椎名作品二次創作小説投稿広場


幾千の夜を越えて

煩悩少年と金欲女王


投稿者名:日野 隆
投稿日時:06/ 4/ 1

「…………」

横島は沈黙していた。
兎に角怖かったのである。
目前の人が滅茶苦茶怒っている理由は分からないが、しかしそれでも滅茶苦茶怖いので兎に角縮こまって沈黙していた。
別名喋れなかったとも言う。

「…………」

おキヌは沈黙していた。
何となく経験で分かっていたのだ、自分が口を出すとこの空気を作り出している人の怒りが弾けるのが。
その上に恐るべき怒気を受けて体中が金縛りにあったようで、正直半泣きであった。

「…………」

唐巣神父は沈黙していた。
目前の弟子の押しの強さと言うか我の強さと言うか、それがどれだけの威力を持っているのか改めて、それも身を持って体験しているからである。
要するに唐巣神父はビビっていた。

「…………」

ピートは沈黙していた。
以下略。「あぁッ!?僕だけなんか扱いが軽いッ!?」

「…………」

小竜姫は沈黙していた。
彼女にとって、凄まじく情けないものの横島は一応末弟子だ。
それも一から霊能を鍛えるとなると横島は一番弟子と言う事になり、とりあえず大切な存在である。
そんな彼を、易々と目前の女性に渡せない故、喋るごとに不利になる状況をどうにかしたかったからである。

「…………」

美神令子は沈黙していた。
サイキックソーサーと言う非常に経費に優しい霊能を持つ上、メドーサ相手に渡り合った、しかも成長性もあると言う少年。
そんな逸材を、主に金銭的理由から是非とも自分の事務所へと引き入れたかったからである。
故に相手が口を開かない以上、彼女は無言の圧力をして小竜姫へと凄んで見せていた。



――幾千の夜を越えて
四話『煩悩少年と金欲女王』



とりあえず小竜姫の知る限り最も人柄の良いGSとしいて紹介された唐巣神父だが、早速彼は困っていた。
小竜姫の連れてきた横島と言う少年がピートを見て血涙を流しながら悔しがり始めた事。
心配した小竜姫に美形への怨嗟を聞かせた横島が、一瞬で肉塊と化した事。
そしてなにより、中途半端な所で弟子である美神令子が教会に来た事が決定的であった。

渦巻くのは、殺気。
空気の中身が全て殺意と敵意で埋め尽くされたかのように感じ、唐巣は自然と自分の頭へと手をやった。
ポロポロと何かが抜け落ちる感触に顔を青くし、そしてそれから美神と小竜姫からの視線を受けて硬直した。

「…………」

朱の瞳が唐巣を突き刺す。
唐巣には「先生?弟子より大して知らない竜神様を優先するなんて、人間として駄目じゃないですか」などと言う幻聴が、寒気をすら覚えるハートマークの幻覚と共にやってきた。
ブルリと身を震わせ思わず白目を剥きそうになるが、辛うじて意識を保つ唐巣。

「…………」

瞳孔の割れた瞳が唐巣を射抜く。
唐巣には「唐巣さん?良識のある貴方が、あんな守銭奴の方へと、一応は私の弟子を渡そうと言うのですか?」と言う幻聴が、死の気配をすら覚える竜気の錯覚と共にやってきた。
ぽろぽろと頭の頭頂部がまた涼しくなってゆくが、それを抑える事も出来ずに唐巣は硬直し続け……。

「あっ」

「えっ?」

「おっ」

「きゃっ」

「何っ」


――その場で、失神した。


「あらあら、先生ったらどうしたんだろ?何処かの竜神様の霊圧で倒れちゃったのかしら?」

「な、何をッ!あ、貴方の方こそ無駄に唐巣さんへプレッシャーを……!!」

思う事があったのか、美神の自分を棚に上げた言動に思いっきり動揺しつつ小竜姫は言った。
普段の彼女であればここまで意固地になる事は無いのだが、横島により小判一枚の相場と妙神山の工事費の試算を聞いてから彼女はちょっとキレていたりしたのである。
神である自分を相手に騙すとは何事か、と。

とは言え小竜姫の気質は、前言撤回をする事を許さない。
それが元々ちょっぴりキレぎみだった小竜姫を圧迫し、今回のように唐巣とその髪へと影響を与えてしまった訳である。
その惨禍を見せ付ける数本の毛に視線が集まり、同情やら何やらの感情が渦巻いた。

対して美神令子は最初工事費を大分多く騙し取った上手抜き工事を命じたのがバレてビビっていたが、しかしすぐさまそれも収まった。
何故なら、小竜姫が以前美神へと感謝の言葉やらを言ってしまった為、その言葉を覆せない事が分かったからである。
それが純粋な神としての誓約であるのか小竜姫の気質から来る物であるのかわからないが、兎に角美神は強気になっていた。

「それにね、小竜姫。先生はお金を余り取らないGSだって知ってるでしょ?」

「……?はい」

突然の言葉に訝しげに頷きながら、小竜姫は視線を唐巣へとやった。
泡を噴いて気絶してしまった彼は、いつの間にかピートと横島により介抱されている。
そう言えば心配する前に美神の言葉に反発してしまった事に自己嫌悪し、小竜姫は申し訳無さそうな視線で唐巣を見た。

それを見て、美神はニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。
嫌な予感のする微笑みに、小竜姫は不思議とかいた冷や汗に気付いた。
何となく既に王手にかけられているような気がしたのだ。

「その所為で先生は貧乏のどん底に生きているのよ。そんな先生に横島君の給料がマトモに払えると思う?」

「うっ!」

ドッキーンコッ、と言う謎の効果音と共に小竜姫の心臓が跳ね上がった。
ここに来るまでは予想外であったその事実は、教会を実際に目にした今小竜姫にとって懸念の材料であった。
ボロボロの教会。そして住居。
最近の食事などについて聞くと昨日は断食であったとの事である。
一応弟子の横島を住まわせるにはちょっと、といった感想を小竜姫が持ってしまったのも、仕方ないのかもしれない。

「……で、ですが、こちらで弟子である横島さんに妙神山から援助をすれば……」

「あーら、神様が正式な弟子でも無いただの人をえこひいきするの?それって良くないんじゃないからしら?」

「ううっ!」

再びドッキーンコッ、と心臓を跳ね上がらせ、小竜姫は一歩後退りした。
それに余裕のある聖母のような、それでいて嫌味の感じられない事が嫌味である、要するに勝者の笑みを浮かべた美神は一歩前進した。

「で、でもっ」

「小竜姫も知っていると思うけど、うちの稼ぎは世界一よ?横島君の実力に相応する賃金ぐらい払ってあげれるわ」

「うううっ!!」

焦りに似た表情を浮かべ、小竜姫は再び一歩後退る。
このままでは押し負けてしまう。
敗北の予感にちょっと泣きそうな顔になっている小竜姫を見て、ブツブツ文句を言いながら唐巣を介抱していた横島はピクリと反応した。

小竜姫の泣きそうな表情と言う滅多に見れない表情が、横島の根幹にあるものを動かした。
先ほどまでは小竜姫に神剣で咎められて再生したばかりなので自制していた煩悩である。
蛇足であるが、出会って早々美神に飛び掛ろうとしたなかったのも自制していた為だ。

兎も角、横島の煩悩は小竜姫の表情により今覚醒した。
抑圧されていた分圧迫された煩悩が一気に体中を駆け巡り、彼の体を霊力により超強化する。
筋繊維はよりしなやかに、より力強く。
眼球はより短い間隔で世界を捉え、神経の速度は雷の如き速さへと迫る。
最後に全身に残る無駄な脂肪分、糖分、そして筋肉を消費し莫大なエネルギーを生み出し、横島は跳躍した。

「もう我慢できんっ、小竜姫様ぁあ――――ッ!!」

地面を蹴り上げて跳躍した横島は、似合わぬ優雅な半円を描き小竜姫へと突っ込んでいった。
先ほどから負けそうだったりとか色々と心労を横島の為に重ねていた小竜姫は、当然ブチ切れて神剣の鯉口を切る。
軌道が見え見えの横島へと光の軌道が描かれるが、それが当たる寸前横島は引き摺られるように地面へと落ちた。

サイキックソーサーで、自分を打ち落として、だ。

「な、何ですってっ!?」

驚愕の声を上げる小竜姫だが、全力近くで振るった神剣は止まらない。
既に軌道修正を不可能とされた神剣が振り下ろされ、跳ね上がる前に横島が突進。
教会の床を、随分離れた位置に居るピートにすら感じられるほどの勢いで震わせ、横島は跳躍した。

「小竜姫様――ッ!!」

結果、小竜姫の軌道を避けた横島を阻むものは存在せず――。


ぎう、と。横島は小竜姫を抱きしめた。


「きゃっ!?」

直後悲鳴と共に小竜姫に振りほどかれ、横島は地にひれ伏す。
余りに人類外な動きに言葉を失う面々。
いくら小竜姫に指導されたとは言えど、やった事は基礎の身体強化や霊視などだけだと聞いていたのだ。
美神もピートも、ついでにいつの間にか回復した唐巣までもが驚愕していた。主に凄まじい動きと、聞きしに勝る煩悩っぷりに。

彼らが驚愕を露にしている所を置いておき、顔を真っ赤に火照らせて小竜姫は神剣を両手で包み、振り上げた。
さながら告死天使のような美しさの彼女は、灼熱の怒りを秘めた瞳で横島を見下ろす。

「や、柔らかい――ううっ、感動や、我が人生に一片の悔いも……無いッ!!」

「なら一度死んでくださいッ!!」

死刑が決行された。

「ひ、酷い……あからさまに描写が適当だ」

「す、凄い、これが小竜姫の弟子……ッ!?性格が最悪だけど、調教すれば凄い使えるかも……!!」

「うぅ、喜ぶべくか悲しむべきか悩むわ……」

順にピート、美神、小竜姫が微妙な心持で声を絞り出す。
残る唐巣は肉塊と化した横島が再生を始めているのに青い顔になり、次いで美神がスレスレな事を言っているのを聞き神へと懺悔を始めた。
おキヌに至っては「ほえ〜、これで大丈夫なんて横島さん凄いんですね〜」と一人和やかな言葉を吐いている。

(お、おキヌちゃんだけなのか……、俺を心配してくれるのって……!!)

なんだか微妙に扱いが酷いのに、横島は内心で叫んだ。
それを聞きつけた何処かの覗き神が「自業自得なのね〜」と言ったかどうかは定かでは無いが、兎も角自業自得であるのだが。

「と、兎も角。横島さんに見合った給料を与えると言うのは本当ですね?嘘偽りは仏罰に相当しますよ?」

「私もプロよ?雇用契約で嘘は言わないわ。まぁ、横島君は学生だから正社員じゃなくてバイト扱いにせざるを得ないけどね」

肉塊と化した横島を見なかった事にして再び話を始める小竜姫。
対して正論を言う美神に、小竜姫は僅かに眉を潜めた。
確かに正論だ。だが、滅茶苦茶怪しい上に肝心の金額についてはあやふやにしか言っていない。
何より仲介料金が工事に必要な料金の十倍以上と言う妙神山の工事費の事が、小竜姫の懐疑心を強くしていた。

「……どれ程のお金になるのですか?」

「そりゃあ、実際にどれだけ使えるか見てみないとわからないわ」

当然とばかりに、矢張り正論が美神の口から出た。
確かにそうだ、と小竜姫は苦虫を踏み潰したような顔になる。
先ほどの動きの寸前、煩悩っぽい謎の叫びと共に霊力が急増した事がそれに拍車をかけた。
恐らく横島の霊力源が煩悩である事は既に予測されている。
となると、煩悩を使わない動きも見せないと正確な評価はしてもらえないだろう。

一方美神だが、内心では渋い顔をしていた。

(性格に難ありとは言っていたけど、あそこまで露骨なエロガキだったなんて……)

確かに実力は凄まじい、と美神は思う。
先ほどの煩悩爆発時に見せた動きは完全に自分を越えており、小竜姫をして殆ど何も知らないと言わしめた知識量を十分に埋め合わせている。
欠点として美神の五割程度しか霊力が無いと言う決定的な力不足もあるが、霊力がまだ限界に達していない事は小竜姫の言葉が保障している。

しかし、GSは客商売だ。
霊力源となる程精神の根幹に煩悩を抱いている横島を雇うとなると、女性客へ対する行動を規制せねばなるまい。
それに加えて自分へとセクハラをしてくる可能性もあるのだ、かなりの調教が必要となるだろう。

(神通棍でぶん殴るだけじゃ駄目だろうな……。うん、秘技味方バリヤーとかも使ってきちんと仕込んでみせるわッ!)

……訂正、渋い顔と言うよりおっかない顔と言った方が良かったかもしれない。
霊感に何かを感じたのか、再生し終わってようやくの事立ち上がった横島は、ブルリと背筋を這う悪寒に震えていた。

「…………」

「…………」

兎にも角にも、かくしてこれ以上追求した所で正論を返されるだけな悔しげな表情の小竜姫と、まだ追求されても痛い所が無い王者の如き勝者の笑みを浮かべた美神とは、長い長い睨み合いを始めた。
終えるまでに数回煩悩を爆発させた横島がその度にボロクズとなったのは、伝えるまでもない事であろう。

兎も角十数分睨み合いを続けた二人だが、矢張り先に折れたのは理屈で勝てない小竜姫であった。

「仕方ありません。唐巣さんの所が貧乏だと言うのも確かです、美神さんの所で横島さんを雇ってください。――勿論!実力に相当する給金でお願いしますよ?」

「オーケー、了解したわ。勿論、実力に相当する分の給料を支払うつもりよ?」

実力に相当する、の部分を互いに強調しあって言い合い、二人は笑っていない笑顔で見つめあった。
それはほんの唐巣の毛が一本寿命を終える程の時間だけ続けられ、小竜姫が突如くるりと振り返った事によって終えられる。

「横島さん。そのバンダナっていつもつけていますよね?」

「へ?あ、はい」

数度ちょっぴり三途の川と対面してきた横島は流石に煩悩を抑えていたのだろう、じっとしたまま立っていたので反応が遅れた。
これで当分の間はお別れとなるのだからきちんと挨拶をしなくては、と思いつつ横島が近づくと、小竜姫は満面の笑みで出迎える。

花の咲くような可憐な笑顔に、横島は煩悩を発揮せずにまず面食らった。
驚いたのも一つの理由であるだが、最も強い理由は横島が今まで一度も女性から好意的に見られた事が無いからである。
一度だけ小学生の頃同級生に思われた事はあったものの、それはあまりのモテなさに自己不信的になっていた横島の勘違いにより自覚は無かった。
兎も角、面食らった上煩悩が発揮されない横島が立ち尽くした、次の瞬間。


ちゅ、と言う可愛い音と共に、小竜姫が横島の額へとバンダナごしに口付けた。


「……へ?」

バンダナごしの柔らかい感触が横島を停止させる。横島の視界は小竜姫の小さな顎から白い喉までに覆われ、それが停止した横島の煩悩をパンクさせた。
次いで周辺の美神達がその映像を認識、硬直する。
神と人の禁断の関係、横島がつい先ほど叫んでいたそれが全員の思考に過ぎった。

「これは殿下と私からの、横島さんへのプレゼントです。バンダナに竜気を授けました。きっと横島さんの力になってくれるでしょう」

途端、安堵の空気が美神達の間に広がった。
特に系統は違えど神の僕たる唐巣の安堵などは他に比べて大きく、先ほどまで逝ってしまった頭上への悲しみに暮れていた表情は安堵に染まりきっている。
どうせ後で思い出して苦悩するのだから、微妙に良かったのか悪かったのか分からない所ではあるのだが。

一方横島だが、完全に固まって停止していた。
表情すら動かす事無く、ただ辛うじて呼吸だけが行われているだけである。
瞬きはどうも硬直の範疇にあるらしく、目が徐々に乾き始めていったりするのだが、誰も気にしない。

「では美神さん。横島さんを頼みます!」

「ええ、美神流をきっちり叩き込んでみせるわ」

何故か何処かの机妖怪のようなノリで言う小竜姫に、美神は少々ズレた返答をした。
美神流、反則技でも味方バリヤーでも何でもアリなその戦術は、主に横島が発生する犠牲になる事で身につけられるものなのだから。



*



「へぇ……。確かに中々の霊能力ね」

閉口一番、美神はそう言い放った。
目前には計三枚のサイキックソーサーが浮かんでおり、更にそれが不規則に動きつつそれぞれ回転をしている。
流石にここまでのコントロールは難易度が高いのであろう、横島は脂汗をかきながら目を瞑って集中していた。

気絶していた横島は、いつの間にか美神の事務所に来ていた。
幽霊がバイト手伝いなだけでなく、なんと事務所に自我があると言う常識外に顎が外れる程驚いた横島だが、彼本来の能天気さによりすぐさま適応する。
現在人工幽霊一号により一応結界の張られた部屋の中で霊能力を疲労している最中であった。

(こ、これでも中々なんか……)

美神の言葉を聴いて、横島は内心で陰鬱な気分になっていた。
今まで神魔族の能力しか知らず一般的なGSの霊能を知らなかったのだが、ここで美神から中々と言う評価により自分の位置を再確認させられたのだ。

実はこのサイキックソーサー三枚回転、いくら手加減していた上油断していたとは言えど、修行時に小竜姫に一撃を与えた手段である。
当時はそれに加え煩悩を爆発させ身体強化も行っていたとは言え、少なくとも人間以上の能力を発揮していたものを倒しうる力だ。
横島は調子の良い事にGSの中でも結構上の力なのでは無いかと思っていたのだ。

煩悩全開時は兎も角、今の時点では実際GSの中ではどうにか二流と言う程度の実力である。
強くなれたとしてもまだまだ上が居ると言う事実に、横島はちょっとブルーになっていた。

「ぷはっ」

吐気と共に横島が集中を解くと、サイキックソーサーは三枚とも消え去り構成霊力の殆どが横島へと流れる。
構成霊力の一割程度は空気中へ霧散してしまったが、それでも美神は僅かに目を見開き感心したように言った。

「帰属力も結構あるのね……。収縮特化の霊能者なんて元々レアだったけど、ただの霊波の盾をここまで昇華するなんて珍しいわね」

「へぇ……。っつーか、収縮以外の適正ってどーゆーのがあるんスか?」

横島の疑問に美神は軽く頷き、僅かに視線を中空へとやった。
恐らくは久しぶりに他者へ霊能関係の事を説明するのだろうと思い、横島は静かに言葉が吐かれるのを待つ。十数秒の沈黙を持って、美神は言った。

「そうね……。例えば私の身近な霊能者だと、やたら高い霊力で十二対も式神を使う子とか、呪術やら何やらでまぁまぁ高いぐらいの霊力を増幅して撃つむかつく女とかかしら。私自身は完全なオールラウンダー、術も近接戦闘も式神も標準以上に仕えるタイプよ。GS試験の時なんかに見たけど、霊気の操作や霊視を専門とする奴なんかもいたわ」

「へ〜。式神、増幅、オールラウンダーっすか。……ん?でも操作の専門って、俺のサイキックソーサーだって操作っぽい事も出来ますけど?」

疑問詞を吐き出す横島に、我が意を得たりと美神は頷いた。
続いて掌を突き出し僅かな時間霊力を集中させる。
すると直後、横島のものより若干小さな円形の盾が現れていた。

「って、サイキックソーサー……ッ!?あれ、でも……」

そう、美神の掌にあった物は間違いなくサイキックソーサーであった。流石に自分と同一の霊能に驚愕の声をあげた横島だが、すぐさま違和感に気付く。美神のソーサーは自分のそれより薄く、また小さく、なんと言うか……一言で言えば、弱いのだ。

「そ。あなたのサイキックソーサー……要するに霊気の盾なんて、収縮で一番簡単な技だからね。専門じゃあない私にだって、効率を無視すればできない事も無いの。それと同じ理屈で、横島君だってサイキックソーサーを操作する事ができるわ。勿論専門の子に比べると大した操作はできないけし、収束と言う形でしか上手く霊能を発揮できないけどね」

「な、なるほど……。そーいやヒャクメに教えてもらった霊視だってそれなりには使えるつってたし、霊視の使い方も目を身体強化するみたいな亜流のやり方に落ち着いたしなぁ……」

頷きながら関心したように声をあげる横島。
その裏側にある焦燥にも似た感情をどうにか出さずにすんだ事に、横島は僅かに嘆息した。
一月と少し、かなり厳しい訓練を行い手に入れた霊能を真似されるのは、酷く嫌な気分だったのだ。
――自分の強さを否定されたようで。

(って、俺なんちゅー曲解をしてんだよ)

一人で、しかも心の中でツッコミを入れると言う寂しい状況に、横島は内心で哂った。
滑稽だったのである。
父親に一応とは鍛えられて、小竜姫に霊能を鍛えられて、それでも他人に真似ができる程度の強さしか持てない自分が。
そして何より、それをどうにかして誤魔化そうとして、内心でふざけた態度を取ろうとしている自分が。
何より、そんな大層にも思える暗い感情よりも、美人を見て爆発する煩悩の方が強いと言う自分の現状が。
薄暗い感情を誤魔化す為であろうそれに再度自嘲し、横島はなるべく明るい顔のまま美神へと視線を戻す。

(ま、俺が深刻に悩むなんて、似合わないだろうしな……)

今度こそ自嘲では無く本心からの言葉を思い、横島は僅かに顔を緩めた。

「へー、成る程成る程……。で、給料の事なんだけど」

「あ、はいっす」

唐突に言う美神に、横島は僅かに真剣な表情となった。
先日バイトを全部止めてきた(無論一週間のシフトを全てサボっていたので、先輩らにボコボコにされた)為、これが一番の収入源となる。
親からの仕送りが滅茶苦茶少なく、一月に家賃に加え精々数千円程度しか無い横島にとっては、生命線と言っても良いだろう。
珍しく真摯な、要するに予想外の表情を見せる横島に、美神は僅かにたじろいだ。

(こ、こいつでも真剣な顔する事ってあったのね……!!)

なんだか滅茶苦茶扱いの軽い横島であったが、先の煩悩全開時を見られてしまったと言うのならばこの程度で済むのは僥倖であろう。
証拠に美神は元々考えていた給料よりも少々上乗せして、その額を高らかに、そしてまるで王へと手柄を宣言する騎士のように揚々と宣言した。


「時給、三〇〇円ッ!!!」


時が止まった。

(三〇〇円って何?一分につき三〇〇円?うわーすっげーな、多分そうだよな、うん、きっとそうだよな、凄い多いなー)

などと改竄した事実を思い浮かべつつ横島は今の言葉が空耳であると念じようとしたのだが、しかし現実はそうもいかない。
とりあえず横島は、聞いてみる事にした。

「冗談ですよね?」

「本当よ」

即答された。

「三〇〇円って、ヘブライ語で八〇〇円の事だったりしませんよね?」

「しないわ」

即答。

「って少ないわぁぁあぁぁぁあぁああぁッ!!!」

目前にちゃぶ台があれば引っくり返しているであろう程の魂の叫びであった。
寸前で気付いた美神は耳を塞いでいるが、しかしそれでも顔を顰めざるを得ない。
奥の部屋では恐らくおキヌが驚き何かしでかしたのだろう、ゴトン、と言う音が聞こえた。
流石にこれは無いだろうと血涙を流す横島へと、すぐさま神通棍が飛んできた。

「ゴベペェッ!?」

「って五月蝿いわよッ!!」

「いや、殴る前に言うてや……ゴバパァッ!?」

「うっさい死ね」

脳天を爆砕、次いで腹を強打され横島は地に沈んだ。
それに追い討つように美神のハイヒールが横島の後頭部へと突き刺さり、復活を不可能にする。
勝者の笑みを浮かべながら美神は口を開いた。

「あのね?あんたあれだけエロいガキなのに、女性客が来た時何もしないと誓える?無理でしょ?だからこの時給は躾ける分を差っぴいた分の時給よ」

(なッ!?……な、成る程)

兎にも角にも偉そうに言う美神だが、その内容は横島には正論に聞こえた。
思わず納得してしまう横島だが、普通は起こっても居ない上頼んでも居ない事で時給を減らされるのはありえない。
恐らくは横島に絶対に女性客が来た時暴走する自信があるからであろう。

だが、と横島は思う。
それでもこれでは生活もままならない。
確かに男しか居ない肉体労働系のバイトでないとマトモにバイトをできなかった横島だが、だからといって易々と餓死する未来を認めるのは嫌なのだ。
例えカップ麺生活などと言う贅沢を言わず、どうにかして超節約自炊を行ったとして耐え切れるかどうかと言った所である。

「げほ、げほ……。で、でも流石に時給三〇〇円じゃあ俺生活してけなくなるッスよ!?学校サボりまくってもどうにかなるかどうかの瀬戸際ぐらいッスし、それだと確実に進級できませんしッ!!そんなんじゃあ働かないッスよ!!」

「あら、貴方小竜姫が見込んで私のところへ預けたのに、その期待を裏切るの?」

「ううっ!?」

物理的に痛い所はもう突かれているのだが、加えて精神的に痛い所を突かれて横島は呻いた。
表面にあまり見せていないが、横島は小竜姫の事をかなり尊敬している。
最初はよく分かっていなかったが、横島も曲りなりにも武術を嗜む人間だ。
すぐさまその凄まじいまでの技量を知る事となり、圧倒的な霊圧と共に尊敬の対象となったのである。
尊敬の対象の割りには覗きだの夜這いだのやっているのだが、そこはそれ、別腹と言うか何と言うか、煩悩についてだけ横島は別格なのである。

「ぐ……ぐぬぉぉぉおおおお――ッ!!」

よって、苦悶の声を上げながら横島が美神令子除霊事務所に配属される事となったのであった。
実は横島の粘り次第で時給五〇〇円ぐらいまで上がる可能性があったのは、余りに横島が哀れなので秘密にしておくべき事なのであろう。


――そして美神のポケットにビー玉大の玉がある事も、きっと秘密にしておくべきなのだろう。


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp