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人工幽霊はGSの夢を見るか?


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 3/12

※NTならば「ダ」表記が必要な話です。
 心配な方は後書きからお読み下さい。


―――――― 人工幽霊はGSの夢を見るか? ―――――


 2179年東京

 重厚な鉄扉の前でピートはある人物を待っていた。
 腕時計に視線を落とすと約束の時間まであと3分。
 通常なら遅刻を予感し苛立ちの表情を浮かべる状況だったが、ピートは普段と変わらない穏和な表情を浮かべ壁によりかかっている。
 その代わり、ピートの隣りに立つ汎用アンドロイド・Mシリーズのハリソンが苛立ったように悪態をついた。

 「ボス、本当に来るんスか?すっぽかされたって事はないんでしょうね!?」

 「ハリソン、君は随分と気が短いんだな・・・」

 ピートはやや呆れ気味の表情で最近配置されたアシスタントに笑いかける。
 アンドロイドのアシスタントは初めてではないが、オリジナルであるマリアを知っているだけに情緒面を強化された新型には未だに違和感があった。

 「俺はそういう風に調整されてますからね。マリア様と比べられるのは光栄ですが比較は無意味っスよ!」

 昔の知り合いのような口調に、ピートは思わず苦笑してしまう。
 担当する部署に数体配置された中で、彼をアシスタントに選んだのはこの口調によるところが大きかった。

 「君の心配は尤もだが、あの人は好奇心の塊でね・・・絶対に来てくれるよ」

 「しかし、信じられないっスよ。神族がそう簡単に・・・・!」

 皮肉っぽく口元を歪めたハリソンのセンサーが何かを捕らえる。
 側頭部にあるソレは空間のある一点に向けられていた。

 「空間の歪みを検出! 99.998%の確率でゲートが開きます!」

 「そんなに緊張しなくていいよハリソン、彼女は神族の中でも破格にフランクな人だからね」

 ピートは落ち着いた様子で、目の前に現れた異界との門に視線を向ける。
 その門から飛び出してきたのは、大きな旅行鞄を手にした女性だった。

 「ピートさん、お久しぶりなのね〜」

 「ご無沙汰してますヒャクメ様」

 「そんな他人行儀はナシなのね〜、私たちは戦友なのね〜」

 礼儀正しくお辞儀したピートを、ヒャクメは照れくさそうに引き起こす。
 ワルキューレの影響か、それとも文官ゆえの憧れか、ヒャクメはあの事件の関係者によくこの言葉を使った。

 「そんなコトより、さっそく見せて欲しいのね〜」

 ピートはヒャクメの言葉に無言で肯くと、手袋を外し鉄扉脇のパネルに触れる。
 大時代的な響きを立て、左右に開いた鉄扉の中に三人は入っていった。





 「武装は解除してあります」

 ハリソンは、意識を失いぐったりした男を取り調べ用の椅子に座らせた。
 無造作な髪をバンダナで抑えた十代らしき男は、机に突っ伏したまま身動き一つしなかった。

 「彼を逮捕したのは本当に偶然なんです、ただの人格プログラムの暴走なら僕もそれ程気にしなかった・・・年に何回かは違法改造されたアンドロイドの暴走事件がおこりますからね」

 「違法改造?」

 「男性タイプはそんなに聞かないっスけどね。人間の脳ってのは、新皮質で行った発明で古皮質を満足させようとしますから・・・俺やコイツのような無機パーツではなく、有機パーツから作られた新型も研究中らしいですし・・・」

 「あうう、生々しい話は嫌なのね〜」

 会話に割って入ったハリソンの言葉に、ヒャクメは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
 あまり周囲が意識することは無いが、彼女も女性であることに変わりはなかった。

 「ハリソン、無駄話はそれくらいにして、起動スイッチを入れてくれないか」

 ピートの指示に、ハリソンが男の頸椎あたりに隠されたスイッチを押す。
 微かな起動音と共に、死んだ魚のようだった男の瞳に光が戻った。

 「!」

 バンダナを巻いた男は体を起こすと、キョロキョロと周囲を見回しようやくヒャクメの所で視線を止めた。

 「コスプレ美少女がいきなり・・・?」

 「イヤンなのね〜」

 初登場以来言われたことのない美少女という言葉に、ヒャクメは嬉しそうに身をもじった。

 「!!そ、そうかっ!!コレは夢だな、俺の妄想の中ならば俺の所有物ッ!!」

 「違うし、このパターンは180年前にすませてるのね〜」

 飛びついてきたバンダナ男を旅行鞄で一撃すると、ヒャクメは全身にある感覚器官で男の観察を開始した。
 男はハリソンに押さえつけられ渋々椅子に座り直す。

 「これから言ういくつかの社会的状況に、思い付いたことを話して欲しいのね〜、反応時間も重要だから思い付いた事をすぐに話すのね〜」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ピートは壁際に立ち、無言で二人のやりとりを眺めていた。
 尋問用ライトがバンダナ男を照らし、ヒャクメは最初のテキストを口にする。

 「あなたは今、夕日を見ているのね〜」

 ヒャクメの質問に、バンダナ男よりもピートの方が顔色を変えた。

 「ほう、どこでだい?」

 「そうね〜東京タワーってとこかしらね〜」

 「田舎者の行くところだな・・・」

 「夕日を見ていたあなたは、突然スズメバチが右手を這っているのに気付いたのね〜」

 「すぐに潰すな、刺されたらたまらん」

 ヒャクメは手元の端末にデータを入力しながら、質問の流れを変えた。

 「あなたの目の前に巨乳の女がキツネの襟巻きをして立っているのね〜」

 「美人か?美人のネーちゃんなのか?」

 連想ですらない答えだったが、それでも必要なデータだったらしくヒャクメは数値を入力した。

 「あなたは雌の子犬を抱いているのね〜旁らにはグラマーなヌードグラビアが載っている雑誌があるのね〜」

 「一体、何のテストなんだ・・・」

 バンダナ男は感情を害した様に荒い口調となった。

 「あなたはそのグラビアを部屋に貼ったのね〜」

 「自分の部屋なら文句を言われる筋合いはない」

 「でも、あなたはその写真よりも雌の子犬の方が・・・・・」

 「俺はロリコンじゃない!!」

 急に怒りを爆発させたバンダナ男が立ち上がる。
 その後ろでハリソンが右手に内蔵されたマシンガンを男に向けた。

 「よせ!殺すなっ!!」

 ピートの叫びにハリソンがコンマ何秒だけ躊躇する。
 その右手が鋭い断面を見せ切り落とされた。
 それを行ったのは右手から眩い光を迸らせたバンダナ男だった。

 「これはプラズマカッター!聞いて無いっスよ!!」

 「話が違うのね〜武装解除は完全じゃなかったのね〜」

 「俺はロリコンじゃないんだーっ!」

 慌てて飛び退ったヒャクメの目の前で、今まで尋問に使っていた机が真っ二つになる。
 しかし、バンダナ男の右手に仕込まれたプラズマカッターはそれ以上の追撃を行うことは無かった。
 霧に姿を変えたピートに、男は完全に捕捉されていた。

 「すいません・・・危険な目に遭わせてしまって」

 バンダナ男の起動スイッチをOFFにしたピートは、心底申し訳なさそうに尻餅をついているヒャクメに右手を差し出す。
 ヒャクメは鞄を盾に体を竦ませていた。どうやら100あるという感覚器官を全てつぶっているらしい。
 かけられた声に薄目を開き状況を確認すると、ヒャクメはピートの手をとって立ち上がり虚勢を張るように胸を反らせた。

 「た、たいした危険ではないのね〜、あの時の闘いに比べたら・・・」

 共に戦った仲間を思い出し、神族であるヒャクメの顔が僅かに曇った。
 ヒャクメは過去を振り切るように首を左右に振ると、重大な秘密を打ち明けるように声をひそめピートに呟く。

 「ピートさんが考えているように、コレは横島さんなのね〜」

 予想通りの内容だったにも関わらず、ヒャクメの口にした事実はピートを金縛りにした。









 オカルトGメン社員食堂
 職員の霊力補充のため、他の食堂では目にすることのない食材がならぶ社員食堂だったが、ピートの注文した品はその中でも異彩を放っていた。

 「薔薇の花を4本」

 「2本で十分ですよ!」

 如何にもこの道一筋という食堂のオヤジがピートの注文に異を唱えた。

 「4本でいい」

 「分かってくださいよ!ウチは他所とは鮮度が違うんです」

 半ば無理矢理手渡された2本の薔薇の花に苦笑すると、ピートはそれを手に食堂を後にする。
 今日のランチにはニンニクが使われているらしい。
 大分耐性ができたとは言っても長居したい環境ではなかった。
 ピートは食堂の下の階にある整備施設まで歩いていき、廊下の休憩用ベンチに腰掛けた。

 「鮮度が違うか・・・・・」

 ピートは購入した薔薇の花を一本手に持つ。
 それはコマ落としのフィルムのようにみるみる枯れていった。

 「確かに最近じゃ滅多に手に入らない、自然光で育った本物の薔薇だ」

 ピートは吸収した薔薇の精気に満足する。
 食堂のオヤジの言ったように、二本も吸収すれば十分だった。
 いくらか軽くなった気分に、ピートは先程のヒャクメとの会話を思い出す。





 『やはり・・・・・・しかし、信じられません! だって、横島さんは・・・・』

 『正確には横島さんの残留思念なのね〜、何者かが横島さんの思念が濃く残っている所や物から採集した・・・多分、フェンリルを相手にしてた頃の思念なのね〜』

 『そんなに長い間残るものなんですか?』

 『普通は残らないのね〜、だけど、死にかけた時とか、もの凄く怖い思いをした時とか・・・そこに強い霊力による焼き付きが加わればある程度は残るのね〜』





 「・・・・そんな体験ならダースじゃなく、グロスでしてたからなあの人は」

 ピートは懐かしそうに呟くと、二本目の薔薇に手を伸ばした。





 『それだけじゃ心霊写真に残る程度だけど、コレは人工魂に残留思念を憑依させているからかなり具現化するのね〜』

 『それは横島さんと言えるんですか?』

 『言えないのね〜、残留思念を加工する際に変質も起こりうるし、記憶も安定しない、ただのまがい物なのね〜、ただ心配なのは・・・』

 『心配なのは?』

 『受け取る側がコレを横島さんと認識した時点で、その人にとって横島さんと同じ重さを持つ存在になるのね〜、ピートさん、さっきコレを「壊すな」でなく「殺すな」と言ったのね〜』

 『それは・・・』

 『ピートさん、コレみたいなモノと戦わなくてはならないときは同情は禁物なのね〜、ピートさん優しすぎるから心配なのね〜』




 ピートは手に持った萎れた薔薇をぼんやりと見つめていた。
 別れ際にヒャクメが言った一言が、ピートの胸の中で何度も繰り返されていた。

 「心配か・・・薔薇の花を別な名前で呼んでも、その香りや美しさは変わらないと言ったのは誰だったけ?」

 「シェイクスピアですよ。ボス」

 急に声をかけられ、ピートは少し慌てた様に視線を上げる。
 考え事をしていたため気がつかなかったが、腕の修理を終え整備施設から出てきたハリソンが目の前に立っていた。

 「もう大丈夫なのか?」

 「人間と違ってパーツ交換で済みますからね・・・」

 若干の皮肉を込めようとしたハリソンの返事だったが、ボスと呼ぶ男がバンパイヤハーフであるためその皮肉は不発に終わった。

 「すまない・・・君も危険な目に合わせてしまった」

 「気にしないで下さい、武装解除を徹底できなかった俺が悪いっス! それより同型機としては「殺すな」と言ってくれた事に感謝してるっス・・・」

 これがあの時、ハリソンが改造パシリスクを撃たなかった原因だった。
 殺すなという予想外の一言が、演算処理に割り込み行動を遅らせていた。

 「買いかぶり過ぎだよ。こんなふざけたマネをした奴を捕まえるのは当然だけど、予定通り僕はアレを再調整し例の物件の除霊に使用するつもりだ・・・・・」

 ピートの一言にハリソンの表情が一瞬だけ強張った。

 「氷室キヌメソッド・・・除霊対象と真摯に対話することで成仏を促す除霊法ですか・・・神の作った魂でない俺としては複雑ですね」

 この場合、対話をするのは再調整された改造パシリスクの役割だった。
 ハリソンは交換したばかりの腕を一回しすると、整備施設から先程の改造パシリスクを封印した強化ガラスのケースを引き出した。
 キャスター付きの台に乗せられた棺桶のようなソレを前に、ハリソンはアンドロイドとしては豊かな部類に入る表情を歪ませた。

 「自分には縁のない成仏の為に再調整されるなんて、同型機ながら哀れで泣きたくなるっスよ! 尤も、例の物件の除霊には俺たちがお似合いなんでしょうが・・・」

 ハリソンはやりきれない思いに首を振った。
 この感情すらプログラムされたモノであると自覚しているだけに、二重のやりきれなさは堪らない程の負荷を彼の演算装置に与えていた。
 自分もただの道具に過ぎない、人間はただの道具である自分たちに何故意識を授けたのか?
 答えの出ない思考ルーチンに、ハリソンはその演算機能の殆どを費やしていた。

 「まずはカオス商会に行って情報の収集と再調整の相談をしてみないとな。ハリソン、”ソレ”をホバー・カーに運んでくれ」

 ピートの命令に、ハリソンの演算に割り込みが入る。
 「ソレ」と、わざわざモノであることを強調したピートが、先程のヒャクメの言葉を意識していた事にハリソンは気づいていない。

 「了解です。ただし”ソレ”を運んだらマリア様と融合する時間を下さい。俺タイプは助手席がデフォルトだから問題ないっスよね」

 こう呟くとハリソンは駐車場まで”ソレ”と呼ばれた同型機を運んでいく。
 最悪の気分を払拭するため、ハリソンは心からマリアとの融合を欲していた。






 『―――さん・どこへ・落ちたい?』

 腕の中に大事なものを抱えたままハリソンは落下していた。
 大気との摩擦が次第に彼の体を焼いたが、彼は胸に抱いた大事なものを守るため冷却剤を放出し続ける。

 これはいつもマリアと接続するときに見るイメージだった。
 マリアの魂を元とするMシリーズは定期的にネットワークを介しマリアとの接続を行う。
 融合と呼ばれるその行為は、複雑化した情緒プログラムによるバグの蓄積を解消するために行われていた。

 イメージの中で徐々に近づいてくる地表。
 ハリソンは腕の中の大切なものを守るため、最後に残された推進剤を一気に噴射する。
 不思議な程静かでゆっくりとした激突のイメージ。
 地表に激突し徐々に砕け散る下半身。
 大事なものを最後まで守り続けた右腕。
 それを庇うため左手は上腕部から砕けてしまった。
 しかし、ハリソンは大切なものを守れた事に満足していた。
 それを行えた自身の強靱な体にも・・・

 『―――!!生きとるかーッ!?』

 自分に対して「生きているか!?」と呼びかけた声にハリソンの胸が熱くなる。

 『よかった・・・!! よかったあああ―――ッ!!』

 自分の無事を喜ぶ声に、胸の熱が最高潮に達する。
 そして続いて起こる、大切なものの無事を喜ぶ人々が口にする感謝の言葉に、ハリソンは自分という存在を自己肯定していた。



 ヴン―――

 マリアとの融合が終わり、ハリソンの視界はホバー・カーの助手席に座る現実世界を映し出していた。
 Mシリーズが行う融合を「マリア教」と揶揄する口の悪い人間もいたが、融合によりMシリーズの暴走件数はソレを行わない違法改造を除いてほぼゼロを維持している。
 事実、融合を終えたハリソンからは、さっきまでの最悪の気分が嘘のように払拭されていた。

 「着いたみたいっスね」

 ハリソンの目には夕日を浴びそびえ立つ、巨大なピラミッド状の建造物が映っていた。
 世界有数の企業へと成長を遂げた「カオス商会」会長、ドクターカオスのラボ兼本社へとピート一行は乗り込んでいた。

 「しかし、こうやって本社を訪れるとボスが生きた伝説って事をようやく実感しますね」

 本来の調子に戻ったハリソンは、改造パシリスクが封印されているガラスケースをホバー・カーから下ろすと、ピートの後を追い最上階直通のエレベーターに入っていく。
 他の階と完全に切り離されたカオスのラボへ足を踏み入れられるのは、本社でも極限られた者だけだった。
 通常の資産管理は全てマリアが行い、カオスが人前に姿を現したのはここ百年で数えるほどしか無い。

 「君でもマリア様に会うときは緊張するのかい?」

 「マリア様」と言ったのは伝説扱いされた事へのささやかなお返しだった。
 しかし、融合を終えたばかりのハリソンにその皮肉は通じない。

 「さっきまで融合してましたからソレはありませんよ。どちらかというと造物主たるドクターカオスに会う方が興味があります。ボスのアシスタントになった役得っスね」

 「あんまり期待しない方が・・・・」

 ピートがこういった途端、エレベータが数十メートルの上昇を残し停止する。
 不審者の侵入を拒む為のセキュリティだった。

 「ピートさん・いらっしゃい」

 エレベータに設置された映話モニターが、マリアの顔を映し出した。

 「こんにちは、マリアさん。カオスさんに会いたいんですが大丈夫ですか?」

 「平気・ドクター・カオス・とても元気」

 マリアの答えと同時に、映話モニターが五角形の駒が置かれた、マス目を刻んだ板を映し出した。

 「何ですコレ?」

 「将棋で検索してごらん」

 ピートの言葉に、ハリソンのセンサーが微かに動く。
 数ミリ秒でハリソンの意識に、将棋の知識がダウンロードされた。

 「遊技ということは分かりましたが、それがどうして・・・・・?」

 「ワシに会いたければ、それに見合った頭脳を見せることじゃな!」

 ピートの説明より早く、カオス直々に勝負開始が告げられる。
 マリアの言葉通り元気そうな声だった。

 「丁度良い、君が打つんだ!ドクター・カオスの天才性が理解できるよ」

 「ちょっと、聞いてないっスよ!!」

 ハリソンは慌てて将棋の棋譜をダウンロードする。
 無責任に勝負を丸投げされ、ハリソンは演算装置をフル回転させカオスと勝負することとなった。



 「ボス!ほんとにドクター・カオスは人間なんスか!?」

 ハリソンはモニター越しに対戦する、未だに姿を見せない老人に戦慄していた。
 過去の棋譜を元に、ハリソンは常に1万手以上のシミュレーションより最良の手を選択している。
 しかし、カオスはことごとくそのシミュレーションの斜め上を通過し、ハリソンを翻弄していた。

 「意識がハッキリしている時のドクターでなければ、会う意味はないからね。今日は絶好調らしい」

 「どうするんスか!ハッキリ言って俺じゃ勝てませんよ!!」

 「安心して・・・僕は神の一手を知っているからね」

 聞き覚えのある弱音に口元を緩めながら、ピートは次に打つべき手をハリソンに指南した。

 「ボス! 何をいってるんスか!! その手は・・・・」

 「いいから打ってごらん」

 「俺は知りませんからねッ!」

 半ば自棄になりながら、ピートの指示通りに駒を張ったハリソン。
 一瞬の沈黙の後、高らかな笑い声と共にエレベータが再び動き出した。

 「何であんな手で・・・・・」

 呆然と呟くハリソンの目の前で、エレベーターは最上階に辿りつき扉が開く。
 外観とは異なり、石で作られた中世趣味の室内は所狭しと研究道具で埋め尽くされていた。
 部屋の隅に置かれた、場違いとしか言いようのない数枚の畳の上が生活空間らしく、その上のちゃぶ台でカオスがお茶を啜っていた。

 「頭の固い手しか打たん奴が、急に二歩など打ったと思ったら、お前だったか・・・」

 いつ絶好調になるか分からない現在においては、事前のアポは殆ど意味をなさない。
 これが絶好調時のカオスに、アポ無しで会うための唯一の方法だった。

 「お久しぶりですドクター」

 深々と頭を下げたピートに向かい、カオスは懐かしそうに話しかける。
 その言葉を聞きピートの顔が悲しげに歪んだ。

 「久しいなブラドー。よもやお前とこの様に話すときが来るとは・・・あの一騎打ちの時には考えもしなかったぞ」

 「そうですね・・・」

 死に別れではないが、また一人自分を知る人物がいなくなった事には変わりはない。
 自分の父親がまだカオスの心に残っていることが救いだった。

 「あの時、お前が必死に手に入れようとした娘は健在か?」

 「・・・・・・・」

 急に出た母親の話題にピートの手が硬く握られる。
 この場で口にしたい話題では無かった。

 「すんませんけど、本題に入らせてもらっていいっスか?」

 無礼とも言えるタイミングで、ハリソンが強化ガラスで作られたケースを開く。
 ボスであるピートの情報を、彼は差し障りのない範囲で知っていた。

 「なんじゃ、パシリスクではないか・・・コレがどうかしたのか?」

 「暴走していた所を逮捕したんスよ・・・彼は違法改造されていました」

 「今日、伺ったのはその改造について技術的なアドバイスを頂ければと、そして可能ならこのパシリスクの再調整をお願いしようと思いまして・・・この人工魂には横島さんの残留思念が憑依させられています」

 ハリソンの後を継いだピートの説明に、カオスは滅多に見せない驚きの表情を浮かべた。

 「小僧の残留思念が!? マリア接続して状況を探れ!!」

 「イエス・ドクター・カオス」

 カオスの指示に、マリアは改造パシリスクへと融合を試みる。
 全てのMシリーズにプライオリティを持つマリアは、融合を行うことでMシリーズの遠隔管理をすることができた。

 「・・・アクセス不可能・コード・変更されてます」

 「ほう、なかなか手の込んだマネを・・・・・」

 カオスはマリアを下がらせ、懐から出した端末を直接パシリスクに接続した。
 端末に次々と映し出される情報に、カオスの顔が僅かに曇る。

 「この改造を行ったのは内部の者らしいな・・・・大木になると末端の枝が腐っても気付かんのじゃな。マリア!」

 「イエス・ドクター・カオス」

 端末に映し出された情報を元に、マリアが社内ネットワークを使いその者の特定と現在の居場所を調べ始める。

 「有機アンドロイド開発部・ドクター・ハウアー・現在位置・不明」

 「不明とはどういう事だ!?」

 「研究データ・有機アンドロイド3体と・行方不明・・・・先程・上司が報告してます」

 「何故、もっと早く連絡がこんのかっ!クッ・・・」

 予想しなかった展開に、カオスの表情が険しくなる。
 突然感じる目眩。どうやら脳の活動限界が近いらしい。
 甚だ不本意だが、一週間はまともな思考ができなくなるだろう。
 このままでは巨木を揺るがしかねない病巣の摘出は不可能に近かった。
 カオスは突然トラブルを持ち込んだ昔なじみに、その役割を任せる事を思い付く。

 「ブラドー、コイツを再調整してどうするつもりじゃ? 技術的には可能じゃが、その行為は小僧の魂だけでなく、ワシの作った魂への冒涜に等しい・・・」

 「あの物件の除霊に使用します・・・おキヌさんのやり方で・・・勝手な思いこみかも知れませんが、多分、横島さんなら許してくれるでしょう」

 「そうか・・・嬢ちゃんのやり方でな・・・そう言えば最近、美神令子や嬢ちゃんを見かけないが?」

 所々破綻した記憶。
 技術への飽くなき探求心のみが、カオスの精神活動を支えていた。

 「いや、そんな事はどうでもよいか・・・いいじゃろう。そういう事情ならお主の希望通りの調整をワシが直々にしてやろう・・・ただし」

 「ただし?」

 「ハウアーを探し、研究を止めるのじゃ! 有機アンドロイドと残留思念の憑依・・・嫌な予感しかせん」

 ピートに対しカオスは交換条件を口にする。
 それにピートが答えるより早く、カオスは正気を失った。








 30分後、ピートたちはハウアーが所属した有機アンドロイド開発部に辿り着いていた。

 「未だに信じられません・・・・・こんな事になるなんて」

 冷凍庫のような研究棟の一角。
 フード付きのコートを着込んだ男が、白い息を吐きながらピートに状況を説明する。
 有機パーツの腐食を避けるため0℃付近に調整された室内に長時間いたのだろう。
 男の表情は情報端末でもある大きめのサングラスに隠されていたが、僅かに窺える部分からも酷く青ざめ焦燥していることがわかった。

 「ルドガー博士、最初にこの状況に気付いたのは何時なんですか?」

 ピートは無惨に破壊された施設を見回し顔を歪ませる。
 装着したサングラス型の情報端末に映像を記録しているが、正直な話、繰り返し見る気にはならない光景だった。
 砕け散った培養槽からこぼれた組み立てる前の有機パーツが、施設内の惨状を更に凄まじいものにしている。
 先程からルドガー博士のアシスタントが片付けてはいるが、その作業は一向に終わる気配がなかった。

 「今朝です・・・」

 「被害報告まで、大分時間のズレがありますね」

 「3日間の出張から帰ってきたらこの有様・・・状況の確認だけで一苦労です。研究内容は機密の塊と言っても良い、おいそれと被害届を出せるような状況じゃありません」

 ルドガーは作業台に拳を打ち付ける。
 怒りと言うより、焦燥という表現が相応しい動作だった。

 「ハウアーに一体何が・・・彼が私を裏切るなんて。研究に関するデータは全て持ち去られていました」

 余程信頼していたのだろう。
 ハウアーに研究の全てを持ち逃げされ、ルドガーはどうして良いか分からないといった様子だった。

 「その研究ですが、この写真を見て下さい・・・ハウアー博士の研究に関係しているようなのですが」

 ピートが取り出した改造パシリスクの写真にルドガーの顔色が更に青くなる。
 彼は擦れた声をやっとのことで絞り出した。

 「数回見たことがあります・・・有機アンドロイドを起動させるのに必要な実験でした。彼が何かしましたか?」

 「多少の軽犯罪と取調中の器物破損。それと・・・・」

 ピートの後ろに控えていたハリソンが会話に割って入ろうとしたが、話の核心に触れようとしたピートに遮られた。

 「必要な実験とは?」

 「機密事項です・・・」

 「僕はドクターカオスから、今回の事件について捜査を依頼されています。全面的な捜査協力の指示がマリアさんから来ている筈ですが?」

 穏和な表情の中に夜の一族独特の凄味が混ざる。
 町のチンピラ程度なら簡単に震え上がらせる迫力だった。

 「それに、あのパシリスクは違法改造を受けていた・・・霊体の入手先次第ではオカルトGメンの捜査対象にもなる。使われた残留思念が誰のものかご存じでしたか?」

 ルドガーは迫力に飲み込まれたように無言で首を横に振った。

 「横島忠夫・・・僕の親友でした。詳しい話を聞かせて貰えますね?」

 「分かりました。続きはオフィスの方で・・・」

 ルドガーが観念したように呟く。
 室内を片付けていたアシスタントをその場に残し、一行は隣接したオフィスへと向かっていった。







 先程までは気付かなかったが、防寒コートを脱いだルドガーは酷く痩せていた。
 ピートはマリアから与えられたアクセス権で、ルドガーの社員情報を検索する。
 サングラス内に、住所や簡略にまとめられた彼の経歴と共に、血色の良い顔写真が映し出された。

 ―――2年前の写真か、今の顔色の悪さは寒さのせいだけじゃないらしい。

 写真のタイムスタンプを確認したピートは、ルドガーの体調が気になった。
 情報端末を外したルドガーの表情には、どこか鬼気迫るものがあった。

 「ハウアーが何処から残留思念を入手したのかは知りません・・・今となっては調べようもありませんが。彼の情報にアクセスしてみましたか?」

 来客用のソファに腰掛け、コーヒーを一口啜ったルドガーが口を開いた。
 ピートは先程行ったのと同じようにハウアーについても検索する。
 住所、経歴等は一切削除されていた。残されていたのは一枚の顔写真のみ。
 見るものをあざ笑うように大きく伸ばした舌が、20世紀最大の物理学者を意識したものと何人が気付くだろうか?
 ルドガーと同じ30半ばといった男の画像データを、ピートは忌々しそうに閉じた。

 「現在、全力でデータの回復を試みてますが無駄でしょう・・・なぜ、人工魂への残留思念の憑依が必要だったかでしたね」

 「はい、先ずはそこからお願いします」

 ピートは情報端末に記録を命じた。

 「マリアさんを知っている方なら、Mシリーズの情緒面での強化を実感しているでしょう・・・基本はマリアさんの人工魂ですが、世代を重ねる度に表層部に新たな付け足しを研究者は行ってきた。丁度人類が脳の表層部を発達させることで高度な思考を可能にしてきたように・・・」

 「例えとしては適切じゃないっスね! それじゃ、マリア様が下等な思考しかできないって事になる」

 ハリソンの言葉にルドガーは苦笑する。

 「誤解を生む例えでしたね。高等、下等で進化を論じれないように、マリアさんと現在のMシリーズに高等、下等の差があるという意味ではありません。しかし、多くのユーザーに受け入れられる為には、キミの様に情緒表現の複雑化・・・インターフェースとしての人格が求められたのも事実です」

 「その結果が、”融合”なしでは暴走してしまう人工魂っスか」

 「そう、多くのユーザーは人工魂として完成しているマリアさんでなく、不完全な人間の模造品としてのアンドロイドを求める。私が有機アンドロイドの開発を始めたのもその需要を考えての・・・・」

 「憑依の必要性と話題がずれてしまっているようですが?」

 ズレかけた話題にピートが修正を試みる。

 「いや、大筋では外れていません。人工魂の器である有機アンドロイドの体は完成しました。外見上は人と全く区別がつかない血の通った体が・・・しかし、その体にマリアさんのコピーである人工魂はインストールできませんでした」

 「何故です?」

 「推測の域を出ませんが、元々機械の体に宿るべくして生まれた人工魂が有機体中心の体に拒絶反応を起こすのでしょう。2年前、ハウアーが現れるまではこの問題を解決する術を想像もできませんでした。彼は霊体・・・残留思念を憑依させ、肉体とも言える有機体の体と人工魂の間を取り持たせました。パシリスクへの憑依はその実験に過ぎません」

 「では、有機アンドロイドは成功したということですか?」

 ピートの問いにルドガーは力強く肯いた。

 「しかし、成功例である3体の有機アンドロイドはハウアーに盗まれてしまった。そのノウハウと共に・・・お願いします」

 ルドガーは突然、テーブルに打ち付けるような勢いで頭を下げた。

 「捜査には全て協力します。そして、研究が法に触れていたのならば進んで裁きを受けます! 絶対に、ハウアーを捕まえて下さい!!」

 「使用された3体の残留思念について何か知っていますか?」

 「女性一人と男性二人・・・・男性のうち一人は、あなたがさっき親友と言った人物です」

 予想していた事とは言え、ルドガーの言葉はピートを動揺させるのに十分だった。

 「何時の時期のものか分かりますか?」

 「いや、残留思念の入手や加工はハウアーが全て自分で行っていましたので・・・」

 「それではハウアーが逃げ込みそうな場所は?」

 「それならば何とか・・・」

 ルドガーは外した情報端末を口元に寄せ先程のアシスタントを呼ぶ。
 1分後、防寒用のコートを着込んだ先程のアシスタントがオフィスに姿を現した。




 「ダメね義兄さん!」

 厚手の防寒コートと情報端末のため気付かなかったが、アシスタントは若い女性の様だった。

 「データどころか研究資材すら原型を留めていないわ」

 アシスタントは防寒コートを脱ぎながらうんざりしたように呟く。
 ピートはその姿に、声だけで得た印象に若干の訂正を加える。
 アシスタントは、非常に魅力的なプロポーションをした若く美人の女性だった。

 「義理の妹のレイチェルです。レイチェル、こちらオカルトGメンのピートさんと、アシスタントのハリソン」

 ルドガーによる紹介に、立ち上がり軽く会釈するピートとハリソン。
 レイチェルは情報端末越しに透けるピートの目を、不思議なモノを見るような表情で見つめていた。

 「レイチェル、早速で悪いがピートさんたちをハウアーの自宅に案内して欲しい」

 「いや、そこまでしていただく訳には・・・住所だけで結構です」

 「あら、私が一緒だと迷惑ですか?」

 レイチェルはワザとピートを困らすように、下からのぞき込むように見上げる。
 薄手の衣装のせいか胸の谷間が一層強調された。

 「レイチェル!」

 義妹の行動を咎めると、ルドガーは至って真面目な表情でピートを見つめる。

 「有機アンドロイドについて外見的特徴を知るのは私とレイチェルだけです。私はこの場を離れるわけにはいかない・・・お願いです。レイチェルを同行させてください」

 「しかし、危険です・・・」

 「大丈夫ですよ。危ない目にあったらピートさんが助けてくれるんでしょ?」

 レイチェルはハリソンを押しのけるようにピートの隣りに立つと、その腕に自分の腕を絡ませる。
 かなり情熱的な性格らしかった。

 「それに有機アンドロイドについて多少の知識はあります。連れてってくれたら損はさせませんよ!」

 「・・・ハリソン、ご厚意に甘えるとしよう」

 レイチェルに押し切られた形でピートとハリソンはオフィスを後にする。
 ピートの腕に抱きついたままレイチェルはオフィスを振り返り、残務処理を始めたルドガーに心配そうに声をかけた。

 「じゃあ、行ってくるから・・・義兄さん、一人でもちゃんとご飯食べなきゃダメよ! 出張に付き合って私が一番苦労したのはソコなんだからね。わかった!?」

 レイチェルの言葉にルドガーが苦笑する。
 その世話女房のような台詞に、ピートの口元が懐かしそうに緩んだのをピート自身も意識する事はなかった。






 「今どき、旧市街区の物件に住むとはよっぽどの変わり者っスね」

 珍しく運転席に収まったハリソンが、夜の旧市街区を目指しホバー・カーのハンドルを握る。
 直接接続することで運転可能だったが、ハリソンは自分でハンドルを操作する方を好んでいた。
 ホバー・カーの後部座席では、レイチェルにくっつかれピートが困ったような顔をしている。
 どうやら、コレがハリソンが運転席に収まった理由のようだった。

 「変わり者というよりか、人間じゃないわね。義兄さんも言ってたわ、彼は悪魔に魂を売っているって・・・・私には義兄さんを誘惑する悪魔そのものに見えたけど」

 ピートの腕に縋り付いたまま、レイチェルが口元を歪める。
 どうやらこの娘は義兄の共同研究者を嫌っているらしい。

 「義理の兄弟って言ってましたね?」
 
 「ええ、写真みます?」

 ピートの返事を待たず、レイチェルはハンドバッグから一枚の写真を取り出す。
 技術が進歩し、記録方法や印刷手段が変化しても残す思い出の形は変わらなかった。
 わざと時間と共に色あせる加工を施したその写真には、3人の人物がにこやかな笑顔を浮かべ写っている。
 先程検索した時に見た血色の良いルドガーとレイチェルに似た女を、レイチェルが背後から抱きかかえていた。

 「姉です・・・私に似ているでしょ。義兄とは見ているコッチが恥ずかしくなる位、仲の良い夫婦でした」

 過去形で語られた内容にピートは無言を貫く。

 「姉が2年前に亡くなってから・・・それから義兄はすっかり変わってしまって、もともと研究熱心な人でしたけど2年前からは取り憑かれたように・・・だめですよね、残された者が幸せになることが、逝った人たちへの最高の手向けなのに」

 レイチェルは写真をバッグにしまうと吹っ切れたような笑顔を浮かべた。

 「やだなー! そんなしんみりした顔しちゃって、私、思うんです、姉は幸せだったって! だから私も素敵なヒトを見つけようって・・・ピートさん、私と何処かで会ったことありません?」

 レイチェルは隙をついたようにピートから情報端末を奪い取る。
 そして、驚いたように固まったピートの素顔をまじまじと見つめた。

 「ボスに似ている人は沢山いますからねー」

 何かを含んだような発言をしたハリソンをピートは睨み付け、レイチェルは真っ向からその言葉を否定した。

 「ウソばっかり、こんな美形がそう簡単にいる訳ないじゃない! そう、この出会いは運命だわ! ピートさん今、彼女います?」

 さっきまでの重い空気を吹き飛ばすように、レイチェルは積極的にピートにモーションをかける。
 ソレに対するピートの返事は、左の手袋を外しての一言だった。

 「僕は妻帯者でして・・・」

 左手の薬指にはかなり摩耗の目立つ年代物の指輪が鈍く輝いている。
 どうみても20代そこそこにしか見えない男の結婚指輪には見えなかった。

 「チッ、出会うのが少し遅かったか・・・」

 一気にテンションが下がったように、レイチェルはピートから離れる。

 「相当遅かったと思いますよ。ボスは既に曾孫までいますからね」

 「ハリソン、余計なことは言わなくていい!」

 ピートの言葉にハリソンは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 「俺の人格パターンには、色男にやっかむってのも含まれてますからね・・・・今の気分は、「何だかとってもチクショー」って気分っス」

 「本当なのその話?」

 「ホントもホント、ボスの家は1年の1/5は誰かの誕生日ってくらいの大家族ですよ。 コンピュータのシミュレーションでは、25世紀にはネオ東京都民の5%がボスの親戚になってしまうとか・・・長命の種族のクセに子供作りすぎなんスよ! いくら美人の奥さんとラブラブだったからって、このスケベ!!」

 「ハリソン・・・運転をオートにして”融合”するんだ。僕が笑っているうちにね」

 引きつった笑いを浮かべるピートの瞳に、禍々しい赤い光を見たような気がしてハリソンは慌てて運転をオートに切り替えた。

 「長命の種族って・・・」

 「いちいち言うべき事ではないと思ってまして、僕はバンパイアハーフなんです」

 驚いたように自分を見つめるレイチェルにピートは気まずそうに微笑んだ。
 以前のように恐怖の視線を浴びることは少なくなっているが、未だ偏見を持つ人もいなくなった訳ではない。

 「奥さんも?」

 レイチェルの質問に、ピートは掛け値無しの優しい表情を浮かべる。
 彼女の存在は、未だに彼の心を温かく照らし続けていた。

 「いや、妻は人間でした・・・最後まで」

 「今でもその人のこと愛しているの?」

 「はい」

 「寂しくない?」

 「ええ、妻は僕に多くの思い出と家族を残してくれました。子沢山のバンパイアハーフなんて奇跡としか言いようが無いそうです」

 「ピートさん、今、幸せ?」

 「とっても・・・妻は僕の一生分愛してくれましたから」

 レイチェルは何か温かな気持ちで満たされたように後部シートに身を沈めた。

 「ハリソンさんが暴走しかかるのも分かる気がするわ。奥さんが羨ましくって「なんだかとってもチクショー」って気分」

 「そうでしょ!」

 運転席からハリソンが嬉しそうに声をかける。
 先程と変わらないハリソンの口調に、ピートがジト目で運転席を睨んだ。

 「あ、ボス、”融合”は終わらせてますんでご心配なく! 目的地も近い、運転をマニュアルに戻します」

 ピートはレイチェルの手から情報端末を取り戻すと、それを装着し情報の確認をする。
 サングラス内部に目的地の情報が映し出される。
 建てられたのは20世紀後半、最初の持ち主は地獄組組長・・・・
 何処かで聞いたことがある名前に、ピートは何か引っかかるものを感じていた。











 ホバー・カーを降りた3名は、3階建ての豪邸の前に立っていた。
 既に日は沈んでいたが、夜目の利くピートにとって特に不自由を感じる状況ではない。

 「ハリソン、内部の検索を頼む」

 「もうやっています。ガレージに微かなエネルギー反応、24時間以内にホバー・カーが稼働した痕跡があります」

 「内部の生命反応は?」

 「ありません。念のため霊体についてもスキャンしましたが反応はありませんでした。98.76%の確率で既にこの地を離れているようです」

 ピートは目の前で開け放たれたままとなっているガレージのシャッターをくぐる。
 ガレージの壁に、何か棒のようなもので削り取られた新しい傷跡があった。

 ―――やっぱり女性の残留思念はあの人か

 ピートはこの屋敷でかなり激しい戦闘が行われた事を理解する。
 そして、有機アンドロイドが憑依した残留思念の能力を、多少なりとも使用できるという事実にも。

 「ボス、どうします?かなり厳しいですが、ホバー・カーの痕跡を辿ることもできますが・・・」

 「いや、予報では夜半から雨らしい。それならば、此所を良く探し次の手がかりを掴んだ方がいいだろう」

 雨に降られるとエネルギーの痕跡を辿るのは不可能となる。
 ピートは手がかりを探すため、屋敷の中に通じる螺旋階段を登っていく。
 所々傷ついた壁が、ガレージを後にした者たちと逆の順序で道を辿っていることを伺わせた。

 「全く生活の痕跡が感じられませんね・・・研究データでも見つかれば儲けモンだと思ったんスけど」

 「ああ、恐らくハウアーは生活の場として此所を買い取った訳では無いらしい・・・」

 ピートはサングラス内に見取り図を表示させる。
 目の前にある扉の向こうには応接間がある筈だった。

 「内装がイヤにレトロで悪趣味よね・・・気味が悪い」

 レイチェルが心底気味悪そうに周囲を見回す。
 何か不吉なモノを感じているのか、さっきからずっと鳥肌が収まらなかった。

 「内装の趣味に関しては最初の所有者の影響でしょうね。典型的なヤクザ趣味っスね」

 「ヤクザ・・・?」

 ハリソンの軽口を聞いたレイチェルが頭を抑える。
 壁で風化しかかったシカの頭や、錆だらけになった西洋甲冑が一層不気味さを増していた。

 「そんな怖がるコトないっすよ! その組長は心霊現象に怯え組を解散してますから」

 「ハリソン、そのコトを何処で!?」

 ピートは情報端末に表示されなかったコトをハリソンが知っていることに驚く。

 「ボスは真面目ですからね・・・ウソをウソとわかる人じゃないと使えないネットワークがあるってことです」

 どこか得意げな表情でハリソンはピートに編集したソースを送信する。
 編集したのはそのネット独特の言い回しをピートが理解していると思えなかったからだった。

 「組解散のいわれが心霊現象にリアルさを持たせましてね、この物件はその後、物好きな金持ちの間を・・・・」

 「レイチェルさん!!」

 送信された情報を読んだピートが、慌てたようにレイチェルの肩を掴む。
 ピートは以前妻に聞いたことを思い出していた、地獄組解散をかけたライバルとの勝負の話を。

 「本当に、残留思念は3体分しか使わなかったんですか? 女二人、男二人じゃなかったんですか!?」

 「確かに3人です。どうしたんですか! そんなに慌てて」

 レイチェルの問いかけにピートは答えようとせず、急いで屋敷中の全ての部屋をしらみつぶしに調べ始めた。

 「ボス、一体何を探してるんですか? この物件内に生命反応はありませんよ」

 「そんなモノはあてにならない! 僕の考えが正しければ横島さんじゃない男の残留思念は・・・・・・・レイチェルさん! すぐに来てください!!」

 玄関にほど近い部屋に飛び込んだとき、ピートは部屋の隅に力なく横たわる男の姿を発見する。
 ピートの予想に反し、その男の姿にピートは見覚えが無かった。




 「彼が有機アンドロイドです・・・・」

 3人の中で唯一外見的特徴を知るレイチェルが男の姿を見てこう呟いた。
 マネキンのように当たり障りのない体型に平凡な目鼻立ち。
 外見をカスタマイズされる前の有機アンドロイドは、一体一体に個性はあるものの平均値から大きくはみ出さないよう調整されていた。

 「オイ、しっかりしろ! 此所で何があった!!」

 ピートは男に呼びかけながら左手を掴む。

 ずるり・・・と、身の毛がよだつような感触を残しピートの手の中で男の左手が潰れた。

 「腐敗が起こってます・・・・・憑依無しでインストールした時と同じ反応です」

 「どうして! 有機アンドロイドは完成したんじゃないんですか!?」

 状況を解説したレイチェルにピートは珍しく感情的になった。
 レイチェルにとっても予想外だったのか、彼女も青ざめさせている。

 「私にもわかりません。残留思念による起動に寿命があるなんてハウアーは一言も・・・・・」

 周囲で起こった騒ぎに意識を取り戻したのか、男が薄くその目を開いた。


 『ワシャー、誰なんかノー・・・・・』


 「やっぱり・・・・」

 ピートは悲痛な顔で握り拳を作る。
 男の左手を握りつぶした感触が、その拳の中に生々しく残っていた。


 『ノー、ワシは誰・・・・』


 「しっかりしろタイガーっ! 此所で一体何があった!!」

 名を呼ばれ、男の目に微かに光が戻る。


 『タイガー?・・・・』

 「そう、キミは僕の親友、タイガー寅吉だ!」 

 望んだ答えを得られタイガーは目を閉じようとする。
 ピートは、彼に向かい必死に呼びかけ続けた。

 「しっかりしろ! 此所で何があった!?」

 『・・・・ゴボッ』

 何か話そうとしたタイガの声帯が嫌な音を発する。
 腐敗はかなりの部分まで進行している様だった。

 「念じろ! イメージを念じるだけでいい、それがキミの能力だったじゃないか!」

 南極での闘いの時、とるべき行動をタイムラグ無しに自分に伝えたタイガーの精神感応。
 その能力をピートはタイガーに求めていた

 『・・・・・・・・・・・・・・・』

 タイガーは精神集中を行うように、きつく目を閉じる。
 ほんの数秒の精神感応。
 途切れ途切れの散発的なイメージであったが、この場にいた全員にタイガーが体験した出来事が伝えられた。







 長い夢から覚めたように、突然、破壊された研究施設内で意識を取り戻した自分。
 目の前では、亜麻色の髪の女がバンダナの男と共に、研究者らしき男と対峙していた。
 どことなく懐かしさを覚えたものの、誰なのかはさっぱり分からない。
 タイガーは記憶を失っていた。


 『素晴らしい、記憶が無いにもかかわらず、本来の外見を与えた途端に造物主に反旗を翻すか・・・予想外だがそれもまた良し』


 研究者は満足げな笑みを浮かべると3人に背を向ける。


 『追ってこい・・・』


 状況をよく分からないまま、タイガーは二人と共に研究者の後を追った。







 元地獄組組長邸
 お互いの名前はおろか自分の名前すら知らない3人は、協力しながら研究者を追跡した。
 乗り込んで早々、自分の体に違和感を感じるタイガー。


 「偽造された記憶でも、残留思念の維持には不可欠ということか・・・お前はもうダメだな」


 まるで興味を失ったような視線をタイガーに向ける研究者。
 同行した二人はその言葉に激怒し研究者に襲いかかる。


 「残留思念の霊力値が一番低かったというのに頑張るじゃないか・・・・・」


 神通棍で研究者を攻撃する女をサポートするバンダナの少年。
 その少年を研究者は楽しげに眺める。


 「さあ、もっと頑張って貰おうか検証すべきことはまだまだある・・・」


 まるで楽しんでいるかのように豪邸を後にする。


 「別荘で待つ・・・・」


 こう言い残し、研究者は姿を消した。








 『行け、ワシに構わず行くんジャー』

 腐敗を始めた下半身は既に歩行を不可能にしている。

 『ここで待ってるケン、後で助けに来てくれんかノー』

 自分の身を案じた二人にタイガーは力強い笑みを見せる。
 己の命が尽きようとしていることをタイガーは理解していた。
 そんなタイガーの気持ちを理解しているのだろう。
 苦渋の決断に顔を歪ませがら、女はその場に立ちつくすバンダナ男の手を引き豪邸を後にした。









 「ボス、今のは!?」

 融合とは違った感覚の共有にハリソンが驚いたような声をあげた。

 「タイガーの精神感応はマリアさんにも通じた・・・キミに見えてもおかしくは無い」

 悲痛な表情でピートはタイガーの上に自分の羽織っていたマントをかけてやる。
 タイガーは既に息を引き取っていた。

 「レイチェルさん、すみませんがここでお別れです」

 「どうしてです!? 有機アンドロイドはあと二体、それにハウアーも・・・・」

 「あなたも見たでしょう・・・二人は生前の姿に調整されていた。あの姿はあなたの知っている姿ですか?」

 ピートの言葉にレイチェルは小さく首を振った。
 有機アンドロイドの外見的特徴をピートが理解した今、レイチェルの存在は不要になっている。
 頼みの綱の知識でさえも、起こった事態は既にそれを大きく上回っていた。

 「でも、行き先をご存じなんですか?」

 「タイガーが教えてくれました・・・別荘と。すみませんが彼の体をよろしくお願いします」

 ピートはレイチェルに深々と頭を下げるとガレージを目指す。
 その場に取り残されたレイチェルを気遣いつつ、ハリソンは慌てたようにその後を追った。



 「ハリソン、すまないが運転を任せる」

 ピートはそう言うと、ホバー・カーの後部座席にもたれ掛かる。
 情報端末に記録したデータを再度点検するため、過去のファイル一覧を表示させた。

 「何処に行けばいいんですか? たしか、別荘ですよね?」

 「正しくは別荘跡地・・・別荘自体は美神さんが爆破しているからね」

 ピートはヒャクメの言葉を思い出していた。
 最初に使用されていた横島の残留思念は、フェンリル騒動のときのモノらしい。
 多分、それを採取したのは地獄組組長の別荘周辺だとピートは確信していた。 

 「地獄組組長の別荘で検索し、後は目視で跡地の確認をしてくれ」

 ピートはこう指示を行い、自身は記録した過去の映像を再チェックする。
 彼にはどうしても確認しておきたい事があった。




 サングラスの内側に冷凍庫のような研究棟の一角が写る。
 画面の中でフード付きのコートを着込んだ男が、白い息を吐きながらピートに状況を説明してた。

 「ルドガー博士、最初にこの状況に気付いたのは何時なんですか?」

 ピートは自分の声に若干の違和感を覚える。
 画面ではレイチェルが、砕け散った培養槽からこぼれた有機パーツを片付けていた。

 気になっていた場面にさしかかり、ピートは右手の指をタイピングするように動かす。
 画面の隅に表示されているアイコンが、情報端末と連動した手袋によってクリックされた。
 ピートは器用に指先を動かし、表示されている制止した画像のある範囲を選択する。
 一部機材の影に隠れていたが、有機アンドロイドの調整槽が視界の隅に映っていた。
 ピートがその部分を拡大すると、一瞬荒くなった画像がコンピューターによる補正で綺麗な拡大画像に変化する。
 そのまま範囲を固定したまま、ピートは再生のアイコンをクリックした。

 ピートの動きに合わせ固定した範囲の映像が動き出す。
 所々画像が途切れるのは固定した範囲が記録時の視界から外れた為だった。
 ベストポジションで固定した範囲が写っていなければピートの行為は徒労終わる。
 ピートは我慢強く画面を見続けた。

 「何てことだ・・・・」

 偶然写っていた調整槽の全容にピートは呆然と呟く。
 画面には4つの調整槽が写っていた。








 「あの屋敷の持ち主が分かったわよ」

 女はホバー・カーを運転しながら、”親切な人”が貸してくれた情報端末を操作する。
 その”親切な人”は、道ばたに立った女が上着をはだけさせただけでホバー・カーと情報端末を快く貸してくれていた。
 物陰に隠れていた少年が若干の平和的でない交渉を行ったのは事実だが、緊急時には些末なことだと女は思っている。

 「20世紀のヤクザの親分だって、その別荘の場所もついでに分かったわ」

 女は慣れた様子で情報端末を操作する。
 インターフェースの充実により初めてでも使用しやすくデザインされているが、女は道具を使うことに天性の才能を持っているようだった。
 その他の情報も調べようとした女だったが、先程から助手席で黙っている男の事が気になり情報端末を手放す。

 「ねー、黙ってないで何か言いなさいよ」

 女の呼びかけに男は答えようとしない。
 意識を取り戻してからずっと、自分の分身のように息のあったコンビネーションを行う男を女は気に入っていた。
 お互いに自分が誰なのか思い出せないでいるが、少なくとも自分たちが何かの縁で結ばれていることは理解できている。

 「いい加減にしないとシバくわよ!」

 女が男の肩を揺すった途端、男が力なく崩れ落ちる。
 先程屋敷に残してきた男が最初に見せた症状だった。

 「アンタもなの!」

 女は慌てて運転をオートに切り替える。
 進むべき進路は先程ナビに入力済みだった。

 「しっかりして、死んじゃダメ! お願い、私を置いて行かないで!!」

 女は躊躇わず助手席のシートを倒すと男の上に覆い被さる。
 それがまるで当然なことであるように、女は上着を脱いでいた。

 「う・・・俺は一体・・・・」

 「よかった・・・持ち直したのね」

 覆い被さった女の体温に男は意識を取り戻した。
 女に抱きしめられ、男の顔が女の豊かな胸にうずまる。
 腐敗を始めようとした男の体に、生命力が行き渡った。

 「イヤじゃないんスか?俺にこんなことして・・・」

 「不思議ね・・・こうすればアンタが元気になるって私は知っていた」

 「え、じゃあ記憶が戻ったんスか?」

 「ううん、でも自分の気持ちはハッキリ分かった」

 男の問いに慈しむような笑顔を浮かべると、女は男の唇にそっと自分の唇を重ねた。

 「ねえ・・・・アンタ初めて?」

 耳元での囁きに、男の心拍数が上がったのを密着した女の胸が感じる。
 女も自分の顔が耳まで赤くなっているのを感じた。

 「お互い記憶が無くっちゃ分からないわね・・・だけど、これからは答えられるようになるわ」

 テレれている時間は自分たちにはない。
 女は男をこの世につなぎ止める為には何でもするつもりだった。

 「生きましょう・・・二人で」

 「約束するっス! 俺、絶対に最後まで一緒にいます。絶対に独りにはさせません」

 オートドライブによって疾走するホバー・カーの中。
 二人は悲しいまでに精一杯お互いを求め合った。











 豪邸に残されたレイチェルは、情報端末で義兄のルドガーに連絡を入れた。

 「ハウアーは見つかったか?」

 ずっと連絡を待っていたのだろう。
 呼び出しが1コールもしないうちに、ルドガーはレイチェルからの通信に答えた。

 「残念ながら・・・でも、有機アンドロイド1体は見つかったわ。義兄さん」

 「本当かっ! すぐに保護用のトラックを向かわせる」

 吉報にルドガーの顔に笑みが浮かぶ。
 レイチェルはその笑顔にむけて悲しそうに首を振った。

 「有機アンドロイドはすでに活動を停止してしまった。間接的だけど、それに関するハウアーの見解を聞くことが出来たわ」

 レイチェルは呆然とした表情の義兄に向かい、精神感応でみたハウアーの台詞を引用しタイガーの最後を説明する。
 いくつかの要因が左右するものの、有機アンドロイドの寿命は残留思念の霊力値に比例するらしい。
 その報告を聞いたルドガーのこめかみが、耐えきれない絶望に大きく痙攣する。

 「ショーンは霊能力者ではなかった・・・20世紀の霊能力者でも数日しか維持できない体をショーンの残留思念が維持できる訳がない」

 「義兄さん何言ってるの? まさか義兄さんは姉さんを・・・・・」

 「そうだ! 私はショーンを蘇らせたかった。だからこそハウアーの申し出に乗ったんだよ。彼の技術ならそれも可能だと・・・・でも、もう疲れた。最初からこうすれば良かったんだ」

 ルドガーは机の引き出しから拳銃を取り出しこめかみに当てた。

 「義兄さん! 馬鹿なマネはやめてっ!!」

 「義兄さん? ショーンに妹はいないよ・・・ほんの5日間だったが世話になった。せめてもの感謝の印だ、作られた記憶ではなく残った時間を自分として生きてくれ」

 情報端末いっぱいにショーンから送信された写真が表示される。
 その向こうで、拳銃の乾いた発射音が聞こえた。

 「義兄さん・・・? コレ、一体どういう意味なの?」

 レイチェルは情報端末いっぱいに広がった写真に激しく動揺する。
 それは結婚したばかりの仲良く寄り添う姉夫婦の写真。

 「まさか!」

 慌てて自分の写真を取り出し見比べてみる。
 自分が写っていない点を除けば、それは全く同一の写真だった。
 その写真が疑似記憶を刷り込むキーになっていたのだろう。
 鍵となる情報の消滅に、レイチェルの脳裏に大量のイメージが氾濫した。
 魔法陣、トラ、赤いバンダナ、いけ好かない女との勝負・・・
 それはこの物件に染み付いていた何かと関係していたのかも知れない。

 「うっ!」

 予想外の事態にレイチェルはトイレに駆け込み、胃の中のモノを全て戻してしまう。
 洗面台で口をすすぎ、涙目になった顔を鏡に映すと見慣れた筈の自分の顔に堪らない違和感があった。
 幻のように浮かび上がる浅黒い女の顔が、更にレイチェルの動揺を増した。
 レイチェルは再びこみ上げてくる胃液を無理に押しとどめ、先程通過したガレージへと向かう。

 「行かなくちゃ彼の所に・・・・」

 レイチェルは何処か虚ろな表情で、ガレージに放置されていたホバー・バイクにまたがる。
 彼女の胸に最も強く浮かび上がったのは、先程別れたバンパイアハーフの青年だった。















 ピートが地獄組の別荘に辿りついたとき、夜半から降り始めた雨は一層強さを増している。
 180年以上前の爆破により崩壊した別荘は、奇跡的に残った数本の柱と片側の壁により、そこに建物があったことを何とか周囲に知らしめていた。
 急いでホバー・カーを降りたピートは、崩れかけた柱の下で呆然と佇んでいた女を発見する。

 「美神さん!」

 ピートは大声で叫ぶと急いで美神の元へ走り出した。

 「美神?私のこと?」

 何処か人ごとの様に呟く美神。

 「そうです、美神令子、あなたの名です! 横島さん、横島さんはどうしました!?」

 「横島・・・横島って言うんだ」

 美神は自分の名を知らされたときより感慨深げに横島の名を口にした。

 「ハリソン! マントを貸してくれ、早く!」

 自分のマントはタイガーにかけてやっていた。
 タイガーはハリソンからマントを借り受けると、雨にずぶ濡れになった美神を優しく包む。

 「教えてください・・・横島さんはどうなりました!」

 「あなた名前は?」

 「ピートです! そんなことより横島さんは・・・」

 ピートはゆっくり持ち上げられた美神の右手をみる。
 その指先は、雨がかからないよう壁際の一角に横たわるシートの盛り上がりを指さしていた。

 「動かなくなちゃった・・・・・・・・」

 「ハリソン! 手を貸せ」

 ピートはハリソンを引き連れ急いで壁際に駆け寄る。
 必死に横島を助けようとする二人に、美神は悲しげな表情をうかべた。

 「横島さん、しっか・・・」

 シートをはぎ取った瞬間、ピートの目はダミーの瓦礫に隠された爆発物の姿を目撃する。
 その瞬間、美神の手の中で起爆スイッチが音を立てた。

 「ボス!」

 ハリソンが咄嗟にピートを突き飛ばした直後、激しい爆発が起こりピートやハリソンの上に瓦礫が降り注ぐ。





 「御免なさい、ピート・・・」

 「事情を説明して貰いましょうか?」

 背後から呼びかける男の声に、美神は慌てたように振り返る。
 そこには霧から体を再構築しているピートの姿があった。

 「僕はバンパイアハーフなんですよ。尤もハリソンが突き飛ばしてくれなかったらダメージを負っていたでしょうが・・・」

 親友の身を案じ、判断力が低下したピートをハリソンは救っていた。
 ピートは倒れた柱に下半身を潰され、システム停止中のハリソンに感謝の視線を送る。
 彼が再起動可能になるまで数分の時間が必要だった。

 「もう一度だけ聞きます。横島さんは何処です?」

 「裏に停めたホバー・カーの中よ。動かなくなりそうなのはホントのこと・・・・」

 美神は神通棍に気を巡らし一気にピートに斬りかかった。

 「私はアイツを生かす為にアンタを殺す・・・・それでいいんでしょ!ハウアー」

 「その通り!」

 上空からかけられた声に、ピートはハウアーの正体を一瞬で見抜く。
 自分たちを見下ろしたハウアーの姿は、人間のソレでは無かった。

 「悪魔ではなく・・・魔族だったとはな。人の気持ちを踏みにじって楽しいのかっ!!」

 「とっても・・・そうだな、キミが彼女の攻撃を一度でも避けたら、残留思念の延命を無効にすることにしよう。バンパイアハーフと寿命が切れかかっている有機アンドロイドの勝負だ、それぐらいのハンデがあって丁度よいだろう」

 「貴様は何が目的なんだ! いったいこんなことをする意味が何処にある!!」

 「意味など特にない。ただ見たいんだよ・・・魔神すら凌駕したした人間の底力って奴を」

 美神は神通棍を構えピートとの間合いを詰め始める。

 「美神さん、こんなヤツのいいなりになることはありません! そんなのあなたらしくない」

 「うるさい! 美神令子?知らないわそんなヤツ! 私は私よ! 私はアイツと生きられれさえすればそれでいいの」

 美神は渾身の力を込めてピートに斬りかかる。
 ピートはその斬撃を反射的にかわそうとした。

 「避けるのかい。偽善者」

 ハウアーの言葉に固まる体。
 ピートは美神の一撃を受け弾き飛ばされる。
 初期の残留思念である美神の攻撃は、あれからも修行を重ねているピートに大したダメージは与えられていない。
 しかし、それだからこそピートは美神の攻撃を甘んじて受けるようになっていた。

 「いい加減しぶといわねっ!」

 数回の打撃の後に行われるようになった、反撃を想定しない大振りの一撃。
 かなりの衝撃を受け、ピートは敷地の外まではじき出される。
 この攻撃を受け続ければ流石に不味い事態になることはピートにも分かっていた。
 
 『ピートさん優しすぎるから心配なのね〜』

 ヒャクメの言葉が思い出されが、今のピートにはどうすることもできない。
 地面との激突に備えピートは体を硬くする。
 しかし、地面に叩きつけられる筈の体は、なにか柔らかいものに優しく受け止められていた。
 ピートは自分を受け止めた存在を驚いたように見上げる。

 「見ちゃいられないわ。優しいにも程があるわよ」

 ピートの体を受け止めていたのは、レイチェルだった。

 「ほう、面白い乱入者が来たな」

 レイチェルは心底面白そうに笑ったハウアーに中指を立てた。
 そして、少しの時間も勿体ないとでも言うように、ピートの背中に顔を埋め大きく息を吸い込む。
 その姿はピートの体に染み込んだ己の思いを吸収しているように見えた。

 「レイチェル・・・キミはひょっとして」

 レイチェルに尋ねようとした疑問は、彼女のとった行動で氷解した。
 彼女はピートを後ろから抱きしめ、耳たぶを甘噛みする。
 その行為は彼と彼の妻しか知らない秘密だった。

 「気にしちゃダメ、私たちはただの幻なワケ」

 レイチェルはこう言うと、ピートの前に立ちはだかり美神と真っ向から対峙する。

 「令子!アンタとの勝負は6勝7敗3分けだったワケ。最後の勝負がお互いの惚れた男を守るためなんて出来過ぎだわ!」

 正体不明な敵の出現に怪訝な顔をするも一瞬、美神は渾身の力をこめてレイチェルに斬りかかる。

 「オタク、本当に覚えてないのね・・・」

 レイチェルは悲しそうに呟くと、自身に蓄積した霊力を一気に解放する。
 その技が霊体撃滅波と呼ばれることを知らないまま、美神は戦闘能力を失った。



 「私は負けられない・・・・アイツの為にも・・・・」

 這うようにレイチェルに向かってくる美神に既に戦闘能力はない。
 それどころか、体の腐食が始まる気配を見せていた。

 「オタクには手加減しないからね・・・・」

 レイチェルは掲げた右手に霊力を集中する。
 苦痛を味わわせないよう、霊体貫通波で一気にトドメを刺すつもりだった。
 しかし、その行動は物陰からよろけるように現れた横島の姿に躊躇いを見せる。
 既に歩行が困難になっているらしく、横島は美神に覆い被さるように倒れ込んだ。

 「約束しましたよね。最後まで一緒にいるって・・・絶対に独りにはさせないって」

 「生きたい・・・もっとアンタと生きたい」

 横島の言葉に、美神は人目もはばからず泣きじゃくり必死に横島に抱きつく。
 その背中を横島は優しく抱きしめた。

 「俺、幸せっス。ほんの数日でしたけど生まれて良かったって心から思います・・・えーっと」

 「美神・・・美神令子っていうらしいわ・・・・アンタは横島」

 横島の笑顔につられ美神も笑顔を浮かべる。
 泣き顔で幕引きをしたくないという意地もあった。

 「美神さん、愛してるっス・・・・」

 不満げな美神の視線を受け、横島は最後の台詞を言い直す。

 「愛してるよ。令子」

 「私もよ横島」

 美神は横島の胸に顔を埋めその生涯を終える。
 約束を守れたことに満足しながら横島もその後を追った。





 「戦績は7勝7敗3分にしとくけど、こんなしおらしいのがあのクソ女なんで絶対にあり得ないワケ、ただの別人よ」

 目に浮かんだ涙を誤魔化すように吐き捨てた台詞。
 その台詞に最も答えるべきではない人物の一言が、レイチェルの神経を逆撫でした。

 「全く、別人もいいとこだ・・・・失望したよ」

 「黙れ!」

 レイチェルが放った霊体貫通波を、ハウアーは軽く受け流す。
 最後の霊波を放ったレイチェルの体が猛烈な脱力感に襲われた。

 「やはり自我を持つくらいの残留思念でないと望みの結末は得られん様だな・・・・次は気をつけよう」

 ハウアーはまだ同じことを繰り返すつもりらしい。
 レイチェルは腐敗し始めた事に気づかれないよう、ピートの目を真っ直ぐ見つめる。

 「ピート、お願い・・・・あのクソ野郎をぶっ殺して!!」

 レイチェルがこう言うのと同時に、ロケットの発射音のような音が鳴り響く。
 システムの再起動を終了させ、攻撃のタイミングを計っていたハリソンのロケットアームだった。

 「機械風情が生意気に・・・」

 ハウアーは飛んできた右腕を難なく受け止めていた。
 機構自身に興味があるのか、受け止めた右腕をまじまじと観察する。

 「こんな攻撃で私を倒せると思っているのか?」

 「ああ、そのパンチにはお前に改造された同型の恨みがこもっているからな。喰らえ!」

 ハリソンが送った命令が接続したワイヤーを伝い右手に届く。
 違法改造されたパシリスクに装備されたプラズマカッター。
 同型機の無念を引き継ぐように、ハリソンは切り取られた自分の右手にソレを装備していた。
 ハウアーが握っていた右腕から眩い光が迸り、ハウアーの胸を貫く。

 「ボス、今です! トドメを」

 予想外の攻撃に落下したハウアーにピートが跳びかかる。
 一瞬で呪文の詠唱を終わらせると、ピートの周囲に様々な力が集中した。
 その中に横島や美神、タイガーの力を感じピートの胸が熱くなる。

 「退け、クソ野郎!」

 魔族の防御力を遙かに超えた一撃に、ハウアーは苦痛の叫びすら漏らさずに一瞬で消滅した。

 「やっぱりアナタは最高よ、ピート・・・」

 自分が最後に見る光景に満足し、レイチェルはゆっくりと目を閉じた。






 降りしきる雨の中、ピートは既に活動を停止したレイチェルの体に歩み寄った。

 「ボス・・・その人も有機アンドロイドだったんですか?」

 「ああ・・・・・・」

 その隣りに跪くと、ピートはその体を抱き起こす。
 レイチェルは笑顔を浮かべて逝ったようだった。

 「お気の毒に・・・その人も知り合いだったので・・・・」

 「違う!」

 ピートを気遣おうとしたハリソンの言葉をピートは激しく否定した。

 「この人たちは美神さんや横島さんなんかじゃない! ましてエミのはずが・・・・」

 ピートは自分に言い聞かすように遥か上空を見上げ大声で叫ぶ。

 「この人たちは死んだ者の残滓なんかじゃない!!作られた魂がただ必死に生きようとしただけだ!!」

 決して涙を見せないという妻との誓いは守れそうにない。
 大粒の雨が涙を隠してくれる事だけが救いだった。


 終


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