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幾千の夜を越えて

私は怖くて仕方が無い


投稿者名:日野 隆
投稿日時:06/ 3/28

「メドーサか。んー、確かに強ぇし地上での制限も弱ぇけど、でも性格的になぁ。冷徹にも見えるけど、意外とプライドに拘るタイプだろ?ん?それも計算済みで、相手の仮想敵の摩り替えを考慮して?へー。ふーん、非効率的じゃねぇ?」

素っ頓狂な声を上げた男が不満気な声をあげるのに、魔族は僅かに微笑んだ。
単純な興味から来る面白さであった。目前に居る特異な存在は、しかし自分と敵対するでも無く協力するでも無い傍観者だ。
その彼の反応は、一つ一つをとっても魔族にとって新鮮な物であった。

「まー俺は今んトコ適当にブラつきながら遊んでるさ。ちょっと気にかかる事があってな。出かける所があるんだわ」

魔族は感嘆の言葉を漏らし、男へと邪魔立てする気は無いと言う意を伝えた。
それを受けて男は邪悪な微笑みを漏らす。
背筋の凍りつく思いをし、魔族もまたそれに答えるべく凶悪な微笑みを浮かべた。

沈黙が空間を支配した。
まるで空気が巨大な質量を持っているかのように感じ、魔族は首筋に冷や汗を掻いている事に気付く。
魔族は力こそ目前の男を上回っていたが、しかし戦闘経験で言えば彼に劣っていた。
魔族にとって団結力では無く単騎での異常能力との対峙は殆ど無かったからである。

「じゃーな。また来るわ、そんときゃ茶でも一緒に飲もうぜ」

唐突に沈黙を切り開き、男は不敵に言い放った。
椅子から立ち上がって出口へと真っ直ぐに歩いてゆく。
それは先ほど魔族に冷や汗をかかせた程の堅さを持つ、彼の強固すぎるほど強固な意志を示しているかのようだった。

溜息をつき、魔族は全身に満ちていた力を抜く。
掌にかいていた嫌な汗を拭き取り、魔族もまた立ち上がった。
強固な意志を持つ男が何時までも立ち止まっていなかったのと同じで、魔族もまた立ち止まり続ける事無く進んでゆく強固で揺るぎの無い在り方があるからであった。


――背を向けあう男へと僅かに敬意を覚え、魔族もまたその場を去った。



――幾千の夜を越えて
三話『私は怖くて仕方が無い』



「チィ、あの半ズボンと便所蝿が……。人の事を散々馬鹿にしやがって」

舌打ちしつつ呟き、メドーサは瞑目した。
神魔族の中においても、メドーサの人生は異常と言えるほど凄まじい物である。
神族として生まれるも父母共に冷酷無比な人格であり、厳しすぎる程の修行を授けられた。
それら全てを突破しつつ政治の世界へ入り、上級神族としても上位である力と、その悪辣な頭脳を持ってして欲しい物を全て手に入れてきた。

だがそれも長く続かず、生まれて初めて純粋に愛した人に裏切られ、魔族と手を組んだと言う捏造された事実により駄天する。
力の殆どを失い中級魔族の中位程度となったメドーサは、失意を隠すように戦場へと出向き戦闘の高揚感で全てを騙した。
やがて有名となるに連れて上位の魔族からの依頼も受けるようになり、いつしか高揚感でも失意を隠す為でも無く、ただプライドを守る為に戦うようになる。

そんな冷酷な魔族として有名であったメドーサは、ついに中級魔族としては最強の域まで上り詰める。
そこで声が掛けてきたのが、現在のメドーサの上司である。
無論メドーサの力に大きく期待してであったのだろう、今回の報告にはかなり渋顔をされる事となった。
それは兎も角、同じく雇われた格下の二匹に馬鹿にされたのがメドーサに感に触っている訳である。

「だが、一番許せないのはあの坊やか……」

今のメドーサに残っているのは、《誇り》ただ一つであった。
神魔大戦の頃に憎んでいた両親は亡くなり、また初恋の人もその縁者も死んだ。
魔界に来てからは仕事以外で付き合う人物は居らず、精々が腐れ縁の便所蝿と言った所か。
だからこそ、たった一つ何千年も守り抜いてきた自分の唯一の価値だからこそ、メドーサは誇りに拘った。
自分が仕事を確実にこなせる有能な存在であり、また孤高であると言う誇りにだ。

請け負った仕事を失敗したのは、軽く見て千年ぶりといった所である。
それも情報不足などで相手の実力が圧倒的に上だった訳では無く、たかが人間の偶然の集まりによる状況の変化によるもの。
間違いなくその原因である横島を、メドーサは許せなかった。

「それに、実力も侮れない、か」

苦虫を踏み潰したように顔を歪め、メドーサは吐き捨てるように言った。
あの横島は初めて霊能を発現させたのだと言う。二度目以降の霊能力は安定力が落ちるが、しかしそれも次の作戦時までには戻ってしまっているだろう。
それだけで無く小竜姫辺りに鍛えられ、新たな霊能を引っさげて来る可能性とて存在する。

元々横島は体術はかなりの物であった。
更にメドーサが後から千里眼に似たアイテムで確認したのだが、ナイフも体術程では無いにしろ扱えている。
更に言えば回避にかけては異様であり、メドーサの攻撃をすら数分間回避しきってみせたのである。

(――うん?回避、しきった?)

疑問詞と共にメドーサは思考する。
横島の全力の動きは、確かに自分の攻撃を回避しきれるだろう。
だが、僅かでも横島が手を抜けば難しい程度である。
いかに人間として異常な回避力とは言え、果たして横島は全力で一撃をギリギリ避けれる自分の攻撃を、連続で数分間も回避しきれたのであろうか?

答えは否、とメドーサの思考は告げた。

「となると……、無意識に霊力による身体能力強化をしていたか、若しくは――」

恐らくは横島自身も気付いていない、謎の能力を有しているか。
それを言いかけて、馬鹿らしいとばかりにメドーサは首を振りその思考を払った。
相手はあのセクハラ小僧なのだ、煩悩辺りで霊力を増幅していても不思議では無い。
と言うより、瞬間移動などしたのだからその素質はある。そう考えてメドーサは薄く微笑んだ。

妖艶な娼婦の笑みでもあり、同時に好戦的な獣の笑みもある微笑みだった。
歪んだ唇と肌は他の部品の美しさを一層引き垂れる要素と成り果て、一層その危うい美しさを協調してる。

そうだ、次の依頼に必要な人材に育成にもう少し力を入れてみるのも良いかもしれない、とメドーサは思った。
上手く行けばあの小僧とカチ当たり、その能力を見る事も叶うだろう。
現時点でも、他は兎も角最も強い女言葉を使うあの男なら、少なくともあの小僧が他の霊能を身に着けてきたか程度は暴けるはずだ。

段々と調子が出てくるのを感じて、火照る体にメドーサは打ち震えた。
冷酷で冷え固まっていたはずの体を火照らせる程の面白い男が出てきた事実が、ようやくの事実感できたのである。
どうでもいいが、それが遅れた一番の要因は彼のセクハラ癖だったりなんたりとか。


星の隠れた漆黒の空へと向けていた視線を地上に戻し、メドーサは長い舌で唇を舐めた。
笑みを浮かべた顔を、そのままに。



*



一方、妙神山の方。横島は無断欠席三日目にしてようやく基礎中の基礎の習得を終え、反復を行いつつ簡単な実戦形式の修練へ入った。
とは言え妙神山の竜神相手の三日と言うのは七十二時間と等価では無く、何処かの斉天大聖老師より弱体化した加速空間における、二週間近くであった。

霊能の基礎である意図的な身体強化や超回復などを身につけ、更に途中から加わった美人のおねーさん二号、別名ヒャクメと言う女性神により霊視の簡単な指導を受け、そして横島は現在約四〇マイトもの霊力を自在に操る事に成功していた。
――要するに、現在の美神令子の五割程度なのであるが。

そして現在、身に刻みつけた(文字通り、セクハラの際の避け切れなかった神剣による被害が横島の身に刻みつけられていたりする)霊能を自在に使えるようになる訓練を行っている最中である。

「破ッ!!」

空を神剣が裂いてゆく。
首を落とそうとする手加減付きのそれに、横島は迷うこと無く姿勢を低くし回避、すぐさま膝のバネと霊力集中を使って折れ曲がる軌道から身を逸らした。
が、追撃。
心臓へと一直線に迫る突きだが、霊視により攻撃的な霊力が強いままである事に気付いていた横島には予想の範囲内の攻撃にしか過ぎない。
よって丸みを帯びた極厚のサイキックソーサーを生成し、易々と逸らしきる。

が、次の瞬間横島が立てさせなかったはずの神剣の刃筋が通った。

「避けてばかりいないで反撃してくださいッ!!」

「ってうおわぁッ!?」

思いっきり全力で手加減しっぱなしの小竜姫の神剣でも、刃筋を通せば極厚のサイキックソーサーを両断できる。
それは予想の内であったが、寸前で刃筋を通す事さえ叶う小竜姫の技術と言うのは予想外の事実。
出鱈目な技量に顔を青くし、横島は寸での所で床へと張り付き回避した。

「いや、避けなきゃ死にますよ俺ッ!?」

「攻撃が最大の防御と言うでしょう!!」

「うわーん、小竜姫様が虐めるーッ!!」

「が、がんばるのねー、横島さーん」

ちょっと身につまされて同情してしまった何処かの神の応援を受け、横島の瞳が輝いた。
内心呆れ顔になりつつ小竜姫は踏み込み、寸前までゴロゴロと転がりつつ駄々をこねていた横島へと神剣を振り下ろす。

爛々と輝く、その原因さえ知らなければ野獣の猛々しい瞳とも言えよう瞳は、間違い無くその剣線を捕らえる。
仰々しい修飾を抜けば要するに霊視だ。
元々親にボコボコにされて遊ばれ、もとい鍛えられつつ得た感と経験により、見た意識の集中がどんな動きを意味するかを推測した訳である。

完全な縦の斬撃、そして地に着く寸前レの字を描くように跳ね上がる。
同時に震脚を持ってして迫り来る剣を、横島は膝やら足裏を霊力で強化し地面を蹴って回避。
次いで小竜姫は一回転しつつ途中から水平に変わった神剣を叩き込もうとするも、言われた通りに反撃を開始した横島の小サイキックソーサー付きパンチに吹っ飛ばされる。

すとん、と言う着地音と共に再び間合いは開いた。
遠距離は横島の間合いであるのだが、そもそもこれは実戦に近い訓練であり実戦では無く、故に追撃は無い。
小竜姫は考え込むようにしながら横島の瞳を眺め、それから構えを解いた。
同じく構えを解きつつ脱力、横島は魂とかも混じっていそうな溜息を吐きつつ崩れ落ちる。

「まぁ、合格と言っていいでしょう。技術は水準以上ですが、何と言うか、心の持ち方が……駄目とまでは言いませんが、ちょっと情けないと言うか、凄く情けないと言いますか……」

「うーあー、つ、疲れたー。もー駄目っす、一歩も動けねー」

「真面目に聞きなさいッ!!」

「うわっ!?……しょ、小竜姫様、落ち着いてッ!次マジで避けれませんからッ!!首と胴体が離れ離れにッ!……はッ!?ち、畜生、まだ未経験なのに死んでたまるかぁあぁあぁぁあ――ッ!!小竜姫様、神と人との禁断のあ……何でもないですごめんなさい、だから剣を突きつけないでくださいッ!」

馬鹿をやっている二人を見て、傍観していた女性は溜息をついた。
苦笑に似た物である。
基礎の霊視ですら未だ粗さの残る普段横島の出来の悪さと、先のやる気満々となった際の横島との差異による物であった。

表情をそのままに立ち上がる女性。
水着のような謎のコスチュームで身を包む彼女の名をヒャクメと言い、一応神様の一人であり、同時に小竜姫の親友であり、更に言えばお仕置きの被害者の一人でもある人物である。

「横島さんも、もう少しでいいから普段からセクハラを控えて真面目にやって欲しいのねー。霊視の才能だって、霊能者としては並程度だけどあるんだし」

「うっ、ごめんなヒャクメ……さま。だがッ!!美女を目前に何もしないとは、漢が廃るっつーもんだゴブヘハァッ!?」

苦笑交じりのヒャクメの言葉に答える横島へと、もれなく神剣がプレゼントされた。
モザイクをかけなければならなくなった横島を無視して小竜姫も苦笑気味に笑い、同じく横島を無視しているヒャクメへと言葉をかける。

「そうね。格闘技術もそれなりに才能があるんだし、もう少し本気になってくれれば面白いんだけど……」

唇へと指をやりながら、小竜姫は溜息をついた。
横島は収束に大きく才能を裂いている。
体内での収束による肉体強化も体外への収束による霊気の具現化もかなりの成長率を見せており、どちらかと言えば後者の方が強いものの前者も十分以上である故、前衛に向いていた。
更に幼少期から望んで父親に遊ばれ、別名鍛えられてきた為動体視力なども凄まじく、近接戦闘者としての才能に溢れている。

今はまだ未熟も良い所だが、成長すればかなりの霊能者となるだろうと小竜姫は予測していた。
故に半分暇つぶしのつもりだった気持ちがかなり本気になっており、横島にもやる気を出して欲しい事となるのである。

「でも本気になったら横島さんじゃないのねー」

「そ、それは確かに……」

《常に本気》な横島を思い浮かべて、小竜姫は乾いた笑みと共に冷や汗を浮かべた。
同じ想像をしたのか、小竜姫の思考を見たのか、ヒャクメも少し明後日へと視線をやる。
ツッコミを入れたい所ではあるものの、流石に神剣はキツかったのか横島はまだ再生途中であり不可能であった。

(って、俺が本気になるのはそんなにおかしいんかい――ッ!!)

訂正、内心でツッコム余裕が既にあったらしい。
一人聞こえたヒャクメは苦笑いを浮かべるものの、小竜姫には特に伝えずにおいた。
これ以上横島の評価が下がるのも可愛そうだと思った故の処置である。
別に横島を無視したら反応が面白そうだなぁ、などと思って放置した訳では無いのであった。多分。

と、そこでヒャクメは自分の思考に若干の違和感を感じた。
何故、自分はこんなに早く他人と馴染んでいるのだろうか?
小竜姫は兎も角、自分はそれ程気安い神族では無かったはず。
表面上は馬鹿をやっていても、内心では相手を探り酷薄な冷笑を浮かべているのが自分であると言うのに。

例外である小竜姫、例え思考が読まれていようと特に気にせずヒャクメの友達で居てくれる彼女ならば分かる。
無論その彼女が認めた人間だ、ヒャクメとて積極的に嫌うつもりは無い。
横島の超単純かつ心底馬鹿でエロ餓鬼そのままの行動と心理は、むしろヒャクメを安心させ、故にヒャクメは彼の心は表面上しか読んでいなかった。

そこまでならばヒャクメは自分の行動を許容できた。
だがしかし、今の行動は果たしてどうだろうか?ヒャクメは内心で渋顔を作って思考する。

横島にセクハラを許した。
即座に反撃、しようとして既に肉塊となりウニョウニョと再生途中なのを見て、哀れすぎて止めた。決して超加速まで使う小竜姫のお仕置きに引いたのでは無く。

横島の修行を見てやった。
覚えの悪さに苦笑しつつ、それでも出来が悪い生徒程可愛いとでも言うのか、自由時間も使って教えてやる。

横島がボケるのに思わずツッコミを入れた。
小竜姫の過剰なツッコミに慣れた関西出身の横島に感動され、ボケて尚生き延びれる事に感涙される。
次いでに小竜姫へ失言をした横島は再び肉塊と化して、やっぱりヒャクメは再生途中を見て涙した。

(な、なんか真ん中以外コントみたいなのねー……)

思い出した内容に少し情けなくなりつつも、少なくともヒャクメは出会って一週間と少しである人間相手に自由時間(覗き時間とも言う)を使ってまで指導をしてやる程、人付き合いの良い神では無かった。

確かに横島は面白い人間だ、とヒャクメは思う。
自分が心を読んでいると教えても「び、美女に心が丸裸ッ!?な、何て卑猥な状況、それが今だとッ!?ならば今こそ人と神のきんだゴベプァアッ!?ちょま、小竜姫様、止めて死ぬッ!?」などと言い出すのだ。

それこそ希少で、面白い、もしかしたならば――友達と、なれるかもしれない、人。

(だから、なのかな……?)

数少ない友達となれるかもしれない人だから。
思考を見て、悪い部分に目が行かない程単純で面白い人だから。その思考が常に行動と一致していて、と言うか本物の馬鹿だから。
何気に酷い思考を交えながらも、ひょえぇえぇ――ッ!!などと叫びながら訓練を続ける横島を見てヒャクメは微笑んだ。

逃げかな、とヒャクメは思う。
もしかしたら本当に横島に何かあって違和感を感じたのに、友達が欲しいから、小竜姫だけで無くもっと沢山の存在とも関わりたいから、彼が友達になれそうな人であると思いたいのでは無いかと。

そう思うと、ヒャクメの心は僅かに落ち込んでゆく。
生まれて数千年、小竜姫以外の友達など居なかった事。
それがヒャクメの自信を揺るがし、故にだからこそヒャクメは横島の心を深くまで読む事をしなかった。
意味も無く怖かったのである。
この違和感に何か特別な理由があれば、横島と友人になれる理由が消えてしまうのでは無いかと。


それは少なくとも、人一倍強いヒャクメの好奇心を殺す程の強さであった。



*



丁度一週間、大体加速空間において一ヶ月と少しの時間により横島忠夫の基礎訓練は終了した。
訓練の結果として最終的に新たな霊能力の発現は無かったものの、サイキックソーサーのコントロール、回転、爆発などの発展系と言える能力は大体習得と言う結果を見せる事となった。

そこで小竜姫が悩んだのは、彼を人界のGSに師事させるかどうかである。
何となく安易に決められてしまいそうな気がしてヒャクメにも相談したのだが、結局出た結論はとりあえず横島に聞いてみる他無いと言う事となった。

「横島さん?ちょっといいですか?」

「はい?何スか、小竜姫様」

修行の最後の日の事であった。食事時を終えた横島は誰も風呂に入っていないので覗きにも行かず、またまだ誰も寝ていないので夜這いにも行かず、おのぼりさんな小竜姫が見つけて購入してきたカラーテレビの前に座っていた。

食器を洗い終えた小竜姫は軽く汗を流してから風呂へ入り、そして覗きに来た横島に軽いお仕置きをするのが日課である。
何か用事があるのだろうと横島は僅かに真剣な顔になった。
真剣な空気が苦手な故、今にもちょっと叫んでみたい気分ではあるのだが、それで六回ほど死に掛けた為横島はどうにか自制する。

「これからの貴方の霊能力なんですけれども……」

横島の顔が、珍しく本気で真剣味を帯びた。
恐ろしいまでの真剣さであった。
瞳には何処か強固な意志が感じられ、鋼のような硬質な何かが混じっている。
それに戸惑い小竜姫は一度言葉を切ってしまうも、横島とて真剣になる時ぐらいはあるだろうと言葉を続けた。

「主に、二つの道があります」

「――関わるか、関わらないか。そんな所ッスか?」

即答。それに対し、ポカン、と小竜姫は呆けた顔になった。
何か妙な事を言ってしまったのかと横島は不安になるが、それでも小竜姫は呆けた顔のまま何も言わない。
呆れられてしまったのだろうかと横島の顔に青が混ざってきた頃、小竜姫はようやくの事口を開く。


「――よ、横島さんがマトモな事を言ったあぁあぁぁ――ッ!!!??」


次いで小竜姫の精神が口から脱出、太陽系を乗り越え銀河の果てまで辿り着き、そこで良く空に顔が浮かんでくる死んだ脇役とお茶をし、そして友情にかけて悪との戦いを始め、ラスボスとの一騎打ちにまで行った辺りでどうにか現世に戻ってきた。

「いや、!と?が多ッ!?そして俺の扱い酷くないッスかッ!?」

微妙にメタなツッコミをしつつ血涙を流す横島に流石に思う所があったのだろう、小竜姫はどうにか落ち着きを取り戻し、ようやくの事呼吸が整う。
なんだか流石に悲しくなってきた横島だが、小竜姫に併せて再び真剣な表情を作った。

「うう、すいませんでした、取り乱した上失礼な事を言ってしまって……。ま、まぁ、兎も角それで正解です、そんな所です。関わらないと決めるならばこのまま横島さんは元の生活に戻る事になりますが、関わるとなればこれ以上は人界のGSに師事してもらう事になります」

「成る程……。まぁ、どっちにしろ関わる方を選びたいっスね」

「はぁ、そうですか、成る程……」

と、何となくで相槌を打ってから小竜姫は固まった。
キィン、と言う甲高い音。
同時に抜刀された神剣が横島の喉に突きつけられ、殺気をすら込められた視線が横島の瞳を貫く。
凄絶なまでのそれに冷や汗を流しながらも、横島は表情をピクリとも動かさなかった。

沈黙が舞い降りた。
小竜姫からは絶大なまでの殺意が迸り、横島はそれを簾のように受け流す。
顔の形も体の姿勢もゆったりとしたものであり、ただその瞳だけが強靭な意志を秘めていた。

横島の黒い瞳は、重厚な厚さを持っていた。
同じ黒でもプラスチックの単純な黒や夜闇の色無き黒では無く、どちらかと言えばあらゆる色を混ぜ込み作り出した複雑で分厚い黒であった。
小竜姫はそれを見て僅かに戸惑う。
横島は、これ程に深い瞳を持つ人間だっただろうか?
だがそれは口に出されず、生まれた疑問を振り払うように小竜姫は口を開いた。

「横島さん。私は、これでもあなたを見込んでいたつもりです。今回は取り乱してしまった私の言える事では無いかもしれませんが、少なくともあなたは本当に重要な選択を安易に決める人では無いと思っていました」

沈黙を切り開く声は硬質で堅い。
それに応対する横島の瞳もまた、硬質な光を灯している。
小竜姫にとって始めてみる光であるそれは、横島が垣間見せる力への意志であった。
理由無く、ただ横島の中に根付く何か。

「……実は、ここに来た頃からとっくに決めていました」

僅かな合間しか置かぬ返答に、小竜姫は眉を潜めた。
だが思い当たる事は無いでも無い。
例えば先ほども小竜姫が示した二択について即答したのだ、かなり前からその事を考えていたとしても不自然では無い。
最も、この一月馬鹿な言動以外したことの無い横島が真面目な事を言うのは、不自然極まりなかったのであるが。

「ならば、せめて理由を聞かせてください」

とは言えこれだけでは納得しかねる小竜姫は、次いで理由を問う事にした。
下らない理由では無いだろうと神剣を鞘へと納め、瞳に込めた殺気もどうにか怒気にまで抑える。
それに漸く余裕が出来たのだろうか、横島は軽く呼気をして言った。

「上手く説明できるか、分かりませんけど――…………」

小さく呟くように言い、横島は何かを振り払いたいかのように首を振った。
気合を入れようとしたのか大きく息を吸って、それからお約束とばかりにゲホゲホと軽く咳き込んでから言う。

「何でか、分からないッスけど。昔っから俺って、強くなりたいっ!って思う事が多かったんすよ。それで親父にも、あぁ親父は何か理不尽に強いんスよ、兎も角親父に頼んで訓練とかつけてもらったりしたんです。まー、結局逃げ足が一番鍛えられたっつー結果になったりしちゃってるんスけどね」

熱に浮かされたような言葉に小竜姫は圧倒された。
この一ヶ月、知る限りで一番情けない人間であった横島は何処へ行ったのだろうか?
目前の狂人のように喋り続ける彼は、情けなさとは似てもつかない程の何かを内に秘めていた。

「だから俺は、強くなりたいんです。ほら、なんかもう少年漫画風な熱血モードって嫌いなんですけど、でもこー言うぐらいしか思いつかないんスよねぇ。兎に角、強くなりたい。理由も分からないのに、何ていうか、体の中で誰かが叫んでいるみたいで」

一端口を閉じ、それから僅かに迷うようにして、しかし口調ははっきりと、再び横島は言った。


「兎に角、強くなりたいんです」


危険かもしれない、と小竜姫は思った。
彼は酷く情けないエロ餓鬼かつ馬鹿であるのだが、しかし果たしてそれに劣等感を抱いていないかと言えば否だ。
恐らくは美女の応援を受ける時以外に真面目になる時があるのは、恐らくその自虐に似た負の感情に押し流されての事なのだろうと。

だが、単純な力は、見えない心の強さでは無い分かりやすさを持つ強さは、人の心を安定させる。
その事を長年人を見てきた小竜姫は知っていた。
自分の価値が不安定では無く、誰から見ても強く、そしてそれが踏みにじられない。
それは自分への自信を作り出し、明るい道を歩ませる結果とも成り得る。

ヒャクメが居れば、と小竜姫は僅かに噛みあう歯に力を入れた。
ヒャクメが居れば彼の心がどちらへ傾いているのか、正確に視てくれただろう。
だがしかし彼女は今妙神山におらず、天界にて仕事をしているはずだ。
仕事をサボって遊びに来るのは最近やったばかりだ、すぐに来るとは思えない。

「わかり、ました」

答えた小竜姫に、横島は満足そうな顔を見せた。
いつからか張り詰めていた空気もその濃密さを薄め、快適な程度の風が吹き横島と小竜姫を包む。真新しい畳の匂いを運ぶそれに微笑んで……。


「ハッ!ここで分かったと言う事は俺との関わりを無くしたくないと言う事ッ!?つまりは正に告白ッ!!……小竜姫様、今度こそ人と神との禁断の愛をぉぉぉおおおぉぉ――ッ!!!!」

「貴方はいい加減の懲りなさいッ!!仏罰ですッ!!」


緊張に抑圧されていた煩悩を解放した横島は、ここ一週間で約八〇回目のスプラッタと化した。


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