く光った。

 「著作権? フフフ・・・ご存じないのですかな? 著作権の有効期限は我がマッキーキャットの年齢と共に伸びることを!」

 確信犯的に言い切った男の言葉に、唐巣はこの仕事を引き受けたことを微かに後悔する。
 御神体の到着予定時間は明日の朝10時。
 夢と魔法の国に御神体が乱入するのも、著作権法の安定の為にはいいのではないか?
 唐巣はぼんやりとそんなことを考えながら、すっかりぬるくなった珈琲を最後まで飲み干した。








 翌日
 営業を開始したデジャヴーランドを背に、横島たち4人は道の彼方を睨んでいた。
 彼らの手には唐巣が特殊な紋様をかき込んだ七五三縄が握られ、あたかも間抜けな電車ごっこの様相を呈している。
 近づいた御神体を四人が囲み、唐巣が用意した魔法陣まで誘導するのが今回の作戦だった。

 「そろそろだな・・・」

 腕時計で時間を確認した雪之丞が大きめのサングラスを懐から取り出す。

 「あれ、珍しいですね。雪之丞さんがサングラスなんて」

 「ああ、素顔を晒したくない仕事だからな・・・」

 雪之丞の様子にピートは首をかしげる。
 気付くとタイガーもサングラスを装備し、横島に至ってはバンダナを覆面のように巻き直していた。

 「一体、御神体って何なんですか?」

 3人の異様な姿にピートは後ずさる。
 神様を誘導するというより、どうみてもベタな誘拐犯でしかない。

 「見ればわかる。金精様って言ってもお前にはわからんだろうし、説明すると鬱になってくるからな」

 「金精様?」

 聞き慣れない言葉に怪訝な顔をしたピートは、背中に霊圧を感じ道の彼方を振り向いた。
 道の彼方からやってくるナニかの姿をピートは認識する。
 彼の顎の落ちる音が1km四方に響き渡った。







 「ん、来たな・・・」

 近づきつつある霊圧を感じ唐巣は背後を振り返る。
 決してピートの顎の音が聞こえた訳ではない。

 「頼んだよピート君たち、今回の作戦は君たちにかかっているんだからね」

 唐巣は書きかけの魔法陣に向き直り意識を集中する。
 海上に浮かぶフロートに描かれたオーソドックスな二重の円。
 呪文の詠唱により書き込まれた古代文字に霊力が注がれる。
 唐巣はこれに異教の術式を応用した独自の紋様を書き込むことで、御神体を円滑に異界へと送り返そうとしているのだった。
 あまり詳しく書くと鬱になるので割愛するが、見事な一本線が魔法陣を縦断した。

 「なにぃ! 急に御神体の霊圧が上昇しただとっ!!」

 急激な霊力の上昇を感じ唐巣は驚きの声をあげた。
 唐巣は急いで背後を振り返り、己の描いた魔法陣と霊圧の規模を比べる。

 「だめだ! 霊力のサイズが違いすぎる。ナニがあったっていうんだピート君!!」

 ナニかがあったことは確実だった。









 「・・・・・・ハッ! 僕はいったいナニを」

 たっぷり10分間、ピートの意識は虚空を彷徨っていた。
 先ほど見た光景は幻だと理性が折り合いをつけるのに10分の時間を必要としている。
 目撃した御神体の姿は、イタリア人のピートからすれば理解の外にあるフォルムだった。

 ゴシゴシ・・・

 ピートは目を擦ってから再び前方を見つめる。
 前方には何の姿も無かった。

 「ははっ、疲れているんですかね。あんな幻を見るなんて。フロイトの言う所の・・・」

 ピートは心理学の知識を総動員し先ほど見た光景に意味づけを始める。
 うがった見方ではあるが、心理学による分析の半数以上がそっち方面にシフトしているとピートは思っていた。

 「精神汚染から抜け出したところすまないが・・・」

 背後からかけられた雪之丞の声にピートの精神が全力で警戒信号を発する。
 振り向いてはいけない。彼の守護聖人が必死に彼を目隠ししようとしていた。

 「さっき見たのは紛れもなく現実なんだよ。諦めて真横を見てみな」

 横島の声に、ピートの精神が先ほどから感じていた違和感の正体に気づく。
 さっきから視界の隅に移っている電柱のようなモノ。
 意識を失う前にはそんなモノは無かったはずだった。
 ピートは恐る恐る視界をそっちの方へ動かす。
 そして、自分の真横にそそり立つ高さ約10mの男性器を見てしまった。

 「な、・・・・・・」

 二の句が継げずピートは口をパクパクさせる。
 メルヘンなお城に最も相応しくないシルエットが、ゆっくりとそっちに向かって移動していた。
 大変立派なナニがパレードを始めた場合、夢と魔法の国はたちまち秘宝館へと変身することだろう。

 「金精様っていってな、豊穣や子孫繁栄のシンボルらしい。見た目はアレだが悪い神様じゃないからな、穏便にお帰り願おう」

 何故か非常に協力的な雪之丞が七五三縄を手に金精様の周囲を一周する。
 作戦では四隅に人員を配し、結界で進路を誘導することになっていた。
 ピートは己の手に握らされた七五三縄をぼんやりと見つめる。

 「・・・・・・」

 天気のよいGW
 何で自分はこんな事をやっているのだろう?
 ピートは自問自答する。
 暖かな日差し、よく晴れた青い空には楽しそうにヒバリが飛んでいる。
 目の前の施設では、カップルや親子連れが休日を謳歌していることだろう。
 それなのに何で僕はこんなモノの側に・・・
 彼の意識には耐え難い付加がかかっていた。

 何で僕がこんな目に・・・

 何で僕が・・・

 何で・・・

 そしてその圧力が臨界を迎えたとき。
 ピートは隣に立つ立派なナニが自分を見下しているように錯覚する。
 ソレは彼にとって大変クリティカルな錯覚だった。


 「チクショー! なんだかとってもチクショー!!」


 突然キレたピートは御神体に向かって霊波砲を乱射した。

 「うわっ! ピートさん、ナニするんジャー!!」

 タイガーが慌てたようにピートを羽交い締めにする。
 我を忘れたピートは霧に姿を変えることすら失念しているらしい。
 横島と雪之丞はソーサーと魔装術で可能な限り霊波砲を反らしたが、それでも最初のうちの何発かは御神体を直撃していた。

 「僕は認めないぞ! こんな神様なんて認めてやるもんか!! チクショーっ!!!」

 タイガーの戒めをはずし、ピートが再度攻撃を仕掛けようとする。
 しかし、その動きは素早く連携をとった横島と雪之丞によって止められていた。

 「チク・・・」

 我を忘れた霊波砲は空しく虚空に吸い込まれ、首筋に打ち込まれた手刀によってピートは意識を失った。

 「クリスチャンには荷が重かったか・・・」

 「ああ、まじめなコイツには耐えられなかったんだろう」

 横島と雪之丞は哀れみのこもった視線をピートに向けた。
 自分もこんな場合じゃ無ければ進んで関わろうとはしなかっただろう。

 「大変ジャーっ! 御神体がさっきの刺激で!!」

 タイガーの恐怖の叫びに振り返った二人は、御神体に起こった変化に顔を青ざめさせた。
 御神体は怒りの青筋を浮かべ、その体を倍以上に膨張させている。
 うらやましいくらいの膨張率だった。

 「マズいぞ! このままじゃ夢と魔法の国が・・・」

 横島は急いで七五三縄を手にするが、膨張し力を増した御神体はその動きをますます早めていく。

 「クソッ! 行かせる訳にはいかないんだよ!!」

 「その通りジャーっ!!」

 雪之丞とタイガーも加わり渾身の力を込めるが、御神体の勢いはいっこうに止まろうとはしなかった。
 デジャヴーランドのシンボルでもあるお城がどんどん近づいてくる。
 伊福部音楽の幻聴が聞こえるほどの状況だった。

 「だめだーッ! 間に合わねえーッッ!!」

 横島が情けない声を上げる。
 すでにデジャヴーランド内の歓声が聞こえる距離にまで御神体は近づいていた。

 「こうなりゃ最後の手段ジャーっ!!」

 タイガーは七五三縄を手放すと意識を集中した。

 ―――頑張れ!タイガー!!

 どこかで彼の事を応援する声が聞こえる。
 その声に励まされタイガーの周囲に霊力が満ちあふれた。

 「タイガー・タイガー・目立ちタイガー!!」

 今回の精神感応は、かってないほどの鮮明なイメージを周囲に展開していた。










 同時刻
 K○線某駅
 清楚なワンピース姿の美少女がバスケットを手にホームに降り立つ。
 約束の時間よりだいぶ早くついてしまったらしく、彼女は左手に巻いた腕時計を確認すると手持ちぶさたのため息をつく。
 そして、お手製の弁当が入ったバスケットを大事そうにベンチの上に置いた。

 「早く来すぎたようね・・・全く、コレじゃ私が楽しみにしていたみたいじゃない」

 本来の約束時間ならば完全な遅刻だった。
 待ち合わせの相手は、前日になって突然に待ち合わせ時間の変更を連絡してきたのだった。

 「よう! 弓じゃねーか」

 聞き覚えのあるがさつな声に弓はビクリと肩をすくませる。
 恐る恐る振り返るとミリタリーファッションに身を固めた魔理の姿があった。

 「あら、奇遇ねこんな所で」

 極力平静を装い弓は魔理に挨拶した。
 弓自身はさほど気にしないが、待ち合わせの相手はデート中知り合いに会うと途端によそよそしくなるのだ。
 魔理の服装から待ち合わせの相手は容易に想像できる。
 中で出会わないよう打ち合わせが必要かと弓は考えていた。

 「ああ、待ち合わせの時間が急にズレてな。しかし、手作り弁当とはずいぶんと・・・それにそんな髪留め持ってたっけ?」

 からかい半分にバスケットに手を伸ばそうとした魔理は、水晶細工の髪留めに気がついた。
 それは弓の能力を知らない者が見ても、まるで彼女のために作られたかのような印象を与えていた。

 「この前、買って貰ったの。コレはそのご褒美」

 弓は照れくさそうにバスケットをポンと叩く。
 本当のご褒美はその日のうちに済ましているのだが、それは二人だけの秘密だった。

 「カーッ、隅に置けないねーっ! それじゃ、私たちはピクニック・スペースには近づかないようにするよ」

 この申し出はありがたかった。
 今回のデートは近々香港へ出かける男が見せた精一杯の気遣いだった。
 がさつな女と気弱な大男。そんなカップルと一緒ではせっかくのデートが台無しになる。
 この二人の甘いシーンなど弓には想像もできなかった。

 「ついでに乗り物も決めとかない?」

 弓の申し出に魔理はにやりと笑う。
 その瞬間、二人の霊感がナニか危険なものを感じ取った。

 「!・・・アナタも気づいたようね」

 「ああ、待ち合わせ時間をずらしたのはそういう訳だったのか」

 二人は気を引き締め霊力の噴出する地点に向かっていく。
 ソレを引き留める守護天使は残念ながらいないようだった。





 「な、なんじゃアレはっ!!」

 「キャッ! 何ですのアレはっ!!」

 デジャヴーランド側から回り込んだ二人は、今まさに背後から城に襲いかかろうとする御神体を目撃していた。
 弓はとっさに手で顔を覆うが指先はしっかりと開いている。
 全くもってベタなリアクションだった。

 「オイ、あそこ! アレの足下を見ろ!!」

 魔理が指さした先に弓は視線を向ける。
 サングラスの変装も彼女たちには無意味である。
 二人は待ち合わせの相手が必死に七五三縄を引く姿を目にしていた。

 「アイツ・・・デジャヴーランドを守るために必死になって」

 一体どれほどの補正がかかってるのか魔理が感動したような声をあげる。
 正直、弓にはついて行けない世界だった。

 「頑張れ! タイガーっ!!」

 魔理はその場からあらん限りの声援を送る。
 それに応えるように、タイガーの精神感応が炸裂した。

 ―――タイガー・タイガー・目立ちタイガー!!





 それから先、言葉を発する者は誰もいなかった。
 ソレを目撃した者は全て言葉を失っている。

 「・・・・・・・・・」

 正面に出現したモノに、御神体はその動きを止めている。
 御神体の前に現れたのは、薄いヘアーを携えた紛う事なき若い女のソレだった。
 ソレに導かれるように御神体はふらふらと近くの海に誘導され、やがてその二つは海の中に消えていく。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 周囲は全くの無音だった。
 そりゃもう途轍もなく気まずいほどに。
 どれだけ時間が経過したのか、出現した女性器の正体を知る女が一言だけつぶやく。


 「・・・・・・・・・ぶっ殺す」


 弓は女の友情でその一言をあえてスルーした。






 余談
 未曾有の危機を乗り越えたはずのデジャヴーランドは、その日、別な惨劇に見舞われる。
 しかし、惨劇の主人公となったタイガーに、魔理に殺されかかった理由を尋ねる者は一人も現れなかった。
 そしてこれからしばらくの間、彼は横島からさん付けで呼ばれることとなった。



――― ナニが道をやってくる ―――


      終


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