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時は流れ、世は事もなし

傀儡 2


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 3/28

時は流れ、世は事もなし 傀儡 2

一応の結論を得たアシュタロスは、朝までの時間を使い、他の計画についての検討も行ってみる。ここでも、何の問題も見つからない。どの”計画”も順調に予定を消化し、早ければ五十年後、すべての準備が整う。

‘そうなれば、未来は自分の手の中に‥‥ ?!’
 そこまで考えた時、部屋の周囲に展開しておいた監視結界に無造作に踏み込んできた存在を察知する。もっとも、その特徴は旧知のものだったので、落ち着いて、その存在が姿を見せるのを待つ。

数秒後、目の前に光の帳(とばり)が生じた。目を凝らせば、光の揺らぎの向こうに怪物めいたシルエットが認められる。

「プライベートは承知やけど、入らせてもろたで」
 むやみに馴れ馴れしい声が、光越しに聞こえる。

「ようこそ、我が至高者よ」
 わざとらしく跪き、頭を下げる。十分に間を取り頭を上げると、鋭い口調で、
「しかし、良くここが判りましたな、体と意識のかなりの部分は魔界にあるというのに。周囲の者すら、ここに転移したことは知らないはずですが。ひょっとして、私は監視されていたのでしょうか?」

「大切な部下の動向に通じるのも上に立つ者の務めや」
悪びれた様子のない答えが返ってくる。
「前に何百年か雲隠れしたことがあったやろ。また、ああいうことが起こると困るからな」

「あの時は、ご心配をおかけしました」誠意のない分は態度という感じのアシュタロス。
「で、ご用の向きは? 用向きがあれば当方から参上しましたものを。わざわざ、こんなところに出向いていただき恐縮です」

「『こんなことろ』やから、来たんや。お互い、魔界では色々と気ぃ使わなあかん身の上やからな。ここなら、サシで話ができるやろ」
光が揺らぐテンポが心持ち遅くなる。それを親しみの表現と取れないこともない。
「それはそれとして、あんまり卑屈な態度にならんでもエエやろ。もともと、魔界はあんたら領域で、ワシは雇われマダムみたいなものやで」

「それこそ卑屈な物言いですな。あなたという盟主を得て、ようやく我々は神族に対抗できるようになったのですから」

「べんちゃら(お世辞)はその辺にしとき。言葉はタダやゆうても、安売りは値打ちを下げるだけやで。とにかく、椅子にでも腰を掛けてんか。そうしてもらわんと話しにくいやないかい」

言葉のまま椅子に戻り、
「それで、『サシ』での話とは? 何か大きな問題でも生じたのですか」

「『問題』自身からいわれとぉないけどな」
つぶやくような言い回しだが、こちらに聞こえるように言っている。
「今、ここにいることもやが、しょっちゅう人界を訪れとるやろ。魔神たる身で何をしたいのか、気になったからや。知っとるはずやが、魔神クラスが人界に手を出すことは、デタントの重大な違反行為なんやで」

「『手を出』していれば違反でしょうが、そのようなマネはしておりません」
 アシュタロスはそう否定してから、
「しばしば人界を訪れるのは人の生き様を見て楽しむためで、言ってしまえば、暇つぶしですよ。デタントから、こちら魔界は退屈ですからね」

「『退屈』? 人界が、混沌が支配する魔界以上に面白いとは思わへんけどな」

「魔界には混沌が支配するという秩序があります。それに比べれば、混沌と秩序がせめぎ合う人界の方がよほど混沌としていて面白いものです」

「その『せめぎ合い』が人界の霊的ポテンシャルの上昇を促し、ひいては、魔族を始めとする全霊的存在を活性化していくわけや」
感慨めいた言葉が紡がれる。さらに、
「下のモン(者)はともかく、アンタならこの状況にたどり着くのにどれだけの試行錯誤があったか知らんわけやないやろ」

「”永遠”を持つ我々すらもうんざりするほどですな」

「そやでぇ、幾世代の宇宙が費やされ、那由多の数の世界で試みられた中で、ようやくここまで発展したんや。これまでのように、成り行きで潰してしまうには勿体なさ過ぎると思わへんか?」

「魔族の多くはそう思っているようですな。だからこそ、神族の相対的優勢を認めたデタントにも合意したわけですから」
 押さえるつもりだったが、反発が出てしまう。

「言いたいことは判るが、それもこれも魔族の繁栄のためやで」
 そう言った後、間をおかず、
「おっと、話が逸れてもたな。『暇つぶし』って、話を信じていいんやな?」

無言でうなずく。どのみち、信用するつもりはないのだから、説得する言葉は不要だ。

「”今”は信じさせてもろとくわ。」
 その内心を読んだかのように、“今”に妙なイントネーションが掛かった返事が来る。
「ああ、ついでに、言わせてもろとくけど、そっちはお忍びのつもりかもしれへんが、ワシが勘づいたように、神族も、アンタがちょくちょく不在になるのを勘づとる」

「あなたにはともかく、神族に私が所在を明らかにしなければならない責任はないと思いますが」

「とは言(ゆ)うても、デタントは相互の信頼があってこそや。アンタの不在を理由に痛くもない腹を探られるのは、正直、嫌な話やで」

「そうですねぇ 痛くもない腹を探られるのは、私も嫌ですから」
 わざとのんびりと答える。

「‥‥ で、ここに来たのも『暇つぶし』なんやろが、元始風水盤が造られている現場とは、少しばかり、きな臭いんとちゃうか?」
さりげなく、プレッシャーが強まる。

それに対しアシュタロスは、平静な表情を崩さず、
「他と同じで、何かしようとは考えていません。人が強大な”力”を持つことで演じる悲喜劇を見たいというだけです。そうしたことに立ち会うのは魔族の嗜みと思いますが」

「それもそうやが、立場上、ここにおることが神族にばれるといろいろと面倒なことは判るやろ。ここは、出向いたワシの顔を立てて引き上げてもらいたいんやが」

「では、一つ貸しておきましょうか。私としても、この程度のことであなたと気まずくなるのは避けたいことですから」

「借りとくわ。借りとくついでに、その”人形”もこの場から遠ざけ、係わらさんようにしてもらわれへんかな?」

「それはお断りします。意識を引き上げることはかまいませんが、見物を止めるつもりはありません。いくら、あなたでも、そうしたことにまで口を挟む権利はないと思いますが?」

「『ない』のは承知の上での頼みなんやがなぁ」 未練たっぷりという口調だ。
「というのも、その”人形”、ちぃーと出来が良すぎるという気ぃするからな。見たトコ、最低でもその辺りを管轄にしている竜族の娘はんとタイマンできる”力”はあるやろ。この地域のパワーバランス上、放っとかれへん」

「リアルタイムで情報がリンクするよう、私の霊基構造体をベースにしていますからね。どうしても、スペックが高くなってしまうのです。どのようなスペックでも、使わなければ同じでしょう」

「そうはゆうても”力”は”力”や。こんなモノがあることがバレると、神族も黙ってへん。老師はんでも、しゃしゃり出てきたら、シャレにならん」

「いざという時は自らの手で葬ります。それで何の問題もないでしょう。それでも気になるというのなら、ここで、破壊してはいかがですか?」
アシュタロスは、芝居がかった仕草で掌を胸に置く。

「ワイが人界で直接”力”を使うわけにはいかんのは承知で言うとるやろ」
不愉快そうな響きが混じるが、すぐに、馴れ馴れしい口調に戻ると、
「まあ、そこまで言うのなら、”人形”の件はこっちが引くわ。これでさっきの借りはチャラやで。それと、くれぐれもゆう(言う)とくけど、元始風水盤については”人形”の手出しは御法度やで」

「重々、承知しています」これが落としどころとうなずくアシュタロス。

「これで、話はついたワケやな。ワシは戻るからアンタはんも早よう戻ってきぃや」
そう念を押すと、別れの挨拶もそこそこに光の帳が消える。

光が消えたところを見ながら、緊張を解く。

 安易に意識を移したことで、この場から手を引かざるを得なくなった点は残念といえば残念だが、もともと、プローブに任せる予定だったこと思えば、実害はない。逆に、言葉でしかこちらの行動が掣肘できないとことが判ったのは収穫だ。
この線で押していく限り、直接的な妨害を想定する必要はなさそうだ。 もちろん、監視は続くだろうし、間接的な妨害は仕掛けてくると思う。しかし、プローブはそうした事態に十分に対応できる。

先ほどと逆に、今までになく”計画”の成功が確信できたことに、アシュタロスは満足の笑みを浮かべた。



‘?!’芦は意識に奇妙なギャップ(空隙)があることに戸惑う。

ちらりと時計を見るが、時間は連続して経過している。それと判る間、居眠りをしたとかの可能性はない。

しかし、妙に既視感のある戸惑いは‥‥ すっと薄らぎ、気にならなくなる。

‘まあ、良い。今、考えるべきことは、モリアーティーの報告の件をどうする‥‥ ??’
 その件は、さきほど無視すると結論を出したはずだ。それを、なぜ考えようとするのだろうか‥‥

立ち上がると、二度、三度と首を傾けてみる。
 どうやら、元始風水盤の成果を目の当たりにした興奮で、神経が普段と異なっているに違いない。
 今は睡眠を取るのが、一番現実的な対応だと結論づける。



 孤立空間 1
ここは、これ自体で存在する創られた空間。最初からその存在を知らない限り既知のどのような感覚を持ってしても感知できない仕様になっている。

”無”しかない空間に、二つの光の帳が生まれた。

「どうでしたか?」一つの光から、多少暖かみはあるが、感情の籠もらない声がする。
その光の揺らぎにの奥には、長衣を羽織り簡素な冠をつけた人を思わせるシルエットが認められる。

「アシュはんは魔界に戻ったわ。こっちが見張っとることを見せておいたから、無茶はせんやろ」

「それは良いのですが‥‥ 結果的には、”人形”が、元始風水盤のそばに残るわけですね。その点、何とかならなかったのでしょうか?」

「交渉には妥協はつきもんや。”人形”に拘って、引き上げる気になっていたアシュはんがヘソを曲げても拙い話やからな」

「しかし、アシュ君がその”人形”を使って、何かしでかす可能性はあると思いますが?」

「『可能性』だけでは無理押しはできへん。実際、ざっと調べた範囲やが、”人形”はアシュはんの目や耳の役割は果たしてはいても、人の行動に直接的な干渉はしとらん。そもそも”人形”自身に、アシュはんの使い魔ちゅう意識はないしな」

「直接的に手を出さないことで、こちらの動きを牽制する。そのあたり、アシュ君の巧妙なところなんでしょうね」

「そういうことや。手を出している証拠でも有れば、元始風水盤もろともバッサリちゅーのもできるんやが。ホンマ、両界のパワーバランスの隙を衝いてくるからやりぬくう(にくく)てしゃーない」
もし、人としての姿があるのなら、苦笑を浮かべ肩をすくめているところだ。

「それにしても、なぜ、あんな物騒なモノが、今の日本に? 焚書坑儒の際、建造法などの情報は処分されたのではなかったのですか」

「そこが、それ、しぶとい、人の”人”たるところかな。どうやら、知識を伝承した者がおったようや。で、そのことを知ったあの国のお偉いさんの一部が、国の切り札にしたいと飛びついたワケや」

「まったく、分別のない野心家ほどやっかいな連中はないですね。そうした者たちの末路など、歴史に腐るほど前例があるはずなのに」
声に嘲笑めいたニュアンスが入る。

「それも人の”人”たるこころや。全体的には、まだまだ健全な連中が多い国やが、どこにでもアホはおるちゅーこっちゃ」

「で、アシュ君、アレで何をしたいのですか? 使い方によっては、こちらの強硬派にハルマゲドンの口実を与えることにも‥‥ ひょっとして、それが狙いとか」

「それはないやろ。今ハルマゲドンを起こしても、泥沼の消耗戦がオチや。最後は、世界がリセットされて、一からやり直し。そうなって得するモンが誰もないことは、アシュはんも心得とる」

「なら、いいのですが」懐疑的な返事が戻ってくる。
「アシュ君の意図はともかくとして、元始風水盤は潰したいですね。人に持たせるには危険すぎる玩具ですよ、あれは」

「人が自分でやっていることやからなぁ うかつ手を出すと、デタントを自分で壊すことになってしまうしな。これが、五千年も前なら、あんたはんの雷一発でケリがついたとこやが」

「それは皮肉ですか?」光の脈動が微妙に早くなる。
「そもそも、五千年前の件はあなたの干渉がきっかけだったはずですが。暴走を始めた”人”の頭を冷やすためとはいえ、文明一つを歴史の闇に葬ったのですから。決して後味の良い話ではありませんよ」

「こりゃ、藪蛇やったな。人があんなものを造るトコまで、一気に発展するとは思ってみぃへんかったからな」

「まあ、済んだことはいいでしょう。それよりも現在をどうするかです? 確かに、デタントの維持という観点からは、放置せざるを得ないのですが」

「まあ、間接的に手は回しておる。問題は、それが間に合うか、どうかや」

「心細いですね。こちらも手を回しましょうか?」

「それはやめといてや。ワシやったら、アシュはんの足を引っ張ったことがバレても、質(たち)の悪い悪戯ですむが、あんたはんとなると、こっちの強硬派が黙ってへん。ハルマゲドンの口実としては十分や」

「ハルマゲドン‥‥ それを避けるためにその芽を見逃す。いっそ、ハルマゲドンをやってしまえば、スッキリするかもしれませんね」

「冗談としてはおもろ(面白く)ないし、本音としたら‥‥」
光の脈動がゆっくりとなり、
「こっちは、いつでも受けてたつ用意はあるで」

「今度は、私が薮を突いたようですね」光が苦笑めいたテンポで瞬く。
「にしても、最終的にアシュ君は何を企んでいるのですか? この件以外にも幾つもの計画を平行して進めているようですが」

「そこが問題なんや。ガードが堅い上に、幾つもの計画を同時に進めることで、相互にカモフラージュさせとる。今回の動きかて、本命を隠すための陽動って可能性はけっこう高いんや」

「と見せかけて、本命‥‥ とか」

「裏の裏と読みはじめたらキリはあらへん」

「本命として、”究極の魔体”ちゅー代物を造っとるという情報はあるんやが、それも、確証のある話やない」

「”究極の魔体”?! これは、また大きく出ましたね。もっとも、そこまで大仰だと、いかにもダミーって感じですが」

「力業で、現行の秩序に挑戦する程度のアシュはんなら恐いことも何ともないんやが」
 そこで少しの間があり、
「まっ、とりあえずは、本人の動きを地道にマークするしかしゃーない」

「ですね。今のところは」そう答えた光の一つが消える。

そして、間空けずもう一つの光も。


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