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ニューシネマパラダイス

999


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 5/ 6


 月亭可朝に ―――――


 新年度も始まり賑やかさを取り戻し始めた六道女学院
 一文字魔理は購買のパンをパクつきながら、いつもとは違うおキヌの昼食風景を眺めていた。
 因みに家から持ってきた魔理の弁当は、3校時の休み時間に完食している。

 「なー、本当にソレで足りるのか?」

 ソレとはおキヌが手にしているゼリー飲料の事である。
 カロリー補給ではなく、ダイエット時のビタミン・ミネラル補給を目的とした物をおキヌは口にしていた。

 「な、なんとかね・・・」

 おキヌは泣き笑いの様な表情を浮かべる。
 年度末試験明けの自由登校期間と春休み中、美神のペースで暴飲暴食していたツケがウエストサイズに出てしまっていた。
 新年度に向け、クリーニングから返ってきた制服を身につけたときのショックは筆舌に尽くしがたい。
 しかし、本当のショックはそのすぐ後に来た。

 ―――まさか、違う人のだったりして

 微かな望みをかけ、おキヌは足下に落ちていたクリーニング店の伝票を拾おうと体をかがめる。

 プツン!

 腰のホックが破滅の音を立てた瞬間、おキヌはダイエットを固く心に誓ったのだった。




 「一文字さんはそんなに食べて大丈夫なの?」

 「あたし?あたしはホラ、筋肉質だから燃費が悪くてね・・・」

 魔理が自慢げに二の腕の力こぶを見せる。

 「それに、隣りに立てば痩せて見える比較対象がいれば安心よね」

 若干からかうような言い方で弓が会話に加わってきた。
 ヒールのある靴を履かなくなった自分と比べ、魔理がどうだとは弓自身は思っていない。

 「バカ、そんなんじゃねーよ!」

 魔理は顔を赤くし、一気に残りの牛乳を飲み干す。
 パックが小気味いい速度でぺしゃんこになった。

 「だけど気をつけろよな! 急激なダイエットって危ないらしいぞ・・・胸から痩せるヤツがたまにいるって話だし」

 照れ隠しに口にした魔理の一言はおキヌに少なからず衝撃を与えていた。
 そーっと胸元を引っ張り視線を落とすと、気のせいではなくブラと胸の肉との間に隙間が空いている。
 それはそれでイイとの意見もあるが、生憎おキヌの意識はその様なマニアな電波を受信しなかった。

 「こ、コレが逆境ねっ! しかし、夏までにはなんとか・・・」

 ようやく鳴った休み時間終了のチャイムに促され、おキヌはふらふらと自分の席に戻っていく。
 その足取りに力がないのはダイエットのせいか、はたまた精神的ショックのせいか。
 心配そうな目をおキヌに向けた魔理に弓は小声で囁く。

 「無理も無いわね、気になる人の近くにお姉様みたいなヒトがいるんだから・・・だけど、体を壊すのが心配だわ」

 「ああ、帰りにおキヌちゃんを誘って体に良さそうなもんでも食べに行くか」

 しかし二人の友人の気遣いも空しく、放課後、おキヌは二人の誘いを辞退し一人トボトボと家路についたのだった。







 帰り道
 おキヌは事務所から三つ手前の停留所で降車ボタンを押す。
 ここからなら事務所まで徒歩30分の距離で有酸素運動にはなる。
 胸以外の脂肪細胞が燃焼することを祈りながら、おキヌは事務所を目指し歩き始めた。

 「珍しいね制服姿なんて」

 商店街にさしかかり普段買い物する肉屋の主人が声をかけてくる。
 シロが大量に消費するため、主人とはすっかり顔なじみとなっていた。

 「ええ、ちょっと気分転換に」

 おキヌは愛想笑いを浮かべると、そそくさとその店の前を通り過ぎる。
 店主の呼びかけが背中にぶつかったが、おキヌは申し訳ないと思いつつ聞こえないふりをした。
 彼はいつも店の前を通る度に、おキヌにはコロッケ、シロにはメンチカツを持たせてくれるのだ。
 シロと散歩中の横島にもくれるところをみると、ここの主人は美神事務所のファンらしい。
 揚げたてのコロッケをかじりながらの帰宅は魅力的だったが、いまのおキヌにとって揚げ物は鬼門だった。
 食べたら最後、停留所三つ分の消費カロリーを補ってお釣りが来る。

 く〜きゅるるるる

 おキヌは自分のお腹から聞こえた音にハッとする。
 誰かに聞かれなかったか慌てて周囲を見回すと、電気屋の店先にある大画面液晶に目が止まった。
 画面の中では、美神を彷彿とさせるプロポーションの外国人女性がビキニ姿で砂浜を歩いている。
 歩く度に弾むように上下する彼女の胸を見て、おキヌは寂しげな表情を浮かべた。

 「うらやましい・・・・・・」

 無意識に口から出た言葉におキヌは気付いていない。
 涙ぐましい努力をしても手に入らない理想のプロポーションがそこにはあった。



 「わかるわその気持ち・・・」

 急に声をかけられおキヌは驚いたように後ろを振り返る。
 そこには、黒い毛皮のロングコートを着込み、それと同色のロシア人が被るような毛皮の帽子をした女性が立っていた。
 春だというのに暑っ苦しいことこの上ない格好である。

 「あ、あなたは?」

 「私の名はデーテル・・・」

 愁いを帯びた長いまつげを震わせ女はこう名乗った。

 「・・・・・・・・」

 おキヌの目はデーテル服装ではなく、体のある部分に釘付けとなっている。
 名は体を表すとの言葉通り、デーテルの体は出ているところはちゃんと出ていた。

 「あなた名前は?」

 「あ、はい、氷室キヌです」

 胸を凝視していたことを咎められた気がしておキヌは慌てたように名乗る。
 ひょっとしたら美神以上のプロポーションかも知れなかった。
 デーテルは神秘的な微笑みを浮かべると、おキヌに優しく笑いかける。

 「あなた、プロポーションで悩んでいるわね・・・隠してもダメ! ちゃんと顔に出ているわ」

 絶対の確信を持ったデーテルの言葉に、おキヌは観念するように肯いた。

 「最近少し太っちゃって・・・慌ててダイエットしたんですけど、今度は胸が・・・美神さ・・・このビデオのヒトみたいな体型は私には無理ですね」

 「無理じゃないわよ」

 その言葉におキヌはすがるような視線を向ける。
 デーテルは微笑みながらおキヌにこう呟いた。

 「氷室さん、私と【999】に乗りなさい」

 「はい?」

 なんの事かわからないとでも言うようにおキヌが首をかしげる。
 薄いリアクションにも負けず、デーテルは更に先を続ける。

 「あなたは【999】に乗って私と旅をするの・・・そうすれば終着駅で手にすることができる! 理想の体・・・気になる異性からあんな期待や、こんな期待をされてしまう【期待の体】をっ!!!」

 デーテルは力一杯こう宣言すると、おキヌに一枚のパスを手渡す。

 「あなたの体もそうやって手にいれたんですかっ!?」

 おキヌの問いにハッキリ答えようとはせず、デーテルは意味深な微笑みを浮かべるとゆっくりとこう呟く。

 「私の名はデーテル・・・氷室さん【999】に乗りなさい。出発は東京駅の9番ホーム、9時9分ジャスト」

 「ち、ちょっと待ってください!! 私の質問に・・・・」



 パァプゥ〜

 間抜けな、しかし年期が入っていないと吹けない豆腐屋のラッパが耳元で鳴る。
 その音におキヌの意識は一瞬で現実に引き戻された。

 「・・・幻?」

 おキヌは周囲を見回し不思議そうな顔をする。
 デーテルと名乗った女は幻の様にその姿を消していた。
 しかし、自分の手に握られたパスに気付き、おキヌは今あった事が紛れもない現実であると理解する。
 手の中のパスにはこう書かれていた。


  因果超特急 【999】

   貧乳 → 巨乳

   期限 無期限










 「また、豆腐でござるか〜」

 帰宅したおキヌが手にした包みを見て、シロが残念そうな声をあげた。
 ここ数日、豆腐のヘビーローテーションが美神事務所を襲っている。
 長期的なダイエットに切り替えるつもりのおキヌは、今日は別メニューを考えていた。
 流しの豆腐屋で買い物したのは、豆腐屋が現れたタイミングとその直後に美神から入ったメールが原因である。

 「私は油揚げがあればOKだけどね」

 別段、動物性蛋白に執着しないタマモが情けない表情を浮かべたシロに笑いかける。
 シロはともかく、タマモはおキヌのダイエット事情を察していた。

 「無いわよ、油揚げ」

 「え! どうしてよ!!」

 おキヌの言葉に不満の声をあげるタマモだったが、包みの中に入っていた焼き目の入った豆腐としらたきに気付き意外そうな顔をする。
 ダイエットの断念か、または必要が無くなったのか?

 「美神さんからメールでね・・・今夜はすき焼きだそうよ」

 おキヌはこう言うともう一つの買い物袋を持ち上げる。
 その中には、葉物と瑞々しい白ネギが入っていた。

 「へえー、横島と一緒に午後から出かけてると思ったら何かいいことあったのかしら?」

 「そう言うこと!」

 満面の笑顔と、肉屋の包みを抱えおキヌの背後から横島が現れる。

 「先生っ!!」

 「控えおろう!!!」

 横島の登場にいつものように飛びつこうとしたシロだったが、横島の差し出した包みに神々しい何かを感じひれ伏してしまう。

 「この包みを何と心得る! グラム2000円以上する、某国産ブランド和牛霜降りすき焼き用なるぞ!! 頭が高い!!!」

 「へへーっ!!」

 「玄関先で恥ずかしいコントをやらないっ! 普段ろくな物食べさせてないみたいじゃない!!」

 ここ数日の動物性蛋白の枯渇に思わずハイになった馬鹿師弟の頭部を、駐車のため少し遅れてきた美神が軽くこづく。
 しかし、ここ数日の豆腐攻勢に美神自身辟易していたのか、苦笑いを浮かべるとおキヌにすまなそうに手を合わせた。

 「おキヌちゃん、悪いんだけど今日の夕食は早めにしてくれない? この馬鹿たちが待ちきれなくてはしゃぐのも何だし・・・」

 妙に上機嫌な美神に曖昧な笑顔を返し、おキヌは一旦カロリーの事は忘れ夕食の支度に取りかかることにした。







 「コラ、シロッ! その肉は俺が育てている最中だぞっ!!」

 「いーではござらんか、それにレアっぽい方が肉の味がよくわかるでござるよ!」

 夕食が開始してから数分、争うように食べる横島とシロのペースは一向に衰える様子をみせなかった。
 その様子に美神は苦笑いを浮かべながら何処か楽しげに箸を進める。
 おキヌは以前、美神が事務所のメンバーと鍋を囲んだとき、家庭で鍋をやるのが初めてと呟いたことを思い出していた。

 「だめよ、おキヌちゃん! 全然、肉食べてないじゃない!! ほら、コレ煮えているわよ」

 「あ、ありがとうございます」

 「このメンバーで鍋を囲むと、油断すると全部食べられちゃうからね」

 おキヌは器を差し出し、美神がとってくれた肉を受け取る。
 先程からおキヌは、ネギ、豆腐、しらたき、葉物のローテーションを繰り返すばかりだった。
 自分を家族として扱う美神の気遣いに、おキヌはダイエットを諦め盛られた肉を口へと運ぶ。
 咀嚼の際に、脂肪分がウエストではなくバストに向かうよう強く念じながら。



 大量に買われた肉が全て消費され、横島とシロの胃が満たされた頃ようやく事務所に静けさが訪れていた。
 おキヌは各人に食後のお茶を注ぐと、自身も脂でコーティングされたような口腔内を濃いめのお茶で洗い流す。

 「それで、いい事って何があったんですか?」

 「そんな大した事じゃないんだけどね・・・」

 美神は横島に目配せする。
 その様子におキヌの心に小さなさざ波が立った。

 「今日、ハワイにある大手のリゾートホテルから仕事の依頼があってね・・・ビーチに現れる霊団について相談されたのよ!!」

 「え? それって・・・」

 「そう! 向こうはおキヌちゃんの能力を高く評価していてね! ヤッパ嬉しいじゃない、自分の事務所のスタッフが高い評価を受けるなんて!!」

 美神が若干照れたように言った台詞はおキヌを金縛りにする。
 おキヌは恐る恐る質問を口にした。

 「それって仕事の依頼ってことですよね?」

 「そうよ! GWの初日からハワイ入り!! 社長の自家用ジェットだからシロとタマモも連れて行けるわよ!! あ、当然水着は必須ね、いっそ新調しようかしら!?」

 おキヌは泥沼にはまっていく自分をイメージしていた。
 水着になりたくないという理由だけで断れるような状況ではない。
 それに自分が評価されたことで、これだけ上機嫌になる美神の期待を裏切るわけにはいかなかった。 
 おキヌはワナワナと震えながらようやく言葉を発する。


 「こ、コレが本当の逆境・・・!」


 しかし、おキヌの魂の叫びは思わぬ事態にはしゃぎまわるシロとタマモの歓声にかき消されていた。

 「嬉しいでござる!! 本当に拙者たちも行けるでござるかっ!!」

 「ええ、出入国の審査だけ獣形態で乗り切ればあとはなんとでもなるわ!!」

 本当らしい美神の返事にシロとタマモはその場でぴょんぴょん跳び回る。
 持って行く水着の相談をし始めた二人を他所に、おキヌは微かな違和感を感じていた。
 ビーチリゾートで毎度のように暴走する横島が今回は何故か大人しいのだ。

 ―――横島さんそんなに行きたくないのかな?それなら・・・・

 おキヌは横島には悪いと思いながらも、横島の前で水着になりたくない自己の都合を最優先させる。
 横島のセクハラの可能性を臭わせ、おキヌは横島の随行を中止させる手に打って出ようとした。

 「でもいいんですか? 横島さんが海外に行ったら若い・・・・」

 「ハハハ、ナニを言うんだねおキヌちゃん。この世に二人といないプロポーションの美神さんで耐性をつけたボクが、海外の若い巨乳に目を奪われるとデモ? 馬鹿を言っちゃあいけまセン」

 海外旅行の機会を失いたくない一心で、横島は美神の魅力をあらん限りのボキャブラリーを駆使し表現する。
 GWに一人日本にのこされ飢餓状態を味わうのは絶対に御免だった。
 実は依頼先の応接室でも、横島の随行を躊躇した美神に対し彼は同じ台詞を高らかに歌い上げている。
 この事が今夜の夕食のメニューを決定づけた事に、横島本人は気付いていないのだが・・・
 しかし、おキヌは横島が口にする美神賛美にその小さな胸を必要以上に痛めていた。
 

 「さて、そうと決まれば計画を立てなくっちゃね!! 横島君!!」

 「ハイ! わかりましたっ!!」

 美神の合図にヨイショを中断した横島は、何処からともなくホワイトボードを出現させる。
 主に性教育を行うときに発現する具現化能力だが、こう言うときは大変重宝する。 
 その晩、美神事務所はいつになく賑やかだった。

 仕事を速攻で片付け、後の日程は全てリゾートに費やすための計画が熱く語られている。
 インターネットやガイドブックを駆使し、次々にホワイトボードに行程が書き込まれていった。
 しかし、シロやタマモも交えたリゾート会議におキヌの姿はない。
 夕食の後片付けと思いこんでいた美神たちが、おキヌが姿を消したことに気付いたのは会議開始から30分後のことだった。






 東京駅9番ホーム
 事務所を後にしたおキヌは真っ直ぐ東京駅へ向かっていた。
 約束の時間まであと30分程だったが、駅のホームにはそれらしい列車は存在しない。

 「よく来たわね・・・」

 駅の雑踏の中でも一際目立つデーテルがゆっくりと歩み寄ってくる。
 不思議と周囲の注目は集めていなかった。

 「本当に列車に乗るだけで【期待の体】が手に入るんですか?」

 おキヌは真剣な表情でデーテルに問いかける。
 先程から横島が美神のプロポーションを褒める言葉が頭の中で渦を巻いていた。

 「ええ、それは約束するわ・・・」

 デーテルはおキヌの手を握ると足早にホームの端まで歩いていく。
 そしてホームの端を踏み越え転落の予感におキヌがきつく目を閉じようとした瞬間、周囲の光景が一転した。

 「これは!?」

 「ここが因果鉄道の駅・・・ようこそ【999】へ」 

 先程までとは異なる駅のホームには黒光りするSLが停車している。
 おキヌは周囲の光景が変わる瞬間に感じた違和感に、この場所が外界と切り離された空間にあることを理解した。

 「その方が次の乗客ですか?」

 停車しているSLからノースリーブの衣装を着た女が降りてきた。
 おキヌは、デーテルに負けず劣らずの胸をもった女の登場に口元を微かに引きつらせる。
 女は肩口からずり落ちたブラヒモを直すと、おキヌに向かい礼儀正しく事務的な挨拶をする。

 「初めまして、私は【999】の車掌です。早速、乗車券を拝見します」

 「あ、はい、どうぞ・・・・」

 おキヌは促されるまま先程渡されたパスを提示する。
 一通り目を通してから、女はおキヌにパスを返却した。

 「それでは氷室様を座席にご案内します。デーテルさんはいつも通り出発の手続きを・・・」

 デーテルが何処かに歩み去るのを見送ってから、女は踵を返すとずり落ちたブラヒモを直しながら車内へと入っていく。
 古めかしい板張りの床が二人の歩行により微かに軋んだ。

 「こちらが座席になっています」

 全席指定らしく、ホームに面したボックスの窓際がおキヌの席だった。

 「あの・・・」

 「どうかしましたか?」

 先程までの事務的な表情に綻びが生じる。
 車掌はおキヌの表情に若干の迷いを感じ取っていた。

 「あなたもこの列車で手に入れたんですか?・・・その・・・胸を」

 唐突な質問に車掌のブラヒモがずり落ちる。
 彼女は自嘲気味な表情を浮かべ、ブラヒモを直すと小さく肯いた。

 「そう・・・私もデーテルさんに連れられてこの体を手に入れたの、でもね・・・」

 車掌はゆっくりと首を一回しすると自分の肩をトントンと叩いた。

 「実際なってみると肩こりが酷くって・・・」

 車掌の台詞はおキヌの耳には入っていなかった。
 おキヌは叩く度にドプリン、ドプリンと揺れる車掌の胸に目を奪われている。

 「それに、可愛らしい下着ってこのサイズじゃあまりないのよね」

 「そんなの贅沢な悩みです!!」

 巨乳の愚痴に付き合いきれずおキヌは思わず声を荒立てる。

 「目的地まで一体どれくらいで着くんですか? 私、GW迄にどうしても・・・」

 「安心して・・・そんな長旅にはならないの。目的地にはすぐ着くわ」

 車掌が長編を書けない作者の力量を見透かしたような台詞を口にしたとき、彼女の目はホームに現れた人影に気付く。
 彼女はずり落ちたブラヒモを直しながら、おキヌに車窓から見える光景を指し示した。

 「でもね氷室さん、もう一度考え直してみない? あなたには迎えに来てくれるヒトもいるみたいだし」

 車掌が指し示す先にはホームに駆け込んできたシロとタマモの姿があった。







 「シロちゃん! それにタマモちゃんも!!」

 ホームに駆け込んできた二人の姿に、おキヌは驚きの声をあげると列車を飛び降りた。

 「おキヌ殿、急にいなくなったので心配したでござるよ!」

 「そうよ! それにナニ、この怪しい列車は!!」

 「そんなことよりどうしてココが? それに横島さんや美神さんもココに来ているの!?」

 後先考えない行動であることは自分でも良く分かっている。
 それだけに、その原因となった二人に旅の目的を知られるのは気まず過ぎた。

 「そんなのニオイを辿れば簡単よ!! それより・・・」

 「そうでござる!! ココに辿り着いた瞬間、美神殿が強力な結界に!!」

 シロが指し示した本当の東京駅との接点で、美神は強力な力に押しつぶされ仰向けに地面に張り付いていた。
 その旁らには心配そうに美神に付きそう横島の姿があった。

 「どうして美神さんだけが!?」

 「そうなのでござる!! 拙者たちや先生には何の影響もないのでござるが、美神殿だけがここに入った瞬間に・・・」

 「対巨乳結界が発動したのよ・・・」

 「誰だお前はッ!!」

 不意に背後から声をかけられ、シロはおキヌとタマモを背後に庇うように霊波刀を出現させる。

 「私の名はデーテル・・・」

 目の前に現れた巨乳に呆然とするシロ。
 デーテルはそんなシロの様子を無視するように結界にとらわれた美神を指さした。

 「あの女が持っているのは紛れもなく【戦士の乳(にゅう)】、期待化帝国を滅ぼす破壊力の持ち主を【999】に近づける訳にはいかない・・・」

 デーテルは忌々しそうに美神の胸を指さす。
 高重力の結界に押しつぶされていても、美神の胸はその美しい形を崩してはいなかった。
 デーテルは結界内でも自由に動ける慎ましい胸の三人に優しい笑顔を向け直す。

 「氷室さんはこれから【期待の体】を手に入れる旅に出るの。よかったらあなたたちも行かない?」

 デーテルの胸に釘付けだったシロとタマモは意外な申し出に我に返る。

 「せ、拙者たちはまだ成長期でござる!」

 「そ、そうよ! まるで私たちの胸がお父さん似決定みたいな決めつけは失礼よ!!」

 二人は一瞬だけぐらついた気持ちを奮い立たすよう未来の希望を口にした。
 その影で傷ついた、お父さん似決定らしいおキヌの存在に二人は気づいていない。

 「しずかちゃん・・・」

 ボソリと口にしたデーテルの言葉にシロとタマモは戦慄する。

 「い、一体どういう意味でござるか!!」

 「いや、別に・・・この業界、ずっと成長しないなんて珍しくもないからね・・・」

 デーテルが言わんとしている事を理解した二人は、自分たちの成長したイメージがあっけなく霧散したことに冷や汗を流す。
 それに追い打ちをかけるようにデーテルは更に口を開いた。

 「ソレはソレでいいかもね・・・しずかちゃんのお風呂シーンも、ロ・・・特殊な趣味の男には需要があるみたいだし。あなたたちもその需要を満たす方向で行くというのなら・・・」

 「ひいいいいい」×2

 特殊な需要を満たす自分の姿に、思わず頭を抱えるシロとタマモ。
 肉を切らせて骨を断つ覚悟は完了していないらしい。
 十分に二人の精神が揺さぶれた事を確認すると、デーテルは止めとばかりに指先を一つ鳴らす。
 その音を合図にSL形態だった【999】が徐々にその輪郭を変貌させていった。



 「ま、マズイ・・・横島、ワタシに構わずあの3人を止めなさい。このままじゃ、あの3人が何処かに連れて行かれちゃう・・・・」

 呼吸をするのも困難な様子の美神が、息も絶え絶えに横島に指示をだす。
 美神と横島には、3人とデーテルの会話が聞こえていない。

 「え、でも・・・」

 「いいから早く行くのよっ!!」

 姿を変えた【999】を見たおキヌたち3人は一切の抵抗の意思を奪われた様だった。
 ふらふらと夢遊病患者の足取りで乗車口へと動き出す。
 【999】は200系新幹線へとその姿を変貌させていたのだった。












 「あ、あああああ・・・・」×3

 目の前で起こる【999】の変貌に3人は驚きの声を隠せなかった。
 平たんなSLの前面だったソレは、200系の見事な流線型へと姿を変えている。

 「どう? この美しいライン・・・【999】に乗ればこのあなたたちもこのラインを手に入れる事ができるのよ」

 「この形が・・・」×3

 三人は夢遊病患者のようにふらふらと乗車口に歩み寄る。
 新たな旅の始まりに、デーテルの口元に笑みが浮かぶ。


 「待つんだ! おキヌちゃん! シロ、タマモ!!」


 しかし、その笑みは走り込んでくる横島の叫びに打ち消された。
 名を呼ばれた3人の目に再び意思の光が戻る。

 「横島さん・・・」

 淡い期待を込めたおキヌの視線に気付き、デーテルはおキヌのこの男に向けた気持ちを理解する。
 そして駄目押しとばかりに、こちらへ走り込んでくる横島を結界に捕らえた。

 「グッ・・・何をする気だ貴様!!」

 「よく聞きなさい。これからこの三人は【期待の体】を手に入れる旅に出るの・・・」

 「・・・【期待の体】だと?」

 「そう・・・気になる異性の目を釘付けにする【期待の体】・・・嬉しいでしょ。あの子たちもこんな風になるのよ」

 デーテルはこう言うとおもむろに着ている毛皮のコートをはだける。
 おキヌたち3人の目には、透けるように白いデーテルの背中が見えた。
 3人には見えないが、ブラジャーを着けていないデーテルの前に立つ横島の目前で、その見事なバストが露わになっているはずだった。

 「・・・・・・・・・・・・・・」×3

 固唾を飲んだ3人は横島の反応を待った。



 

 「クッ・・・よりにもよって横島に何てこと聞くのよ!!」

 丁度、自分とおキヌたちの中間で行われたやりとりに、美神はようやく進展している事態を理解した。
 横島の返事次第ではおキヌたち3人は旅立ってしまう。
 呆然と立ちつくす横島の向こうで、デーテルがコートをはだける。
 美神の目には横島が影となり見えないが、自分と比べても遜色のないサイズのバストが横島の目の前で露わになっているはずだった。

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 美神は固唾を飲み横島の反応を待った。





 「3人の胸がこんな風に・・・・・」

 目の前の光景に干涸らびたような声で横島が呟く。
 緊張のため喉がカラカラになっていた。

 「そう・・・嬉しいでしょ」

 絶対の自信をもって浮かべたデーテルの笑顔。
 しかし、横島は彼女の胸から視線を外すとおキヌたち3人を見てこう呼びかけた。

 「みんな考え直すんだ! 自分の体は大切にしなきゃ!!」

 「!」×4

 心の底から予想外の一言に、事務所のメンバーたちは驚きに目を見開いた。
 しかし、それ以上の驚きの表情を浮かべたデーテルは慌てたようにはだけたコートを着直す。
 急に羞恥の感情が湧いたのかその顔は真っ赤になっていた。

 「どうしてっ!! 男は大きい方が好きなんでしょっ!!」

 感情的に叫ぶデーテルに横島は真顔で向き直る。

 「確かに魅力的な形ではあるけれど、そこだけに惚れる訳じゃないからね・・・」

 その目は欲情と恋愛は別だと語っているように見えた。
 少年は遙かに大人だったらしい。

 「横島さん・・・・」

 「先生・・・・・」

 おキヌとシロは横島の言葉に感激の声を漏らす。
 結界に捕らえられたままの美神は、複雑な心境できつく拳を握りしめた。

 「デーテルさん! すみません、私【期待の体】は要りません!!」 

 おキヌはきっぱりと宣言すると急いで横島の元へと向かう。
 シロ、タマモの二人もその後を追った。

 「負けたわ・・・今回だけはね」

 こう呟いたデーテルの声におキヌが振り返ると、その輪郭が次第にぼやけてくるのが見えた。
 いや、デーテルだけでなく【999】も次第にその姿を霞ませている。

 「私の名はデーテル・・・青春の幻影。そして【999】は思春期に感じるコンプレックスの集合体・・・・・・」

 デーテルがこう言い残し完全に姿を消すと、美神事務所のメンバーたちは東京駅9番ホームに立ちつくす自分たちの姿に気付いたのだった。








 「おキヌちゃん! これからは変なのについてっちゃダメよ!! 本当に心配したんだから!!」

 徒歩での帰り道
 おキヌの追跡のため、珍しく車以外の移動手段をとっていた美神が今回のおキヌの行動をたしなめる。
 すれ違う男たちがほぼ例外なく美神を振り返ったが、おキヌにはそんなことはもう気にならなかった。

 「すみませんでした。以後気をつけます・・・本当に御免なさい」

 深々と頭を下げたものの、おキヌの口元には笑みが浮かんでいる。
 先程の横島の一言は、ここ数日のおキヌの悩みをきれいサッパリ吹き飛ばしていた。

 「それにしても・・・さっきは胆が冷えたわ! 横島にあんなコト聞くなんて・・・本気でダメかと思ったわよ!!」

 「マジで信用ないっスね俺・・・」

 美神の隣を歩いていた横島が苦笑する。

 「今までのアンタの行動を見りゃ仕方ないでしょ!!・・・・・・でもね横島」

 美神は照れくさそうに上空の月を見上げる。

 「アンタもいい男になったってことなのかしらね・・・」

 「そうでござる!! 先程の先生の言葉、拙者感動したでござる!!」

 耳まで真っ赤にしてようやく口にした美神の一言は、激しく同意したシロの言葉にあっけなくスルーされる。
 シロはひとしきり欲情に流されなかった横島を褒め称えると、タマモやおキヌにも同意を求めた。

 「いや、シロ! そんなに褒められると逆に居心地が悪くなるって・・・」

 本当に居心地悪そうな顔をした横島に、タマモとおキヌが笑いかける。

 「最初はタダのスケベだと思ってたけど、見た目だけじゃなくちゃんと女の子の本質を見れるってコトよね! 見直したわ横島!!」

 「私は最初から知ってましたけどね・・・だけど急に自分に自信が無くなっちゃって・・・でも、横島さんはやっぱり横島さんでした」

 あちこちから聞こえる賞賛の声に、横島は更に居心地の悪そうな表情を浮かべる。
 彼の意に反するように、この事件は彼の評価を急上昇させた様だった。











 尤もソレは、「デーテルの乳輪がでかく色も茶色だった」とうっかり口を滑らす迄の、ほんの僅かな間の事ではあるが・・・



 その時の女性陣の反応は推して知るべし。



 ――― スリーナイン ―――

       終


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