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ニューシネマパラダイス

打ち上げ花火。下から見るか? 横からみるか?


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 7/18

 ようやく熱気が引けた夏の夜空を、光の尾を引きながら打ち上げ花火が音もなく駆け上っていく。
 夜空に広がる大輪の花。
 一瞬遅れてくるはずの轟音は何故か横島の耳には届かなかった。
 そのことで横島は自分が夢をみている事を朧気に理解し始める。


 ―――久しぶりだなこの夢


 時折夢に見る光景。
 それは子供の頃に見た花火大会の夜空だった。
 無音の景色の中、次々に上がる花火が夏の夜空を華やかに彩る。
 しかし、半覚醒状態の横島はそれ以外の光景を求めていた。


 ―――もうすぐ、もうすぐで俺の隣りに


 横島は時折見られる続きを求め、夢を何とか手元に留めようとした。
 だが、皮肉なことにそう意識すればするほど横島の意識は覚醒へと向かっていく。

 「拙者は犬でもないし馬鹿ではござらん!!」

 「んあ!?」

 横島の努力を無に帰したのはシロの怒鳴り声だった。
 その声に体をビクリと震わせた横島は、自分が事務所のソファでうたた寝をしていたことに気がつく。
 いいところで邪魔をされ不機嫌そうな表情を浮かべると、横島はソレを隠そうともせず悪態をついた。

 「いきなり大声を出すな! 折角いい夢を見てたのに・・・」

 「そうよ! 急に大声なんかだして驚くじゃないの!!」

 所長用の椅子から立ち上がり美神も応接セットの方へ近づいてくる。
 その右頬が若干赤くなっているのは、今まで横島同様うたた寝をしていた為だった。
 気怠い昼下がり。
 事務所の外は焼け付くような暑さなのだろうが、クーラーの効いた室内は微睡むのに適した温度を維持している。
 霊の活動が活発となる夏はどうしても昼寝で睡眠不足を補いがちになっていた。

 「で、喧嘩の原因は何なんだ?」

 シロの視線を追いかけた横島はプラズマTVに映し出された何処かの花火大会に気付く。
 先程の夢は昼寝中の意識がこの番組の影響を受けたのだろう。
 その画面を見た横島は妙に納得のいった表情を浮かべた。

 「私は悪くないわよ! シロがあんまり馬鹿なコトを言うもんだから・・・ねえ、おキヌちゃん!!」

 急に話題を振られおキヌは困った様に微妙な笑顔を浮かべた。
 どうやら今回ばかりはシロに分がないらしい。

 「拙者は、打ち上げ花火が全部丸く見えるのが不思議だと言っただけでござる。あっ! 先生まで拙者を笑うでござるか!!」

 横島の口元に浮かんだ笑いに、シロのふくれっ面が臨界点を迎えようとする。
 素直な反面、石頭なところもあるシロの機嫌をなだめるよう横島は笑顔の質を変えた。

 「打ち上げ花火。下から見るか? 横から見るか?・・・か」

 「なんでござるか? ソレは」

 過去を懐かしむような横島の笑みにシロは怒りの矛先を収める。

 「俺もガキの頃、今のお前と同じ事を考えていたって事さ。それで花火大会のとき銀ちゃんたちと打ち上げ現場に出来るだけ近づいてな・・・」

 「それで結果は? タマモの言うとおり打ち上げ花火はどこから見ても丸く見えるでござるか?」

 食い入るようなシロの視線に晒され横島は力ない笑みを浮かべる。
 あの時の自分も今のシロと同じように、花火の見え方を巡って銀一と言い争っていたのだった。

 「タマモの勝ち・・・俺は銀ちゃんと賭けてたんだけどな。お気に入りのマンガをとられちまった」

 「私の言ったとおりでしょ! 私も何か賭けとけば良かった!!」

 勝ち誇ったような仕草のタマモにシロが低い唸り声をあげる。

 「喧嘩はそこまで! 現物を見ればシロも納得できるでしょう? 明日は丁度デジャヴーランドのメンテ依頼の日だし、終わったら花火まで遊んでてもいいわよ」

 珍しく美神が険悪な空気を取りなす。
 美神の顔に浮かんでいた追憶の表情は、派手に喜んだシロタマの歓声に隠れ事務所のメンバーに気付かれることは無かった。








 ―――― 打ち上げ花火。下から見るか? 横から見るか? ―――― 







 隣接するデジャヴーランド・シーから吹く海風が昼間の熱気を押し流す。
 僅かに感じる涼。しかし、じっとしていても汗ばむ大気はまだまだその熱をおさめる様子を見せなかった。
 夏祭り
 幼い頃に感じた高揚感を胸に横島は周囲の客たちを見回す。
 一年中祭りを行っているデジャヴーランドにあっても、夏の夜は一種独特な空気を携え訪れた客を幻想的な空間に誘っていた。
 昼間の太陽に照らされた歩道から放射される熱を感じながら、横島は花火を待ちわびる客たちの表情をどこか真剣な面持ちで眺めている。

 「先生はさっきからナニをキョロキョロしているでござるか?」

 腕に感じたシロの肌の感触に横島はビクリと飛び上がりそうになる。
 うっすらと湿度を持った柔らかな肌の接触は、周囲の熱気と相俟って堪らなく官能的な何かを横島に感じさせていた。
 思わず感じた後ろめたさから、横島はすがりつかれた腕を慌ててシロから引きはがす。

 「だーっ! 暑っ苦しいからくっつくな!! 大体、お前がアホみたいに引っ張り回すからおキヌちゃんたちとはぐれちゃったんだろうがっ!!」

 「くーん。折角の花火だから先生とベストポジションで見たかったのでござるよ」

 「本当はタマモに勝ち誇られるのが嫌なだけだろ!」

 再びすがりつこうとするシロを押さえながら、横島はシロの心情を見透かしたように笑った。

 「ヴっ!! まさか先生はサイコメトラーでござるか?」

 「馬鹿、俺もお前と同じ勘違いをしてたって言ったろ! 打ち上げ現場に行く間に薄々気がついたんだけどマンガ賭けちゃってるし、引っ込みもつかなくってな」

 横島は夜空を見上げる。
 ライトアップされた景色に押され、数えるほどの星しか見ることは出来なかった。

 「先生も悔しかったでござるか? 花火が上がるのを見たときは・・・」

 「いや、全然。その時の俺は別なモノに目を・・・ゴホン! まあ、花火が上がったらそれどころでは無いってこった!!」

 うっかり口を滑らしそうになった横島にシロの目が鋭く光る。
 シロは童話の狼のような狡猾な笑みを浮かべると、横島の隙をつき二の腕に胸を押しつけるように抱きかかえた。
 遊び半分の行動であったが、最近シロは自分の体が異性に与える効果を理解しはじめている。
 慌てて飛び退った横島にシロは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 「実は拙者、サイコメトラーでござってな。今ので先生の気持ちを読み取ってしまったでござる!」

 「な、ナニを急に・・・」

 「先生は拙者が抱きつく度に『俺はロリコンじゃない』って言ってるでござるが、なかなかどうして・・・」

 何か後ろめたいことがあるのか、横島はシロの思わせぶりな言葉に顔を引きつらせた。
 シロはその動揺に我が意を得たりと肯くと先程から横島に感じていた違和感を口にする。

 「さっきから先生は道行く女の子ばかり見ているでござる。それも、拙者やタマモよりまだ若い女の子を・・・」

 「ご、誤解だシロ!」

 降って湧いたロリコン疑惑に横島は哀れなほど動揺していた。
 熱気による汗とは別種の汗が額から頬へと流れ落ちる。

 「誤解だと言うのなら説明して下され。子供の頃の先生が目を奪われたモノと併せて・・・」

 「ヴっ!!」

 信じられないほど鋭いシロに横島は言葉に詰まる。
 シロは気づいていたのだった。先程から横島の顔に浮かぶ追憶の表情に。

 「さあ、拙者には二つの道があるでござるよ。先生の説明を聞き納得するか、それとも、美神殿、おキヌ殿に・・・」

 この言葉に横島はあっさりと白旗をあげた。
 遠い日の幻影を追ってしまったのも夏の魔法ならば、それに乗って過去を口にするのも悪くない。
 横島は遠い日に出会った少女の事を口にしはじめる。

 「あれは、確か小3の夏休みだったな。銀ちゃんと花火の見え方で言い争いになった俺は・・・」

 それは初恋と呼ぶには短すぎる一瞬の邂逅。
 しかし、横島はその瞬間こそが紛れもなく己の初恋だと思っていた。









 夏祭り
 最終日を彩る打ち上げ花火に、横島は銀一や夏子たち幼なじみ数名と河原に来ていた。
 すっかり日も落ち、辺りには涼やかな風が吹いている。
 打ち上げ場所となる河原では、大勢の花火職人がせわしなく地面に打ち立てた筒の周りで動き回る。
 そんな物珍しい光景に心動かされながらも、仲間たちの関心事は銀一と横島の賭の行方にあった。
 銀一の支持者が圧倒的に多いものの、一発逆転をもつ横島に期待する友人もいる。
 リアリストの夏子は珍しく横島の肩を持っていた。


 打ち上げの瞬間が近づくと子供たちは夜空を見上げる。
 花火開始を知らせる空砲の煙が遥か上空の闇に紛れうっすらと拡散していくのが見えた。
 会場中の人間が固唾を飲んで夜空を見上げる中、横島だけは別な方向を見ている。
 自分たちから数メートル隣りに立つ少女に横島は目を奪われていたのだった。


 ―――綺麗なお姉さんだな。だけど独りで寂しくないのかな


 その少女は凄く大人びて見えた。
 普段見かけない顔。多分、訪れた観光客だろう。
 年の頃は十二歳くらいか。
 数歳は年上であろう彼女は、横島の目には立派なお姉さんに映っている。
 しかし、大人びた風貌の中に隠された脆さ儚さを横島は感じ取っていた。
 人混みで賑わう河原にあって、横島の目にはその少女が泣いているように見えたのだった。

 凛と夜空を見上げる仕草も、どこか涙を堪えているように感じ横島はますますその少女から目を離せなくなる。
 銀一との賭など横島の心からすっかり抜け落ちてしまっていた。

 風切り音が闇夜を切り裂き上昇していく。
 夜空に大輪の花が描かれ、その光に照らされた少女の横顔に横島は胸の高鳴りを覚えた。
 人は一瞬で恋に落ちることが出来る。まるで夏の夜の魔法にかかったかのように。
 僅かに遅れた轟音が自分の鼓動のように感じられた。
 次々に連射される大輪の華に周囲からどよめきに似た歓声があがる。
 いつしか少女の口元にうかんだ微笑みに、横島は花火に微かな嫉妬を覚えていた。

 子供である彼女から見ても更に子供である自分。
 彼女を悲しましていたものが何であるのかは横島には分からない。
 しかし、夜空に開いた花火は彼女に少しでもそれを忘れさせ笑顔を浮かばせていた。
 いつか自分も大人になって大切な誰かに泣き顔ではなく笑顔を浮かばせたい。
 横島はこの時初めて男である自分を意識した。


 ―――お姉さんがコッチをみたら笑いかけよう。そして・・・


 目の前の少女の役に立ちたいと横島は強く思っていた。
 横島の決心が届いたのか、花火に見入っていた少女が夜空から視線を落とし辺りを見回す。
 花火の連射は止み、散発的な打ち上げに切り替わっていた。
 宙を彷徨う少女の視線はいつしか横島の方へ向かって来る。
 横島は意を決し少女の方へと歩き出そうとした。





 「それで、どうなったんでござるか!?」

 シロは意図せず掘り当てた横島の初恋話にすっかり興奮していた。
 横島はそんな様子のシロに見事なまでに情けない笑顔を見せる。

 「その子と目が合いそうになった瞬間に、夏子っていう幼なじみが俺の手をとって駆けだしたんだよ。俺のせいで恥をかいたから何か奢れって・・・確か氷りイチゴかなんか奢らされたんじゃなかったけ?」

 「あー、そうでござるか」

 シロは夏子の気持ちが痛いほど理解できた。
 恐らく夏子も花火ではなく別なモノを見ていたのだろう。
 夏の魔法から横島を奪還したのは、夏を名に持つ少女だった。

 「今でもその人に会いたいのでござるか?」

 シロは恐る恐る口にする。
 自分やおキヌ、ましてや美神よりも横島がその少女の事を思っているとは考えたくはなかった。
 その言葉が心底意外だったように横島は目を丸くする。

 「いや全く、会ってどうこうしたいって気はないな・・・それに、俺はその子の横顔しか見てないから多分気付かないだろうし。でも、花火を見に来る度につい探しちゃうんだよ、あの凛とした横顔に隠れた寂しげな表情を・・・文学じゃ忘れ得ぬ人々って言うらしいな。授業の聞きかじりだから詳しくは聞くなよ」


 ―――忘れ得ぬ人とは忘れてはならない人ではなく、ほんの行きずりに出会ったどうということもない人だがいつまでも憶えている、そんな人


 それは明治の文学者が書いた短編だった。
 自分の雑談が横島の興味を引いた事を知ればその国語教師は感激の涙を流すことだろう。
 何かを言おうとしたシロの耳が夜空を昇る風切り音を捉える。
 その瞬間、デジャヴーランドのシンボルである城の背後に大輪の華が咲き誇った。
 その光に照らされた横島の横顔にシロは息を呑む。
 夏の夜に人の心を惑わす魔力があるというのなら、この時シロは確かに魔法にかかってしまった。


 ―――自分はもう忘れることが出来ない。


 シロはそう確信していた。
 この先ずっと、夏になる度に、花火の音を効く度に目の前の横顔を思い出してしまう。
 その時自分は横島のような追憶の表情を浮かべるのだろうか。
 自身の想像にシロは慌てたように首を振る。
 これが夏の幻影というのならば掴まえて現実にしてしまえばいい。
 しかし、横島の手を握ろうとしたシロの手は空しく空を切った。

 「おキヌちゃんたちがコッチに向かって来ているな。俺は美神さんを迎えに行ってくるからここで待っていてくれ」

 シロに起こった変化に気付かないまま、合流を果たそうとしている二人の姿を見つけた横島はそそくさとその場を後にする。
 過去の思い出話はそれなりの気まずさを彼に感じさせていた。

 「あ、待って先生・・・」

 シロは横島の後を追い走り出そうとする。
 しかし、その足はまるで縫いつけられたかのようにどうしても動かす事が出来なかった。
 遠ざかる横島の背中は、シロにとってどうすることも出来ない距離にあるように感じられた。














 花火を見上げる人々の間を縫うように横島は美神のプロデュースするアトラクションに向かっていく。
 調整は自分だけで行えるからと、美神は一人その場に残り早々に横島たちを解放していたのだった。
 道すがらすれ違う少女に目をやった横島は、先程聞いたシロの台詞を思い出し軽く自分の頭を小突いた。


 ―――しっかりしろ俺。ホントにロリ認定されちまうぞ。


 冷静に考えればあの少女が当時の面影で存在している訳はなかった。
 それに、先程シロに言ったように会ってどうこうしたいと言う気はない。
 ただ、一つだけ確認したいことがあるとすれば自分の成長だろう。
 横島はあれから幾たびも夏を乗り越えていた。


 ―――俺はキミの隣りに立てますか? その顔を笑顔に変えることが出来ますか?


 幾つもの出会いと別れを乗り越えてきた横島は、あの日何もしてあげられなかった少女にこう尋ねたかったのだ。
 それは自分が女の人を幸せに出来るのかという確認でもあった。





 「あれ? オタクの所長さんなら少し前に作業を終わらせて出ていったけど・・・花火の時間が気になる様子だったから、てっきりアンタたちと合流したと思ってたよ」

 アトラクション機械室
 インターホン越しに美神の所在を確認した横島は、美神が独りで園内を散策している事を知らされた。

 「ったく、寂しがり屋のクセに。しょーがねーな、あの人は!」

 横島は呆れたように呟くと、美神を探すためにまだ散策していない地域へと小走りに走り出す。
 人混みの中にあっても美神の姿は異様に人目を引く。
 横島は500m先からでも美神を見つけられる自信があった。
 しかし、パレードの順路を半周しても美神らしき姿を見けることは出来なかった。

 「美神さーん!」

 耐えきれないように発した横島の声に、周囲の客がギョッとしたような顔をする。
 しかし、横島はそんなことはお構いなしに美神の名を呼び続ける。

 「美神さーん!」

 「美神さーん!」

 花火が打ち上げられている間に美神を探し出したい。
 最後まで美神を独りにさせてはいけない。
 横島をそんな気持ちにさせたのも夏の魔法なのだろう。
 すれ違う少女にはもう目は行かなかった。
 めぼしい見物箇所をあらかた探し終え、客もまばらな城の裏手に回ったとき一際大きな大輪の華が周囲の景色を照らし出す。


 ―――なんだ、ここに居たのか


 横島は花火を見上げる美神の横顔を見つめていた。
 凛とした中に寂しさが同居したその横顔を。
 横島は胸の高鳴りを無理に押さえ美神の元へ歩き出していく。

 「あ、見つかっちゃった?」

 隣りに立った横島に気付き、美神がバツの悪そうな顔をする。
 普段の派手な言動からは考えにくい面を見せてしまった照れがその顔には浮かんでいた。

 「私も打ち上げ花火を下から見たことが・・・!」

 横島のとった行動に、美神は言いかけた言葉を詰まらせ驚きの表情を浮かべる。
 最後まで聞けば意外な事実が明らかになるのかも知れなかったが、横島にはそんなことはどうでも良かった。
 夏の魔法に続きがあるのならば今はただそれを行えばよい。
 横島は美神の手を握りしめ、あの日言えなかった台詞を口にする。

 「一緒に見ましょうよ。多分、独りで見るより何倍も綺麗ですよ」

 ラストが近いのか花火が連射の体勢に入る。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 美神は手を繋いだまま夜空へと視線を戻した。
 その顔から先程の寂しさが消えていることに満足し横島も夜空に視線を向ける。
 夜空を彩る大輪の華は、最後の一輪が消え去るまで二人の笑顔を照らし続けた。




――― 打ち上げ花火。下から見るか? 横からみるか? ―――



    終


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