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時は流れ、世は事もなし

傀儡 3


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 6/17

時は流れ、世は事もなし 傀儡 3

暗くはあったが、朝が近い気配にベスパはベッドから降りる。
 着替えをしながら体を点検。怪我の痛みは気にならない程度になっているし、他に異常も感じない。

『これならやれそうだな』声にせず、つぶやく。

これからどうするか、未だ定まらない自分だが、一つだけ成し遂げておきたいことがある。

それはオリジナルの魂を取り戻すこと。

 任務を考えれば、回り道であり”肉体”というカードを失う選択肢だ。
 しかし、プローブの破壊も先行した魔族を倒すことも、成功は期しがたい。であれば、先に、母ともいえるオリジナルのために一肌脱いでもかまわないだろう。
 さらに言えば、この体の持ち主と同じく姉や妹のオリジナルの可能性が高く、オリジナルのことを心の底から心配する蝶々や蛍を悲しませたくない。

この朝早くに起き出したのも、魂を取り戻すための戦いに備え、自分の限界を確認しておこうと考えたからだ。
 話では、裏庭が、日常の修練の場になっているとのこと。そこで色々と試しておこうと思っている。


部屋を出たベスパは、余計な注意を引かないよう静かに廊下−階段−勝手口と進む。
 外へのドアに手をかけた時、

「どこに行くつもりなの?!」

呼び止める声に手を止めるベスパ。声から、相手は蛍であることが判る。

 『なぜ、ここに?!』
 と警戒するが、夜半から明け方にかけての警備が彼女の担当だと聞いたことを思い出す。屋敷内の動きに対応するのは当然のことなのだろう。
 気持ちを落ち着け、できるだけ平静な口調で、
「朝の運動だよ。ほら、体って、甘やかすとすぐに鈍ってしまうからさ」

「本気なの?!」あきれ顔の蛍。

「十二分に本気だ。それどころか、動いてみて、何も問題がなければ、仕事の復帰を”教授”に頼むつもりだよ」

言っていることの意味を、蛍は掴めなかったらしく、少し間ができる。
「あれから二日しか経ってないって解ってる?! 体を動かすってことだけでも、けっこう無茶なのに、”仕事”に戻ろうなんて無謀もいいとこよ!!」

「心配性だな。見ての通り、もう平気さ」
 ベスパは大仰に腕を回してみせる。そして、軽く凄みを込めて、
「だいたい、やられっぱなしで大人しく寝ているあたしじゃないってことは、姉さんが一番良く知っているはずだよ」

オリジナルの性格を知らない−蝶々から聞き、自分に似ていることは判っているが−ことを思えば大胆な論拠だが、説得力はあったようだ。

 蛍は渋い顔ながらも納得せざるを得ないという感じで、
「たしかに、『知っている』し、あなたらしい‥‥」
そこで言葉が切れると、表情が明るくなる。
「それだけやる気が出てきたってことは、記憶が戻ってきたの?」

「少しはな。ただ、自分については、ほとんど思い出せない」
色々と試し、オリジナルの記憶を引き出せることは判ったが、同時に、かなり集中しなければならないことも判った。
 その点で成りすますには無理はあるし、何よりオリジナルのプライバシーに手を突っ込みたくない。支障のでない限り、今後も記憶喪失で押し通すつもりだ。

「昨日の今日であわてても仕方がないか」失望のため息をつく蛍。気を取り直し、
「復帰については、”教授”に相談してみる。それと、はやる気持ちのままで、体に無理をさせちゃ絶対に駄目よ。ここであせったって何にもならないのよ」

「もちろん、大切な”体”だ、無理をするようなことは絶対にしないさ」
微妙なニュアンスを込め返事するベスパ。



裏庭の一画には杭で固定された俵−土嚢が置かれ、何重にも藁を巻いた木の杭が七・八本立てられいる。
 カントリースタイルの庭にそぐわない代物だが、常に狙われているこの屋敷の状況を雄弁に物語っている。
それでいえば、今、この場も敵の監視下に置かれているのかもしれない。もっとも、そのことについては神経質になる必要はないそうだ。あの芦優太郎がしつらえた結界が、ある種の幻−立体映像を形作り、敷地内を見通せないようにしているらしい。


 ベスパは土嚢の前に立つと深呼吸をする。空気は冷えているが、これからの運動を考えるとちょうど良い。

 ”大切な体”ということも考え、時間をかけた準備体操で体をほぐす。平行して、霊的中枢に”力”を込めていく。
ある程度、体が暖まる頃、霊力も順調に立ち上がってくる。

 十分と考える量に達した霊力を体に流し込む。GSたちの多くが意識的/無意識的に行っている技で、これにより様々な能力値が”人”の限界を越える。

 土嚢の前に立ち、一呼吸で十数発の突きと蹴りを放つ。突き固められ石並の堅さになっている表面が窪み、全体が揺れる。

 速さ、威力、それに一番重要なことだが体への負荷、どれも問題はない。

続いて、巻き藁が立ち並んだ場の中央に立つ。自然、自分を中心に巻き藁が取り囲む形になるのは、元々、多人数との戦いを想定して並べているからだろう。

 巻き藁を敵−墓場で取り囲んだ連中−と見立て、次々に突きや蹴りを打ち込んで行く。イメージ上では、短時間で全員を倒せたはずだ。

ここで一息つくベスパ。
 思った以上に霊力に体が良く反応している。オリジナルもこれを使いこなしていたに違いない。ということは‥‥
「この力があっても、オリジナルは魂を抜かれるって目に遭ったわけだよな」
 魂を取り戻すためには、最低もう一段、レベルの高い”力”が必要だろう。

 それを試そうと気合いを入れ直した時、魔族としての警戒本能がこちらを見る視線を感じ取る。そちらに目を向けると、蛍と見知らぬ男がいた。



気づかれたことが判った男は、蛍を伴いやってくる。

「初めまして。シャーロック・ホームズと申します」
シャツとズボンというラフな格好をした男は気安そうに握手を求める。

‘シャーロック・ホームズ??’ベスパは名前を反芻する。
どこかで聞いた気がする名前だ。もっとも、この時代に知り合いがいることはありえないはずだが‥‥ 
 警戒心と隠れて見られていたことの不愉快さも手伝って、差し出された手を無視する。
「姉さん、このホームズさんって何者なんだい?」

「ホームズ様は、今度、”教授”の代理として私たちに指示を出す方なの。あなたが復帰できるかどうかを見てもらうために来てもらったのよ」
あらかじめ打ち合わせておいた理由を答える蛍。
 当人を目の前に、『あなたが”本物”かどうかを調べるためにいる』とは言えない。

 ベスパはわざとらしくホームズに向かい、
「ふ〜ん、そうなんだ。それにしても、こっそりと見ているなんて良い趣味をしてんじゃない」

「覗く形になったのは、あなたの”素”の動きを見たかったからで、他意はありません」
ベスパの当てこすりを流すホームズ。
「ところで、素晴らしい身のこなしと技を見せてもらいましたが、一連の動きは何という格闘術に由来するものですか?」

‥‥ 返事に詰まるベスパ。
 まさか、魔軍が様々な人間の格闘技をミックスして創り上げたと言えるはずがない。
「聞いていると思うが、あたしは記憶をなくしているんだ。今のが何なのか、答えられるはずがないじゃないか」

「そうでしたな」ホームズは軽く頭を下げる。
「それにしても、素晴らしい。記憶がないとは思えないほどです。やはり、達人ともなれば、体が覚えているのですね」

「知らないね!」矛盾を突かれた気がしたベスパは語気を荒げる。
「だいたい、大事なのは戦えるかどうかで、あたしがどんな格闘術を身につけていようと、関係はないだろ」

「正論ですな。まあ、今の質問は、些細なことも知っておきたいという、探偵の性によるものでして。あまり、気にしないでください」

「『探偵』??」記憶が刺激されるベスパ。
 創られる際、人界での工作・潜伏活動に備え、人としての常識的な知識・教養が付与されているのだが、その中に‥‥
「シャーロック・ホームズ?! あの歴史に名高い探偵のホームズか!!」

「僕のことをご存じとは。あなたのような美しい方に知っていただいていたとは望外な喜びです。その言葉だけでも、ここに来たかいがあったというものですな」
嬉しそうにホームズはベスパの手を取ると大きく上下に振る。

 ややもすると軽薄そうな振る舞いに苦笑気味のベスパ。歴史に残る人物であっても、実像はこんなものかと思う。手を振りほどくと、小馬鹿にするような口調で、
「それで、あたしの動きを見た感想は? これだけ動ければ十分だと思うんだが」

「それについては、もう少し見せてもらってのことですね。まだまだ、準備体操の段階なんでしょう」

「まあね」とベスパ。
 見るところは見ているのだと、多少、目の前の人物の評価に修正を加える。

構えを取り直すと、霊力を引き上げ、さっき以上の速さと力で動き、技を示してみせる。もちろん、ここで手の内を全て出すつもりはなく、セーブしたものに止めているが、印象づけるのには十分なはずだ。



「ミス.フォン、少し手合わせをしてみませんか? どうも見ているだけでは退屈ですし、その方が、あなたの”力”を実感できるでしょう」
一区切りがついたところで、ホームズが進み出る。

「おいおい、本気で言っているのか?!」意外な提案にベスパはあきれる。

今までで、自分に素手で人はおろか北極熊でも引き裂ける”力”があることは読みとれるはずだ。

「もちろん、今のあなたとどうこうできるとは思ってません」
 ホームズは『そんなことは承知している』という感じで前置きし、
「しかし、その”力”、霊力のサポートがあってのことなのでしょう。僕が提案したのは、霊力を使わない状態のあなたとの手合わせなのです」

「”素”でどれだけやれるかも見たいってわけか?」

「まあ、そういうことです。霊力は無限というわけではなし。それが尽きた時、何もできないというのことなら、あなたを”使う”わけにはいかないでしょう」

「良いだろう」ベスパは霊力を常人レベルに落とす。
「先に言っとくけど、霊力がなくても、あたしは強いぜ。一応、手加減はするつもりだが、痛い目を見たって泣くんじゃないよ」

「心配は無用です。こう見えても、ボクシングという格闘術が堪能でしてね。霊力抜きでなら、けっこう良い勝負だと思っています」
 ホームズはシャツのボタンを緩め、シャドウボクシングをしてみせる。


考え事をしていたのか、口を挟むタイミングを逸した蛍がレフリー役を務めることに。彼女の合図と共にホームズは軽そうなステップを踏み間合いを詰めていく。

その動きにベスパは、
‘コイツ、言うだけはありそうだ。動きは様になっているし、場数だって踏んでいそうな感じだな’

ためし二・三発、拳を繰り出してみるが、全て、かわされるかガードされてしまう。それどころか、その隙を捉えるような鋭い反撃に、軽く冷や汗が出る。

‘ちっ、油断は禁物ってことか!’
 面白くなりそうな成り行きに、口元に微笑みが浮かび上がる。

 しばらく、”手合わせ”という範囲を越えるものではないが、緊迫した攻防が展開する。
 やがて、力量を見切れたと判断したベスパは、わざと隙を見せる。

 予想通りの右ストレート。それをガードで逸らせながら、自分の腕を絡ませ、突っ込んできた勢いを投げにつなげる。日本の”合気”とうい武術から採用した投げ方だ。

見事なまでにホームズの体は宙に舞い、芝生へ。そのまま、腕と肩を極めて押さえ込む。
たまらず、地面をタップするホームズ。

 技を解きにやりとするベスパ。解放されホームズは、悔しそうな顔で立ち上がると再び構える。

「へ〜え、子供っぽいんだね、あんたは。いいだろ、納得するまでつきあってやろうじゃないか!」
ベスパも構え直し、挑発するように手招きをする。

それから、十回ほども試合う。

 余裕を見せつけるため、そのつど異なる形で勝ちを収めてみせるベスパ。ついに音を上げたのか、ホームズは両手を上げ終了の意志を示した。


「それにしても、ここまでしないと解んないなんてさ。よくそれで名探偵を名乗っているもんだ!」
ベスパは心地よく出た汗を拭いながら茶化す。

「まったくですね」照れ隠しのつもりか、ホームズは他人事のように流す。
「さて、あなたについては十分に解ったようですから、これで部屋に戻ります。後で、これからについての連絡をしますので、待機しておいてください」

「判った、吉報を期待しているぜ」とベスパ。

その言葉にホームズは微笑みで応える。そして、やや困惑の表情を浮かべた蛍を促し、屋敷内に戻った。



ホームズと姉がいないことを確認したベスパは、先に中断したところから再開するため息を整える。そして、ゆっくりと霊的中枢を全開へもっていく。

 生み出された霊力を掌にまとめ霊波弾を作り出す。

‘けっこういけるもんだ!’できた霊波弾の霊圧が、予想以上に高いことに満足する。
 この霊圧なら中級魔族が相手でもある程度のダメージがあるはずだ。

 『少しは楽観できるか』と思ったところで、急な脱力感・疲労感が全身を覆う。あわてて、霊力の出力を押さえると同時に霊波弾を解消。霊力を回収する。

体を点検しつつ、状況を分析してみる。
どうも、自分の魂−霊基構造体の性質により霊圧を高めることについてはかなりいけるが、量は人という器に縛られるらしい。
 汲み出すバケツは大きいが、貯められた水は、せいぜいそのバケツ一杯分というところか。バケツ一杯でできることを考えると、はなはだ心細い。

気を取り直し、再度、霊力を掌に集めていく。
 今度は圧力を上げつつ形状を強く意識。光は球ではなく硬質な質感の円盤になる。

‘サイキック・ソーサー‥‥だったっけ’
あの横島が最初に会得した技のはずだ。(他は犠牲になるとはいえ)盾として使える一方で、投げつければ霊波弾としても使える。さらに‥‥
掌に止めたままで腕を一閃する。

かすめたように見えた巻き藁は両断され、上の部分が地面にころがる。

 切断面は鋭利な刃物のそれで、霊刃の特性で魔族の体に対しても近い効果は期待しうる。

 出力的にはもう少しサイズを大きくし霊波刀とすることも可能だが、この形状で隠し技としておいた方が使い道はありそうだ。

そう、例えば、部下であるフォンとしてプローブに近づき、その首筋にこれを‥‥

その光景を思い浮かべ、背筋に嫌な汗が流れるベスパ。任務を達成するのに必要なのは、戦闘力ではなく決断力だと実感する。



居間に戻ったホームズの元に屋敷の主がやってくる。

「それで、何が解ったのかね?」
裏庭のことを聞き終えたモリアーティーは、当然のことのように尋ねる。

「そのことについては、蛍嬢から説明してもらった方が良いでしょう」

「わ‥‥私が?!」裏庭からこちら、ぼやっとしていた蛍はあわてる。

「そうですよ。彼女の動きを見て違和感を感じていたでしょう。私が彼女の相手を務めたのも、違和感を正体を見極めてもらおうと思ったからです」

「そうだったのですか!」絶句する蛍。
 そこまで見通されている以上は包み隠さず話さざるを得ない。
「あくまでも私の判断ですが、フォンの意識は誰か別人のものです。それがフォンの体を操っているものと思います」

爆弾発言のはずだがモリアーティーは驚かない。無言で説明を促す。

「理由は、フォンの動きや技が、本来、身につける格闘術と異なっているからです。記憶がなくとも、修練で身についた動きや技ができるというのは”ある”と思います。しかし、知りもしない動きや技が、記憶のなくなったせいでできるということはあり得ないでしょう」

「でたらめに動いたことが結果的にそう見えたのかもしれんぞ」

「それはないですね」ホームズが言い切る。
「体験した限りでは、どの動きも状況を踏まえ、理にかなったものばかりで、偶然とか『でたらめ』が入り込む余地はないものでした」

辛そうにうなずく蛍。自分の説が補強されるということは、そのまま、妹が乗っ取られていることにつながる。

ホームズはそんな蛍を気遣うように、
「もっとも、今の話は、あくまでも状況証拠ということですがね。早急な断定は拙いと思いますよ」

「『疑わしきは罰せず』か?! そういう甘い判断では、命が幾つあっても足りんだろうよ。我々としては、彼女の意識が別人であるという前提に立った行動を考えるべきだな」
モリアーティーは冷たく総括する。特に反論が出ないことを確認すると、
「状況の一端は明らかになりつつあるが、全体像から言えば、わずかなパーツを得たに過ぎないな。取り憑いている者の正体は? 意図・目的? フォンの意識−魂は、まだ存在するのか? 存在するとして、どこにあるのか? まだまだ、知らねばならんことが山積みだ」

「そのことについては、おいおいと明らかにします。現在のフォンを動かしている人格の”腋”は意外に甘そうですからね。状況を誘導していけば、情報は割と簡単に漏らすことでしょう」

「そこは一任する。可及的速やかに明らかにしてくれたまえ」
そう言ったモリアーティーは蛍に視線を移し、
「そうそう、この件については、蝶々には内緒だぞ」

 うなずく蛍。確証が得られるまで話せることではないことは解っている。
「あと、芦様には、この件をどう伝えますか?」

「今朝、芦君から連絡が入って、しばらくはこちらに来る余裕はないそうだ。であれば、あわてて知らせて余計な手を煩わすこともあるまい。ホームズ君が、もう少し真相を明らかにしてからでも遅くはないさ」
そこで、モリアーティーは、ふと思いついたように、
「そういえば、体を乗っ取っている者を何と呼ぶべきかな? 我々の間だけだが、フォンと区別しておく必要もあるだろう」

「なら、昨日、蛍嬢をルシオラと例えたのにちなみ、『ベスパ』というのはどうですか? フォン−蜂の学名ですよ。けっこう、性格は戦闘的なようですし、似合っていると思いますが」

ホームズの提案は、代わるものもないという理由で受け入れられた。


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