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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter3.EMPRESS『今にも崩れ落ちそうな』


投稿者名:詠夢
投稿日時:06/ 5/ 6


ひとつ。またひとつ。

シャツのボタンが焦らすように、誘うように外されていく。

伏せられた目にかかる睫が、物憂げにも儚げにもその表情を彩り。

するりと肌けた肩は、透き通るように白く、絹のように滑らかで。

その細い肩越しに見える頤(おとがい)が、優美な線を描く。

顕になった剥きだしの背中を滑り、はらりと床に落ちる衣服。

その様は、何気ないものでありながら、否応無く見るものに艶を感じさせた。

たおやかな指先が、そっ…と髪に差し込まれて─。





















刻真は、カチューシャを外して落とした。


「って、ふざけんなあぁぁぁ──ッ!!」

「五月蝿い!!」


横島の魂の叫びを、刻真は即座に拳を叩き込んで沈める。

床に倒れ伏した横島を見下ろし、上半身を晒したまま刻真は叫ぶ。


「人の着替え中に変なモノローグつけた挙句に逆ギレか!? ふざけるなはこっちの台詞だ!! 何だよ、一体!?」

「何だ、だと…!?」


ゆらり、と。

鬼気さえまとって立ち上がった横島に、刻真も思わず「う…っ!」と気圧されて後退る。

そこへ畳み掛けるように、横島はくわっと形相を変じて咆哮する。


「テメェこそ、その台詞そのまま返しちゃるわぁ─ッ!!
 何だ、その無駄な色気は、艶かしさはッ!?
 一体全体、何が悲しゅうてヤローの生着替えに、あんな文章をつけねばならん!?
 本当だったらお前、あーゆーのは小竜姫様とかおキヌちゃんの着替えシーンにつけるべきサービスだろうが!!」


一気にまくしたてると、その勢いのまま「見ろ!!」といって周囲を示す。


「お前のせいで、周りの男性客全員、なんだかいたたまれない気分になっちまったじゃねーか!!」


横島の言葉に、気まずげに視線を逸らす者が数人。

まだ幼い少年が、刻真を指差しつつ親に向かって「あのお姉ちゃん、入る方間違えてるよ」とか言ってる。

そう、ここは銭湯の脱衣所である。

番台に座った婆さんに人数分の料金を払い、いざ─というところで問題が発生した。

刻真が男湯側に入った途端、小さなざわめきが。

服に手をかけた時点で、さらに大きなざわめきが。

そして実際に脱衣を始めてみれば、異様な静けさが男子脱衣所を包んだのだった。


「そんなこと俺が知るかッ!! 大体、いくら何でも、胸見れば男だって─!!」

「ペッタ胸の女に見えるぞ。」

「─……だったら、壁でも見てろ──ッ!!」


ふたたび、刻真の絶叫と共に神速の拳が、横島の顔面を貫いた。





          ◆◇◆





ざんっ! と頭から冷水を被ると、少しだけ心身ともに引き締まった気がする。

小竜姫は、女性としても少々小柄な体を震わせて、そのまま湯船に浸かると壁に背を預ける。

隣からは、「生脱ぎシーン終わっちまったじゃねぇか!!」「入浴シーンで十分だろうが!!」という声が聞こえてきたり。

そんな雑音を何とはなしに聞きながら、沈んだ表情で揺れる水面を見つめる小竜姫。


「ほーらまた。なに、考え込んでるの?」


ふいに声をかけられ見上げれば、タマモがタオルを胸元に当ててこちらを見下ろしていた。

小竜姫は、なるべく不自然にならぬよう気をつけながら笑顔を返す。


「いえ…別に。」

「刻真?」

「…ッ!?」


事も無げにタマモが言い放った名前に、目を見開く小竜姫。

驚愕する小竜姫をよそに、タマモは何食わぬ顔で隣に腰を下ろす。


「やっぱりね。分かりやすすぎ。この前の仕事が終わってから、ずっと刻真のこと睨んでるって、自分でわかってる?」

「う…。」


押し黙る小竜姫を、ちらりと横目にしてタマモは言葉を続ける。


「まあ、その気持ちもわかんないでもないよ。あいつ、怪しすぎるもん。」


初めて出会った時に感じ取った、あの匂い。そして、夏子の事件のときに見たあの力。

隙をみては問い詰めているものの、その度に刻真にはぐらかされていて、少しだけ面白くないと感じていた。


「…どうして、何も話してくれないんでしょうか。」

「話したくないことって、やっぱあるんじゃない?」


それはそれとして、タマモは小竜姫に返した返事の通り、無理に聞き出さずともよいと思っていた。

いや、むしろ聞き出せないといった方が正しいのか。

そんな素振りなどまったく見せない刻真だが、ひしひしと拒絶の意思だけは伝わってくる。

タマモはそれをひどく脆いものだと感じた。

拒絶の意思そのものも脆いなら、その内にあるものも脆いと。

刻真はただそれを、今にも壊れて崩れ落ちそうなそれを、何を支えにしているのかは知らないが必死に繋ぎとめているだけなのだ。

きっと、小竜姫や美智恵なんかも無意識のうちにそれを感じ取っているのだ。だから聞きだそうとしない。


(だけど…それじゃ、ただイタズラに心配になるだけだよね…。)


小竜姫をちらりと横目で見ながら、タマモは内心苦笑する。

一度でも関わりを持てば、そこに情が生まれることもある。ようするに寝覚めが悪いというやつだ。

ましてや、小竜姫はかなりのお人よしなのだから。


「まあ、とにかく今は、刻真が話してくれるのを待つしかないんじゃ─ブッ!?」

「キャア?!」


バシャッ!! と、お湯が二人の顔に盛大にかかる。

ぽたぽたと水滴をたらしながら、こめかみを引くつかせてタマモが吠える。


「ちょっと!! そこの馬鹿犬とガキん蝶!! 湯船で遊ぶんじゃないわよ、みっともない!!」

「う…いや、そのそれはどうしようもなく体が疼いて…って狼でござる!!」

「が、ガキん蝶?! 聞き捨てならないでちゅ!! そんな侮辱は生まれてこの方初めてでちゅ!!」


タマモの怒声に、犬掻きをしていたシロが罰悪そうに、だがそこだけは譲れないとばかりにパピリオと一緒になって反論する。

頭痛を起こしたようにこめかみを抑えながら、タマモは保護者の姿を探す。


「もう、おキヌちゃんは!? こいつらの面倒見るのって大抵おキヌちゃんの役目…!!」


だが、その言葉は途中で飲み込まれる。

おキヌは湯船の端に居た。

だが、その目はじっとある方向に向けて注がれている。

その先には、肌を磨く若い女性客たち。

さらに正確に言えば、彼女らが腕を動かし体を擦るたびに揺れ動く、ふたつの物体。

ついでに付け加えるならば、おキヌの手は彼女らのその物体の位置に相当する部分を掴んで…否、掴むというか触れていた。

おキヌのその部位は、ささやかであった。


「………いいなぁ。」


ぽつりと呟かれた一言は、穏やかでありながら血が滲むようなコメントだった。

さすがに居たたまれず、フリーズしているタマモに代わり、小竜姫が声をかける。


「あ、あの、おキヌちゃん…。」


ゆらぁと、幽体離脱してもいないのに人魂を浮かべながら振り向くおキヌ。

その視線が、小竜姫、タマモ、シロ、パピリオと順に巡り。

うん、と少しだけ目に輝きを取り戻すおキヌ。


「って、何でそこで自信を回復させてるんですか!!」

「どういう意味よ、おキヌちゃん!!」

「拙者の方が大きいでござる!!」

「その反応は、さっきのタマモの台詞より屈辱的でちゅ!!」


傷つけられた女の矜持が浴場によく響いた。

とりあえず、この場に美神がいたらさぞ泥沼になっていただろう。





          ◆◇◆





一方その頃の刻真は、湯に肩までつかり、じっと瞼を閉じて静かに汗を流していた。

他の男性客から、ちらちらと向けられる視線がうざったい事この上なかったが、とりあえず黙殺する。

すぐ隣、自分の手が沈めてある辺りからぼこぼこと激しく気泡があがってるのは、それ以上に無視する。

銭湯=覗きという王道ネタを敢行しようとした蛮勇を沈めてそろそろ8分程になるが、徹底的に無視。世界記録は目の前だ。

ふと、刻真の目がうっすらと開けられる。

視線を向けた先は、ノースが浮かんでいる水風呂改め流氷風呂。

先ほどまで騒いでいた客達ももはや気に留めず、たまに子ども客が寄っていってはしゃいでいるだけの光景。

この近辺の住人は、美神の事務所や幽霊時代のおキヌのこともあって、そういう類のものには慣れている、と聞いた。

だが、その光景こそ─。


「……俺が望んだのは、ただこれだけのことなのにな…。」


浮かんだ笑みは酷く寂しげで、今にも崩れてしまいそうな─。

そこで、ふと横島の抵抗が無くなっている事に気付く。

まずい。やりすぎたか?

そう思って隣を見た刻真の表情が、強張る。


「な…ッ?!」


泡が、止まっていた。

横島の息が止まって、泡が浮かんできていないという意味ではない。

文字通りの意味で『止まって』いた。

水中から浮かび上がる途中だった泡は、水中に固定されているかのように。

ちょうど弾けるところだった泡は、弾ける姿のまま飛沫もなにもかも空中で止まっている。

泡だけではない。

波も、横島の動きも一切合切が止まっていた。

はっとして辺りを見回せば、他の客も、ノースも、浴場を流れていた湯気さえも。

まるで時が止まってしまったかのように、動きを止めている。


「なんだ…これ…?」

『─ミツケタ。』


唐突に。

呆然ともらした呟きに重なるようにして、刻真の耳に届いた、奇妙な声。

か細いような、それでいて腹に響くような重い声。

誰だ、と刻真が叫びかけたとき、それは現れた。

シャワーノズルの先、一般客の影、浴槽のへり、桶の後ろ。

刻真から見たありとあらゆる死角から、それは出てきた。

最初は黒いわだかまった影か染みのようであったそれは、徐々に質量を増して立体をとりはじめる。

やがて人型をとりはじめたそれは、それでも奇妙なものであった。

黒い影のような体は手が異様に長く、胴は丸々としていて足は平べったい。

顔には、鼻の部分が異様に長い祭儀用の仮面。

目の部分に穿たれた穴からは、黄色い光が爛々と覗いていた。


『ミツケタ…ミツケタ。』


そいつらが喋るたびに、奇妙な音色が響く。

長い鼻の部分に並んで空いている穴を、まるで笛のように指で押さえて奴らは踊る。

狂ったように、理解しがたいリズムを取りながら。


「みつ…けた? 見つけた…って、何を─いや、そうじゃない! お前らは何だ!?」

『…シモベ…ミツケタ。オウ、ミツケタ。』


王。

その瞬間、刻真の脳裏にフラッシュバックする言葉。



──どうぞ、我らの元へ。我が盟主よ…。



奥歯がぎりぎりと鳴り出す。額が熱くなっていく。

刻真の顔は、憤怒と呼ぶしかない形相へと変わっていた。


「オウ…王だと!? お前ら…《奴》の仲間かぁッ?!」


だが、刻真の叫びにも異形どもは答えず、ただ不可解な音色を奏でながら踊り続ける。

ミツケタ、ミツケタと。


「…やめろ…!! 俺は、王なんかじゃ…ない…!!」


慄くような刻真の声にも、異形どもは飛び跳ねながら囁きつづける。

ミツケタ、ミツケタと。


「盟主なんか知らない…俺は、俺は違う…やめろ…やめてくれ…ッ!!」


もはや懇願する刻真をよそに、異形どもは宴を繰り広げるかのごとく、ただ踊り狂う。

ミツケタ、ミツケタと。


「ッ…やめろォォ────ッ!!」











「大丈夫か?」

「ッ?!」


ふいに肩を叩かれ、振り向いた刻真が見たのは、きょとんとした顔の横島。

はっとして辺りを見回せば、止まっていたはずの全てが動き出し、異形どもは跡形もなく消えうせていた。


「い、今のは…!?」

「? 刻真…お前、本当に大丈夫か? いきなり動かなくなるし、なんか顔色も悪いぞ?」


そう気遣ってくれる横島も、目は充血してるし、顔色もやばいくらいに真っ赤に茹で上がったりしているのだが。

それはともかく、この様子からすると先ほどまでのことは自分にだけ見えていたのか。

幻覚か、それとも……どちらにしろ話すわけにはいかない。知られるわけには、いかない。

混乱する頭で、とりあえずそうとだけ判断すると、気を落ち着けるために刻真は湯で顔を洗う。


「なんでも…そう、なんでもない…。」

「そうは見えんが……? おい、刻真。」


胡乱げな眼差しを向けていた横島だったが、ふと何かに気付いたようにじっと刻真を見つめてくる。

そして、何を思ったかおもむろに手近な桶でお湯を汲むと、刻真の頭からかける。


「わぷ…ッ、何だ!?」

「いや、ちょっと……じっとしてろ。」


そういいつつ、今度は刻真の髪の毛をわしわしと整え始める。

一通りやってから、うんと頷いて手を離す横島に、刻真が吠える。


「何なんだよ!?」

「やっぱり。お前、誰かに似てると思ったら、────に似てるんだな。」


何気なく出てきた名前に、刻真は不機嫌な表情も消してそっけなく返す。


「気のせいだろ。他人の空似とか。」

「いや…つっても、これは似すぎてるような─。」


横島の言葉は最後まで続かなかった。

次の瞬間、浴場に響いた、おキヌの悲鳴によって。


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