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山の上と下

17 幽霊、人狼、そして… ・中後編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 7/10

山の上と下 17 幽霊、人狼、そして… ・中後編

崖から見下ろしていたシロは、申し訳なさそうに頭を振ると身を翻した。

‘安否?’とは考えたが、今はそれより先にすべきことがあった。

それは、この先で感じ取れる霊力の持ち主の正体を確かめること。自分の感覚を信じるなら、それは父のはずだ。


父−犬塚万作−は、人の世の動きを探る役目も兼ね、これまで何度も武芸修行の旅に赴いてきた。その父から消息が途絶えておよそ半年。

 役目がら、途上、倒れるのもやむなしと、静観を決めた”里”に反発し、修行に出るとの置き手紙一つで家出。
 父の跡を追っているうちに耳にした”神隠し”の噂。父であれば見過ごすはずはなく、『何か手がかりは?』と考え、昨日から山中を巡っていた。


‘?!’
 先に進もうとした矢先、近づく凶悪な気配にシロは刀を抜き放つ。

さほどの間もなく人大の2匹の怪物−蛇のような長い胴体に擬人化した蟻の上半身を接合したような姿−が現れた。

放たれる無差別な殺意と血の臭いのする鋏み状の手で威嚇する様から、二匹が主からの命のままに動く使い魔であることが判る。

戦うしか選択肢がないと断じたシロは刀を峰に持ち替える。
 峰打ちということではなく、甲虫を思わせる角質化した皮膚に対しては、切るよりは叩き割る方が有効と踏んだからだ。

『じろり』と睨みつけるシロにすくみ、動きを止める二匹。すぐに、反発するように飛びかかる。

本能によるのか、ほぼ同時の攻撃だが、人狼の感覚は、わずかな時間差を捉える。より速い方に踏み込み、横薙ぎの一閃。

ほとんど鉄の棒に等しい大太刀の打撃で外皮は割れ、粘液質の体液を撒き散らせながら(意図した通り)もう一匹の方に吹き飛ぶ。飛んできた仲間に遮られ動きを止めるもう一匹。

 その隙を逃さず、跳躍。落下の勢いを加え、もう一匹の頭部を砕く。さらに、返す刀で、最初の方の外皮の隙間に刀を突き込み止めにする。

瞬きをする間の勝利だが、最初から分かり切った結果に何ほどの感慨もない。それよりも、二匹の来た方角と霊圧が来る方角が同じ事に胸騒ぎを覚える。




「太刀筋も霊力もなかなかなものよ」
二度、三度と田丸の攻撃をいなした人狼が師匠であるかのような口調で論評する。

「人外風情が!」と怒気を込めて言い返す田丸。

 しかし、力関係は、まさしく、偉大な師匠と不肖の弟子ほど。勝ち目は万に一つあるかないかというところ。

 であれば、残された手段はたった一つ‥‥ 体を翻すと森に走り込もうとする。

 予想通り、次の瞬間には人狼の殺気が背後に。そこで体をひねると同時に常に忍ばせている切り札−式神・管狐に呪を込め放った。

懐から飛び出した管狐は、名の通り胴体を引き延ばした狐のような姿を取って、人狼に襲いかかる。同時に刀に全霊力を込め切り込む。今まで、この二段攻撃を避けた人も人外もいない。

ぎん! 金属の咬み合う音と火花が散る。

必殺の気合いを込めた一撃も、人狼の無造作に差し出した刀に止められている。
『なら、管狐は?』と視線を動かすと、人狼の足下に頸元辺りが抉られた管狐が。

 呆然としたところを人狼が軽く刀で押したことで、尻餅をつく田丸。

ぺっ! 人狼は噛み千切った紙片を吐くと、
「たいしてうまくはないな。それにしても、飯綱の法も心得ているとは、思った以上に使えそうだ。お前には、我と共に働いてもらうとしよう」

 田丸は『共に働いてもらう』の言葉に疑問を感じるが、尋ねる間はなかった。
 人狼の手から伸びた光の剣が自分を貫く。痛みを感じる間もなく意識が刈り取られた。




霊圧の高まりを感じ、全速で駆けてきたシロの足が止まった。

 坂道の踊り場という感じの場所に人、いや、人狼の姿。その姿は‥‥
「ち‥‥父上! 父上ではございませんか?」

呼びかけに、人狼はどこか時間の流れが遅い”場”にいるようなゆっくりとした動きで顔を向ける。

向けられた視線に含まれる異様な威圧に、シロの額に嫌な汗が浮かぶ。半ば無意識に感覚を動員し、目の前の人の正体を見極めようとする。

やつれた様子を差し引けば、外見、匂い、霊気、どれもが父だ。人狼としての鋭敏な感覚思えば、見間違うはずはない。しかし、本能の原初的な部分が、その答えを激しく拒絶している。

 戸惑ったままのシロに対し、人狼は穏やかな歩調で近づく。
「昨日より感じ取れた霊力はお前のものだったのか。子とはしばらく見ぬ間に大きくなるものよ。それはともかく、元気そうで何より、母も息災か?」

親しげに差し伸べられた手に惹かれるように前に出たシロの動きが止まった。

左肩に熱いものを感じる。視線を移すと、父であるはず人狼を差し出した手から伸びた光の剣が、左肩を深々とえぐっている。

「急所を外すとはな。一思いにと思ったが、情が”腕”を曇らせたか?」

『情』と言いつつ、それと対極をなすようなしゃべり口に、傷ついた以上のダメージを受けるシロ。

「それにしても、犬っころの分際で余計な手間を取らせるものよ」

ぎりぎり耳にできる小さな声だが、目の前の人狼から届いた明らかに父ではない声の嘲笑に、シロの全身が熱くなる。

「くぉのーー!!」雄叫びを上げたシロはその激情を右手に。
 右手に光る霧のようなものがまとわりつき、拳のような形ができあがる。

 肩に霊波刀を突き立てられたまま踏み込む。刺さったままの霊刃が傷を押し広げるがかまわない。

この期に及び反撃に出たことに驚く人狼。それでも、間合いを見切り、余裕でかわす‥‥ が、少女の拳が直接こちらを狙っていないことに気づいた。

「くっ!」人狼は霊波刀から伝わる重い衝撃を感じる。

拳は霊波刀に撃ち込まれていた。閃光、霊波間の干渉で霊波刀が消える。

その一瞬に跳び退くシロ。傷口を塞ぐ形であった霊波刀がなくなったため血が大きく流れ出す。

 満月も近い今、並みの傷であれば見る間に塞がるのだが、その兆候はない。右手に霊力を込め傷を押さえる。しかし、覆いきれず、血は止まることなく、左肩から胸にかけ、服をどす黒い赤に染める。

その凄惨な姿を見る人狼の表情に、一瞬だけ陰りが走り消える。何事もないかのように、
「なかなか良い判断と動きだ。しかし、己の最後を少し先延ばしにしたところで何の意味がある?」

「ぐるぅぅぅぅ!」八重歯というには鋭い犬歯をむき出しに威嚇のうなり声で応えるシロ。
 しかし、左肩から先の感覚がない状態では、『最後』の近いことは、良く判っている。

『止め』と踏み出そうとした父の姿をした”何者”かが身構える。

 視線を追うと、昨日の女除霊師と渥美と名乗った浪人の姿があった。




「ちっ! 遅かったか!」「いえ! まだ何とかなりましょう!」
涼と智恵は人狼に打ちかかる。絶妙なコンビネーションで、それぞれが刀と杖の連撃を打ち込む。

息もつかせない攻撃を見切りでかわせないと判断したのか人狼は、大きく出した霊波刀を空振りすることで間合いを広げる。

それに対し智恵と涼も追い打たず、シロをかばうよう形で備える。

「お嬢ちゃん、すまねぇ! 勘違いをしてなきゃ、もうちぃっと早く来られたんだがよ」

「言い訳はしません」
 自分に向けられた言葉ではないことは解っているが、そう応じる智恵。

途中、見鬼の反応が幽霊ではなく人狼と判断し、”巣”を探るため距離を取って追跡すると決めたのは自分だ。ここに真っ直ぐ来ていれば、少女は怪我を負わずにすんだかもしれない。

「ここは、奴を倒し、詫びとさせてもらいます」

智恵の言葉に、人狼は面白い狂言を見たような表情を浮かべ、
「ほう? 我を『倒す』! 今宵は、本当に楽しい夜になりそうだな。たしかに、今の動き、その台詞に足る鋭いものだったが、これを見てもその台詞が吐けるか!」

ざわっ 人狼の全身から実体感を伴った霊圧が放たれる。

圧迫感の強まりと共に体が一回りほど大きくなる。同時に、全身に剛毛が伸び、顔つきが狼のソレに変わった。また、あらためて伸ばした霊波刀の輝きは、先のソレを大きく上回っている。
 その猛々しい姿は、この人狼が人の世に交わることで半妖的な存在となった人狼ではなく、太古の原野に君臨した大神の正当なる末裔であることを示している。

「これは、また、すごいわね」
言葉ほどは感銘は受けていない感じの智恵。それでも、厳しい口調で、
「渥美様、あの光る剣は霊波刀というものです。下手に受ければ、刀もろともに切り伏せられます。気をつけてください」

「判っているさ。ああいうのを相手にするのは初めてじゃない」
同じように厳しい声で答える涼。こちらも、どこかしら余裕を感じさせる。
「それにしたって、いきなり全開かよ! 少しは、こっちを馬鹿にして出し惜しみをしてくれりゃ、付け入る隙もできるってもんだが」

「ホント、相手のことを考えずに、先に”イッて”しまう男って、女からいえば最低なんですよ」
艶然と応える智恵。人の悪そうな微笑みを込め、
「聞けば、渥美様には奥様がおられるとのこと。そういったコトはどうなんですか? まさか、さっさと‥‥」

「おいおい、何の話をしたいんだ? 心配してもらわなくたって、俺はやさしい男でね。『奥様』とはうまくやっているよ」
言われっぱなしは嫌だというように、涼はやや下品な笑いをつけて、
「そういう、姐さんこそ、娘さんはいても女盛りの身の上だ。旅の空の独り身じゃ淋しくはねぇのか?」

「いやですねぇ、中年の考えることは! 別に『淋しく』なんかありゃしません。これでも”うちの人”とは年に何度かは会っているんです。この前、会った時なんか、そりゃあ”凄い”ものでね。隣の部屋に寝かしつけたれいこに気取られるんじゃないかって、すいぶんと、冷や冷やしたもんです」

おそろしく場違いなやり取りを始めた二人に虚を突かれたような顔つきになる人狼。
「我を前にそのような話が‥‥」

言葉半ばで止まったのは、涼が切り込んだからだ。
 半瞬、出遅れたものの、素人であれば追うことすら困難な速さでかわす人狼。

 しかし、涼の刀さばきもそれに見劣りしない速さで対応する。振り切ったはずの刀はその勢いをいっさい失うことなく方向を変え、人狼を捉えた。

「ちっ!!」
 これ以上詰まる余地がないほど詰め込んだ土嚢を斬りつけたような手応え舌を打つ涼。
 人であれば袈裟に二つできる暫撃が、肩に1/4寸ほどくい込んだ辺りで止まっている。それどころか、筋肉が刀を締め付け動かない。

「もう終わりか?」人狼は霊波刀を薙ぐ。

「終わるかよっ!!」刀を捨て飛び退く涼。割り込む智恵。

 霊力を込めた智恵の金剛杖が霊波刀を受け止めている。一方、涼は、一転、全身のバネを利かせた体当たり喰らわせる。

 体勢を崩す人狼。

 間髪を入れず、智恵はつるべ打ちに破魔札を放つ。
 そのことごとくを霊波刀で払う人狼。

 立て続けに生じた爆発を隙を突いて、柄に手をかけた涼は刀をもぎ取る。そのまま切っ先をひねり喉笛を横に払った。皮一枚と構造上もっとも脆弱な場所だけに、刃はきれいに喉笛を切り裂く。

『なめるな!!』喉を裂かれ声にならない声を上げる人狼。
 周囲に風が巻き、その風を鋭く切る音が立て続けに走る。

 涼はその音に弾かれるように後ろに跳ぶ。肩と袖に裂け目が、薄っすらと血がにじむ。
「二太刀はかすめたか。本気でこられると全部はかわしきれねぇな」

「ふん!」人狼は、すでに傷の塞がった喉をなでつつ、
「体のさばきだけでかわしておいて、よく言う! 並の者なら、今ので鱠(なます)になっておるものを」

「そいつは、こっちも同じさ。俺と智恵さん二人なら、すぐにでもケリがつくと思ったんだが、そうもいかねぇようだな」
そう応じる涼。内心で長引きそうな状況に焦りを感じる。

 というのも、後ろで気力のみで立っている人狼の少女が気にかかるからだ。こちらの傷は治る様子はなく、長引けば命にかかわる。

‘面子にかかわってる時じゃねぇか! こうなったら、アレ‥‥’
”奥の手”を出そうとした涼の耳に、

「あ〜あ! やっぱり、私がいなくちゃ駄目じゃない!」

 高慢だが自信にあふれた元気のいい声が響いた。

わずかに振り返ると、れいこが、少し遅れてご隠居と加江が駆けつてくる。


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