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時は流れ、世は事もなし

傀儡 1


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 3/16

時は流れ、世は事もなし 傀儡 1

「霊圧値、順調に低下。安全領域まで後三十秒‥‥ 二十秒‥‥」
訓練を受けた軍人特有の張りのある声が、ガス灯に照らされたホールに響いた。

ホールはドーム型で直径20mほどの広さ。ひんやりと湿った空気と(換気口はあるが)窓がないことから、ここが地下であることが判る。

 床にはコンクリートが敷きつめられ、その中央には、直径6mほどの円内に幾何的な模様と梵字を思わせる模様を併せ持った魔法陣のような図形が刻み込まれていた。

 風水を究極かつ禁断の領域にまで踏み込み学んだ者であれば、それが元始風水盤と呼ばれる物だと気づき、愕然とするに違いない。

 その元始風水盤を遠巻きにする形で、二十名ほどの軍人・兵士と白衣を羽織った技術者が控えている。
 兵士は警戒、技術者は機器の操作と役割はあるようだが、今のところ、全員の視線は、風水盤の外縁に立つ二人の男女のいずれかに注がれていた。

 一方は、中国の道士の衣装を身につけた男−呉公。

 対面しているのは、白の単衣に緋の袴という典型的な巫女の身なりをした十代半ばの少女。長く伸ばした漆黒の髪と透き通るような白い肌が際だったコントラストを作り出している。
 一見、小柄で線の細さを感じさせるが、目に宿る鋭い光は、少女が尋常ではない”力”の持ち主であることを印象づけている。

双方とも、半ば以上トランス状態で中央に向け両手を差し伸べており、その掌はかすかに光っていることから、霊力が放出されていることが見て取れる。

 やがて‥‥ 
「盤内の霊圧、安全値までの低下を確認。変動も収束、許容圏内に入りました」
「風水盤−地脈との接続解除確認。地脈波動値、本来の値に。異常なし」
「第七次稼働実験、状況終了」

 その声に応じるかのように二人の掌から光は消えた。同時に、緊張という糸が切れたのかよろめく。
 そこに二・三人が駆け寄り、持ち込んだ椅子に休ませる。それを手始めに、他の者も、それぞれの役割を果たすべく忙しそうに動き始めた。


兵士や技術者があわただしく動く中、それを満足げに見ている男がいた。

ルネサンス期の彫像のような均整の取れた体つきに同じく彫像を思わせる目鼻立ち、青白い肌やプラチナブロンドの髪と併せ、大きな存在感を周囲に与えている。
 少佐の階級章をつけた軍服から軍人であることは間違いないが、長髪を後ろで束ねた髪型は正規の軍人とは異なる立場であることを示している。

その男の前に、全体の責任者らしき、白の上っ張りを着込んだ男が近づいてきた。

こちらは中肉中背で年齢は三十代半ばといったあたり。顔立ちは、技術系らしい神経質さはあるが中の上という造形。もっとも、野心と傲慢さが等分に表情に出ており、他者の好感を得られるタイプではない。

軍服の男は軽い会釈で迎える。
「茂流田主任、第七次実験成功、おめでとう。予想を遙かに超えた完成度だ。短い時間にここまでのもの仕上げられたのは君の努力と才能の賜(たまもの)だろう」

「ありがとうございます、芦少佐」落ち着いた物腰で礼を返す茂流田。
 口元に浮かぶ笑みから、賞賛は当然としていることが透けて見える。
「情報機関の設立に加え凶賊対策と、多忙なお立場にも係わらず、区切り毎に時間を取っていただき感謝します」

「これが完成すれば、我が国の霊的防衛力が飛躍的に向上し、列強はもとより、神族や魔族といった超存在とすら対等に渡り合うことも可能になる。この偉業が達成される過程に立ち会えることは誉れであっても負担ではない」

「そう言っていただけるとありがたいですな。しかし、確認いただくのも次が最後となるでしょう。最終実験の成功は完成と同義ですから」

「そう、『成功』すればの話じゃがな」二人の所に呉公が入ってくる。
くすんだ顔の色がさきほどまでの負担の大きさを物語っている。

「これは、呉大人、ご苦労様でした」芦は相応の丁重さで会釈する。

「おう、芦殿。二月ぶりかな。あなたに仲介の労を取ってもらったおかげで、”計画”がようやくここまでこぎ着けたわ」

「いや、私など、まさに『仲介』をしただけに過ぎない。ここに”計画”が至ったのは、やはり、主任の功労であると思いますが」

芦の言葉に満足げうなずいた茂流田は、呉公へは不快な表情を向け、
「それにしても、先ほどの言い様、心外ですな。この実験を乗り越えた以上、完成は時間の問題といって良いはずだが」

「ほう、責任者たるあなたが、そこまで楽観的とは驚きだな」
 呉公は茂流田に憫笑ともとれる笑みで応じる。
「儂が渡した資料に通じておれば、ここからが、一番繊細で重要であると理解しておるはずじゃが。そもそも、核となる”針”の安定度も、まだまだ必要な水準には達してはおらぬ。今回の実験にしても、儂や義姫(よしひめ)の”力”で強引に安定させている中でのことじゃろう。その意味では、最終実験に取りかかれる日時も未定のはずだが」

「そっ‥‥」

 言葉に詰まった茂流田を追い撃つように、
「まあ、”針”の安定は、優れた霊能力者、できれば、そうした”力”を持つ本物の風水師の命で購った生き血が手には入れば片はつくことじゃが。『時間の問題』と仰るのは、主任に、そのアテがあるということですかな?」

「大人、それくらいにしておかれよ」と芦がたしなめる。

「芦殿も存外に甘い。ここまではともかく、これ以降もこのような小僧に任せるとは、ことの軽重を弁えているとは思えませんな。仕事に必要な力量を持った人材かどうかの判断もできぬとは。どうも、あなたを買いかぶっておったようじゃ」

「大人! その物言い、芦様に失礼でありましょう」
 怒りを現そうとした茂流田より早く、凛とした声が呉公を咎める。

三人が声の方を向くと巫女服の少女が歩んでくる。呉公と同等の負担があったはずだが、それを感じさせないしゃんとした姿勢は、少女の姿を大人びたものに見せる

「義姫殿か。手厳しいのう」
呉公は、曾孫ほどの少女に反論するのも大人げないと、そう言うに止める。

「当然のことを申しただけです」少女−義姫は冷淡に応え、同じ冷淡な声で、
「どうやら、ご老体。霊力の使いすぎが頭に来たのではありませんか? あなたの大望が叶うよう陰に陽に働いておられる御方への失礼な言いようはそのせいと思いますが」

「ワッハハハ!」呉公は芝居じみた大仰さで笑う。
「そうじゃな。老体の身で、ぶっ通し、八時間も霊力を出し続けたことは、たしかに堪えたわ。今の物言い、芦殿には、朦朧とした中での世迷い言として忘れてもらえるかな?」

『当然』と芦は無言でうなずく。

「さて、夜も更けたようだから、年寄りは、さっさと休むのが吉じゃろうて。茂流田君、休ませてもらいたいのだが、かまわんだろう?」

何となく枠外となっていた茂流田があわてて、
「けっこうです。翌朝九:○○時より、今後の日程の確認を行います。お忘れなきよう」

「判っておる」呉公はそう言って立ち去ろうとするが立ち止まり、
「そうだ、芦殿、当然、最終実験にも来られるんじゃろうな?」

「もちろん、どのようなことがあっても来るつもりです」

「けっこう、けっこう。儂としても、芦殿には是非完成された元始風水盤を見てもらいたいと思っておるからのう」
呉公は、楽しげにそう言うとホールを後にした。


 呉公の背中に冷ややかな一瞥をくれた義姫は、それまでとは対称的な柔らかい表情になる。
「芦様、余計な口を挟み、申し訳ありませんでした」

「いや、あの”怪物”には、あれぐらいがちょうど良い。所詮は、元始風水盤の情報を故国の敵となるかもしれない我々に渡すということをやってのけた裏切り者だ。幾ら資料の提供者で霊力も不可欠とはいえ、我が物顔で振る舞って良いと言うことではないし、こちらも丁重に扱ってやる義理はない」

義姫は、茂流田の言葉などないかのように、
「芦様が、元始風水盤の完成に必要な”道具”と考え、奴をおだてているのは知っております。しかし、利用するのであっても、あのような輩(やから)を、つけ上がらせることはありません。分を越える者に相応の報いを与えることこそ、上に立つ者が真に取るべき態度と思います」

 芦は、穏やかともいえる口調で紡がれる穏やかならざる主張を否定も肯定もせず、
「義姫殿は、呉大人が嫌いなのかね?」

「私は呉大人が嫌いなのではなく、芦様の妨げになる者が嫌いなのです」

茂流田はさりげなく向けられた義姫の視線を感じ、背筋に冷たいものが走った。



ホールから出た芦は、地上にある宿舎の部屋に戻った。

 部屋に入ると、髪をかぶろ(禿髪)にした七・八歳にしか見えない童子が佇んでいることに気づき、眉をひそめる。

童子は”式”で、緊急の連絡用としてモリアーティーに与えていたものだ。これを使う状況となれば、何かしら好ましくないことが起こったということだ。

もっとも、芦は、特にあわてる風もなく、椅子に腰を掛けてから”式”にメッセージを伝えるように命じる。

”式”は、彼の前に歩むとモリアーティーのメッセージを忠実に再現し、終わると共に木の人形に戻る。

喋り手の高い知性を示す簡潔でありながらも要点を落とさない報告により、この三日間に起こった出来事を把握する。

「さて、どういうことなのか‥‥」つぶやきかけた言葉が止まった。

 注意深い第三者がいれば、その瞬間、芦の周囲の時間がまるで止まったかのように見えたかもしれない。
 もっとも、半瞬の後、強張った表情が何事もなかったかのように元に戻る。



アシュタロスは意識を移した芦−プローブの肉体を点検する。

 当然過ぎることだが、異常はない。肉体は100%、自分の管制下に置かれ、プローブの意識は完全に凍結している。プローブ自身、何かが起こったことすら認識していないはずだ。

プローブの取った姿勢のままに軽く目を閉じる。
物静かな雰囲気は思索を巡らせている哲学者のようだが、心の内では、報告についての詳細の分析を行っている。

ちなみ、報告は全てを理解している。というか、プローブの意識とは常時リンクしており、情報の落差はない。

三十分ほどの時間を費やし分析を終え、結論を出したアシュタロスは目を開く。

要約すれば、敵が、プローブの部下−フォンを、魂の交換だか憑依だかを通じて操ろうとしたが、記憶面での引継がうまくいかず、尻尾を出したということらしい。

ある意味、些細な出来事に過ぎない。少なくとも、”計画”が最終段階に入った現在、放置しておくのが、一番、理にかなっている。

ただ、引っかかるのは、

 護衛の三名は、外見において見誤られることも多いが、プローブが選び出した精鋭であり、戦闘能力はもとより、状況に対する洞察力や決断力、行動力なども(まだ、年端もいかない蝶々であっても)傑出している。その彼女たちを誘いだし、分断の上、一人に焦点を当て追いつめた敵の策謀能力は相当なもののはずだ。
 ところが、その敵が犯したあからさまな失策、これは何を意味しているのか。

 ひょっとすると、この失策と思える状況こそ、狙い通りの展開なのかもしれない。そうとして、この状況から、敵がしようとしている‥‥

 口元に嘲笑めいた微笑みが形成される。
 この世界の”法”−宇宙意志に反逆を企てるという大罪を犯そうかという自分があまりにも神経質になっていることに笑いがこみ上げてきたためだ。

 今更、人間風情がどのように動こうとも、”計画”の遂行と成功という点で支障が出ることはない。”計画”からすれば、四人とも陽動のための駒に過ぎず、その陽動の必要もなくなって来た現在、全員が殺されてもいっこうにかまわない。

「結局は、神経質に考えすぎたということか」結論を口に出す。
 プローブから意識を切り離し、魔界の本体に戻ろうと‥‥ するのを取りやめる。

  静謐な中で考えをまとめるため、人界に意識を移してまで得た結論なのに、情報に触れた時に感じた漠然とした不安感−人であれば”虫の知らせ”とでもいうべきもの−が解消されない。

 その不安感が、過去を心に浮かび上がらせる。

約一千年前、裏切った使い魔、下級神族、そして少しばかり霊力があるとはいえ人間たち、魔神たる自分から見れば、取るに足りない者たちにより数百年の時をロスし全体計画の大幅な修正(それ自体は、より素晴らしい変更につながったが)を余儀なくされた。

‘油断は禁物ということか’アシュタロスは自分の手で”計画”を仕上げようと決断する。

 幸い、進めている様々な”計画”はいずれも順調で(この”計画”も十分すぎるほど順調なのだが)、魔神たる地位として果たすべき役割についても特に懸案もない。
 引っかかっていることが杞憂であったとしても、”計画”のクライマックスで起こる悲喜劇を、直接見るのも格好の暇つぶしになるだろう。

‘プローブの意識はこれまでということだな’
 何となく、プローブ本来の意識のことに心が向く。

 自分が体に居座る限り、二度と意識を持つことはない。そして、プローブは”計画”の最後で破壊されることになっている。

 造物主に存在が一方的に規定されることをどう思うかを尋ねたいという衝動が生まれるが、すぐに首を振る。

いくら造物主でも、傲慢で悪趣味な問いだと思う。それに‥‥

 絶大な”力”を持ってはいても、この世界の造物主創られ、プローブ同様、存在を規定された自分に問う資格はない。
 そう、今のところは。


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