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山の上と下

15 幽霊、人狼、そして… ・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 4/ 9

山の上と下 15 幽霊、人狼、そして… ・前編

日の出と共に寝床を出た涼は、身支度を整え屋敷裏に出る。

 借りておいた木剣を小半刻ほど素振り。その後、型を基本としつつ、想像上の敵−人狼を相手にひとしきり戦いを交える。体が温まり、自分の”気”が整ったことを感じ取る。

 そこで、木刀から真剣に持ち替え正眼に。その姿勢を保ちつつ、呼吸を整え臍下丹田に”気”を集めていく。
ほどなく周りの空気が鎮まり、ある種の”場”が形作られていく。それは普通の気迫などとは異なるものらしく、近くでは数羽の雀が何事も起こっていないかのように戯れている。

‘?!’涼は、”場”に背後から近づく気配を感じとった。

それは、先の雀に気づかせないほどわずかなものではあるが、かえって、獲物に襲いかかろうとする肉食獣を連想させる。

 正体はすぐに見当はついたが、あえて構えは崩さず、意識を、いわゆる”無”に絞り込んでいく。
 言うところの、無念無想の構えで、相手がどのような挙に出ても、反射だけが出せる速さで対処できる。もっとも、その分、手加減はできないが。

それに対し気配の主は、いったん動きを止めるが、すぐに近づくのを再開する。

 無意識に反応する−攻撃に移る間合いまで、あと三歩‥‥ 
 二歩‥‥ 一歩‥‥

「おっと、危ねぇ!!」声と同時に”気配”が二三歩分、跳び下がった。

それに反応し、雀があわただしく舞い上がる。

 涼が振り返ると、そこには(予想通り)摩利がいた。構えを解きながら、
「姐さん、脅かすのはなしだぜ! これでも気は小せぇんだからな」

「そりゃ、アタシの台詞さ。あと一寸、前に出りゃ、抜き打ちでばっさりとヤ(殺)られていたってところだろ」
 摩利は額ににじんだ汗をぬぐう。

「どうだかね。姐さんなら、十分、かわせただろうよ」今ので、力量がある程度見える。
 道場で立ち会うなら加江だが、戦場で死合うなら目の前の女性が制するに違いない。
「それにしても、後ろから忍び寄るってのは、質(たち)が悪いぜ」

摩利は子供っぽい仕草で頭を掻くと、
「爺さんが、十人相手に軽いようなことを言ってただろ。『本当かな?』って。どうしてどうして、まだ控え目な言い方だったな」

「虚仮(こけ)威し得意なだけさ」涼はそういなした後、
「ところで、姐さん、けっこう早起きだね」

「ホントは朝寝が好きな無精モンだが、あんただけじゃなく、除霊師の姐さんも娘さんやあんたトコの‥‥助さんだったっけ、その助さんを交えて朝稽古だからな。客人がやる気を出しているのに、のんびりと寝ていられないって」

「智恵さんと助さんも?」

「ああ、あっちはあっちで見物だぜ。ほとんど、真剣勝負だからな。そういえば、あの姐さんも凄いね。助さんだって強ぇんだろうけど、子ども扱いだ。アタシは我流の喧嘩屋で、強弱なんてよく判んねぇが、あの姐さんを敵に回しちゃいけねぇってコトだけはピンときたね」
『ところで』と摩利は視線で別方向を示し、
「訊きてぇことがあるんだが。アレも何かの修行なのかい?」

 視線の先は庭の楠の巨木。大きさは、その八分目あたりまで登れば、周囲を一望できるほどのものだ。
 丁度、その八分目あたりの太い枝から人ほどの大きさのモノがぶら下がっている。

「さぁねぇ、除霊師の修行の一つだろ」見もせずに応える涼。

庭に出た時にちらりと見ただけだが、それが縄でぐるぐる巻きにされ逆さ吊りにされた横島だということは判っている。
 智恵か加江(ひょっとすると、摩利かもしれないが)の所に夜這いかけた末路だろう。

 いつまでもあの姿勢だと命に拘わるから適当なところで降ろしてやろうとは思う。ただ、急ぐつはりはない。彼の生命力なら、当分(ひょっとすると二・三日は)大丈夫だ。オロチ岳に出発する時で十分だろう。



昼過ぎに寅吉の屋敷を出た智恵・れいこ親娘と横島、ご隠居たちは、日没直前にオロチ岳のを越える峠道の登り口にさしかかった。
それまで、歩き続けていたこともあり、夕食を兼ねて休息に入る。ここで、一休みして登れば、真夜中ごろに峠に到着できる。


「それにしても酷いじゃないですか? 何ぜ助けてくれなかったんです。後で聞いたら昼まで放っておくつもりだったとか。そんなに放っておかれたら、普通、死んじゃいますよ」
食事を終えた雑談の中で、横島が情けなさそうな声で涼に訴えかける。

「ここにいる誰も、お前さんを”普通”と思っちゃいないぜ。だいたい、いつの間にか縄抜けをして、降りてたんだから、それで良いじゃないか」
涼は、『どこに支障がある?』とばかりに軽く一蹴する。

「縄抜けができるなんて、アンタもけっこう器用ね。除霊師って、いろんな場面に出くわすから、どんなんでも特技と言えるものがあるのは良いことよ」
 れいこが先輩めいた感じで口を挟む。ちなみに、逆さ吊りは彼女の提案だったりする。
「いつでも抜け出せるのに、朝まで大人しくぶら下がっていたのは、さすがに悪いって思っていたかしら?」

「いや〜 縄抜けは無意識なんスよ」照れ隠しか頭を掻く横島。
「ちょうど、あそこからだと、井戸端が生け垣越しに、ちらちらと見えるんです。あの時は、稽古を終えた智恵様や助さんが汗を流そうとしていたでしょ。もう少し、もう少しともがいているうちに縄抜けができちゃって‥‥」

「あ〜ん〜た〜ねぇ〜」『ぞわっ!』という擬音がれいこの背景にできる。

「あっ?!」迂闊な発言をしてから気づく、相変わらずな横島。
「いや、大丈夫ッス もう少しでってとこで、縄がほどけ下に落ちたんで、決して見てませんから」

「見てないから、すむと思うなぁぁぁ!!」れいこは杖の一閃を放つ。

「どぶひゃ!!」

 昨日の人狼の少女の斬撃に劣らないそれは、横島を地面に叩きつけた。
 その光景に誰も無頓着だ。日常茶飯事にいちいち係わっていられないといったところである。

智恵もちらりと視線を向けただけで、ご隠居に向かうと、
「昨夜遅くまで、親分さんと話し込んでいたようですが、何をしていたのです?」

「オイラかい。オイラは格さんや助さんみたいな”腕”はないからな。せめて、ここで役に立とうってね」
と自分の頭を指でつつき、
「いろんな話を聞いて、何か見つけられねぇかって思ったのさ」

「それで、何か見つかりましたか?」

「いや、『これは!』ってぇのは何もな」ご隠居は首を振るが、
「ただ、この一件、氷室神社に係わりがありそうな節があるんだ」

「氷室神社?」とどめを刺し終えたれいこが聞き返す。

「そうだよ」ご隠居は、懐から旅日記に使っている帳面を出す。
数枚にわたって、地図が描かれ、細かい字・記号がびっしりと書き込まれている。
「こいつは、これまでに集めた”神隠し”と”人さらい”の山賊、というか野盗が出没した場所や日時なんかをまとめたモンだ」

「すごいものですね。詳しさもさることながら、見やすいようにまとめられていると思います」
 智恵は見せられた紙面に感心する。

「まあ、博物学を囓っていたからこういうことの整理には慣れている‥‥」
得意そうなご隠居だが、自分の言葉に気になるものを見つけたのか口を濁す。
「とにかく、まとめてみると、神社の周辺では未だに犠牲者が出ていないようなんだ。親分さんトコが無事てぇのも、その範囲と縄張りが重なっているからだろうよ」

「氷室神社に霊験があって、”神隠し”や野盗どもが避けているんでしょうか?」

「それはないわ。そんな”力”があれば、私やお母さんの霊感にひっかかるもの」
加江の考えを否定するれいこ。

「まあ、そうだろうな」ご隠居も、少女の考えに同意する。
「最近は、神社の界隈−親分の縄張りにも、野盗どもの姿がちらほら見えるようだし、せいぜい、後回しにしていたってトコだ。ただ、『後回し』なら『後回し』で理由はあるはずさ。それが判れば、何か役に立つじゃねぇかって思ってんだ」

「アテになる話じゃないわね。まっ、ご隠居が勝手に調べるっていうのは止めはしないけど」
と軽く手を振ってみせるれいこ。
その生意気な態度は頭の固い者には不遜なものと映るだろう。しかし、自信に満ちた態度は、ある種と威厳と大器の片鱗を伺わせる。

 そうした娘に微苦笑の智恵。話の区切りと一同に出発を促す。


荷物を背負いながら横島が涼に向け、
「結局、仕掛けてきませんでしたね。食べてる最中なんか、襲うのに良い機会だったんでしょう」

 屋敷からずっと野須たちがつけてきていることは、全員が認識している。

「まあな。仕掛けてこないってことは、今夜は、見失わないように見張るだけのようだ。もちろん、油断は禁物だがな」

会話を耳に留めたご隠居が、
「ホント、いちいち、こっちに付き合うとは律儀なことさ。夜の峠に登らされる上に、幽霊見物にまでつきあうことになるんだからよ。お務めとはいえ、ご苦労なこった」

「その台詞、私や格さんにも当てはまるんじゃないですか」

加江の指摘に顔をこするような仕草をするご隠居。



予定通り、峠には、丑三の頃にたどり着く。

 二十年以上前だが、ご隠居が幽霊を見た場所であり、これまで幽霊を見た者も、多くはこの場所か、この近辺で見かけている。

提灯をかざし周囲を一通り見るご隠居。当然ながら、何か見えるわけではない。
「静かなもんだが。どうやって、幽霊から話を聞くつもりなんだい?」

「餌(えさ)をまいて、喰いついたところを、結界で捕らえ、聞き出す。聞き出し方は、幽霊の出方によるわ」
智恵を代弁するようにれいこが答える。

「すいぶんと簡単そうだな。で、餌って何を使うんだ? 幽霊の好物って、やっぱり、線香とかなのかい?」
除霊師、それも一流どころの仕事を見られることに興味津々と言ったご隠居。

「”人”よ。幽霊って、人に見られたくて出てくることが多いんだから、人がいれば、まず、そこに現れるものなの」

「それは良いとして、これだけぞろぞろといたんじゃ幽霊は恐がって出てこないんじゃねぇか?」

れいこは、『そんなことは判っている』という顔で、
「餌になるのは一人。それ以外は、結界の中で隠れておけばいいの」

「餌には‥‥ 誰がなるんですか?」加江が不安げに口を挟む。

意地でも強気を崩さない観のある女性の弱気な反応に注目が集まる。

「も、もちろん、餌になる覚悟はあります」
 そう言って、集まった視線を払うようにあわてて手を振る。
「ただ、人狼のような実体のある人外はともかく、実体のない幽霊なんかは、どうも苦手な感じがして‥‥」

「大丈夫よ、助さん。餌はもう決まっているんだから」
れいこはそう言ってから、これ見よがしに視線を横島に向ける。

途端に横の木にしがみつく横島。
「いやじゃー もし、幽霊に喰い殺されたり取り憑かれたりしたらどうなんスッか!!」

「除霊師になろうかっていうのに幽霊を恐がってどうすんの!」
 冷たい目で見下すれいこ

「その辺の雑魚霊ならともかく、何十年も峠に居着いている奴でしょ。きっと、質(タチ)が悪くて執念深いに決まってます! そんなのが出てきたら、岩で潰されそうになるとか石で殴られるっていう目に遭うんですよ、きっと」

「ええい、脈絡のない展開を考えてんじゃない!!」どこか、あわてるれいこ。
「良く聞きなさい。お母さんと私は結界を張ったり、出た幽霊を捕まえなきゃならないでしょう。で、ご隠居さんたちは素人。あんた以外にないじゃない」

「そんなぁぁ 素人って、格さんだったら智恵様ほど強いんでしょ。俺なんかと違って、襲われたって‥‥」

「だから、格さんなら幽霊が恐がって出てこないでしょ! ここは、アンタみたいに適度に弱い霊力の持ち主が、相応しいの」
れいこが、横島の首根っこを掴み、しがみついている木から引き剥がそうとするが、さすがに、子供の力でどうなるものでもない。

 『やれやれ』と涼が乗り出そうとするのをご隠居が押さえる。
「忠さん、ここに出る幽霊って、可愛い顔をした巫女さんなんだよ」

「『可愛い』! 『巫女さん』!!」
 体がぴくりと動き、横島の泣き顔が一気に引き締まる。

「おうよ! 二十年ほど前、オイラも見たんだが、そりゃ、しとやかで可愛くて‥‥」

「智恵様、”美神”さん、不肖、横島、囮を勤めさせていただきます」
横島は脱兎のごとき素早さで二人の前に平伏する。

それを横目に、加江は涼に小声で、
「二十年前は薄ぼんやりとして良く判らなかったって話じゃなかったんですか?」

「まっ、世の中、方便ってこともあるしな」と涼。
「それにしても、このままでいくと、忠さんは幽霊を押し倒そうとした男って名前を残しそうだな」



横島が道の中央−智恵とれいこが仕込んだ捕獲用結界の焦点−に座り込む。

 少し離れた所で、残りの面々がかたまって控える。
 かたまっているのは、智恵が作る隠行用の結界−騒々しくしない限り、幽霊のような純粋に霊的な存在は、その内側を感知できない−の効力圏内に収まるためだ。

それから小半刻あまりが過ぎる。

辛抱強く待つ一同にあって、れいこは、時々、見鬼を結界の外に出し状況を読んでいる。
 一方、高揚感が収まった横島は、結界の方に恨みがましい視線を向けたり、不安そうに辺りを見渡す。もっとも、れいこの威嚇するような眼差しのためか、それ以上はじたばせずその場には止まっている。

やがて‥‥
「出た! 予想以上の霊圧だわ。意外に強いかもね」
 れいこが低いが緊張した声で、そう告げた。


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