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幾千の夜を越えて

嘗ては夢の中で


投稿者名:日野 隆
投稿日時:06/ 3/23

軌跡が光を描く。縦に振り下ろされたそれはすぐさま斜めに跳ね上がり、次いで余裕を持たれていた分奥まで打ち込まれる。直後真上へと僅かに跳ね上がり、それをフェイントに右へと振りぬかれた。

第二撃。懐まで戻った刺股は再び切っ先を霞ませ、真上から打ち下ろされる。今度はコンクリートを纏ってぶつけ、防いだ硬直を利用して開始点を移動、右下から執拗に敵を追う。回避された瞬間上へと回転し、凄絶な勢いで石槌が伸びてゆく。まさに怒涛の攻勢であった。

「のわぁぁあぁっ!?」

「のっぴょーんッ!?」

「あああ危なッ!!」

「怖い怖い怖いッ!!」

「ぎにゃああぁああっ!」

「――って、何で一発も当たらないんだいッ!?」

だがしかし、それは女の言葉通り一撃すらも横島に命中していなかった。あらゆる攻撃を逸らし流し逃げて逃げて避けて避けまくる。最早人外ではと疑われるまでの能力を発揮した横島は、回避においては神をすら越えていたかもしれない。

「クッ、見た目にはただの阿呆にしか見えない癖に……」

舌打ちする女に、横島を一瞬で倒す手は残っていなかった。眷属は既に竜神族の戦士の足止めに行かせており、これ以上眷属を増やすと小竜姫に追いつかれた際に逃げ切れる可能性が一気に落ちる。魔力砲や火角結界を持ってはいるものの、しかし霊能に目覚めたばかりの人物を相手に霊能力を使うのは不味い。霊波が不安定である故に、すぐさま新たな霊能に目覚められてしまう可能性があるからだ。

一方横島だが、殆ど余裕は残っていなかった。体力は既に半分以下まで目減りしており、更に受け逸らすのに使っているサイキックソーサーの傷を治し続けている為霊力も急速に減っている。このままでは殺されるのも時間の問題だと言えるが、しかし逆に言えばそれまでは目的である時間稼ぎが出来ていると言う事でもある。

「しかもそれだけじゃなく……」

「ぎゃあぁぁぁっぁぁっ!?のえぇえぇえぇっ!?」

顔を引きつらせながら女は刺股を振るう。横島は大げさでギャグ漫画にでも出てきそうな方法で避け、そこへ好機と見て刺股が吸い込まれた。が、物理法則を半ば無視して横島は平べったく地面に張り付き避け、更にカサカサと動き回る。

「ほははははッ!蝶の様に舞い、ゴキブリの様に逃げーるッ!!」

「……避け方がムカツクッ!!」

殆どゴキブリそのものである動きを見て口をヒクつかせ、一瞬魔力砲を撃って横島を殺そうかとも思ったが、辛うじて女は自粛した。先ほどの温い自分の一撃が横島の霊能を発現させたのだ、安易に魔力砲など使えばまた新たな霊能に目覚められるかもしれない。

だが。だが、こんな情けないアホに勝てないのって情けなくないか?自身の内に投げかけた言葉に、女はちょっと本気で泣きそうになった。情けなくて情けなくてしょうがなかったのである。



――幾千の夜を越えて
二話『嘗ては夢の中で』



「ぐぇぶっ!?」

数分後。蛙が潰れたような声を出して横島が地面に突っ伏したのと、ようやく止めが刺せると好戦的な笑みで女が刺股を振り上げたのと、そしてそれは同時であった。


ザン、と。横島と女との間に、剣が刺さったのだ。


「ひょ、ひょえぇぇぇっ!?な、な、な、何だっ!?また敵なのか!?また!?」

「チッ、もうちょっとだったのに……ッ!!」

情けない声を上げつつジタバタと後退りをする横島。腰が抜けたのか、尻を離さずすり足で逃げている横島を呆れた視線で見やり、次いで舌打ち空を見上げる女。それを見た横島も釣られて空を見上げ、そして目を見開いた。

美しい少女だった。肩で切りそろえられた赤い髪、打てば凛と響きそうな強い意志の瞳。淡い桃色の唇に陶器の肌を、何故かミニスカートとGジャンに包んでいる。一見ただの美人な大学生のようであったが、しかし燃え上がる髪から覗く一対の角がそれを否定していた。

「す、すっげぇ……」

呆然と、横島は内心を零すように言った。自分にされた反応と今の反応とを鑑みて女はヒクつき、少女は僅かに頬を緩め、そして天竜は物珍しそうな視線で横島を見やった。女の扇情的なそれと違い、少女はむしろ神秘性を感じさせるような美しさである。どちらかと言えば横島は前者を好むであろうと予想していたからの視線であった。

だが、天竜の視線はすぐさま納得を孕んだ物となった。横島が少女を見やる視線が、憧憬に近い物であったからである。横島も戦い方は情けなかったが結果だけ見れば目前のあの女を抑えきったのだ、戦士としてその迫力に憧憬を抱くのも無理は無いと思ったのだ。天竜、そして少女は横島に労いの言葉をかけようとして、また女は悪態を何かつこうとして――。


「し、白だッ!!神様仏様、この世に俺を生んでくれてありがとぉぉぉおおぉぉぉッ!!!!」


そしてずっこけた。少女などは空中に居るのに器用にこけており、天竜などは頭がコンクリートに陥没している。女は先ほどの瞬間移動で耐性がついたのか普通にこけるだけですんだが、直後血涙を流して喜んでいる横島を視界に入れて脱力した。

(わ、私はあんなのを殺せなかったのか……っ)

本気で泣きたくなってきた女だが、一切合財無視すると言う高等テクで横島を無視し、どうにか姿勢を戻した。上空に居た少女も顔を真っ赤に染めながら下りてきており、まだ顔が火照ったままではあるも構えている。微妙に締まらないが、一応一触即発の空気であった。

「え、えーと、仏道を乱し殿下に仇名す者はこの小竜姫が許しません!わ、私が来た以上、最早行く事も退く事も叶わぬと心得よッ!!――竜族危険人物ブラックリスト《は》の五番、メドーサッ!」

「ふん。音に聞こえた神剣の使い手、小竜姫か……。チィッ、そこの雑魚を潰すのに手間取ったお陰で面倒になったね」

いつの間にか剣は横島の前から消えており、小竜姫の手の中に在った。メドーサも瞳を鋭くして刺股を構えており、その迫力は横島を相手していた時とは比べ物にならないほどの強さであった。

(ん?でも俺相手の時、手加減してたって訳じゃあないんだよな……?)

疑問詞を浮かべる横島だが、空気が急激に鋭さを増したのに瞬き思考を現実に戻す。とりあえず天竜の前まで下がり、ついでとばかりに石化された竜族二人も引っ張り戦闘区域から離れた。幸いここは港の倉庫街である、人は殆どおらず神と魔の戦闘でも人的被害は無いだろう。

沈黙が場を支配した。鋭利な空気に含まれる殺気が身を焼くようで、横島は僅かに唾を飲み込む。圧倒的な殺意と敵意とがぶつかり合う、本物の戦場。初めてみたそれに、横島は改めて畏怖と感嘆の念を抱いていた。


ふと、二人の姿が消え去った。


ガキィィィイイン、と言う悲鳴のような金属音が響き、同時に先ほどまで二人が居た位置の中心で鍔迫り合いが始まる。互いの眼球を睨みつけ、視線から相手の意図を読み取ろうとし、竜神達は吼えあった。

「はぁぁぁあああぁあぁッ!!」

「えやあぁぁあぁああぁッ!!」

これまた同時に神剣と刺股とが離れ、踊り始める。技力で勝る小竜姫の剣が袈裟を描き、それを翻った刺股の柄が防いだ。同時に反転。メドーサの放つ蹴りが小竜姫の腹へと吸い込まれてゆくが、流れた神剣の柄がそれを弾く。

空を焼く刺股。寸での所で地を蹴り避ける小竜姫だが、鋭角に軌道を変えた刺股が迫り来る。甲高い金属音を響かせ神剣がそれを防ぐが、同時に離されたメドーサの右手が自らの髪を引き抜き、眷属を放った。舌打ち、離した右手で眷属ビックイーターを握りつぶす小竜姫。

「鈍いねッ!!」

だが、先手を握られた小竜姫に改めて刺股が迫る。首へと迫るそれをギリギリで防ぐ小竜姫だったが、直後迫る抜き手を防ぐ事は叶わない。腕をへし折ろうとするそれが触れるや否や、小竜姫へ神通力を使い空中へと逃げ出した。

「ぬぬぬおッ!!」

何処かのセクハラ魔人の声に双方脱力するも、何とか踏ん張りメドーサも空中へと追撃する。しかし力の抜けたそれは同じく力の抜けた神剣に逸らされ、再び戦況は互角へ舞い戻った。

「…………あ、あのガキ……」

「…………うぅ、スカート穿いて来なければ良かった……ッ!!」

ただし緊張感は戻っていなかったが。兎も角、と気を取り直し睨みあった。最初より若干迫力が削れているのは、ご愛嬌と言った所か。それでも十分に横島へと戦慄を感じさせるのは流石と言えよう。

空中で睨み合う二人は再び剣戟を開始するが、一方地上に残った横島は悩みに悩んでいた。

(糞、メドーサとか言うデカ乳女は空中へ行っちまったけど、ここで逃げていいのか……?)

横島がここで悩んでいるのは、小竜姫を見捨てる事についてでは無い。いや、それも多少はあるが、むしろここで逃げてメドーサの眷族に追われればまず殺されるのだ、それでも逃げるべきなのか判断できないのであった。

(あのヘンテコなバケモノが来たら俺なんざ間違いなく負けちまうし……。あー畜生、どないせーっちゅうねんッ!やっぱ待機かッ!?小竜姫様って人のパンツも捨てがたいしッ!」

どうでもいいが、殆ど最初から声に出ていた横島のボケにより空中の竜神達の戦いはまた一時中断されていたりする。メドーサとしては眷属を横島に放つ余裕は無い事も無いのだが、先ほど大量の眷属を使って消耗してしまった事、また天竜童子を狙いに来たのは突発的な仕事であった事から、彼女本人は今撤退を考えていたりした。要するに割に合わないのである。

尤も、それは横島は当然として小竜姫にですら分からなかった。相手は自分より若干上の力を持っているが、しかし本当の実力は未だ見極められない。表情に一切の焦りや苦悩が見られず、本当にこれが全力なのか測りかねていたのだ。

(それに、例え予測が正解だとして、消耗した現在で私と互角――いや、若干上の力。なのに何故あの人間の子へ眷属をやらないの?)

こういった掛け合いに弱い小竜姫としては、流石にこの場で損得勘定まで考えながら戦っていると言うのは思いつかなかったらしい。特に、若干損へ傾いていてもあの小僧はムカつくし殺すべきじゃないのか?などという謎の損得勘定などは到底予測できないだろう。

そんな硬直状態だった竜神の戦いに、一つ大きな声が割り込んだ。


「やっと追いついたわ、小竜姫!!」


「……へ?」

いきなりの乱入者に、横島は呆然と声の方を見やる。声の主は美しい女だった。燃え盛るような赤色の長い髪の毛に、全てを焼き尽くす、まるで魂が燃え盛っているような緋色の瞳。赤い花弁の唇に均整の取れた体の線、それをいわゆるボディコンに包んでいる。

圧倒的な意志だ、と横島は思う。そもそも先の小竜姫もメドーサも横島が見たことも無い強靭な意志を秘めていたのだが、それは矢張り明らかに人間ではない力からであったとも思っていた。しかし目前の女性は人間であるようにしか横島には思えず、しかし竜神達に負けずとも劣らぬ魂の熱量を見せ付けている。

今度こそ単純な憧憬であった。どくん、と心が焼けそうな程狂おしい思いに横島は身を焼く。明確な理屈も無くただ心が燃え盛る傷みは、横島を簡単に蹂躙した。体中が火照り、喉がカラカラに渇く。

「――チィ、これ以上雑魚とは言え増えられると厄介、不利益か」

空中にて離れた間合いの中で探りあいながら、メドーサは苦々しげに呟いた。元々不利益な状況であり、それでも今まで戦っていたのは《何となく》先の小僧を殺したかったから。そんな漠然とした感覚で居残っていただけのに敵が増えれば、それもその敵が悪魔をも陥れると言う噂の頭脳を持つ相手であれば、これ以上この場に残る必要は無かった。

だが。だが、それでも地上に居る人間の小僧が酷く気になった。舌打ち、メドーサはそれを振り払おうとしたが、しかし何故かその思いは離れない。何故かあの人間を殺さなくてはならないような気がする。先ほどまで漠然としていたその思いは僅かにその強固さを増しつつあった。

(一応、感にかけてやるだけやってみるか――)

決心して、メドーサは僅かに刺股の柄を掴む手に力を込めた。それこそ卵を包み込むような柔らかで小さい力、要するに剣術における右手の力の込め方である。攻勢の雰囲気を見てとったのか、小竜姫は後の先をと構えた。

「はッ!!」

声を震わせ踏み込む真似をしてみせ、同時にメドーサは右手から霊波砲を放った。正確には魔族の扱う陰気が多く含まれた魔力に因んで魔力砲を呼ばれるそれは、毒々しい紫の光を放ちつつ横島へと一直線に迫っていった。

「な、何ッ!!」

小竜姫が驚きの声を上げるのと、展開についていけない赤色の髪の女が矢張り驚きの声を上げるのとは同時であった。魔力砲の先には偶々巻き込まれたのであろう人物が居たからである。

魔力砲が放たれた事と、その先が予測した天竜童子では無かった事への二重の驚きが小竜姫の精神を乱した。それらが本来使えたはずの《超加速》と呼ばれる秘術を封じ、更に小竜姫へと決定的な隙を作る。

「それじゃあ、またね?」

呟きつつ気取られない程度の速さで場を離れるメドーサだった。

「嘘ぉおぉぉぉおおおぉぉッ!?」

一方、横島は情け無い悲鳴を上げつつ、足掻きとして右掌にサイキックソーサーを発現させた。それだけでは足らなかろうと更に集中、もう一枚サイキックソーサーを重ね合わせ二重の盾を作り出すことに成功する。

だがそれでは防げない事は明白であった。メドーサの力量を考えれば弱いぐらいであったが、それでも魔力砲の威力は横島の防御の五倍を越えて尚余りある。咄嗟に守ろうとした赤色の髪の女も間に合わず、近くに居た天竜に至ってはそもそも横島を守る術が存在しない。

「くっそおぉぉぉおおぉ!!」

天竜童子は、涙と鼻水を垂らしながら叫んだ。天竜は打ちのめされるような気分であった。デジャブーランドへ行きたいと言う我が侭の為に霊能者ですら無い横島を巻き込み、そして命の危機に何度も晒してしまい、そしてその借りすらも返せない。

何が竜神族の王子だ、と内心で天竜は吐き捨てる。横島は、何の力も持たなかったのに竜族二人を御し、更にあのメドーサと言う小竜姫すら押さえ込む魔族相手に数分も回避をしきった。だのに自分は何も出来ず、見ている事しかできない。

天竜は自分が情けなくて仕方が無かった。それと同時に憤りを感じる。デジャブーランドへ行きたいなどと言ったのも。自分が横島を守り返してやる事すらできないのも。そしてこんなに惨めなのも。


――自分が、子供だからなのだと。


単純な怒りであった。自責による奮起に伴うある意味子供っぽい怒りは、しかしその多大な絶対値故に天竜童子の根幹を大きく揺るがした。そう、それこそ霊気構造へと影響を与える程の大きさの振幅を持つ揺らぎを持って、だ。

次の瞬間、魔力砲が横島の目前となったその時、ポロリと天竜の頭から角が零れ落ちた。同時に同じ位置から僅かに大きくなった角が生え、そして彼の思いに答えるが如く神通力を発揮させる。


「余の家臣に手を出すなぁああぁ――ッ!!」


絶大な光であった。小竜姫のそれを遥かに超え、まさに次代の竜王であると言えよう莫大な光量。それらが一条の線と化し空中を進行、その進行方向上にある全てを焼き尽くしながらメドーサの魔力砲へと迫るッ!!

ズドォォォオオォォォオオォォォオオン、と言う巨大な爆音。それを伴い次の瞬間魔力砲を消し去り、しかし巨大な神通力は衰える事を知らずその方向を婉曲、メドーサへと向かってその牙を向いた。

「く、でかいッ!?」

僅かな悲鳴と共に、メドーサは光にその体を包まれた。互いに反属性であるが故の身を焼くような力に相貌を歪め、全力で魔力を放出。一瞬その光を受け止めると同時に残った僅かな魔力で転移術を使用し、憎々しげな表情で消え去っていった。後にはただ、神通力が空へと向かってゆく残像だけが残る。

「か、勝った……のか?」

「す、凄いわ……」

「こ、これが殿下の持つ神通力……」

三者三様に呟いて、それから彼ら彼女らは気付いた。横島は、あの少年は無事だったのだろうか?弾けるようにまだ煙の立ち込める先ほどまで横島まで居た位置へと駆け寄り、そして三人ともが同時に脱力した。

「すぴーー、んがるるるあががが、すぴぴーーー……。すぴーーー」

「って何で寝てるのよッ!!」

実は霊力を使いきってしまった為に倒れた横島が、ついつい神通棍でツッコミを入れてしまわれた事により後一時間は寝込んでしまう事となったのは秘密、一応とりあえずは秘密なのであった。



*




「……んあ?」

大口を開けて呟き、横島は目を覚ました。知らない天井であった。いや、ギャグでは無く本当に知らない天井なのである。なんだか和風なのか中華風なのか微妙な天井に疑問詞を抱きつつ起き上がると、部屋は畳が敷いてあったりして更に混沌とした世界であった。

「……ここは?」

「妙神山、要するに神様の人界への出張所のような物ですよ」

返ってくるとは思わなかった返事に横島は驚愕して飛び上がった。反射的に攻撃しそうになってしまうも、父親に途中から無理矢理鍛えられた戦士の感がそれを敵では無いと断定する。更に次の瞬間横島センサー(仮称)が美女の香りを捕らえたのが決定的だった。

振り返ると、そこには小竜姫が正座していた。《何故か》少しぼんやりとしていた記憶を復活させ辿り、彼女があの乳のでかいねーちゃんと互角に戦っていた事、それに今の台詞から神様に近い事を思い知り、横島は記憶にある彼女の名前を叫ぶ。

「って、あ、白いパンツのねーちゃんだッ!!」

「ってやっぱりそっちですかッ!!仏罰ですッ!!」

一瞬目を丸くした小竜姫の鯉口を切る音に反応して、横島は反射的に上半身を後ろに倒しブリッジ。その鼻先を掠めて、視認をすら許さぬ速度で神剣が通り過ぎた。流石に顔を真っ青にしつつ横島は元の姿勢に戻り、次いでその反動を使ってジャンピング土下座をする。

「す、すいませんでした――ッ!!あの時の事が一番印象深くてッ!!」

「…………。こ、こんな人があのメドーサ相手に立ち回れたんですか……?」

ちょっと明後日の方を見つつ、小竜姫は説明を開始した。天竜は竜神王の息子であった事。その外出を狙ったメドーサは魔族であった事。イームとヤームは騙されていただけであり、天竜が家臣として引き取った事。自分は武神であり、修行場である妙神山の管理人である事。どうでもいいが、鬼門の事は忘れられていたのか説明されてなかったりする。

そして何より、横島の霊能が覚醒した事。横島個人にとって一番重要であるそれは、その重要性からか最後に話されることとなった。

「ほへー。じゃあアレって霊的防御力?っつーのが全部無くなっちまうんですか」

「はい。尤もある程度熟練すればそれも無くなりますでしょうが。――そこで、相談なのですが」

「はい?」

まーそれでも無いよりゃマシだしいっかー、程度の考えであった横島だったが、話が変わりそうである所を見て疑問詞を抱く。対する小竜姫の瞳が余りに真剣味を帯びており、空気をどうにか軟化させたいのだが、次ふざけたら真っ二つにされる未来が見える為横島は自粛した。

小竜姫は僅かに真剣味を増した横島の顔を見て、満足そうに微笑む。何だか嫌な予感が全身を這うのを感じつつ、横島は少し顔を固まらせながらも小竜姫の言葉を待つ。口を開いた小竜姫の言葉は、何とも唐突な物であった。


「横島さん、霊能力を鍛えてみませんか?」


「――は?」


話によると。目覚めたばかりの霊能力を自己流で使うような事があれば、最悪の場合暴発やら何やらで危険な事が起きる事も少なくないのだそうだ。そうでなくとも出力が安定しない事から過信してしまいやすく、そういった条件の為でもある。

「はぁ……。つっても、何をどうすれば良いのやら。――あ。って、ここは確か修行場なんでしたっけ?」

「はい。本当は鬼門を倒した人しか通せないのですが、殿下を救っていただいた事ですし、それに偶然が幾つも絡んだとは言え鬼門より強い竜族二人を封じた事ですし。――それに、私も暇ですし」

最後に一言ボソリと本心を呟いてしまった小竜姫だが、無論だからと言って他の修行者と同じ修行をさせる訳では無い。基礎的な部分を身に着けて、それから天竜童子――因みに彼はお仕置きされて精神的に生死の境を漂っている――からのプレゼントを手渡し、もし希望があれば人界のGSへと師事させるつもりであった。もう半分の理由は呟いてしまった本心からなのだが。

横島とすれば、予想外ではある物の飛び上がりたいような申し出であった。内約の半分ちょっとは美人のねーちゃんと一つ屋根の下で居られるっぽい事、残りは強靭な力への理由無き渇望である。後者も名詞としてなら凄いが、実際煩悩に負けている事を考えると案外大した事も無いのかもしれない横島であった。

「うし、じゃあお願いします、小竜姫様。――っくぅぅう、小竜姫様とこれから一つ屋根の下ッ!!スーパー浪漫が俺を待って……」

「ってこら、駄目ですよッ!?」

「ちょっぴり笑顔で抜刀――ッ!?」

などと戯れている二人だが、その二人ともが忘れていた。休学届けを出さないまま消えた横島の所為で、横島は現在学校で行方不明扱いになっている事を。ただし何故か「横島だし」の一言で納得され、捜索願は放置されている事を。そんな事など、二人には知るよしも無かった。


何かが動き始めた事も、同じように知るよしも無かった。


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