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山の上と下

16 幽霊、人狼、そして… ・中前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 6/10

山の上と下 16 幽霊、人狼、そして… ・中前編

 れいこの声かそれなりにある霊感が反応したのか、横島は落ち着かない様子で辺りを見回す。半ば顔は引きつり、今にも泣き出しそうな感じだ。

杖を片手にれいこが、素早く横島の側に動く。

 それで安心したのか、間近で凄まれたためか、横島は浮かしかけていた腰を落とす。

「良い判断と動きだねぇ」感心しきりのご隠居。その言葉に微笑む智恵。

それから、それぞれが息を詰め待つが、何も起こらない。

時折、見鬼を確かめる智恵。

反応はあるが、こちらに近づいてくる様子はない。もっとも、距離があるためか、正確なところが読みとれない。
しばし迷った後、決断を下す。

 ご隠居たちを促し、横島とれいこのいる所へ。
「下に様子を見に行ってきます。れいこ、ご隠居様たちとここで待ってなさい」

「留守番?!」不満を隠さず答えるれいこ。
「ご隠居たちは、守ってもらわなくてもかまわないって来たんだから、私がついてなくても良いでしょ。私は、お母さんといっしょに‥‥」

「仕事での勝手は許しません!」智恵はぴっしゃりと遮る。
「れいこ、あなたに残ってもらうのは、ここへ幽霊を誘い込んできた時に結界を発動する人がいるからなの。この場で任せられるのはあなただけでしょ」

「そうか、その仕事があったんだ! 任せといて、お母さん、”美神”の名に賭けてやってみせる!」
重要な役目と嬉しそうなれいこ。傍目からは大げさに見えるほど大きく頭を下げ、
「頼りにしてくれているって知らないで、わがまま言ってごめんなさい。お母さん!」

 そんな娘を智恵は強く抱きしめる。
「ホント、この娘ったら! 私に似て、なんて、素直で可愛いんでしょ!!」

しばらくそのままの二人に、あきれ顔のご隠居。
「助さん、格さん。智恵さんって、こう‥‥ いつも、沈着にして冷静って思ってたんだが、けっこう”暑い”ね」

「ですねぇ どさくさで自分のことも褒めてますし」と加江。
何となく声に疲れがある。
無言であることで涼もご隠居と加江に同意を示す。


智恵と当然ように続く涼が見鬼が示した方に向かい、しばらく時が過ぎた頃。

「”美神”さん、大丈夫スッか?」横島が不安そうな声で尋ねる。
「現れた幽霊って、結構、凶悪なんでしょう」

「まあ、霊圧が高いから『凶悪』ってわけじゃないけど。そのつもりでいた方がいいわ」
そう答えたれいこは、不愉快そうに、
「お母さんのことが心配なの? あんたみたいな半端者に心配されるほど、落ちぶれちゃいないわ!」

「智恵様が強いのは判っていますし、格さんだっているから、そっちの心配はしてません。心配なのは、こっちの方なんス こう‥‥ さっきから背中がぞくぞくして。後ろの方から何かが近づいているような気がしませんか?」
『確かめたいが、怖くて振り向けない』と横島。

似たふうに感じているのか、ご隠居と加江も同時にれいこの方に顔を向ける。

「ったく、これだから素人は‥‥」
 れいこの言葉が途切れる。霊感を働かせると、背後、それもかなり近くに、何かがいる気配があった。
‘見鬼に気を取られて見落とすなんて、拙った!! 霊力を押さえ、こっちを窺っているようだけど‥‥ 仕掛けてくるのは時間の問題か。といって、振り返れば、切っ掛けになるだけだし’
気持ちを静め、対応策を巡らす。だてに、物心の付いた時から除霊の場に立ち会ってはいない。
‘一瞬でいいから、相手の気を逸らせばなんとかなる。となると‥‥’

「横島、あんたの霊感も捨てたもんじゃないわね。たしかに、後ろに幽霊がいるわ。ご隠居の話の通り可愛い女の人よ」

「ほ‥‥本当スッか?!」『可愛』の言葉に横島の顔がふやけ始める。
 ふと、気づいたように、
「でも、前を向いたままで、そんなことまで解るんスか?」

真っ当な問いに内心で舌を打つれいこ。さいげなく、
「私ぐらいの霊能者なら、相手が強い霊力を持っていれば、見なくても解るものなの。嘘だと思うんだったら、自分の目で確かめてみれば良いじゃない」

言われるままに、興味と不審を半分ずつ浮かべた横島は振り返ろうとする。

それを見つつれいこは、全身を緊張させる。
 振り返った時に起きる出来事−横島が『驚いて恐慌状態になる』とか『悪霊に襲われる』とか−がつけいる隙を生み出すはずだ。

れいこの意図に勘づいたご隠居と加江も、それぞれが”隙”に備える。

振り返った瞬間、

悪霊との戦いの邪魔にならないよう体を投げ出すご隠居。刀を抜きつつ、ご隠居を守ると同時に悪霊に襲われる横島を助けられる位置に動く加江。

そして、一撃を喰わせようと、霊力を目一杯込めた杖を振りかぶりつつ振り向くれいこ。

それぞれの動きは‥‥ 

「ホントだ!! すっごく可愛い! それに巫女さん姿も初々しい!!」

脳天気な雄叫びに固まってしまう。

たしかに、言葉通りの少女が、二つほどの陰火を従え、幽霊であることを示すように宙に浮かんでいた。

「そこのお嬢さん、お一人で寂しそうじゃないですか?! 不肖、この横島が、側に行って慰めさせていただきまぁぁす」
呆然とした三人にかまわず、横島は言葉半ばに突進、そのまま飛びかかった。

もっとも、(ある意味、当然だが)相手は実体を持たないらしく、横島の体は幽霊をすり抜け地面に滑り込む。
両手を差し出したまま、地面に擦るような跡を残して体を投げ出したままという不細工な姿に、止まっていた三人の”時”が動く。

「この大馬鹿者ぉぉぉ!! 幽霊に押し倒しに行くなんざ、いったい、何を考えとるんじゃぁぁ!!」
怒声と共にれいこは、振りかぶったまま行き所を失った杖を横島に打ち下ろす。

その一撃で、起きあがりかけていた横島は地面と再度対面する。

 地面につっ伏したままの横島の側に立った加江は、刀を擬して、
「『武士の情け』って言葉があるんですけど、止めを刺してあげましょうか?」

苦笑と憐憫が入り交じった顔のご隠居。半ば義務感といった感じで、
「お二人さん、それくらいで勘弁してやんな。今は、忠さんよりも幽霊のことだろ? あの娘をどうするんだ」

『そういえば』と、れいこと加江は意識を横島から幽霊に向ける。

 その幽霊だが、横島の突撃に恐れを抱いたらしく、少し離れた木の陰に逃げ込み、怖々とこちらを見ている。


多少にじみ透けてはいるが、その姿は割とはっきりと見ることができる。

 見かけは横島と同じぐらいの十代の半ば。智恵ほどではないが、同じ年頃の女性に比べれば背丈はある。長く伸ばした黒髪が似合うやさしげな顔立ちにすらりとはしているが女性らしい柔らかそうな体の線、生者であれば、年頃の男どもが放ってはおかないだろう。

 見た目だけの判断は危険と、誰もが考えるが、どうにも”らしく”ない幽霊である。

加江は困惑を隠せないままに、
「れいこちゃん、どうします? それほど、質(たち)が悪そうには見えないのですが」

「そうねぇ」とれいこ。さりげなく幽霊の波動をさぐる。
 幽霊を生み出す理由となることの多い恨みとか執念といった、負の波動が感じられない。まるで、無垢な魂がそのまま幽体になったような感じを受ける。

「とにかく、話かけてみようじゃねぇか。あのお嬢ちゃんなら、捕まえなくても、普通に話ができそうだろ」

ご隠居の提案にそれしかないと一同。れいこを先頭に、幽霊の方に行こうとした矢先。

「”美神”さん?!」と横島。例によっていつの間にか復活している。

唐突な呼びかけに、びくっと体を震わせるれいこ。
「何よ! びっくりするじゃない! まさか、あの幽霊が怖いなんて言うんじゃないでしょうね」

「あんな可愛い娘(こ)を怖がるなんてもったいないことは考えてません!!」
胸を張って否定する横島。可愛ければ、生者も幽霊も区別はないということらしい。
「言いたいのは、あの娘がさっきからここにいるってことは、見鬼が指してたのは何だろうなって、ことなんスっ」

れいこはあわてて見鬼を確認する。指先は、今も、さっきと同じ方向を指していた。

「これって、あの幽霊の他にも霊力を持ったモノがいるってことですね。ひょっとして、‥‥」
言葉を途切らせる加江。
 全員の脳裏に寅吉から聞いた人狼の存在がよぎった。



峠から宿場の方に少し戻ると平坦な場所があった。

 そこにたむろする野須をはじめとする六人。一人足りないのは、田丸が先行しているためだ。その田丸から、追っている一行が峠で腰を据えたとの報があり、なし崩しの休息となった。

一応、くつろいではいるが、それぞれの顔つきは疲労と焦燥で重苦しい。

疲労は、一昨夜の夜旅に加え、昨夜もヤクザに匿われた形の一行夜通しで見張っていたことによるもので、焦燥は獲物を前にしながらも手を出しかねている現状−用心棒の二人に加えあの凄腕らしき女除霊師もとなると、自分たちに勝ち目がないことは良く判っている−による。

 加えて、月明かりはあるものの、左手に広がる森と右手に続く崖の双方が作り出す闇が、いっそう気分を奈落に落とし込む。

「ええい、うっとおしい!!」
 野須は(たまたまだろうが)隣にいた男をいらいらと叱りつけた。

男は一同の中で一番の若さだが、夜中に取り残された童のように、おどおどと周囲に目をやる動作を繰り返していた。

「人里離れた山中とはいえ、そこまで怖がるとは、キサマ、武士として恥ずかしくはないのか?! 恥を知れ、恥を!」

叱責の言葉に男の顔は引きつるが、すぐに、弱々しそうに視線を落とす。
「判っておりますがどうにも不安が拭えないのです。この先の峠は幽霊が出るそうですし、”神隠し”の噂もあります。そんな妖かしの”力”が側にいるようで落ち着けません」

「キサマ、霊感にでも目覚めたのか?!」野須があざ笑う。
「そんな漠然としたことに不安がるのは未熟だからだ! 『人、断じてこれを行えば鬼神もコレを避ける!』 そんな心構えでは、かえって妖かしの者どもを呼び集めることになるわ!」

正論だが、ここのところの言動で上役の本質を知り始めた者たちからすれば、口先だけとしか受け取れない。
 そんな気分を反映した白けた空気が”場”を覆う。

 その空気を読んで野須は顔をしかめる。ことさら荒々しい口調で、
「それにしても、奴らは何をしようとしておるのだ? 真夜中、幽霊が出るという峠で時を過ごすことに何の意味がある!‥‥ そうか。あの爺ぃ、我らを引き回しからかっておるのに違いない! くそっ!! コケにしおって!! どのみち最後は死罪は免れぬ身だ、捕らえたなら俺の手で三途の川に叩き込んで‥‥」

途切れる言葉。霊感などには縁がないはずなのに、背筋をぞくりとさせる気配を感じ取ったためだ。
 そちらに目をやると、浪人らしき身なりの男が佇んでいた。

 ちらりと『格さん』と呼ばれる用心棒が現れたと思ったが、せいぜい体つきが似ているだけの別人だと判る。

 その浪人者は流浪の身らしく、薄汚れたなりをしている。

 普段であれば、嘲笑の一つも投げつけるところだが、何か大切なものを置き忘れたような虚無的な表情と月明かりを寄せ付けないような”負”の威圧感が、言葉を封じる。

柄に手をかけることで、怯える自分を支える。視野の端では、同じように感じているのか、他の者たちも柄に手をかけているのが見える。

身構える六人に対して、浪人者は、微笑みのつもりか口元に歪みをつくる以外の反応を示さない。感情をそぎ落とした平坦な声音で、
「昨夜、今宵と山に漂う面白き”気”に誘われ出向いたが、お前たちではなかったようだな」

「な‥‥ 何の話だ?!」野須は震える声で聞き返す。

「気にすることはない。これから死ぬお前たちには関係のない話だ」
 言葉を切ると同時に、浪人者は動いた。

 『目にも止まらない』としか形容のない素早さで一番端にいた者の前に立つと、片手で首を掴み、軽々と吊り上げた。

「ぐわっ!」吊り上げられた男はうめく。
 喉がつぶれたのか、それ以上の声は出ず、苦悶する顔とあがく足がその苦しさを物語っている。

「の‥‥野須様、あれを!!」誰かの引きつった声がした。

位置関係が変わったため、全員が浪人者の背後−その尻の辺りから伸びた尻尾が目に写る。

ごきっ! その驚きに応えるような鈍い音。
 吊り上げられていた男の全身がいったんは伸びきり、ぐったりとする。不自然に傾いた頭と力無く痙攣する四肢で首の骨が折れたことが判る。

「切れ! 切り捨てろ!!」

 野須がわめくよりも早く斬りかかる四人。人狼を倒す以外に、助かるすべがないことを、本能が悟っていた。

次々に斬りかかるが、太刀筋を見切った人狼は最小限の動きでことごとくをかわす。その間、一人の首筋に手刀を打ち込み昏倒させ、もう一人のあばらの三枚目あたりに掌底を喰らわせ地に這わせる。

 圧倒的な力差に残る二人と後ろの野須はそろって戦意を失う。

 次の犠牲者に迫ろうとした人狼の足が止まった。腕が素早く動くと、手に紙片−破魔符が張り付いている。

 次の瞬間、爆発。同時に刀を抜きはなった男が現れる。

「おお、田丸、良いところに戻ってきた! お前なら人狼とて相手にできよう。奴を何とかしろ!!」

田丸は逃げ腰の野須に冷たい一瞥を投げつけると、
「その期待、応えられぬかもしれません。この者は、拙者がこれまでに出会った悪霊や人外とは桁が違うようです」

「本当か?! なら、儂、儂らはどうなるのだ?」

「命が惜しくば、峠の方にお逃げなさい。ここの気配を察したのか、浪人者と除霊師がこちらに来ています。彼らなら、この人狼とてもおいそれとは手は出せないはずです」

「わ、判った!!」野須は、言葉も惜しいという素早さで身を翻す。
 仲間を見捨てることにもさっきまで敵視していた者に助けを求めることも躊躇はないらしい。

「お前たちも早く逃げろ。無用な義理立てして命を粗末にするものではない」

多少、迷い気味の二人も田丸の言葉に走り去る。

「我が身を盾に仲間を逃がそうというのか、それとも、足手まといは邪魔だと考えたのか。どちらにせよ、なかなか楽しませてくれそうな男よ」

「人外にほめられるとは、拙者もヤキが回ったようだな」
 そっけなく応じた田丸は刀を構え直す。
「それにしても、三人を見逃してくれるとは、お主も『なかなか』優しいではないか」

「追おうとする隙を狙えず残念だったかな」手の内を見透かすように薄く嗤う人狼。
「まあ、見逃したつもりはない。あの程度なら、他に任せても十分だと思っただけだ」

ちらりと、三人が去った方に眼を動かす田丸。
 どうやら主命を果たすどころか、失敗の報告も届けられそうにない。



 坂道を、つまずき転びながらも駆け上る野須。もう少し落ち着けば、かえって速く走れるのだが、それにも気づかないほど動転している。

というのも、背後に迫るモノを感じているからだ。直接、見てはいないが、後に続いていたはずの二人の相次ぐ悲鳴がその存在を証明している。

目の前に星がちらちらし始めたところで、峠の端が見えた。最後の気力を振り絞り、つづら折れを曲がる。
 そこで、ばったりと人影に出くわす。

「人狼!!」そう叫んだ野須は横っ飛びに体を投げ出した。

意識は出くわした相手が昨日の人狼の少女−必ずしも敵ではない−であることは認識していたが、これまでの精神的負荷と”人狼”の認識が反射的な行動を取らせた。
 そして、その行動が崖から身を躍らせる結果になったことに気づいたのは、体が宙に舞った後だった。

犬神の末として神速の反応速度を持つシロだが、思わぬ野須の振る舞いに対応が遅れてしまう。引き留めようと伸ばした手は宙を掴んだだけだ。
すぐ崖っぷちから下を見るが、闇以外に何も見えない。
 細い枝を続けざまに折る音から判断して下までは相当にある。人間であれば、助かることは百に一つもないだろう。


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