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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter3.EMPRESS『未視感のような既視感』


投稿者名:詠夢
投稿日時:06/ 3/ 6


「なんなんだ。」


ぼんやりと。ソファに身を沈めて天井を仰ぎながら、刻真はぼやいた。

テーブルの向かいで、窓の外を眺めていた横島が、その声に顔を向ける。


「なんだ? どうしたよ、いきなり。」


二人の間のテーブルには、つい先ほどまでの晩餐の後。

今日は、ここ最近の忙しさを鑑みれば嘘のように穏やかな日だった。

昼夜を問わず舞い込んでいた依頼も、どうやら他所のGS連中も頑張っているのか、ぱたりと止んでいた。

そんなこんなで、美神の「休めるときに休みなさい」という言葉に従い、不意の自宅待機と相成った。

そして、刻真手製の夕食を済ませた後のまったりとした時間。

いつもなら、すぐに片付けを始めるはずの刻真が、何事か考えに耽っており──出てきたのが冒頭の台詞である。

横島の訝しげな視線に気づくことも無く、刻真は気だるげというより疲れたように天井を見上げたまま、微動だにしない。

ただの独り言かと、横島が視線をふたたび窓の外へ向けようとしたとき、刻真の口が動く。


「小竜姫が─…。」


様をつけろよ、一応神様なんだから。

と、自分も若干失礼なことを思いつつ、横島は改めて向き直る。


「ふむ。小竜姫様が─どうした?」


横島が促すと、刻真はゆるゆると顔を横島に向けて。

そして、ぽつりと。




「最近、俺のこと…ずっと見てるんだ。」




ごっ、と鈍い音が響く。

横島の岩より硬く握り締められた拳が、刻真の頭頂部を打ち抜いていた。


「貴様は美女に見つめられといて、何が不満だ!? 俺へのあてつけか!! 何だ、そのナチュラルに自意識過剰な台詞は!?」

「い、いや、違う!! 見てるといっても、睨みつけるようにだ!!」


ぐおおっ、とさらに殴りつけてきそうな勢いで迫る横島に、負けじと刻真も吠える。

その台詞に、器用にも横島は身を乗り出した姿勢で静止すると眉根を寄せて。


「何だ? 覗きかセクハラでもしたのか?」

「お前じゃあるまいし…。」


そう呻いて、深いため息をつく刻真の様子に、横島もとりあえず腰を下ろす。

無言で先を促すと、刻真は大きく跳ねた後ろ髪を掻きあげながら、ぽつぽつと話し始める。


「四日前くらいからかな。ほら、俺が小竜姫をおぶって事務所に戻ってきた日。その翌日から、さ。
 ふと気づけば、小竜姫がこっちをまるで何かを探るような目つきで、睨みつけてくるんだよ。
 そのくせ、目が合えば逸らすし、何気に避けてるし…いや、それはいい。
 別に何を言ってくるわけでもないんだ。
 ただなぁ…もう四日も無言で睨みつけられるのは、さすがに…参るよ。」


そこでまたも、盛大に溜息をつく刻真。

横島はそれを聞いて、口に手を当てて何かを思案していたかと思えば、おもむろに顔を上げ。


「なあ、刻真。話を聞いてて思ったんだが…。」

「何?」

「やっぱり…─おぶって、という事は当然あの尻に触ってるわけだよなぁ!? いや、それ以前に背中に乳の感触が─ッ?!」


めきぃッ、という何かが砕ける音が響く。

刻真の弾丸のように鋭い一撃が、横島の顔面にめり込んでいた。


「人が真面目に話してるっていうのに…!!」

「い、いや、真面目な話でだなぁ…!! つまり、それを怒ってるんじゃないのか? みだりに触ったーとかで。」


あの人ほら初心っつーか純情っぽいし、と横島が続ける。

どうでもいいが、ぺきこきと鼻骨を指で直しながら話すのは止めて貰いたい。

そんな横島の指摘を受けて、刻真の反応は。


「はぁ?」

「……や、あの、そんな素で思いっきり聞き返されても…えぇ?」


逆に戸惑ってしまった横島に対し、刻真はつまらなそうに鼻を鳴らす。


「非常時にそんな事、気にする方がおかしいだろ?
 それなら、むしろ神族のプライドがどーのって方がまだ納得………そーか。そっちの可能性もあるか。」

「………人に話振っといて自己完結か、この野郎。」


横島が危険な笑顔を浮かべながら、腰をあげたその時。

ゴキバキカキィッ!! と耳に痛い音が響いた。


「な、何だ!?」

「浴室からだけど─…ノース!!」


食事の後、冷水シャワーを浴びると言って席を立った、雪の妖精の事に思い至り、二人は慌てて立ち上がる。


「どうした、ノース!! ……って。」


浴室に飛び込んだ二人が見たものは。


「ヨコシマ、コクマ………お風呂、壊れたホー。」


テヘッて顔で振り返る雪ダルマと、氷柱と霜柱が覆い尽くす浴室(使用不可)の有様であった。


「……いや、壊れたっつーか。壊したろ、コレ。」


横島の呆然とした呟きに答えるように、蛇口からぶら下がった氷柱の落ちる音が、やけに大きく響いた。









どうやら、水と思っていたらお湯が飛び出してきて、それに驚いて思わず凍りつかせてしまったらしい。

調べたところ、水道管まで一気に氷結されたらしく、業者を呼ばねばどうしようもない事がわかった。


「さて、どうすっかなー。銭湯って手もあるが……一日二日、入らなくても平気だし。」

「……確かに我慢できるけど、銭湯があるなら素直に行こう。…遠いのか?」


浴室を出た横島の発言に、その後ろを歩いていた刻真が、腕に抱えたノースの頭越しに尋ねる。


「いや。前に小鳩ちゃんと行ったとこなんだけど、事務所と前のアパートの間にあってさ。こっからだと、さらに近い。」

「なら、問題ないじゃないか。」


そうだな、と頷きかけた横島は、そこではたと何かに気づいたように動きを止める。

怪訝な顔をする刻真とノースの目の前で、その表情が何だか酷くイヤラシイものに歪んでいく。

それから、ぐるんと入れ替わるように爽やかな笑みを浮かべたかと思うと。


「そうだな、その通り!! よし行くぞ、さあ行くぞ、今行くぞ!!」


俄然、鼻息荒く出掛ける準備を始めた横島を眺めつつ。


「…………どうせ碌でもないことを思いついたんだろうな。」


冷めた目をした刻真の呟きに、ノースも同感の意を示すように大きな溜息をついた。








          ◆◇◆







「おっフロ♪ おっフロ〜♪ みんなでおっフロ〜♪」


上弦の月がかかる夜空の下、鼻唄混じりに道を行く少女。

道化のような姿をした少女の隣では、同じく上機嫌にふさふさの尻尾を振る人狼の少女。


「おキヌどの! 風呂上りにはコーヒー牛乳を買っても良いでござるか?」


きらきらとした笑顔で振り向かれ、さらにその後ろを歩いていたおキヌはくすっ、と小さく笑う。


「いいわよ、シロちゃん。」

「馬鹿犬ははしゃぎ過ぎ。パピリオは小っこいからまだいいけど。」

「狼でござる!!」

「小っこい言うなでちゅ!!」


おキヌの隣、呆れ顔のタマモの言葉に、いつもの如く過剰反応するシロと、子ども扱いするなとパピリオ。

はいはい、とそれを軽く受け流して、タマモはおキヌを向く。


「ところでさ。配管、いつまでだって言ってたっけ?」

「業者さんが立て込んでるから、あと二日くらいかかるらしいの。」

「ふーん。…横島の文珠、使えば早いのにね。」

「でも、最近はお仕事も忙しいから…いざというときに使えないと大変だもの。」

「事務所自体は直ってるのにね。」


以前の夏子の際の事件で、事務所は一度半壊していた。

その際に浴室部分も逝ってしまわれたわけだが、その修繕が未だに済んでいなかったりする。

建物そのものは人工幽霊壱号の力もあってわりと早く直ったのだが、水道管への被害は敷地外にまで伸びていた。

そのため、結構広範囲にわたって工事をせねばならず、今に至る。

ちなみに、業者が立て込んでいるのは、あちこちでアクマやGS達(主に美神ら)が繰り広げる戦闘のせいだったりもする。

そんなこんなで、事務所の浴室が使えない住み込みメンバーは、こうして毎日銭湯に出掛けているのだ。


「ま、あと二日くらいなら別にいいか。ねえ、小竜姫。 ─…小竜姫? どうかしたの?」

「……。」


振り返ったタマモの呼びかけにも応じず、最後尾を歩いていた小竜姫は口元に手を当てて心ここにあらずといった様子。

何事かを口中で呟いているようだが、何か考え込んでいるようだった。

タマモがその顔の前に掌をかざして、ひらひらと振ってみる。


「小竜姫? ねぇ?」

「………─え? は、はいっ? な、何ですか?」


たった今気づいたらしく、びくっと顔を上げる小竜姫。

タマモは、そんな小竜姫を、暫しじっと見定めるように見つめてから。


「…ん。別に。最近、いつもそんな感じだけど、何かあった?」

「え、いえ! 大したことじゃないんです。」


タマモは「そう。」と素っ気無く返して、また前を向いて歩き始める。

小竜姫はその後に続きながら、また思考に耽る。

大したことじゃない、というのは大嘘だ。

実際には、これこの上ない問題、のような気がする。

はっきりしない言い方なのは、自分でもその事を問題視できかねているからだ。

刻真、と名乗った少年。

ふらりと現れて、それを境に異常多発し始めた事件について様々な知識をもたらし、いつの間にか違和感無く溶け込んでしまった少年。

怪しい、なんてものではない。

改めて考えてみれば、これでもかというくらいに怪しい人物。

なのに、誰もその事を追及しない。

美知恵さんにその事について話したときも、「確かに、そうですね。」と何やら凄い温度差のある返答をされた。

気がついてはいたらしく、そのため監視の意味を込めて美神除霊事務所に置いている、と言っていたが、これも美知恵さんらしくない。

彼女なら、そんな手ぬるいやり方よりも、尋問やら何やらで徹底的に絞り上げるはずだ。

しかし、それも仕方の無いことかも知れない。

自分にしたって、あの公園での事件、あの《力》を見るまでは、彼についてまったく疑問を持たなかったのだから。

異常な事態だ。

違和感が無いからこその異常。

なのに。


(……根拠も無く、放っておいても大丈夫な気がするのは何故…?)


あの少年が、事務所の日常の中に居る。

初めて見る光景のはずなのに、どこかで見たような既視感(デジャヴュ)。

むしろ、いつもの見慣れた光景のような錯覚すら覚える。

この事態を、いまいち問題視できかねているのは、そんな説明し難い感覚のためなのか。

そして、それすら彼の思惑のうちなのだろうか…─。

と。


「やあ、皆!! 偶然だね!!」


唐突に思考を中断されて小竜姫が顔をあげると、道の先、曲がり角から横島が出てくるところだった。

その表情は、とても爽やかな笑顔で。

おキヌ、タマモ、小竜姫は一様に、そこに胡散臭いものを感じた。


「先生!!」

「ヨコシマも、おフロでちゅか?」


しかし、その辺に気づかなかった二人が駆け寄っていく。

パピリオが、横島の手の中にあるタオルや着替えに気づいて、またさらに嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「ああ、部屋の風呂が壊れちゃってさ。おお、そう言えば事務所もまだ配管が終わっていないんだったね。
 それじゃあ、皆もこれから銭湯に行くのかい?
 いや、まったく奇遇奇ぐぅほッ!?」

「白々しいんだよ!!」


まるで棒読みの台詞を吐く横島の後ろから、その背を蹴りつける足が伸びる。

その声に、そして続いて現れた姿に、小竜姫はわずかに身を強張らせる。

ノースを片手に抱き、もう片方の手に入浴具を抱えた刻真が、倒れ伏した横島を罵倒する。


「何が偶然だ! この角で一時間と三十六分も待ち伏せしてたのは誰だよ?」

「ストーカーチックだホー。」

「ばッ…それをばらすな…じゃなくて、人聞きの悪い!!」


がばりと起き上がって猛抗議する横島だったが、すでに女性陣からは冷めた視線が投げかけられている。

それに気づいて、ちょっとだけ怯む横島。


「う…、いや、ほらっ、どうせ行くなら、大勢の方が楽しいだろうし…ね!?」

「……ま。横島だしね。」


諦めたように呟くタマモと、苦笑を浮かべながら頷く女性陣。

これはこれで、そこはかとなく情けない納得のされ方ではあるが、まあいつもの事。


「それより、刻真は何でノース抱えてんの?」

「ん? ああ、さすがにこいつがフワフワ飛んでたら、一般人が驚くだろうからさ。何か、マズイ?」


まずくはないけど、と言いよどむタマモ。

ぬいぐるみと持ち主の『美少女』に見える、というのは言わないほうがいいだろう。

刻真は軽く肩をすくめると、踵を返す。


「それより早く行こう。こっちは誰かさんのせいでずっと待たされてたんだから。」

「そうですね。…って、横島さん? 何してるんです?」


見れば、横島はきょろきょろとしきりに後ろのほうを、見回している。


「いや、あのさ、おキヌちゃん。来てるのは、ここにいるだけ?」


その言葉に、ぴくりとおキヌのこめかみが微かに引きつる。

女の勘、というやつだ。


「美神さんなら、Gメン提出用の報告書を隊長さんと書いてます。」

「あ、そうなんだ?」


どこか刺々しい雰囲気のおキヌに気圧されつつ、横島はとりあえず頷いておいた。


(くう…しまった! あのプロポーションを拝むチャンスと思ったんだが…おっと、いつもの事と思う無かれ。
 銭湯という、またいつもと違う状況だからこそ楽しいんじゃないかって俺は誰に言っているんだか。
 しかしこのメンバーでは、惜しいことにCには届かぬつーかパピリオとかに至っては完全戦力外ではないか。
 だが、いずれ劣らぬ美少女揃いの上、銭湯には他にも美女はいるかも知れん当たり外れも大きいが。
 うむうむ、俺の目論見は多少の誤算があったとはいえ、とりあえず成功と言ってもいいだろう。」

「いや、残念。失敗だ。」


心の声(と横島は思っている)に返答され、横島の時が凍る。

きりきりと、ぜんまい仕掛けの人形のように振り向けば、痛ましげに首を振る刻真と。

その周りで、かなり殺気立ってる美少女たち。

後の展開は推して知るべし。












描写するのも憚られるような擬音が響く光景を、どこか遠い目で見つめる刻真。

「誰が戦力外でちゅか!!」とか「Cはあります!!」とかそんな声も聞こえてくる中、ふっと小さく笑う。

ふと、視線を感じて、刻真はそちらを見る。

一連の騒ぎには参加せず、少し離れたところで、小竜姫がじっと探るような目つきで睨んでいた。


「なに?」

「……。」


小竜姫は答えない。


「…言っとくけど、俺は覗きなんて考えてないよ。」

「当たり前です!!」


また、さらにその隣では。


「うふ…うふふふふふ…皆で、おフロ〜♪」

「ヒホッ!? スズメ、何で鼻血流しながら洗面器の中で倒れてるホ!? どこ見てるヒホッ?! 帰ってくるホ〜!!」


どうやら来る途中、妄想だけで興奮しすぎたらしい。


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